「悪夢(前編)」(2012/12/16 (日) 02:04:51) の最新版変更点
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**悪夢(前編) ◆6lu8FNGFaw氏
……では、以上で放送を終了する。 引き続き、諸君の健闘を祈る……
兵藤和也はギャンブルルームの椅子に座り、第3回定時放送に耳をすませていた。
テーブルに見立てた雀卓に肘を突き、対面や下家に座る男達の様子を横目で伺う。
下家に座る一条は、簡単な応急処置を済ませた後である。放送を聴きながら村上の淹れたコーヒーを飲んでいる。
対面に座る赤木しげるは、村上が場の流れで渋々出したコーヒーに口をつけようともせず、指を組んでじっとカップの中の闇を見つめている。
(……やれやれ、妙なことになっちまってるよなぁ…)
上家近くに立つ村上へちらりと視線をやると、村上も困惑を隠せないまま一条とアカギの顔を見比べている。
少し離れたところにあるソファーには鷲巣巌が、おざなりに仰向けに寝かされたまま、まだ目を覚ます気配も無い。
◆
数十分前。
ギャンブルルームの入り口の前で、和也は地面に転がっている鷲巣を見下ろしていた。
やっかいな人物を連れ飛んできた一条を恨めしく思うも、その原因が自分のせいであることも重々承知していた。
(このまま、殺っちまうか…?)
和也の目に暗い影が過ぎる。村上は今、一条の応急処置にやっきになっている。
一条は明らかに顔色が悪かった、こちらのことを気にかける気力はないだろう。
(…と言っても、『仲間にしたい』っていう嘘がある手前、なんとか上手く事故に見せかけらんねーかなぁ…。
この爺さんの持っている支給品とかで…例えば爆発物がうっかり爆発したとかさぁ…)
和也はしゃがみ込み、ごそごそと鷲巣の懐を探る。
(……って何だこの銃、ひん曲がってるじゃん…!)
それは一度、鷲巣に突きつけられた拳銃。和也は舌打ちした。
「…チッ!そうと知ってりゃ、あの場で殺してたのによ…」
和也は思わず文句を垂れた。
急場を凌ぐ為にとっさに思いついた特別ルールのおかげで後の事が穏便に進んだとはいえ…それとこれとは別である。
「鷲巣が急に目を覚まして銃で俺を撃とうと…そこで銃が暴発…ってシナリオに見せかけるとか…。
いやいや、鷲巣が気絶してんのにどうやって撃たせるんだよ?
俺が撃…ったら俺が怪我するっつーの…!無しっ…!」
和也はあーあ、と空を仰いだ。
視界の隅に人の影が映る。和也はぎょっとしてすぐに視線を向けた。
朝日を背に浴びてゆっくりと歩いてきたのは赤木しげるであった。
盗聴器ごしに宣戦布告したとはいえ、まだ直接の面識は無い。だが、その白い髪、飄々とした出で立ちからすぐに察した。
「鷲巣………」
アカギはつぶやきながら、小型の銃をこちらに向け歩いてきた。
(しまった……!)
和也は慌てた。せっかく在全とのゲームで武器を入手したというのに、ギャンブルルームの中に置いたままだ。
なんという失態…考えられぬ愚行…!
和也の心境を知ってか知らずか、アカギは着実に距離を詰めてくる。
とっさに鷲巣の懐から奪った『曲がった銃』を構え、和也は叫んだ。
「と、止まれっ……!」
「…………」
アカギは全く動じない。あと数メートルというところまで近づいてきて、ようやく立ち止まった。
「お前、殺したのか…鷲巣を…?」
「死んでねえよ…!」
捨て鉢になって和也は答える。
大声を上げれば一条が飛んでくるだろうか、それとも声を上げると同時に撃たれるだろうか、と和也は必死に思考を巡らせた。
「そうか…ならいい」
朝日が逆光になり、アカギの顔はよく見えない。
鷲巣が死んでないなら良い…ということは鷲巣と共闘でもしているのだろうか。
「ちょうど良かった…鷲巣が適任だと思っていたが、アンタなら…より都合が良い」
「あ…?」
「アンタと話をしたいと思っていたんだ…どうだ…?ギャンブルルームの中で話さないか」
「は……?」
和也は面食らった。数時間前、和也はアカギにターゲット宣告をしたはずである。
そんなことを全く意に介さないかのようなアカギの振る舞いに、和也はただあっけにとられた。
「それとも、撃ち比べがしたいのか…?見たところ、その銃が使い物になるようには見えねえが…」
「…チッ…!一体何を企んでいる…?」
暗闇ならともかく、光の中で銃の変形は一目瞭然である。
曲がった銃を自分の懐にしまいながら、和也は聞いた。アカギは薄く笑った。
「中で話すさ」
◆
驚く村上に『鷲巣の分も立て替える、2人で30分』と200万を押し付け、アカギは鷲巣を担いでギャンブブルームに入ってきた。
「和也様…これは一体…!?」
ソファーに座って応急処置をしていた一条も、顔色を変えて立ち上がる。
「あー…なんかアカギが俺に話があるんだとよ…よく分かんねぇけど…!」
「は…?」
開いた口が塞がらないといった表情の一条を一瞥し、アカギは一条の座っていたソファーに鷲巣を乱暴に降ろした。
呻き声を上げる鷲巣に気を留めることなく、アカギはギャンブルルームの中を見渡す。
盗聴器を見つけると、アカギは一人納得したように頷いた。
「で、アカギ、俺に話って…」
「その銃は…利根川先生の……!」
一条がアカギの手にあるデリンジャーに気がつき、睨みつける。と同時に、和也の顔色を伺った。
一条としては利根川が死んだことに特別な感慨は無い。あくまで目的が同じ者同士、一時的に組んでいた人間という感覚だった。
だが和也の手前、多少は『仲間の死』をもたらした人物に対し怒りを見せるというポーズをとっておくべきかと計算してのことだった。
「ああ、アカギが利根川を殺したんだ」
盗聴器である程度の状況を把握していた和也は、アカギを指差して言い切る。
だがアカギはあっさりとそれを否定した。
「利根川を殺したのは俺じゃない」
「は…?何だそれ…どういう意味だ…?」
和也はただ不思議そうに答える。一条は和也の様子に、演技する必要は無さそうだと判断した。
「利根川が襲い掛かってきて…俺も、奴を返り討ちにするつもりだったが…色々あってな。
あえて言うなら…奴の死は身から出た錆…。利根川は自分自身に殺されたようなもの…」
「はあ……?」
和也は首をかしげ、一条は鼻で笑った。
「下らない…相手にすることありませんよ、和也様。コイツはただ意味ありげな言葉を並べ、我々を煙に巻こうとしているだけ…!」
「アンタ…名前は確か…」
「生憎、小汚いチンピラに名乗る名前など持ち合わせていませんね…!」
一条の皮肉に、アカギは表情一つ変えずに言った。
「…そうか。“名無しの権兵衛”さん、アンタがそう思うんならそうなんだろう。
俺の目には、アンタも小汚いチンピラに見えるがね…」
鷲巣との戦いでつけられた傷。服もところどころ破れてぼろぼろになっている。
一条のこめかみに青筋が浮き立つのがはっきりと見て取れた。
一触即発の一条とアカギとのやりとりを、和也は心配するでもなく…むしろ興味深く眺めていた。
アカギに銃を向けられ、『話がある』と持ち出されたとき、感じたのは恐怖よりも…好奇心のほうが勝っていた。
“悪漢(ピカロ)”と呼ばれるあの赤木しげるが、俺に一体何の話があるというんだ…?と。
飄々として突拍子も無いことを言い出すアカギに、和也は興味を持ち始めていた。
(面白えっ…!この男…面白えっ…!)
一条を早速自分のペースに巻き込み、翻弄しているのを見て、和也はニヤつくのを押さえられずにいた。
「も…もうすぐ第3回放送の時間ですっ…!!」
そこへ、村上が割って入った。
「皆様、コーヒーでも飲みませんか…?コーヒーの香りにはリラックス効果があります…!
身体を休め、落ち着いて放送をお聞きになるのが良いかとっ…!」
雀卓をテーブルに見立て、椅子を用意し、村上は早速コーヒーを持ってきた。
「どうぞ…」
村上は真っ先に一条の前にコーヒーを差し出す。続いて和也、アカギにもコーヒーを出した。
「ああ、ありがとう」
一条は落ち着きを取り戻したようだった。村上はほっと胸を撫で下ろす。
あのままでは、ギャンブルルームの中にもかかわらず撃ち合いでも始めかねなかった。
疲れて気が立っているのだろう。無理も無い。夜通し寝ていない上に島を走り回り、命のやり取りをしてきたのだから。
あえて和也に『後』にコーヒーを出したのは、『参加者に優劣をつけない』という村上なりのさりげない意思表示だった。
……参加者の諸君、黒崎だ…これより第三回定時放送を行う……
放送が始まると、皆黙り込んで放送に聞き入っていた。
……前回から今回の放送までの間に敗れ去った敗者の名を発表する。
『天貴史』、『石田光司』、『村岡隆』、『治』、『利根川幸雄』、『市川』、『南郷』、『遠藤勇次』……
◆
(……やれやれ、妙なことになっちまってるよなぁ…)
放送が終わった後も、一条は済ました顔でコーヒーを飲み、アカギは相変わらず何を考えているのか読めない。
「コーヒー飲まねえの…?」
沈黙に耐えかねた和也がアカギに聞くと、アカギはああ、と興味無さげに答える。
「一応、敵地だからな…。この黒服とアンタらは深い関わりがあるようだし…。ここで出されるものはお茶一杯口にしたくない…!」
村上はムッとした顔をし、一条は嘲笑った。
「つまり、度胸が無いってことですね…?」
「どうとでも取ればいい…」
一条の嫌味を一蹴し、アカギは組んでいた指を解いて和也に言った。
「さて、本題に入ろうか。兵藤和也…」
「おお、やっとか…!待ちくたびれたぜ」
和也は大げさに伸びをしてみせる。アカギは唐突に切り出した。
「これから病院を探索してみないか…?」
「は……病院……?」
「アンタ、病院に興味はないのか…?」
和也が首をひねると、アカギは驚いた顔で逆に聞き返してきた。
「興味っつっても…」
「そうか。興味があるから、このギャンブルルームを選んだのだと思っていた…いつでも探索出来るように…」
アカギの口振りに、和也は苛立ちを覚える。
だが、元来和也は知ったかぶりをしない、率直なところがあった。
「いや、単純に人が多く集まってくるかなーって思っただけだ。アカギは何?あそこに何があると思ってるんだ…?」
「ゲームの根本に繋がるもの…もしくは、ゲームの舞台…この島の歴史があそこにあると推測している…」
「…は?歴史…?」
「どっちにしろ…バトルロワイアル…このゲームを制する者なら…制する可能性のある者なら、
見ておかなきゃあならない…!それを生かすも殺すも当人次第…!」
「ゲームを…“制する者”……」
「俺も、アンタらも、せっかく明確な意思を持ってゲームに参加してるんだ…。
だったら見なくちゃ…!このゲームの原初…根本にあるもの…!」
アカギは薄く笑う。アカギの言葉に、興味をそそられる…惹かれるだけの危うい“何か”があった。
覚悟無く首を突っ込んだら、あっという間に骨まで焼かれそうな“何か”……
ドンッ…!
重い音に、和也ははっと我に返る。一条が雀卓に拳を落したのだ。
「戯言を…!」
一条はアカギを睨め付け、指を指してアカギを詰る。
「この男の言葉はまやかしだっ…!その証拠に何ら具体的なことを示さない…!
言葉巧みに抽象的な言葉を並べ、和也様を操ろうとしているんだっ……!」
「俺が操られる…?」
「そうです!ですから、この男の言葉に耳を傾けては…!」
「お前、誰に向かってモノ言ってる…?」
一条は、はっと口を噤む。和也の目には明らかな怒りの色があった。
「俺は人を見る目があるつもりだ。薄っぺらいペテン師、詐欺師なんざこの目で何人も見てきた。そうそう謀られたりしねえよ…!」
一条は己の失態に歯噛みした。
いくら参加者が須らく同等の条件、平等だと謡っても、あるのだ…この世には…差がっ…毅然と…!
「も…申し訳ございません。出過ぎたことを申しました…!」
「…いいよ、もう…!お前だって、俺のことを気遣うあまりに出た言葉だろ…?気にすんな…!」
平身低頭の一条に、和也はひらひらと手を振り、何でもないことだと示す。
「…さて、話を戻そうか。アカギ…病院には何があるってんだ…?
抽象的な言葉だと分からねえよ。もっと俺にも分かりやすく言ってくれねえか…?」
「…抽象的な言葉になるのは、まだ出来ないからだ…断定が…。
この目で見て、情報を得て確信しない限り、話をすることが出来ねえな」
「……ふうん?だが、何かしら見当はついているんだろ…?
仮説でいいから、言ってみ…!それによって同行するかどうか、判断させてもらう」
アカギは少し間を空けてから、切り出した。
「……数年前。この島で人が…おそらく集団で、急に消えている」
「あ……?」
「数十人…いや、数百人か…?この島にいた集団の身に何かが起こった。
そして、この島の規模としては妙に大きい病院…あの病院がその何かに関係していないわけが無い……!」
「……数年前、何かが起きて、この島の住人がいなくなった。
で?それが今やってるこのゲームと何の関係があるんだ?」
「あるさ……このゲームがあの男…カイジの言っていた『見世物』であるなら……」
“カイジ”。
その名前に、一条、和也ははっきりと反応を見せた。
「カイジが何か言ってたのかっ…!?」
和也が興奮した様子でアカギに詰め寄る。
「『帝愛』という組織について、そして帝愛が行っていた大掛かりなギャンブルについて聞いた。
組織については、俺の想像していた主催者像とずれは無かった。だが、大掛かりなギャンブルのことは初耳…。
『見世物』として楽しむ…それだけではなく、競馬のようにゲームの優勝者が誰か、賭けをやっているという話…」
アカギは淡々と答える。
「それ以外のことは…?」
「特に何も…。アンタのこと…兵藤和也、そして帝愛の一条、利根川のことを聞いたくらいだ」
和也は頷きながら言った。
「…つまり、今回のゲームと『病院』に何かあるかもってのを結びつけるのは、アンタ個人の考えってことだな?」
「ああ」
「ふうん…そっか…」
一条は不安げに和也を見る。
和也の身に何かあったら、一条にとっての『救済』、和也の特別ルールが消し飛んでしまう。
「病院を探索し終えるまでは互いに休戦、という契約を交わすのはどうだ…?」
アカギが切り出した。
「ギャンブルルーム内と同様、一切の暴力行為禁止…。
病院を探索し、兵藤和也がこのギャンブルルームに再び戻るまで…」
「…その取り決め、アンタに有利な取り決めじゃね?
分かってるか…?俺達、ゲームに“乗ってる”んだぜ…?」
「…なら、特別な取り決めをせずに行くか。俺はそれでも構わないが…。
アンタ、路上でケンカをした経験は…?」
アカギは事も無げに聞いてくる。和也はつい言い返した。
「良いのかよ、そんな態度でっ…!俺は『行かない』って選択も出来るんだぜ…!」
「それならそれでいい。少しだけ情報を纏めるのが遅くなるだけの話…。
それに、アンタは同行するさ…!ゲームの根本を知りたいって誘惑には抗えないはず…!」
「…フン…まあそうだけどなっ…!」
和也は不貞腐れつつも素直に認めた。
「和也様…!」
一条の浮かない顔を見て、和也はむしろ、行かなくてはという思いを強くした。
最後の最後、優勝争いで殺すまでは一条とは『仲間』だから…。
このくらいで尻込みしてるようでは、お先が知れると思われる…!
『病院を探索し終えるまで休戦』の誓約書を和也と取り交わすと、アカギはソファの鷲巣を揺さぶり起こした。
「なっ…何じゃ!?ここはどこじゃ!?」
飛び上がり、慌てる鷲巣に、アカギは簡潔にここがギャンブルルームであること、ギャンブルルーム前で倒れていたのを運び込んだことを伝えた。
「……鷲巣、200万返せよ、今払えるんなら」
アカギが鷲巣のデイパックを指差すと、鷲巣は愚痴り出した。
「100万はお前が勝手に立て替えたんじゃろうが…運び込んで欲しいと頼んだ覚えはないわっ!」
「クク…そうか。そのまま転がしておけば良かったな…。
何にせよ、黒服に『立て替える』と言って入ったのだから、それを反故にするとすればアンタの首輪が爆発…」
「チッ…分かったわっ!払えばいいんじゃろ!ほれっ!」
鷲巣はデイパックに手を突っ込み、アカギに200万のチップを投げつけた。アカギは右手で素早くキャッチする。
「で…これからどうする、鷲巣?」
「どうする、とは…?」
アカギは他にもギャンブルルームを使用している者達がいることをあごで示す。
「ああああああああああっ…貴様らっ…!」
一条、和也を見た鷲巣は、恐怖とも怒りとも付かない奇声を上げ、近くにあった松葉杖を振り上げて威嚇する。
「元気なじいさんだよな…今更こんなこと言うのもあれだが、仲間にしても共闘出来る気がしねぇよ…!」
「え、では仲間にしないのですか…?」
和也の言葉に、一条は少し驚いた様子で問いかける。
「確かに人数は多いほうがいいと思ってた、少し前までは。けど、今は少数精鋭の方がいいって思うな…!」
「…確かに、じゃじゃ馬がいるとかえって邪魔になることもありますね」
内心鷲巣のことを良く思っていなかった一条は、ここぞとばかりに同調した。
(よっしゃっ…!『鷲巣を仲間に』って嘘、回避出来るっ…!)
内心喜んでいたのは、むしろ和也のほうであった。
「……だ、そうだ。鷲巣」
「あ…?何じゃ…?」
アカギは、鷲巣にあっさりと言ってのけた。
「今すぐにここを出て、全力で逃げたほうが良いようだぜ。
俺は今、兵藤和也と一時的に手を組んでいるが、アンタはこいつらにとって敵でしかないからな…!」
鷲巣の行動は早かった…!どこにそんな余力が残っているのか、満身創痍であることを忘れてしまうくらいに見事な速さで、荷物を抱えてあっという間にギャンブルルームから走り去った。
「さすが、生きたがりの鷲巣巌…!」
皆があっけに取られる中、アカギはクク…と笑い声を漏らした。
[[悪夢(後編)]]
**悪夢(前編) ◆6lu8FNGFaw氏
……では、以上で放送を終了する。 引き続き、諸君の健闘を祈る……
兵藤和也はギャンブルルームの椅子に座り、第3回定時放送に耳をすませていた。
テーブルに見立てた雀卓に肘を突き、対面や下家に座る男達の様子を横目で伺う。
下家に座る一条は、簡単な応急処置を済ませた後である。放送を聴きながら村上の淹れたコーヒーを飲んでいる。
対面に座る赤木しげるは、村上が場の流れで渋々出したコーヒーに口をつけようともせず、指を組んでじっとカップの中の闇を見つめている。
(……やれやれ、妙なことになっちまってるよなぁ…)
上家近くに立つ村上へちらりと視線をやると、村上も困惑を隠せないまま一条とアカギの顔を見比べている。
少し離れたところにあるソファーには鷲巣巌が、おざなりに仰向けに寝かされたまま、まだ目を覚ます気配も無い。
◆
数十分前。
ギャンブルルームの入り口の前で、和也は地面に転がっている鷲巣を見下ろしていた。
やっかいな人物を連れて来た一条を恨めしく思うも、その原因が自分のせいであることも重々承知していた。
(このまま、殺っちまうか…?)
和也の目に暗い影が過ぎる。村上は今、一条の応急処置にやっきになっている。
一条は明らかに顔色が悪かった、こちらのことを気にかける気力はないだろう。
(…と言っても、『仲間にしたい』っていう嘘がある手前、なんとか上手く事故に見せかけらんねーかなぁ…。
この爺さんの持っている支給品とかで…例えば爆発物がうっかり爆発したとかさぁ…)
和也はしゃがみ込み、ごそごそと鷲巣の懐を探る。
(……って何だこの銃、ひん曲がってるじゃん…!)
それは一度、鷲巣に突きつけられた拳銃。和也は舌打ちした。
「…チッ!そうと知ってりゃ、あの場で殺してたのによ…」
和也は思わず文句を垂れた。
急場を凌ぐ為にとっさに思いついた特別ルールのおかげで後の事が穏便に進んだとはいえ…それとこれとは別である。
「鷲巣が急に目を覚まして銃で俺を撃とうと…そこで銃が暴発…ってシナリオに見せかけるとか…。
いやいや、鷲巣が気絶してんのにどうやって撃たせるんだよ?
俺が撃…ったら俺が怪我するっつーの…!無しっ…!」
和也はあーあ、と空を仰いだ。
視界の隅に人の影が映る。和也はぎょっとしてすぐに視線を向けた。
朝日を背に浴びてゆっくりと歩いてきたのは赤木しげるであった。
盗聴器ごしに宣戦布告したとはいえ、まだ直接の面識は無い。だが、その白い髪、飄々とした出で立ちからすぐに察した。
「鷲巣………」
アカギはつぶやきながら、小型の銃をこちらに向け歩いてきた。
(しまった……!)
和也は慌てた。せっかく在全とのゲームで武器を入手したというのに、ギャンブルルームの中に置いたままだ。
なんという失態…考えられぬ愚行…!
和也の心境を知ってか知らずか、アカギは着実に距離を詰めてくる。
とっさに鷲巣の懐から奪った『曲がった銃』を構え、和也は叫んだ。
「と、止まれっ……!」
「…………」
アカギは全く動じない。あと数メートルというところまで近づいてきて、ようやく立ち止まった。
「お前、殺したのか…鷲巣を…?」
「死んでねえよ…!」
捨て鉢になって和也は答える。
大声を上げれば一条が飛んでくるだろうか、それとも声を上げると同時に撃たれるだろうか、と和也は必死に思考を巡らせた。
「そうか…ならいい」
朝日が逆光になり、アカギの顔はよく見えない。
鷲巣が死んでないなら良い…ということは鷲巣と共闘でもしているのだろうか。
「ちょうど良かった…鷲巣が適任だと思っていたが、アンタなら…より都合が良い」
「あ…?」
「アンタと話をしたいと思っていたんだ…どうだ…?ギャンブルルームの中で話さないか」
「は……?」
和也は面食らった。数時間前、和也はアカギにターゲット宣告をしたはずである。
そんなことを全く意に介さないかのようなアカギの振る舞いに、和也はただあっけにとられた。
「それとも、撃ち比べがしたいのか…?見たところ、その銃が使い物になるようには見えねえが…」
「…チッ…!一体何を企んでいる…?」
暗闇ならともかく、光の中で銃の変形は一目瞭然である。
曲がった銃を自分の懐にしまいながら、和也は聞いた。アカギは薄く笑った。
「中で話すさ」
◆
驚く村上に『鷲巣の分も立て替える、2人で30分』と200万を押し付け、アカギは鷲巣を担いでギャンブブルームに入ってきた。
「和也様…これは一体…!?」
ソファーに座って応急処置をしていた一条も、顔色を変えて立ち上がる。
「あー…なんかアカギが俺に話があるんだとよ…よく分かんねぇけど…!」
「は…?」
開いた口が塞がらないといった表情の一条を一瞥し、アカギは一条の座っていたソファーに鷲巣を乱暴に降ろした。
呻き声を上げる鷲巣に気を留めることなく、アカギはギャンブルルームの中を見渡す。
盗聴器を見つけると、アカギは一人納得したように頷いた。
「で、アカギ、俺に話って…」
「その銃は…利根川先生の……!」
一条がアカギの手にあるデリンジャーに気がつき、睨みつける。と同時に、和也の顔色を伺った。
一条としては利根川が死んだことに特別な感慨は無い。あくまで目的が同じ者同士、一時的に組んでいた人間という感覚だった。
だが和也の手前、多少は『仲間の死』をもたらした人物に対し怒りを見せるというポーズをとっておくべきかと計算してのことだった。
「ああ、アカギが利根川を殺したんだ」
盗聴器である程度の状況を把握していた和也は、アカギを指差して言い切る。
だがアカギはあっさりとそれを否定した。
「利根川を殺したのは俺じゃない」
「は…?何だそれ…どういう意味だ…?」
和也はただ不思議そうに答える。一条は和也の様子に、演技する必要は無さそうだと判断した。
「利根川が襲い掛かってきて…俺も、奴を返り討ちにするつもりだったが…色々あってな。
あえて言うなら…奴の死は身から出た錆…。利根川は自分自身に殺されたようなもの…」
「はあ……?」
和也は首をかしげ、一条は鼻で笑った。
「下らない…相手にすることありませんよ、和也様。コイツはただ意味ありげな言葉を並べ、我々を煙に巻こうとしているだけ…!」
「アンタ…名前は確か…」
「生憎、小汚いチンピラに名乗る名前など持ち合わせていませんね…!」
一条の皮肉に、アカギは表情一つ変えずに言った。
「…そうか。“名無しの権兵衛”さん、アンタがそう思うんならそうなんだろう。
俺の目には、アンタも小汚いチンピラに見えるがね…」
鷲巣との戦いでつけられた傷。服もところどころ破れてぼろぼろになっている。
一条のこめかみに青筋が浮き立つのがはっきりと見て取れた。
一触即発の一条とアカギとのやりとりを、和也は心配するでもなく…むしろ興味深く眺めていた。
アカギに銃を向けられ、『話がある』と持ち出されたとき、感じたのは恐怖よりも…好奇心のほうが勝っていた。
“悪漢(ピカロ)”と呼ばれるあの赤木しげるが、俺に一体何の話があるというんだ…?と。
飄々として突拍子も無いことを言い出すアカギに、和也は興味を持ち始めていた。
(面白えっ…!この男…面白えっ…!)
一条を早速自分のペースに巻き込み、翻弄しているのを見て、和也はニヤつくのを押さえられずにいた。
「も…もうすぐ第3回放送の時間ですっ…!!」
そこへ、村上が割って入った。
「皆様、コーヒーでも飲みませんか…?コーヒーの香りにはリラックス効果があります…!
身体を休め、落ち着いて放送をお聞きになるのが良いかとっ…!」
雀卓をテーブルに見立て、椅子を用意し、村上は早速コーヒーを持ってきた。
「どうぞ…」
村上は真っ先に一条の前にコーヒーを差し出す。続いて和也、アカギにもコーヒーを出した。
「ああ、ありがとう」
一条は落ち着きを取り戻したようだった。村上はほっと胸を撫で下ろす。
あのままでは、ギャンブルルームの中にもかかわらず撃ち合いでも始めかねなかった。
疲れて気が立っているのだろう。無理も無い。夜通し寝ていない上に島を走り回り、命のやり取りをしてきたのだから。
あえて和也に『後』にコーヒーを出したのは、『参加者に優劣をつけない』という村上なりのさりげない意思表示だった。
……参加者の諸君、黒崎だ…これより第三回定時放送を行う……
放送が始まると、皆黙り込んで放送に聞き入っていた。
……前回から今回の放送までの間に敗れ去った敗者の名を発表する。
『天貴史』、『石田光司』、『村岡隆』、『治』、『利根川幸雄』、『市川』、『南郷』、『遠藤勇次』……
◆
(……やれやれ、妙なことになっちまってるよなぁ…)
放送が終わった後も、一条は済ました顔でコーヒーを飲み、アカギは相変わらず何を考えているのか読めない。
「コーヒー飲まねえの…?」
沈黙に耐えかねた和也がアカギに聞くと、アカギはああ、と興味無さげに答える。
「一応、敵地だからな…。この黒服とアンタらは深い関わりがあるようだし…。ここで出されるものはお茶一杯口にしたくない…!」
村上はムッとした顔をし、一条は嘲笑った。
「つまり、度胸が無いってことですね…?」
「どうとでも取ればいい…」
一条の嫌味を一蹴し、アカギは組んでいた指を解いて和也に言った。
「さて、本題に入ろうか。兵藤和也…」
「おお、やっとか…!待ちくたびれたぜ」
和也は大げさに伸びをしてみせる。アカギは唐突に切り出した。
「これから病院を探索してみないか…?」
「は……病院……?」
「アンタ、病院に興味はないのか…?」
和也が首をひねると、アカギは驚いた顔で逆に聞き返してきた。
「興味っつっても…」
「そうか。興味があるから、このギャンブルルームを選んだのだと思っていた…いつでも探索出来るように…」
アカギの口振りに、和也は苛立ちを覚える。
だが、元来和也は知ったかぶりをしない、率直なところがあった。
「いや、単純に人が多く集まってくるかなーって思っただけだ。アカギは何?あそこに何があると思ってるんだ…?」
「ゲームの根本に繋がるもの…もしくは、ゲームの舞台…この島の歴史があそこにあると推測している…」
「…は?歴史…?」
「どっちにしろ…バトルロワイアル…このゲームを制する者なら…制する可能性のある者なら、
見ておかなきゃあならない…!それを生かすも殺すも当人次第…!」
「ゲームを…“制する者”……」
「俺も、アンタらも、せっかく明確な意思を持ってゲームに参加してるんだ…。
だったら見なくちゃ…!このゲームの原初…根本にあるもの…!」
アカギは薄く笑う。アカギの言葉に、興味をそそられる…惹かれるだけの危うい“何か”があった。
覚悟無く首を突っ込んだら、あっという間に骨まで焼かれそうな“何か”……
ドンッ…!
重い音に、和也ははっと我に返る。一条が雀卓に拳を落したのだ。
「戯言を…!」
一条はアカギを睨め付け、指を指してアカギを詰る。
「この男の言葉はまやかしだっ…!その証拠に何ら具体的なことを示さない…!
言葉巧みに抽象的な言葉を並べ、和也様を操ろうとしているんだっ……!」
「俺が操られる…?」
「そうです!ですから、この男の言葉に耳を傾けては…!」
「お前、誰に向かってモノ言ってる…?」
一条は、はっと口を噤む。和也の目には明らかな怒りの色があった。
「俺は人を見る目があるつもりだ。薄っぺらいペテン師、詐欺師なんざこの目で何人も見てきた。そうそう謀られたりしねえよ…!」
一条は己の失態に歯噛みした。
いくら参加者が須らく同等の条件、平等だと謡っても、あるのだ…この世には…差がっ…毅然と…!
「も…申し訳ございません。出過ぎたことを申しました…!」
「…いいよ、もう…!お前だって、俺のことを気遣うあまりに出た言葉だろ…?気にすんな…!」
平身低頭の一条に、和也はひらひらと手を振り、何でもないことだと示す。
「…さて、話を戻そうか。アカギ…病院には何があるってんだ…?
抽象的な言葉だと分からねえよ。もっと俺にも分かりやすく言ってくれねえか…?」
「…抽象的な言葉になるのは、まだ出来ないからだ…断定が…。
この目で見て、情報を得て確信しない限り、話をすることが出来ねえな」
「……ふうん?だが、何かしら見当はついているんだろ…?
仮説でいいから、言ってみ…!それによって同行するかどうか、判断させてもらう」
アカギは少し間を空けてから、切り出した。
「……数年前。この島で人が…おそらく集団で、急に消えている」
「あ……?」
「数十人…いや、数百人か…?この島にいた集団の身に何かが起こった。
そして、この島の規模としては妙に大きい病院…あの病院がその何かに関係していないわけが無い……!」
「……数年前、何かが起きて、この島の住人がいなくなった。
で?それが今やってるこのゲームと何の関係があるんだ?」
「あるさ……このゲームがあの男…カイジの言っていた『見世物』であるなら……」
“カイジ”。
その名前に、一条、和也ははっきりと反応を見せた。
「カイジが何か言ってたのかっ…!?」
和也が興奮した様子でアカギに詰め寄る。
「『帝愛』という組織について、そして帝愛が行っていた大掛かりなギャンブルについて聞いた。
組織については、俺の想像していた主催者像とずれは無かった。だが、大掛かりなギャンブルのことは初耳…。
『見世物』として楽しむ…それだけではなく、競馬のようにゲームの優勝者が誰か、賭けをやっているという話…」
アカギは淡々と答える。
「それ以外のことは…?」
「特に何も…。アンタのこと…兵藤和也、そして帝愛の一条、利根川のことを聞いたくらいだ」
和也は頷きながら言った。
「…つまり、今回のゲームと『病院』に何かあるかもってのを結びつけるのは、アンタ個人の考えってことだな?」
「ああ」
「ふうん…そっか…」
一条は不安げに和也を見る。
和也の身に何かあったら、一条にとっての『救済』、和也の特別ルールが消し飛んでしまう。
「病院を探索し終えるまでは互いに休戦、という契約を交わすのはどうだ…?」
アカギが切り出した。
「ギャンブルルーム内と同様、一切の暴力行為禁止…。
病院を探索し、兵藤和也がこのギャンブルルームに再び戻るまで…」
「…その取り決め、アンタに有利な取り決めじゃね?
分かってるか…?俺達、ゲームに“乗ってる”んだぜ…?」
「…なら、特別な取り決めをせずに行くか。俺はそれでも構わないが…。
アンタ、路上でケンカをした経験は…?」
アカギは事も無げに聞いてくる。和也はつい言い返した。
「良いのかよ、そんな態度でっ…!俺は『行かない』って選択も出来るんだぜ…!」
「それならそれでいい。少しだけ情報を纏めるのが遅くなるだけの話…。
それに、アンタは同行するさ…!ゲームの根本を知りたいって誘惑には抗えないはず…!」
「…フン…まあそうだけどなっ…!」
和也は不貞腐れつつも素直に認めた。
「和也様…!」
一条の浮かない顔を見て、和也はむしろ、行かなくてはという思いを強くした。
最後の最後、優勝争いで殺すまでは一条とは『仲間』だから…。
このくらいで尻込みしてるようでは、お先が知れると思われる…!
『病院を探索し終えるまで休戦』の誓約書を和也と取り交わすと、アカギはソファの鷲巣を揺さぶり起こした。
「なっ…何じゃ!?ここはどこじゃ!?」
飛び上がり、慌てる鷲巣に、アカギは簡潔にここがギャンブルルームであること、ギャンブルルーム前で倒れていたのを運び込んだことを伝えた。
「……鷲巣、200万返せよ、今払えるんなら」
アカギが鷲巣のデイパックを指差すと、鷲巣は愚痴り出した。
「100万はお前が勝手に立て替えたんじゃろうが…運び込んで欲しいと頼んだ覚えはないわっ!」
「クク…そうか。そのまま転がしておけば良かったな…。
何にせよ、黒服に『立て替える』と言って入ったのだから、それを反故にするとすればアンタの首輪が爆発…」
「チッ…分かったわっ!払えばいいんじゃろ!ほれっ!」
鷲巣はデイパックに手を突っ込み、アカギに200万のチップを投げつけた。アカギは右手で素早くキャッチする。
「で…これからどうする、鷲巣?」
「どうする、とは…?」
アカギは他にもギャンブルルームを使用している者達がいることをあごで示す。
「ああああああああああっ…貴様らっ…!」
一条、和也を見た鷲巣は、恐怖とも怒りとも付かない奇声を上げ、近くにあった松葉杖を振り上げて威嚇する。
「元気なじいさんだよな…今更こんなこと言うのもあれだが、仲間にしても共闘出来る気がしねぇよ…!」
「え、では仲間にしないのですか…?」
和也の言葉に、一条は少し驚いた様子で問いかける。
「確かに人数は多いほうがいいと思ってた、少し前までは。けど、今は少数精鋭の方がいいって思うな…!」
「…確かに、じゃじゃ馬がいるとかえって邪魔になることもありますね」
内心鷲巣のことを良く思っていなかった一条は、ここぞとばかりに同調した。
(よっしゃっ…!『鷲巣を仲間に』って嘘、回避出来るっ…!)
内心喜んでいたのは、むしろ和也のほうであった。
「……だ、そうだ。鷲巣」
「あ…?何じゃ…?」
アカギは、鷲巣にあっさりと言ってのけた。
「今すぐにここを出て、全力で逃げたほうが良いようだぜ。
俺は今、兵藤和也と一時的に手を組んでいるが、アンタはこいつらにとって敵でしかないからな…!」
鷲巣の行動は早かった…!どこにそんな余力が残っているのか、満身創痍であることを忘れてしまうくらいに見事な速さで、荷物を抱えてあっという間にギャンブルルームから走り去った。
「さすが、生きたがりの鷲巣巌…!」
皆があっけに取られる中、アカギはクク…と笑い声を漏らした。
[[悪夢(後編)]]
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