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伝声(前編) ◆IWqsmdSyz2氏


田中沙織を抱えながら、黒沢はひた走った。
腕の中で暴れる成人女性一人に加え、
様々な武器やいくつもの支給品一式を背負う逃避は確実に黒沢の体力を奪ったが、
もう佐原から狙われることはないと言い切れるだけの距離を移動できたのは
黒沢自慢の体力に加えて火事場の馬鹿力が発揮されたからかもしれない。

かくして二人は民家から十分に距離を取り、
佐原が追ってくるとしてもしばらくは安全だろうと言えるだけの状況になっていた。

黒沢にとって解決するべき問題は、
“佐原から逃げること”ではなく“沙織を落ち着かせること”に変化している。

道中、絶えることなく混乱したようすで悲鳴をあげていた沙織に、
黒沢はいっそ口を塞いでしまおうかとさえ思ったものだ。
当然、あのような――突然に目の前の人間が撃たれるという事態に直面すれば
誰だろうと少なからず動揺する。
それでも、生きるためには逃げるしかない。
佐原以外にも敵がいるのだということを意識しながら、そして逃げるしかないのだ。

沙織を置いて逃げることなど出来はせず、
半ば反射的に彼女を引き連れて黒沢は民家を飛び出した。
はじめこそ大人しくしていたものの、
遅れてきた恐怖に怯えて腕の中で暴れ叫ぶ沙織に呆れ、そして焦りながらも
ようやく身を隠せそうな森に入り込むと、そこで黒沢は足を止めた。

「落ち着いてくれっ・・・頼む・・・」

息を整えながら沙織を地面に下ろす。
黒沢が二言目を紡ぐより早く、沙織は乱暴に武器類を抱え込んだ。
とりわけ石田の首輪を大事そうに撫でながら、覚束無い足取りで黒沢から後ずさる。

黒沢が歩み寄ろうと体を動かすだけで、沙織はヒステリックに悲鳴をあげる始末だ。
荒い呼気からもわかるように、錯乱状態なのだろう。
佐原の陰に怯えているのか、
すでに存在しないはずの何かを見ているのだろうか、
沙織の開かれた瞳孔には、敵意を欠片も見せない黒沢だけが映る。

黒沢は努めて冷静な調子で、沙織を宥めた。

「近くにはもう敵がいないから大丈夫だが・・・オレから離れると・・・危ない・・!
オレは襲わないぞっ・・・オレはあんたを守る・・・だから安心しろ・・・・!」

白み始めた空の光が、森に染み渡りつつあった。
暗闇に姿を隠すことは、もう出来ない。
大きな声で問答を繰り返していては、格好の餌食になるだけだ。

沙織が地面にへたりこんだのを見て、ひとまずは落ち着いたと判断し、
黒沢はデイパックからマップを取り出した。
ただただ走り続けてきたため、今どのあたりにいるのか、方向感覚が失われている。
ひとまずは現在地を確認するのが先決だろう。そう判断したのだ。

改めて現在位置を知った黒沢は愕然とする。
この森、石田の死に場所が近い。
もしも沙織がそのことに気づいてしまったら――更に精神状態が悪化する可能性は十分にある。
沙織が察する前に、森から移動するのが最善だろう。

「だが・・引き返すことは出来ない・・・!」

元来た道を引き返せるほどの度胸はない。
そうとなれば進むしかないのだが、当て所もなく歩き回っても事態は好転しないだろう。
どこか身を隠せる場所、沙織を匿える場所を探さなければならない。
黒沢の視線がマップ上を行き来する。

「病院か・・・」

黒沢の目に留まったのは、現在地から南に位置する病院だった。
さほど距離は離れておらず、森を抜けてしばらく歩けば簡単に辿り着けそうに思われる。
それに加えて、黒沢には病院に惹かれる理由が芽生えていた。

田中沙織が正気を失っているのは間違いない。
これが演技だとしたら、彼女は並々ならぬ手練手管の持ち主だ。
もし真実がそうであるならば、黒沢自身どうしようも騙されるしかない。

黒沢の思考が、数時間前に遡る。
沙織と出会ったときのことを、思い返す。

『私、昔は医療に携わっていたことがあるので…』

そう、沙織はかつて医療関係者だった。
治を診た様子からも、このことが嘘だとは思えない。

「記憶喪失の人間が昔の思い出に触れることで記憶を取り戻す・・・。
よくあるストーリー・・・!ドラマ・・・映画・・・よくあること・・・!
だとすると・・・あるかもしれないっ・・・・!彼女の場合も・・・」

沙織を病院に連れていくことで、
そこで見る何かがきっかけになって正気を取り戻すのではないか。
黒沢の考えはそう至る。

彼女が正気を取り戻したとき、また黒沢を襲うことがあるかもしれないが
それでも現状よりは、話が通じるだけまともだろう。
沙織がいつまでもこの状態では黒沢も彼女を守りきれない。
気がふれた人間を正常に戻すことが簡単だとは思わないが、
可能性を捨てることはできなかった。

「田中さん、行こう・・・!病院へ・・・!」

俯き座り込んでいる沙織を支えながら立ち上がらせると、黒沢は明るい声で言う。

「少し歩けば着くから頑張ろうっ・・・・!
こんなときこそ・・・・明るくっ・・・前向きに・・・!」

沙織は焦点の合わない目で黒沢を見返した。
抵抗の意思はない、と判断した黒沢は、沙織の手を引いて歩き始める。

民家から逃げくる時とは打って変わり、道中沙織は大人しく黒沢の後を付いて歩いた。
少しの寂しさと同時にどこか間の抜けた安心感を纏いながら、二人は森を進んでいく。
程なくして森を抜け、目前は薄暗い鬱蒼たる景色から、近代味を感じさせる開けた風景へと変わる。
舗装された道路の先には、病院らしき建物の影が確認できた。

「あれだ・・・!」

『安全』という病院のイメージからかけ離れた重苦しい雰囲気に
黒沢は戸惑いを感じながら、それでも目的地への到達を目指して更に行く。

振り返り、沙織の様子を確認すると、
どうやら何かしら感じる部分があるらしく、険しい表情で小さく何かを呟いていた。
相も変わらず石田の首輪を大事に握り締めながらも、
移動に慣れてきたのか、足取りはしっかりとしている。

そうして沙織の手を引きながら、道路に沿って移動していたその時だった。
突然に近くの茂みが揺り動いたのだ。

咄嗟のことで何の対応もできずに、黒沢は立ち止まるほかなかった。
一歩後をついて歩いていた沙織の体が、黒沢の背中にぶつかる。
不思議そうにする沙織の顔を伺う余裕もなく、黒沢は茂みの向こうを睨みつける。
様子からして、茂みを動かすその存在は猫やうさぎといった小動物ではない。
相手が人間だろうことは疑いようがない状況だった。

がさり、と再び草草が擦れ合う音がなる。
事態に気づいた沙織が、震えながら声をあげた。

「何っ・・・!?いや・・・いやっ・・・・こないでっ・・・!」

沙織の声で、もはやこちらの存在は確実に知れてしまっただろう。
再び沙織を抱えて走り逃げるだけの体力は、今は残っていない。
黒沢はデイパックに突き刺したスコップを抜き、
沙織を背後に庇う体制をとりながら構えた。

「出てこいっ・・・・!」

黒沢の低く唸るような声を受けて草むらから登場したのは、
人間味を感じさせない白髪の若い男であった。
彼の手に黒く光るそれは、拳銃。銃口は黒沢に向いている。

「ぐっ・・・!」

予想していなかった、といえば嘘になるだろう。
しかしながら、その銃口の奥の深い闇は、黒沢を動揺させるには十分であった。

「あんただけでも逃げろっ・・・!」

黒沢は、足が竦んで動けずにいる沙織を一喝するが
それでも彼女は黒沢の背中から離れられない。
石田の首輪を強く抱きしめながら、肩を丸めて慄いている。

「くそぅっ・・・・!」

黒沢の、スコップを握る手に力がこもる。
数歩近づかなければスコップを振り下ろしたところで男に届かない。
対する白髪の男は引き金を引きさえすれば、
今この瞬間にでも黒沢を撃ち抜くことができるだろう。

体格差は明白であり、肉弾戦に持ち込めれば勝ち目は見えるはずなのだが、
銃器を前にした黒沢には怖じ恐れる気持ちが湧き出て止まらない。
目前の男は二回りほど年下に見えるが、それでも歴戦の風格を持ちあわせており
黒沢にとっては、さながらライオンに狙われる獲物のような、生きた心地のしない数秒が続く。

何故撃たないのか、何故動かないのか。
黒沢は全てを計り兼ねたまま、額に汗が流れるのを感じていた。
殺すつもりならば、様子見の必要などないはずだった。
出会い頭に発砲してしまえば、黒沢たちに為す術などなかったのだから。
黒沢と沙織が強力な武器を持っている可能性を危惧していたとしても
――事実、沙織は遠距離攻撃可能な武器を持っているのだが
例えそれを知っていたとしても、先手を打つ余裕はあっただろう。

「逃げろっ田中さんっ・・・・・!」

張り詰めた空気に耐え切れなくなった黒沢は、喉の奥から再び声を絞り出した。

相手から見て黒沢の背後は死角。田中沙織の存在は視認できないはずだ。
姿こそ見えないものの、声を聞かれてしまっているため
当然こちらが二人組だということは知られている。
それでも、動きが読めない位置にいる沙織を頼るのは効果的である。
沙織が何らかの行動を起こしてくれさえすれば、おそらく相手に僅かな隙が生まれる。
その隙を利用して 黒沢が体ごと突進でも出来ようものならば、状況は一転するだろう。

「田中さ・・・」

黒沢が沙織の名前を繰り返しかけた瞬間、白髪の男がそれを遮るように呟いた。

「田中沙織・・・?」
「し・・・知り合いかっ・・・田中さんの・・・あんた・・・」

黒沢は思わずスコップを構える腕を降ろし、聞き返す。

依然として銃口は黒沢を捉えて離さないが、心なしか男の表情が切り替わったように思えた。
田中沙織の前科を鑑みれば、この男が沙織を憎んでいる可能性も十分にある。
沙織の名前を安易に出してしまったことを一瞬後悔するが、
しかし黒沢は場を切り抜けるため、覚悟を決めて男を見据えた。

「田中さんは今・・・まともに会話もできない・・・!
だが・・・あんたに危害は加えない・・・!オレも・・・田中さんもっ・・・・」

まずは、こちらに戦意がないことを伝える。
どう逃げたとしても、これだけの近距離で銃を構えられていては無傷で済まないはずだ。
黒沢が現時点で相手の男に危害を加えるつもりがないことは確かだった。
加えることが出来ない状況である、というのが正しいのだが、
それでも争いなど望んでいないことは本心だ。
平和的に解決できるのであれば、それこそ望む道であり選ぶべき道なのだ。

とにかく、時間稼ぎであったとしても会話の余地があるのならば試すべきで、
もしかするとそこから突破口が見えるかも知れないと、黒沢は期待していた。

「オレは黒沢ってんだ・・・見知らぬ男から襲われたところを逃げてきた・・・!」


白髪の男が銃口を下げるのを見計らって、黒沢もスコップを地面に投げる。
一触即発の空気は僅かに緩み、黒沢に深呼吸をするだけの余裕を与えた。
相手は少なくともあの遠藤のように沙織を忌んでいるわけではないのだとわかる。
黒沢は続けて言葉を発していく。

「オレは・・・田中さんのことを詳しくは知らない・・・・!
会って間もなく彼女はこんな状態になっちまったもんだから・・・」

沙織と出会ってから今までのことを詳細に話すようなゆとりはない。
かなり大雑把に掻い摘んだ経緯ではあるが、黒沢は正直に告げる。
白髪の男は黙ってそれを聞いていた。
何かに納得するかのように数度頷いてから、男は口を開く。

「田中沙織、あんたを探しまわってる人間がいる」

その人物は“味方”なのか?
黒沢がそう問おうとするが、突然に背後の気配が一変する。
沙織の体が小刻みに震え出す。黒沢にも背中越しに伝いくる程の震え。
続いて呼吸が乱れ始め、小さかった震えは次第に沙織の肩を大きく揺らすほどになる。
明らかに様子がおかしい。
唐突な変容に驚きながら、黒沢は振り返り、沙織を落ち着かせようと試みる。

「田中さんっ・・・」
「いやぁっ!」

差し伸べられた黒沢の手を勢い良く振り払うと、沙織は尻餅をついて後ずさった。
視線は黒沢の向こうを彷徨っている。
その先は白髪の男なのか、それも違うようで、
どうやら見えない何かに怯えているようであった。
しかし、黒沢には状況がわからない。
黒沢の視点から考えると、沙織は白髪の男に対して恐怖しているのだと解釈するほかない。

「・・・ジ・・・こないで・・・」

徐々に沙織の声が大きくなる。
繰り返し呟かれているその言葉を聞くべく、黒沢は耳を傾けた。

「カイジっ・・・とう・・かいじ・・・こないで・・・あっちいってっ・・・・!」

「えっ・・・カイジ?」

沙織の口から紡ぎだされる言葉は、黒沢にとって意外そのものであった。
この状況でカイジという単語が出てくるということは、
即ち沙織は、この白髪の男をカイジと呼んでいるのではないか。

この男がカイジ?沙織はカイジと面識がある?
そして、沙織は恐慌状態に陥るほどにカイジを恐れている……。

黒沢は現在までに、三人の人物からカイジの名を聞いたことになる。
美心の大切な人である“カイジ”。
石田が誇らしげに『凄い青年』と称した“カイジ”。
沙織がひどく恐れる“カイジ”。

黒沢は混乱した。

美心のいう“カイジ”。彼女にとって特別な人間であるということしかわからない。

石田が言う“カイジ”は、ホテルでのルール説明時に目立っていたあの男。
間近で顔を確認したわけではないが、
髪色からして現在接している白髪の男とは別人であると考えられる。

最期に、沙織の知る“カイジ”は、どうやら白髪の男のことらしい。
先程から頻りに「こないで」と呟いている様子からも、決して友好的な関係ではないことが伺えた。

石田の指すカイジは黒髪。沙織の指すカイジは白髪。
全ての人間が嘘をついていないとするならば、カイジは最低二人、最高で三人存在することになる。
思案の果てその結論に達した黒沢は頭を抱えた。

(まさか・・・まさか複数・・・!?
この島に・・・カイジという男が何人もいるのかっ・・・?)

しかしその考えも、数時間前の記憶を手繰り寄せれば否定せざるをえなくなる。
遠藤の支給品であるノートパソコンを覗いたときのこと。
黒沢の脳裏に焼き付いているのは赤松の雄姿、そして改めて直面した美心や治、石田の死である。
されども、さらに深く記憶を掘り返してみれば、カイジについての情報も見えてくる。

ノートパソコンと対峙したその時、黒沢は自身の目的を忘れきってはいなかった。
美心のために、カイジを捜すという約束――謂わば決意。
赤松への想いで胸中一杯であったことは事実だが、無意識に黒沢はカイジという名前を探していた。
ノートパソコンの画面上に目を走らせたとき、
カイジという名前が複数あればいくら黒沢といえども気がついたはずなのだ。
黒沢の覚えている限りでは、カイジという名前は伊藤開司ただ一人であった。

すると、当然カイジ複数人説は潰える。

「田中さん大丈夫だぞっ・・・!襲ってきたりはしないから・・・大丈夫・・」

黒沢は思考を巡らせながらも、過呼吸気味の沙織に再度手を差し伸べる。
沙織は冷や汗を滲ませながら、石田の首輪をきつく抱きしめていた。
その顔面は、恐怖のあまりか蒼白である。

恐怖で蒼白。
そのワードが脳裏を過ぎった瞬間、新たな閃きが黒沢に訪れる。


(恐怖で血の気が引く・・・白くなる・・・白・・・・白髪・・・
そうかっ・・・!恐怖だっ・・・!!恐怖のショックで白髪に・・・!)

ホテルで見知らぬ少年を庇った黒髪のカイジは、
もちろん石田の知るカイジであり、そして美心の大切な人であった。
カイジはこの島で巻き起こったゲーム、何らかの衝撃的な事態の中で
極めて激しいショックを受け、その結果白髪になってしまう。
黒髪のカイジと、白髪のカイジは同一人物だったのである。

これが、最終的に黒沢が行き着いた答えであった。
そう、偶然にも出会ったこの男こそが、捜し求めたカイジなのだ。

「カイジ君・・・カイジ・・・ぐうぅ・・・!」

黒沢は美心や石田のことを思い出し、
感極まって鼻水混じりの涙を流しながら白髪の男へと向き直る。

何故、沙織はカイジを恐れているのか。
その疑問は解かれないまま――そもそも黒沢はその点を疑問視せずにいるのだが、
美心、そして石田が求めた“カイジ”なる人物が目の前にいるのだと思うと、
流れる涙を止めることなど出来ようがなかった。

これまで黒沢は、美心の慕うカイジという人物、
おそらくは美心の親類である、その男を探すという目的を持ってきた。
それは、美心のメッセージをカイジに届けるため。
美心の最期を伝え、そしてラジカセを託すためである。
石田の言葉が後押しとなり、カイジに会わなければならないという気持ちは大きいものとなっていた。

赤松が死に、仲根ともあのような別れ方をしてしまった以上、
黒沢にとって会いたいと思える人物は残すところカイジのみ。


そのカイジが、まさか目の前にいるとは……黒沢は必死に声を噛み殺しながら泣いた。
当然、いつまでも泣いてはいられない。
顔をぐしゃぐしゃにしつつも、黒沢は白髪の男に伝えるべき言葉を伝える。

「渡さなければならないものがあるっ・・・!この・・・声を・・・!
美心の声を聞いてやってくれ・・・!どうかこの・・・メッセージをっ・・・・!」

黒沢は溢れでてくる鼻水を拭ってから、ナップザックに手を突っ込みラジカセを探し出す。
つかつかと白髪の男に歩み寄り、美心の支給品であったラジカセを差し向けると
男は変わらぬ無表情で、それを受け取った。

「カイジ君・・・美心はっ・・・オレの美心は天国にっ・・・・・!」
「美心・・・?」
「わかるっ・・・・死を認めたくない気持ち・・・痛いほど・・・!」

尚も溢れる水分で顔中を濡らしながら、黒沢は深く頷いた。
美心と過ごした幸せな時間、美心を守りきれなかった後悔や、
美心のためにラジカセを届けると決めたその覚悟。
様々な感情が黒沢の中を駆け巡っている。

美心の意志をカイジに伝える――この目的は達成された。
充実感を覚えながらも、黒沢にはもう一つの為すべきことが思い浮かぶ。
そう、石田の意志を継ぐことだ。沙織を、守ることだ。
かつて美心を守れなかった自分を、黒沢は恥じていた。
惚れた女の一人も守れないとは、これではあまりに哀しい恋物語だ、と嘆いていた。

そこに、現れたのが沙織の存在である。
警戒するべきなのは事実であったが、
沙織が保護者を必要としている現状を実感している。
彼女の容姿が美しいということもポイントの一つではあったものの、
やはり大きいのは、田中沙織を守って死んでいった石田の心を継がなければならないという気持ちだ。

(今度こそは・・・田中さんの正気を取り戻して・・・彼女を正しい道へ導き・・・そして・・・!)

ちらり、と沙織を見やる黒沢。
視線など感じもしないのか、沙織は両腕で頭を守るような姿勢で蹲っていた。
右手に握られた石田の首輪が、ちょうど頭上に掲げられて鈍く光っている。
さながら、それは天使の輪のようで、黒沢は再び白衣の天使という言葉を思い出していた。

(きっと田中さんも本来は天使・・・・!悪魔などではなく・・・死神などではなく・・・・!)

美心を守り切ることが出来なかったこと。
仲根に正しい道を伝えきることが出来なかったこと。
そして、沙織を守るために散っていった石田。
黒沢は三人の姿を描きながら『沙織の正気を取り戻して見せる』と腹を決めた。

草を踏む音で、黒沢の思考は現実に引き戻される。
白髪の男が、黒沢を横切り、通りすぎて沙織へと歩み寄っていく音であった。

「あっ・・・カイジ君っ・・・・!」

これ以上沙織の容態を悪化させるわけにはいかないと、黒沢も白髪の男の後を追う。
沙織は相変わらず縮こまって震えていた。
一歩一歩悠々とした足取りで、白髪の男は沙織に向かって声をかける。

「田中さん、あんた・・・」

その瞬間であった。
白髪の男から声が発せられた瞬間、沙織は悲鳴をあげながら弾けるように立ち上がり、
辺りに放っていた武器や支給品の類を背負うと、足をもつれさせながら森へ後戻りだしたのだ。

「いやああっいやっ・・・!ごめんなさいっ・・・!ごめんなさい・・!許して・・・」

辺りに響き渡る沙織の声。誰に向けた謝罪なのか、黒沢は知る由もない。
ただ一つ、沙織は白髪の男から逃れるために立ち上がったことは、確実だと言えるだろう。

「あらら」

さして驚く様子でもなく呟き立ち止まる白髪の男を追い越しながら、黒沢は叫ぶ。

「田中さん・・・!森に戻ったら危ない・・・!」

黒沢の忠告など意に介さず、沙織は森の中へ逃げこもうと進んでいった。
追いかけるしかない。黒沢は荷物を背負い直し、疲れきった足腰に鞭打って走りだす。
ここでカイジと別れるのは惜しい。それでも、黒沢は沙織を守ると決めたのだ。

「カイジくん!」

黒沢は振り向き様、白髪の男へと声をあげた。
沙織との距離が開かないうちに、彼女を保護しなければならない。
カイジに伝えたいこと、カイジと話したいことは山のようにあるが、
黒沢は大切だと思われることを選んで、白髪の男に伝えた。

「石田さんは・・・石田さんは君を探してた・・・・!
でも・・・田中さんを守るために散った・・・!勇敢に・・・
そのことも・・・カイジ君に伝えておくっ・・・・!」

沙織に向き直ると、いつの間にやら彼女は移動速度を早めて、
もはや逃げ走るような形で森を目指していた。
木々の中に入り込まれてしまっては、見失う危険性がある。
白髪の男を一瞥してから、黒沢は走りだした。

黒沢は、沙織のために目的地に設定した病院を目前にしながらも、
沙織のために森へ駆け戻っていったのである。



【D-5/森の前/早朝】

【黒沢】
[状態]:健康 疲労
[道具]:不明支給品0~3 支給品一式×2 金属のシャベル 特殊カラースプレー(赤)
[所持金]:2000万円
[思考]:沙織を正気に戻す 沙織を保護する 情報を集める 自分のせいで赤松が・・・
※デイバック×2とダイナマイト4本は【C-4/民家】に放置されています。

【田中沙織】
 [状態]:精神崩壊 重度の精神消耗 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部と頬に打撲 右腕に軽い切傷 背中に軽い打撲
 [道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 石田の首輪
 [所持金]:1億200万円
 [思考]:カイジから逃れる 石田(の首輪)を守りたい 死にたくない 
  一条、利根川、和也、鷲巣、涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒
※沙織の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、2日目夜18時30分頃に機能停止する予定。(沙織は気がついていません)
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。
※サブマシンガンウージー(弾切れ)、三好の支給品である、グレネードランチャー ゴム弾×8 木刀 支給品一式、有賀が残した不明支給品×6がD-5の別荘に放置されております。
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の死により、精神的ショックをさらに受けて幼児退行してしまっています。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。







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