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逆境の闘牌(前編) ◆uBMOCQkEHY氏


――――――――束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
        悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
        逆境があるからこそ 私は走れるのだ
        涙があるからこそ 私は前へ進めるのだ 
                           マハトマ・ガンジー



「まさか…本当にコイツの首を切断するのかっ!!」
「オレは本気だが……」
利根川の死体を指差しながら動揺する平山に対して、アカギは淡々と答える。
「けど……」
平山は己の両手を眺めながら、肩を震わせる。
利根川の頭部を撃ち抜いたのはほかならぬ平山自身であるが、それはもみ合いによる不慮の事故であり、そこに意志は存在していない。
しかし、これから行う死体損壊は、その行為への明確な意志がある。
言うなれば、擬似的な殺人。
殺人は他人に死を与える行為であるが、同時に自分の命の終わり――自己喪失を痛感する行為でもある。
それから目を逸らしたいが故に、できることであれば、殺人という選択は避けたかった。
参加者名簿を碌に確認しなかったのも、その感情が起因している。
だからこそ、平山はアカギの言葉に対して戸惑ったのだ。

「平山……」
ひろゆきは平山を物憂げな表情で見つめる。
ひろゆきもまた、平山と同じように殺人を忌み嫌っている。
もちろん、死体から首輪を回収使用する行為もできれば、避けたい。
しかし、ゲームの棄権権利を申告できるD-4エリアが封鎖された今、脱出するためには首輪の情報が必要不可欠である。

(この問題を先送りにしてはいけない……俺にはすべきことが……)
ここで躊躇している間にも、どこかで殺し合いが行われているのかもしれない。
もし、首輪解除の方法が解明されれば、殺人の連鎖を止め、天のような被害者を減らすことができるのだ。
(天さん……)
ひろゆきの脳裏に、天の亡骸、天と過ごした過去が蘇る。
笑いが絶えなかった日々。
まるで、薫風のような快い思い出。
今のひろゆきにとって、天と過ごした日々が戻らないことを受け入れるのは苦痛以外の何物でもない。
しかし、それを受け入れてでも、すべきことがある。
(被害者を減らし、この島から脱出する……そして、伝えるんだ……
最後まで人間としての矜持を貫いた天さんの生き様を、天さんのお嫁さん達に……!!)
その決意は雀士井川ひろゆきではなく、天の友人、井川ひろゆきとしての使命であった。

決意を新たにしたひろゆきはふっとため息をついた。
(でも、まあ、その前にやることもあるんだが……)
「なぁ、平山……利根川の首を切断する前に、自分の首の罠を外した方がいいんじゃないのか……」
ひろゆきは苦笑を浮かべながら、平山の首輪を指差した。
「あ……そうだっ!!」
平山は我に返ったように叫ぶと、利根川のディバックを掴んだ。
平山は利根川によって、首輪にEカードの耳用針具を取りつけられた――平山の命は利根川に握られていた。
その解除キーは利根川が持っている。
忘れていたわけではないのだが、利根川との攻防戦、利根川の死、アカギの利根川の首切断宣言など、整理しきれない事象が多すぎた余りにそのことを意識の奥の方へ追いやっていた。
平山は利根川のディバックをひっくり返す。
地図やパンなどの支給品、メモ帳、チップやノミ、コードが巻かれた塊、“MOVE”(進む)、“BACK”(下がる)と記載されたリモコン、そして、そして、ドライバーのような工具が出てきた。
平山はドライバー型の工具を手に取る。
リモコンには解除を意味するボタンがない。
それから考えて、平山の針具の解除の鍵を握るのは、おそらくこの工具だろう。
「平山、工具を貸してくれ……外すよ……」
「あ…ああ……」
ひろゆきは平山から工具を黙って受け取る。
本来なら、平山自身が解除工具で外すべきであるが、針は首の脇に当たり、平山の視界から外れてしまう。
「へぇ……」
ひろゆきは針具をまじまじと見つめる。
針具は吸盤のような形状の器具で、その中心には鋭利な針がむき出しのまま刺さり、四つのベルトが平山の首に絡みついている。
吸盤の部分に穴があり、どうやらそこに工具を差し込むらしい。
ひろゆきは工具を針具に近づける。
ひろゆきはもう一度、確認した。
「平山……行くぞ……」
「頼む……!!」
恐怖から目を逸らしたいのか、平山はギュッと目を閉じる。
アカギは無言で平山の動向を見つめている。
「外れてくれ……」
ひろゆきは工具を差し込んだ。
パチリ、と。
小枝を踏んだような小気味よい音が響く。
これと同時であった。
平山の首に絡みついていた針具がカランと地面に落ちたのは――。

「あ…」
平山は指で喉をさする。
膿のように首に巻きついていた針具がすでにない。
「は…外れた…針具…外れた…よな…」
平山はその事実を確認するかのように、呆けた顔でひろゆきを見つめる。
ひろゆきは平山に工具を差し出しながら、穏やかにほほ笑む。
「おめでとう…平山……」
ひろゆきの微笑で、平山の中で氷が溶けていくような安堵が広がる。
「あぁ…ありがとう…ひろゆき…」
気の抜けた破顔を浮かべると、平山はその場でへたり込んだ。


「それは“拘束具の解除工具”で間違いないようだな……」
アカギの突然の一言に、二人は戸惑いながら顔をあげる。
しかし、アカギは二人の困惑に答えることなく、ひろゆきの手から針具の解除工具を抜き取ると、利根川の前でしゃがみ込んだ。
「一体どうしたんだ……?」
ひろゆきが不穏な眼差しをアカギに向ける。
アカギは振り返ると、胸のポケットから一枚のメモを取りだした。
「カイジという男から聞いた話だ……」
「お前も……カイジと会ったのか……」
その聞きなれた名前に、ひろゆきと平山が顔を見合わせる。
カイジは対主催を掲げ、脱出する手段、主催者を倒す手段を模索していた。
その男からの情報であれば、ひろゆきや平山にとっても有益であることは確実だろう。
ひろゆきと平山は黙ってアカギからメモを受け取り、それに目を通した。

『Eカードで使用した拘束具は首輪の作りとどこか似ている。
この拘束具を解除する道具で首輪を外すことができるのかもしれない……
外すことができなくとも、今後の首輪解除のヒントになるかもしれない……
この工具は棒のような形状のもので、首輪の螺子に合う様なら……この首輪を外すことが可能かも知れない。
今、この拘束具の解除は利根川幸雄という男が所持している可能性が高い』

「カイジ……」
もし、これが本当であり、首輪をはずすことができれば、禁止エリアの縛りからも、主催者からの監視からも逃れることができる。
「解除工具を差し込む場所なんて……」
ひろゆきは利根川の首輪を覗きこむ。
丁度、首輪の中央――顎の下に当たる所には円系の機械がはめ込まれており、これが首輪のメインコンピューターであろう。
首輪のデザインは腕時計のそれを彷彿とさせる。
そのメインコンピューターのコンピューターとベルトの間に縫い針が通るくらいの小さな穴が空いていた。
「もしかして、あの穴か……あれに差し込んで、上手くいけば……」

「まあ、そういうことだ……」
ひろゆきの察しの良さに満足したのか、含みを持った笑みを浮かべると、アカギは解除工具をその穴に向けた。
解除工具の先が穴を突き刺そうとした時だった。
「待ってくれ……!!」
平山が慌ててアカギを呼びとめたのだ。
平山は青白い顔でアカギを見つめる。
「なぁ…アカギ……もし、この工具が首輪解除とは全く関係のないものであったとしたら……
で、その動きを首輪が感知しちまったら……爆発するかもしれないんだぞ……!
お前だって、ただじゃすまない……爆発に巻き込まれる……!
そもそも主催者がそんな道具、参加者に渡すと思うか…!
分かり切っていることじゃないか…!そんな……」

平山の脳裏に、見せしめに殺された少年の姿が過る。
首から血を溢れだしたまま、崩れ落ちていく少年の胴体は、平山に痛みへの怯え、自身の消失という寂寥感、生への強い渇望――死の恐怖を湧きあがらせた。
この感覚はその天の死体を見た時も現れた。
この恐怖は身体の芯が腐敗していくような不快さを持ち合わせている。

(あの工具が首輪を外せるものだと完全に立証してからでも遅くはないんだ…
なのに、確証がないまま、どうして試そうとするんだ…死ぬかもしれないのに…
そんなこと無意味以外の何物でもない…!そんな……)
黙り続ける平山に対して、アカギは冷徹に言い放った。
「…そんな“無意味な死はごめんだ”といいたいのか……」
「え……」
平山は顔を上げ、唇をわなわなと震わせる。
アカギは平山の軟弱さを物の見事に言い当てた。
しかも、かつてアカギから腕一本を賭けた牌当てを提案された時、それを拒むために平山自身の口から出てしまった言葉によってである。
平山は震える唇から、今にも空気に溶けしまいそうなほどに弱弱しい言葉を漏らす。
「確かに……あの時、俺はそう言って、勝負から逃げた…だが…今は無意味な死だなんて……」
平山は俯き、言葉を詰まらせる。
どんなに言葉で取り繕おうと、今のやり取りはかつて怖気づいてしまったあの時――言い訳を並べ、ただただ命の危機から逃れようとしている状況とほとんど一緒なのだ。
これ以上、言葉を並べれば、かつて川田組長の前で露呈した醜態を再び、繰り返すこととなる。
今の平山はアカギと浦部との戦いを見て、自分の底の浅さを理解している。
ひろゆきに対して、己もこのゲームに立ち向かうと宣言しておきながら、その覚悟が実はまだ確固たるものでもないことを理解している。
だけど、改めたい――アカギ程とまでとはいかなくとも、ひろゆきのように目標を見失わずに邁進する精神に近づきたいと切実に感じている。
平山の緘口は、自分の脆弱さへの抵抗であった。

「黙っているのは勝手だが……」
アカギは“相変わらず、お前は成長が見られないな”と言わんばかりに、鼻であしらう。
「俺は思う……麻雀も……この首輪解除もギャンブルだ……!!
ギャンブルってものは先が見えないものさ…その中にはお前が怯える“無意味な死”に出くわすこともあるだろう…
だがな、それを知っていたとしても進まなければ何も変化しない……可能性を見出すこともできない…」
アカギは利根川の首輪を押さえる。
解除工具をその穴に差し込もうとする。
しかし――
「……ダメだったか……」
穴が小さかったため、解除工具が穴に収まることはなかった。
アカギは解除工具を平山に返した。
「俺は利根川に立ち向かったお前を見て、変わったと思った……
だが、それは見当違いだった……お前は勝負師の器としては二流……凡夫だ……」
畳みかけるように攻めるアカギに、平山は反論することもできず、項垂れる。
言われなくとも、知っていた。
いかに、恐怖心から目を逸らそうとしていたかを。

平山は臍を噛む。
平山にとって、まだ、自分に勝負師として至らない人間であるかを痛感したことは屈辱的である。
しかし、それ以上に恥入ることがある。
いかに自分が矮小な人間かをひろゆきに晒してしまったことだ。
ひろゆきは今、平山に失望を覚えていることだろう。
かつて、安岡が平山に見切りをつけた時のように。
(俺はいずれ切られる……ひろゆきから……!!)
平山の目頭が、年甲斐もなく熱くなる。
(そうさ……ひろゆきは思っているはず……
こんなつまらない男となんて係わらない方が……)
この直後、平山の視界を影が遮った。
「えっ……」
平山は思わず顔を上げ、言葉を失った。
ひろゆきがアカギの前に進むや否や、その胸座を取ったのだ。
アカギはそれに屈することなく、冷めた眼差しでひろゆきを見遣る。
「………殴るのか……」
ひろゆきはそれに答えない。
しかし、心の中の嚇怒を抑えつけているかのように震える拳と鋭い双眸。
誰の目から見ても、ひろゆきが平山への暴言に対して怒り、これ以上続けるつもりであれば、アカギを殴ろうとしていることは明白である。

アカギが言う、平山の“勝負師としての器”が至らない点はこれまで行動してきた中で、ひろゆきも感じてはいる。
しかし、平山に見切りをつけているアカギに対して、ひろゆきは平山の可能性を諦めてはいなかった。
ひろゆきは東と西の雀士がその雌雄を決する『東西戦』の後、勝負師としての能力が欠けていることを悟り、麻雀の世界から身を引いた。
ひろゆきもまた、平山と同じように、勝負師として器は完璧なものではなかったのだ。
断片的ながらも、アカギから発せられた平山の生き方はかつての停滞していた自分を彷彿とさせた。
勝負や生きることへの可能性を決めつけ、先へ進むことに怯えていた自分と――。
だからこそ、アカギが平山を否定したことに怒りを覚えた。

誰しも、苦難から目を背けることがある。
けれど、背けた先に答えがないことを悟った時、人は苦難の痛みを抱えながら、再び、前へ進みだせることもできるのだ。

「ひろゆき……」
そんなひろゆきを平山は呆然と見つめている。
かつて、ここまで自分を思ってくれた人物はいただろうか。

(ひろゆき……俺…お前のこと……誤解していた…すまない……)

仲間を信じきることができないほど、自分は何と器の小さい人間なのだろう。
ひろゆきへの申し訳なさに、とうとう涙が頬を伝って流れてしまった。

「お取り込み中、失礼するよ……」
全員が声の方向を振り返る。
彼らの視線の先にいたのは、長い白髪に、深いしわが幾重にも刻まれた顔。
風雨に晒された枯木を連想させる老人であった。

(何者だ……このジイさんは……!)

ひろゆきと平山は訝しげに老人を睨みつける。
それまで老人の気配は微塵もなかった。
それにもかかわらず、老人は今、ここにいる。
まるで闇が実態を帯びたかのようであり、その不可解さは二人の常識を超えていた。
老人はククク…と、からかうように眉を動かす。
「どうやら……喧嘩を売られた若造がお前さんに掴みかかったというところか……」
この言葉に、ひろゆきは怪訝な顔をした。
アカギに喧嘩を売られたのは平山だが、その胸座を掴んだのはひろゆきである。
しかし、老人はその行動が同一人物によるものと判断しているのだ。
しかも、どこか又聞きのような言い回し。
まるで、目が見えないかのような――。

「なんだ、俺を追っかけてきたのか……市川さん……」
ひろゆきとは対照的に、アカギは動揺することなく、ひろゆきの手を払うと、老人に近づいた。
どうやら、アカギは市川という老人と知り合いのようである。
ひろゆきはハッと思いだした。
「盲目の市川って言えば……」
雀士として裏の世界を知る人間なら、一度は耳にしたことがある名前。
その世界で5本の指に入る腕と言われてきた伝説の雀士。
しかし、とある雀士との勝負に負け、この世界から身を引いたという。
「なぜ、そんな雀士がここに……」

しかし、そんなひろゆきの疑問に答えるどころか、市川は風に耳を傾け、ほくそ笑む。
「どうやら……ワシらの他にもこの場の会話に耳をそばだてる者がおるようだな……肉体はないようだが……」
謎かけのような意味深い言葉にひろゆきと平山は顔を見合わせる。
肉体がないが、存在する。
それは死体となった利根川のことなのか。
だが、死体が会話に耳を傾けることなど不可能。
市川は何が言いたいのか。

「肉体はないが、会話を聞いている……」
この直後、アカギは壁に打ち付けられたボールが跳ね返るかのように俊敏に駈け出した。
アカギが向かった先は利根川の支給品。
アカギは神経を尖らせ、耳を澄ます。
風や木々のざわめきで気付かなかったが、神経を集中させれば、認識でできる音――テレビの砂嵐のような雑音が――。

アカギの表情が強張る。
アカギの視線が、繭のようにグルグルに巻かれたコードの塊を捉えた。
「ここからだ……」
コードの先には小さなスピーカーがついている。
このコードはイヤホンらしい。
「まさか……」
アカギはコードを解いていく。
そこから現れたのは消しゴムほどの大きさの黒い四角形の機械――アカギが所持しているものと同じ形式の盗聴器であった。
アカギはイヤホンに耳を傾け、囁いた。
「お前は……誰だ……」
ガガッ……というノイズ音とともに人の声が聞こえてきた。

『ククク……お前がアカギか……』
若く張りのある青年の声。
いつ頃かは分からないが、この青年はここでの会話を“堂々と”盗み聞きしていたらしい。
盲目である分、聴力がよい市川が、その独特のノイズ音から盗聴に感づいたのだ。
イヤホンの声は言葉を継ぐ。
『お前達の会話は聞かせてもらった……
そこにいるのは赤木しげる、しづか、井川ひろゆき、平山幸雄、そして、市川という男……
これがお前の手元にあるってことは、利根川は捕まったか……殺されたか……
で、しづかが持つ盗聴器にはさっきの音声が入ってこない……アカギ……お前、盗聴器に気付いて細工しているな……』
イヤホンの人物は悪びれるどころか、“いたずらがばれちまった……”と、善悪の判断を理解しきれていない子供のように、飄々と言いのけた。
『どっちでもいいや、これからはお前達がターゲットだ……!
首を洗って待って……』
しかし、イヤホンの音はここで止まる。
アカギがイヤホンを地面に叩きつけたからだ。
イヤホンからピシリと亀裂が生じた音がする。
アカギは更に足で踏みつけた。
プラスチックが激しく砕ける音が林に響き、やや焦げ臭い匂いが鼻孔に漂う。
イヤホンからすでにノイズ音はなく、代わりにショートした機械独特の不調和な電子音が漏れていた。
アカギはその破損した機械を拾いあげた。

「これは盗聴器だ……その先の人物は利根川とつるんでいる可能性が高い人物で、しかも、俺達のことを知っていた…姓名でな……
そして、俺達4人の殺害を宣言した…」

盗聴器である以上、イヤホンがついた受信機と音を拾いあげるマイクがついた送信機で一セットとなっているはずである。
送信機をどこかにセットして、受信機に繋がるイヤホンから送信機が拾った音に耳を傾ける。
これが本来の使い方であるが、イヤホンから出た音声は明らかに利根川の仲間であった。
ここから分かるのは、盗聴器は実は複数あり、仲間にそれを手渡した後、お互いの受信機を交換していたということである。
例えば、利根川が送信機で仲間に呼び掛けたとする。
仲間はこの利根川の送信機の音声を拾う受信機を所持しているため、遠くはなれた場所に居ながら利根川の声をリアルタイムで受け取れる。
つまり、盗聴器をトランシーバーのような連絡手段として使っていたのだ。
「これもダメだな……」
アカギは自身のディバックからメモ帳で何重にも包まれた同じ型の盗聴器を取り出した。
本来であれば、この盗聴器を使用し、しづかに爆弾を仕掛けたグループをおびき出す予定であったが、盗聴器の存在に気付いていると知られてしまった以上、所持していても意味はない。
イヤホンの人物はアカギがしづかと行動を共にしていると思ってはいるが、先程の音声の中でしづかの声だけが入っていなかったことから、近いうちに別行動をとっていることを察してしまうだろう。
「後手に回ったな……」
アカギはその盗聴器も足で踏みつぶして破損させた。
皮肉な話であるが、利根川はこれまで散々、アカギに裏をかかれてきた。
しかし、その死後、最後の最後でアカギの裏をかいたのだ、本人の意図しない形で――。


「そんな……」
平山はガクガクと戦慄の声を漏らす。
利根川の味方する者――天から得た情報と利根川たちの会話では、帝愛グループトップ兵藤和尊の息子、兵藤和也とその部下、一条の二名。
しかし、それは確定している人数である。
他の参加者も加担している恐れがある。
そもそも、4人の参加者の殺害を宣言したということはよほど殺すことに自信があるのだろう。
そのような戦闘に特化した人物が仲間にいるのか、殺傷率の高い武器を所持しているのか、仲間が沢山いるのか――。
利根川の呪縛から逃れられたと思ったら、新たな参加者からの標的となってしまった。
しかも、ひろゆきまで巻き込んで――。
(お……俺のせいだ…俺が盗聴器をディバックから出さなければ……)
「おい、平山……」
アカギは平山の腕を引っ張った。
「ここから逃げるぞ…」
平山はギョッとアカギを見上げる。
「でも、どこへ……?それに利根川の首輪を奪うんじゃ……」
困惑する平山の問いに対して、アカギは呆れたかのようなため息をつく。
「利根川の首をすぐに切断できるようなまともな道具がないんだ…
ここで悠長に利根川の首に構ってみろ……
利根川の仲間に見つかり、襲われることは確実……
今はこの場からすぐにでも離れることが……」

「まぁ、少なくともここよりは安全な場所なら知ってはおるが…」
それまで会話に混ざろうとしなかった市川が、手探りで利根川の所持品だったチップを拾い始めた。
「安全な…場所…?」
誰に命を狙われているのか分からないこの地で安全が保障された場所などあるものか。
平山がそう叫ぼうとした瞬間だった。
「おい、市川さん……アンタは一体、何が目的だ……」
アカギの問いに対して、市川は“カカカッ……”と朗々に笑う。
「ワシがここへ来た理由はただ一つ……お前さんと勝負したい……それだけよ……」
「勝負だって!!」
市川の突拍子もない言葉に、ひろゆきと平山は目を丸くする。
自分達は謎の勢力に追われる身となってしまった。
そんな中で悠長にギャンブルをしている余裕などない。
しかし、アカギにとって、その申し出は予測済みであったようだ。
「追われることを“ダシ”にする気か……」
「ダシ…」
ここでひろゆきも市川の意図を悟った。
「ギャンブルルームに逃げ込む…ということか……!!」
ギャンブルルームのルールの一つに、施設内での暴力が禁止されている。
裏返せば、ギャンブルルームに入ってしまえば、その間は利根川の仲間はアカギ達の命を奪うことができないのだ。

「そういうことよ……悪くない話であろう……」
「ほう…」
アカギは市川の言葉に相槌を打つ。
「暇じゃないが…悪くはない話だ……乗ってやる……で、ギャンブルは勿論…麻雀だろうな…」
市川は皺が寄った唇を歪ませて、ニヤリと人外の笑みを溢した。
「然り…そして、賭けるものは互いの命……」

「なっ…!」
ひろゆきと平山の表情がとうとう青ざめていく。
彼らの間に、何があったのかは分からない。
しかし、この場であえて命を張るギャンブルを行う。
まさに不条理。
そこに意義などあるのだろうか。

「まぁ、アンタとなら当然か……」
アカギは眉ひとつ動かさず、泰然としたまま、周囲を見渡し、ある一点に目をとめた。
林の奥に見える小さな屋根。
ギャンブルルームは意外なことにアカギ達のいる場所の目と鼻の先にあったらしい。
「北の方角にギャンブルルームがある……そこで勝負…だが…こいつらはどうする……?」
アカギはひろゆきと平山を顎で指す。
「これはワシとお前との勝負……“不純物”などいら……」
「待ってくれっ!!」
ここでひろゆきがアカギと市川の間に割り込んできた。
ひろゆきはあからさまに不快そうな視線をアカギにぶつける。
「言っておくが、俺もアカギとの勝負をしたくてここまで追ってきた…俺も勝負に加わる権利があるはずだ…!」
アカギは一瞬、呆れかえったかのような表情をするも、すぐに失笑を洩らす。
「お前も勝負に加わるっていうのか…俺と因縁のある市川はともかくとしてお前と俺とは赤の他人だ……何の意味がある……?」
“無駄な命の張り合いはやめておけ…”と、アカギは子供をあしらうように、ひろゆきを諌める。
「なっ…」
明らかに年下でありながら、尊大。
尚且つ、ひろゆきを頭数にすら入れようとしない傲慢さ。
(何なんだ…こいつはっ!!)

ひろゆきの怒りが込み上がってくる。
ひろゆきは噛みつくように、吼える。
「とにかく、俺はアンタと勝負がしたいんだっ!!」
ここまで来ると、意地による反駁である。
神域・赤木しげるの名を語る若き男、アカギ。
この男は何者なのか。
赤木しげるとどんな関係を持っているのか。
そして、それを知る術が一つしかないことをひろゆきは悟っていた。
(麻雀で戦って、コイツの正体、見定めてやる…!)

「面白い奴だな……」
市川はアカギに提案する。
「こやつも勝負に加えてやらんか……ただし、条件付きでな……」
市川は顔を“ひろゆきの声がした方向”に向ける。
「これだけは言っておく……
誘いはワシの方が先…で、ワシはアカギとだけの勝負を行いたい…
あくまでワシの要求を優先させるのが、スジというもの…
ただ、お前さんの言い分も理解できなくはない……
だから、こんなルールで参加というのはどうじゃ……」
市川は実に底意地の悪い笑みを見せた。
「アカギとワシの勝負、最終的に、点棒が少なかった方の首輪が爆破……。
もちろん、トビになれば、強制的に終了…!
しかし、お主はハコなし……つまり、マイナス点となっても勝負を続けることができる。
だが、そんなものじゃ、お主の自尊心も満たされないのも事実…!
そこで、お主に限って言えば、勝負終了時、点棒がマイナスであった場合、その首輪が爆破する…というのはどうじゃ…」
「マイナスで……首輪爆破だって…」
ひろゆきは眉を歪める。
どう聞いても、ひろゆきは数合わせのような存在でしかない。
無論、不服であるが、この誘いを断れば、二度とアカギと勝負することはできないだろう。
ひろゆきの答えは一つだった。
「分かった…それで受ける…」
「ひろゆき…!」
平山は縋るように、ひろゆきを呼び止める。
平山はいかにひろゆきがアカギと勝負をしたいのかを知っていた。
しかし、なぜ、命を賭けなければいけないのか。
ここは考え直した方がいい。
だが、声に出しかかった反論は喉元で萎んで消える。
平山は理解していた。
ここにいる者は全て勝負に身を委ねる者。
そんな勝負に対して、弱腰の態度を見せれば、それこそ、自身で認めたことになってしまう。
自分は“勝負師の器としては二流……凡夫…”だと。
「……俺も……参加する……その条件で……」
本音と裏腹な参加宣言。
結局、勝ってしまったのは、メッキのプライドであった。

「これで4人揃ったということか……」
アカギは先程の市川と同じように利根川のチップを拾いあげると、その枚数を数える。
「市川さんが持っているものも合わせて、合計18枚……1800万円……利用時間は2時間か…
普通なら、1回戦までいけそうだが、市川さんとの勝負は時間がかかる……いちいち打牌を公言しなければいけないからな…まぁ、東風戦までが精一杯だろう…それでもいいか…」
返答はない。
この期に及んで、反論する者などいないのだから、当然と言えば当然である。
彼らは利根川の荷物だけを奪い、ギャンブルルームへ足を進め始めた。






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