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心の居場所(前編) ◆uBMOCQkEHY氏


「そうだ・・・!怪我、治療しなくっちゃ・・・!!」

零は傷を負っている涯を治療するため、
今いる場所から少し離れた森の中に沢田という仲間がいることを告げ、そちらへ足を向けた。
涯もそれに従う。
零は同世代の仲間が増えたことが素直に嬉しかった。
自身でも、気分が高揚していることが分かるほどに・・・。

しかし、この時、零は冷静な思考の淵に、一種のわだかまりを感じていた。
それは警告にも近く、一歩、一歩前進する度に、膨らみを増していく。
零にはその理由が分かっていた。
零は涯の衣服を見た。
涯は腹部を刺されているらしく、そこを中心に血が滲んでいる。
しかし、それとは別と思われる血が付着していた。

――この不自然な返り血ができる場面は限られている。その場面は・・・。

零は理解していた。
涯は信用するに値する人物であるということを。
また、その返り血が生じてしまう場面のことを口に出してしまえば、この場の空気が変わってしまうことを。
しかし、零にとって、このわだかまりは異物といってもよかった。
異物を吐き出す手段として、零はある考えにたどり着いた。

――仲間なら・・・事実を明かしあうべきじゃないのか・・・!
  お互いに信用しあうために・・・!

零は足を止め、涯の方へ振り返った。
「涯・・・もしかして、誰かを殺してしまったこと・・・ある?」

涯は大きく目を見開き、足を止める。
「なぜ・・・」
――なぜ、分かった・・・?
心の中がざわ・・・ざわ・・・と動揺している。
涯は心臓の鼓動が大きくなるのを感じながらも、それを押さえつけ、頭を動かした。
すぐに否定すれば、この場は収まる。
「いや・・・ない・・・」

零は一瞬、言葉を呑むような戸惑いを見せるも、すぐにおどけたような軽い笑みを浮かべる。
「あ、ゴメンゴメン・・・!今のことはオレの勘違いだから・・・!」
さあ、行こうと涯を促すと、零は再び、足を進め始めた。
涯もその背中を追うように歩き出す。

もし、この時、この光景を第三者が見ていたら、問題は解決したかのように見えていただろう。
確かに涯も零からの追求を逃れることができたという安堵感を覚えていたが、同時に、その心はざわついていた。
――零は・・・オレが人を殺したことを感づいている・・・!

しかし、すぐに自分に言い聞かせる。
――零に知られたって構わない・・・このゲームでは当たり前のこと・・・。

“だが、人を殺したことには変わりない・・・この人殺しが・・・!”
この直後だった。
何者かが涯の首根っこを掴み、涯を押さえつけ、地面に叩きつけた。
「がっ・・・!」
何者かが涯の背中に手加減なしにまたがり、体重をかける。
重圧が体全体にかかり、気管は押しつぶされ、呼吸が詰まる。
「っ・・・!」
――なんなんだ・・・!これは・・・!
涯は体をわずかに持ち上げ、その背中の主を見上げた。
「・・・えっ・・・!」
涯は愕然とした。
その主は、自分であった。
もう一人の自分は涯に顔を近づけ、その耳元で囁く。
“殺人を犯したという点では、今、お前はあの平田と同類・・・。”

――ふざけるな・・・!
かつて涯に殺人という無実の罪を着せた平田家の人々の顔が頭を過ぎる。
涯は言葉を発することが出来ない代わりに、目にその怒りを浮かべ、もう一人を睨みつけた。
――オレが犯した殺人は生きるための選択・・・!正当防衛・・・!
欲に目がくらんだ平田とは立場が違う・・・同類の訳が・・・

そこまで思考を働かせた所で、涯は言葉を失った。
目に飛び込んできたもう一人の自分の顔は、初めて応接間に通された時の平田家の人々と同じ笑み――欲の皮が突っ張るという言葉を文字通り表したかのように、口元をだらしなく上げた笑みを浮かべていた。
自分が忌み嫌っているあの笑みを自分が今、浮かべている。

涯は悟った。
もう一人の自分は自分の内に潜む心――殺人という愚かな行為を犯した自分を責め、その現実を見せつけようとしている、“人間として”の倫理観であることを・・・。

かつて平田事件の時は、自分は無実であるという確証があった。
自分が自分を信頼できる支えがあった。
だからこそ、人間学園においての非常な仕打ち、その逆境を越えることができた。

ところがどうだ。
このゲームで、ある男――安岡を殺した時、その心に過ぎったことは、
『弱者は助からない、殺さないのは偽善、生きるために・・・殺す』
本来、涯が嫌うはずの考えであった。
その後は
『死にたくなければ・・・生きてここを出たいのであれば、殺し続けるしかないのだ・・・!』
という考えを信条に、ケモノのごとく、涯はその拳を振るい続けてきた。

――そう・・・それまでオレはケモノだった・・・だが・・・。
それは零との出会いで変わり始めてしまった。
零と出会った時、零は今にも急斜面から滑り落ちそうになっていた。
その時の零の姿は、まさにボンクラ――弱者であった。
零の存在を無視すれば、涯が生き残る確率が上がるはずであった。
しかし、その時、涯に人間にしか持ち合わせていない心――慈悲が芽生えてしまった。
結果、零を助けるという選択をしてしまった。
そして、大泣きする零に呆れ、言葉を交わし、感謝の気持ちを抱く――人間にしかできない行為によって、
“人間として”の倫理観を取り戻していった。

今、“人間として”の倫理観が涯を苦しめている。
――オレは、平井家と同類・・・醜悪な罪人なのか・・・!
背中の重圧は、もう一人の自分の体重ではなく、今や罪の重さとなっていた。

――軽くなりたい・・・言えば楽になる・・・楽に・・・。


――・・・どうした?涯・・・どうした・・・?」
涯は零の言葉に、ハッと顔をあげる。
零の顔が目の前にあった。涯をきょとんとした表情で見つめている。
「さっきから暗い表情で・・・何か考えていたのか?」
涯はあたりをキョロキョロと見渡す。
辺りは暗闇が広がり始めている森の中であった。

「い・・・いや・・・なんでもない・・・」
「そうか・・・じゃあ、行こうか・・・」
零は再び、涯に背中を向けようとする。
涯が言葉を発したのは、それと同時であった。

「・・・人を・・・殺した・・・」
零は動きを止める。
周囲の木々がざわめく。
涯は一呼吸置き、口を開いた。

「なぜ、分かった・・・?」
「それは・・・」
零は少し逡巡しつつも、その訳を話し始めた。
「服と腕の返り血だ・・・」
涯は自分の服と腕を見つめた。
返り血は、ズボンの左側はつま先から膝、右側は膝より上の太ももにかけて、右腕は小指周辺を中心に肘辺りまでのびている。

「まず、ズボンの返り血だが、どうしたら、こんな返り血ができるのか・・・分かるか?」
「えっ・・・」
零の問いに涯は戸惑う。
――確か、この返り血を浴びた時は・・・。

「しゃがんでみて・・・右ひざを地面に付けるようにして・・・」
涯は言われるがままに、その場に屈みこむ。
「・・・!!」
ここで涯は気づいた。
左膝をたて、右膝を地面に付けてしゃがむと、
左側の太ももは脛で隠れ、右側の脛は太ももに覆い隠され、地面に触れる、
つまり、返り血を浴びた部分が正面から見て晒された状態となることを・・・。

零も涯と同じようにその場にしゃがみこむと、ポケットからペンを取り出した。
「多分、その時の凶器はこんな感じの小型のもの・・・例えば、ナイフとか・・・」
零はこのペンが仮にナイフだとして、インクが出る先の部分が刃、その反対側であるペンの尻が柄であると説明した。
右腕の小指側にペン先、親指側にペンの尻が来るようにグーで握る。
「君の右腕の返り血は親指側にはほとんどついておらず、
代わりに小指周辺を中心に肘の辺りまで広がっている・・・
しゃがんだ状態で且つ、こんな腕の返り血ができる方法とは・・・・」
零はペンを振り下ろした。ペン先が地面に突き刺さる。
「相手が身を屈めた時より、低い位置・・・横たわっているような状態・・・
確実に相手を仕留められる状態だったという訳だ・・・」
ここで零は涯をちらっと見ながら、その様子を伺った。
ここから先のことは少々言いづらいことらしい。
涯は先を話してかまわないと促した。
「ただ、正直、状況証拠だけじゃ、確信はなかった・・・
だから、尋ねた・・・“誰かを殺してしまったことがある?”のかと・・・
そこで、君はこう答えた・・・“なぜ”と・・・
“なぜ”は“なぜ分かる?”の省略形、
つまり、経験があるということ・・・この言葉が決定打だった・・・」

「・・・そうか・・・」
涯は零の言葉を終始黙って聞いていた。
零はいくつかの状況証拠から、涯の殺人のありさまを察してしまった。
さっきまで、生への安堵から大声で泣いていた少年がである。
この少年は泣きながらも涯がどのような人間であるかを、観察し続けていたのだ。
涯は正直、初めて零とあった時、零が今まで生きてこられたのは運が良かったからだと解釈していた。
しかし、ここで涯は悟った。
彼の武器は、自分の拳のような相手を傷つけるものではなく、その洞察力、推理力――頭脳であると。
しかし、同時に今度は涯の心に一種のわだかまりが生まれていた。
――なぜ、零は・・・
「・・・尋ねる必要があった・・・?」
「えっ・・・」
零はその時抱いた感情を振り返りながら、言葉を探す。
「・・・不快にさせたことは謝る・・・!
だが・・・仲間なら・・・今まで、どうやってこのゲームで生きてきたのか・・・
腹を割って話しあうべきだ・・・そうしなければお互いに信用しあえない・・・!
だから・・・」

――仲間・・・。
零の口から飛び出した言葉に、涯は神経を逆撫でされるような苛立ちを覚える。
――仲間なら・・・何でもかんでも表沙汰にしていいものなのか・・・!
零の推理は、それまで涯が直視することを避けていた殺人への罪を涯自身に見せ付けるものであった。
ただでさえ、推理が核心に迫るにつれ、心がもろく崩れていく感覚を覚えていくのに、
その晒された原因が、仲間なら当然であろうという集団であることを押し付けるようなものであったことが、涯の苦痛を悪化させる。
それは疑問を問いただすという形で表に現れてしまった。

「・・・このゲームでは殺人が許容されている・・・。
殺人を犯した経験があったとしても不思議ではない・・・。
むしろ、零、お前が尋ねたのは・・・殺人への生理的嫌悪からじゃないのか・・・?」
「そ・・・それは・・・」
零は無意識に肩を震わせた。
ドクドクと不規則な早鐘が、零の心の奥から響いてくる。
涯が口に出した言葉は零自身でさえ気付かない、零の暗部の感情であった。
人は死体を触れたくない忌み物として見てしまう傾向がある。
それを生み出す殺人ともなれば、尚更である。
零の質問は、そんな不浄を嫌う潔癖的な部分が現れてしまった結果だった。
涯は更に言葉を続ける。
「・・・誰しも汚いものには触れたくはない・・・!
だから、知りたかった・・・思った通りの結果が出て満足だったか・・・零・・・!」
「分かってくれ・・・!オレは・・・涯をそんな目で・・・!」
「黙れ・・・!零っ・・・!」
「が・・・涯・・・」




その頃、赤松は涯を追いかけてひたすら走っていた。
周囲は森の中ということもあり、木々はざわめき、光は月明かりが木漏れ日のごとく、木々の間から洩れてくるものが頼りである。
赤松は幅の広い直線の道を駆けていた。
途中、分岐点がいくつかあったが、赤松はそちらへ曲がることはなかった。
精神的に混乱しているであろう人間が、わざわざ曲がるという選択をするだろうかという計算もあったが、実際は直感以外の何ものでもなかった。
その時だった。

「黙れ・・・零っ・・・!」

「えっ・・・零・・・?」
赤松は声の方に顔を向ける。
赤松の視界に二人の少年が入った。
一人の少年ははじめて見るが、もう一人は、あの逃げ出した少年である。
赤松の脳裏に、赤松の元から逃げ出した時の涯の後姿が蘇る。
どちらの少年が零であるか、どうして、少年達がここで一緒にいるかは分からない。
しかし、今できることは一つである。

――ここで、また、見失うわけにはいかない・・・!
生前、標がこのゲームで見たことを書きとめていたメモ帳が入っている左胸のポケットをぎゅっと握ると、喚声のごとき声をあげた。
「ぜ、零君!聞いてくれ!私は・・・標君と共に行動していた・・・!」


「えっ・・・標・・・!」
零と涯は重い沈黙を破るその声の方向へ顔を向ける。
涯は自分達の方へ向かってくる男の姿を見て、戦慄を覚える。
「あいつは・・・オレの首を絞めて殺そうとした男・・・!」
「えっ・・・」
零はその言葉で戸惑いを覚える。
――ここは逃げるべきかもしれない・・・しかし・・・

涯は零の腕を引っ張る。
「逃げるぞ・・・!零・・・!」
「待ってくれ・・・!」
涯は呆然と立ち尽くすも、苛立ちを込めた瞳で零を睨みつける。
「ふざけるな・・・!あいつは・・・!」
「あの人は、オレのことを知っている・・・!標のことも・・・!」
零にとって、走ってくる男は初見である。
しかし、自分のことや標のことを知っているということは、おそらく、標が自分からその情報を話したであろう。
標は自分以上に頭が働く少年である。
信用できない相手には、必要以上の情報は話さないはずである。
その少年が心を許した男なら・・・もしかして・・・。
「多分・・・悪い人じゃない・・・!」
「えっ・・・!」





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