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希望への標(後編) ◆uBMOCQkEHY氏


「いい風だ・・・」
風が赤松と涯の頬を撫でる。
雲に隠れていた月が顔を覗かせ、周囲を再び照らし出していた。

涯も赤松も負傷していた。
ここで長居をするつもりもなかったが、看護師である沙織のアドバイスに従って、腰を降ろし、英気を養っていた。

「涯君・・・さっきは・・・首を絞めてしまって悪かった・・・」
「勘違いなんだろ・・・」
赤松は申し訳なさそうに俯く。
「ああ・・・」
涯はそんな赤松の様子を一瞥することなく、遠くを見つめ続けている。
「状況が状況だ・・・別に恨んではいない・・・
それに今のオレたちは利害が一致している・・・
そんな感情的な問題は関係を無駄にこじらせるだけだ・・・」
「そうか・・・」

無言と木々の擦れ合う音がその場を支配する。
涯は赤松に対して神経を尖らせるような対応を繰り返していた。
しかし、同時に言わなければならない言葉が存在しているのも知っていた。
今、それを言うべきではないのか。
涯は息を押し出した。
「赤松・・・さっきは・・・その・・・」
「あれは・・・」
しかし、赤松の視線は涯ではなく、こちらへ向かってくる人物に向けられていた。
「田中さん・・・」

沙織は気がつくと、赤松たちの元へ戻っていた。
どうやって戻ってきたのかは覚えてはいない。
沙織の瞳はどこを向いているのか分からない虚ろなものであった。

「どうしたのですか?」
赤松は立ち上がる。
その時、沙織の右手にあるボウガンが動いた。
赤松に言い知れない予感が走る。
「まさか・・・」

ブシュッ!
「うぐぁっ!」
声と音はほぼ同時だった。

腹部に弾けたような衝撃が流れる。
ボウガンの矢が命中したのだ。
赤松はその場に膝をつく。
「赤松っ!」
「動かないでぇ・・・!」
沙織は声をしゃくらせながら新しい矢を準備する。

赤松は沙織を見上げる。
「田中・・・さん・・・どうして・・・」
沙織の腕はがくがくと震え、瞳から涙が止めどなく流れている。
「言われたの・・・ギャンブルルームで・・・
棄権はD-4のホテルで申告しろって・・・
でも、そこは禁止エリア・・・
主催者は・・・優勝以外助ける道を用意していないの・・・
誰かを殺さなくちゃ・・・武器を手に入れなくちゃ・・・」
「希望はあるっ!」
赤松は涯を守るように立ち上がる。
「私は標君から“ゲームの鍵”を託されている・・・」

血溜りの中で横たわる標の記憶が蘇る。
心臓がトクンと脈を打つ。
赤松は心臓付近に手を触れる。
そこには標のメモ帳が存在していた。
「この島では、何度も希望が失われ、絶望の淵に立たされる・・・
しかし、失われたのは希望ではないっ・・・!
希望に対して抱いていた期待だっ・・・!」

赤松の表情が澄んだものに変わっていく。
「それにね・・・田中さん・・・信じられないかもしれないが・・・
涯君は流星のような拳を持っている・・・
彼の力はこのゲームを覆すことが出来るものかもしれないんだっ・・・!」

「赤松・・・」
涯は痛心という言葉をそのまま表したかのような表情で赤松を見つめる。
――どうしてアンタはオレに可能性を見出そうとする・・・。

「希望なんて・・・ない・・・!」
ボウガンから光が飛んだ。
止める間もなかった。
ビシュッ!という音と宙に舞う血痕が赤松の視界に飛び込む。
血が矢をつたい、地面にポトリ・・・ポトリ・・・と滴り落ちた。
矢の先端は赤松の顔の手前で止まっていた。

――何が起こった・・・!
赤松は、まるで時が止まったかのような感覚に陥る。
しかし、それは間違いであるとすぐに理解する。
赤松の背後から腕が伸び、矢を掴んでいるのだ。
この腕の正体は分かっていた。
「涯君・・・」

「田中沙織・・・優勝以外生きる道はないと・・・誰が決めた・・・」
涯は赤松を守るように一歩前へ出る。
手に握っていた矢を投げ捨てた。
沙織は涯の気迫から逃れるように一歩後ろへ下がる。
下がりながらも、涯を牽制するように新しい矢を装填する。

「それは生かされているだけだ・・・家畜と変わらない・・・」
涯は沙織に向かって拳を構えた。
「“人間として生きる”手段が見えている男がいるんだ・・・
可能性があるなら・・・“希望への標”があるなら・・・
オレもそれを追う・・・人間としてっ・・・!」

「ないものは・・・ないのよっ!」
沙織は再び、ボウガンの引き金を引いた。
カクッ!
矢が放つ音どころか、引き金の乾いた音すら聞こえない。
――どうして・・・!
その時、沙織の意識が一瞬切れた。
コンマ何秒の空白の時。
再び、意識が回復した時、目の前に涯がいた。
涯は沙織が引き金を引くよりも早くボウガンを掴み、矢の発射を防いでいたのである。
「二度と同じ手は通用しないっ!」

涯の拳が沙織の腹部を貫いた。
呼吸が止まるほどの激痛と共に、意識が白くなっていく。
「くっ・・・」
沙織はうめき声をあげ、その場に倒れた。

「涯君・・・怪我は・・・?」
赤松は近くの木に寄りかかる。
涯は自身の右手を見つめた。
「矢を掴んだ時に、擦れて少し血が出た・・・
それより、自分の心配をしてくれ・・・」
赤松は微笑する。
「私は平気だよ・・・」
「だが・・・」

「う・・・」
呻くような声は二人の会話を中断させた。
涯と赤松は声の方へ目をやる。

沙織はうつぶせに倒れていた。
しかし、その手は何かを探すように左右に動いている。
意識が回復しかけているのだ。

――くっ・・・こんな時に・・・!
大の大人であっても、涯の拳を食らえば、たちまち意識など吹っ飛んでしまう。
しかし、今回は利き腕が負傷していたこと、女性へ攻撃することへの戸惑いから、
力が無意識の内に抑えられていた。
何より、沙織の生への執着が、異常に早い回復をもたらしてしまっていた。
――きっと、この女は・・・考え方を改めようとはしない・・・!
涯は沙織のディバックに手を触れる。
――ならば・・・せめて武器を・・・。
「待ってくれっ!」
赤松は腹部を押さえながら涯に近づく。
「涯君・・・ここは逃げよう・・・!」
「赤松・・・」
「これからも彼女はここで戦い続ける・・・
今後も武器が必要となるはず・・・
今、私達ができることは目の前から消えることぐらい・・・それに・・・」
赤松は立ち眩み、涯に寄りかかるように倒れた。
「赤松っ!」
赤松はうわ言のように呟く。
「彼女の心の慟哭を聞いてしまった・・・
彼女に死んで欲しくないと望んでいる・・・自分がいるんだ・・・」
涯は肩に力を込める。
「分かった・・・」



「くふぅ・・・」
沙織は腹部を押さえながら、立ち上がった。
すでに周囲には涯と赤松の姿はなかった。
「逃げた・・・」
使用可能な矢は残り6本。
このボウガンだけで生き延びられるとは到底思えない。
「どうして・・・私ばかり・・・」
こんなことをしたくはないのにと、沙織は顔を手で覆い、己の不幸を嘆く。
その時、道に点々と滴っている血痕を発見した。
それは道に沿って続いている。

――赤松さんの血・・・。
本音を言えば、二人には生きていてもらいたい。
けれど、沙織が島を脱出するには優勝する以外に方法はなかった。
二人とも手負いの状態であり、仕留めるには絶好のチャンスである。
――やりたくない・・・やりたくない・・・けど・・・
沙織は顔を上げた。

「武器を・・・手に入れなくちゃ・・・」





涯は赤松を支えながら、一歩一歩踏みしめるような足取りで前へ進んでいた。
周囲は林から森へと、その風景を変化させていた。
月明かりがますます遮られていく。
わずかに差し込む光と足の感覚が頼りだった。

赤松の腕が少しずつだが、重たくなっていく。
――このままじゃ・・・あの女に追いつかれる・・・!
涯がそう考えたその時だった。
「・・・私を置いて・・・逃げてくれ・・・」
赤松はまるで、涯の気持ちを察したかのように呟く。
涯はわなわなと怒りに唇を振るわせる。
「ふざけるなっ!オレを零の元へ連れて行くんだろっ・・・!」
涯は歯噛みする。
目の前の人間すら救うことができない。
己の無力さが腹立たしかった。

逆境下で活路を見出すには、己の力に頼るほかない。
奇跡に縋るのは、愚か者の考えである。
しかし、それでも涯は祈らずにはいられなかった。

――誰か・・・!赤松を・・・救ってくれっ!



「涯っ!」
聞き覚えのある声に涯はハッと顔を上げる。
薄暗いカーテンを何重にも重ねたような闇の中から二人の人物がこちらへ走ってくる。
涯はその人物を知っていた。
「零っ!」
零は急いで二人の元に駆け寄る。
「どうしたんだ・・・一体!」
「赤松が・・・襲われた・・・」
涯がここまで言いかけた時、零と共に現れた男――沢田の顔が不快そうな歪みを見せる。
「おい・・・まさかアイツにか・・・」
涯は振り返る。
豆粒のように小さい人影が目にとまった。
目を凝らさなくては確認できないが、闇にうっすらと映える白いジャケットは、間違いなく沙織のものであった。
「あいつだ・・・あいつは銃とボウガンを持っている・・・」
零と沢田は青ざめる。
二人とも飛び道具になる武器を所持していない。
長距離から襲われたら防ぐ手立てが存在しないのである。
「ちっ・・・」
沢田は涯の代わりに赤松を担ぐ。
「森の奥へ逃げるぞっ!!」
零と涯は頷くと、沢田の後に続き、脇の獣道のような茂みの中へ入っていった。

月明かりが洩れる森より茂みの闇にまぎれた方が逃げられるかもしれない。
沢田達はそう考えていた。
しかし、無造作に伸びた雑草が行く手を阻むように、沢田達の足に絡んでくる。
瀕死の男を一人抱えて、歩行するにはあまりにも不適格な場所だった。

――この選択は間違っていたか・・・。
沢田の心に焦りが起こり始めたその時だった。

視線の先に開けた空間が見えてきた。
「出口だ・・・!」
零と涯に安堵の表情が浮かぶ。
足に自然と力が入る。
――民家を探し、体勢を立て直そう。
そこまで考えていた。
しかし、希望はいとも簡単に絶望に変わる。


森を抜けた時、四人は足を止めた。
四人の心に“ざわ・・・ざわ・・・”と耳鳴りのような緊張が走る。
「嘘だろ・・・」
そこには先へ進む道が存在していなかった。
目の前にあったもの、それは・・・
「崖か・・・」

10メートルほどの高さの、無骨な岩が露出する崖である。
この崖はE-3からD-3にかけて道に沿うように走っており、
零と涯が出会った急斜面も今の地点から続いている場所であった。
四人はその崖の岩肌を見下ろすように立ち尽くしている。

「どうする・・・」
沢田は来た道を振り返る。
同じ道を戻れば、沙織と鉢合わせする可能性が高い。
かと言って、他のルートを探そうと、闇雲に茂みの中を進むこともできない。
零のように足を滑らせるかもしれないからだ。

「助かる方法は・・・あります・・・」
その時、それまで意識が朦朧としていた赤松が沢田の肩から離れ、直立した。
「涯君・・・これを・・・」
赤松はディバックから手榴弾を一つ取り出すと、涯にそのディバックを手渡した。
ディバックを受け取った涯の表情が見る見る青ざめていく。
――まさか・・・もう必要ないと・・・。

「皆さん・・・」
赤松はその場にいた全員の顔を見渡した。
その瞳にはかつて涯を追いかけることを決心した時と同じ光が宿っていた。
「この崖の岩を足場にして、ロッククライミングの要領で降りてください・・・
田中さんは・・・私が引き止めます・・・」

「やめろっ!他にも方法があるはずだっ!」
涯は痛みを発するように叫ぶ。
赤松は一笑で応えると、左胸のポケットからメモ帳を取り出し、零に差し出す。
「零君・・・これは標君が今まで見てきたことをまとめたもの・・・
君に持っていて欲しい・・・標君の希望だった君に・・・!」

「赤松さん・・・!」
零は唇をかみ締める。
「まだ・・・受け取れないっ!」

零はその場にしゃがみ込むと、突然草をむしり始めた。
――気が狂ったのか。
その場にいた全員が凍りつく。
「おい・・・何をやって・・・」

零は決意を秘めた瞳を全員に向ける。
「聞いて欲しいんだ・・・!これからの策を・・・!」
零は手短に戦術を話した。
全員がその戦術に絶句する。
初めに反論したのは赤松だった。
「失敗したら、全員死ぬことになる・・・!
私一人がここにいれば、皆、逃げることができるんだっ!」

しかし、零は聞く耳を貸すことなく、草をむしり続けていく。
「零・・・」
涯もその場でしゃがみ込むと、同じように草をむしり始めた。
「赤松・・・」
涯は赤松に背を向けながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「これは成功する・・・!歴史が証明しているっ・・・!それに・・・」
涯はふっと口元を上へあげる。
「オレは零を信じたいんだっ・・・」
「涯っ・・・!」
零は動きを止め、涯を見つめる。
その表情は今にも泣き出しそうなものであった。

「しかし・・・涯君・・・」
「がたがた言ってんじゃねえよっ!」
赤松はびくっと声の方を振り返る。
沢田が仁王立ちで睨みつけていた。
沢田は夜叉のような形相で赤松の腕に掴みかかる。
「この二人はお前を守りたいんだよっ!
お前を守らなくちゃ・・・こいつらは前に進めねぇんだよ!」

「涯君・・・零君・・・」
赤松は沢田の言葉をかみ締めるように目を瞑った。
体から熱い感情がこみ上げてくる。
それは零と涯に応えたいという気持ちだった。
――この感情に・・・従いたい・・・。

「分かりました・・・」

沢田は頷くと、零に自分のディバックを突き出した。
「策にはそれが必要だろ・・・」
零は無言で受け取る。
「おい、お前ら・・・!」
沢田は赤松に肩を貸しながら、歩き出す。
「そのディバック・・・後でオレ達に返せよ・・・!」





沙織は赤松の血痕と掻き分けられた雑草を頼りに、森の中を進んでいた。
遠目で確認したため、どのような人物かは判別できなったが、
赤松と涯は誰かと合流したようである。

茂みが深くなるにつれて、“もう諦めよう”という声が沙織の中で大きく響く。
しかし、同時にある言葉が、その警告を妨げていた。

――武器を持っている可能性があるっ・・・!
リスクが大きいが、チャンスでもある。
ここで武器を得ることができれば、それだけ生き残る可能性が高くなる。
沙織は慎重に周囲を見渡しながら、前へ歩んでいった。

やがて、視線の先に開けた空間が見えてきた。
「出口・・・!」
沙織はボウガンを構えた。
こちらが余裕を見せたところで襲ってくる可能性もある。
沙織は身を屈め、じりじりと前進する。
森の出口へ到着した。
そこで、沢田達と同じように沙織も足を止めた。
勿論、そこから先に道がなかったということもあるが、
一番の理由は、崖の手前にある異様な物が目に入ったからであった。

「何・・・これ・・・」
草が台座のようにこんもりと積まれており、その上に持っていってくれと言わんばかりに、
手榴弾やナイフや警棒が川の字に並んでいる。

これらは沙織からすれば、喉から手が出るほど欲しがっているものである。
しかし・・・
「怪しすぎる・・・」
それが沙織の直感だった。
涯も赤松も沙織が武器を欲しがっていることを知っていた。
しかし、いくら赤松がお人よしだからと言っても、わざわざ置いていくことはない。

それに、雑草の盛り上がり方も異常だった。
武器を置くのに、草を敷き詰める理由は皆無である。
しかも、その草は明らかに故意にむしられている。
ここから導かれる結論は一つである。
「これは・・・罠っ・・・!」

涯と赤松が何者かと合流したビジョンが蘇る。
きっと、この罠はあの二人が仕掛けたものだろう。

――けど・・・これさえあれば・・・私は・・・!

沙織はその武器に手を伸ばそうとする。
しかし、どうしても次の一歩が踏み出せない。
沙織の心の中では、勇気を持って武器を手に取れと奮起させる言葉と、
危険すぎる橋は渡るなという警告が葛藤していた。

沙織は周囲を見渡す。
木々の擦れ合う音が反響のように耳に飛び込む。
沙織の心に様々な疑念が沸き起こった。

――彼らが私の隙を伺って武器を向けていたら・・・
  この武器の下に、トラバサミのような罠があったら・・・

その時、沙織の体と心の熱を奪っていくように、風がすり抜けていく。
沙織は手を引っ込めた。

――今は助かることが先決っ・・・。

沙織は踵を返すと、元来た道へ走っていった。




「おい・・・行ったか・・・」
「行ったようですね・・・」

涯たちは沙織が立ち去るまでの間、出っ張る岩を足場にし、へばりつくように崖の斜面に身を潜めていた。
沙織が立ち去ったことを確認すると、四人は崖をよじ登る。
涯は武器を回収しながら、零に尋ねる。
「零・・・これ・・・“空城の計”だろ・・・」

“空城の計”とは、三国志演義で、蜀の諸葛亮が用いた策である。
野戦で敵国である魏に敗れ、城内に逃げ込んだ際、城門を開け放ち、追ってくる敵軍を待ち伏せた。
結果、敵軍は城内に何か奇策があるのではないかと恐れ、撤退した。
あえて、敵に隙を見せることで、敵の疑心を煽る戦術である。

零は目を輝かせる。
「涯・・・三国志知っているのかっ!」
涯の頬に赤みが浮かぶ。
「オレ・・・好きなんだ・・・」
二人は顔を見合わせると、“クク・・・”と照れたように笑い出した。

そんな二人の様子を赤松は穏やかな眼差しで見つめていた。
「赤松・・・さっきは怒鳴っちまって悪かったな・・・」
「沢田さん・・・」
沢田が赤松の横に座り込む。
赤松と同じように沢田も二人の様子を眺める。
「あれがあの二人の本来の顔なんだろうな・・・」
沢田はそこで言葉を切り、赤松を正視する。
「零から話は聞いたが・・・初めて涯と会った時、
標という少年を殺したと勘違いして首を絞めたそうだな・・・
お前の手から逃れた涯を・・・なぜ、追い続けた・・・?」
赤松は口に手を当てる。
「謝罪したかったということもありますが、
何より標君がそれを望んでいたから・・・という所でしょうか・・・」
「望んでいた・・・?」
沢田は首をかしげる。
「だが、死んだ人間が頼みごとをするなんて・・・」
“確かに不可能なんですよ”と、赤松はその事実を否定せず、理由を説明する。
「標君を失った時、私は絶望に苛まれていました・・・
全てを投げ出してしまいと願う程に・・・
そんな私を見るに見かねたんでしょうね・・・」
赤松は恥ずかしそうに苦笑いを見せる。
「標君の声が聞こえたような気がしたんです・・・
“涯君を追いかけてくれ・・・”と・・・」

あの時の標の温かい指のぬくもりが蘇る。
「私はその声で、自分のやるべきことを見出しました・・・
後は沢田さんもご存知の通り、涯君を追い、零君と出会った・・・」

赤松は標のメモ帳が入っている胸のポケットに手を当てた。
「私は標君から生前、もし、自分の身に何かあったときは、
零君に自分が見てきたことを伝えてくれと言われていました・・・
もしかしたら、標君は知っていたのかもしれません・・・
涯君が零君と出会うことを・・・」
“・・・と勝手に解釈しているんです・・・” と赤松は照れを隠すように頭をかく。

「“侠”だな・・・」
沢田は含みを持った笑みを浮かべる。
「アンタとは、もっと早くから組みたかったぜ・・・」
赤松もクスッと笑い返す。
「私も・・・ですよ・・・」

その時、沢田はあることに気づいた。
赤松の表情は涼しげなものであるが、その呼吸は異様に不規則なことを・・・。
油がまじったような汗が流れていることを・・・。
「赤松・・・傷を見せろ・・・」
沢田は赤松の服を捲り上げ、腹部をまじまじと見つめる。
「こいつは・・・」
沢田の表情が曇る。
赤松のわき腹にはボウガンの矢が深々と突き刺さっており、そこから血が大量に流れていた。

――まさか・・・今まで気力だけで保っていたというのか・・・。

「沢田さん・・・」
赤松の呼びかけに、沢田は反応する。
「ホテルでゲームの説明を受けた時、こんな予感があったんです・・・
“自分はおそらくここを生きては出られないだろう”と・・・」
「赤松・・・それは・・・」
沢田は心臓を針で突き刺されたような驚きを覚える。
その言葉は、沢田が自分自身に感じていた予感そのものだったからである。
赤松の口から静かに血が漏れ出した。
「涯君と零君を・・・頼みましたよ・・・」

赤松の上体がゆっくりと崩れていく。
沢田は赤松の体を抱きかかえた。
「赤松っ!」

零と涯も赤松の異変に気づき、駆け寄ってくる。
「零君・・・涯君・・・」
赤松は胸のポケットからメモ帳を取り出した。

「これは標君が見てきたことを綴っているメモだ・・・
標君は血溜りの中で横たわっていたが、このメモ帳には染み一つなかった・・・
私はそれに標君の意志を感じてならないんだ・・・」

赤松は濁った咳を発した。
――私に残されている時間はほとんどないな・・・。
赤松は自身の最後を悟った。

――妻よ・・・息子たちよ・・・
  社長・・・穴平の皆・・・黒沢さん・・・
  そして・・・標君・・・

赤松は零と涯に標のメモ帳を差し出した。
二人は黙ってそれを握る。

――これが私の最後の仕事だ・・・。

「生きてくれ・・・未来を刻むことができない標君の分まで・・・
希望は・・・未来は・・・君たちの手の中にっ・・・!」

赤松の手から力が抜けていく。

「赤松さんっ!」
「赤松っ!」

二人の啼泣が遠くに流されていく。
赤松は静かに目を閉じた。



【D-3/森/夜中】

【工藤涯】
 [状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷
 [道具]:鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 手榴弾×8 石原の首輪 支給品一式×3
 [所持金]:1000万円
 [思考]:零と共に対主催として戦う
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません。

【宇海零】
 [状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷
 [道具]:麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 不明支給品 0~1 支給品一式
 [所持金]:0円
 [思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D-1灯台のこと、利根川からカイジへの伝言を託ったことなど、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。

【沢田】
 [状態]:健康
 [道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
     高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
 [所持金]:2000万円
 [思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り 赤松の意志を受け継ぐ


【田中沙織】
 [状態]:精神疲労 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部に打撲
 [道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) サブマシンガンウージー(弾切れ) 防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1
 [所持金]:1億200万円
 [思考]:絶望 武器が欲しい 死にたくない 森田鉄雄を捜す 一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒 カイジから逃れる 涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。



【赤松修平 死亡】
【残り 26人】




087:関係 投下順 089:残光
085 :同士 時系列順 089:残光
085 :同士 工藤涯 098:追懐
074:心の居場所(前編)(後編) 宇海零 093:信頼
074:心の居場所(前編)(後編) 沢田 093:信頼
085:同士 田中沙織 098:追懐
085:同士 赤松修平 098:追懐




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