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宣戦布告(前編) ◆uBMOCQkEHY氏



『ドドォォォーーーーーーンッ………!!!』

音量を最大にしたイヤホンから聞こえる爆音。

「和也様! 今のは…!?」
「ああ、ばっちり聞こえたぜ…」
正面から病院の様子を窺っていた村上は、その音に気づき、振り返る。すると目に飛び込んできたのは笑みを浮かべる和也の姿……
心から充実した快感を得ての和也の満面の笑み……それに村上は思わず悪寒が走った。

心を闇に染めるような息苦しさを覚える悪寒。
しかし、その感覚は和也の狂気とは別の要因も絡んでいることを村上は悟っていた。

「一条様・・・」

一条の安否である。
本当は盗聴器に今すぐにでも食いついて一条と話したいが、己はあくまでもこのギャンブルルームを管理する黒服。
一人の参加者を過度に気遣うことはできない。
村上は一条が無事かどうか確認したいという感情をグッと堪え、イヤホンに耳を傾ける。

――あの爆発に巻き込まれていたら・・・相手からの攻撃で負傷していたら・・・

しかし、村上の心配は杞憂であった。
利根川と一条が盗聴器を通じて、状況を報告したのだ。
利根川の報告によると、爆発により参加者一名が死亡。
しかし、アカギは取り逃がしたため、彼らはそれを追うこととなった。

「無事でしたか・・・」
村上は胸をなで下ろす。

その後、アカギがしづかを連れていることがしづかの盗聴器で発覚。
更にその数分後、今度は利根川からの連絡が和也に入ってきた。
『和也様! 今、病院に戻ってきたところ…面白いものを見つけました…』
「何だ…?」
『蛍光塗料です…恐らくしづかの持つカラーボールから染み出したものと思われ、地面に転々と跡を残しています』
「ク、ク…」
『和也様…?』
「カカカッ…! 流石のアカギもこういうイレギュラーには抗えないか! まぁ、当然。どんな猛者だって所詮人間。完璧な存在じゃあねぇからな…!
その跡を辿って行け…奴が気づく前に追いついて…始末しろ!」
『はっ!』

二人の頼もしい声を耳にしながら、村上は願う。
――どうかご無事で・・・

「ほらよ・・・一条に伝えたいことがあるんだろ・・・」
和也はテーブルに置いてあるもう片方のマイク――一条の受信機に繋がるマイクを村上に差し出した。
和也は村上が一条をいかに憂慮していたのか察していたのだ。
「えっ・・・しかし、私は黒服なので、そんなことは・・・」
和也の計らいに面食らった村上は丁重に断ろうとするも、
“もたつくなよ・・・いつ、アカギに遭遇するか分からねぇんだからよ・・・”と
半ば強引に押し付けられ、しぶしぶマイクを受け取る。

「あの・・・一条様・・・お怪我はございませんか・・・」
村上は震える声でマイクに呼びかける。
ガッ・・・ガッ・・・というノイズと共に、聞き覚えのある冴えた声がイヤホンに届く。
『安心しろ・・・私は無傷だ・・・!』
村上はその返答に愁眉を開く。
「そうですか・・・どうか、ご無理をなさらないでください・・・」
村上は黒服として出過ぎない範囲のメッセージを伝え、マイクをテーブルに戻そうとする。
『あ・・・村上・・・』
村上の手が止まる。
『可能であればだが・・・もし、戻ったら・・・コーヒーを淹れてはくれないか・・・』
「あ・・・よろしいですが・・・」
“突然、何を言い出すんだろう・・・”と、村上は心の中で戸惑いながら、返答する。
『すまないな・・・地下王国に落とされてから碌なものを食べていない・・・
あの味が・・・香りが・・・懐かしい・・・』
「一条様・・・」
村上の心臓が大きく脈打つ。
村上は思い出した。
地下王国がいかに劣悪な環境であるかということを・・・。
そして、裏カジノ時代、コーヒーを飲みながら雑談に戯れた休憩時間が、最も安らぎを感じるひと時であったことを・・・。

――オレが一条様にして差し上げられることは・・・ただ一つ・・・

「いいのですか・・・私は一条様ほど上手くはたてられませんよ・・・」
『・・・構わない』
“かしこまりました・・・”と村上は了解すると、コーヒーを準備するため、コンロが設備されている事務室へ向かっていった。

和也は村上の後姿をちらりと追う。
「固い絆だな・・・」



コーヒーメーカーがコポコポと音をたてて、コーヒーを一滴一滴抽出していく。
ほろ苦い香りと温かい湯気が事務室を包み込む。
事務室は参加者がギャンブルを行う部屋と扉一枚を隔てた隣の部屋で、主に黒服の休憩や食事、事務的な仕事などで使用される。
瀟洒なインテリアに囲まれたギャンブルルームとは異なり、
事務室は簡易的な調理台と机と椅子など生活上最低限の備品が配置された、コンクリートがむき出しの無機質な部屋である。
窓がないため、人によっては圧迫感を覚えるかもしれないが、
村上にとってこの部屋はどこか裏カジノの事務室を連想させ、ギャンブルルームにいるよりも居心地がよかった。
コーヒーメーカーを見つめながら、一条の言葉を噛み締める。

――すまないな・・・地下王国に落とされてから碌なものを食べていない・・・
   あの味が・・・香りが・・・懐かしい・・・

地下王国の環境の悪さは何度も耳にしている。
地下王国では閉塞された空間で工事が行われているため、粉塵による呼吸器障害、突然の土砂災害などで命を落とす者も少なくはない。
その中で一条は耐えてきたのだ。

――オレはあの方が地下へ落とされた時、ただ呆然と見ていることしかできなかった・・・

村上は己の不甲斐なさを握りつぶすように拳を震わせる。

――今度こそ、あの方を救う・・・あの方の“片翼”として・・・!



ピィ ピィ ピィ ・・・・・

事務室にコール音が響き渡る。
村上は音の方へ顔を向ける。
音は事務室の机の上に置かれたノートパソコンからであった。
各ギャンブルルームにはノートパソコンが用意されている。
基本的にギャンブルルームの運営は完全にマニュアル化されているとは言え、
マニュアルに記載されていないトラブルが起こる可能性がある。
そのような事態に直面した時――ギャンブルルームの管理人である黒服ですら対応できない状況になった時、
上の人間に確認するために使用されるのが、このノートパソコンである。
ちなみに、森田が黒崎とやり取りしたディスプレイもこのノートパソコンからである。

「・・・何かあったのか・・・?」

村上はパソコンを立ち上げ、パソコンに備え付けられているマイクを握る。

「はい・・・こちら・・・E-5ギャンブルルーム担当、む・・・」
「村上・・・・・・君に言いたいことがあってね・・・」
村上の言葉がつかえる。
ディスプレイに映し出されていたのは穏やかに微笑む男性――帝愛のナンバー2でかつ、
このバトルロワイアルを統括する黒崎本人であったからだ。

――な・・・ぜ・・・?

村上の全身から大量の汗が噴き出す。
通常、この画面に現れる人間は帝愛が準備したトラブル処理担当のスタッフのはずである。
ましてや、村上は組織では末端中の末端。
あまりの展開に思考が追い付かず、呆然と立ち尽くすより手立てがない。

黒崎は村上の反応を無視するように淡々と話を続けていく。
「君は重大な失態を犯している・・・何のことだか、分かるか・・・?」
「重大な・・・失態・・・」
思い当たる点は一つである。
村上は唇を震わせながら、言葉を搾り出す。
「和也様たちのことでしょうか・・・」
黒崎は“そうだ・・・”と肯定する。
「このゲームを運営するにはどうあるべきか・・・説明してくれないか・・・私に・・・」
村上は怯えながら、上ずった返答をする。
「どのような参加者に対しても公平に対応するべしっ・・・!」
「そうだ・・・だが、お前はどうだ・・・
必要以上の情報提供、ギャンブル以外の用途での備品の貸し出し・・・
これは黒服として度が過ぎた行為・・・そうは思わぬか・・・村上・・・」
村上はうな垂れる。
いずれ上の人間から咎められるであろうことは覚悟していた。
しかし、こんなにも早く、しかも、雲上人から直接、通告されるとは思ってもみなかった。

そもそも、なぜ、このタイミングで黒崎が現れたのか。
答えは森田との契約に関連している。
あの契約を交わした際、黒崎はギャラリーには、
ほかの客からのクレーム上仕方がなかったと言いくるめれば問題ないと考えていた。
しかし、蓋を開けてみると、多くのギャラリーの怒りを必要以上に煽るような結果となっていた。
サクラを導入することで何とかその場は凌げたが、
今回の一件から目立った動きを見せれば、それなりのリスクを背負ってしまうことを察したのだ。
今後、不利な状況を生み出さないためにも、不穏分子を取り除いておかなくてはならない。
その不穏分子の一つが和也達に肩入れする村上の存在である。
村上はマニュアルに記載されていないことをいいことに、ギャンブルルームの備品である盗聴器を和也たちに貸し出している。
今後も黒服の枠から外れた行動をとり続けることは目に見えている。

――私の立場を磐石のものにするために、不穏分子の芽は小さいうちに紡ぐっ・・・!
これが今の黒崎のスタンスである。

「村上・・・よく聞くんだ・・・」
ディスプレイの中の黒崎は机の上で手を組む。
「今すぐに和也様から盗聴器を取り返すのだ・・・
そして、以後の備品の貸し出しは禁止・・・
トップからの指示だと言えば、和也様たちも納得する・・・
すぐに実行すれば、今回のことは不問に付す・・・
よいな・・・村上・・・」

村上は俯いたまま、恐怖から逃れるように目をギュッと瞑る。
黒崎の言う通り、規則を盾にすれば、いくら和也に言いくるめられる村上であっても、説得することができる。
また、“上から強制されて”という言葉はなかなか甘美な響きを持っている。
これは法が悪いのであって、村上には何一つ落ち度はないと、自分にも他人にも言い聞かせることができるからだ。
そもそも村上はこの状況が続けば、いずれは何らかの処罰があるとは思っていた。
けれど、黒崎の指示をこなせば、その処罰を受ける必要がないのだ。
これほど村上にとって、都合の良い話はない。
村上が導き出した結論は・・・

「・・・申し訳ございません・・・それはできません・・・」
「何っ・・・!」
黒崎は不快そうに眉をひそめる。
村上はゆっくりと顔をあげ、画面上の黒崎を正視する。
「マニュアルには“ギャンブルルーム内の備品持ち出し禁止”という規定はございません・・・
私はあくまでもマニュアルに従ったのみ・・・
そして、これからも私はマニュアルに従い続けるつもりでございますっ・・・!」
断乎たる決意を秘めた村上の声が朗々と事務室に響き渡る。
「マニュアル順守・・・和也様の屁理屈か・・・」
村上はグッと口を閉ざし、答えない。

一条と利根川は不在、和也は盗聴器に集中。
黒崎がこのタイミングで村上とコンタクトを取ったのも、村上に入れ知恵をする人間が周囲に存在しないと判断したからだ。
村上は権力に畏怖を覚えている。
黒崎の権力で圧力をかければ、簡単に陥落すると思っていた。
しかし、村上は畏怖より信念を選んでしまったのだ。

「宣戦布告だな・・・」
黒崎は嫌味めいたため息をつく。
「それがお前の覚悟であればしょうがない・・・
私の指示に逆らった・・・ということはどういうことか・・・」
黒崎は仰け反るようにイスに深くもたれる。
「地下王国へ落ちてもらうぞ・・・村上・・・」
村上は顔を青ざめさせながらも、深々と頭を下げた。
「・・・甘んじて受け入れます・・・」
村上は恐怖で震える拳をもう片方の手で押さえながら思う。

――これでよかったのかもしれない・・・

正直に言えば、地下王国がどのような場所が理解しているだけに、背筋が凍る思いがする。
しかし、村上は一条が7億の損害を生み出した時点で、補佐役の自分も責任を取り、
地下王国へ落ちるべきであったという考えが常に心にあった。
黒崎から地下王国転落を言い渡された今、本来、あるべき形になったと、どこか納得している感情も存在していた。

――貴方だけでも、このゲームから脱出を・・・

「何してんだ・・・?」
突然のことだった。
盗聴器に夢中だと思われていた和也が下から顔を覗かせているのだ。
和也がにやけた顔で村上を見つめる。
「えっ・・・和也様・・・!?ど・・・どうして・・・!?」
村上は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「あぁ・・・コール音が聞こえてな・・・気になったからよ・・・
“トイレに行ってくる”って言って、盗聴器切っちまった・・・
まあ、あいつらなら、オレがいなくても動けるだろうしよっ・・・!」
和也は画面に向かって、軽く手を振る。
「よっ・・・久しぶり・・・黒崎っ・・・!」
和也が挨拶した相手は己の殺生与奪を握っている者。
それにもかかわらず、まるで近所の知り合いのように親しげに話しかける。
黒崎は主君を敬うように深々と頭を下げる。
「和也様・・・お元気そうで何よりですっ・・・」
「おう・・・そっちも元気そうで何よりだぜっ・・・!
で・・・本題なんだがよ・・・」
和也は近くにあったイスに座り、画面と向き合う。
「単刀直入に言う・・・村上のこと、見逃してくれねぇか・・・」
「それはできません・・・公平さに欠けてしまいますので・・・」
黒崎は和也の要求をばっさりと切り捨てる。
“あぁ?いいじゃねぇかよ・・・!”と、和也は駄々をこねる子供のように拗ねる。
「だいたいさぁ・・・ルールに記載しなかったそっちに落ち度があるんじゃねぇかよ・・・!
それにさ、ちょっと反論した村上を地下王国送りって、やりすぎじゃねぇ・・・?
そんなに村上のやっていることが都合悪いわけぇ・・・?」
「上の者の考えに従わない者と仕事は共にできない・・・社会では当然のことではありませんか・・・」
黒崎の涼やかな解答に、和也は皮肉めいた嘲笑を浮かべる。
「でもさ、どうやって、今、村上をここから解任すんだぁ・・・?
新しい黒服を寄越すのはいいけどさ、ここに来るまでに誰かに殺される可能性って、考えてないわけ・・・?
現実が見えていないっていうかさぁ・・・
オレなら、こんなふざけた提案をする無能な幹部は切り捨てちまうけどよっ・・・!」
「和也様・・・確かに一理ございますね・・・」
黒崎は和也の毒言を朗らかに受け流す。
「けれど・・・」
その軽笑を浮かべる口から飛び出たのは相手の喉を噛み潰してしまいそうなほどに鋭利な言葉の牙であった。
「現実が見えていないのは貴方も同じこと・・・
私がどのような立場か、貴方ならご存知でしょう・・・
やろうと思えば、“一言”でその立場を危うくすることも可能なのですよ・・・」

「ふ~ん、一言ねぇ・・・」

――特別ルールのことかっ!

軽快な口調とは裏腹に、喉元にナイフを突きつけられたかのような緊張が和也の精神を支配する。

特別ルール――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、 その派閥全員を脱出することができる。
これは和也が己の立場を優位にするための偽りのルールである。
よく考えてみれば、最後の一人になるまで戦ってもらうというルールを堂々と宣言している中で、
一人の人間を贔屓にするような裏ルールが存在するなどありえない。
しかし、主催をよく知る鷲巣、主催サイドの村上が信じてしまったなどの好条件が重なったため、
結果的に、利根川と一条が和也に追随した。
今、三人を繋いでいるのはこのルールと言っても過言ではない。

――今、これを村上の前でばらされちまったら・・・

おそらく、村上は一条に報告、利根川と一条は価値がなくなった和也に牙を向けるだろう。

和也はグッと息を呑む。

「分かっていただけましたか・・・」
黒崎は“ふふっ・・・”と、天邪鬼の揚げ足を取った勝者の笑みを慎ましやかに見せる。
「それでは今後、ギャンブルルームの貸し出しは禁止・・・
そして、村上・・・お前は・・・」

「おいおい・・・それではつまらんではないか・・・」
“カカカ・・・”という老人の高笑いがガラスのような静寂を突き破った。

「何っ!!」
全員が己の前にあるパソコンの画面に釘付けとなる。
画面には新しいウィンドウが表示され、そこに映し出されていたのは、皺をたるませた老人――

「在全・・・無量・・・様・・・」
黒崎は絞るような声で、その名を呟く。

在全無量――個人資産3兆円以上を所有する「在全」グループの総統。
バトルロワイアルの主催者の一人であり、その資産額は他の二人と比較しても群を抜いている。
それ故、今回のバトルロワイアルの出資率は在全の割合が大きい。
ある意味、主催者の中で最も発言権を持っていると言ってもよいだろう。

「なかなか忙しいようなじゃのぉ・・・黒崎・・・」
在全は形式的な労いの言葉を黒崎に向ける。
黒崎も形式的に返答する。
「これも仕事ですので・・・」
しかし、在全はそれに一瞥することなく、首を大きく回し、肩をボキボキと鳴らす。
「して・・・先程の提案じゃが・・・ここはせっかくのギャンブルルーム・・・
それを利用しないとは何ともったいない・・・!」
在全は渇いた皺と対照的な、健康的な歯とピンクの歯茎を口の端に覗かせると、指をパチンと鳴らした。

「ハーイ!ブラザー!」

突如、事務室に木霊する場違いとも言える陽気な声。
ピエロを連想させるような化粧の男が新たなウィンドウ画面から現れた。
男は舞台に立った役者のような戯笑を和也たちに向ける。
「僕の名前は小太郎・ヒルマウンテンウィリアムス・ハリソンジャガーサタケ・ジェームス城山っ!
在全様から直々のご指名を受けた司会進行さっ・・・これから行うギャンブルのね☆」

「ギャンブルだと・・・?」
黒崎は予定通りの流れに持って行く一歩前だっただけに、不服そうに顔を歪ませる。
しかし、そんな黒崎の感情などお構い無しに小太郎は話を続ける。
「これから和也君に行ってもらうのは『ハングマン』さ!
和也君、知っているかい・・・?」
和也は画面上から小太郎を不審そうに睨みつける。
在全が何を目論んでいるのかは分からない。
しかし、今の黒崎優位の流れを変えることができるかもしれない。
その勘考から、とりあえず小太郎の話に乗ってみる。
「いや、知らない・・・教えてくれ・・・」
「OK!OK!じゃあ、教えてあげるよっ☆」

ハングマンとは、イギリスのヴィクトリア朝時代に生まれたとされる単語当てゲームである。
このゲームは出題者が解答者に対して、出題する単語を選び、その単語の文字数の枠を提示し、
解答者は単語に入ると思われるアルファベットを選んでいき、その枠を埋めていく。
いたってシンプルなゲームであるが、制限が存在する。
このゲームには事前に絞首台のイラストが用意されている。
解答者が正解の単語に含まれていないアルファベットを選んだ場合、
この絞首台に吊るされる人の絵が一つ一つ書き加えられていく。
頭、胴体、右腕、左腕、右足、左足・・・といった具合に。
この絞首台の人物の絵が完成した時、解答者の負けとなる。
それ故に、このゲームはハングマン――絞首刑執行人という名前が用いられている。

「・・・というわけっ!
で、今回、当てて欲しいモノはアレさっ!」
小太郎は左側を指差す。
画面の中からであるため、何を指したいのかはよく分からないが、その方角にとりあえず顔を向ける。
そこにあったのは金庫であった。
金庫は成人男性の背の高さぐらいの大きさの物で、黒光りする外装と分厚い扉が頑丈さを物語っている。
この金庫はナンバーをボタンで入力するテンキー式であるのだが、ナンバーのほかにアルファベットのボタンも備わっている。
通常の金庫よりも難解にできているようだ。

和也は村上の方を振り返る。
「あれは何だ・・・?」
「あれは・・・武器庫です・・・」
各ギャンブルルームには武器庫が用意されている。
これは万が一、全ての参加者の武器が使用不可能になってしまった等の理由によって、
ゲームの存続が危ぶまれた場合、参加者に緊急支給するためである。
しかし、簡単に開けられてしまってはゲームとしての公平さが失われてしまう。
そこでパスワードは主催幹部のみが握っており、その判断でしか開けられないようになっている。
ちなみに、現時点で金庫が開錠された前例は森田に渡す小型ナイフを準備したG-6のギャンブルルームのみである。

「和也君には金庫のボタンを押して、そのパスワードを10分以内に当ててもらうよっ!
和也君に与えられたチャンスは7回。
で、見事金庫のパスワードを当てれば、村上のことは黙認。
しかも、金庫の武器は使い放題・・・!
け・れ・ど・・・!」
小太郎は指摘するように指を振りながら、嘲弄の色を口元にたたえる。
「もし、和也君が7回失敗してしまった場合、もしくは制限時間を越えてもパスワードを溶けなかった場合、
首輪は爆破っ・・・和也君には死んでもらうよっ!」
「なっ!」
和也も黒崎も言葉を失う。
レールから外れたトロッコのように、話が意図しない方向へ勝手に進んでしまっている。
「こらこら・・・それは失礼ではないか・・・」
“キキキ・・・”とコメディを見ているかのように笑う小太郎を在全がたしなめる。
「参加者に肩入れする黒服がいるのじゃぞ・・・」
在全は村上を睥睨する。
「もし、兵藤和也が敗れた場合、武器庫内の時限爆弾を発動・・・
このギャンブルルームと共に、お前も散ってしまうがよいっ・・・!」
小太郎が手を叩いて喜ぶ。
「さすが在全様・・・♪僕が考え付かないことを簡単に思いついちゃうんだから☆」
「カカカ・・・いやいや・・・こんなギャンブルを提案するお主には敵わぬわい・・・!」
二人の笑いから無邪気さを装った汚濁の如き悪意がにじみ出る。

「ちょっと、待ってくださいっ!」
二人の嘲笑に割り込んだのは村上の声だった。
「確か、在全様は和也様の死ぬ確率を少しでも減らすために特別ルール・・・和也様のグループが残った場合、
そのグループが優勝とするというルールを認めておりますっ!
それにもかかわらず、こんなギャンブルは・・・」
「村上っ!!」
和也は思わず怒声を響かせる。
「えっ・・・和也様・・・」
和也の烈しい剣幕に、村上は顔色を失う。
和也は村上の様子を見て、ハッと我に返ると、気まずそうに口を開いた。
「あ・・・いや・・・お前は黒服だ・・・オレを庇うようなことは言うな・・・」
「す・・・すみません・・・」

謝る村上に“気にするな”と言いながらも、心の中では毒気突く。

――嘘ルールがばれちまうじゃねぇかよっ!


その時だった。
「ワシはせっかちでの・・・」
突然の在全の一言に、全員が画面を凝視した。
在全が思い出に惚けるような表情で淡々と語る。
「さっさと結果が見たいんじゃ・・・誰が優勝者かを・・・
その座にふさわしくないものは・・・死ねばいい・・・・・・! 」
「そ・・・そんな・・・」
村上は余りに常識を逸脱した論理に、反駁もできないまま、呆然とする。
この言葉を聞けば、誰しも村上のように絶望を覚えるだろう。
しかし、実際のところ、愕然としたのは村上のみであり、言われた本人である和也は胸を撫で下ろしていた。
在全の言葉はあくまでも在全のゲームにおいてのスタンスであり、解答ではない。
つまり、村上の質問は上手い具合にはぐらかされたのだ。

在全は和也に企みを含ませたような冷笑で見据える。
「兵藤和也・・・だから、“チャンス”を与えるんじゃ・・・
“チャンス”を活かせぬものに生き残る価値はない・・・!」
「へぇ・・・オレにはまだ、その価値があるってことか・・・
在全のジイさんよ・・・オレをちょっと買いかぶりすぎているが・・・感謝するぜ・・・!」
和也は愛想良く返答しながら、気づかれないように額の汗を拭う。
和也は在全の言葉の行間を読んでいた。
在全の言う“チャンス”には、おそらく二つの意味が込められている。
一つ目は嘘ルールの公言を見送るということ。
もう一つは『ハングマン』そのもの。
つまり、嘘ルールを公にしない代わりにギャンブルに参加しろ、
もし、それを辞退するのであれば、お前の命綱の嘘ルールをばらすぞと言いたいのだ。

――大した脅しだっ・・・!

己の前に立ちはだかる強大な壁の存在に、和也は窮屈さに近い圧迫感を腹の底に感じた。

“しかし、在全様・・・”と、ここで黒崎が反論する。
「主催者が参加者へギャンブルを申し出る・・・
そんな特例・・・公平さにかけると思われますが・・・」

本来、立場が上である在全に異を唱えるべきではない。
しかし、言わざるを得なかった。
黒崎は蔵前との契約である森田への介入は例外として、
主催者は参加者に対して常に公平であるべきという考えを持つ。
そのバランスを維持するために、今まで苦心を重ねてきた。
それにもかかわらず、愚かな雲上人の思い付きで、その苦労が水の泡になる。
黒崎にとって、許しがたい事態であった。

何より、黒崎には在全の目論見を覆す自信があった。
森田に首輪回収の依頼をした際、ギャラリーから批判を浴びた経験があるからだ。
しかし、在全はそれをあざ笑うかのように粉砕する。

「ギャラリーは皆、賛成しているのじゃがな・・・
ほれ、よく見てみるがよいぞっ・・・」
「えっ・・・」
和也がいる前で、ギャラリーの存在を公言されたのもそうであるが、
それ以上に、不可能と思われていたことをさも簡単にやってのけたぞと言わんばかりの発言に思わず、己の耳を疑う。
黒崎のパソコンの画面に、新しいウィンドウが表示された。
そのページは『お客様の声』。
これは各ギャラリーに配布されたパソコンからアクセスできる、チャット型の意見交換サイトであるが、
そこに書かれていたのは・・・

『これから在全殿が、和也君相手にギャンブルをするそうだ・・・』
『すっげー楽しみ!どっちが勝つと思う・・・?』
『オレは兵藤和也が勝つに賭ける!』
『いや、在全さん相手に勝てるかな・・・?』

全体的に好印象な書き込みがほとんどであり、否定的なものがまったく見当たらない。
しかも、その書き込みの量は激流の如く、恐ろしいペースで増えていく。

――こんなこと・・・ありえないっ!

黒崎の考えは正論である。
なぜなら、ギャラリーは一時間ほど前まで、ゲームの流れを大きく覆す主催者の介入に対して、
自ら行動を起こしてしまうほど嫌悪していたからだ。
「“先程の一件”で、皆、免疫がついてしまったようじゃの・・・」

――何が免疫だっ!

黒崎は心の中で吐き捨てる。
考えられることはただ一つ。
ここに書いてある書き込みは黒崎がギャラリーの集まる会場でサクラを仕込んで説得したように、
在全が準備したサクラが書き込んでいるのだ。
しかも、否定的な書き込みを憚ってしまうほどの賛同的な書き込みを流し続けることによって・・・。

黒崎の心情をさらに逆撫でするかのように在全は一言付け加える。
「あと、こんな特典も付けてみたぞ・・・」
在全が目の前のキーボードを軽く叩く。
すると、『お客様の声』のページの一番上にある運営からのご連絡の欄に――

『これから執り行いますギャンブルで兵藤和也が敗退した場合、
在全グループが兵藤和也への賭け金を2倍にしてお返しいたします。』

この直後、書き込みの流れが更に加速する。

『やっぱり、在全様は太っ腹!』
『それに比べて帝愛の黒崎はけちだよな』
『オレ、兵藤和也に賭ければよかったぜ!』

それに対して、在全は“カカカ・・・”と微笑ましそうに哄笑する。

「まさか、こんなに好意的に受け取ってもらえるとはの・・・
ワシは黒崎殿の“マネ”をしたにすぎないのにのぉ・・・」

――その通りだ・・・サクラを使用してのなっ!

在全のしらばくれた言葉に、黒崎は心の中で毒気付くが、それを口には出せない。
黒崎の手腕を持ってすれば、書き込みの先が在全の手の者であることを逆探知し、公表することはいとも容易い。
しかし、それは在全にとっても同じこと。
もし、黒崎がそのような行動を起こせば、放送前の謝罪会見の時に黒崎が仕込んだサクラを特定し、
それをギャラリーに公表することは目に見えている。

――勝手な真似をっ・・・!

在全に必勝のカードを一刀両断された上に、致命的な弱点にナイフを向けられてしまった。
黒崎は心が灼けるような怒りに身を震わせる。
しかし、在全に対抗できるカードを持ち合わせていないのも事実。
意味がない行為と分かっていながらも、最後の足掻きとして脆弱な切り札を出す。

「兵藤様が・・・黙っておりませんよ・・・」
「あぁ・・・兵藤ちんか・・・」
「兵藤・・・ちん・・・!?」
経済を牛耳る重鎮を女子高生が付けたようなあだ名で気安く呼ぶ在全に黒崎は面食らう。
しかし、在全は黒崎の反応を意に介しない。
「兵藤とは連絡を取ろうと何度か試みたのだが、奴はワシのことを嫌っておるのかの・・・
完全にこちら側からの通信を絶っておる・・・
奴の返答を待つ程の忍耐をワシは持っておらん・・・
まぁ、今回のギャンブルは、あれじゃ・・・」
在全は指を天へと突き上げる。
「主催者特権だ!」

「しゅ・・・主催者特権・・・!?」
小太郎以外の全員が、在全の横暴さに口を半開きにしたまま、思考を停頓させる。
周囲がどんな反応を示そうとも、やはり在全は意に介しない。
“まぁ、何かあれば、奴から連絡を取ってくるだろうし・・・万が一の時は後藤が何とかしてくれるわい・・・”と、
他力本願な結論で結んでしまった。
「後藤さん・・・」
黒崎は今の自分と重なるものを感じてか、“心中お察しいたします・・・”と黙祷を捧げる。

「二人とも何か異論はあるかの・・・」
在全は念のため確認をとる。
しかし、黒崎も和也も在全に弱みを握られているという状況。
二人が反論することはなかった。
在全は双方が同意したことを察し、声高らかに宣言する。

「これから『ハングマン』を開始するぞっ!」

小太郎は“待ってましたっ!”と、軽快にキーボードを叩く。

和也たちのノートパソコンの画面が半分に割れる。
上半分はそれまでのデスクトップとウィンドウ画面、
下半分はパスワードのアルファベットが入ると思われる枠が5つと、
制限時間を表すデジタル式の時間、そして、絞首台のイラストが現れる。
時間は一秒一秒ごとにその数字を減らしていく。

「ヒントは“このゲームの本質”さ、ブラザー☆」








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