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追懐 ◆uBMOCQkEHY氏


ひろゆきはフェンスの先――アカギが消えた先を眺めていた。

林の中から銃声が聞こえた。
首輪探知機が正しければ、その銃声はカイジか田中沙織、
もしくは北へ進んでいた5つの光点の先頭の誰かである。
カイジか沙織が光点の人物を襲うために放ったものであれば、
面識がある分、まだ説得が出来る。
しかし、もし、銃を撃ったのが、光点の人物によるものであったとしたら・・・。
ひろゆきは右手に握る日本刀を見つめる。

――向こうは銃器・・・こちらは日本刀のみ・・・。
   あくまで可能性とは言え、危険人物の元へ自分が行って何になるっ・・・!
   どうせ、大したこともできず、被害を被ってしまうのが関の山だっ・・・!

ひろゆきは元来、思慮深い性格である。
危険で且つ、自身に対してメリットが小さすぎる行為は踏み止まり、
最善の方法を模索する分別を持っていた。
その性質故に、ひろゆきはアカギの行動を理解することが出来なかった。

――アカギはさっきまでベンチに座って食事をしていた・・・
   ならば、当然、今の銃声を耳にしているはず・・・!

ひろゆきは眉を顰める。

――アカギ・・・お前は一体何を考えているんだっ・・・!

ひろゆきはフェンスに触れた。
凍っているかのような鉄の冷たさが脳の奥を刺激する。

――追って、アカギを止めるべきだろうか・・・。

そうは考えてみるが、状況上、どう考えても、アカギは銃声を耳にしている。
分かっていて、その方角へ向かっているのであれば、あえて止める必要があるのだろうか。
そもそも、ひろゆきに第二回放送後に病院で会いたいという
意味を含んでいると思われるメモを残しているのだ。
本人が死ぬつもりで向かっているのではないことは明白である。

――けれど・・・もし、アカギがあの銃声の主に狙われたら・・・。

ひろゆきはフェンスの金網を力強く握り、その上を見上げる。
フェンスの高さはだいたい2メートル程であり、越えることにはそれほど苦労しない。
しかし、ひろゆきは首を横に振る。

――危地へ飛び込む必要がどこにあるっ・・・!
   アカギは自分の意志でこのフェンスを越えたんだ・・・!
   もし、巻きこまれたら、それはアカギの判断ミス・・・
   所詮・・・その程度の男・・・あいつは赤木さんじゃ・・・

そこまで思い、ひろゆきの思考は止まる。
ひろゆきは精神の深みへ飛び込むかのように、目を瞑る。

――赤木さんなら・・・この時どうする?

ひろゆきの脳裏に通夜の時の赤木の言葉が蘇る。

『ただ・・・やる事・・・

その熱・・・行為そのものが・・・生きるってこと・・・・・・・!
実ってヤツだ・・・!
分かるか・・・?
成功を目指すな・・・と言ってるんじゃない・・・!
その成否に囚われ・・・思い煩い・・・
止まってしまうこと・・・熱を失ってしまうこと・・・
これがまずい・・・!

いいじゃないか・・・!
三流で・・・!

熱い三流なら上等よ・・・!

まるで構わない・・・
構わない話だ・・・
だから・・・恐れるなっ・・・!

繰り返す・・・!

失敗を恐れるなっ・・・!』

ひろゆきは唇の端にかすかな笑みを浮かべた。
――そうだよな・・・赤木さんなら・・・

飛び越えるであろう。

ひろゆきは思う。
自分と赤木とでは、人間的な性質がまったく異なる。
土俵自体が違うのだ。
赤木に追いつくという行為は不可能といってもよい。
しかし、それでも赤木という人間に近づきたい。

赤木に近づくために必要なことは“己が己であり続けること”。
勿論、無意味な被害を避けることも己の考えの一つであり、間違いではない。
しかし、それはあくまで最良と思われる状況への逃避であり、
自分の心情とかみ合わないシコリを感じている。
ひろゆきは己に問う。

――オレは・・・どうしたい?

体の奥から湧き上がる一つの咆哮が、その答えを叫ぶ。

――アカギと戦いたいっ!
   ここでヤツを見逃したくはないっ!

この直後、ひろゆきはメモをポケットにしまい、日本刀を鞘に収める。
勢いをつけて、フェンスに向かって高々とジャンプした。
フェンスが体重で、ガシャンと揺れる。
ひろゆきは這いずるように、フェンスをよじ登った。
フェンスを越えると、そのまま飛び降り、駆け出す。

今のひろゆきに迷いはなかった。
それどころか、まるで、吹き抜ける薫風を体に浴びるような清清しさすら感じる。
強い何かが心を押している。

――人はいずれ・・・どうあれ死ぬのだ・・・!
   なら・・・可能な限り・・・自分の心に沿うべきだ・・・!
   赤木のように生きるのだ・・・可能な限り・・・!

自然とひろゆきの口元が綻ぶ。

――待っていろっ!アカギっ!

ひろゆきが走りながら、アカギの位置を確認するため、
首輪探知機の電源を入れようとしたその時だった。


「涯君っ・・・!」
「赤松かっ・・・」

ひろゆきは足を止める。
木々の間から見えたのは、牽制するように拳を構える少年とすぐ後ろで立ち尽くす男。

――あの少年が涯で、その後ろの男が赤松か・・・。
   彼らは何をして・・・

ひろゆきは涯と赤松の視線の先を追い、言葉を失った。
二人の視線の先にいたのは、ボウガンを構えて二人と対峙する――

――田中沙織っ!

ひろゆきは三人に気づかれないように、三人の会話を拾える位置にある大木の陰に移動すると、
身を屈め、振り返るように顔だけを僅かに出し、様子を伺う。

一時間程前まで沙織はカイジを尻に敷きながらも、特に変わった所がない女性であった。
しかし、今は触れれば火を発しそうな程の殺気に包まれていた。

そもそも、ひろゆきはカイジに危険を知らせるため、
首輪探知機を頼りにその足取りを追い、その後、森の中へ消えたアカギを追っていた。
首輪探知機に映し出されていた光点の正体がカイジではなく、沙織と判明した時点で、
ひろゆきがこの場にいる理由は皆無である。
アカギを追いたければ、その場からすぐに立ち去ればいい。
しかし、見ず知らずの人間とは言え、沙織に命を狙われている。
そんな状況を放っておく程、ひろゆきは冷徹にはなれなかった。
ひろゆきは自分の善良さに嘆きながらも、
いつ、戦闘状態となってもいいように、刀を強く握る。

――何がどうしたんだっ・・・!
   あの少年をなぜ狙う・・・?
   あの少年が田中に何をした・・・?

「なぜ、その子を・・・涯君を狙う!君に何をしたというんだ・・・!」
その時、赤松が、まるでひろゆきの疑問を察したかのように問う。
「うるさいっ!黙って!」
沙織は金切り声で叫ぶ。

――耳を傾ける余裕すらないのか・・・。
ひろゆきは苦々しそうに歯軋りをする。
今の沙織は、状況を飲み込みきれていないひろゆきから見ても、
小さな力が加わっただけで爆発する爆弾のような危うさを秘めており、
扱いを一歩間違えれば、惨劇は免れない。

沙織と対峙する赤松もその危うさを察しているらしく、
沙織の精神を落ち着かせるかのように、穏やかな声色で語りかける。
「涯君は・・・私にとって、必要な存在なんだ・・・
涯君を解放してほしい・・・
代わりに、私を好きにしていい・・・だから・・・」

「嫌よっ!」
沙織は悲鳴のような声を上げ、赤松を拒む。
「そう言って、近づいて私を殺すんでしょっ!
この子さえ消えれば・・・あと、1700万貯まれば・・・
私、脱出できるのよっ!」
「・・・ということは・・・8300万も・・・」
この直後、沙織の顔から憎悪の感情がにじみ出る。



――まさか・・・!
沙織の禍々しい変化で、ひろゆきは悟った。
9時間という短い時間の中で、5000万円以上の費用を稼ぐのは容易なことではない。
考えられる方法は、ギャンブルで勝利するか、殺人を犯し続けるかである。
ひろゆきとカイジとの勝負の時、沙織はギャンブルに好意的ではなかった。
もし、沙織がギャンブラーとしての腕を持ち合わせていれば、自ら勝負をするはずである。
つまり、沙織がとった方法は真っ当とは、言えない後者であり――

――情緒不安定なヤツに、それを見せ付けるようなことを言えば・・・。


「あ・・・」
赤松もひろゆきからワンテンポ遅れて、言葉の重大さに気づき、口を手で塞ぐ。
しかし、時はすでに遅し・・・。

「そうよっ!人を殺したわよっ!
でも、こうしなくっちゃ、私、生きられなかったのよっ!」


――やはり・・・殺していたかっ・・・!
その沙織の言葉に、ひろゆきは愕然しつつも、次のようなシナリオを判じる。
もともと沙織は脱出目的の参加者であった。
その思いは強く、人を殺め、棄権費用をかき集めようという行動を取らせてしまうほどに・・・。
その殺人がカイジと合流する前の話なのか、後の話かは分からないが、
どちらにしろ、カイジはその事実を受け入れ、沙織と行動を共にしていた。
しかし、打倒主催者であるカイジと一刻も早い脱出の沙織とではスタンスが違いすぎた。
世話になった恩もあったのだろう。
沙織はカイジを殺害することなく、ひろゆきとの勝負中、
その隙をついて荷物を持ち出し、逃げ出した。
そして、自分の目的を達成するために、目の前の少年を・・・。



「やめろっ!」
「嫌っ!」

ひろゆきはその声で、ハッと我に返り、顔をあげる。
バシュッ! という音と共に、ひろゆきの目に飛び込んできたのは、
左腕の皮膚と筋肉が弾け、血を噴き出しながら、膝を突く赤松の姿だった。


――何てこったっ!
運の悪いことに、動脈を抉ったのだろう。
岩から洩れる源流のように、血がとくとくと流れ落ちる。
朱色に染まった地面が広がっていく。

――アカギを追いたいところだがっ・・・!
ひろゆきは柄を握る手に力を込める。
強力な狩猟具であるボウガンに対して、使い慣れていない日本刀では、当然、勝ち目はない。
しかし、今、彼らに助勢しなければ、沙織は容赦なく二人に止めを刺す。
どんなに果たしたい目的があったとしても、やはり、見過ごすことはできない。
ひろゆきは鞘から刃を少しずつ解放する。

――どこまで堕ちたっ・・・!田中沙織っ!



「涯君を・・・解放してくれないか・・・」

――なっ・・・!
信じられないことが起こった。
重傷だと思われていた赤松が、沙織を正視しながら立ち上がったのだ。
夥しい量の流血を考えれば、痛みを堪えるので精一杯のはずである。
ひろゆきは息を呑んだ。
――一体・・・何が、あの男をここまで駆り立てる・・・?


「なっ・・・!」
深手を負った赤松の異常なまでの執念。
ひろゆき以上に驚いたのは、対峙する沙織である。
沙織は新しい矢を探すため、周囲を見回した。
その行動はまさに隙であった。

「させない・・・」
全員の眼中から外れていた涯が、突如、沙織のボウガンを蹴り飛ばすと、
沙織を地面へ叩き付け、押さえ込んだ。
「離してっ!」
沙織は逃れようと体を揺すりながら、喚き叫ぶ。
赤松が血の流れ続ける腕を押さえながら、沙織へ近づいた。



ひろゆきは刃の半分近くを抜きながらも、赤松の動向を見守る。
――まさか・・・殺すのか・・・?

しかし、赤松の行動はひろゆきの予想外のものであった。

「これ・・・棄権費用の足しにしてください・・・
後の700万円は・・・何とかしますから・・・」
沙織に1000万円分のチップを渡したのだ。


――おい・・・チップは命綱なんだぞ・・・!
ひろゆきは心の中で、異を唱える。
自分の命を狙う悪党に手を差し伸べる。
物語などではその後、悪党は改心していくというストーリーが王道であるが、
ここでは、そんな行動をすれば、悪党の餌食なるだけである。

――ぬるい・・・!ぬるすぎるっ・・・!

ひろゆきが赤松に対して毒気づいた直後、赤松はうめき声を発しながら、腕を押さえた。
貧血に近い状況らしく、顔から赤みが消えている。

「赤松っ・・・!」
涯は沙織を押さえつけているため、赤松の身を案じながらも、その元へ近づくことができない。
赤松もそれを察しているらしく、涯に向けて穏やかに微笑む。
「涯君・・・私を助けてくれて・・・ありがとう・・・嬉しかった・・・」

この一言から始まった、赤松と涯の会話は、彼らの背後を知らないひろゆきにとって、
断片的にしか把握できないものであった。

ただ、そのやり取りの中で認識できたのは、
涯もまた、沙織と同じように人を殺めた経験があること、
零という参加者との出会いから罪の意識が芽生えてしまったこと、
それによって、絶望の淵をさ迷っていることだった。

赤松の言葉はよほど心に訴えるものがあったのであろう。
次第に、涯の表情から毒々しい殺気が薄らいでいく。
それは沙織も同様であった。
沙織に小さな変化が現れた。
「ねぇ・・・応急処置させて・・・」

「この女は危険だ・・・!」
涯が反論するも、赤松はあえて、沙織の申し出を承諾した。

――獣に餌をばら撒くようなことを・・・!
ひろゆきも涯と同じように、欲求が体内に蓄積されるような苛立ちを覚える。
――あの女はすぐに牙を剥くぞっ・・・!

沙織は起き上がると、赤松の腕の傷を確認し、応急処置を施し始めた。

ひろゆきはその様子を目で追いながら、刀を構える。
――最悪の事態になった時は・・・オレが田中沙織を・・・。

しかし、ここでもひろゆきの予想に反して、沙織は特に何かをするでもなく、応急処置を続けていく。
それどころか、少しずつ自分の過去を話し始めたのだ。
沙織が絞るような声で話していることもあってか、
ひろゆきは聞き取ることができない。
しかし、それを聞く赤松と涯が顔を強張らせていることから、不運なもののようである。


沙織が過去を語り終え、自嘲的なため息を洩らした時、
涯は沙織に1000万円分のチップを差し出した。
「これでアンタの棄権費用は揃った・・・脱出しろ・・・」

その様子を見て、ひろゆきは思わず苦笑いした。
涯は対主催として生きる決意を表すために1000万円を渡したらしいが、
ひろゆきから見れば、沙織に同情を覚えた故の行動に思えてならなかった。
――本当に、お人よしばかりだな・・・。


沙織は2000万円のチップを握り締めながら、塞ぎこんだ表情で呟く。
「ねえ・・・本当に主催者に立ち向かうの?
こんなゲームを主催できる連中よ・・・!
どうせ、向かっていっても、姿を見ることすらできない・・・!」
赤松は“このゲームに参加している者は誰しもそう考える・・・”と沙織の考えを肯定しながらも、
“けどね、田中さん・・・”と子供に絵本を読み聞かせるかのように、穏やかな口調で話しかける。
「私と共にいた標君という少年は、最後までその主催者と戦おうとしていた・・・
小さな体で、頭を全力で働かせて・・・
そんな小さな子供が戦っていたのに・・・
大人がそれは無理だと否定するのは、まだ、早いんじゃないかな・・・」

――標・・・。
第一回目の定時放送の際に呼ばれた脱落者の一人だ。
――この男の支えはその標という少年への思い・・・か・・・。

「ごめんなさい・・・私はやっぱり主催者に立ち向かえない・・・」
沙織は立ち上がり、自分のディバックとまだ使えそうなボウガンの矢を拾う。
赤松に少しの間、休んでいた方がよいと忠告し、アトラクションゾーンのある方向を見つめた。
「私・・・ギャンブルルームへ行くわ・・・棄権申請を行うために・・・」
沙織はその後、赤松達と簡単なやり取りをし、アトラクションゾーンへ駆け出していった。
赤松と涯はその背中を見つめ続けていた。


ひろゆきもまた、赤松や涯と同じように沙織の背中を見つめ続けていた。

――これで・・・良かったのかもしれないな・・・。
ひろゆきの出る幕はなかった。
ひろゆきは刀を静かに鞘に納める。
首輪探知機の電源をつけ、範囲を100メートルに設定した。
画面に光点が映し出される。
離れていく光点は沙織のものだとして、
今、この場にはひろゆきの光点のほかに赤松の光点、涯の光点、
そして、彼らに密着するように光る不明の光点が存在していた。

――多分、赤松か、涯が脱落者の首輪を所持しているんだろう。

しかし、問題は不明の光点ではなかった。

――設定を1キロメートルに変更した時に現れる・・・
   赤松と涯を追う二つの光点・・・あれは、一体・・・。

「涯君・・・」
沙織の背中が見ええなくなった頃、赤松が呟いた。
「零君と・・・彼と一緒に同行する人が・・・
君と零君が別れた地点で待っている・・・行こう・・・」

しかし、この直後、赤松は眩暈を覚え、近くの木に寄りかかる。
応急処置を施したとは言え、大量の出血は赤松を貧血状態へ陥らせていた。
「赤松っ・・・」
涯はその場に赤松を座らせる。
「一旦、休めっ!」
「しかし・・・」
逡巡する赤松に対して、涯は一喝する。
「途中で倒れたら、オレは面倒を見切れない・・・!
それに、零と約束をしているんだろ・・・
お人好しの零のことだ・・・逃げずに・・・待っているさ・・・」
赤松はきょとんとするも微苦笑を浮かべ、頷く。
「そうだね・・・」


――そういうことか・・・。
二人を追う光点は、おそらく零という参加者とその同行者であろう。
先程の赤松と涯との会話から察すると、零と涯は仲違いをしているらしい。
大方、罪悪感を覚えた零が同行者と共に、赤松と涯と追っているのだろう。
いずれ、彼らは合流できる。

――アカの他人が、それをわざわざ知らせるまでもない・・・。

ひろゆきは二人に気づかれないように立ち上がると、その場から静かに離れた。
歩きながら、再び、首輪探知機に目を落とす。
そこにはアカギと思われる光点は存在していなかった。
結局、30分近くの間、ひろゆきは赤松達の顛末を見守っていた。
その間に、アカギを含めた参加者の光点の位置は大きく変動、
首輪探知機の範囲を1キロメートルに設定したところで、
どれがアカギの光点かを特定することは、もはや不可能となっていた。

――どちらにしろ、アカギとは放送後、病院で会えるんだ・・・それに・・・

ひろゆきは時計を見た。
その時刻はすでに平山との待ち合わせの21時を過ぎていた。

――まだ、生きていればいいんだが・・・。

自然と足も速くなる。
ひろゆきはアカギと出会ったフェンスまで戻り、後ろを振り返った。
静寂が支配する林が広がっている。

――赤松・・・か・・・。

沙織を説得していた時、その瞳には一点の曇りもなかった。
それどころか、水のように澄んだ情熱さえ感じられた。
ひろゆきにはアカギと戦いたいという願意こそあるものの、
赤松のような憂き身をやつすほどの熱情にまでは至ってはいなかった。
そう言った意味では、赤松が羨ましくさえ思った。

「本当に自分の心に沿って生きている人間ってのは・・・
あんな眼をしているものなのかな・・・」
ひろゆきはそう呟くと、フェンスを越え、アトラクションゾーンへ駆けていった。



全てが解決したかのように思われた。
ひろゆきもそう思っていた。
しかし、ひろゆきは知らなかった。
その数分後、絶望に打ちひしがれた沙織が赤松達に殺意を向けることに・・・。
赤松がその殺意により、不帰の客となることに・・・。

ひろゆきがそれを知るのは後のことである。



ひろゆきは赤松達から離れた後、無事にアトラクションゾーンの事務室へたどり着いた。
「平山・・・いるのか・・・」
「ひろゆきか・・・」
まるでその言葉を合図にするかのように、平山は事務所から顔を出した。
ひろゆきは周囲に人がいないことを確認し、事務所へ入る。
事務所内は薄暗く、窓から洩れる月明かりで、辛うじて何がどこにあるのかが判別できる。
電灯があるなら、点けたいところだが、それではほかの参加者に居場所を知らせているようなものである。
そんな愚かしいマネはできない。

「生きていたんだな・・・」
平山が生きてここまでたどり着いていたことを、素直に安堵した。
しかし、平山はそんなひろゆきの感情などお構い無しに、愚痴をこぼすように訴える。
「遅かったじゃないか・・・待ち合わせの時間はとうの昔に過ぎている・・・
誰かに殺されたかと思っていたんだぞ・・・」

ひろゆきは“すまない”と軽く詫び、話を切り出した。
「平山・・・実は・・・」
「ひろゆき、聞いてくれっ!」
平山は、飛び掛るかのようにひろゆきの言葉を折る。
ひろゆきはその気迫に思わず閉口してしまうも、“とりあえず、どうしたんだ?”と平山を促す。
平山の口から飛び出したのは――
「利根川との連絡が・・・うやむやになった・・・」

平山は簡単な事の経緯を説明した。
18時に利根川と発電所付近で落ち合い、今までに得た情報を伝えた。
利根川が次に会う場所を指定しようとした瞬間、平井銀二と原田克美が二人を襲撃した。

「原田克美だって!」
ひろゆきは思わぬ人物の名前に、声をあげてしまう。
ひろゆきの様子に、平山は戸惑う。
「え・・・あいつと知り合いなのか・・・あいつ何者なんだ・・・」
「関西の暴力団の組長だ・・・麻雀で対決したことがある・・・」
「組長と・・・麻雀・・・」
さも普通のことだろと言わんばかりに、とんでもないことを口にするひろゆきに対して、
平山はため息をつく。
確かに、ひろゆきは“ギャンブルだけで生きたい”と狂気の沙汰のようなことを口にはしていたが、
それでも裏の人間特有の胡散臭い空気を持ち合わせていなかったことから堅気の男と勝手に判断していた。
しかし、ヤクザの組長と知り合いで、しかも、麻雀で対決した経験があるという話を聞いて、
人を見た目で判断してはいけないという事実を改めて思い知らされてしまった。

「・・・で、どうした・・・?」
“どうしたもこうしたもねえだろ・・・”と平山は内心、呆れ返りながらも話を続けた。

利根川は平山を囮にして逃亡。
結局、次の待ち合わせが指定されることはなかった。


「よかったじゃないか・・・」
ひろゆきはやわらかい表情を浮かべる。
「それにこれで分かったことがある・・・
勿論、その後、原田達に利根川のこと・・・伝えたんだろ・・・」
“ああ・・・”と平山は軽く頷く。

「だが・・・それがどうした・・・?」
「原田達は利根川を襲った・・・
そんな相手に自分の情報は漏洩されたくはない・・・
しかも、君との次の待ち合わせ場所は決めていない・・・
もう会う術がないんだ・・・
君が必死に情報を集めなくなることは目に見えている・・・
利用価値がなくなった君を・・・どうするのが合理的だと思う・・・?」

平山は自分の首に取り付けられているEカードの耳用針具に触れた。
「殺す・・・首輪を爆発させて・・・」

「そうだ・・・けれど、利根川はそれをしなかった・・・
もしかしたら、君を泳がせておくためかもしれないが、
一番可能性として考えられるのは、その針具自体がハッタリ、
もしくは操作できる範囲が限定されているということ・・・」
ひろゆきはフフッと軽い笑みを見せる。
「今後、利根川に会わないように気をつければ、君は半ば自由・・・
やろうと思えば、脱出費用を稼いで棄権も可能だということだ・・・」
ひろゆきの考察は、奇しくもカイジが平山に話した考察と同じ理論を下地にするものであった。
ひろゆきはアカギからのメッセージのメモをしまったポケットに触れる。
第二回放送後、ひろゆきはアカギと会う。
今の平山には、特にこれといった目的は存在していない。
ならば、いっそのこと・・・。

「なあ・・・平山・・・
もし、よかったら、これから一緒に・・・」
「ひろゆき・・・黙って見てほしいんだ・・・」
平山は一枚のメモをひろゆきに差し出した。
「カイジからだ・・・」
「えっ・・・お前もカイジに会った・・・」
ひろゆきの言葉が止まった。
メモに書かれていたのは――

『盗聴の可能性有り 棄権は出来ない D-4が禁止エリアだから』



【C-4/事務所内/夜中】

【井川ひろゆき】
 [状態]:健康
 [道具]:日本刀 首輪探知機 不明支給品0~2(確認済み)
     村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 アカギからのメモ 支給品一式×2
 [所持金]:1500万円
 [思考]:赤木しげるとギャンブルで闘う ギャンブルで脱出資金を稼ぐ 
      極力人は殺さない 自分の進むべき道を見つける
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※赤木しげるの残したメモ(第二回放送後 病院)を読みました。

【平山幸雄】
 [状態]:左肩に銃創 首輪越しにEカードの耳用針具を装着中
 [道具]:支給品一式 防犯ブザー カイジからのメモ
 [所持金]:1000万円
 [思考]:田中沙織を気にかける 利根川から逃れる術を探る
※利根川に死なれたと思われていることを知りません。
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。

※赤松修平、工藤涯、田中沙織は、時系列上、088話希望への標(前編)であるため、状態表は省きます。




097:謝罪 投下順 099:投資
101:回想 時系列順 090:抵抗
089:残光 井川ひろゆき 104:天の采配(前編)(後編)
087:関係 平山幸雄 104:天の采配(前編)(後編)
088:希望への標(前編)(後編) 工藤涯 093:信頼
088:希望への標(前編)(後編) 田中沙織 105:慙愧




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