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本物と偽物 ◆zeQAuI6x.c氏


「――――引き続き、諸君の健闘を祈る」
二回目の定時放送が終わったその時、仲根と別れた市川は、商店街を抜けて足裏の感触だけを頼りに、舗装された道を無造作に歩いていた。盲である彼にはあずかり知らぬところであったが、方向としては病院の方へと向かっている。
そう、盲人が一人、杖もその代わりになるものも持たずに、闇雲に歩く。
市川は半ば自棄になっていた。なるようになれ。そうさ、なるようになるものさ。
赤木に殺され、無為に過ごして来たこの6年間、そのうち野垂れ死ぬだろうと立った流浪の道で、なぜだか自分は生き続けてきた。そして今、この馬鹿げたゲームに放り出されてもなお、己は生き続けている。

――つい今さっきあった放送によれば、また4人が死んだ。
生き死にというのは市川の考えではとても簡単なものだったはずだ。それはこのバトルロワイアルという異常な環境下に限らず、それぞれ、おのおのにとっての「日常」の中でも変わることはない、と市川は思っている。

望めば望むだけ、死ねないものなのか。ならば、拒めば拒むだけ、死に近づけるとでも?

市川は、この島に来て以降、あまりに不安定にたゆんでいる己のツキに、思わず苦笑を洩らす。

◆◇◆

市川という男は6年前のあの晩に、赤木しげるによって殺された。
市川が己のものとして自覚している「死」というのは、何も、13のガキに負けたという結末ではないし、また、それにより己の代打ちとしての名に傷がついたことでもない。

ああいう人間の存在することそのものが、市川を打ちのめした。

何十年も裏の世界にいて、そこで5本の指に入るとまで言われていた、そんな高みに住んでいた市川をしても、なお、想像だにしなかった世界があった。
ぽっかりと口を開けて市川を飲み込んだ闇は、盲目の彼をしても足の竦む闇、もしかしたらそこは地獄の淵、それが赤木しげるという――化け物だった。

市川の心はあの瞬間、赤木に食われてしまった。そうして脱け殻になった市川には、いじけることしか出来なかった。
結局のところ――そういう6年間だったのだ。

市川は、ひっそりと思った。そうだ、認めなくてはならない。
わしはあやつが憎いのではない、あの鬼の子が、怖いのだ。

◆◇◆

ふと、背後から人の足音が市川の耳に届いた。
不思議な足音、軽快とでも言い表せそうな、ひどく場違いな足音。
しかしこの足音の主は、決して危機管理のなっていない能天気な間抜けではない。
むしろ逆。全てに注意を巡らし警戒しながら、それでいて、どうあっても避けようのない危機に出くわしたとしたら……その時は、己をすっぱりと諦めきれる、そういう準備と覚悟のある人間。
捨て鉢なわけでも強がっているわけでもない、最善を尽くすことを当然とし、そしてそれ以上に、人事を尽くしたところで天命が来るとは限らないことを当たり前としている心持ち。

常人の神経ではない。

市川は後ろから来る人物の足音だけでそれだけのことを読み取って、そしてほくそ笑んだ。

そうだ、こいつだ。これこそわしが望んだ相手よ!

市川はピタリと歩みを止めて、言った。
「誰だ」
待ち望んだ獲物がいると思えば、知らず口元には笑みが浮かぶ。

そして、突然誰だと問われて馬鹿正直に答える者もいないだろうと思って、後ろを振り返り――己が盲目であることを告げようとしたその時、信じられぬ声を聞いた。

「久しぶりだな、市川さん」

――――赤木しげる!

赤木は村岡とのギャンブルを終え、使い様によっては己の身も滅ぼしかねないカード、鷲巣との待ち合わせに、病院へ向かっている最中だった。
鷲巣との約束では、二回目の放送後に病院でという話だったが、その放送は先程終わってしまっている。

やれやれ、完璧な遅刻だな。

赤木は心中ひとりごちる。今から急いで向かったところで遅刻は遅刻であるし、病院はもうすぐそばだったから、赤木は、市川から何か得る物があるかもしれないと考え、少しばかり寄り道をすることにした。

◆◇◆

市川を一瞥し、「アンタ、生きてたんだ」と続けた赤木の声はあまりにも平坦。平静そのものだった。市川の動揺と比較すると、市川が哀れなくらいだ。
無論、今の今まで背後の相手が誰だか分からなかった市川とは違い、目明きの赤木にとっては、歩く自分の前方に見覚えのある影を見つけ、方向が同じだったからそのまま後ろを歩いていたというだけのことではある。
――いや、動揺したとか平静であるとかいう話ではなく、今、両者の再会というこの場面に、赤木が、情報収集以上の意義を見出していない点が、市川にとっての酷であったか。



◆◇◆

市川は、赤木には会いたくなかった。仲根には恨み言を吐いたし、腹の中でも、幾度も赤木を思い起こしては、面白くない、はらわたが煮えくりかえる、と怒りをため込んでいた。けれども、市川は二度と赤木には会いたくなかった。だのに、出会ってしまった。
この島には、赤木に会うことを目的にしていながら未だ出会えずにいる参加者が多くいる。そんな中、赤木しげるにだけは会いたくないと願っていたはずの市川が、今こうして赤木とはち合わせてしまう。

やはり、望めば望むだけ願いは遠のき、拒めば拒むだけ、そいつはにやにや顔でこちらに近づいてくるのか。

めぐりあわせの不幸はあまりに皮肉に出来ている。

◆◇◆

赤木はぽつぽつと何やら話をしているようだったが、市川の頭には、その言葉はほとんど入って来なかった。そんな市川の様子を気にする風でもなかったから、赤木の話とやらも、大した話ではなかったのだろう。

――市川の耳には赤木の言葉が入っていかない。
市川が眼前にいるのは赤木と知って、真っ先に湧き上がった感情、それは恐怖だった。
つい先ほどひっそりと認めた己の感情を真正面から突きつけられる。
市川はそれをそっと自嘲の笑みとともに受け入れた。アレが化け物であることは、このわしがこの身をもって体感したことだ。

しかしだからと言って、市川も、やられっぱなしで黙っていられるような性質ではない。
それに赤木の異常性に恐怖したと言っても、この男を憎む気持ちが萎えたわけでは決してない。

市川は、話を続けている赤木の声を頼りにその距離と位置をつかみ、そうそれはいつか、6年前のロシアンルーレットでのことのように、しかしあの時とは異なり今は胸倉を、掴みかかろうと手を伸ばした、が、その手はパシンといとも簡単に、赤木によって軽く払われてしまった。

「今のアンタはちっとも怖くない」

赤木はそう言った。そして、何がおかしいのか「フフフ、」と小さく笑い、続ける。
「もっとも、6年前のアンタが怖かったかと言えば……。ククク、答えかねるがね」
そして赤木はまたしばし、独りで笑う。市川は払われた手もそのままに茫然としている。


◆◇◆

笑いをおさめた赤木は口を開いた。
「アンタのそれはニセの怒り…。自覚しているんだろう?分かっていながら道化を演じるのは感心しねぇな」
「…フン、わしなど貴様に負かされたその瞬間から道化さ」
「――それでアンタは、このゲームを自分の死に場所に選んだのか」
「…何か、言いたそうだな」
「いや別に。道化らしい最期なんじゃないか」

しごくあっさりと赤木はそんな感想を口にした。
赤木のその言葉の裏の、蔑むようなニュアンスに、市川は激しい怒りを覚えた。カッと頭に血が上る。しかし赤木はそんな市川の様子に頓着しない。

「じゃあな、市川さん。俺、急ぐんだ」

それだけ言って、立ち去っていく。赤木は、市川への興味を失っていた。サクサクと、来た時と全く同じような足取りで、市川からどんどん離れていく。
残された市川は、その場に立ちすくみ、ただブルブルと拳を震わせている。
赤木に対する怒りはほんの一瞬だった。今は、道化であると自ら認めた矜持の低さに、突然に強い恥を覚えていた。


◆◇◆

市川は立っていた。ただ立っていた。立ち尽くしていた。頭の中をめぐるのはこの島に来てからの、数々の言葉。

(ダメッ………!ダメですよ……自殺なんて………何があったかは知らないですけど……
 希望を持っていれば誰かが助けてくれることだってあるっ………!)

(アンタ、死に場所を求めてきたと言ったよな……
 たかが参加者数人道連れにしたところで、満足か?
 雀ゴロやただの中年、そんな奴らばかり殺して満足するのかよ)

(‥‥‥このゲームに参加してたら、死ぬことなんて簡単なのに‥‥、わざわざ、あんなことを言った‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥きっと、ただ普通に死ぬのは嫌だったんだ‥‥‥‥‥‥。)

(うふふふっ………慌てない慌てない………いつでも殺してあげられるんだから……今回は見逃してあげるよ……)

(俺から見たら、アンタはただふてくされてるだけにしか見えねえ)

(いや、いいや…。どうでもいい…)

(今のアンタはちっとも怖くない)



(分かっていながら道化を演じるのは感心しねぇな)




どいつもこいつも、好き勝手言いやがってっ……!!


◆◇◆

やり場のない感情を胸に、市川は背負っていたデイパックを力任せに地面へと叩きつけた。
手榴弾は上着のポケットに入っているが、デイパックの中にはICレコーダーのような精密機器も入っている。――そんなこと、今の市川の頭にはない。よしんばあったとして、ICレコーダーが壊れたところでどれほどのものかという気分でもある。

市川は、脱け殻の人生に嫌々している。飽き飽きしている!
誰が、好き好んで道化など演じるものか。そこまでわしを追い詰めたのは、赤木しげる、貴様だろう!

しかし、ここで市川は悟る。赤木が憎いわけではない。むしろ――市川は赤木を羨んでいた。己の持ち得なかったものをたかが13の子供の身体に宿した赤木しげるという奇跡を、ずっと、恐怖しながらも羨望していた。

市川の憎いのは、運命とも言うべき何か。
己と赤木しげるを出会わせ、戦わせた、その「力」!
人は常に、それに抗うことも許されず、生かされ、殺され…。

市川は標を思い出した。聡明な子供、全てを見透かすかのような視線は赤木を思い起こさせて不愉快であったが、未来ある、可能性に満ちた、抜きん出た子供。
それが十に一つの一つに殺された。
不運だった。
あわれな。


同じことなのだろう。
わしが赤木しげるに出会ってしまったことは、不運。

ただただ、不運だったと。

それだけのことだったのだ。


◆◇◆

生きるか死ぬかという、このバトルロワイアルの中に長時間いて、また、多くの、多様な人間とぶつかり合って、そして何より赤木しげるとの6年ぶりの再会を果たして、市川の精神はかつてない境地にいた。
人や自己や命、生、人生とかいったものを、真に無造作に、他人事のように考える。
一度そちら側に足を踏み入れてみれば、これまでの自分がいかに薄っぺらい偽物だったのか、強く思い知らされる。

結局、わしはわしが一番かわいかったのだ。
それで、それがいけないということではない。大物を気取っていながらそういう己の甘さ、不平等さを自覚していなかったことが、今となってはお笑い草なのだ。
誰もが等しく死ぬときは死ぬ……口でそういいながらも心のどこかで「しかし自分は違う」という考えがあった。
それは意志を持ち思想を抱き未来を見ることの出来る人間にとって、決して消しえぬ感情。死をすっかり受け入れることなど不可能である。
だから、否定するのではない。
受け入れるのだ。あるいは、諦めるのだ。
共存しえたその時、人間は人間としての殻を破る……!

「フ、フフフフ、クックックック……」

市川は笑った。市川は今、赤木をニセの感情でもっても憎いと思わない。
それどころか、この6年間どうやってもぬぐいきれなかった「みじめさ」すら消え去っている。
まるでそれは、6年前に死んだ市川という男が、今、生まれ変わったかのような。



◆◇◆

心に一陣の風が吹きぬけていった。

それは地獄から来る風。

市川は風の来た方を見据えた。

あれ程までにこだわってきた赤木のことが、今ではさほどでもなかった。

地獄の淵は臨めるだろうか。




狂気――偽物ではない、相手を脅すための見せかけでも、トリックでもない、本物の狂気が、市川の心を覆っていた。



【E-5/路上/深夜】

【赤木しげる】
 [状態]:健康
 [道具]:五億円の偽札 ロープ4本 不明支給品0~1(確認済み)支給品一式 浦部、有賀の首輪(爆発済み)
 [所持金]:500万円
 [思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す 死体を捜して首輪を調べる 首輪をはずして主催者側に潜り込む

※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※五億円の偽札
五億円分の新聞紙の束がジェラルミンケースに詰められています。
一番上は精巧なカラーコピーになっており、手に取らない限り判別は難しいです。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※第二回放送後に病院の中を調べようと考えています。(ひろにメモが渡ったのは偶然です)
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、
帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。
 接触後、情報を引き出せない様ならば偽札を使用。
 それでも駄目ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
※村岡隆を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと村岡のみが知っています)

【市川】
 [状態]:健康 軽い興奮
 [道具]:モデルガン 手榴弾 ICレコーダー ライフジャケット 支給品一式
 [所持金]:0円
 [思考]: ダイナマイトを取り返す ゲームを覆す才覚を持つ人間を殺す 

※有賀がマーダーだと認識
※6年前赤木に敗北したことから始まる、全ての精神的しがらみを克服しました。
※克服により、市川の思考が上記状態とは変わっている可能性もあります。(次の書き手さんに任せます)



134:偶然と誤解の末に 投下順 136:ひとつの決着
127:帝域 時系列順 119:盲点
106:薄氷歩 赤木しげる 120:天意
110:老人と若者 市川 142:逆境の闘牌(前編) (中編) (後編)




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