「偶然と誤解の末に」(2013/12/21 (土) 23:03:59) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
**偶然と誤解の末に ◆uBMOCQkEHY氏
遠藤は目の前に建つ民家を見た。
民家は一階建ての安い借家のような建物で、乾いた畑を連想させるようなやや煤けた壁とこげ茶色の屋根が印象的である。
周囲が闇に包まれていることもあって、人間の生活臭が感じられない外観はどこか不気味さを覚えてしまう。
少し前に遠藤のパソコンに参加者のデータが送信された。
一時間前、黒沢は石田と治と共に沙織から逃れるために民家へ逃げ込んでいた。
そのまま朝方まで身を潜めているかと思われていたが、ショッピングモールが炎上した直後、
石田は突然、ショッピングモールの方面へ移動してしまったのだ。
現在、黒沢もその後を追っている。
なぜ、石田が燃え盛るショッピングモールの方へ向かったのか。
普通、明らかに危険であると認識する場所に赴くにはそれなりの理由が必要である。
主催者はその理由を断定できなかったらしく、パソコンのデータでは経緯についてしか触れていない。
しかし、今までの石田の行動から判断すると、石田は道中、ダイナマイトをいくつか紛失している。
ショッピングモールの火災はそれが原因であると考え、さらなる二次被害を防ぐために・・・。
ここで遠藤は頭を振る。
――行って何になるっ・・・!
ダイナマイトを回収しようというのかっ・・・!
第一、あの火災は沙織が給湯器を撃ったことによって起こったもの・・・!
ダイナマイトとは一切関係ないっ・・・!
仮にダイナマイトが付近に落ちていたからといって、あの火災を鎮火できるとでも思っているのかっ・・・!
あくまで、遠藤が考えた石田の行動理由は推測でしかない。
しかし、石田がショッピングモールへ向かった理由が二次災害を防ぐためならば、
それは己の罪を滅ぼした気に浸るための自己満足以外の何物でもなかった。
何よりも遠藤には気がかりなことがあった。
石田の位置を確認した時、もう一人の人物の姿を確認することができたのだ。
その人物は遠藤にとっては忌まわしき―――
――田中沙織っ!!
マシンガンで撃たれた時の痛みと血飛沫、
己の真上を過ぎていく銃弾、
牙を剥いたオオカミのような沙織の形相、
燃え盛る室内、息苦しさ、骨折の激痛・・・。
ショッピングモールでのおぞましい出来事が、フィルムのコマ送りのように遠藤の脳裏に蘇る。
遠藤は己の肘の下にあるキャリーワゴンを見た。
キャリーワゴンは木の組み方がしっかりした作りで、高さはバーのカウンターぐらいであろう。
今の遠藤は右肩負傷、左足首が骨折という重傷を負っている。
そこでこのキャリーワゴンに両肘を置き、それに寄りかかりながら移動することによって、右肩と左足への負担を軽減させている。
――あいつのせいで、俺はこんな目にっ・・・!
遠藤は歯がゆさと苛立ちが入り混じった重々しい表情を浮かべる。
熱を持った爆弾のような精神状態の沙織の至近距離に石田はいる。
石田がこのままショッピングモールまで進んでいけば、おそらく沙織と接触し、その命を狙われるだろう。
そして、石田を追っている黒沢も・・・。
もし、そうなれば、石田と黒沢は殺されるか、瀕死の重傷。
仮に重傷を負ってしまい、この民家に戻ってくれば――
――守ってもらうどころか、お荷物が増えちまうじゃねぇかっ・・・!
遠藤が黒沢たちに目を付けたのも、ほかの参加者に対して何の見返りもなく介抱すること、
腕力に期待できる黒沢がいること、
何より治はともかく黒沢と石田は無傷であり、遠藤を受け入れた時、その介抱に回る余裕があると判断したためである。
しかし、二人が沙織によって負傷されれば、遠藤に目を向ける余裕などない。
それどころか、もし、沙織が追いかけてきたら、遠藤達は沙織のマシンガンで蜂の巣にされるだろう。
――早くここから離れた方が無難なんだが・・・
それでも遠藤はこの地へ来てしまった。
理由はただ一つである。
――ダイナマイトっ・・・!
黒沢は石田を追いかける時、何を思ったのかダイナマイトを民家に置いていったのだ。
遠藤は武器としてコルトパイソンを所持しているが、弾数が心もとない。
そこで身を守るための新たな武器として、このダイナマイトを奪ってから、ここを離れようと考えたのだ。
右腕が不自由で尚且つ、ライターなどの点火器を持ち合わせていないが、
相手に脅威を与えることは可能であるし、どこかで某かの点火器を発見するかもしれない。
また、石田と黒沢は現在、D-6とC-5と民家から離れた位置にいる上、幸いなことに周辺には他の参加者が存在していないのだ。
つまり、長居しすぎると危険だが、短い休憩拠点としては悪くない場所。
しかも、武器が隠されている。
こんな都合のよい状況を遠藤が見逃すはずがなかった。
遠藤はキャリーワゴンを入り口前に一旦置いておくと、やや痛みが和らいできた左足を引きずり、民家の中へ入っていった。
玄関の正面には台所へ続く廊下が伸びている。
廊下には光を受け入れる窓がないため、玄関を閉めれば、探索するのに一苦労するだろう。
しかし、他の参加者の侵入を防ぎたいという無意識の防衛本能から、遠藤は玄関を閉めてしまった。
廊下は墨のような闇に浸される。
しかし、例外的に廊下の先にある台所、廊下の左側にあるわずかに扉が開いた部屋、
この二か所には窓があるためか、扉の隙間からぼやけたような光が漏れている。
遠藤はその光に導かれるままに、廊下を歩きだした。
手始めに、扉が開いた部屋を覗き込む。
遠藤はその部屋の光景を見て、一瞬、言葉を失った。
部屋中に鮮血がぶちまけられ、まるでB級スプラッター映画の惨劇が起きた直後の様相を呈していたのだ。
遠藤は呆れたような溜息をつく。
「これは・・・やりすぎだろ・・・」
状況を見て混乱した人間であれば、殺人が起きた直後の現場と認識するかもしれない。
しかし、仮にその可能性があったとしても、まるで熊が部屋に侵入して大暴れした後のような荒れ具合である。
あまりにも過剰演出すぎて、却って怪しまれてしまう確率の方が高かった。
黒沢の侵入者対策はある意味、初めから頓挫していたと言える。
「それになぁ・・・」
遠藤は部屋の中央に横たわる物体を見た。
物体の上には毛布がかけられており、もともと赤い毛布なのかと誤解させんばかりに血糊がべっとり染みついている。
遠藤は赤い毛布を捲った。
そこには蒼白した表情で眠る青年がいた。
「こいつが・・・治か・・・」
黒沢達と同行していた青年で、道中、嘔吐と頭痛を訴え、倒れた。
原因は不明。
パソコンでの履歴を確認すると、どうもゲーム開始早々、
末崎さくらという男に頭部を殴られたのが原因のようであるが、その病状などどうでもよかった。
むしろ、気になったのは・・・
「これじゃあ、“彼は生きています”と言っているようなもんだろ・・・」
毛布は部屋のどの場所よりも血糊が集中しているのに、肝心の治自身には血糊が降りかかっていない。
部屋中に血糊をぶちまけたのも、事情を知らない参加者がこの現状を見れば、
碌に確認せずに逃げ出してくれるという考えに至ったからこその戦略なのだろう。
しかし、そんな肝の小さい参加者はほんの一握り。
ほとんどの参加者は生き残るため、死体から犯人――殺し合いに乗っている参加者の特徴を特定しようと治を探り始めるはずである。
毛布を捲って、治にまったく血が付着していないことを確認してしまった参加者は・・・
「血糊はブラフと判断、優勝に近づくため・・・治を殺すだろうな・・・」
治を庇うどころか、治を更なる危険にさらしてしまう戦略。
この詰めの甘さに、黒沢という男の底が見えてしまったような気がした。
遠藤は毛布を投げ捨てる。
手についた赤い塗料を忌々しく睨みつけたまま呟いた。
「あの男に頼ろうとした俺がバカだった・・・」
黒沢達の唯一のメリットであるダイナマイトだけ拝借し、早々に立ち去ろう。
遠藤はそう決心すると、治の周辺を見渡し始めた。
◆
ズル・・・ガタ・・・
耳元で物音が聞こえる。
治はうっすらと目を開け、辺りを見渡した。
治の目に飛び込んできたものは壁から滴り落ちる赤い液体。
――あ・・・赤い・・・
治の意識は泥の中に溶け込んでいるかのように、現実と夢が交錯するまどろんだ状況である。
そのため、なぜ、赤い液体が壁に付着しているのかという考えまでには至らない。
――僕は・・・
混濁した記憶から、倒れる直前、黒沢と石田と行動を共にしていたことを思い出した。
横を見ると、黒沢と石田とも該当しない背格好の男が自分に背を向けている。
――黒沢さん・・・石田さん・・・は・・・どこに・・・
「くろさ・・・」
治は彼らを探そうと勢いよく身体を持ちあげようとする。
しかし、その動きは途中で止まった。
脳の奥が絞られるようにズキンズキンと鈍く疼く。
それに刺激されたかのように、胃の奥で何かが押しあがった。
――この感覚は・・・
治はその場でうずくまり、口を大きく開けた。
◆
「何っ!」
遠藤は反射的にコートの下に隠し持っていたコルトパイソンを引き抜き、物音の方へ標準を合わせた。
そこには物言わぬ人形も同然であった治が半身を起こし、吐瀉しようとゲェゲェと激しい過呼吸を繰り返していた。
胃に内容物がないのか、涎だけが床に零れ落ちる。
治は標準の定まらない瞳で遠藤を見つめる。
「あ・・・あなひゃ・・・わ・・・」
治の表情が凍りつき、喉に手を添える。
「あ・・・かは・・・」
言葉を発することができない。
自分の身に何かが起き始めている。
しかし、それを考えようとすればするほど、拒むように体中に激痛が走る。
治は身体の痛みを抑えるように、再び、その場に倒れこんでしまった。
遠藤は治の様子を見て一つの結論に行きつく。
「・・・脳挫傷か・・・」
脳挫傷とは、頭部を強打するなどの要因によって外傷を受けた際に、脳組織が損壊してしまう病状を指す。
脳の一部が機能しなくなり、治癒したとしても、言語障害などの麻痺が残る場合がある。
さらにこの時、頭蓋骨が骨折しているとなお厄介であり、骨折により脳内の血管が傷つけられ、血が溜まり、
嘔吐・意識障害・運動知覚麻痺・痙攣発作・視野の欠損などの症状が起き、重症では昏睡状態になることもある。
治の症状はまさにそれであり、頭部の瘤は頭蓋骨骨折でせき止められた血液が溜まったものだった。
遠藤はコルトパイソンを下した。
「哀れだな・・・」
治の状況は事故が起きてから12時間ほどしか経過していない。
しかし、病状はすでに言語障害まで進んでいる。
つまり、急性脳出血。
すぐに医者に見せなければ、治の身体は更なる麻痺、進行すれば、知能障害の可能性もあった。
治に待っているのは死か、人格を失った人形になるか。
どちらにしろ、人間として欠陥品になることだけは確かであった。
本来なら、短時間で、ここまで悪化するのは稀な例である。
悪化の要因の一つに、黒沢達の対応が的確でなかったことがあげられる。
まず、脳内出血を起こしたら安静に横にし、脳に振動を与えないように配慮すべきであった。
しかし、彼らは隠れる場所を探すため、治を“おぶって”移動した。
しかも追い打ちをかけるように沙織に襲われ、全速力でD-5の別荘からC-4の民家へ移動した。
揺さぶられた移動という時点で脳にかける負担は大きい。
その上、黒沢達は逃げることに全神経を集中させたため気付かなかった。
背負っていた治の頭がのけ反っていたことを。
通常の人間でも苦しい体勢である。
脳に血液が刻一刻と溜まっていく治の肉体とって、どれほどの重荷となっていたのかは想像に容易い。
病状が異常な早さで進展してしまったのは至極当然のことであった。
遠藤はパソコンのデータから治が安静とは程遠い状況下にいたこと、黒沢達が最善を尽くそうとしていたことを理解している。
しかし、全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、修正が効かないところまで転がってしまった。
遠藤が口にした“哀れ”とは、誰の“努力”も“思い”も報われない結末への無慈悲さに対してであった。
◆
「哀れだな・・・」
“この無能者がっ・・・!”
遠藤の一言は治にそう誤解させ、精神を引き裂く破壊力があった。
――僕は・・・僕の身体はっ・・・!
治の心は抉られたように悲鳴を上げ、慟哭する。
治自身、自分の身に何が起きているかは把握しきれていない。
しかし、直感的に自分の身体はこれから悪化の一途を辿っていくだろう。
それだけは理解できた。
機能しなくなっていく肉体は黒沢や石田に負担をかけさせるだけである。
彼らに迷惑と思われたくはない。
迷惑に・・・
治は思考を止め、室内を見つめる。
壁は鮮血が滴り落ち、惨劇が繰り広げられていたことを物語っている。
また、目の前の男の右手は血に染まり、拳銃が握られている。
なぜ、壁が血で染まっているのか、
なぜ、黒沢と石田がいないのか、
目の前の男は誰なのか。
疑問を突き詰めた時、パズルの最後のピースを当てはめたように、全てのヒントが一つの真実を導いた。
――黒沢さんと石田さんは・・・この男に殺されたっ・・・!!
実際は全くの間違いである。
黒沢達がいなくなったのは、石田がショッピングモールの火災に責任感を感じたため。
部屋の血糊はほかの参加者を治から遠ざけるため。
遠藤の手が血に染まっているのは治に掛けられていた毛布を握っていたため。
遠藤がコルトパイソンを所持していたのは己の身を守るため。
これらの偶然は、治が“二人は遠藤に殺された”というシナリオと構築するには十分すぎるパーツであった。
治の中で憎悪がたぎってくる。
黒沢と石田のために一矢報いなければならない。
治が覚悟を決めた瞬間、その機会が訪れてしまった。
遠藤があるものに気付いたのである。
◆
「あれは・・・」
遠藤の目にとまったのはディバックであった。
遠藤がここへ来た目的はこの民家にあるダイナマイトを頂くためである。
勿論、手に入れれば、すぐにでも退散する。
ここで善良な偽善者がいれば、治という弱者を見捨てる気かと説教をするかもしれない。
しかし、遠藤とて、他人を保護するまでの余裕はない。
遠藤は自分の身を守ることを選んだ。
「悪いが・・・このディバック、もらっていくぞ・・・」
遠藤がディバックに手を伸ばした瞬間だった。
突如、治が遠藤の左足に絡みついたのだ。
「なっ・・・!」
遠藤の身体がバランスを崩す。
「うがぁぁっ!!」
床に叩きつけられた途端、遠藤は苦悶の声をあげた。
治が掴んだ足は遠藤の急所――骨折した箇所であったからだ。
ドリルで穴を空けられているような無骨な痛みが遠藤を苦しめる。
なぜ、治が足に掴みかかったのか、遠藤には理解できない。
それもそうである。
治は直感的に感じたのだ。
あのディバックにはダイナマイトがあると。
二人を殺した男に取られてはいけないと。
“偶然と誤解の末に”決めた覚悟を貫いているのだから。
痛みに耐える遠藤に治の心情を汲みする余裕などない。
遠藤は治の頭を掴み、足から引き離そうとする。
「離れろっ!!!」
しかし、治はそれを聞き入れない。
治にとっては弔い合戦である。
ここで退いては、天国にいる黒沢と石田にどんな顔向けをすればいいのか。
――僕が・・・二人の仇をっ!
治はあらん限りの力を振り絞って遠藤の左足に噛みついた。
ブッと肉がちぎれる音がする。
その音は遠藤の激痛に悶える悲鳴にかき消される。
「この野郎っ!!!」
ここが遠藤の我慢の限界だった。
遠藤は近くにあった毛布を治に被せる。
視界が暗くなったことに治が驚いた瞬間だった。
遠藤はコルトパイソンの狙いを治の頭部に定めた。
淡い月明かりとそれを呑みこもうとする闇が混じり合う静謐の空間に、乾いた銃声が轟いた。
部屋の中に血臭と硝煙の残り香が立ちこむ。
遠藤はしばらく呆然としていたが、我に返ると足を毛布から抜いた。
不幸中の幸いなのか、病状がかなり進行していたため、治の顎は本来の力を発揮しきれていなかった。
左足の傷は歯型がくっきり浮かぶものの、血がぽたぽたと滲む程度で済んだのだ。
しかし、その足には咬み傷で生まれた血とは別物の血がべっとりついていた。
遠藤はその血の主を見る。
治は毛布を被ったまま横たわっていた。
毛布に広がっていく血痕は映えるような血糊の赤とは異なり、濁った赤茶色という表現がしっくりくる。
治は部屋の状況にふさわしい姿となった。
遠藤は身体を伸ばし、ディバックを手にした。
治がこのディバックを守ろうとしていたのはこの中にダイナマイトが入っていることを知っていたが故であろう。
「さっきのもみ合いは・・・オレとあいつが生き残りをかけた戦い・・・
そして、オレが勝者になった・・・それだけだ・・・」
遠藤は自分に言い聞かせるように、治を殺したことに意味を見出すと、ディバックを開けた。
「え・・・」
中身を見て、遠藤の心の中で何かが落下した。
「う・・・嘘だろ・・・」
ディバックの中には、コートと拡声器、一般支給品のみで、肝心のダイナマイトがないのだ。
ちなみにダイナマイトは黒沢が民家を出る直前、台所の床下収納に隠しているのだが、パソコンのデータはそこまで情報を密に記載していない。
「ふ・・・ふざけるなっ!」
遠藤はディバックを床に叩きつけた。
遠藤と治はこのゲームの流れを大きく覆す恐れのある“ダイナマイト”を手中に収めるために泥仕合をしたのだ。
こんな結末では、わざわざ手を汚した遠藤の行為も、治が命をかけて守った理由も・・・
「無駄じゃねぇか・・・」
遠藤の心に罪悪感がじわじわと浸食していく。
もし、治が戦闘能力を持ち、且つ、殺意を向けていた青年であれば、遠藤も割り切っていただろう。
しかし、治は怪我に身体を蝕まれた病人、弱者であり、遠藤に立ち向かったのも、ディバックを守ろうとしたためである。
遠藤にとって、生き残るためとは言え、弱者を一方的にいたぶったという行為は不愉快極まりない。
だからこそ、自分を納得させる理由が欲しかった。
しかし、その理由は根底から崩れてしまった。
「畜生っ・・・」
治を殺害する直前に毛布をかけたのは、死体の直視を避けることで、己の罪の意識を少しでも霞ませようとしたため。
佐原には散々、殺し合いに乗ってみろと脅しておきながら、
いざ、自分が殺し合いに乗ると、その罪の重さに押し潰されそうになっている。
はっきり言って、人を殺す前にその重さに気付いた佐原の方がよっぽど賢い。
「おかしくなったのは・・・強運を手放してから・・・いや・・・見放されてからだ・・・」
森田と決別した後から、遠藤の歯車が狂い始めた。
沙織の来襲、
ショッピングモールの炎上、
肩の銃痕と左足の骨折、
そして、治の殺害。
遠藤は森田を手放した代わりに、誰よりも神に近い目を手に入れた。
しかし、運命はあざ笑うかのように、次々と試練を与えてくる。
それは神に近づきすぎた罰のようでもあった。
遠藤は呟く。
「哀れだな・・・」
この“哀れ”とは守る必要のなかったディバックを守って犬死した治に対してなのか、
“全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、
修正が効かないところまで転がってしまった”自身に対してなのか。
それは本人にも分からない。
【C-4/民家/黎明】
【遠藤勇次】
[状態]:右肩銃創(痛むが腕を軽く動かすことは可能) 左足首を複雑骨折(応急処置済)と咬み傷 頬に火傷
[道具]:参加候補者名簿 コルトパイソン357マグナム(残り4発) キャリーワゴン(島内を移動する為に使う)
ノートパソコン(データインストール済) バッテリー多数 CD-R(森田のフロッピーのデータ) 不明支給品0~1 支給品一式
[所持金]:800万円
[思考]:ダイナマイトを見つける 沙織、森田、南郷、佐原から逃げる
※森田に支給品は参加候補者名簿だけと言いましたが、他に隠し持っている可能性もあります。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3~5分ほどかかります。
※キャリーワゴンは民家の表にあります。
&font(red){【治 死亡】}
&font(red){【残り 22人】}
|133:[[猩々の雫]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|135:[[本物と偽物]]|
|128:[[偶然と奇跡の果てに]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|138:[[疲労]]|
|122:[[再考]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:遠藤勇次|138:[[疲労]]|
**偶然と誤解の末に ◆uBMOCQkEHY氏
遠藤は目の前に建つ民家を見た。
民家は一階建ての安い借家のような建物で、乾いた畑を連想させるようなやや煤けた壁とこげ茶色の屋根が印象的である。
周囲が闇に包まれていることもあって、人間の生活臭が感じられない外観はどこか不気味さを覚えてしまう。
少し前に遠藤のパソコンに参加者のデータが送信された。
一時間前、黒沢は石田と治と共に沙織から逃れるために民家へ逃げ込んでいた。
そのまま朝方まで身を潜めているかと思われていたが、ショッピングモールが炎上した直後、
石田は突然、ショッピングモールの方面へ移動してしまったのだ。
現在、黒沢もその後を追っている。
なぜ、石田が燃え盛るショッピングモールの方へ向かったのか。
普通、明らかに危険であると認識する場所に赴くにはそれなりの理由が必要である。
主催者はその理由を断定できなかったらしく、パソコンのデータでは経緯についてしか触れていない。
しかし、今までの石田の行動から判断すると、石田は道中、ダイナマイトをいくつか紛失している。
ショッピングモールの火災はそれが原因であると考え、さらなる二次被害を防ぐために・・・。
ここで遠藤は頭を振る。
――行って何になるっ・・・!
ダイナマイトを回収しようというのかっ・・・!
第一、あの火災は沙織が給湯器を撃ったことによって起こったもの・・・!
ダイナマイトとは一切関係ないっ・・・!
仮にダイナマイトが付近に落ちていたからといって、あの火災を鎮火できるとでも思っているのかっ・・・!
あくまで、遠藤が考えた石田の行動理由は推測でしかない。
しかし、石田がショッピングモールへ向かった理由が二次災害を防ぐためならば、
それは己の罪を滅ぼした気に浸るための自己満足以外の何物でもなかった。
何よりも遠藤には気がかりなことがあった。
石田の位置を確認した時、もう一人の人物の姿を確認することができたのだ。
その人物は遠藤にとっては忌まわしき―――
――田中沙織っ!!
マシンガンで撃たれた時の痛みと血飛沫、
己の真上を過ぎていく銃弾、
牙を剥いたオオカミのような沙織の形相、
燃え盛る室内、息苦しさ、骨折の激痛・・・。
ショッピングモールでのおぞましい出来事が、フィルムのコマ送りのように遠藤の脳裏に蘇る。
遠藤は己の肘の下にあるキャリーワゴンを見た。
キャリーワゴンは木の組み方がしっかりした作りで、高さはバーのカウンターぐらいであろう。
今の遠藤は右肩負傷、左足首が骨折という重傷を負っている。
そこでこのキャリーワゴンに両肘を置き、それに寄りかかりながら移動することによって、右肩と左足への負担を軽減させている。
――あいつのせいで、俺はこんな目にっ・・・!
遠藤は歯がゆさと苛立ちが入り混じった重々しい表情を浮かべる。
熱を持った爆弾のような精神状態の沙織の至近距離に石田はいる。
石田がこのままショッピングモールまで進んでいけば、おそらく沙織と接触し、その命を狙われるだろう。
そして、石田を追っている黒沢も・・・。
もし、そうなれば、石田と黒沢は殺されるか、瀕死の重傷。
仮に重傷を負ってしまい、この民家に戻ってくれば――
――守ってもらうどころか、お荷物が増えちまうじゃねぇかっ・・・!
遠藤が黒沢たちに目を付けたのも、ほかの参加者に対して何の見返りもなく介抱すること、
腕力に期待できる黒沢がいること、
何より治はともかく黒沢と石田は無傷であり、遠藤を受け入れた時、その介抱に回る余裕があると判断したためである。
しかし、二人が沙織によって負傷されれば、遠藤に目を向ける余裕などない。
それどころか、もし、沙織が追いかけてきたら、遠藤達は沙織のマシンガンで蜂の巣にされるだろう。
――早くここから離れた方が無難なんだが・・・
それでも遠藤はこの地へ来てしまった。
理由はただ一つである。
――ダイナマイトっ・・・!
黒沢は石田を追いかける時、何を思ったのかダイナマイトを民家に置いていったのだ。
遠藤は武器としてコルトパイソンを所持しているが、弾数が心もとない。
そこで身を守るための新たな武器として、このダイナマイトを奪ってから、ここを離れようと考えたのだ。
右腕が不自由で尚且つ、ライターなどの点火器を持ち合わせていないが、
相手に脅威を与えることは可能であるし、どこかで某かの点火器を発見するかもしれない。
また、石田と黒沢は現在、D-6とC-5と民家から離れた位置にいる上、幸いなことに周辺には他の参加者が存在していないのだ。
つまり、長居しすぎると危険だが、短い休憩拠点としては悪くない場所。
しかも、武器が隠されている。
こんな都合のよい状況を遠藤が見逃すはずがなかった。
遠藤はキャリーワゴンを入り口前に一旦置いておくと、やや痛みが和らいできた左足を引きずり、民家の中へ入っていった。
玄関の正面には台所へ続く廊下が伸びている。
廊下には光を受け入れる窓がないため、玄関を閉めれば、探索するのに一苦労するだろう。
しかし、他の参加者の侵入を防ぎたいという無意識の防衛本能から、遠藤は玄関を閉めてしまった。
廊下は墨のような闇に浸される。
しかし、例外的に廊下の先にある台所、廊下の左側にあるわずかに扉が開いた部屋、
この二か所には窓があるためか、扉の隙間からぼやけたような光が漏れている。
遠藤はその光に導かれるままに、廊下を歩きだした。
手始めに、扉が開いた部屋を覗き込む。
遠藤はその部屋の光景を見て、一瞬、言葉を失った。
部屋中に鮮血がぶちまけられ、まるでB級スプラッター映画の惨劇が起きた直後の様相を呈していたのだ。
遠藤は呆れたような溜息をつく。
「これは・・・やりすぎだろ・・・」
状況を見て混乱した人間であれば、殺人が起きた直後の現場と認識するかもしれない。
しかし、仮にその可能性があったとしても、まるで熊が部屋に侵入して大暴れした後のような荒れ具合である。
あまりにも過剰演出すぎて、却って怪しまれてしまう確率の方が高かった。
黒沢の侵入者対策はある意味、初めから頓挫していたと言える。
「それになぁ・・・」
遠藤は部屋の中央に横たわる物体を見た。
物体の上には毛布がかけられており、もともと赤い毛布なのかと誤解させんばかりに血糊がべっとり染みついている。
遠藤は赤い毛布を捲った。
そこには蒼白した表情で眠る青年がいた。
「こいつが・・・治か・・・」
黒沢達と同行していた青年で、道中、嘔吐と頭痛を訴え、倒れた。
原因は不明。
パソコンでの履歴を確認すると、どうもゲーム開始早々、
末崎さくらという男に頭部を殴られたのが原因のようであるが、その病状などどうでもよかった。
むしろ、気になったのは・・・
「これじゃあ、“彼は生きています”と言っているようなもんだろ・・・」
毛布は部屋のどの場所よりも血糊が集中しているのに、肝心の治自身には血糊が降りかかっていない。
部屋中に血糊をぶちまけたのも、事情を知らない参加者がこの現状を見れば、
碌に確認せずに逃げ出してくれるという考えに至ったからこその戦略なのだろう。
しかし、そんな肝の小さい参加者はほんの一握り。
ほとんどの参加者は生き残るため、死体から犯人――殺し合いに乗っている参加者の特徴を特定しようと治を探り始めるはずである。
毛布を捲って、治にまったく血が付着していないことを確認してしまった参加者は・・・
「血糊はブラフと判断、優勝に近づくため・・・治を殺すだろうな・・・」
治を庇うどころか、治を更なる危険にさらしてしまう戦略。
この詰めの甘さに、黒沢という男の底が見えてしまったような気がした。
遠藤は毛布を投げ捨てる。
手についた赤い塗料を忌々しく睨みつけたまま呟いた。
「あの男に頼ろうとした俺がバカだった・・・」
黒沢達の唯一のメリットであるダイナマイトだけ拝借し、早々に立ち去ろう。
遠藤はそう決心すると、治の周辺を見渡し始めた。
◆
ズル・・・ガタ・・・
耳元で物音が聞こえる。
治はうっすらと目を開け、辺りを見渡した。
治の目に飛び込んできたものは壁から滴り落ちる赤い液体。
――あ・・・赤い・・・
治の意識は泥の中に溶け込んでいるかのように、現実と夢が交錯するまどろんだ状況である。
そのため、なぜ、赤い液体が壁に付着しているのかという考えまでには至らない。
――僕は・・・
混濁した記憶から、倒れる直前、黒沢と石田と行動を共にしていたことを思い出した。
横を見ると、黒沢と石田とも該当しない背格好の男が自分に背を向けている。
――黒沢さん・・・石田さん・・・は・・・どこに・・・
「くろさ・・・」
治は彼らを探そうと勢いよく身体を持ちあげようとする。
しかし、その動きは途中で止まった。
脳の奥が絞られるようにズキンズキンと鈍く疼く。
それに刺激されたかのように、胃の奥で何かが押しあがった。
――この感覚は・・・
治はその場でうずくまり、口を大きく開けた。
◆
「何っ!」
遠藤は反射的にコートの下に隠し持っていたコルトパイソンを引き抜き、物音の方へ標準を合わせた。
そこには物言わぬ人形も同然であった治が半身を起こし、吐瀉しようとゲェゲェと激しい過呼吸を繰り返していた。
胃に内容物がないのか、涎だけが床に零れ落ちる。
治は標準の定まらない瞳で遠藤を見つめる。
「あ・・・あなひゃ・・・わ・・・」
治の表情が凍りつき、喉に手を添える。
「あ・・・かは・・・」
言葉を発することができない。
自分の身に何かが起き始めている。
しかし、それを考えようとすればするほど、拒むように体中に激痛が走る。
治は身体の痛みを抑えるように、再び、その場に倒れこんでしまった。
遠藤は治の様子を見て一つの結論に行きつく。
「・・・脳挫傷か・・・」
脳挫傷とは、頭部を強打するなどの要因によって外傷を受けた際に、脳組織が損壊してしまう病状を指す。
脳の一部が機能しなくなり、治癒したとしても、言語障害などの麻痺が残る場合がある。
さらにこの時、頭蓋骨が骨折しているとなお厄介であり、骨折により脳内の血管が傷つけられ、血が溜まり、
嘔吐・意識障害・運動知覚麻痺・痙攣発作・視野の欠損などの症状が起き、重症では昏睡状態になることもある。
治の症状はまさにそれであり、頭部の瘤は頭蓋骨骨折でせき止められた血液が溜まったものだった。
遠藤はコルトパイソンを下した。
「哀れだな・・・」
治の状況は事故が起きてから12時間ほどしか経過していない。
しかし、病状はすでに言語障害まで進んでいる。
つまり、急性脳出血。
すぐに医者に見せなければ、治の身体は更なる麻痺、進行すれば、知能障害の可能性もあった。
治に待っているのは死か、人格を失った人形になるか。
どちらにしろ、人間として欠陥品になることだけは確かであった。
本来なら、短時間で、ここまで悪化するのは稀な例である。
悪化の要因の一つに、黒沢達の対応が的確でなかったことがあげられる。
まず、脳内出血を起こしたら安静に横にし、脳に振動を与えないように配慮すべきであった。
しかし、彼らは沙織に襲われ、全速力でD-5の別荘からC-4の民家へ移動した。
揺さぶられた移動という時点で脳にかける負担は大きい。
その上、黒沢達は逃げることに全神経を集中させたため気付かなかった。
脇に抱えられていた治の頭は終始、下を向き続けていたことを。
通常の人間でも苦しい体勢である。
脳に血液が刻一刻と溜まっていく治の肉体とって、どれほどの重荷となっていたのかは想像に容易い。
病状が異常な早さで進展してしまったのは至極当然のことであった。
遠藤はパソコンのデータから治が安静とは程遠い状況下にいたこと、黒沢達が最善を尽くそうとしていたことを理解している。
しかし、全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、修正が効かないところまで転がってしまった。
遠藤が口にした“哀れ”とは、誰の“努力”も“思い”も報われない結末への無慈悲さに対してであった。
◆
「哀れだな・・・」
“この無能者がっ・・・!”
遠藤の一言は治にそう誤解させ、精神を引き裂く破壊力があった。
――僕は・・・僕の身体はっ・・・!
治の心は抉られたように悲鳴を上げ、慟哭する。
治自身、自分の身に何が起きているかは把握しきれていない。
しかし、直感的に自分の身体はこれから悪化の一途を辿っていくだろう。
それだけは理解できた。
機能しなくなっていく肉体は黒沢や石田に負担をかけさせるだけである。
彼らに迷惑と思われたくはない。
迷惑に・・・
治は思考を止め、室内を見つめる。
壁は鮮血が滴り落ち、惨劇が繰り広げられていたことを物語っている。
また、目の前の男の右手は血に染まり、拳銃が握られている。
なぜ、壁が血で染まっているのか、
なぜ、黒沢と石田がいないのか、
目の前の男は誰なのか。
疑問を突き詰めた時、パズルの最後のピースを当てはめたように、全てのヒントが一つの真実を導いた。
――黒沢さんと石田さんは・・・この男に殺されたっ・・・!!
実際は全くの間違いである。
黒沢達がいなくなったのは、石田がショッピングモールの火災に責任感を感じたため。
部屋の血糊はほかの参加者を治から遠ざけるため。
遠藤の手が血に染まっているのは治に掛けられていた毛布を握っていたため。
遠藤がコルトパイソンを所持していたのは己の身を守るため。
これらの偶然は、治が“二人は遠藤に殺された”というシナリオと構築するには十分すぎるパーツであった。
治の中で憎悪がたぎってくる。
黒沢と石田のために一矢報いなければならない。
治が覚悟を決めた瞬間、その機会が訪れてしまった。
遠藤があるものに気付いたのである。
◆
「あれは・・・」
遠藤の目にとまったのはディバックであった。
遠藤がここへ来た目的はこの民家にあるダイナマイトを頂くためである。
勿論、手に入れれば、すぐにでも退散する。
ここで善良な偽善者がいれば、治という弱者を見捨てる気かと説教をするかもしれない。
しかし、遠藤とて、他人を保護するまでの余裕はない。
遠藤は自分の身を守ることを選んだ。
「悪いが・・・このディバック、もらっていくぞ・・・」
遠藤がディバックに手を伸ばした瞬間だった。
突如、治が遠藤の左足に絡みついたのだ。
「なっ・・・!」
遠藤の身体がバランスを崩す。
「うがぁぁっ!!」
床に叩きつけられた途端、遠藤は苦悶の声をあげた。
治が掴んだ足は遠藤の急所――骨折した箇所であったからだ。
ドリルで穴を空けられているような無骨な痛みが遠藤を苦しめる。
なぜ、治が足に掴みかかったのか、遠藤には理解できない。
それもそうである。
治は直感的に感じたのだ。
あのディバックにはダイナマイトがあると。
二人を殺した男に取られてはいけないと。
“偶然と誤解の末に”決めた覚悟を貫いているのだから。
痛みに耐える遠藤に治の心情を汲みする余裕などない。
遠藤は治の頭を掴み、足から引き離そうとする。
「離れろっ!!!」
しかし、治はそれを聞き入れない。
治にとっては弔い合戦である。
ここで退いては、天国にいる黒沢と石田にどんな顔向けをすればいいのか。
――僕が・・・二人の仇をっ!
治はあらん限りの力を振り絞って遠藤の左足に噛みついた。
ブッと肉がちぎれる音がする。
その音は遠藤の激痛に悶える悲鳴にかき消される。
「この野郎っ!!!」
ここが遠藤の我慢の限界だった。
遠藤は近くにあった毛布を治に被せる。
視界が暗くなったことに治が驚いた瞬間だった。
遠藤はコルトパイソンの狙いを治の頭部に定めた。
淡い月明かりとそれを呑みこもうとする闇が混じり合う静謐の空間に、乾いた銃声が轟いた。
部屋の中に血臭と硝煙の残り香が立ちこむ。
遠藤はしばらく呆然としていたが、我に返ると足を毛布から抜いた。
不幸中の幸いなのか、病状がかなり進行していたため、治の顎は本来の力を発揮しきれていなかった。
左足の傷は歯型がくっきり浮かぶものの、血がぽたぽたと滲む程度で済んだのだ。
しかし、その足には咬み傷で生まれた血とは別物の血がべっとりついていた。
遠藤はその血の主を見る。
治は毛布を被ったまま横たわっていた。
毛布に広がっていく血痕は映えるような血糊の赤とは異なり、濁った赤茶色という表現がしっくりくる。
治は部屋の状況にふさわしい姿となった。
遠藤は身体を伸ばし、ディバックを手にした。
治がこのディバックを守ろうとしていたのはこの中にダイナマイトが入っていることを知っていたが故であろう。
「さっきのもみ合いは・・・オレとあいつが生き残りをかけた戦い・・・
そして、オレが勝者になった・・・それだけだ・・・」
遠藤は自分に言い聞かせるように、治を殺したことに意味を見出すと、ディバックを開けた。
「え・・・」
中身を見て、遠藤の心の中で何かが落下した。
「う・・・嘘だろ・・・」
ディバックの中には、コートと拡声器、一般支給品のみで、肝心のダイナマイトがないのだ。
ちなみにダイナマイトは黒沢が民家を出る直前、台所の床下収納に隠しているのだが、パソコンのデータはそこまで情報を密に記載していない。
「ふ・・・ふざけるなっ!」
遠藤はディバックを床に叩きつけた。
遠藤と治はこのゲームの流れを大きく覆す恐れのある“ダイナマイト”を手中に収めるために泥仕合をしたのだ。
こんな結末では、わざわざ手を汚した遠藤の行為も、治が命をかけて守った理由も・・・
「無駄じゃねぇか・・・」
遠藤の心に罪悪感がじわじわと浸食していく。
もし、治が戦闘能力を持ち、且つ、殺意を向けていた青年であれば、遠藤も割り切っていただろう。
しかし、治は怪我に身体を蝕まれた病人、弱者であり、遠藤に立ち向かったのも、ディバックを守ろうとしたためである。
遠藤にとって、生き残るためとは言え、弱者を一方的にいたぶったという行為は不愉快極まりない。
だからこそ、自分を納得させる理由が欲しかった。
しかし、その理由は根底から崩れてしまった。
「畜生っ・・・」
治を殺害する直前に毛布をかけたのは、死体の直視を避けることで、己の罪の意識を少しでも霞ませようとしたため。
佐原には散々、殺し合いに乗ってみろと脅しておきながら、
いざ、自分が殺し合いに乗ると、その罪の重さに押し潰されそうになっている。
はっきり言って、人を殺す前にその重さに気付いた佐原の方がよっぽど賢い。
「おかしくなったのは・・・強運を手放してから・・・いや・・・見放されてからだ・・・」
森田と決別した後から、遠藤の歯車が狂い始めた。
沙織の来襲、
ショッピングモールの炎上、
肩の銃痕と左足の骨折、
そして、治の殺害。
遠藤は森田を手放した代わりに、誰よりも神に近い目を手に入れた。
しかし、運命はあざ笑うかのように、次々と試練を与えてくる。
それは神に近づきすぎた罰のようでもあった。
遠藤は呟く。
「哀れだな・・・」
この“哀れ”とは守る必要のなかったディバックを守って犬死した治に対してなのか、
“全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、
修正が効かないところまで転がってしまった”自身に対してなのか。
それは本人にも分からない。
【C-4/民家/黎明】
【遠藤勇次】
[状態]:右肩銃創(痛むが腕を軽く動かすことは可能) 左足首を複雑骨折(応急処置済)と咬み傷 頬に火傷
[道具]:参加候補者名簿 コルトパイソン357マグナム(残り4発) キャリーワゴン(島内を移動する為に使う)
ノートパソコン(データインストール済) バッテリー多数 CD-R(森田のフロッピーのデータ) 不明支給品0~1 支給品一式
[所持金]:800万円
[思考]:ダイナマイトを見つける 沙織、森田、南郷、佐原から逃げる
※森田に支給品は参加候補者名簿だけと言いましたが、他に隠し持っている可能性もあります。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3~5分ほどかかります。
※キャリーワゴンは民家の表にあります。
&font(red){【治 死亡】}
&font(red){【残り 22人】}
|133:[[猩々の雫]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|135:[[本物と偽物]]|
|128:[[偶然と奇跡の果てに]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|138:[[疲労]]|
|122:[[再考]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:遠藤勇次|138:[[疲労]]|
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: