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主君の片翼 ◆uBMOCQkEHY氏


E-5ギャンブルルーム前。
月下に照らされ、浅く生えた雑草の上に一人の男の死体が横たわっている。
その肉体は上半身しか存在していない。
胴から下は、まるで豚のミンチをぶちまけたかのように、細かな肉片となって散乱している。
この男にとって、自分の死は突然のことであったのだろう。
まるで自分が死んでいることに気づかず、
これから何かを語ろうとしているかのように、口が半開きになっていた。
そして、その頭部は胴体から離れていた。


その男を見下ろす男がいた。
額と手に爛れたやけどの跡が残る男――利根川幸雄は死体の前にしゃがみ込んだ。
利根川は死体の首と胴の切り口をそれぞれ見比べた。
爆発によって吹き飛んだ胴は焼け焦げ、そこから流れる血はすでに乾いていた。
時間がかなり経過しているようである。
その死体のすぐ近くには、強い力でこじ開けられたかのように破損した、
手に収まるくらいの円盤状の物体が転がっていた。

――形状からして地雷か・・・それを踏んで下半身が吹き飛んだ・・・しかし・・・

利根川は足元の雑草の中に隠れていたチップを拾い上げた。

――支給品は奪われていない・・・。

ほかの支給品も爆発で遠くへ吹っ飛ばされ、散らばっている。
もし、この男が死んだ時、仕掛けた者が近くにいたのであれば、支給品を拾っていくはずである。

――近くにいられる状態でなかったか、その必要がなかったのか・・・。
   どちらにしろ、これを仕掛けた者は優勝狙いの輩か・・・。

それ以上に、利根川には気がかりなことがあった。
乾いている胴体に対して、首の断面は水道の蛇口を閉めたばかりのホースのように血が漏れ、
首輪が持ち去られているのである。

――胴体と首の犯行にはかなりの時間差が生じている・・・。
   同一人物であれば、2度も同じ場所に来ていながら、
   支給品を回収せず、首輪のみを持ち去ることは不自然・・・
   故に、首切断は地雷を仕掛けた人物とは別人の可能性が高い・・・
   そして、その人物が首輪を持ち去った理由はただ一つ・・・
   首輪解体かっ・・・!

首輪を持ち去った人物は、おそらく対主催もしくは脱出派のスタンスをとる者だろう。

――今後のために、どんな人物の犯行か知る必要があるな・・・しかし、今は・・・

利根川は立ち上がると、周囲を物色し始めた。
死体の男――神威勝広の支給品を回収するためである。
探し始めて5分程、チップが13枚、ノミ、スコップ、箕が発見された。

利根川は退屈そうなため息をつく。
――所詮・・・ガラクタかっ・・・

チップとノミはともかく、スコップと箕は爆発の衝撃からか、
ひしゃげてしまい、使い物にならない状態となっていた。
仮に傷一つない状態だとしても、嵩張る割に用途が限られた支給品など荷物になるだけである。

――最も使えそうなものはチップか・・・だが、拾ったところで・・・

和也、一条と同じように、利根川もまた、帝愛で揉まれてきた人間である。
棄権申請のD-4エリアが禁止エリアに指定された時、棄権の道が閉ざされたことに勘付いた。
初めこそは、棄権費用の一億円を集めて、和也を脱出させることを考えていたが、
棄権不可、優勝以外助かる道がないと分かった今、和也を助ける理由も存在しなくなった。
利根川の目的は和也を優勝させることより、
カイジをギャンブルで倒し、自身が優勝することに重きを置き始めていた。

――そうだとしても、チップは駆け引きの手段として、まだ有効っ・・・!
   ギャンブルルームの利用としても・・・。


利根川はノミとチップをディバックの中にしまうと、
死体の前に建っているギャンブルルームの扉を開けた。

中から一人の黒服が現れる。
「何か用・・・」
黒服は利根川の顔を見るなり、蛇に睨まれた如く表情を青ざめる。
辛うじて動く半開きの口で言葉を漏らす。
「と・・・利・・・根川様っ・・・!」

利根川はその黒服の反応を見るや、眉を吊り上げた。
「仰々しく“様”などつけるなっ・・・!
オレは、今、このゲームでは参加者の一人でしかないのだっ・・・!
黒服ならどんな参加者に対しても公平に扱わぬかっ!」

黒服は“申し訳ございませんっ!利根川様っ!”とひたすら頭を下げる。

利根川は“こいつに何を言っても無駄か・・・”と
言わんばかりに呆れたようなため息を漏らした。
とりあえず、この件は置いておくことに決めた。
「もうよい・・・それ以上頭を下げるな・・・・・・村上・・・」

黒服――村上は怯えるように、“はい・・・”と力ない返事をすると
サングラスを外し、利根川を上目遣いで見つめた。
村上は帝愛の資金源の一つ“裏カジノ”で、一条の右腕として働いていた男である。
利根川も以前、この裏カジノを利用していた経験があったため、村上の存在を覚えていたのだ。

「・・・裏カジノの時は世話になったな・・・」
「い・・・いえ・・・あれは店長が・・・」
ここまで話した所で、村上は思わず口元を手で押さえ、“一条が・・・”と言い直す。
カイジとの勝負で敗北し、地下王国に落ちた時点で、
一条は裏カジノのオーナーではなく、罪人でしかない。
そうとは分かってはいるが、
一度、身に染みてしまった畏敬の念をそう簡単に拭い去ることはできない。
村上はそれを改めて悟り、思わず苦笑してしまった。

――話の節目で言葉を遮る奴だっ・・・!

利根川は村上にじれったさを感じた。
しかし、ほしい情報は村上が握っている。
下手に怒鳴りつけて、事を荒立たせるよりは、
用だけを済ませて、早々に立ち去った方が建設的である。
利根川は苛立ちの表情を抑え、村上を直視する。
「担当直入に問う・・・表で何があった・・・?」
村上は“あの・・・”と返答の言葉を濁し、しばし逡巡する。

利根川は村上の反応に勘付くものがあったのか、ギャンブルルームの内部を見渡した。
床には赤い絨毯が敷かれ、天井には目を刺激させない柔らかい色合いの照明が照らされている。
壁は白を基調とし、ギャンブルに差しさわりがない程度の絵画が数点展示されている。
簡素ながらも品のある雰囲気を維持するためであろう。
窓は入り口付近にある、開閉式の小さな小窓のみで、その視界はあまり広くない。
また、防音設計らしく、風で木々が揺れる音――外部の音はまったく入ってこない。
つまり、ギャンブルルームは外部から完全に遮断されるように設計されていた。
参加者に誰が利用しているのか知られないようにするためであろうが、
それは同時に黒服への情報の遮断にも繋がっていた。

利根川は村上に尋ねる。
「もしや、ゲームが終了するまでの間、表へ出ることを許されていないのか・・・?」
村上は無言で頷く。

――黒服に対しても、最低限の情報しか与えない・・・
  当然と言えば、当然のことか・・・。

利根川は一言、付け足す。

「知りえる情報は限られているようだな・・・お前の分かる範囲で構わぬ・・・」


「実は・・・私の趣味なのですが・・・」
村上は小さなマッチ箱くらいの機械とそれに繋がったイヤホンを差し出した。
「ギャンブルルームの備品の盗聴器です・・・
このマイクを勝手に扉の下の隙間に仕掛けていたんです・・・
なので、外で何があったかは把握しております・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
村上のニュアンスに、利根川は訝しげに目を細める。
村上は気まずそうに俯く。

「黒服は参加者に情報を尋ねられた場合、
チップを受け取れば話すことが可能という規定はあるのです。
けれど、これまでここを利用した参加者がどんなギャンブルを行っていたのかなど、
ギャンブルルーム内の情報を他の参加者に話してはいけないということになっております・・・
つまり、お話できるのは、事前に決定しているルールなどに限られるんです・・・」

利根川は“ほう・・・”と呟きながら、口角を吊り上げる。
「村上・・・その黒服の規定の中に
“ギャンブルルームの外で起こった情報を話してはいけない”という事項は
盛り込まれているのか・・・」
村上は弱々しい声で“いいえ・・・”と首を横に振る。
「確かに、違反事項には盛り込まれておりません・・・
しかし、私が勝手に行った行動・・・なので・・・その・・・」

「しかし・・・黒服は“外部”を盗聴してはならないという規定もないのだろう?」
村上の話を全て聞く前に、壁に掲げられている絵画に足を止めると、それを裏返しにした。
「利根川様・・・何を・・・」
村上は言葉を失った。
利根川が持っていたものは、盗聴器のマイクであった。
村上の顔はみるみる蒼白する。
「まさか・・・それは本部が仕掛けていた物・・・」

利根川は室内を一周する。
「ギャンブルの内容を確認したければ、まずはカメラを天井に・・・
参加者の表情が見るために左右の壁にも・・・
それから、マイクがテーブルの下に・・・」
村上が愕然としている間に、利根川は本部が仕掛けた、
部屋中の盗聴器と監視カメラを全て見つけ出した。

「つまり・・・お前の行動は筒抜けということだ・・・村上・・・」
利根川は初めに見つけた盗聴器のマイクを村上に手渡す。
「ここまで監視されていながら、主催側からのお咎めはなしっ・・・
つまり、お前の行動は許容範囲ということだっ・・・!」

村上は納得がいかないという表情を浮かべる。
「しかし、それは屁理屈・・・」
「村上・・・」
利根川は近くにあった椅子に座り、テーブルの上で手を組んだ。
威圧的なその雰囲気は、かつての帝愛ナンバー2の威厳を放っていた。
「確かにルールで禁止されていることを行えば、それは違反・・・
罰せられて当然・・・自業自得だ・・・
しかし、裏返せば、ルールで禁止されていないことは何を行っても可能・・・
今回、“ギャンブルルームの外で起こったことは話してはならない”という規定がなかったのは・・・」

利根川は壁を軽く叩く。
音は反響することなく、壁に吸い込まれていった。
「防音壁に、視野の狭い窓・・・
主催者は外部から完全に隔離された構造によほど自信を持っていたのだろう・・・
その傲慢さが“ギャンブルルームの外で起こったことは話してはならない”という規定の失念、
お前のイレギュラーな行動の黙認へと繋がってしまった・・・
ルールの裏をかくということはそういうことだ・・・
カイジのようにな・・・」

かつて利根川はカイジとのEカード勝負の際、耳を賭けることを条件にゲームを開始。
カイジの耳にはそれを果たすための専用の器具が取り付けられていた。
ルールには器具を取り外してはいけないという条件はなかった。
器具は一度、取り付けると外れなくなるシステムのため、ルールに盛り込む必要がなかったのだ。
しかし、カイジはその裏をかき、耳を切断し、器具を外してしまうという暴挙に出たのだ。
それ以後、ゲームの流れはカイジに傾き、結果、利根川は幹部の地位を剥奪された。

「カイジ・・・」
村上もまた、カイジにゲームの裏をかかれた者の一人である。
カイジが裏カジノの『沼』において、ゲージ棒の細工、ビルを傾けるなどの
ルールに記載されていない暴挙を行わなければ、
今頃、一条は帝愛の幹部入りを果たしていたはずだった。

村上の心にヘドロにも似た怨嗟が溢れ、それが激流のように体内を駆け巡る。

――カイジ・・・お前さえいなければっ・・・!

村上の心は、主催者からの指示を淡々とこなす黒服ではなく、一条の部下へ戻っていた。
村上は、自信に満ちた笑みを浮かべる利根川を見据える。

――利根川様の言う通り、
   規定には“ギャンブルルームの外で起こったことを話してはならない”
   という事項は存在しない・・・
   ならば、オレがするべきことは・・・決まっているっ!

「利根川様・・・表で起こったこと、私の分かる範囲でよろしければ全てお話いたします・・・」

利根川はうねりのような予感を感じた。
――流れがきているっ!

村上は決意に満ちた眼差しを利根川に向けた。
「意外に思われるかもしれませんが・・・あの死体が踏んだ地雷を仕掛けたのも、
その後、首を切断したのも、全て兵藤和也様によるものでございます・・・」
「何っ・・・和也様がっ・・・!」
利根川は目を見開いた。

村上は事の経緯を説明し始めた。


ゲームが始まってから1時間が経過した頃、和也がここを訪れ、
ギャンブルルーム前に地雷を仕掛けて待ち伏せた。
その後、全身血まみれの男と髪を染めている少女の二人組が
このギャンブルルームを通りかかり、男の方が地雷を踏んでしまった。
少女はそこで逃げるかと思いきや、和也を発見し、襲い掛かった。
窓の視界から外れてしまったため、どのような戦闘があったかまでは分からなかったが、
軍配は和也の方に上がったらしく、少女は逃げた。
和也もここに長居しては危険と感じたらしく、早々に立ち去っていった。

和也の登場はこれが終わりかと思われた。
しかし、周囲が暗くなった頃、事態は再び動き出した。
このギャンブルルール前で一人の老人が死体に興味を示したらしく、
入念に死体を観察し始めた。

「老人・・・」
利根川の呟きに、村上はハッとあることを思い出した。
「あの・・・確か・・・老人の名前は・・・鷲巣巌と・・・」
「わ・・・鷲巣巌だとっ・・・!」

利根川に電流が走る。
鷲巣巌と言えば、戦後、経営コンサルタント「共生」を立ち上げ、
裏の経済に君臨した男である。

――そんな男までもが、このゲームに参加しているというのかっ・・・!

「あ・・・あの・・・」
村上が申し訳なさそうに声をかける。
自分の説明は思索にふける利根川を邪魔するものではないかと罪悪感を覚えたからである。
その声で利根川は我に返り、“構わん、話せ・・・”と促した。
村上は安堵の表情を浮かべ、続きを話し始める。


その時、どこで手に入れたのか、チェーンソーを担いだ和也が鷲巣の前に姿を現した。
鷲巣は首輪を求めているらしく、
その要求に応えるように和也はチェーンソーで死体の首を切断した。
しかし、和也はその首輪を鷲巣に渡すどころか、鷲巣の首を狙い、襲い掛かった。
ここで鷲巣の命運尽きると思いきや、幸運にもその場で拳銃を拾い、和也に銃口を向けた。
これでは鷲巣殺害は無理と判断したのか、和也は鷲巣を説得、
お互いに牽制しあいながら、この場を離れたのである。


「そういうことか・・・」
利根川はあごに手を当て、うむと頷く。

なぜ、鷲巣は首輪を欲していたのか。
なぜ、和也は再び、この場所へ戻ってきたのか。
なぜ、鷲巣を襲おうとしたのか。

一通りの流れを理解したが、情報が断片的であるため、
和也や鷲巣の意図がまだ、判断できない。

「和也様も鷲巣も、ここへ現れた目的は一体・・・」
その時だった。
“少しよろしいでしょうか”と村上が利根川に頭を下げた。
「鷲巣巌と和也様の会話で知りえたことで、
ぜひ、お耳に入れていただきたいことがございます・・・」

村上は四つの情報を切り出した。
一つ目は、和也は部下を欲しており、鷲巣を誘ったが断られたこと。
二つ目は、鷲巣もだが、和也も首輪を欲していたこと。
三つ目は、鷲巣はアカギという参加者に命令され、嫌々ながら首輪を回収しようとしていたこと。
そして、四つ目・・・

「このゲームの中で生まれたチームの中で、
和也様のチームのみがゲームで残った場合、その時点でゲームは終了。
チーム全員が脱出することができるという『特別ルール』が存在するそうでございます・・・」
「何っ!」

利根川は今まで、バトルロワイアルは人間の生死を賭けた、次世代のギャンブルと思っていた。
しかし、そのようなルールが敷かれていてはゲームとして公平さに欠けてしまう。
一度、決められたルールは覆さない男、兵藤が、息子に対してとはいえ、
一個人を贔屓するようなルール設定をするだろうか。

「なぜ・・・そんな変則ルールを・・・」
「和也様がおっしゃるには・・・このルールを設定したのは、在全と蔵前です・・・
その理由は帝愛の寿命を延ばすためだそうで・・・
それ故に、和也様は部下を求めながら、優勝を狙っておりますっ・・・!」

「在全と蔵前・・・」
利根川は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
利根川もこれまでの帝愛幹部を務めていた関係上、
在全と蔵前の人間性は理解していた。

在全も蔵前も、兵藤と同じように莫大な富を抱え、
常識から逸脱したギャンブルを楽しむ者であった。
しかし、彼らと兵藤とでは、大きく違う点がある。
兵藤はどんな状況であっても、常に公平なルールを貫くのに対して、
在全と蔵前は自分の立場が不利になると、ギャンブルに独自の変則ルールを作ったり、
相手に折り合いを頼むなど、しばしばルールを曲げる。
利根川から見れば、在全と蔵前は兵藤と比較することすらおこがましい小物であった。

しかし、彼らならば、息子の例外を兵藤和尊が反対したとしても、
己の利益のために『特別ルール』を作りかねない。
兵藤より若く、帝王としての経験が浅い和也を帝愛のトップに就かせ、
自分達の都合のよいように和也――帝愛を操縦する。
そのような計算が働いたルールなのだろう。

「だがな・・・」
利根川は“くく・・・”と肩を震わせると、
突如、天井を撃ちぬくような豪快な笑い声をあげた。

「と・・・利根川様・・・?」
村上は突然の利根川の奇行におろおろと戸惑う。

利根川が笑うのも無理はない。
利根川は第一放送が終了した時点で、棄権が不可能であることを悟り、
和也より自身の優勝を優先すべきではないかと考えあぐねていた。
しかし、和也のみが使用できる『特別ルール』によって、
今までの方針――和也を優勝させるという方針を貫いても問題ないことを理解した。
つまり、和也を優勝させることができれば、再び、帝愛幹部の座、
もしくは帝愛以外の組織での復帰も夢ではないのだ。
その点では、在全と蔵前に感謝しなくてはならない。


これで利根川の今後の方針は固まった。
一点目は和也とすぐにでも合流すること。
和也がここから去ってから一時間も経っていない。
ギャンブルルーム周辺を徹底的に捜せば、めぐり合える可能性が高い。

二点目は和也と同様、首輪を回収すること。
和也は優勝を狙っている。
首輪の回収は、優勝以外の考えを持つ者――脱出もしくは対主催の連中への妨害行為だろう。
万が一、首輪を分解され、その解除方法を解いてしまえば、
ゲームの土台が根本から崩れてしまう。
それはのちに和也が支配する帝愛という組織の沽券に関わる。
首輪の回収は帝愛を守ることへと繋がるのだ。

三点目はアカギを殺害し、鷲巣を仲間に迎えること。
鷲巣巌は先見の明によって、一時は日本の裏経済を牛耳った。
和也が鷲巣を仲間に引き入れようとしたのは、
鷲巣がこのゲームにおいて、何らかの力になると判断したためであろう。
利根川の記憶が正しければ、アカギ――赤木しげるは
裏の麻雀界では知らないものはいない、無双の雀士である。
しかし、所詮、職を持たないチンピラでしかない。
そんな男に、あの鷲巣巌が命令され、本人はそれを快く思ってはいない。
考えられるとすれば、ギャンブルで鷲巣がアカギに敗北し、
従わざるを得ない状況下にあるということである。
鷲巣が和也の誘いを断ったのも、アカギとの契約の中に、
“誰とも組むな”とでもという内容が含まれている可能性が高い。
ならば、アカギを殺害して、鷲巣の枷を取り外し、仲間へ引き入れるべきだろう。
和也の望むシナリオを事前に準備すること。
これもまた、帝愛への忠誠を示すための臣下の勤めである。

そして、四点目は・・・
ここで、利根川は考察と笑いを打ち切った。


“世話になったな・・・”と呟くと、椅子から立ち上がり、
村上に300万円分のチップを手渡す。

村上は目を白黒させて、利根川を見つめた。
「ギャンブルルームの利用料、情報料、合わせて200万円で十分でございますっ!
それ以上を受け取るわけには・・・」
村上は100万円でも多く、利根川に持っていてほしいと願っている。
しかし、利根川はその意図を察していながらも、心遣いは無用だと手をかざす。

「さっきも言ったはずだ・・・どんな参加者に対しても、公平であるべきだと・・・
ギャンブルルームの利用料はともかく、お前が私へ伝えた情報は、
規定のグレーゾーンを掻い潜って得たもの・・・
それだけの価値があると、私は考えている・・・!
それにな・・・」

利根川は村上に背を向け、歩き始めた。
「私は会長のようにあり続けたいのだ・・・公平な悪党にな・・・」
利根川の手がドアノブを掴もうとしたその時だった。

「と・・・利根川様っ!」
村上は利根川の行く手を阻むように前へ立つと、
ドアノブに伸びかけた手に100万円分のチップを握り締めさせる。
「公平な悪党であり続けたいのであれば・・・このチップは無用でございますっ!」

“村上っ!その手を離せっ!”と利根川が声を荒立たせるも、
それに逆らうように利根川の手をより強く握り締める。

「私が貴方様に情報を伝えたのは、チップを多くもらうためではありませんっ!」
「どういうことだ・・・?」
利根川は訝しげに尋ねるも、
村上はそれに応えることなく、耳を澄ますように利根川を見つめる。
村上の口から、盗聴器では聞き取れないほどに小さくも、はっきりした声が洩れた。

「オレは・・・片翼・・・」

利根川は村上の気迫に息を呑む。
「それは一じょ「私は公平で“あり続けなければならない”のですっ!」
利根川の言葉を遮り、村上が叫ぶ。

今まで利根川を敬い、謹んできた村上からは想像もできない意志の強さ。
利根川は村上の意図を察した。

――つまり、この100万円は依頼料というわけか・・・。

利根川はそのチップを受け取ると、ギャンブルルーム内を見渡す。
「このギャンブルルームは細かいところまで、清掃が行き届いているな・・・
それに、内装には品のよさを感じる・・・
もし、一条に出会ったら・・・ここを利用するように勧めよう・・・」
村上から強張ったものが消え、顔がみるみる綻んでいく。
村上はドアから離れると、無言で深々と頭を下げた。



利根川は外へ出た。
雪夜のように白い月光が辺りを淡く照らし、冷え冷えとした風が吹きぬける。
利根川は南を見つめた。
目線の先には病院が映っていた。

利根川の行動方針の四点目は病院へ向かうことであった。

本来ならば、平山を失った今、平山に協力していた井川ひろゆきと接触するため、
彼らの待ち合わせ場所であった、アトラクションゾーンへ向かうべきなのかもしれない。
しかし、発電所で接触した時の平山の話から察すると、
どうも、井川という男は平山の状況に同情して協力しているらしく、
利根川に対して好意を抱いてはいない。
もし、そんな男の前に現れれば、危険人物と見なされ、命を狙われる可能性が高い。
デリンジャーで対抗できなくはないが、
利根川は井川がどんな武器を持っているかを把握していない。
それに対して、井川は利根川の武器を平山から聞いているだろう。
利根川が不利な状況になることは目に見えていた。
また、平山への協力は善意であるため、必死に情報を集めているわけではない。
仮に、接触に成功したところで、有力な情報を持っているとは到底思えなかった。


アトラクションゾーンではなく、病院へ向かう理由はこのほかにも存在していた。
利根川はある事実を思い出したのだ。

――あのプロジェクト・・・。

なぜ、帝愛、在全、誠京の三グループが協力して
バトルロワイアルを開催しているのかは分からない。
しかし、この三グループにはある繋がりがあった。

かつて、この三グループによって、極秘のプロジェクトが進められていた。
帝愛側の責任者は黒崎であったため、利根川はその概要しか知りえていない。
しかし、そのプロジェクトと今回のバトルロワイアルに関係があるとすれば、
それを知る鍵は病院にある可能性が高い。

――黒崎・・・貴様が何を企んでいるのかは分からん・・・
  しかし、オレは知っている・・・
  お前が帝愛を乗っ取ろうとしていることを・・・!

かねてから噂はあった。
黒崎が兵藤の家族を言いくるめ、帝愛の利権を牛耳ろうとしていることを・・・。
中々尻尾を出さないため、あくまで噂の範囲でしかなかったが、
今回のバトルロワイアルの開催はその野心が露骨に表れていた。

かつての帝愛ナンバー2である利根川、兵藤の息子の和也、
失態を犯した部下の一条、帝愛へ牙を向けたカイジと遠藤。
彼らは黒崎にとって、忌むべき存在。
彼らを消すにはこのゲームはまさに打ってつけであった。

――この島はおそらく在全グループのもの・・・
  しかし、あのプロジェクトのために使用されていたのであれば、
  黒崎にとっては庭・・・
  大方、財力を背景にした示威行為を目論んでいた在全をそそのかして、
  開催させたというところだろう・・・。

プロジェクトの件もあるが、和也がこの付近にいる。
体を休む場所を探して、病院へ向かっている可能性もある。

利根川はチップを握り締める。
村上の言葉が頭を過ぎった。

『オレは・・・片翼・・・』

「片翼か・・・」
利根川はチップを見つめる。

――村上・・・お前が一条の片翼ならば・・・オレは和也様の片翼っ・・・!

利根川はチップをしまい、振り返る。
そこには全ての始まりであるD-4のホテルの上部が木の間から見え隠れしていた。

――黒崎・・・ゲームを盛り上げる道化役に、オレを選んだことを後悔させてやるっ・・・!

利根川は病院へ歩み始めた。




【E-5/ギャンブルルーム前/夜中】

【利根川幸雄】
 [状態]:健康
 [道具]:デリンジャー(1/2) デリンジャーの弾(28発) Eカード用のリモコン 針具取り外し用工具 ジャックのノミ 支給品一式
 [所持金]:2100万円
 [思考]:ゲームで優勝、もしくは和也を優勝させての離脱
     首輪の回収
     遠藤の抹殺
     カイジとの真剣勝負での勝利・その結果の抹殺
     アカギの抹殺、鷲巣の保護
     病院へ向かう
※両膝と両手、額にそれぞれ火傷の跡があります
※和也の保護、遠藤の抹殺、カイジとの真剣勝負での勝利・その結果の抹殺を最優先事項としています。
※一条はその目的次第で協力・殺害を判断します。
※E-5エリアギャンブルルームにいる村上から一条へのメッセージを承りました。
※鷲巣に命令を下しているアカギを殺害し、鷲巣を仲間に加えようと目論んでおります。(和也は鷲巣を必要としていないことを知りません)
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、その派閥全員を脱出させるという特例の存在は知っておりますが、それがハッタリとは知りません。
※デリンジャーは服の袖口に潜ませています。
※Eカード用のリモコンはEカードで使われた針具操作用のリモコンです。
電波が何処まで届くかは不明です。
※針具取り外し用工具はEカードの針具を取り外す為に必要な工具です。
※平山からの伝言を受けました(ひろゆきについて、カイジとの勝負について)
※計器からの受信が途絶えた為、平山が死んだと思っています (何かの切欠で計器が正常に再作動する可能性もあります)
※平山に協力する井川にはそれほど情報源として価値がないと判断しております。
※黒崎が邪魔者を消すために、このゲームを開催していると考えております。
※以前、黒崎が携わった“あるプロジェクト”が今回のゲームと深く関わっていると考え、その鍵は病院にあると踏んでおります。
※E-5ギャンブルルーム前には、勝広の持ち物であったスコップ、箕、利根川が回収し切れなかった残り700万円分のチップなどが未だにあります。



091:渇望 投下順 093:信頼
102:百に一つ 時系列順 106:薄氷歩
067:銀と銀と金と銀 利根川幸雄 103:同盟
初登場 村上 103:同盟




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