「二択」(2013/12/10 (火) 22:22:02) の最新版変更点
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**二択 ◆tWGn.Pz8oA氏
「どういう人たちなのかは分からないけど……警戒するに越したことはないわね」
赤木しげると平井銀二の顔写真を見つめながら、沙織が言う。
二人の"危険人物"は、年齢には差があるものの、偶然にも外見が似通っていた。
白い短髪と吊り上がった目。目はともかく、髪の毛に関しては目立った特徴だと言えるだろう。
それによって何が変わるでもないが、少なくとも白髪を見たら警戒するという目安ができたのは、
彼らとの遭遇を避ける上で悪いことではなかった。
カイジは、沙織にもその顔写真が見えやすいように名簿を置き直す。
ところが、彼女は写真を見て一瞬身体を硬くしたかと思うと、すぐに目を離してしまった。
沙織を震わせたのは、他の誰でもない彼女自身だった。
沙織は、自らがあの二人に殺される姿を、閃光のような一瞬のうちに想像してしまったのである。
脳裏にちらつく惨劇の中に倒れる沙織の様子は単なる想像図ではなく、神威事件での血にまみれた彼女の姿にそっくりだった。
沙織は背中に走る悪寒にきゅっと口の端を引き締め、周囲に視線を漂わせる。
そうして目をやった先にいるカイジはというと、彼もすでに名簿を見てはいなかった。
「カイジ君、何か考えてるの?」
「ん、ああ……田中さん、これが本当に賭けの倍率だとしたら、奴らはオレたちを監視してる可能性が高い」
「………監視?」
カイジはこくりとも頷かず、何かを思い出すように前を見据え、言葉を続ける。
「監視と言うよりは鑑賞かな………
オレは前に、同じ主催者の開いたゲームに参加したことがある。その時やったのも命がけのギャンブルだった…
そして、そんなオレたちを見て楽しんでる奴らが大勢いたんだ」
「……今回も同じってことね」
「恐らくな。直接見るには範囲が広すぎるから、多分そこら中にカメラの類が仕掛けてあるんだろう」
思わず辺りを見回す沙織。
そう言われると、先ほどまでは気にも留めていなかったぬいぐるみや調度品が妙に気になって仕方ない。
今も見られているかもしれないと思うと、あまりいい気分はしなかった。
「……そうね………監視なんて考えてもいなかったけど、
そもそもゲームの性質を考えたら、こちらの動きをチェックしてないはずがないんだわ…
ねえ、ゲームを潰すなんて言っちゃって大丈夫だったのかしら?
都合が悪くなったら首輪を爆発させられちゃうんじゃ……」
「……いや、それは多分大丈夫。あっちは滅多なことじゃ直接手を下したりはしない…できないんだ。
賭けてる奴がいる以上、勝手に殺したら文句が出るに決まってるからな。
明確なルール違反をしたり余程の事態を起こしたりしなきゃ、そう簡単に爆破されることはないはず…
ただ、具体的な計画なんかは大っぴらに言わない方がいいってこと」
カイジのその言葉を聞いた沙織は、素直に胸をなで下ろした。
賭けの対象にまでされているという腹立たしい事実はともかく、
それによって少しでも生き残る可能性が上がったというならば悪くない……
そう考えたのか、先ほどまでとは打って変わった余裕のある表情を見せている。
アタリといえる支給品を手に入れたこと。冷静な分析ができるカイジに出会えたこと。
そんな些細な幸運を噛み締めるように、拳を握る。
(カイジ君がいてくれれば、大丈夫………本当に会えてよかった)
そんな沙織の心中を知らないカイジは、再び妙な沈黙が流れる前に、意を決したように問いかけた。
「田中さん…これから外に出ようと思うんだが……大丈夫か?」
「ええ、ここにいてもしょうがないもんね。………行きましょう」
目を合わせた二人は、お互いを勇気づけるように頷き合う。
カイジは、沙織が恐がって外に出るのを渋るかもしれないと考えていただけに、
彼女のしっかりとした返答に安心してわずかに口角を上げた。
膝を立て、そうと決まれば、と言わんばかりに立ち上がる。
その途中、二人の前に開かれたままだった名簿を閉じて、元々の持ち主である沙織に差し出した。
もちろんその行動に何の疑問を抱くはずもなく、沙織は名簿を受け取ろうと手を伸ばす。
ところが、カイジの手が名簿から離れたとき、沙織の動きが止まった。
「ん…どうかしたか?」
「あ………ううん、何も」
沙織は取り繕うような笑顔を見せると、何事もなかったかのように名簿を仕舞い込む。
それを見たカイジは、少し首をひねったもののさほど気にした様子もなく、すぐに後ろを向いて地図を見始めた。
一方、その行動の間にも、沙織は再び別のあるものを目にして眉尻を反応させていた。
彼女の目に留まったあるもの―――それは、カイジの指と左耳の付け根に沿って走る古傷。
それらは、元々特に隠されていたわけではない。
だが不思議なことに、沙織はつい先ほどまでその存在に全く気付いていなかったのである。
(なんなの、あの傷跡……)
視界から離れてもなお頭の中に強い存在感を残す、無惨な縫合の跡。
さすがに顔の傷には気付いていた沙織だが、そちらは単なる事故によるものだろうと考え、ほとんど気にかけていなかった。
しかし、指と耳の傷跡は明らかに異質。
その縫い跡はいずれも付け根をすっぱりと割り、意図して切ったことがありありと伝わってくる。
つまり、単なる喧嘩や事故によるものとはとうてい考えられそうにないものだった。
少し頭が切れる、何の変哲もない青年―――沙織の中で、カイジに対するそんな認識が少しずつ崩れていく。
本当のところ、彼は「普通」などとはほど遠い存在なのではないか?
自分が過去に首を突っ込んだことのある、血生臭い世界の住人なのではないか?
そんな憶測が沙織の頭の中を埋めていった。
沙織はさらに、カイジが生死を賭けたギャンブルをしたことがあると言っていたのを思い出す。
生き残ってここにいるということは、恐らくそのゲームを潜り抜けてきたのだろう。
それは、それ相応の能力があることを裏付ける分心強いともいえるが、もし―――
(―――もし、クリアしたのが今回のような殺し合いのゲームだったら?)
平坦なリズムを保っていた心臓の鼓動が、少しずつ速く、重くなっていく。
動揺を知られまいと、沙織は涼しい顔でデイパックを背負い立ち上がった。
そんな彼女の心中を知らないカイジは、頼もしげに頬笑んで廊下から手招きしていた。
◆
「……それで、これからどこへ向かうつもりなの?」
「同じ考えの奴を集めるのが目的だからな。
とりあえず、アトラクションゾーンで一番目立つ観覧車の下に行こうと思う」
「そう、わかったわ…」
沙織は疑心を抱きつつも、ひとまずはカイジに委ねることにした。
過去に何があったにせよ、先刻無防備にへたりこんでいた彼女を助けてくれたのは事実であるし、
今の時点では、カイジが人を騙して手にかけるような人物には見えなかったのだ。
何より、沙織にとっては先のことを心配するよりも、今生き延びられるかの方が重要だった。
(どうせ一人でいたって路頭に迷うだけ。今の私には、カイジ君と行動を共にするしか生き残る道はない…
私には彼が必要…………少なくとも、森田君に会えるまでは)
沙織はそう思いながら、カイジの横顔をちらりと見た。
一応は辺りを警戒しているのか、彼の表情は険しい。
そこから視線を前方に移すと、二人の目指す観覧車が遠くそびえ立ち、真っ赤な骨組みが青い空によく映えている。
本当にゲームに反逆する者と落ち合えるのかはわからないが、
確かにあれだけ目立っていれば目印になると考える人間も多いだろう、と沙織は思った。
『キャアアアァァ……ッッ!!!』
風の音、と言われれば納得していたかもしれない。
二人の後方から聞こえてきた悲鳴は、それほどか細かった。
しかしそれでも、神経を尖らせていた彼らの耳にはその声が確かに届いていた。
「カイジ君……!」
「ああ、今の悲鳴…向こうからだ……!」
「ま、待って!………行くの?」
すでに踵を返して声の方へ体を向けていたカイジは、予想もしていなかった言葉に困惑しながら振り返る。
「何言ってんだ……行くに決まって……」
「ダメよ!……わ、罠かもしれないじゃない……」
言い争う時間が惜しい。カイジは、少し苛立って唇を噛んだ。
先刻沙織をわざわざ保護したように、カイジは元来人情に厚い男である。
困っている者には手を差し伸べずにはいられないし、襲われているとあらば、彼の出来る範囲で何らかの策をとろうとする。
とは言え、聞こえてきたのが男の悲鳴であったなら判断は違っていたかもしれない。
大の男が悲鳴を上げるような事態にあるならば、相手は相応の危険人物と見て現場に近づこうとはしなかった可能性もある。
だが、先ほどの甲高い悲鳴は間違いなく女性が発したもの。
カイジが名簿で確認した女性参加者は3人いる。
目の前の田中沙織、まだ10代半ばに見えるしづかという少女―――そして、坂崎美心。
女性なら助けに行く、というのは、カイジが「女を手にかける」ことを卑劣と見なしているためでもあるが、
何より自分の知人が危険に晒されている可能性を顧みてのことだった。
「知り合いかもしれねえんだ……罠っていうことも覚悟してるさ…!」
「で…でも、もうきっと遅いわ。ここから大分離れてるみたいだし、間に合わないわよ」
「んなもん行ってみなきゃわからないだろうが……!」
沙織の言うとおり、聞こえてきた悲鳴はある程度離れた場所で発せられたものだろう。
ならば、なおさら一刻を争う事態なのだ。可能性どうこうを議論している場合ではない。
カイジは痺れを切らし、再び声のした方へ踏み出した。
「私を見捨てるの?」
その問いに、体内の血が冷える感覚に陥る。―――彼女は何を言っているのだろう?
またも投げかけられた予想外の問いは、一呼吸置かなければ言語として理解できなかった。
カイジには沙織がなぜそんなことを言うのかがわからない。
彼女も一緒に向かうことを前提にして行動を取っていた彼に、見捨てるつもりなどあるはずがなかった。
沙織は仁王立ちのまま、半身のカイジに向かって声を荒げる。
「私はそんな危険なところには行きたくない…
わかってるでしょう?声のした場所までは距離もある上に、正確な場所だってわからないのよ。
どうしても行きたければあなた一人で行けばいいわ。
でも、いいの?一人にしたら、次は私が殺されるかもしれない……」
カイジの良心に食い込むような内容を、沙織は淡々と吐き出していく。
カイジ君がいれば大丈夫。カイジ君がいれば生き残れる。
少し前に抱いたその安心感は今、ぐにゃりと裏返って沙織の心を縛り付けていた。
「………カイジ君には、生きててもらわないと困るの」
カイジ君がいれば大丈夫。カイジ君がいれば生き残れる。
カイジ君がいなければダメ。カイジ君がいなければ、死んでしまう……
【C-4/アトラクションゾーン/午後】
【伊藤開司】
[状態]:健康
[道具]:ボウガン ボウガンの矢(残り十本) 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:悲鳴のした方へ行く 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
赤木しげる、有賀研二、一条、神威勝広、神威秀峰、利根川幸雄、兵藤和也、平井銀二、吉住邦男に警戒
【田中沙織】
[状態]:健康 精神不安定
[道具]:参加者名簿 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:カイジを引き止める 死に強い嫌悪感 森田鉄雄を捜す
赤木しげる、有賀研二、一条、神威勝広、神威秀峰、利根川幸雄、兵藤和也、平井銀二、吉住邦男に警戒
|027:[[反逆者]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|034:[[賭博覇王]]|
|028:[[刃と拳]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|029:[[布石]]|
|015:[[危険人物]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|038:[[駆け引き]]|
|015:[[危険人物]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:田中沙織|038:[[駆け引き]]|
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**二択 ◆tWGn.Pz8oA氏
「どういう人たちなのかは分からないけど……警戒するに越したことはないわね」
赤木しげると平井銀二の顔写真を見つめながら、沙織が言う。
二人の"危険人物"は、年齢には差があるものの、偶然にも外見が似通っていた。
白い短髪と吊り上がった目。目はともかく、髪の毛に関しては目立った特徴だと言えるだろう。
それによって何が変わるでもないが、少なくとも白髪を見たら警戒するという目安ができたのは、
彼らとの遭遇を避ける上で悪いことではなかった。
カイジは、沙織にもその顔写真が見えやすいように名簿を置き直す。
ところが、彼女は写真を見て一瞬身体を硬くしたかと思うと、すぐに目を離してしまった。
沙織を震わせたのは、他の誰でもない彼女自身だった。
沙織は、自らがあの二人に殺される姿を、閃光のような一瞬のうちに想像してしまったのである。
脳裏にちらつく惨劇の中に倒れる沙織の様子は単なる想像図ではなく、神威事件での血にまみれた彼女の姿にそっくりだった。
沙織は背中に走る悪寒にきゅっと口の端を引き締め、周囲に視線を漂わせる。
そうして目をやった先にいるカイジはというと、彼もすでに名簿を見てはいなかった。
「カイジ君、何か考えてるの?」
「ん、ああ……田中さん、これが本当に賭けの倍率だとしたら、奴らはオレたちを監視してる可能性が高い」
「………監視?」
カイジはこくりとも頷かず、何かを思い出すように前を見据え、言葉を続ける。
「監視と言うよりは鑑賞かな………
オレは前に、同じ主催者の開いたゲームに参加したことがある。その時やったのも命がけのギャンブルだった…
そして、そんなオレたちを見て楽しんでる奴らが大勢いたんだ」
「……今回も同じってことね」
「恐らくな。直接見るには範囲が広すぎるから、多分そこら中にカメラの類が仕掛けてあるんだろう」
思わず辺りを見回す沙織。
そう言われると、先ほどまでは気にも留めていなかったぬいぐるみや調度品が妙に気になって仕方ない。
今も見られているかもしれないと思うと、あまりいい気分はしなかった。
「……そうね………監視なんて考えてもいなかったけど、
そもそもゲームの性質を考えたら、こちらの動きをチェックしてないはずがないんだわ…
ねえ、ゲームを潰すなんて言っちゃって大丈夫だったのかしら?
都合が悪くなったら首輪を爆発させられちゃうんじゃ……」
「……いや、それは多分大丈夫。あっちは滅多なことじゃ直接手を下したりはしない…できないんだ。
賭けてる奴がいる以上、勝手に殺したら文句が出るに決まってるからな。
明確なルール違反をしたり余程の事態を起こしたりしなきゃ、そう簡単に爆破されることはないはず…
ただ、具体的な計画なんかは大っぴらに言わない方がいいってこと」
カイジのその言葉を聞いた沙織は、素直に胸をなで下ろした。
賭けの対象にまでされているという腹立たしい事実はともかく、
それによって少しでも生き残る可能性が上がったというならば悪くない……
そう考えたのか、先ほどまでとは打って変わった余裕のある表情を見せている。
アタリといえる支給品を手に入れたこと。冷静な分析ができるカイジに出会えたこと。
そんな些細な幸運を噛み締めるように、拳を握る。
(カイジ君がいてくれれば、大丈夫………本当に会えてよかった)
そんな沙織の心中を知らないカイジは、再び妙な沈黙が流れる前に、意を決したように問いかけた。
「田中さん…これから外に出ようと思うんだが……大丈夫か?」
「ええ、ここにいてもしょうがないもんね。………行きましょう」
目を合わせた二人は、お互いを勇気づけるように頷き合う。
カイジは、沙織が恐がって外に出るのを渋るかもしれないと考えていただけに、
彼女のしっかりとした返答に安心してわずかに口角を上げた。
膝を立て、そうと決まれば、と言わんばかりに立ち上がる。
その途中、二人の前に開かれたままだった名簿を閉じて、元々の持ち主である沙織に差し出した。
もちろんその行動に何の疑問を抱くはずもなく、沙織は名簿を受け取ろうと手を伸ばす。
ところが、カイジの手が名簿から離れたとき、沙織の動きが止まった。
「ん…どうかしたか?」
「あ………ううん、何も」
沙織は取り繕うような笑顔を見せると、何事もなかったかのように名簿を仕舞い込む。
それを見たカイジは、少し首をひねったもののさほど気にした様子もなく、すぐに後ろを向いて地図を見始めた。
一方、その行動の間にも、沙織は再び別のあるものを目にして眉尻を反応させていた。
彼女の目に留まったあるもの―――それは、カイジの指と左耳の付け根に沿って走る古傷。
それらは、元々特に隠されていたわけではない。
だが不思議なことに、沙織はつい先ほどまでその存在に全く気付いていなかったのである。
(なんなの、あの傷跡……)
視界から離れてもなお頭の中に強い存在感を残す、無惨な縫合の跡。
さすがに顔の傷には気付いていた沙織だが、そちらは単なる事故によるものだろうと考え、ほとんど気にかけていなかった。
しかし、指と耳の傷跡は明らかに異質。
その縫い跡はいずれも付け根をすっぱりと割り、意図して切ったことがありありと伝わってくる。
つまり、単なる喧嘩や事故によるものとはとうてい考えられそうにないものだった。
少し頭が切れる、何の変哲もない青年―――沙織の中で、カイジに対するそんな認識が少しずつ崩れていく。
本当のところ、彼は「普通」などとはほど遠い存在なのではないか?
自分が過去に首を突っ込んだことのある、血生臭い世界の住人なのではないか?
そんな憶測が沙織の頭の中を埋めていった。
沙織はさらに、カイジが生死を賭けたギャンブルをしたことがあると言っていたのを思い出す。
生き残ってここにいるということは、恐らくそのゲームを潜り抜けてきたのだろう。
それは、それ相応の能力があることを裏付ける分心強いともいえるが、もし―――
(―――もし、クリアしたのが今回のような殺し合いのゲームだったら?)
平坦なリズムを保っていた心臓の鼓動が、少しずつ速く、重くなっていく。
動揺を知られまいと、沙織は涼しい顔でデイパックを背負い立ち上がった。
そんな彼女の心中を知らないカイジは、頼もしげに頬笑んで廊下から手招きしていた。
◆
「……それで、これからどこへ向かうつもりなの?」
「同じ考えの奴を集めるのが目的だからな。
とりあえず、アトラクションゾーンで一番目立つ観覧車の下に行こうと思う」
「そう、わかったわ…」
沙織は疑心を抱きつつも、ひとまずはカイジに委ねることにした。
過去に何があったにせよ、先刻無防備にへたりこんでいた彼女を助けてくれたのは事実であるし、
今の時点では、カイジが人を騙して手にかけるような人物には見えなかったのだ。
何より、沙織にとっては先のことを心配するよりも、今生き延びられるかの方が重要だった。
(どうせ一人でいたって路頭に迷うだけ。今の私には、カイジ君と行動を共にするしか生き残る道はない…
私には彼が必要…………少なくとも、森田君に会えるまでは)
沙織はそう思いながら、カイジの横顔をちらりと見た。
一応は辺りを警戒しているのか、彼の表情は険しい。
そこから視線を前方に移すと、二人の目指す観覧車が遠くそびえ立ち、真っ赤な骨組みが青い空によく映えている。
本当にゲームに反逆する者と落ち合えるのかはわからないが、
確かにあれだけ目立っていれば目印になると考える人間も多いだろう、と沙織は思った。
『キャアアアァァ……ッッ!!!』
風の音、と言われれば納得していたかもしれない。
二人の後方から聞こえてきた悲鳴は、それほどか細かった。
しかしそれでも、神経を尖らせていた彼らの耳にはその声が確かに届いていた。
「カイジ君……!」
「ああ、今の悲鳴…向こうからだ……!」
「ま、待って!………行くの?」
すでに踵を返して声の方へ体を向けていたカイジは、予想もしていなかった言葉に困惑しながら振り返る。
「何言ってんだ……行くに決まって……」
「ダメよ!……わ、罠かもしれないじゃない……」
言い争う時間が惜しい。カイジは、少し苛立って唇を噛んだ。
先刻沙織をわざわざ保護したように、カイジは元来人情に厚い男である。
困っている者には手を差し伸べずにはいられないし、襲われているとあらば、彼の出来る範囲で何らかの策をとろうとする。
とは言え、聞こえてきたのが男の悲鳴であったなら判断は違っていたかもしれない。
大の男が悲鳴を上げるような事態にあるならば、相手は相応の危険人物と見て現場に近づこうとはしなかった可能性もある。
だが、先ほどの甲高い悲鳴は間違いなく女性が発したもの。
カイジが名簿で確認した女性参加者は3人いる。
目の前の田中沙織、まだ10代半ばに見えるしづかという少女―――そして、坂崎美心。
女性なら助けに行く、というのは、カイジが「女を手にかける」ことを卑劣と見なしているためでもあるが、
何より自分の知人が危険に晒されている可能性を顧みてのことだった。
「知り合いかもしれねえんだ……罠っていうことも覚悟してるさ…!」
「で…でも、もうきっと遅いわ。ここから大分離れてるみたいだし、間に合わないわよ」
「んなもん行ってみなきゃわからないだろうが……!」
沙織の言うとおり、聞こえてきた悲鳴はある程度離れた場所で発せられたものだろう。
ならば、なおさら一刻を争う事態なのだ。可能性どうこうを議論している場合ではない。
カイジは痺れを切らし、再び声のした方へ踏み出した。
「私を見捨てるの?」
その問いに、体内の血が冷える感覚に陥る。―――彼女は何を言っているのだろう?
またも投げかけられた予想外の問いは、一呼吸置かなければ言語として理解できなかった。
カイジには沙織がなぜそんなことを言うのかがわからない。
彼女も一緒に向かうことを前提にして行動を取っていた彼に、見捨てるつもりなどあるはずがなかった。
沙織は仁王立ちのまま、半身のカイジに向かって声を荒げる。
「私はそんな危険なところには行きたくない…
わかってるでしょう?声のした場所までは距離もある上に、正確な場所だってわからないのよ。
どうしても行きたければあなた一人で行けばいいわ。
でも、いいの?一人にしたら、次は私が殺されるかもしれない……」
カイジの良心に食い込むような内容を、沙織は淡々と吐き出していく。
カイジ君がいれば大丈夫。カイジ君がいれば生き残れる。
少し前に抱いたその安心感は今、ぐにゃりと裏返って沙織の心を縛り付けていた。
「………カイジ君には、生きててもらわないと困るの」
カイジ君がいれば大丈夫。カイジ君がいれば生き残れる。
カイジ君がいなければダメ。カイジ君がいなければ、死んでしまう……
【C-4/アトラクションゾーン/午後】
【伊藤開司】
[状態]:健康
[道具]:ボウガン ボウガンの矢(残り十本) 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:悲鳴のした方へ行く 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
赤木しげる、有賀研二、一条、神威勝広、神威秀峰、利根川幸雄、兵藤和也、平井銀二、吉住邦男に警戒
【田中沙織】
[状態]:健康 精神不安定
[道具]:参加者名簿 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:カイジを引き止める 死に強い嫌悪感 森田鉄雄を捜す
赤木しげる、有賀研二、一条、神威勝広、神威秀峰、利根川幸雄、兵藤和也、平井銀二、吉住邦男に警戒
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