「陰陽」(2009/06/29 (月) 23:51:33) の最新版変更点
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**陰陽 ◆6lu8FNGFaw氏
月。 満月。
光は降り注ぎ、木々の下に影を作る。
月明かりを頼りに、また月明かりのためにできた影にひっそりと紛れ、足音を立てぬよう歩く一組の男女。
沈黙。時折、微かに風が葉を揺する音。
「…大丈夫?」
周囲を気にして、小声で女のほうが男に話しかける。
男のほうは、相手にはっきりと伝わるよう心がけながら頷いた。
左足の傷は痛むが、なんとか歩行はできる状態である。
ただ…今の状況、ずっと外を歩き回る現状、できれば早く手当てをしたい。
沙織とカイジの二人は元いたアトラクションゾーンから離れ、禁止エリアのホテルを右側から迂回するように南下していた。
二人はバトルロワイアル…この馬鹿げたゲームが始まってからこっち、アトラクションゾーン周辺からあまり移動していない。
近くが禁止エリアとなったのでできるだけ離れるため、また、つい先ほど経験した忌まわしい事件の感触から逃れたいために、
足を踏み入れていない地区のほうへと歩いていたのだった。
歩いているうちにそれなりの隠れ家…身を隠し、一時的にでも休むための場所が見つかるかもしれないという希望を胸に。
道中、行く先を決めたのは沙織だった。
彼女は、どこか吹っ切れたようだった。一種の諦観というべきか。
ただ守られることだけを考え怯えるのではなく、生きるために、その可能性を少しでも高めるために行動する、
その決意は背中から、また歩き方からもはっきりと伝わってきた。
方針を決めたのはカイジだった。
仲間を増やす、そのためには無茶な行動に出るのではなく、相手をよく観察して慎重に行動する。
…もし敵…また有賀のようなマーダーに出会ったら二人で退治…する…。
(……いや、退治じゃない。ごまかすな)
カイジは、心の中でさえぼかした表現を使おうとする自分に苛立った。
(殺人だ。人殺しだ。言い逃れはできない)
言い訳などできぬ。自分に嘘をつき続けることなどできないのだから。
有賀の荷物の中にあった果物ナイフが上着のポケットに入っている。
その武器がいつか血に染まることがあるかもしれない。
おそらく…、日がたつにつれ、禁止エリアは拡大し、逃げ場は少なくなっていくのだろう。
そして、…その時出会うは猛者…。一日でも長く生き延びてきた突破者っ…!
仲間になってくれるとは限らない。有賀のような者と、これから先何人遭遇するか知れぬ。
だから、覚悟を決めなければ。自身の目的のため…。主催者との戦い、圧倒的勝利っ…!その末に、
『少しでも多くの人間が生き残る』ために…!
ふと胸騒ぎがした。気配。
茂みからアトラクションゾーンの方向に目をやった。
人だ。
アトラクションゾーンの大通りを歩いている…!
カイジは目を瞠った。
人が歩く、そのこと自体は本来、全く驚くに値しないこと。問題は、どのように歩いているのか、だ。
その人物は、『無造作に』歩いていた。
月光を浴び、大通りの中央を堂々と。いつどこから狙撃されてもおかしくない、このゲームの中で。
一瞬頭がおかしいのかと疑った。もしくは、投げやりになっているのかと。
…だが、そういう風には見えない。否、少しぶっ飛んでいるのは間違いがないが、ただ壊れているという感じがしない。何かが違う。
なんというか…、元々こういうゲームの中に身をおいて生活してきたような…、
殺されるかも知れぬという状況が最早日常になっている、そんな風に見えた。
参加する以前から、『すでに覚悟を決めている』、…そんな風に。
「カイジ君、あれ…」
沙織も気がつき、カイジに囁いた。
「赤木しげるじゃない?今度こそ本物の…」
そう言われてようやく気がついた。年恰好、白い髪。むしろ何故気づかなかったのか。
…写真ではわからない、独特の雰囲気があった。生身の「本物」には。
「……危険人物…、第一級の…」
沙織が小さくつぶやく。
「……ああ、でも……」
二人は茂みに隠れたまま顔を見合わせた。
沙織も困惑したようにカイジを見、また赤木のほうに目を向ける。
有賀のようなマーダーを想像していたのだ。若しくは知性を以って人を見下す利根川や一条のような。
ふ、と赤木しげるの横顔がこちらを向いた。
「…!」
目が合った。互いにだいぶ距離があったが、はっきりとわかった。
合ったにもかかわらず、赤木は僅かに目を細めただけで、何事もなかったかのようにまた前を向き真っ直ぐに歩き出した。
しばらく呆然として赤木の背中を見送っていたカイジだが、ハッと我に返り、次の瞬間には茂みから飛び出していた。
沙織が制止しようとする暇もなかった。
遠くから狙撃される危険を警戒することも、足の痛みも、その一瞬だけ忘れた。
「ま…、待ってくれ…!」
赤木しげるの背中に声をかけた。赤木は立ち止まり、ゆっくりとこちらを向いた。
「アンタ、赤木…、赤木しげるだろっ…!」
アカギは答えない。沈黙は肯定だった。
「…あの、」
何を言えばいいのか迷った。
『大通りの真ん中を歩いていたら危ない』と言おうかとも思ったが、そんなこと本人が一番分かっているだろう。
無造作に歩いているように見えて、気を緩めてはいない。だからこそ、遠くで様子を伺うこっちの気配に気がついたのだから。
偶然などではない…
「……あの…、仲間になってくれないか?」
やや上ずった声で、単刀直入に言った。
「断る」
アカギはあっさり言い放った。
「…そうか」
カイジは一瞬固まったが、ふっと小さく息をついた。その顔にさほど落胆の色は見えなかった。
「……そんな気がした」
その言葉に、アカギは僅かに口の端を持ち上げた。
「だが、取引ならいい」
「…取引?」
「アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ」
「……あ?」
その言葉にカイジは驚いた。
「……知ってるのか、オレの事っ…?」
「いや、全然…。ただ、アンタ、開会式で目立ってたんで憶えていた」
「………でも、じゃあ何を聞くことがあるってん…」
「アンタ、初めてじゃないだろう、こういうの」
カイジは目を見開いた。
「…なんでそう思う…?」
アカギは語りだした。
「理由は…このゲームの幕開け…開会式での一件だ…。
一人の男の首輪が爆発した…あの時だ。首輪が爆発する『前』に、アンタ、何かを察していただろう」
「…………?」
「オレは、首輪が爆発するまで、予感はしたものの、何が起こるかまでは正確な予想はできなかった。
おそらくあの場にいた大半がそのはずだ。
アンタがあの山口という男の発言を制止しようとしたとき…。ただ単に、奴ら…主催の機嫌を損ねるのは得策じゃない、穏便に、
なんて理由で山口を止めにかかっていたわけじゃあなかった…。
今この瞬間にも、危害を加えられる…あっさり殺される、こいつらはそれくらいやる…そういう確信があったんじゃないか…?
だから焦り、慌てて止めようとした。
主催から『皆様に殺し合いをしていただきます』などと宣言されたばかりで…
参加者の大勢が面食らい、また緊張し、呆然としていたあの時に。」
「……………」
「……そして、あの場にいた参加者の数名は、首輪が爆破した山口を見ても驚愕の色を見せなかった。
おそらくそいつらは関係者…。何をやらかして参加者に落とされているのかは知らないが、
元々は主催の組織の内部にいた者…。
だから、主催の人殺し…、それを見ても動じなかったんだ。
だが、アンタは別…、おそらく、今までも『関係者』でなく『参加者』…、理不尽を強いられる側だったはず…。」
「……………」
「だからあの涙…。
混乱と不安と焦燥の中、大勢が固まったまま動けない中、死ぬ者を見て同情する『余裕』すらあったのは、
以前にも同じような状況で、同じ立場のものが殺されるという経験があったから…。違うかい」
木の葉が揺れる。
ざわ…
ざわ…
胸の奥がざわめく。
ざわ…
ざわ…
ざざざ…
「……で、取引と言うのは」
「ちょっと待ってくれ」
カイジが遮った。
「アンタは…? アカギ…アンタは……、『何』なんだ……?」
「………何と答えれば満足だ?」
「………。 どっちだ?」
「どちらでもないさ」
「…でも、『向かう先』は同じだろう……」
「何だ…。分かってるんじゃねえか」
アカギは薄く笑う。その人を食ったような態度が腹立だしい。思わず舌打ちする。
「チッ………取引って…何だよ?」
「…オレが欲しいのは情報…。アンタの持つ情報…。」
「………勿体つけて、単に情報交換したいって話かよっ…」
「いや、取引だ。だからアンタからも要求すればいい」
「……………要求なら、オレはもう言ってる」
「そう。わかった」
アカギがあっさりと言い、カイジはますます憮然とした表情をつくる。
「何だよアンタ…断ったり、承諾してみたりよっ…!」
「取引としてならいい。だが、別行動が前提だ」
カイジはその言葉を聞いて、急にニヤリと笑う。
「それで構わねえさ。別に同行してくれなくったっていい。そっちにはそっちの都合があるだろうしな…!
というかアンタと一緒に行動したらこっちが落ち着かねえ、誰かに狙撃される前に、胃に穴が開くっ…!」
「ククク…」
カイジの歯に衣着せぬ物言いに、アカギは思わず笑った。
「……とりあえず、ここから移動しねえか?こんな目立つところで立ち話もなんだろ…」
◆
アトラクションゾーンの大通りから少し離れた茂みの中。
カイジは、アカギと沙織に今までの経験を、淡々と話した。
借金を背負わされ、闇金融から怪しげな船を紹介されたところから…。できるだけ客観的に、経緯のみを伝えるように…。
それでも、裏切られたことや、大勢の人間が死ぬ様を見たことを話すときには声が震えた。
考えてみれば、今までこんな話を誰かにしたことはなかった。
あまり思い出したくないことでもあり、荒唐無稽すぎて誰も信じてくれないだろうとも思っていたからであるが…。
……それでも、本当は、誰かに話したかったのかも知れない。オレの血肉、オレの歴史…。
「……Eカード」
ずっと沈黙したままだったアカギが、ふとつぶやいた。
「ああ、それは『皇帝』『市民』『奴隷』の三つの絵柄が描かれたカードを使って…」
「それは、こんなカードかい…?」
アカギは、懐からEカードを取り出した。
「これ、どこで…」
「なに…島に点在するギャンブルルーム、その一つから頂いてきたのさ」
「へえ…、ギャンブルルームにはこんなカードまで置いてるのか…。
……なら、変な針のついた拘束具みたいなモンも置いてあったか?」
「いや…。何だい、それ」
「さっき話しただろ…、耳を賭けさせられたって。形としてはこんな…」
カイジは首輪を指差しかけ、ふと言い淀んだ。
ふと、上着のポケットを探る。取り出したのは、少し縒れた紙切れ。
以前、首輪について思いついたことを書き、沙織に見せたメモ。
その紙切れをアカギに渡す。アカギはそれに目を走らせた。
「…ふうん、なるほど」
アカギはその紙切れを懐に仕舞いこんだ。
「役に立つか?それ…」
「ああ…」
アカギは短く言った。
アカギに参加者名簿を見せ、危険人物や、知り合いに関する情報を交換した後、アカギは去っていった。
カイジはその後姿を、完全に闇に溶け込み同化するまで見ていた。
アカギは最後に、こう書かれたメモを残していった。
……『もし再び会うことがあれば、それはきっとこのゲームが幕を開けた最初の場所でだ』と。
カイジはそのメモをポケットから取り出し、反芻した。この言葉が持つ意味…、それは、とどのつまり…
「…………カイジ君」
沙織が少し咎めるような声を出す。
「……はい」
ばつの悪そうな顔で返事をするカイジ。
「無茶しないって言ったわよね?もう…急に飛び出すなんて…」
「…………目が合ったんだ」
「………」
「アカギが振り向いた。こちらに敵意がないと感じて、そのまま行こうとした。
つまり、それは向こうにも敵意がないってことだ」
「……………そんなの、わかる訳ないじゃない。結果的にうまくいったからって…」
沙織はため息をついた。
(……………そうでもない)
不思議な感覚だった。
命懸けの勝負で、ギリギリまで張り詰めている時なら、感じることはあった。
敵…戦っている相手の感情…思考…。それを読もうとして…観察して…対峙して、ふと感じるもの。
だが、ただ歩いている人間に対して……
(……………もしかして)
あの男は、常にそんな感覚を身に纏っているのだろうか。
◆
月。 満月。
光は降り注ぎ、木々の下に影を作る。
月明かりの中、深い静寂の中、恐れることなく、物陰に隠れようともせず、大通りを堂々と歩く一人の男。
沈黙。時折、微かに風が葉を揺する音。
アカギはふと、空を仰ぐ。
じきに、時は満ちる。
だが今は、昼間の月のように静かに、密かに行動する。自身の目的のため…。主催者との戦い、圧倒的勝負っ…!
『全てを燃やし尽くすような業火の中に、この身を躍らせる』ために…!
さっきの男。
思っていたよりも面白い奴だった。だが、相容れない。
向かう先が同じでも、性質は全くの逆…。光と闇。
(だが、それでいい。同じである必要などない)
アカギの死生観。
生と死は表裏一体ではない、という考えと同じく、光と闇も、繋がっている。同一線上にある。
奴は、仲間を集めて集団で主催と対峙するつもりなのだろう。
だからオレに名簿を見せてきた。参加者の情報を集めるために。
そして、オレの戦略は逆…。一人、主催の内部に潜り込む……。
主催の思惑の外からの攻撃…。別領域からの刃…!
【D-3/アトラクションゾーン/夜】
【赤木しげる】
[状態]:健康
[道具]:五億円の偽札 不明支給品0~2(確認済み)支給品一式
[所持金]:600万円
[思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す。死体を捜して首輪を調べる。首輪をはずして主催者側に潜り込む。
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※五億円の偽札
五億円分の新聞紙の束がジェラルミンケースに詰められています。
一番上は精巧なカラーコピーになっており、手に取らない限り判別は難しいです。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、
帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。
接触後、情報を引き出せない様ならば偽札を使用。
それでも駄目ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
【D-3/アトラクションゾーン沿いの林/夜】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所)
[道具]:支給品一式×2、果物ナイフ、ボウガン、ボウガンの矢(残り十本)
[所持金]:1000万円
[思考]:身を隠せる場所を探す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
※平山に利根川への伝言を頼みました。
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
【田中沙織】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(ペン以外)、サブマシンガンウージー 防弾ヘルメット、参加者名簿
[所持金]:7800万円
[思考]:カイジの足の手当てができる場所を探す 仲間を集める 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
|069:[[姫と双子の紳士]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|071:[[それぞれの試金石(前編)]][[(後編)]]|
|068:[[計画]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|069:[[姫と双子の紳士]]|
|068:[[計画]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤木しげる||
|063:[[人間]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|075:[[四槓子]]|
|063:[[人間]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:田中沙織|075:[[四槓子]]|
**陰陽 ◆6lu8FNGFaw氏
月。 満月。
光は降り注ぎ、木々の下に影を作る。
月明かりを頼りに、また月明かりのためにできた影にひっそりと紛れ、足音を立てぬよう歩く一組の男女。
沈黙。時折、微かに風が葉を揺する音。
「…大丈夫?」
周囲を気にして、小声で女のほうが男に話しかける。
男のほうは、相手にはっきりと伝わるよう心がけながら頷いた。
左足の傷は痛むが、なんとか歩行はできる状態である。
ただ…今の状況、ずっと外を歩き回る現状、できれば早く手当てをしたい。
沙織とカイジの二人は元いたアトラクションゾーンから離れ、禁止エリアのホテルを右側から迂回するように南下していた。
二人はバトルロワイアル…この馬鹿げたゲームが始まってからこっち、アトラクションゾーン周辺からあまり移動していない。
近くが禁止エリアとなったのでできるだけ離れるため、また、つい先ほど経験した忌まわしい事件の感触から逃れたいために、
足を踏み入れていない地区のほうへと歩いていたのだった。
歩いているうちにそれなりの隠れ家…身を隠し、一時的にでも休むための場所が見つかるかもしれないという希望を胸に。
道中、行く先を決めたのは沙織だった。
彼女は、どこか吹っ切れたようだった。一種の諦観というべきか。
ただ守られることだけを考え怯えるのではなく、生きるために、その可能性を少しでも高めるために行動する、
その決意は背中から、また歩き方からもはっきりと伝わってきた。
方針を決めたのはカイジだった。
仲間を増やす、そのためには無茶な行動に出るのではなく、相手をよく観察して慎重に行動する。
…もし敵…また有賀のようなマーダーに出会ったら二人で退治…する…。
(……いや、退治じゃない。ごまかすな)
カイジは、心の中でさえぼかした表現を使おうとする自分に苛立った。
(殺人だ。人殺しだ。言い逃れはできない)
言い訳などできぬ。自分に嘘をつき続けることなどできないのだから。
有賀の荷物の中にあった果物ナイフが上着のポケットに入っている。
その武器がいつか血に染まることがあるかもしれない。
おそらく…、日がたつにつれ、禁止エリアは拡大し、逃げ場は少なくなっていくのだろう。
そして、…その時出会うは猛者…。一日でも長く生き延びてきた突破者っ…!
仲間になってくれるとは限らない。有賀のような者と、これから先何人遭遇するか知れぬ。
だから、覚悟を決めなければ。自身の目的のため…。主催者との戦い、圧倒的勝利っ…!その末に、
『少しでも多くの人間が生き残る』ために…!
ふと胸騒ぎがした。気配。
茂みからアトラクションゾーンの方向に目をやった。
人だ。
アトラクションゾーンの大通りを歩いている…!
カイジは目を瞠った。
人が歩く、そのこと自体は本来、全く驚くに値しないこと。問題は、どのように歩いているのか、だ。
その人物は、『無造作に』歩いていた。
月光を浴び、大通りの中央を堂々と。いつどこから狙撃されてもおかしくない、このゲームの中で。
一瞬頭がおかしいのかと疑った。もしくは、投げやりになっているのかと。
…だが、そういう風には見えない。否、少しぶっ飛んでいるのは間違いがないが、ただ壊れているという感じがしない。何かが違う。
なんというか…、元々こういうゲームの中に身をおいて生活してきたような…、
殺されるかも知れぬという状況が最早日常になっている、そんな風に見えた。
参加する以前から、『すでに覚悟を決めている』、…そんな風に。
「カイジ君、あれ…」
沙織も気がつき、カイジに囁いた。
「赤木しげるじゃない?今度こそ本物の…」
そう言われてようやく気がついた。年恰好、白い髪。むしろ何故気づかなかったのか。
…写真ではわからない、独特の雰囲気があった。生身の「本物」には。
「……危険人物…、第一級の…」
沙織が小さくつぶやく。
「……ああ、でも……」
二人は茂みに隠れたまま顔を見合わせた。
沙織も困惑したようにカイジを見、また赤木のほうに目を向ける。
有賀のようなマーダーを想像していたのだ。若しくは知性を以って人を見下す利根川や一条のような。
ふ、と赤木しげるの横顔がこちらを向いた。
「…!」
目が合った。互いにだいぶ距離があったが、はっきりとわかった。
合ったにもかかわらず、赤木は僅かに目を細めただけで、何事もなかったかのようにまた前を向き真っ直ぐに歩き出した。
しばらく呆然として赤木の背中を見送っていたカイジだが、ハッと我に返り、次の瞬間には茂みから飛び出していた。
沙織が制止しようとする暇もなかった。
遠くから狙撃される危険を警戒することも、足の痛みも、その一瞬だけ忘れた。
「ま…、待ってくれ…!」
赤木しげるの背中に声をかけた。赤木は立ち止まり、ゆっくりとこちらを向いた。
「アンタ、赤木…、赤木しげるだろっ…!」
アカギは答えない。沈黙は肯定だった。
「…あの、」
何を言えばいいのか迷った。
『大通りの真ん中を歩いていたら危ない』と言おうかとも思ったが、そんなこと本人が一番分かっているだろう。
無造作に歩いているように見えて、気を緩めてはいない。だからこそ、遠くで様子を伺うこっちの気配に気がついたのだから。
偶然などではない…
「……あの…、仲間になってくれないか?」
やや上ずった声で、単刀直入に言った。
「断る」
アカギはあっさり言い放った。
「…そうか」
カイジは一瞬固まったが、ふっと小さく息をついた。その顔にさほど落胆の色は見えなかった。
「……そんな気がした」
その言葉に、アカギは僅かに口の端を持ち上げた。
「だが、取引ならいい」
「…取引?」
「アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ」
「……あ?」
その言葉にカイジは驚いた。
「……知ってるのか、オレの事っ…?」
「いや、全然…。ただ、アンタ、開会式で目立ってたんで憶えていた」
「………でも、じゃあ何を聞くことがあるってん…」
「アンタ、初めてじゃないだろう、こういうの」
カイジは目を見開いた。
「…なんでそう思う…?」
アカギは語りだした。
「理由は…このゲームの幕開け…開会式での一件だ…。
一人の男の首輪が爆発した…あの時だ。首輪が爆発する『前』に、アンタ、何かを察していただろう」
「…………?」
「オレは、首輪が爆発するまで、予感はしたものの、何が起こるかまでは正確な予想はできなかった。
おそらくあの場にいた大半がそのはずだ。
アンタがあの山口という男の発言を制止しようとしたとき…。ただ単に、奴ら…主催の機嫌を損ねるのは得策じゃない、穏便に、
なんて理由で山口を止めにかかっていたわけじゃあなかった…。
今この瞬間にも、危害を加えられる…あっさり殺される、こいつらはそれくらいやる…そういう確信があったんじゃないか…?
だから焦り、慌てて止めようとした。
主催から『皆様に殺し合いをしていただきます』などと宣言されたばかりで…
参加者の大勢が面食らい、また緊張し、呆然としていたあの時に。」
「……………」
「……そして、あの場にいた参加者の数名は、首輪が爆破した山口を見ても驚愕の色を見せなかった。
おそらくそいつらは関係者…。何をやらかして参加者に落とされているのかは知らないが、
元々は主催の組織の内部にいた者…。
だから、主催の人殺し…、それを見ても動じなかったんだ。
だが、アンタは別…、おそらく、今までも『関係者』でなく『参加者』…、理不尽を強いられる側だったはず…。」
「……………」
「だからあの涙…。
混乱と不安と焦燥の中、大勢が固まったまま動けない中、死ぬ者を見て同情する『余裕』すらあったのは、
以前にも同じような状況で、同じ立場のものが殺されるという経験があったから…。違うかい」
木の葉が揺れる。
ざわ…
ざわ…
胸の奥がざわめく。
ざわ…
ざわ…
ざざざ…
「……で、取引と言うのは」
「ちょっと待ってくれ」
カイジが遮った。
「アンタは…? アカギ…アンタは……、『何』なんだ……?」
「………何と答えれば満足だ?」
「………。 どっちだ?」
「どちらでもないさ」
「…でも、『向かう先』は同じだろう……」
「何だ…。分かってるんじゃねえか」
アカギは薄く笑う。その人を食ったような態度が腹立だしい。思わず舌打ちする。
「チッ………取引って…何だよ?」
「…オレが欲しいのは情報…。アンタの持つ情報…。」
「………勿体つけて、単に情報交換したいって話かよっ…」
「いや、取引だ。だからアンタからも要求すればいい」
「……………要求なら、オレはもう言ってる」
「そう。わかった」
アカギがあっさりと言い、カイジはますます憮然とした表情をつくる。
「何だよアンタ…断ったり、承諾してみたりよっ…!」
「取引としてならいい。だが、別行動が前提だ」
カイジはその言葉を聞いて、急にニヤリと笑う。
「それで構わねえさ。別に同行してくれなくったっていい。そっちにはそっちの都合があるだろうしな…!
というかアンタと一緒に行動したらこっちが落ち着かねえ、誰かに狙撃される前に、胃に穴が開くっ…!」
「ククク…」
カイジの歯に衣着せぬ物言いに、アカギは思わず笑った。
「……とりあえず、ここから移動しねえか?こんな目立つところで立ち話もなんだろ…」
◆
アトラクションゾーンの大通りから少し離れた茂みの中。
カイジは、アカギと沙織に今までの経験を、淡々と話した。
借金を背負わされ、闇金融から怪しげな船を紹介されたところから…。できるだけ客観的に、経緯のみを伝えるように…。
それでも、裏切られたことや、大勢の人間が死ぬ様を見たことを話すときには声が震えた。
考えてみれば、今までこんな話を誰かにしたことはなかった。
あまり思い出したくないことでもあり、荒唐無稽すぎて誰も信じてくれないだろうとも思っていたからであるが…。
……それでも、本当は、誰かに話したかったのかも知れない。オレの血肉、オレの歴史…。
「……Eカード」
ずっと沈黙したままだったアカギが、ふとつぶやいた。
「ああ、それは『皇帝』『市民』『奴隷』の三つの絵柄が描かれたカードを使って…」
「それは、こんなカードかい…?」
アカギは、懐からEカードを取り出した。
「これ、どこで…」
「なに…島に点在するギャンブルルーム、その一つから頂いてきたのさ」
「へえ…、ギャンブルルームにはこんなカードまで置いてるのか…。
……なら、変な針のついた拘束具みたいなモンも置いてあったか?」
「いや…。何だい、それ」
「さっき話しただろ…、耳を賭けさせられたって。形としてはこんな…」
カイジは首輪を指差しかけ、ふと言い淀んだ。
ふと、上着のポケットを探る。取り出したのは、少し縒れた紙切れ。
以前、首輪について思いついたことを書き、沙織に見せたメモ。
その紙切れをアカギに渡す。アカギはそれに目を走らせた。
「…ふうん、なるほど」
アカギはその紙切れを懐に仕舞いこんだ。
「役に立つか?それ…」
「ああ…」
アカギは短く言った。
アカギに参加者名簿を見せ、危険人物や、知り合いに関する情報を交換した後、アカギは去っていった。
カイジはその後姿を、完全に闇に溶け込み同化するまで見ていた。
アカギは最後に、こう書かれたメモを残していった。
……『もし再び会うことがあれば、それはきっとこのゲームが幕を開けた最初の場所でだ』と。
カイジはそのメモをポケットから取り出し、反芻した。この言葉が持つ意味…、それは、とどのつまり…
「…………カイジ君」
沙織が少し咎めるような声を出す。
「……はい」
ばつの悪そうな顔で返事をするカイジ。
「無茶しないって言ったわよね?もう…急に飛び出すなんて…」
「…………目が合ったんだ」
「………」
「アカギが振り向いた。こちらに敵意がないと感じて、そのまま行こうとした。
つまり、それは向こうにも敵意がないってことだ」
「……………そんなの、わかる訳ないじゃない。結果的にうまくいったからって…」
沙織はため息をついた。
(……………そうでもない)
不思議な感覚だった。
命懸けの勝負で、ギリギリまで張り詰めている時なら、感じることはあった。
敵…戦っている相手の感情…思考…。それを読もうとして…観察して…対峙して、ふと感じるもの。
だが、ただ歩いている人間に対して……
(……………もしかして)
あの男は、常にそんな感覚を身に纏っているのだろうか。
◆
月。 満月。
光は降り注ぎ、木々の下に影を作る。
月明かりの中、深い静寂の中、恐れることなく、物陰に隠れようともせず、大通りを堂々と歩く一人の男。
沈黙。時折、微かに風が葉を揺する音。
アカギはふと、空を仰ぐ。
じきに、時は満ちる。
だが今は、昼間の月のように静かに、密かに行動する。自身の目的のため…。主催者との戦い、圧倒的勝負っ…!
『全てを燃やし尽くすような業火の中に、この身を躍らせる』ために…!
さっきの男。
思っていたよりも面白い奴だった。だが、相容れない。
向かう先が同じでも、性質は全くの逆…。光と闇。
(だが、それでいい。同じである必要などない)
アカギの死生観。
生と死は表裏一体ではない、という考えと同じく、光と闇も、繋がっている。同一線上にある。
奴は、仲間を集めて集団で主催と対峙するつもりなのだろう。
だからオレに名簿を見せてきた。参加者の情報を集めるために。
そして、オレの戦略は逆…。一人、主催の内部に潜り込む……。
主催の思惑の外からの攻撃…。別領域からの刃…!
【D-3/アトラクションゾーン/夜】
【赤木しげる】
[状態]:健康
[道具]:五億円の偽札 不明支給品0~2(確認済み)支給品一式
[所持金]:600万円
[思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す。死体を捜して首輪を調べる。首輪をはずして主催者側に潜り込む。
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※五億円の偽札
五億円分の新聞紙の束がジェラルミンケースに詰められています。
一番上は精巧なカラーコピーになっており、手に取らない限り判別は難しいです。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、
帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。
接触後、情報を引き出せない様ならば偽札を使用。
それでも駄目ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
【D-3/アトラクションゾーン沿いの林/夜】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所)
[道具]:支給品一式×2、果物ナイフ、ボウガン、ボウガンの矢(残り十本)
[所持金]:1000万円
[思考]:身を隠せる場所を探す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
※平山に利根川への伝言を頼みました。
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
【田中沙織】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(ペン以外)、サブマシンガンウージー 防弾ヘルメット、参加者名簿
[所持金]:7800万円
[思考]:カイジの足の手当てができる場所を探す 仲間を集める 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
|069:[[姫と双子の紳士]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|071:[[それぞれの試金石(前編)]][[(後編)]]|
|068:[[計画]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|069:[[姫と双子の紳士]]|
|068:[[計画]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤木しげる|089:[[残光]]|
|063:[[人間]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|075:[[四槓子]]|
|063:[[人間]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:田中沙織|075:[[四槓子]]|
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