「賭博覇王」(2009/11/26 (木) 00:25:26) の最新版変更点
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賭博覇王 ◆xuebCgBLzA氏
あらかた片付けた部屋を零は見回した。
この部屋で数分前まで自分は悪魔と1000万という巨額の金のやりとりをしていたのだ。
そう考えると零はゾッと身震いした。
「あと何分残っているのだろうか…」
零はこの残った十数分をどう過ごすか考えていた。
このまま時間ギリギリまでこの部屋に居座り気持ちを落ち着かせるか。
それとも、すぐにでもこの部屋を出て行き殺し合いに復帰するか。
できることなら長い間、この部屋に身を留めていたい。
しかし、いつまでもソトを怖がっていたら生き残れるものも生き残れない。
零は先ほどの選択、後者に決めた。
荷物をまとめもう一度、部屋を見渡す。
つくづく几帳面な少年である。
さて部屋を出るかと零はドアノブに手を掛けた。
この時零にある予感。
ドアノブの冷たさがヒヤリと手に染みる。
異常なまでの冷たさ。
しかし、このドアノブの冷たさが何を知らせようとしているのかわからなかった。
零はゆっくりとドアを開ける…。
ギャンブルルームから一歩出て周りを確認する。
『危険』なものはないか…。ないことを確認し、ドアを閉める。
しかし、『危険』はそのドアの裏に隠れていた。
男が立っている。
口角を上げ、にやついている老人。
手を伸ばせば確実に届くほど近い。
1mだろうか。それ以下だろうか。
老人は零に考えさせる間も与えず握り締めた拳を振り上げ、零へ向かって振り下ろしてきた。
拳は零の顔面を捉えた。
一瞬、老人の顔が歪む。右腕を損傷しているのだろうか。
だとしたら、この老人は狂人である。
不意の出来事だったので零は草の生えた地面に倒れる。
その衝撃で袖の赤いボタンが取れ、その場に転がった。
まさかこのような老人が出会い頭に、もっともあちら側は自分の事を狙っていたのかもしれないが、
顔面を殴ってくるなど思いもしなかったので、零はただ圧倒され立ち上がることも忘れていた。
その隙に老人は片足を引きずり、近づいてくる。
そのまま零に馬乗りになり、もう一度右の拳を振りかざした。
「ま、待ってくれ!……あなたっ…。名前は…!?」
老人は零に乗ったまま答える。
「鷲巣…巌じゃ…!」
「鷲巣さん…狙いが金なら諦めてくれっ!オレはギャンブルに負けた…!素寒貧さ…!」
「いやいや…血じゃ…儂が見たいのは血…さすれば道も自ずと開かれる…優勝じゃ…!儂の…!」
零には鷲巣巌という人物がこの殺し合いに乗っていることだけは理解できた。
「血を見られるならば優勝など興味はないが…
人を殺せば…いやでも金はついてくる…!道程の1000万などに…興味は皆無…じゃ…!」
覚悟が違う。
自分が優勝者だと確信している人間が語る理論である。
(この男から逃げおおせるのは…不可能か…!?だったらイチバチで…)
「……黒服さん…このギャンブルルーム…2人であと何分使えますかね…?」
さきほど、片付けを始めた時は1時間から使用時間を差し引いて残り2人分で10分程度と考えていたが、
平井銀二は「待ち時間」の60分、つまり2人分と考えたら30分も買っていたはず。
この「待ち時間」が丸々残っているなら話は別となる。
零は賭けたのだ。この「待ち時間」に。
「2人で36分、ひとりで72分だ…」
いままで零と鷲巣のやりとりをただ黙って見ていた黒服が淡白に答えた。
「鷲巣さん…オレにも逃げ道をください…ギャンブルで勝負していただきたい…!」
勝つ見込みは無い。しかし、平井銀二との戦いで零は吹っ切れていた。
鷲巣はニヤリと笑う。
「君は…違うの……どうやら凡夫ではないらしい…」
零はまたも鷲巣の言う事を理解できない。
「凡夫は…理由をつける『対等に』とか『正々堂々と』だとか…
誰が優位かを判断できぬ…ここまで追い詰められても…
だが君は違う…自分を下へ置き…『逃げ道』を欲しがっておる…
いいだろう…勝負しよう…!君の勇気に免じて…!」
鷲巣はようやく立ち上がり、ギャンブルルームのドアを開ける。
「儂が使ってもよいのか…?ルールに問題はないのか…?」
鷲巣は警戒し、黒服にルールの確認をする。
「はい。前回のギャンブルルーム使用時間が残りましたら、
その前回使用していたどなたか1人かでも使用するというのならば、引き続き使用可能となっております…
その場合は一度、1人分の時間で計算し、そこから使用人数で折半します。
例えば、1回目の使用でAとBが100万円ずつ支払い、2人で30分使える権利を買い、ギャンブルルームを2人で20分使用したとします。
その後、Aが部屋を去り、引きつづきBがCとギャンブルルームを使用するとなった場合、1人で20分あまっている事になるので、
BとCは2人でギャンブルルームを無償で10分使えることになります。
ただし、その間に1分でも他の組がギャンブルルームを使用したならば、残り使用時間はなかったものとなります」
「…つまり…今回の我々はその条件に見合っておるのか…?」
「はい。問題ありません」
それを聞いて安心した鷲巣は零に問う。
「もちろん君は…見返りは望んでおらぬよな…?金だの…。武器だの…まして儂の命だの…」
もらえるものはもらいたい、それが真理だがその提案は呑んではもらえない。
最悪この勝負自体なかった事になる。
「えぇ…見逃してもらえるのならば…それ以上は求めません…。
当然鷲巣さんが勝ったのならオレを好きにしていただいて結構です…
そして…。種目も決めていただいて結構です…鷲巣さんが…」
とことん自分を下に置く。
その精神が鷲巣に買われているのだからこの条件がベスト。
更に、鷲巣が上に立つ事によって落ちてくる収穫…。
思いがけぬ収穫があるかもしれない。
「ククク…よろしい…。では、入るとするかの…ギャンブルルーム…」
零はボタンを拾い、鷲巣の後に続く。
鷲巣は機嫌を良くしたのか、ギャンブルルームに入るや否や真っ先にあるものを捜し始めた。
零は麻雀卓の席に腰掛けた。
そして…。そのあるものを見つけたらしく喜悦を隠せない様子で零に話しかける。
「君は…。『両面牌麻雀』を知っておるかね…?」
いわゆる、あの鷲巣麻雀で使われていた牌である。
「い、いえ…」
本当に知らない種目を出され、困惑した。
鷲巣は、
「4つの牌のうち、3つが透けて相手にも牌がわかる」ということ
「山は積まず、用意されてあった麻袋に全ての牌をいれ、
そこから手牌、ツモ、ドラ、裏ドラ、カンドラ等を引く」ということ
「その他は、他の麻雀と変わりがない」ということ
を説明した。
その説明を聞き、零は深く考えた。
(奴はこの種目…得意なんだろうな…絶対…絶対に勝つ見込みを持っている…)
零は気付いた。
(…!この状況って…さっきのオレ対平井銀二…?)
あまりにも似ている状況。
(優位に立っているものはあんなにも無防備なのか!オレも…あんなだったのか…?)
うきうきしている鷲巣に目をやり、自らを省みる。
(ここから勝つ算段をたてて、勝ちに行くなんて…)
改めて平井銀二のなした事の凄さを実感する。
「よろしいか?このギャンブル…」
鷲巣の言葉に零は我に返った。
(そうだ…今は平井銀二じゃない…鷲巣巌だ…)
「いいでしょう…お受けします…」
もとより零には決定権はない。快く承認した。
鷲巣は喜びを隠せず饒舌になった。
「儂も数えるほどしかやったことが無いが…要領はわかる…
普段は仲間と共にやり、差し込みなどしたりするものだが…そんなものはできない…
ゆえにお互いロン牌が出づらい…。そこでどうだ…テンパったら即リーチ、
鳴いている場合はテンパイ宣言が絶対…そこからはお互いツモ切り…
単純に一局アガったものの勝ちというのは…!」
圧倒的不利…。しかしそんなことは承知の上…。
絶対に負けられない。
そう思いつつ、麻雀卓の上の透明牌の白を手持ち無沙汰でいじった…。
その時、零に奇策が舞い降りる…。
(……鷲巣の様子だと…まんまと引っ掛かってくれそうだけど…確率としては…)
「わかりました…時間も無い事ですしね…」
(保険程度の確率か…)
「よし…!じゃあ始めようか…」
鷲巣はそういうと、零と対面の位置にあたる席に腰掛け、麻袋に麻雀牌を入れた。
いよいよはじまる。
崖の淵に立たされた者同士の対決が…。
* * *
東1局…親、鷲巣。
勝負はこの1局で決する。
お互いに手牌をそろえる…。
なんと、この時点で鷲巣テンパイ。昭和の怪物の強運が発揮された。
「ククク…残念じゃが…リーチじゃ…」
そういって鷲巣は手牌を晒す。
「なーに…どうせあとはお互いツモ切りじゃ………」
老いた笑い声が部屋に響き渡る。
鷲巣の待ちは1-4ピン。ダブルリーチ、ピンフ。
(なんで…なんでこんなにもツイているんだよ………オレ…!)
零は笑っていた。
「どうした…死を悟ったのか…?ククク…覚悟を決めろよ…」
生死を分ける、大事なツモ。
自分が麻雀で生死を問われるとは思ってもいなかった。
普通に大学を出て、普通に就職し、普通に結婚、子供、マイホーム…。
零はこんな生活を送るのだろう、と…高をくくっていた。
死に方は…?
わからない。だが一ついえたのは真っ当である事。
ガン、交通事故、運がよければ寿命。
間違ってもギャンブルで命を落とすなどとは微塵も思っていなかった。
しかし、現実は今、ここ…。
このツモで生きるか死ぬか…。
決まる。
零は右手を麻袋へ突っ込む。
いつの間にか鷲巣の目は充血し、その不気味な目でこちらを見ている。
そして、牌を選ぶ…。念入りに…。
「何じゃ、何じゃ…一気に引かんか…興が削がれるわ…!」
そう言いつつも焦らされる快感をも鷲巣は味わっている。
(うっ…このヌルッての…当たりだ…あとは…透明牌であれば…!)
零が麻袋から手を引き抜く。
その手には牌…。透明牌…。
零は牌の腹、つまり絵柄の書いてある面を親指で隠し、自分の眼前まで持ってきた。
しかし、鷲巣側、牌の背側からは一目瞭然…。
人差し指と中指の間からバッチリ…見えているのだ…。
赤く、大きな丸一つ…!
鷲巣の充血した目が見開かれる。
「クククッー!ツモ切りじゃ!即ツモ切り…!そのイーピンっ…!」
鷲巣は麻雀卓中央まで身を乗り出し、牌が切られるのを今や遅しと待っている。
零は鷲巣の言葉で勝利を確信した。
零は牌を親指側に背、人差し指、中指側に腹が来るよう持ち替え、
歯を食いしばり、大きく振りかぶり牌を麻雀卓に叩きつける。
カーンという快音が鳴り響く…。まだ牌から零の指は離れない…。
鷲巣は待ちきれず宣言…!
「ロォーン!そのイーピンっ…!ロンじゃあー!!クックック…!」
その顔は歓喜と狂気に歪み、よだれも垂れ流している。
その刹那、牌から指を離し零は叫んだ。
「そのロン、チョンボ!!」
離れた指から生まれた牌、それは白だった。
「な、何ぃ!?」
歪曲っ…!
鷲巣の顔が困惑で染まる。
「オレの勝ちだ!鷲巣巌!」
「イカサマか!?儂は許さんぞ…そんなもの…!」
「イカサマじゃない…!あなたがオレの白を見紛うただけさ…!」
そういうと、零は握り締めていた右手からあるものを落とした。
それは、先ほど零が鷲巣に殴られた時に外れた、真っ赤なボタンであった。
零は、それを拾い上げ透明な白に重ね合わせたのだ…。
鷲巣は椅子に座り込み動かなくなる。
「約束通り、見逃してもらいます…。それでは…」
零は鷲巣の後姿を後にギャンブルルームを出る。
周りに身の危険がないか確認し、歩き出そうとした…。
―――その時、後頭部に痛みが走る。
鷲巣が落ちていた木の棒を持ち零に殴りかかってきたのだ。
零はその場に倒れた。
「ぐっ…!卑怯な…!」
「儂は認めん…認めんぞ……約束も……イカサマも…」
抜け殻になってしまったかのようにうわ言を言う。
その目は虚ろで、とても正気の人間の目ではなかった。
(ヤバい…殺される……!)
動く事も出来ず、今度こそ死を覚悟した。
だが、その瞬間、怒号が響く。
「退け!爺っ…!」
鷲巣は驚いたらしく、チラリと声の先の人物を見るとそのまま片足を引きずり、逃げ出した。
(なんだ…?助かったのか…)
体を起こすと、警棒らしきものを持った男が近づいてきた。
「おい、大丈夫か…?」
男は零の顔をのぞき問いかけた。
「ありがとうございます…あの、お名前は…?」
「オレは…沢田って者だ…それよりも、何があった?ギャンブルルームの前でトラブルってことは…
ギャンブルでもしたのか…?お前…?」
零は沢田を信用し、平井銀二との勝負、鷲巣巌との勝負を洗いざらい話した。
「―――なるほど…。平井銀二と昭和の怪物・鷲巣巌か…」
「あの人たちと面識があるんですか…?」
「鷲巣巌とは…ヤクザの世界に足を踏み入れて、すぐに…な。
オレの組の後ろ盾に鷲巣がいてな…。組全員で挨拶したことがあったんだ…。その時に一度…。
その時は使いっ走りだったし、鷲巣はオレの事を知らんだろう。確かに少し雰囲気がおかしいとは思った…。他の大物より…」
うすうす感じてはいたが、沢田はヤクザだった。
「……平井銀二は?」
恐る恐る質問する。
「平井銀二…。この男は噂のみだな…。天性の才能を持っているフィクサー。いわゆる黒幕ってやつだな…。
日本の裏社会の大事件…その影には必ず平井銀二がいる、と聞いた事がある。
オレの上の組織も現に平井銀二のサポートをもらっているらしい…。その顔は政界までも知れ渡っている…
つくづく恐ろしい男だと…聞いている」
零は自分が勝負を挑んだ人間がどれほど危険な人物か、改めて思い知った。
その一方、沢田は零に期待を抱いた。
奴等がどんな人間か知らなかったとしても、イカサマを仕掛け、カマをかけ、生き残っている。
これほど共に戦う仲間として心強いものはいない。
「なぁ…零よ…お前、オレと組む気はないか…?」
「組む…といいますと、この殺し合いに乗るっていうんですか…!?」
「いや、違う…。このギャンブルを根底から覆す…。つまり、このギャンブルの主催…こいつらを潰すんだ…」
対主催…。このギャンブルが始まって何時間か経つが、そんな頭は零にはなかった。
零に衝撃が走った。
「対主催…ですか…凄い…!そうすれば…殺し合いなんて考える人、いなくなるんじゃあ…!
みんなが助かる…!考えてもいなかった…!」
「フフフ…こんな状況でも他人を思いやれるのか…今時のガキにしちゃあよくできてるっ…だが、零よ…
残念ながらそうはいかないだろう…。先ほどの鷲巣もそうだが…ただ単純に殺しを楽しんでいる奴もいる…
それに…オレは既に一人殺した……やはりこのギャンブルが危険なのは変わりない…
方法は一つ…他にも対主催を考えている輩を募って共に戦う…邪魔者はしっかりと排除して…な」
零はただ黙って聞いていた。
「わかりました…オレもその戦いに協力させてください…!」
零なりに覚悟は決めた。
心優しい少年、零と義理人情に厚いヤクザ、沢田の共闘が始まろうとしていた。
「歓迎しよう…!ただ…『俺たちに明日はない』…そのぐらいの覚悟が必要だ……」
【E-3/道路沿い/午後】
【宇海零】
[状態]:顔面、後頭部に打撲の軽症
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 標、板倉、末崎との合流
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す
【鷲巣巌】
[状態]:膝裏にゴム弾による打撲、右腕にヒビ、肋骨にヒビ、少し動けるようになってきています
[道具]:防弾チョッキ
[所持金]:0円
[思考]:零を殺す、沢田を殺す、平井銀二に注目、有賀を自らの手で殺す
|033:[[二択]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|035:[[強者と弱者]]|
|031:[[束の間の勝者]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|032:[[説得]]|
|009:[[計略(前編)]][[(後編)>計略(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零|060:[[状況]]|
|007:[[侠]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田|060:[[状況]]|
|029:[[布石]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:鷲巣巌|052:[[手札]]|
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**賭博覇王 ◆xuebCgBLzA氏
あらかた片付けた部屋を零は見回した。
この部屋で数分前まで自分は悪魔と1000万という巨額の金のやりとりをしていたのだ。
そう考えると零はゾッと身震いした。
「あと何分残っているのだろうか…」
零はこの残った十数分をどう過ごすか考えていた。
このまま時間ギリギリまでこの部屋に居座り気持ちを落ち着かせるか。
それとも、すぐにでもこの部屋を出て行き殺し合いに復帰するか。
できることなら長い間、この部屋に身を留めていたい。
しかし、いつまでもソトを怖がっていたら生き残れるものも生き残れない。
零は先ほどの選択、後者に決めた。
荷物をまとめもう一度、部屋を見渡す。
つくづく几帳面な少年である。
さて部屋を出るかと零はドアノブに手を掛けた。
この時零にある予感。
ドアノブの冷たさがヒヤリと手に染みる。
異常なまでの冷たさ。
しかし、このドアノブの冷たさが何を知らせようとしているのかわからなかった。
零はゆっくりとドアを開ける…。
ギャンブルルームから一歩出て周りを確認する。
『危険』なものはないか…。ないことを確認し、ドアを閉める。
しかし、『危険』はそのドアの裏に隠れていた。
男が立っている。
口角を上げ、にやついている老人。
手を伸ばせば確実に届くほど近い。
1mだろうか。それ以下だろうか。
老人は零に考えさせる間も与えず握り締めた拳を振り上げ、零へ向かって振り下ろしてきた。
拳は零の顔面を捉えた。
一瞬、老人の顔が歪む。右腕を損傷しているのだろうか。
だとしたら、この老人は狂人である。
不意の出来事だったので零は草の生えた地面に倒れる。
その衝撃で袖の赤いボタンが取れ、その場に転がった。
まさかこのような老人が出会い頭に、もっともあちら側は自分の事を狙っていたのかもしれないが、
顔面を殴ってくるなど思いもしなかったので、零はただ圧倒され立ち上がることも忘れていた。
その隙に老人は片足を引きずり、近づいてくる。
そのまま零に馬乗りになり、もう一度右の拳を振りかざした。
「ま、待ってくれ!……あなたっ…。名前は…!?」
老人は零に乗ったまま答える。
「鷲巣…巌じゃ…!」
「鷲巣さん…狙いが金なら諦めてくれっ!オレはギャンブルに負けた…!素寒貧さ…!」
「いやいや…血じゃ…儂が見たいのは血…さすれば道も自ずと開かれる…優勝じゃ…!儂の…!」
零には鷲巣巌という人物がこの殺し合いに乗っていることだけは理解できた。
「血を見られるならば優勝など興味はないが…
人を殺せば…いやでも金はついてくる…!道程の1000万などに…興味は皆無…じゃ…!」
覚悟が違う。
自分が優勝者だと確信している人間が語る理論である。
(この男から逃げおおせるのは…不可能か…!?だったらイチバチで…)
「……黒服さん…このギャンブルルーム…2人であと何分使えますかね…?」
さきほど、片付けを始めた時は1時間から使用時間を差し引いて残り2人分で10分程度と考えていたが、
平井銀二は「待ち時間」の60分、つまり2人分と考えたら30分も買っていたはず。
この「待ち時間」が丸々残っているなら話は別となる。
零は賭けたのだ。この「待ち時間」に。
「2人で36分、ひとりで72分だ…」
いままで零と鷲巣のやりとりをただ黙って見ていた黒服が淡白に答えた。
「鷲巣さん…オレにも逃げ道をください…ギャンブルで勝負していただきたい…!」
勝つ見込みは無い。しかし、平井銀二との戦いで零は吹っ切れていた。
鷲巣はニヤリと笑う。
「君は…違うの……どうやら凡夫ではないらしい…」
零はまたも鷲巣の言う事を理解できない。
「凡夫は…理由をつける『対等に』とか『正々堂々と』だとか…
誰が優位かを判断できぬ…ここまで追い詰められても…
だが君は違う…自分を下へ置き…『逃げ道』を欲しがっておる…
いいだろう…勝負しよう…!君の勇気に免じて…!」
鷲巣はようやく立ち上がり、ギャンブルルームのドアを開ける。
「儂が使ってもよいのか…?ルールに問題はないのか…?」
鷲巣は警戒し、黒服にルールの確認をする。
「はい。前回のギャンブルルーム使用時間が残りましたら、
その前回使用していたどなたか1人かでも使用するというのならば、引き続き使用可能となっております…
その場合は一度、1人分の時間で計算し、そこから使用人数で折半します。
例えば、1回目の使用でAとBが100万円ずつ支払い、2人で30分使える権利を買い、ギャンブルルームを2人で20分使用したとします。
その後、Aが部屋を去り、引きつづきBがCとギャンブルルームを使用するとなった場合、1人で20分あまっている事になるので、
BとCは2人でギャンブルルームを無償で10分使えることになります。
ただし、その間に1分でも他の組がギャンブルルームを使用したならば、残り使用時間はなかったものとなります」
「…つまり…今回の我々はその条件に見合っておるのか…?」
「はい。問題ありません」
それを聞いて安心した鷲巣は零に問う。
「もちろん君は…見返りは望んでおらぬよな…?金だの…。武器だの…まして儂の命だの…」
もらえるものはもらいたい、それが真理だがその提案は呑んではもらえない。
最悪この勝負自体なかった事になる。
「えぇ…見逃してもらえるのならば…それ以上は求めません…。
当然鷲巣さんが勝ったのならオレを好きにしていただいて結構です…
そして…。種目も決めていただいて結構です…鷲巣さんが…」
とことん自分を下に置く。
その精神が鷲巣に買われているのだからこの条件がベスト。
更に、鷲巣が上に立つ事によって落ちてくる収穫…。
思いがけぬ収穫があるかもしれない。
「ククク…よろしい…。では、入るとするかの…ギャンブルルーム…」
零はボタンを拾い、鷲巣の後に続く。
鷲巣は機嫌を良くしたのか、ギャンブルルームに入るや否や真っ先にあるものを捜し始めた。
零は麻雀卓の席に腰掛けた。
そして…。そのあるものを見つけたらしく喜悦を隠せない様子で零に話しかける。
「君は…。『両面牌麻雀』を知っておるかね…?」
いわゆる、あの鷲巣麻雀で使われていた牌である。
「い、いえ…」
本当に知らない種目を出され、困惑した。
鷲巣は、
「4つの牌のうち、3つが透けて相手にも牌がわかる」ということ
「山は積まず、用意されてあった麻袋に全ての牌をいれ、
そこから手牌、ツモ、ドラ、裏ドラ、カンドラ等を引く」ということ
「その他は、他の麻雀と変わりがない」ということ
を説明した。
その説明を聞き、零は深く考えた。
(奴はこの種目…得意なんだろうな…絶対…絶対に勝つ見込みを持っている…)
零は気付いた。
(…!この状況って…さっきのオレ対平井銀二…?)
あまりにも似ている状況。
(優位に立っているものはあんなにも無防備なのか!オレも…あんなだったのか…?)
うきうきしている鷲巣に目をやり、自らを省みる。
(ここから勝つ算段をたてて、勝ちに行くなんて…)
改めて平井銀二のなした事の凄さを実感する。
「よろしいか?このギャンブル…」
鷲巣の言葉に零は我に返った。
(そうだ…今は平井銀二じゃない…鷲巣巌だ…)
「いいでしょう…お受けします…」
もとより零には決定権はない。快く承認した。
鷲巣は喜びを隠せず饒舌になった。
「儂も数えるほどしかやったことが無いが…要領はわかる…
普段は仲間と共にやり、差し込みなどしたりするものだが…そんなものはできない…
ゆえにお互いロン牌が出づらい…。そこでどうだ…テンパったら即リーチ、
鳴いている場合はテンパイ宣言が絶対…そこからはお互いツモ切り…
単純に一局アガったものの勝ちというのは…!」
圧倒的不利…。しかしそんなことは承知の上…。
絶対に負けられない。
そう思いつつ、麻雀卓の上の透明牌の白を手持ち無沙汰でいじった…。
その時、零に奇策が舞い降りる…。
(……鷲巣の様子だと…まんまと引っ掛かってくれそうだけど…確率としては…)
「わかりました…時間も無い事ですしね…」
(保険程度の確率か…)
「よし…!じゃあ始めようか…」
鷲巣はそういうと、零と対面の位置にあたる席に腰掛け、麻袋に麻雀牌を入れた。
いよいよはじまる。
崖の淵に立たされた者同士の対決が…。
* * *
東1局…親、鷲巣。
勝負はこの1局で決する。
お互いに手牌をそろえる…。
なんと、この時点で鷲巣テンパイ。昭和の怪物の強運が発揮された。
「ククク…残念じゃが…リーチじゃ…」
そういって鷲巣は手牌を晒す。
「なーに…どうせあとはお互いツモ切りじゃ………」
老いた笑い声が部屋に響き渡る。
鷲巣の待ちは1-4ピン。ダブルリーチ、ピンフ。
(なんで…なんでこんなにもツイているんだよ………オレ…!)
零は笑っていた。
「どうした…死を悟ったのか…?ククク…覚悟を決めろよ…」
生死を分ける、大事なツモ。
自分が麻雀で生死を問われるとは思ってもいなかった。
普通に大学を出て、普通に就職し、普通に結婚、子供、マイホーム…。
零はこんな生活を送るのだろう、と…高をくくっていた。
死に方は…?
わからない。だが一ついえたのは真っ当である事。
ガン、交通事故、運がよければ寿命。
間違ってもギャンブルで命を落とすなどとは微塵も思っていなかった。
しかし、現実は今、ここ…。
このツモで生きるか死ぬか…。
決まる。
零は右手を麻袋へ突っ込む。
いつの間にか鷲巣の目は充血し、その不気味な目でこちらを見ている。
そして、牌を選ぶ…。念入りに…。
「何じゃ、何じゃ…一気に引かんか…興が削がれるわ…!」
そう言いつつも焦らされる快感をも鷲巣は味わっている。
(うっ…このヌルッての…当たりだ…あとは…透明牌であれば…!)
零が麻袋から手を引き抜く。
その手には牌…。透明牌…。
零は牌の腹、つまり絵柄の書いてある面を親指で隠し、自分の眼前まで持ってきた。
しかし、鷲巣側、牌の背側からは一目瞭然…。
人差し指と中指の間からバッチリ…見えているのだ…。
赤く、大きな丸一つ…!
鷲巣の充血した目が見開かれる。
「クククッー!ツモ切りじゃ!即ツモ切り…!そのイーピンっ…!」
鷲巣は麻雀卓中央まで身を乗り出し、牌が切られるのを今や遅しと待っている。
零は鷲巣の言葉で勝利を確信した。
零は牌を親指側に背、人差し指、中指側に腹が来るよう持ち替え、
歯を食いしばり、大きく振りかぶり牌を麻雀卓に叩きつける。
カーンという快音が鳴り響く…。まだ牌から零の指は離れない…。
鷲巣は待ちきれず宣言…!
「ロォーン!そのイーピンっ…!ロンじゃあー!!クックック…!」
その顔は歓喜と狂気に歪み、よだれも垂れ流している。
その刹那、牌から指を離し零は叫んだ。
「そのロン、チョンボ!!」
離れた指から生まれた牌、それは白だった。
「な、何ぃ!?」
歪曲っ…!
鷲巣の顔が困惑で染まる。
「オレの勝ちだ!鷲巣巌!」
「イカサマか!?儂は許さんぞ…そんなもの…!」
「イカサマじゃない…!あなたがオレの白を見紛うただけさ…!」
そういうと、零は握り締めていた右手からあるものを落とした。
それは、先ほど零が鷲巣に殴られた時に外れた、真っ赤なボタンであった。
零は、それを拾い上げ透明な白に重ね合わせたのだ…。
鷲巣は椅子に座り込み動かなくなる。
「約束通り、見逃してもらいます…。それでは…」
零は鷲巣の後姿を後にギャンブルルームを出る。
周りに身の危険がないか確認し、歩き出そうとした…。
―――その時、後頭部に痛みが走る。
鷲巣が落ちていた木の棒を持ち零に殴りかかってきたのだ。
零はその場に倒れた。
「ぐっ…!卑怯な…!」
「儂は認めん…認めんぞ……約束も……イカサマも…」
抜け殻になってしまったかのようにうわ言を言う。
その目は虚ろで、とても正気の人間の目ではなかった。
(ヤバい…殺される……!)
動く事も出来ず、今度こそ死を覚悟した。
だが、その瞬間、怒号が響く。
「退け!爺っ…!」
鷲巣は驚いたらしく、チラリと声の先の人物を見るとそのまま片足を引きずり、逃げ出した。
(なんだ…?助かったのか…)
体を起こすと、警棒らしきものを持った男が近づいてきた。
「おい、大丈夫か…?」
男は零の顔をのぞき問いかけた。
「ありがとうございます…あの、お名前は…?」
「オレは…沢田って者だ…それよりも、何があった?ギャンブルルームの前でトラブルってことは…
ギャンブルでもしたのか…?お前…?」
零は沢田を信用し、平井銀二との勝負、鷲巣巌との勝負を洗いざらい話した。
「―――なるほど…。平井銀二と昭和の怪物・鷲巣巌か…」
「あの人たちと面識があるんですか…?」
「鷲巣巌とは…ヤクザの世界に足を踏み入れて、すぐに…な。
オレの組の後ろ盾に鷲巣がいてな…。組全員で挨拶したことがあったんだ…。その時に一度…。
その時は使いっ走りだったし、鷲巣はオレの事を知らんだろう。確かに少し雰囲気がおかしいとは思った…。他の大物より…」
うすうす感じてはいたが、沢田はヤクザだった。
「……平井銀二は?」
恐る恐る質問する。
「平井銀二…。この男は噂のみだな…。天性の才能を持っているフィクサー。いわゆる黒幕ってやつだな…。
日本の裏社会の大事件…その影には必ず平井銀二がいる、と聞いた事がある。
オレの上の組織も現に平井銀二のサポートをもらっているらしい…。その顔は政界までも知れ渡っている…
つくづく恐ろしい男だと…聞いている」
零は自分が勝負を挑んだ人間がどれほど危険な人物か、改めて思い知った。
その一方、沢田は零に期待を抱いた。
奴等がどんな人間か知らなかったとしても、イカサマを仕掛け、カマをかけ、生き残っている。
これほど共に戦う仲間として心強いものはいない。
「なぁ…零よ…お前、オレと組む気はないか…?」
「組む…といいますと、この殺し合いに乗るっていうんですか…!?」
「いや、違う…。このギャンブルを根底から覆す…。つまり、このギャンブルの主催…こいつらを潰すんだ…」
対主催…。このギャンブルが始まって何時間か経つが、そんな頭は零にはなかった。
零に衝撃が走った。
「対主催…ですか…凄い…!そうすれば…殺し合いなんて考える人、いなくなるんじゃあ…!
みんなが助かる…!考えてもいなかった…!」
「フフフ…こんな状況でも他人を思いやれるのか…今時のガキにしちゃあよくできてるっ…だが、零よ…
残念ながらそうはいかないだろう…。先ほどの鷲巣もそうだが…ただ単純に殺しを楽しんでいる奴もいる…
それに…オレは既に一人殺した……やはりこのギャンブルが危険なのは変わりない…
方法は一つ…他にも対主催を考えている輩を募って共に戦う…邪魔者はしっかりと排除して…な」
零はただ黙って聞いていた。
「わかりました…オレもその戦いに協力させてください…!」
零なりに覚悟は決めた。
心優しい少年、零と義理人情に厚いヤクザ、沢田の共闘が始まろうとしていた。
「歓迎しよう…!ただ…『俺たちに明日はない』…そのぐらいの覚悟が必要だ……」
【E-3/道路沿い/午後】
【宇海零】
[状態]:顔面、後頭部に打撲の軽症
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 標、板倉、末崎との合流
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す
【鷲巣巌】
[状態]:膝裏にゴム弾による打撲、右腕にヒビ、肋骨にヒビ、少し動けるようになってきています
[道具]:防弾チョッキ
[所持金]:0円
[思考]:零を殺す、沢田を殺す、平井銀二に注目、有賀を自らの手で殺す
|033:[[二択]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|035:[[強者と弱者]]|
|031:[[束の間の勝者]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|032:[[説得]]|
|009:[[計略(前編)]][[(後編)>計略(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零|060:[[状況]]|
|007:[[侠]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田|060:[[状況]]|
|029:[[布石]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:鷲巣巌|052:[[手札]]|
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