「出動」(2013/12/07 (土) 23:15:45) の最新版変更点
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**出動 ◆h.axs11sfY氏
畳の上に、朝の光が降り注いでいる。
ここが殺し合いの舞台であっても、いつもと同じようにやってくる朝に、伊藤カイジは少しだけ緊張の糸が解れる思いがした。
沢田と涯が見張りに立っており、部屋に残っているのはカイジと零の二人のみ。
カイジは窓から差し込む朝日に目を細めると、先ほどから標のメモや地図を見てはメモに何かを書きつけている零をちらりと見て、腕時計に目を落とした。
時刻は午前6時53分。
そして、ここ数時間の出来事を思い返していた。
まだ夜が明けきらない頃に現れた、森田鉄雄という男。
そして彼が告げた主催者とのギャンブル……。
彼に課された試練は厳しいものだったが、それによって手に入れられる報酬――禁止エリアの解除権――は魅力あってあまりあるものだ。
さらに、三回目の放送後の突然の来訪者、もたらされた情報の集約。
井川ひろゆきと平山幸雄のおかげで、この島で起きていることについて、かなり多くのことが分かった。
禁止エリアの解除権を譲渡された零にとって、これほど多くの情報は、またとない僥倖だったことだろうとカイジは思う。
(ただ問題は……制限時間だ……)
森田が交わした契約によると、進入禁止エリア一箇所の永久解除権は、権利が発生してから60分以内に使わないと無効なのだそうだ。
零は6時丁度に、エリア解除権が譲渡されたと宣言した。
つまり、権利を行使できるのは7時まで。
その後ひろゆき達との情報交換もあり、残された時間は10分を切った。
(間に合うのか……?)
カイジは内心焦っていた。
そんなカイジの心配を感じ取ったのか、零はふと顔を上げた。
「カイジさん……」
零の口が何かを告げようとする前に、カイジは玄関へ飛び出していた。
「沢田さんと涯を呼んでくるっ……!」
「ありがとうございます……助かります」
はじかれたように見張りに立っている涯と沢田を呼びに行ったカイジの背中に、零がつぶやく。
零は、カイジが自分の意図を言葉もなしに汲み取ってくれたことに嬉しさを感じ、切迫した状況とのアンバランスさに苦笑した。
はたして涯と沢田はすぐに戻ってきた。
カイジと涯と沢田。緊張の色が浮かぶ六つの瞳が零を見つめる。
「解除エリアはD‐1にしようと思います」
零は落ち着いた声で告げた。
「D‐4とD‐1、どちらを開けるべきか悩みました……でもD‐1にします」
零は、カイジ、沢田、涯の三人に、零に近づくよう手招きした。
近づいてみると、デイバックで作られた死角の中に、何枚かのメモを用意されており、それを読むよう促された。
促されるままに、カイジ、沢田、涯は、息をのんでメモを覗き込む。
そこには、走り書きではあるが整った読みやすい字が連なっていた。
『D‐1を解除エリアにするのは、謎の灯台があるから。
怪しいのは次の二点』
「……じゃあ、理由を説明しますね……」
三人がメモを読んでいるのを眺めながら、零は話し続けた。盗聴する者へ向けたカムフラージュの説明だ。零の真意はメモに記されている。
『まず真新しいアンテナ。これが送受信しているものとして考えられるのが次の二つ。
首輪を爆破する電波または盗聴器の音声や監視カメラの映像。
この二つのうちいずれかと考えて間違いはないと思います。
そして動いている室外機。このことから、灯台は人が管理していると思われます。
が、灯台という建物の性質上、それほど多くの人間はいないはず。
そこにいられる人数が少ないとなると、島中に仕掛けられた監視カメラの映像や、参加者につけられた盗聴器の音声を少人数ですべてチェックするのは至難の業。
よって映像と音声をチェックしているというパターンは却下。
消去法で考えて、少数精鋭で首輪の管理にあたっている公算大。
そして、そこにいる人物ですが、ギャンブルルームにいるような黒服だと踏んでいます。
黒崎のような大物はいないはず。なぜなら、多くの兵を配置できない危険な場所を、主催者が拠点にするとは考えにくいから』
「D‐4は言うまでもなく敵の本丸……奴らの拠点……!
D‐4こそ真っ先に解除されそうなエリアだというのは彼らもわかっているはず……。
ならばなぜ、禁止エリア一箇所解禁という契約を、なぜあの主催者たちがのんだのか……?それは、奴らの戦う準備が寸分の狂いなく整っているから……!」
零が続けるカムフラージュの説明を聞きながら、カイジ、沢田、涯の三人は、そっとメモをめくった。
文字はさらに続いている。
『が、可能性はごく薄いけど、次のパターンも捨てきれません。
それは、在全無量。在全グループのトップ。彼がそこでゲームを観戦しているパターン。
本来ならば大物がそこにいる可能性は低い。理由は先ほど書いた通り。
でも在全ならあり得る。
なぜなら、奴はわがままで完全な満足以外受け付けないエゴイストだから。
たとえ自らの登場でゲームが台無しになろうと、一番のVIP席でショーを見物したい大童子。
現に、前に俺が参加したギャンブルにも、自ら乗り込んできた。
まあ、おかげで俺は命拾いしたんですが……。
今回の殺し合いのVIP席は、一歩外に出ればそこが殺戮の舞台であるこの島の建物のどこか。
殺し合いを肌で感じつつも、自分は安全エリア内……そんな特等席。
もちろんホテルで悠々と眺めるのもいい……
でも、地図に載ってない建物から、一人だけこっそり高みの見物をするが愉快……なんて子供じみた発想をしうるのが在全無量。
だから、奴がそこでこの殺し合いを観戦している可能性もあります』
(在全がいるだと……?あの灯台に……?)
カイジは思わず息をのんだ。横で沢田と涯の表情が険しくなるのを感じた。
どうやら彼らにとっても衝撃的な推理だったようだ。
続きを読もうと心が逸る。
『つまり、首輪の管理と殺し合いの観戦、この二つのパターンが考えられますが、
どちらかといえば前者の可能性が高いと考えています』
(そうだよな……いくらなんでもそんな場所に在全みたいな大物がいるとは考えにくい……)
頭ではそうだとわかっていても、カイジは鼓動が早まるのを感じずにはいられなかった。
一方で零の演説は続いていた。
「まず間違いなく待ち構えているでしょう……ホテルには……武装した大勢の兵が……!
そこに飛び込んでいくのはあまりに危険……飛んで火にいる夏の虫……。
だから避けました……D‐4を解除するのは……!
その点、地図で見る限りD‐1には大人数が隠れられそうな建物はない……しかも西側半分は海……」
『が、灯台はいずれにしても敵の急所。
うまくいけばこのゲームを転覆させられるはず。
だからこそ策なしに飛び込むのは危険……
その前に準備……敵と渡り合えるだけの「武器」を集めたいと思います』
メモが残り少なくなってきた。ページをめくる指が震える。時計の針は午前6時56分を指す。
『殺し合いが行われている場に主催者側が陣を構える以上、彼らが武装しているのは必然。
それに引き替え、こちらの武器はナイフと警棒とバット。
あまりに心もとない。
せめて銃火器か防具がほしいところ』
「戦闘になったときに、D‐1の方がまだ勝ちの目はあります……武器さえあれば!」
『そして、首輪に関する情報。
敵陣に乗り込んだ時に、あちらが俺たちの首輪を問答無用で爆破してくること……これが一番怖い。
首輪を解除することは難しいかもしれない。でも無力化する方法はあるはず。
それを探したいと思っています』
零は一旦言葉を区切り、目を閉じて標、坂崎、板倉、そして赤松の顔を思い浮かべた。
標がいち早く灯台の謎に気付き、赤松が届けてくれた。しかしその赤松も帰らぬ人となった。
灯台を調べることは、この島で散っていった仲間たちの遺志を継ぐことだという予感があった。
そっと目蓋を開ける。零の力強いまなざしが、カイジと沢田と涯に向けられた。
「……だから解除するのはD‐1……!D‐1です!」
時刻は午前6時58分。零の声が、朝の澄んだ空気を静かに震わせた。
◆
「クゥクゥクゥ……愉快愉快!儂の思った通りじゃ……!」
盗聴器から聞こえてくる会話に耳をそばだてていた在全無量は、零の宣言を聞き快哉の声を上げた。
しかしその顔に浮かぶのは、喜びの笑みではなく、残忍で歪んだ愉悦だった。
「宇海零……小憎らしい餓鬼……!
踊れ、儂の掌の上で……踊り狂って死ね……!」
在全は零の破滅を夢想し、獣のように舌なめずりをした。
◆
「それで……これからどうすんだ、零」
沢田が零に静かに問いかけた。
「そうですね……まずは強力な武器を探しましょう。でもこれが案外難しい」
そう言う零の横顔を、涯はなぜと言わんばかりの表情で伺う。
「強い武器ほど、すでにこのゲームに乗ってる人間の手に渡ってるはずです。
誰かを殺したら、その人から使えそうなものを奪うのは当然……それが武器でもチップでも……。
つまり、誰かを殺せば殺すほど、強化されていく仕組み……それがこのゲームの定め。
だから難しい……武器を集めるのは……案外!」
確かにそうだ、と涯は頷いた。
現に涯自身、自ら手にかけた安岡からバットを奪っているのだから。
その暗い事実が、零の言葉の説得力を増した。
武器を手に入れるためには、誰かを殺さなければならない。
殺人を止めるために打倒主催者を掲げるこのチームにとって、この理論に従うことは本末転倒だった。
「零の言うとおりだ……このゲームは武器の奪い合いでもある……。
武器は手に入らない……誰かから奪わないかぎり……!」
カイジが苦しげにつぶやく。
「でも……作れないか?……自分たちで……!」
え?と零が顔を上げる。
「ガソリンと肥料を混ぜれば、爆弾になるって聞いたことがある……!
それくらいの材料なら、この島を探せばどこかに……!」
興奮気味に話すカイジに対し、零の顔は暗い。
「いえ……それはできません。
現在市販されてる肥料は安全性が高められてるんです……そういう使い方を避けるために……。」
「……そうなのか。やっぱり物知りだな、お前……」
零は、風船が萎むように肩を落としたカイジに、申し訳なさそうに告げる。
武器を作るという発想は、この閉塞状況を抜け出す突破口となる道に思えた。しかしその可能性が薄いとわかり、失意が広がっていく。
四人は出口の見えない迷路の中へ陥った。
しかしカイジの脳裏に、ある考えが閃いた。
「有賀はどうだ……?」
「有賀?」
唐突に飛び出した殺人鬼の名前に、零、涯、沢田の三人は首を傾げた。
「あいつは、ゲーム開始直後から人を殺していた……。
俺達があいつと出会ったときには、すでに6人は殺していた計算……チップを6800万円分持っていたから……。
でも、あいつの武器はナイフとマシンガンのみ……それとヘルメット……。
割と身軽だった……!6人も殺していたにしては……!
つまり、死体から奪った荷物をどこかに隠していた可能性大……!
もしかしたら、使えそうな武器があるかも……!」
「確かに……!あっ……森田さんのメモ……!」
そう叫ぶと零は森田から受け取ったメモを掴み、勢いよくめくり始めた。
「あった……D‐5別荘!
有賀はここに一度立ち寄っている……!
あります!ここにいらない荷物を隠していた可能性は十分に……!」
零は地図とメモを交互に見比べ、興奮気味に叫んだ。
「それじゃあ……もしかしたら、そこには……!」
涯が息をのむ。零がうなずく。
「ああ……その中に武器があるかはわからないけど……物資を手に入れることさえ困難な状況……!
そこに行く価値はある……!」
風穴……!カイジの閃きが、この閉鎖空間に風穴を開けた。
反撃の手がかりが見つかるかもしれない……一同は、そこから吹き抜けた一陣の風が、この停滞した空気を吹き飛ばしていくのを感じた。
「……決まりだな。行くんだろ、そこに……」
沢田のこの言葉がきっかけとなり、四人はそれぞれ荷物をまとめ始めた。
「しかし零よ。あと一つの武器はどうすんだ……」
荷物をまとめながら、沢田が零に尋ねる。
零は一瞬気まずそうな表情を浮かべた。
聞かれたくないことを聞かれてしまったという顔だ。
あと一つの武器……それは、首輪を無力化する方法である。
首輪を無力化するために必要な情報はいくつかあるだろうが、その中でも特に重要な情報は、電池と電波に関する情報だと零は考えていた。
この首輪を動かしている電池の情報がわかれば、どうにかして電池切れにさせ、首輪を使い物にならなくしてしまうことができるかもしれない。
また、電波の周波数や電波の届く範囲が判明すれば、首輪が爆発される恐怖から逃れることも夢ではなくなる。
つまり、首輪の電池や電波の情報は、参加者にとってのどから手が出るほどの垂涎の情報なのだ。
これらの情報を手に入れ首輪を無力化したいと思う一方で、零は、それは無理に等しいと感じていた。
首輪はこのゲームを成立させる最重要の道具であるため、参加者の手で無力化されることがあってはならないからだ。
そのため主催者は、この島に首輪を無力化させるための手がかりを何一つ残してはいないだろう。
だから、現在島にある情報や物資だけでは、首輪を無力化することは出来ないのだ。
首輪を無力化するためには、主催者しか知りえない首輪の情報を、主催者から直接聞きだすしかない。
もちろん、首輪の情報などという重大な情報について主催者が口を割るとは考えられない。
ところが零にはある考えがあった。
零はしばし考えた後、メモに何か走り書きをすると、沢田に読むよう促した。
『情報が少なすぎるので、現段階での首輪の無力化はおそらく不可能です。
首輪を無力化する方法を探すには、まず情報……それも主催者しか知らないような情報が必要です。
なので、首輪の情報をかけて主催者側にギャンブルを仕掛けようと思っています。
きっとそのギャンブルでかけるものは命……でも、勝ちさえすれば手に入るものは大きい』
零のメモを呼んだ沢田は、思わず息をのんだ。
首輪の情報をかけて主催者にギャンブルをしかける、なんてことは思いもしなかったのだ。
確かに、森田という前例がある以上、主催者とのギャンブルが出来る可能性はある。
しかし森田の場合、ギャンブルを持ちかけたのは主催者側だった。
(参加者から持ちかけるとは、あまりに大胆…… )
主催者が交渉に乗るだろうか?沢田の心に懸念がよぎる。
だが、それだけではない。
(仮にギャンブルで勝ったとして……首輪の情報……そんな第一級の情報を明け渡すだろうか?主催者連中が……)
沢田は零の顔を見た。
額に汗を浮かべつつ、険しい顔をしているものの、わずかに紅潮している。
冷静を装ってはいるが、やっと見つけた反撃の糸口に、この少年が内心興奮していることが伝わってきた。
(零は信用しているんだろうな……「ギャンブルルームでの契約は絶対」「ギャンブルルームでの暴力の禁止」……あの文言を……)
沢田の予想は的中していた。
ギャンブルルームの中で交わされた約束は、主催者であっても守らなければならないはず。
そこが隙だと、零は考えていた。
あのルールがある以上、もしギャンブルで零が勝ったとしても、暴力で勝負をなかったことにするなどできない。
こちらが勝ったら、契約通り情報を明け渡さなければならないはずだ。
たとえギャンブルでやり取りするのが命であろうと、ギャンブルで負けさえしなければ、命を脅かされることはないだろう。
これが零の思惑だった。
しかし沢田の考えは違う。
ギャンブルルームのルールは絶対であるという考えには、沢田も概ね賛成である。
主催者がルールを無視した身勝手な行動をすることは、ゲームの興を削ぐことになってしまうからだ。ルールの遵守は徹底しているはずだ。
森田との契約のように、直接主催者には影響の無い取り決めならば、主催者もルールに従うだろう。
(しかし、こと首輪に関する情報となると、話は別だ……)
首輪の情報が参加者に漏れれば、主催者にとって命取りになる可能性がある。
なぜなら、主催者の絶対的優位が揺らぐ可能性を生むからである。
というのも、首輪を好きなときに爆破できるということが生む優位――参加者の生殺与奪を握っているという事実――は、主催者が絶対に手放したくない地位である。
たとえわずかな情報であっても、もしかしたらそれをヒントに首輪を無力化されるかもしれないという恐れを主催者側が抱いたら、髪の毛一本ほどの情報も参加者に漏らすはずがない。
だから、首輪に関する情報、いわば猛獣の手綱を、主催者が素直に手放すだろうかという疑念があった。
手綱から解き放たれたが最後、猛獣が飼い主に牙を剥くのは目に見えているからだ。
それゆえ、たとえ絶対のルールの下であっても、無理矢理ねじ曲げて反古にしてしまう可能性は十分ある。そもそもギャンブルに乗らない可能性も高い。
仮にギャンブルが成立して勝ったところで、有耶無耶にされるか殺されるのがオチだ。
ルールなんてまるで無視するだろう。
沢田は零ほど素直にはこのルールを受け止めていなかった。
だが、万が一、主催者側と首輪の情報をかけたギャンブルが成立し、首尾よく情報を手に入れることができたら、それはまさに命と等しい貴重な手がかりとなる。
何に代えてでも守り抜くべき情報である。それだけの価値があるのだ。
「本気か……?零……死ぬかもしれないんだぞ……」
沢田はそっと零に問いかけた。
「はい……覚悟の上です」
静かに、しかし力強く、噛み締めるように零が言った。
だが沢田は、彼の眼に死への恐怖が浮かんでいるのを見逃さなかった。
零は理解しているのだ。これから彼が進もうとしている道が、どれほど危険な道なのか。そして、その先で死神が手招きしていることも。
いくら彼が死と隣り合わせのギャンブルを潜り抜けたことがあるとはいえ、やはり死とは怖いものだ。
そして、主催者に文字通り命がけのギャンブルをしかけるということは、死の瞬間に自ら踏み出していくようなものなのだ。
零は、沢田が尋ねるまで、首輪の無力化について話そうとしなかったのは、
あわよくば、自分ひとりだけで主催者とのギャンブルに臨もうと考えていたからだろう。
人並み以上に切れるだけでなく、強い責任感と深い優しさを持っているこの少年は、仲間を命がけの大勝負に巻き込みたくないのだと察した。
(だが零よ……それじゃ俺の立つ瀬がねえぜ……)
零の決意も固いが、沢田の決意も固かった。
「零、俺も行く」
「沢田さん……でも……」
案の定、零は沢田の申し出にうろたえた。しかしそれを無視して沢田は続ける。
「お前をみすみす死なせちまったら、あの世で赤松に会わせる顔がねえんだよ……」
独り言のようにささやかれた沢田の言葉には、有無を言わせない迫力があった。
零は何か言いたそうに唇を噛んだが、静かにうなずいた。
それを見て沢田は零にメモを返すと、荷物をまとめ終えたカイジ、涯、零の三人の顔を見て言った。
「それじゃあ行くか。二手に別れよう……」
沢田はまず、カイジと涯に顔を向けた。
「カイジ、涯。二人はD‐5の別荘を目指せ。
有賀が隠した荷物がまだ残ってるかもしれねえ……もし途中の道で『何か』見つけたらそれも調べるんだ」
「ああ」
沢田は含みを持たせて「何か」と告げた。カイジと涯は、それが地下への入り口だということを察し、頷いた。
そして沢田は零をちらりと見て言った。
「俺と零は『別ルート』で武器を探す。
集合は12時間後にD‐1だ。
D‐1が解除されたかどうかくらいなら、黒服に聞けば教えてもらえるだろう……」
カイジと涯が、零が命がけのギャンブルを仕掛けようとしていることを知れば、きっと止めるか参加したいと言うだろう。
それを避けたいという零の気持ちは痛いほどわかっている。
だから沢田は、沢田と零の目的を「別ルート」としかカイジと涯には伝えなかった。
電波の無力化を探すことだと捉えることを見こしての表現だ。
続いて、荷物を分けることにした。
3000万円ある所持金は、一チーム1500万円ずつになるよう、沢田とカイジが800万円、零と涯が700万円ずつ持つことにした。
誰がどの武器を持つかには少し悩んだが、足を怪我しているカイジが杖代わりにもなるバットを、沢田が使い慣れた日本刀と同じ要領で扱える警棒を、
零がダガーナイフを、涯が果物ナイフを持つことになった(涯は、拳で戦うと言って武器を受け取りたがらなかったが、無理矢理押しつけた)。
手榴弾は全員2発ずつ持つことにした。
零は、借りていた参加者名簿とパンフレットをカイジに返した。
「それと緊急集合の合図も決めておこう……そうだな、これを使え」
「ペットボトル?」
そういって沢田が見せたものは、支給品の水が入ったペットボトルだった。
「虫眼鏡を使って火を起こしたことはないか?」
「ああ……あったな、そんなの。昔理科の実験で……。
こう、光を集めて……」
カイジが虫眼鏡をかざすような仕草をしてみせる。
「そうだ。それと同じ要領で、こいつでも火が起こせる……少々時間がかかるがな」
どうやら、水の入ったペットボトルでも、虫眼鏡で火を起こすのと同じように火を起こすことができるらしい。
「もし何か大変なことが起きた場合、これを使って二つたき火を作れ。
そしてすぐにその場から離れろ……それを狙って殺しに来る輩がいるかもしれねえからな。
そしてD‐1に向かうんだ。二つ煙が上がったら、緊急集合の合図ってわけだ」
カイジ、零、涯はうなずいた。
「これから分かれて探索することになるが、何も見つからなくたって構いやしねえ。
いいか……無茶はするなよ」
沢田が低い声で告げる。カイジと涯が真剣な表情でその言葉を聞いている横で、零はこの言葉は自分にも向けられていることに気づき、胸が痛んだ。
「生きるんだぞ……お前ら……」
沢田はそう告げると、民家の扉に手をかけた。
そして、血生臭い地獄に転がる一片の希望のために、扉を開いた。
【E-3/民家/朝】
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:高圧電流機能付き警棒 手榴弾×2 不明支給品0~3(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:800万円
[思考]:田中沙織を気にかける 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り 赤松の意志を受け継ぐ 零を守る
※主催者が首輪の情報をかけたギャンブルに乗る可能性は低いと考えています。もし乗ったとしても、約束が反故にされるか殺されると考えています。
※12時間後にD‐1でカイジ、涯と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【宇海零】
[状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
手榴弾×2 麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 森田の手帳
不明支給品 0~1 支給品一式
カイジと作った参加者リスト(『田中沙織にとって敵か否か』)
[所持金]:700万円
[思考]:田中沙織を気にかける 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う 主催者と首輪の情報をかけたギャンブルをする
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D‐1灯台のこと、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
※カイジから参加者名簿、パンフレットに目を通しました。
※森田から手帳をもらいました。手帳には森田がフロッピーを壊すまで、一時間ごとの全ての参加者の行動が数行で記されています。
※田中沙織に関する情報を交換し、カイジと『田中沙織にとって敵か否か』の表を作りました。生存している参加者の外見的特徴が記載されています。
※D‐1の灯台には、在全がゲームを観戦している可能性がわずかながらあるものの、おそらく黒服が首輪の電波の管理をしているだろうと考えています。
※首輪の情報をかけたギャンブルで主催者に勝った場合、ギャンブルルームのルールがある以上、
暴力を振るわれたり約束を反故にされたりすることはないだろうと考えています。
※12時間後にD‐1でカイジ、涯と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済) 鳩尾にごく軽い打撲
[道具]:鉄バット 手榴弾×2 地図 小型ラジカセ 支給品一式 参加者名簿 パンフレット
[所持金]:800万円
[思考]:田中沙織を気にかける 仲間を集め、このギャンブルを潰す
一条、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える 下水道(地下道)を探す D‐5別荘で武器を手に入れる
※アカギのメモから、主催者はD‐4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※今日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※田中沙織に関する情報を交換し、零と『田中沙織にとって敵か否か』の表を作りました。生存している参加者の外見的特徴が記載されています。
※零と沢田が主催者にギャンブルを持ちかけようと考えていることを知りません。電波無力化の手段を探すと考えています。
※12時間後にD‐1で零、沢田と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷 (傷は全て応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 手榴弾×2 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 支給品一式×3
[所持金]:700万円
[思考]:田中沙織を気にかける 零と共に対主催として戦う 下水道(地下道)を探す D‐5別荘で武器を手に入れる
※零と沢田が主催者にギャンブルを持ちかけようと考えていることを知りません。電波無力化の手段を探すと考えています。
※12時間後にD‐1で零、沢田と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
|161:[[巨獣]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|163:[[空回り]]|
||COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]||
|156:[[集約]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司||
|156:[[集約]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零||
|156:[[集約]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:工藤涯||
|156:[[集約]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田||
|161:[[巨獣]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:在全無量||
**出動 ◆h.axs11sfY氏
畳の上に、朝の光が降り注いでいる。
ここが殺し合いの舞台であっても、いつもと同じようにやってくる朝に、伊藤カイジは少しだけ緊張の糸が解れる思いがした。
沢田と涯が見張りに立っており、部屋に残っているのはカイジと零の二人のみ。
カイジは窓から差し込む朝日に目を細めると、先ほどから標のメモや地図を見てはメモに何かを書きつけている零をちらりと見て、腕時計に目を落とした。
時刻は午前6時53分。
そして、ここ数時間の出来事を思い返していた。
まだ夜が明けきらない頃に現れた、森田鉄雄という男。
そして彼が告げた主催者とのギャンブル……。
彼に課された試練は厳しいものだったが、それによって手に入れられる報酬――禁止エリアの解除権――は魅力あってあまりあるものだ。
さらに、三回目の放送後の突然の来訪者、もたらされた情報の集約。
井川ひろゆきと平山幸雄のおかげで、この島で起きていることについて、かなり多くのことが分かった。
禁止エリアの解除権を譲渡された零にとって、これほど多くの情報は、またとない僥倖だったことだろうとカイジは思う。
(ただ問題は……制限時間だ……)
森田が交わした契約によると、進入禁止エリア一箇所の永久解除権は、権利が発生してから60分以内に使わないと無効なのだそうだ。
零は6時丁度に、エリア解除権が譲渡されたと宣言した。
つまり、権利を行使できるのは7時まで。
その後ひろゆき達との情報交換もあり、残された時間は10分を切った。
(間に合うのか……?)
カイジは内心焦っていた。
そんなカイジの心配を感じ取ったのか、零はふと顔を上げた。
「カイジさん……」
零の口が何かを告げようとする前に、カイジは玄関へ飛び出していた。
「沢田さんと涯を呼んでくるっ……!」
「ありがとうございます……助かります」
はじかれたように見張りに立っている涯と沢田を呼びに行ったカイジの背中に、零がつぶやく。
零は、カイジが自分の意図を言葉もなしに汲み取ってくれたことに嬉しさを感じ、切迫した状況とのアンバランスさに苦笑した。
はたして涯と沢田はすぐに戻ってきた。
カイジと涯と沢田。緊張の色が浮かぶ六つの瞳が零を見つめる。
「解除エリアはD‐1にしようと思います」
零は落ち着いた声で告げた。
「D‐4とD‐1、どちらを開けるべきか悩みました……でもD‐1にします」
零は、カイジ、沢田、涯の三人に、零に近づくよう手招きした。
近づいてみると、デイバックで作られた死角の中に、何枚かのメモを用意されており、それを読むよう促された。
促されるままに、カイジ、沢田、涯は、息をのんでメモを覗き込む。
そこには、走り書きではあるが整った読みやすい字が連なっていた。
『D‐1を解除エリアにするのは、謎の灯台があるから。
怪しいのは次の二点』
「……じゃあ、理由を説明しますね……」
三人がメモを読んでいるのを眺めながら、零は話し続けた。盗聴する者へ向けたカムフラージュの説明だ。零の真意はメモに記されている。
『まず真新しいアンテナ。これが送受信しているものとして考えられるのが次の二つ。
首輪を爆破する電波または盗聴器の音声や監視カメラの映像。
この二つのうちいずれかと考えて間違いはないと思います。
そして動いている室外機。このことから、灯台は人が管理していると思われます。
が、灯台という建物の性質上、それほど多くの人間はいないはず。
そこにいられる人数が少ないとなると、島中に仕掛けられた監視カメラの映像や、参加者につけられた盗聴器の音声を少人数ですべてチェックするのは至難の業。
よって映像と音声をチェックしているというパターンは却下。
消去法で考えて、少数精鋭で首輪の管理にあたっている公算大。
そして、そこにいる人物ですが、ギャンブルルームにいるような黒服だと踏んでいます。
黒崎のような大物はいないはず。なぜなら、多くの兵を配置できない危険な場所を、主催者が拠点にするとは考えにくいから』
「D‐4は言うまでもなく敵の本丸……奴らの拠点……!
D‐4こそ真っ先に解除されそうなエリアだというのは彼らもわかっているはず……。
ならばなぜ、禁止エリア一箇所解禁という契約を、なぜあの主催者たちがのんだのか……?それは、奴らの戦う準備が寸分の狂いなく整っているから……!」
零が続けるカムフラージュの説明を聞きながら、カイジ、沢田、涯の三人は、そっとメモをめくった。
文字はさらに続いている。
『が、可能性はごく薄いけど、次のパターンも捨てきれません。
それは、在全無量。在全グループのトップ。彼がそこでゲームを観戦しているパターン。
本来ならば大物がそこにいる可能性は低い。理由は先ほど書いた通り。
でも在全ならあり得る。
なぜなら、奴はわがままで完全な満足以外受け付けないエゴイストだから。
たとえ自らの登場でゲームが台無しになろうと、一番のVIP席でショーを見物したい大童子。
現に、前に俺が参加したギャンブルにも、自ら乗り込んできた。
まあ、おかげで俺は命拾いしたんですが……。
今回の殺し合いのVIP席は、一歩外に出ればそこが殺戮の舞台であるこの島の建物のどこか。
殺し合いを肌で感じつつも、自分は安全エリア内……そんな特等席。
もちろんホテルで悠々と眺めるのもいい……
でも、地図に載ってない建物から、一人だけこっそり高みの見物をするが愉快……なんて子供じみた発想をしうるのが在全無量。
だから、奴がそこでこの殺し合いを観戦している可能性もあります』
(在全がいるだと……?あの灯台に……?)
カイジは思わず息をのんだ。横で沢田と涯の表情が険しくなるのを感じた。
どうやら彼らにとっても衝撃的な推理だったようだ。
続きを読もうと心が逸る。
『つまり、首輪の管理と殺し合いの観戦、この二つのパターンが考えられますが、
どちらかといえば前者の可能性が高いと考えています』
(そうだよな……いくらなんでもそんな場所に在全みたいな大物がいるとは考えにくい……)
頭ではそうだとわかっていても、カイジは鼓動が早まるのを感じずにはいられなかった。
一方で零の演説は続いていた。
「まず間違いなく待ち構えているでしょう……ホテルには……武装した大勢の兵が……!
そこに飛び込んでいくのはあまりに危険……飛んで火にいる夏の虫……。
だから避けました……D‐4を解除するのは……!
その点、地図で見る限りD‐1には大人数が隠れられそうな建物はない……しかも西側半分は海……」
『が、灯台はいずれにしても敵の急所。
うまくいけばこのゲームを転覆させられるはず。
だからこそ策なしに飛び込むのは危険……
その前に準備……敵と渡り合えるだけの「武器」を集めたいと思います』
メモが残り少なくなってきた。ページをめくる指が震える。時計の針は午前6時56分を指す。
『殺し合いが行われている場に主催者側が陣を構える以上、彼らが武装しているのは必然。
それに引き替え、こちらの武器はナイフと警棒とバット。
あまりに心もとない。
せめて銃火器か防具がほしいところ』
「戦闘になったときに、D‐1の方がまだ勝ちの目はあります……武器さえあれば!」
『そして、首輪に関する情報。
敵陣に乗り込んだ時に、あちらが俺たちの首輪を問答無用で爆破してくること……これが一番怖い。
首輪を解除することは難しいかもしれない。でも無力化する方法はあるはず。
それを探したいと思っています』
零は一旦言葉を区切り、目を閉じて標、坂崎、板倉、そして赤松の顔を思い浮かべた。
標がいち早く灯台の謎に気付き、赤松が届けてくれた。しかしその赤松も帰らぬ人となった。
灯台を調べることは、この島で散っていった仲間たちの遺志を継ぐことだという予感があった。
そっと目蓋を開ける。零の力強いまなざしが、カイジと沢田と涯に向けられた。
「……だから解除するのはD‐1……!D‐1です!」
時刻は午前6時58分。零の声が、朝の澄んだ空気を静かに震わせた。
◆
「クゥクゥクゥ……愉快愉快!儂の思った通りじゃ……!」
盗聴器から聞こえてくる会話に耳をそばだてていた在全無量は、零の宣言を聞き快哉の声を上げた。
しかしその顔に浮かぶのは、喜びの笑みではなく、残忍で歪んだ愉悦だった。
「宇海零……小憎らしい餓鬼……!
踊れ、儂の掌の上で……踊り狂って死ね……!」
在全は零の破滅を夢想し、獣のように舌なめずりをした。
◆
「それで……これからどうすんだ、零」
沢田が零に静かに問いかけた。
「そうですね……まずは強力な武器を探しましょう。でもこれが案外難しい」
そう言う零の横顔を、涯はなぜと言わんばかりの表情で伺う。
「強い武器ほど、すでにこのゲームに乗ってる人間の手に渡ってるはずです。
誰かを殺したら、その人から使えそうなものを奪うのは当然……それが武器でもチップでも……。
つまり、誰かを殺せば殺すほど、強化されていく仕組み……それがこのゲームの定め。
だから難しい……武器を集めるのは……案外!」
確かにそうだ、と涯は頷いた。
現に涯自身、自ら手にかけた安岡からバットを奪っているのだから。
その暗い事実が、零の言葉の説得力を増した。
武器を手に入れるためには、誰かを殺さなければならない。
殺人を止めるために打倒主催者を掲げるこのチームにとって、この理論に従うことは本末転倒だった。
「零の言うとおりだ……このゲームは武器の奪い合いでもある……。
武器は手に入らない……誰かから奪わないかぎり……!」
カイジが苦しげにつぶやく。
「でも……作れないか?……自分たちで……!」
え?と零が顔を上げる。
「ガソリンと肥料を混ぜれば、爆弾になるって聞いたことがある……!
それくらいの材料なら、この島を探せばどこかに……!」
興奮気味に話すカイジに対し、零の顔は暗い。
「いえ……それはできません。
現在市販されてる肥料は安全性が高められてるんです……そういう使い方を避けるために……。」
「……そうなのか。やっぱり物知りだな、お前……」
零は、風船が萎むように肩を落としたカイジに、申し訳なさそうに告げる。
武器を作るという発想は、この閉塞状況を抜け出す突破口となる道に思えた。しかしその可能性が薄いとわかり、失意が広がっていく。
四人は出口の見えない迷路の中へ陥った。
しかしカイジの脳裏に、ある考えが閃いた。
「有賀はどうだ……?」
「有賀?」
唐突に飛び出した殺人鬼の名前に、零、涯、沢田の三人は首を傾げた。
「あいつは、ゲーム開始直後から人を殺していた……。
俺達があいつと出会ったときには、すでに6人は殺していた計算……チップを6800万円分持っていたから……。
でも、あいつの武器はナイフとマシンガンのみ……それとヘルメット……。
割と身軽だった……!6人も殺していたにしては……!
つまり、死体から奪った荷物をどこかに隠していた可能性大……!
もしかしたら、使えそうな武器があるかも……!」
「確かに……!あっ……森田さんのメモ……!」
そう叫ぶと零は森田から受け取ったメモを掴み、勢いよくめくり始めた。
「あった……D‐5別荘!
有賀はここに一度立ち寄っている……!
あります!ここにいらない荷物を隠していた可能性は十分に……!」
零は地図とメモを交互に見比べ、興奮気味に叫んだ。
「それじゃあ……もしかしたら、そこには……!」
涯が息をのむ。零がうなずく。
「ああ……その中に武器があるかはわからないけど……物資を手に入れることさえ困難な状況……!
そこに行く価値はある……!」
風穴……!カイジの閃きが、この閉鎖空間に風穴を開けた。
反撃の手がかりが見つかるかもしれない……一同は、そこから吹き抜けた一陣の風が、この停滞した空気を吹き飛ばしていくのを感じた。
「……決まりだな。行くんだろ、そこに……」
沢田のこの言葉がきっかけとなり、四人はそれぞれ荷物をまとめ始めた。
「しかし零よ。あと一つの武器はどうすんだ……」
荷物をまとめながら、沢田が零に尋ねる。
零は一瞬気まずそうな表情を浮かべた。
聞かれたくないことを聞かれてしまったという顔だ。
あと一つの武器……それは、首輪を無力化する方法である。
首輪を無力化するために必要な情報はいくつかあるだろうが、その中でも特に重要な情報は、電池と電波に関する情報だと零は考えていた。
この首輪を動かしている電池の情報がわかれば、どうにかして電池切れにさせ、首輪を使い物にならなくしてしまうことができるかもしれない。
また、電波の周波数や電波の届く範囲が判明すれば、首輪が爆発される恐怖から逃れることも夢ではなくなる。
つまり、首輪の電池や電波の情報は、参加者にとってのどから手が出るほどの垂涎の情報なのだ。
これらの情報を手に入れ首輪を無力化したいと思う一方で、零は、それは無理に等しいと感じていた。
首輪はこのゲームを成立させる最重要の道具であるため、参加者の手で無力化されることがあってはならないからだ。
そのため主催者は、この島に首輪を無力化させるための手がかりを何一つ残してはいないだろう。
だから、現在島にある情報や物資だけでは、首輪を無力化することは出来ないのだ。
首輪を無力化するためには、主催者しか知りえない首輪の情報を、主催者から直接聞きだすしかない。
もちろん、首輪の情報などという重大な情報について主催者が口を割るとは考えられない。
ところが零にはある考えがあった。
零はしばし考えた後、メモに何か走り書きをすると、沢田に読むよう促した。
『情報が少なすぎるので、現段階での首輪の無力化はおそらく不可能です。
首輪を無力化する方法を探すには、まず情報……それも主催者しか知らないような情報が必要です。
なので、首輪の情報をかけて主催者側にギャンブルを仕掛けようと思っています。
きっとそのギャンブルでかけるものは命……でも、勝ちさえすれば手に入るものは大きい』
零のメモを呼んだ沢田は、思わず息をのんだ。
首輪の情報をかけて主催者にギャンブルをしかける、なんてことは思いもしなかったのだ。
確かに、森田という前例がある以上、主催者とのギャンブルが出来る可能性はある。
しかし森田の場合、ギャンブルを持ちかけたのは主催者側だった。
(参加者から持ちかけるとは、あまりに大胆…… )
主催者が交渉に乗るだろうか?沢田の心に懸念がよぎる。
だが、それだけではない。
(仮にギャンブルで勝ったとして……首輪の情報……そんな第一級の情報を明け渡すだろうか?主催者連中が……)
沢田は零の顔を見た。
額に汗を浮かべつつ、険しい顔をしているものの、わずかに紅潮している。
冷静を装ってはいるが、やっと見つけた反撃の糸口に、この少年が内心興奮していることが伝わってきた。
(零は信用しているんだろうな……「ギャンブルルームでの契約は絶対」「ギャンブルルームでの暴力の禁止」……あの文言を……)
沢田の予想は的中していた。
ギャンブルルームの中で交わされた約束は、主催者であっても守らなければならないはず。
そこが隙だと、零は考えていた。
あのルールがある以上、もしギャンブルで零が勝ったとしても、暴力で勝負をなかったことにするなどできない。
こちらが勝ったら、契約通り情報を明け渡さなければならないはずだ。
たとえギャンブルでやり取りするのが命であろうと、ギャンブルで負けさえしなければ、命を脅かされることはないだろう。
これが零の思惑だった。
しかし沢田の考えは違う。
ギャンブルルームのルールは絶対であるという考えには、沢田も概ね賛成である。
主催者がルールを無視した身勝手な行動をすることは、ゲームの興を削ぐことになってしまうからだ。ルールの遵守は徹底しているはずだ。
森田との契約のように、直接主催者には影響の無い取り決めならば、主催者もルールに従うだろう。
(しかし、こと首輪に関する情報となると、話は別だ……)
首輪の情報が参加者に漏れれば、主催者にとって命取りになる可能性がある。
なぜなら、主催者の絶対的優位が揺らぐ可能性を生むからである。
というのも、首輪を好きなときに爆破できるということが生む優位――参加者の生殺与奪を握っているという事実――は、主催者が絶対に手放したくない地位である。
たとえわずかな情報であっても、もしかしたらそれをヒントに首輪を無力化されるかもしれないという恐れを主催者側が抱いたら、髪の毛一本ほどの情報も参加者に漏らすはずがない。
だから、首輪に関する情報、いわば猛獣の手綱を、主催者が素直に手放すだろうかという疑念があった。
手綱から解き放たれたが最後、猛獣が飼い主に牙を剥くのは目に見えているからだ。
それゆえ、たとえ絶対のルールの下であっても、無理矢理ねじ曲げて反古にしてしまう可能性は十分ある。そもそもギャンブルに乗らない可能性も高い。
仮にギャンブルが成立して勝ったところで、有耶無耶にされるか殺されるのがオチだ。
ルールなんてまるで無視するだろう。
沢田は零ほど素直にはこのルールを受け止めていなかった。
だが、万が一、主催者側と首輪の情報をかけたギャンブルが成立し、首尾よく情報を手に入れることができたら、それはまさに命と等しい貴重な手がかりとなる。
何に代えてでも守り抜くべき情報である。それだけの価値があるのだ。
「本気か……?零……死ぬかもしれないんだぞ……」
沢田はそっと零に問いかけた。
「はい……覚悟の上です」
静かに、しかし力強く、噛み締めるように零が言った。
だが沢田は、彼の眼に死への恐怖が浮かんでいるのを見逃さなかった。
零は理解しているのだ。これから彼が進もうとしている道が、どれほど危険な道なのか。そして、その先で死神が手招きしていることも。
いくら彼が死と隣り合わせのギャンブルを潜り抜けたことがあるとはいえ、やはり死とは怖いものだ。
そして、主催者に文字通り命がけのギャンブルをしかけるということは、死の瞬間に自ら踏み出していくようなものなのだ。
零は、沢田が尋ねるまで、首輪の無力化について話そうとしなかったのは、
あわよくば、自分ひとりだけで主催者とのギャンブルに臨もうと考えていたからだろう。
人並み以上に切れるだけでなく、強い責任感と深い優しさを持っているこの少年は、仲間を命がけの大勝負に巻き込みたくないのだと察した。
(だが零よ……それじゃ俺の立つ瀬がねえぜ……)
零の決意も固いが、沢田の決意も固かった。
「零、俺も行く」
「沢田さん……でも……」
案の定、零は沢田の申し出にうろたえた。しかしそれを無視して沢田は続ける。
「お前をみすみす死なせちまったら、あの世で赤松に会わせる顔がねえんだよ……」
独り言のようにささやかれた沢田の言葉には、有無を言わせない迫力があった。
零は何か言いたそうに唇を噛んだが、静かにうなずいた。
それを見て沢田は零にメモを返すと、荷物をまとめ終えたカイジ、涯、零の三人の顔を見て言った。
「それじゃあ行くか。二手に別れよう……」
沢田はまず、カイジと涯に顔を向けた。
「カイジ、涯。二人はD‐5の別荘を目指せ。
有賀が隠した荷物がまだ残ってるかもしれねえ……もし途中の道で『何か』見つけたらそれも調べるんだ」
「ああ」
沢田は含みを持たせて「何か」と告げた。カイジと涯は、それが地下への入り口だということを察し、頷いた。
そして沢田は零をちらりと見て言った。
「俺と零は『別ルート』で武器を探す。
集合は12時間後にD‐1だ。
D‐1が解除されたかどうかくらいなら、黒服に聞けば教えてもらえるだろう……」
カイジと涯が、零が命がけのギャンブルを仕掛けようとしていることを知れば、きっと止めるか参加したいと言うだろう。
それを避けたいという零の気持ちは痛いほどわかっている。
だから沢田は、沢田と零の目的を「別ルート」としかカイジと涯には伝えなかった。
電波の無力化を探すことだと捉えることを見こしての表現だ。
続いて、荷物を分けることにした。
3000万円ある所持金は、一チーム1500万円ずつになるよう、沢田とカイジが800万円、零と涯が700万円ずつ持つことにした。
誰がどの武器を持つかには少し悩んだが、足を怪我しているカイジが杖代わりにもなるバットを、沢田が使い慣れた日本刀と同じ要領で扱える警棒を、
零がダガーナイフを、涯が果物ナイフを持つことになった(涯は、拳で戦うと言って武器を受け取りたがらなかったが、無理矢理押しつけた)。
手榴弾は全員2発ずつ持つことにした。
零は、借りていた参加者名簿とパンフレットをカイジに返した。
「それと緊急集合の合図も決めておこう……そうだな、これを使え」
「ペットボトル?」
そういって沢田が見せたものは、支給品の水が入ったペットボトルだった。
「虫眼鏡を使って火を起こしたことはないか?」
「ああ……あったな、そんなの。昔理科の実験で……。
こう、光を集めて……」
カイジが虫眼鏡をかざすような仕草をしてみせる。
「そうだ。それと同じ要領で、こいつでも火が起こせる……少々時間がかかるがな」
どうやら、水の入ったペットボトルでも、虫眼鏡で火を起こすのと同じように火を起こすことができるらしい。
「もし何か大変なことが起きた場合、これを使って二つたき火を作れ。
そしてすぐにその場から離れろ……それを狙って殺しに来る輩がいるかもしれねえからな。
そしてD‐1に向かうんだ。二つ煙が上がったら、緊急集合の合図ってわけだ」
カイジ、零、涯はうなずいた。
「これから分かれて探索することになるが、何も見つからなくたって構いやしねえ。
いいか……無茶はするなよ」
沢田が低い声で告げる。カイジと涯が真剣な表情でその言葉を聞いている横で、零はこの言葉は自分にも向けられていることに気づき、胸が痛んだ。
「生きるんだぞ……お前ら……」
沢田はそう告げると、民家の扉に手をかけた。
そして、血生臭い地獄に転がる一片の希望のために、扉を開いた。
【E-3/民家/朝】
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:高圧電流機能付き警棒 手榴弾×2 不明支給品0~3(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:800万円
[思考]:田中沙織を気にかける 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り 赤松の意志を受け継ぐ 零を守る
※主催者が首輪の情報をかけたギャンブルに乗る可能性は低いと考えています。もし乗ったとしても、約束が反故にされるか殺されると考えています。
※12時間後にD‐1でカイジ、涯と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【宇海零】
[状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
手榴弾×2 麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 森田の手帳
不明支給品 0~1 支給品一式
カイジと作った参加者リスト(『田中沙織にとって敵か否か』)
[所持金]:700万円
[思考]:田中沙織を気にかける 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う 主催者と首輪の情報をかけたギャンブルをする
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D‐1灯台のこと、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
※カイジから参加者名簿、パンフレットに目を通しました。
※森田から手帳をもらいました。手帳には森田がフロッピーを壊すまで、一時間ごとの全ての参加者の行動が数行で記されています。
※田中沙織に関する情報を交換し、カイジと『田中沙織にとって敵か否か』の表を作りました。生存している参加者の外見的特徴が記載されています。
※D‐1の灯台には、在全がゲームを観戦している可能性がわずかながらあるものの、おそらく黒服が首輪の電波の管理をしているだろうと考えています。
※首輪の情報をかけたギャンブルで主催者に勝った場合、ギャンブルルームのルールがある以上、
暴力を振るわれたり約束を反故にされたりすることはないだろうと考えています。
※12時間後にD‐1でカイジ、涯と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済) 鳩尾にごく軽い打撲
[道具]:鉄バット 手榴弾×2 地図 小型ラジカセ 支給品一式 参加者名簿 パンフレット
[所持金]:800万円
[思考]:田中沙織を気にかける 仲間を集め、このギャンブルを潰す
一条、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える 下水道(地下道)を探す D‐5別荘で武器を手に入れる
※アカギのメモから、主催者はD‐4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※今日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※田中沙織に関する情報を交換し、零と『田中沙織にとって敵か否か』の表を作りました。生存している参加者の外見的特徴が記載されています。
※零と沢田が主催者にギャンブルを持ちかけようと考えていることを知りません。電波無力化の手段を探すと考えています。
※12時間後にD‐1で零、沢田と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷 (傷は全て応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 手榴弾×2 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 支給品一式×3
[所持金]:700万円
[思考]:田中沙織を気にかける 零と共に対主催として戦う 下水道(地下道)を探す D‐5別荘で武器を手に入れる
※零と沢田が主催者にギャンブルを持ちかけようと考えていることを知りません。電波無力化の手段を探すと考えています。
※12時間後にD‐1で零、沢田と合流する予定です。緊急集合の合図も決めました。
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