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苦情 ◆uBMOCQkEHY氏


ピィ ピィ ピィ ・・・・・

部屋にコール音が響き渡る。
「ん・・・何なんだ・・・」
黒崎は気だるそうな声を洩らし、リクライニングチェアからゆっくりと腰を上げる。
森田にナイフと依頼を託した後、黒崎は自室にて仮眠をとっていた。
仮眠を妨げたコール音は部下からの連絡を知らせるものである。
黒崎はパソコンの画面から部下のモニターへ接続する。
パソコンの画面に部下の顔が映る。
「申し訳ございません・・・黒崎様・・・」
「別に構わん・・・どうした・・・」
直属の部下には第二回定時放送まで起こすなと伝えてある。
しかも、今回のゲームは細部に渡ってマニュアル化されており、
黒崎が一時的に抜けた所で何の支障もない。
そのような万全を期した状態にもかかわらず、部下から呼び出されるのは、
由々しき問題が発生したのか、もしくはあの方直々の連絡なのか・・・。
「会長からご連絡でございます・・・」

――後者かっ・・・!

黒崎は“分かった・・・”と言うと、画面を切り替えた。
その画面の先には闇の中から薄っすらと浮かび上がる顔があった。
兵藤和尊である。
亡霊を連想させるような映像に身の毛がよだつ感覚を覚えつつも、
黒崎はあくまで平静を装って対応する。
「会長・・・こんな夜分遅くに・・・」
「森田との契約・・・あれは何だ・・・」
黒崎が全てを言い終わる前に、その言葉を遮るように兵藤が呟く。
独特のしゃがれた声の中に潜む毒素。
黒崎の身体の奥が底冷えしていく。
この一言で、兵藤が苛立っていることを察した。
黒崎は兵藤に気づかれないように息を呑み、説明する。
「あれは・・・」
「まあ、よいわ・・・わしにではなく、客人に話せ・・・お詫びとともにな・・・」
黒崎は兵藤の言葉に面食らう。
「お客様に・・・お詫び・・・ですか・・・」
黒崎の眉がわずかに上ずる。

実はこのバトルロワイアルは参加者が優勝をかけてのゲームであると同時に、
その優勝者を巡ってのギャンブルでもあった。
その賭け事に興じている者のほとんどが、これまで様々な方法で金を積み上げ、
今や社会の上部に君臨する資産家である。
ちなみに今回のバトルロワイアルでは快適なギャンブルを楽しんでもらうため、
このギャンブルに興じる者は“ある施設”に集められ、主催者の持て成しを受けている。

黒崎は近くの時計を見る。
森田との連絡を終えてから30分ほどしかたっていない。
――こんな短時間で・・・話が広まっているというのか・・・!

その黒崎の心を掬うかのように、兵藤は話を続ける。
「どうも、お前と森田とのやり取りを目撃してしまった客人がいての・・・
それでお前の独断のルール設定が発覚した・・・
今、ホールに集まっておる・・・!」

――集まっているだとっ・・・!
黒崎は急いでパソコンを操作し、ホールのモニターを立ち上げる。
そこには、すでに20人近くのギャラリーが円卓のテーブルに座っていた。
黒崎は苦虫を潰したかのような表情を浮かべる。

――集まれるわけがないっ・・・!
黒崎はホールのモニターに目をやる。
目に映ったのはそれぞれのギャラリーが手に持つノートパソコンだった。

ノートパソコンは主催者がギャラリーに支給したものである。
この場に集うギャラリーは高額の掛け金を各参加者につぎ込んでいる。
しかし、このゲームは24時間の耐久レース。
当然、ギャラリーから見れば、24時間動向を追うことには限界がある上、
ほかの参加者の動きも把握せざるを得ない場面も発生する。

その問題点を解決させたのが、このノートパソコンである。
画面上で指定した参加者の動向を自動で追跡することができ、
場所によっては、別のアングルのカメラに切り替えることも可能である。
また、全てのカメラの映像は録画されているため、この場面を見逃してしまった、
ほかの参加者の過去の動向を映像で見てみたいという時は、巻き戻しで確認することができる。

なお、この時、どの参加者のどのような場面を確認したいかを調べるために用いられるのが
“ダイジェスト・リスト”――森田に支給されたフロッピーのデータだ。
ダイジェスト・リストはギャンブルルームの利用者、何らかの重要な会話、殺害者、退場者、交戦場面など、
バトルロワイアルの大まかな情報を分かりやすくまとめて、1時間おきに配信する。
森田はこのダイジェスト・リストを黒崎が自身で描いたシナリオの中に組み込ませるための支給品と考察した。
このゲームで支給されたのには、そのような意味もあるだろう。
しかし、本来の目的は参加者の動向を追うギャラリーがゲーム全体の流れを把握するためのものであったのだ。

話は戻る。
このノートパソコンを採用してから、ギャラリーに一つの特徴的な動きが見られ始めた。

黒崎は再び、ギャラリーの様子を見る。
20人近くのギャラリーたちはお互いの顔を向かい合えるように
設計されている円卓テーブルに座っているにもかかわらず、会話をしている者はほんの僅か。
ほとんどの者はパソコンの画面に釘付けとなっている。

――やはり、この場においても、接触は皆無かっ・・・!

支給されたパソコンはバトルロワイアルにおいて、必要なことが全て網羅されていた。
前述の通り、バトルロワイアル内の映像や情報の提供を初めとして、
息抜きの音楽や映画鑑賞、果ては食事やマッサージの注文なども可能である。
ほかのギャラリーの手を煩わせることなく、パソコンだけで全てが事足りてしまうようになったために、
接触をするきっかけが格段に減ってしまったのだ。

また、お互いに自分の身分を明かしたくないという考えも意見交換の機会を妨げる要因に拍車をかけている。
バトルロワイアルは参加者同士の殺し合いという社会の倫理から逸脱したギャンブルである。
しかも、その掛け金の最低額は1000万円からであり、
今回この場に集まったギャラリーはその金を容易に捻出できる、それ相応の身分の者ばかりである。
もし、そのようなギャンブルに嬉々として高額の金をつぎ込んでいることが洩れれば、
偽善者どもからバッシングを受けることは確実であろう。
場合によっては、社会的地位からの転落にも繋がりかねない。

結果的に、ギャラリーは通常、自室でパソコンの画面を眺めるスタイルが確立されてしまった。
ホールに集まっている者はギャラリーの一部でしかなく、
そのほかの人間は、時間上、すでに就寝してしまっているか、自室のパソコンから様子を伺っていると思われる。
それだけ他人との接触は避けたいのだ。

だからこそ、この短時間で森田との契約の情報が漏洩、一部のギャラリーが一ヶ所に集まるなどありえないのだ。
ここから導き出されることはただ一つである。

――誰かがギャラリーを誘導したっ・・・!

「黒崎・・・」
「はっ・・・!」
黒崎は兵藤の呼びかけで我に返る。
「くれぐれも客人が納得できるよう、説明をするのだ・・・」
「10以内に準備し、お客様に説明を・・・」
「・・・5分だ」

黒崎の返答も聞かずに、兵藤は連絡を絶った。
黒崎は苦々しいため息を洩らし、リクライニングチェアに腰をかける。

森田との契約を広めたのは誰なのだろうか。
今回の件は“森田鉄雄を殺人者とする”という蔵前との取引によるものである。
よって、蔵前とは考えにくい。
では、在全サイドによるものなのか。
しかし、ここで黒崎は思いとどまる。

――いや・・・おそらく・・・会長ご自身だろう・・・。

兵藤は先程、“どうも、お前と森田とのやり取りを目撃してしまった客人がいての・・・”と言った。
なぜ、兵藤がそのことを知っていたのか。
兵藤と対話をできる人間は黒崎を含め、極少数の人間に限られている。
ギャラリーの意見はクレーム処理専門のスタッフが対応しているため、
ギャラリーが兵藤に直談判することなどありえない。
ギャラリーから兵藤に問題を伝えられたのではなく、兵藤が事前にその情報を掴み、
それをデータという形でギャラリーに送信したという流れが自然である。

――確証こそないが、それが一番可能性として高い・・・
   しかし、なぜ、そんなことをする・・・?
   私を試そうというのか・・・?
   ギャラリーを審判者としてっ・・・!

「・・・黒崎様・・・」
黒崎は静かに顔をあげる。
部下が目の前に立っていた。
ノックをしたのにもかかわらず返答がなかったため、入ってきたらしい。
「ご気分が優れないようですが・・・」
黒崎はリクライニングチェアに深く背もたれる。
「やってほしいことがある・・・」
そう呟くと、部下を引き寄せ、耳打ちした。





ギャラリーが集まるホール。
著名人の記念式典を執り行うのに相応しい、
格調の高さを感じさせる赤い絨毯に、金粉をまぶしたような壁面。
そのホールの中央には円卓テーブルが並べられ、
お互いのテリトリーを侵害しない程度の距離で、ギャラリーが腰をかけている。
主催者を待っている間にも、ホールへ集まるギャラリーは一人、二人と増え続けていく。
しかし、それは関係ないと言わんばかりに皆、席に着くや否や、
ノートパソコンの画面を開き、それを食い入るように見つめていた。


ホールの正面には映画館のスクリーンのような巨大モニターがあり、
定時放送時には黒崎の姿と分割された画面で、参加者の表情が映し出されるようになっている。
逆に言えば、それ以外では使用されない部屋である。

周囲の照明がやや暗くなった。
ギャラリーは一斉に、中央のスクリーンを凝視する。
スクリーンに黒崎の顔が浮かび上がった。

スクリーンの黒崎はマイクを握り、落ち着き払った表情で会見を始める。
「皆様、本日は夜分遅く、このホールにお越しいただき、ありがとうございます。
そして、今回の私の独断とも言える森田との契約の件では、
さぞや不快な思いをされたことと深くお詫び申し上げます」
黒崎は形式的な言葉で詫び、深々と頭を下げる。

その直後、端の方に座っていた一人のギャラリーが待っていましたと言わんばかりに立ち上がる。
「おいっ!オレは森田に1000万円も賭けているんだっ・・・!
もし、森田が契約を遂行できずに首輪が爆発したらどうしてくれるんだっ・・・!」

――さっそく来たか・・・。

黒崎は視線を訴えたギャラリーへ向ける。
訴えたギャラリーはこの場の中では比較的若い部類に入る男であった。

「まったくその通りでございます。
もし、森田が第4回定時放送までに首輪を集めることができなければ、首輪は爆発。
森田は脱落となります・・・。
そうなれば、私どもが介入したが故に、起きてしまったこと。
ギャンブルという公平さを求められる場においては、本来避けるべき行為であったと・・・」
「そこまで分かっているのであれば、なぜ、あんなことを・・・!」
若者の形相は、まさに怒髪天を衝くかの如きである。
それに対して、黒崎は平静な態度で対処する。

「私どもも、その点に関しては重々理解をしております・・・
しかし、これは已む無き行為・・・
他のお客様からのご要望にお答えするための苦渋の選択だったのです・・・
“ゲームがつまらなくなってしまった”というご要望に対しての・・・」
「客の要望・・・だと・・・!」
若者は周囲を見渡し、狼狽する。

黒崎は淡々と話を続ける。
「ゲームがつまらなくなってしまった・・・
それはとどのつまり、殺し合いが減ってしまったという一言に尽きます」

“理由は簡単です”と、黒崎は手元にあるパソコンを操作した。
この直後、各ギャラリーのパソコンの画面に参加者名簿が映し出された。
名前の枠がそれぞれ色で囲われている。

色別にみると、
黒枠――安岡、浦部、船井譲次、安藤守、大槻、坂崎孝太郎、三好智広、坂崎美心、
      有賀研二、神威秀峰、神威勝広、吉住邦男、川松良平、板倉、末崎さくら、
      標、山口、澤井、石原、赤松修平

赤枠――赤木しげる、治、伊藤開司、石田光司、森田鉄雄、平井銀二、
      天貴史、井川ひろゆき、原田克美、沢田、宇海零、工藤涯

緑枠――南郷、平山幸雄、遠藤勇次、佐原、村岡隆、黒沢、仲根秀平、しづか

青枠――市川、鷲巣巌、利根川幸雄、一条、兵藤和也、田中沙織
となっている。

「まず、黒く囲われている参加者、こちらは脱落者。現時点で見せしめ含めて、20名。
緑枠は脱出もしくはスタンス不明の者、8名。
青枠はゲームに乗っている者、6名。
最大の問題点は赤く囲われている参加者・・・
このゲームを潰そうと目論んでいる者、通称、対主催派・・・12名っ!」

黒崎はやや興奮してきた己を落ち着かせるように、静かに深呼吸をし、説明を続ける。
「この人数は現在、残っている参加者26名中、その半数近くに及びます。
彼らは出会えば、すぐに協力体制もしくはグループを組んでしまうでしょう。
緑枠の参加者も、我々に歯向かう姿勢こそ、見せておりませんが、
基本的に殺し合いに乗らないスタンスを持つ者がほとんど・・・
つまり、20名の参加者は出会った所で、戦闘など起きるはずがないのです・・・
また、マーダーと呼ばれるゲームに乗った者。
彼らは、このゲームを引っ掻き回してくれる存在です。
もっとも期待が出来るのは和也様、利根川、一条のグループ。
しかし、彼らは用心深く、すぐには行動を起こさない。
市川、鷲巣は武器を奪われ、マーダーとしては機能できない・・・
残るは田中沙織ですが、彼女は精神不安定でどのように転ぶか予想がつかない・・・」

ホールの中がざわつき始めた。
ギャラリーが自分の話に食いついてきていることが手に取るように伝わってくる。
黒崎は確信した。
――今こそ、切り出す時・・・!

「そこで我々はこのゲームの潤滑油として、森田に首輪を時間内に集めろという特殊ルールを課したのです。
森田をジョーカーへと仕立て上げることで、ほかの参加者の不安を助長させ、殺人の連鎖を作る・・・
それが我々の狙いなのですっ!」
黒崎は若者へ顔を向ける。

「無論、森田を選んでしまったことは我々の独断・・・
その点に関しては深く反省しております・・・
そこでお詫びにですが、森田が制限時間内に依頼を達成することが出来ず、
その首輪が爆発した時、お客様の掛け金の半分をご返還・・・
どうか、こちらでお許しくださいますでしょうか・・・?」
「け・・・けど・・・」
若者が納得しがたいという態度を見せた直後だった。

「ふざけるんじゃねぇよっ!!!」
恰幅の良い男が声を荒げ、立ち上がった。
「オレが賭けた参加者は開始早々、殺されちまってんだっ!」
男は若者の前に立つと、荒ぶる感情のままに若者の頬をぶん殴った。
若者は、ぐはっと声をあげ、床に叩きつけられる。
男は若者に吐き捨てるように言い放った。
「掛け金が半分も戻ってくるのに、がたがた言ってんじゃねぇよっ!」

「お客様の安全の確保をっ!!!」
黒崎の指示で、周囲にいた黒服が暴れる男を押さえ、そのまま扉の方へ引きずる。

「何すんだっ!離しやがれっ!!!」
ギャラリーは縛られた闘牛のように、黒服の手の中でもがく。
“馬鹿やろう!”“クソッたれがっ!”などと、若者や黒崎に罵声を浴びせ続けながら、
扉の向こうへ消えてしまった。
ホール内は水を打ったように静まりかえった。

「すぐにお客様の手当てを・・・」
黒崎は黒服に命じようとするも、若者は“必要ない・・・”と、
力が抜け切ったような声で返答し、自席へ座る。

黒崎は申し訳なさそうに頭を下げる。
「退出なされたお客様のお怒りは我々の不手際が招いたもの・・・
ご指摘くださったお客様には何の落ち度もございません・・・」

黒崎は心苦しそうな顔で言葉を搾り出す。
「森田の件はお客様にご納得いただけるまで
我々としても責任をもって対応いたしますが、
今、お客様は大変お疲れかと存じ上げます・・・
そこで、この件は後日に・・・」
「・・・その条件で・・・構わない・・・」
若者は首をうなだれたまま、呟いた。
「今・・・なんと・・・」
黒崎は息を呑み、問い直す。

ざわ・・・
    ざわ・・・

黒崎の条件を受け入れるという若者の発言に、さざ波のようなざわめきが会場内に溢れる。
「しかし、このようなことはじっくりと考慮すべきでは・・・」
黒崎の説得に対して、若者は首を横に振る。
「さっきの男の言葉は一理ある・・・
それに、ここにいる奴、皆、そう思っているんだろう・・・」

「・・・お客様がそこまでおっしゃるのであれば・・・」
黒崎はギャラリーを見渡す。
「ほかにご意見をお持ちの方はいらっしゃいますでしょうか・・・」
乱闘の直後である。
当然、持論を述べようというものはおらず、ホール内は再び、静寂に包まれる。
しばらく待ってみるも、会場から動きは見られない。
やがて、黒崎は、これ以上の進展は望めないだろうと判断し、マイクを握り直した。
「我々の提示した条件は必ずしも最善なものとは言えません・・・
しかし、どうか今回は、これでご理解いただけませんでしょうか・・・」

静寂に一石を投じる黒崎の発問。
それに対して、ギャラリーは・・・


パチッ・・・パチッ・・・!

黒崎の言葉への賛同を示すように、一人、二人と拍手で答えていく。
次第に、拍手はフィナーレを迎えた直後の舞台の喝采のように会場内に響き渡る。
ギャラリーが黒崎の意見を支持すると意志表明した証だった。
「皆様・・・」
黒崎は感謝の念を表すように、再び、頭を下げた。
「主催一同、全力をもって、今後もゲームの運営に尽力いたします」
その時の黒崎の顔は・・・不敵に笑っていた。






黒崎はカメラを切り、近くの椅子に座り、深々と背もたれる。
一時はどうなるかとは思ったが、事は全てうまく運んでくれた。

――人とは・・・意外と単純なものだな・・・。
黒崎は思わず、苦笑を浮かべる。
この直後だった。

ピィ ピィ ピィ ・・・・・

コール音が響き渡る。
黒崎はパソコンのモニターを開く。
画面に映るその顔を見て、黒崎は肩の力を抜いた。
「ご苦労だったな・・・」

そこに映し出されていたのは、あの会場から退場させられた男の姿だった。
退場させられた男――黒崎の部下は黒崎と同じように苦笑を浮かべる。
「私自身、これほどうまく行くとは思いませんでした・・・」
「人間の集団心理を利用すれば、容易いものだ・・・」

集団心理とは、社会心理学の用語で、その社会の構成員である集団が、
合理的に是非を判断しないまま、特定の時流に流される事を指す。
簡単に説明すると、自分の意見を持っていたとしても、
多数派の意見や強い立場の者の意見があれば、そちらに流されてしまうという心理行動である。
一度、この集団心理が浸透すれば、強い意見を補強する意見のみが歓迎され、
異論は徹底的な反論や発言の控えなどによって、排他されていく。
こうして、“幻想”の全会一致が実現するのである。

「ホールのギャラリーは、あの“揉め事”でどちらの意見が優位かを察した・・・
そして、その後、こう考えたはずだ・・・
“もし、反論を言えば、自分も周囲に叩かれる対象となる・・・”
だから、私の提案に賛同した・・・
例え、心の奥では納得していなかったとしても・・・」
「さすがでございます・・・黒崎様・・・」
部下は深々と頭を下げながらも、ふとある疑問を口にする。
「黒崎様・・・私が“さくら”であったと発覚することはございませんでしょうか・・・」
「それはない・・・」
黒崎は黒服の不安を一蹴する。
「お前はギャラリーと接触がない部署にいる男・・・
何より、あのギャラリーは隣の客がどんな人間であるかなど興味がない・・・
今の彼らの世界はノートパソコンの中なのだからな・・・」

主催が支給したノートパソコンによって、お互いの交流はほとんどなくなってしまった。
隣の人間に触れないように配慮している連中なのだ。
あの時、暴れたギャラリーがいた事実は思い出せても、
それがどんな人物であったのかまで気にかけることはないだろう。

その時、画面の先にいる部下があることに気づく。
「黒崎様・・・一番の立役者が戻ってきたようでございます・・・」

画面にもう一つの顔が映る。
「大変お待たせいたしました・・・」
その顔はホールで黒崎に反論した、あの若者であった。
「なかなかの演技力だったな・・・」
「黒崎様のお褒めに預かり、光栄でございます・・・」
若者を演じた黒服は深々と頭を下げる。

渦中の二人は黒崎の手の内の者であり、あの謝罪会見劇は全て仕組まれたものであった。
黒崎の計算はこうだ。
まず、さくら――若者が会場の人間の考えを代弁する。
ホールに集まったギャラリー達は、若者を“自分達を先導する心強い仲間”と認める。
しかし、仲間と認知された若者は黒崎の言葉や反論者によって主張の手を弱めていく。
この流れから、集まったギャラリーは“あの男の立場は弱い・・・
つまり、自分が考えている主張は間違っているのではないのか・・・”と自問自答を始める。
それを決定付けるように、若者は最終的に自分の意見は誤っていたと認めてしまう。

こうして、ギャラリーの考えは決まる。
“あの若者の意見――自分の意見は否定された・・・周囲の人間も若者と同じ意見に違いない・・・!”と。

黒崎はほくそえむ。

――火種はもみ消すに限る・・・。

「あの・・・黒崎様・・・お話したいことが・・・」
その言葉を発したのは若者を演じていた黒服であった。
黒崎はその意味深な言い回しに眉を曇らせながらも、“話してみろ・・・”と促す。
黒服は肩身が狭そうな様子で口を開いた。
「実はあの会場の中で、こんな意見を耳にしてしまったのです・・・
“あの首輪に欠陥はないのか・・・”
“対主催派に解除されることはないのか・・・”と・・・」

黒崎は顔をしかめる。

――また・・・火種か・・・!



111:転機 投下順 113:第二回定時放送 ~起爆~
111:転機 時系列順 113:第二回定時放送 ~起爆~
107:猜疑と疑惑(前編)(後編) 黒崎義裕 113:第二回定時放送 ~起爆~
初登場 兵藤和尊 117:帝王




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