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慟哭 ◆6lu8FNGFaw氏


しづかは走っていた。
方位磁石を持っていないなりに、太陽の昇り始めた方向へ…東へとただ走っていた。

命を狙ってきた佐原から逃れるために、仲間だった仲根から逃れるために。
そして“あの女”田中沙織から逃れるために。

 ……参加者の諸君、黒崎だ…これより第三回定時放送を行う……

第三回放送が森の中に響き渡る。
しづかは構わず走り続けた。パソコンでダウンロードすれば、情報は手に入るのだから。
今は少しでも敵から離れたい。そして、どこか少しでも安全な場所に逃れたい。その一心で走り続けた。

 ◆

仲根は走っていた。
誰を追うでもなく。否、『今は殺したくない』しづかと、『今は会いたくない』黒沢以外の人物なら、誰でも良かった。

殺す。殺して兄さんが優勝出来るように仕向ける。そのためなら何だってする。そう、何だって。
仲根は先に包丁のついた、改造した木刀を強く握り直した。

 ◆

佐原は走っていた。
C-4から“獲物”を狩るために南東へと向かっていたら、今いる地点…C-5が禁止エリアになったためであった。

放送があってから30分以内にエリア外に出れば問題ないのだが、佐原は生きた心地がしなかった。
D-4のホテルから南郷とともに走らされたことを思い出す。
あの、首輪から発する甲高い音の間隔が少しずつ短くなっていく切迫感。
今思い出しても肝が冷える。
放送にはしっかりと耳を傾けていたが、走る速度を緩めることはしなかった。

「ハァ…ハァ…」
荒い息をつきながら、佐原は周囲を見回した。

右手の方角に“始まり”のホテルが見える。場所はD-5、森の中。
木陰に隠れ、改めて地図に禁止エリアや死亡者をメモし、呼吸を落ち着ける。
佐原の持つ狙撃銃は重い。他にも荷物がある上、5キロ近くある重さを抱えて走るのは骨が折れる。
だが、これは生命線である。遠藤を撃ち殺したときのことを思い出す。
佐原は遠藤を仕留めた事で、ある種の手ごたえを感じていた。
この銃を初めて撃ったときはどうなるかと思ったが、今はもうあんな失敗はしない。
反動に気をつけて慎重に獲物の胴を狙えば…やれる。

ここは戦場だ。そうすると自分の役割は、さながら雇われの兵士か。
決して望んでここへ来たわけじゃあない。
だが来てしまったからには銃を使い、殺される前に殺し、勝利条件をクリアする。
そうだ。これはそういう“ゲーム”なのだ。そして自分の思う“勝利”とは、生き残ること。
手のひら返しの得意な帝愛のことだ。棄権がすなわち日常への生還、と信じきっているわけではないが…。
首輪が全ての行動を制限する。島から脱出するにしても、まずは棄権して首輪をどうにかしてからでないと何も始まらない。


ガサッ…

草を踏む音に、佐原は身体を強張らせた。息を潜めて音のした方角を凝視する。
そこには女が立っていた。C-4の民家にいた4人のうちの1人。
わずかにゆらゆらと身体を揺らし、ぼんやり上を見上げている。
泣き腫らしたその目は焦点が定まっていない。

(狙い放題じゃねえか…!)
佐原は迷わず近くの木の幹に背中を預け、ライフルを構えるとスコープを覗き込む。

「ぁあ…ごめ…なさ……」
沙織はぶつぶつと何かをつぶやいている。
身体を揺らしてはいるが、そこから動き出しそうにない。

がさ…がさ…。
風が吹き、木の葉が擦れ合って音を立てる。

(俺はやれる。すでに一人殺した。あのときと同じようにすればいいだけ…!)
佐原は引き金にかけた指に力を込めた。

「田中さんっ!」

不意に周囲に響き渡った声。
沙織はびくっと身体を竦ませ、しゃがみ込んだ。



バァーンッ………!!


そのとき、ライフルは発射された。
沙織を追ってきた黒沢の声に驚いた佐原は、引き金にかけた指を止めることが出来なかった。
結果、ライフルの弾は沙織の頭を掠め、向かいの木の幹に命中した。

「きゃあああっ!!!」
「「なっ……!?」」

沙織が突然の発砲音に悲鳴を上げるのと、佐原と黒沢が声を上げたのは同時だった。
黒沢が振り向き、二人の目が合う。佐原は慌ててガシャッと音を立てて弾を送り、ライフルを構え直す。

だが、黒沢の踏み込みのほうが早かった。

黒沢とて、ライフルが恐ろしくない訳が無い。だが黒沢の反応は早かった。
黒沢の脳裏にはある光景があった。
『助けが遅れたためにマシンガンの凶弾に倒れ、守れなかった女性』の光景が。

ずっと後悔していた。
次など無いが、もし…もしも時間を巻き戻せるなら、弾丸が彼女を貫く前に時間を巻き戻したい。
もしそんなことが出来たなら、そのときは。
必ず助けるのに…と。


「うがあああああああああああああっ!!!」

横一閃。
黒沢は叫びながら、佐原の頬に渾身の張り手を食らわせた。

たまらず吹っ飛び地面に転がる佐原にすかさず馬乗りになり、てこのようにライフルを無理やりこじって奪い取る。
太い足に胴をがっちりと挟まれ、両手を捕まれた佐原にはいくらもがいても為す術もない。

「ぅわあああっ!!ひいいっ!やめろっ!やめてくれっ……!」
張り倒されたときの衝撃で頭が揺らされ、耳鳴りがする。
どれだけ足掻いても手首はいよいよ万力のように締め付けられ、佐原は恐怖に我を忘れて喚いた。

「何をやめろって言うんだっ!ええっ!?」
「ひいっ…やめ…」
「殺すなってことかっ!?お前はさっき何をした…!?今、何をしようとした…!?言ってみろ!」
激昂した声に、佐原の悲鳴はますます高くなる。
「殺…殺さないで……」
「殺さないっ!」

佐原は耳を疑った。今、何て言った?己の願望による幻聴か…?

「よく聞けっ!俺はお前を殺さないっ…!」
佐原はきつく閉じていた目を恐る恐る開いた。涙でぼやけた視界に、大柄な中年男の顔が広がる。

「殺さない!だからよく聞けっ…!
 こんなことして何になる!?多くの死人の上に立って、弱者を…女、子どもを踏みつけて生き残って何になるってんだっ!」

黒沢は後ろを振り返り、沙織にも声をかける。
「田中さんっ!大丈夫か!?弾当たってないかっ…!?」
「ふ…ぅええ…」
沙織はイヤイヤと首を振るとゆるゆると立ち上がり、後ずさった。

「大丈夫そうだな…」
黒沢はホッと息をつき、再び佐原を見下ろした。怒気を含んだ声で言い募る。
仲根にうまく伝えられなかったことを、今なら、この男になら伝えられるかもしれない。

「俺は…お前を殺さない…!殺したくないからだっ…!
 アンタだってそうだろ!?見たとこ20そこそこの若者じゃんかっ!これ以上罪を重ねるなっ…!」
「け…けどっ…」
佐原はどもりながら、必死に考えを巡らせていた。

……この男は殺す気が無いと言った。
もしかしたら、この場をうまく切り抜けられる…!?
なら、迂闊なことを言うな…言葉を選べっ…!俺の生死はこのおっさんの手の中…!

「俺…俺は…ただ生きたくって…!こ…こんなこと、本当にしたい訳じゃない…!
 誰が殺人なんてしたいと思うかよっ…!!」
「そりゃ、そうだろうが…」
黒沢が口ごもると、佐原はなおも言い募った。

「けど、ゲームに乗らなきゃどうしようもねえっ…!殺されたくない…だから殺すしか…!」
「だからって、最後の一人になるまで殺すつもりなのかよっ…!?」
「え…?い、いや、違う…!俺は優勝なんて考えちゃいない…!
 あくまで棄権狙いだっ…!一億で棄権の権利を買う…そのためにあんな…!」
「“そのために”何だ…?」
「あ、あ…いや…」
「何だ、言ってみろ…!何か言いかけただろ…!」

佐原は内心、舌打ちした。黒沢に必死で弁明するうち、言葉がいつの間にか本心…心情吐露になっていた。
南郷が死んだ今、あのことは自分だけの秘密にしておきたかった。
いや、そのうちきっと他の参加者も気がつくだろう。
だが、“早い者勝ち”であることを知っている自分としては“それ”が広まるのはもっと後になって欲しかった。
しかし誤魔化そうにも、相手の男はこちらの心を見透かすように覗き込んでくる。

「地下だ…」
「は…?地下…?」
黒沢は首を傾げる。機嫌を損ねてはまずいと思い、佐原は覚悟を決めて説明を始めた。
「地下には電波が届かない…。
 つまり、最初の開会式で黒崎が説明していた、
『棄権を望む者はホテル地下で、一億円にて権利を購入出来る』ってのは本当なんだ…!
 今あそこは禁止エリアだが、他のエリアから地下…下水道を通ってC-4、ホテルの真下まで行けば安全に辿り着けるんだ…!」
「一億…棄権…」
「そうだっ…あれはハッタリじゃない、本当のことだったんだ…!」

佐原は、放心している黒沢に懇願した。
「なあ…俺を見逃してくれないか…?その女はもう絶対に襲わないって誓うっ…!
 見逃してくれるなら、もう一つ有益な情報をアンタに話す…!」

「…本当に、誓うか…?」
「ああ…絶対だ、この首輪に賭けてもいい」
「……分かった、信じよう…!」
黒沢はゆっくりと佐原から身体をどけた。
佐原は黒沢の巨体に乗られ続け、痺れていた筋肉に鞭打ってようやく身体を起こした。

「……で?有益な情報ってのは?」
「今の話、単なる想像じゃない。俺は一度、地下に潜って見てきたんだ。
 確かにあった、棄権の権利を購入出来る場所が。
 俺はそのとき一億持ってなかったから、早々に追い返されたが」
「……それが有益な情報?」
「地下に潜っても、首輪が爆発したり不具合が起きない、そして禁止エリアでも地下なら首輪が作動しない、
 このことを身をもって証明したんだっ…!
 嘘だと思うなら、そのへんの死体から首輪を調達して確かめてみればいい…!」
「……そうか。まあ…信じよう…!アンタが棄権にやっきになっているのは確かなようだし…。
 しかし、俺たちが渡されてるのは1000万だ…!10人も殺す気かよっ!?」
「……そのためにギャンブルルームがあるんじゃないか。殺し合い以外でも金がやり取りできるように」
「…あー!あーなるほど!そうか!そうだよな…!」
「……………………」

ゲームが始まって18時間が経過しようとしている。
こんな初歩的な会話を、こんなタイミングで交わすとは思わず、佐原はただ呆れた。
「しかし、ギャンブルか…俺はパチンコくらいしかやったこと無いが、そんな程度じゃ意味ないわな…」
「…俺も似たようなモンだけど…。だから殺して奪うしかないって思って…」
「しかし…それならこのゲームの根底から…主催者を倒すという選択も」
「無理だっ!」
佐原ははっきりと否定した。

「絵空事だ、そんなの…!アンタはこのゲームの主催者、帝愛のことを知らないからそんな言葉が出るんだっ…!
 奴らは悪魔だ。何だってやる…歯向かう人間を潰すのに手段は厭わない…さっきの放送で釘を刺されてただろ…!」

佐原の脳裏には、板倉との苦い経験が浮かび上がっていた。
板倉が対主催の勢力を集めようとしていたこと…自分が、板倉をそんな気が無いのに裏切った形になってしまったこと。
ゲームの序盤『対主催グループの間に流れる自分の悪い風説』に怯え、見えない敵に震えて過ごしてきたこと。
人を殺し、金を奪った自分が、今更『対主催』側に入れるわけが無い。佐原はそう決め付けていた。
だがそれを黒沢に言うことは出来ず、言葉にしたのは、ただ主催がとてつもない脅威であるという事実だった。

「……首輪に誓ったアンタとの約束は守る。だが、これ以上アンタの言い分は聞けない…!
 俺はどうしても棄権したいんだっ…!」
佐原は勇気を振り絞って言った。
ライフルは放り投げられ、少し離れた場所に落ちている。黒沢との体格差は歴然としている。
本当は再び激昂させるような話などしたくない。だが…。
黒沢は多少抜けているところもあるが、話せば分かる男だ。
今のうちに『殺すな』という意見を取り下げさせておきたかった。

「…アンタ、今いくら持ってるんだ?」
黒沢は唐突に聞いた。
「は…?なんで…?」
「安心しろ…アンタのふところなんて狙っちゃいねえよ…!それに、無用の恨みを買いたくねえ」
「…2800万円」
「一億には遠いな…アンタ、まだ数人殺すつもりなのか…」

黒沢はしばらくの間、黙り込んだ。やがて、おもむろにポケットに手を突っ込むと、佐原に向かって拳を突き出した。
「交換だ…!」
「え…?」
「そのライフルの予備の弾薬、持ってるだろ。それと…今の俺の所持金…2000万円…!
 俺と田中さんを殺す代わりに、受け取れ…!」

佐原は呆然と黒沢の顔を見つめた。
「いいのかよ…?」
「いいも悪いもねえっ…!あんまりボケッとしてると気が変わっちまうぞ…!
 お前のデイパック、ひっくり返せ!その鞄の中の弾薬を引き取らせてもらう…!」
佐原は言われるままにデイパックを逆さにした。ダイナマイト、懐中電灯など色々なものと一緒に弾薬の箱が出てきた。
弾薬と2000万円を交換すると、黒沢は離れたところに落ちているライフルに目をやり、言った。
「あの中に何発、残っているか知らねえが…。アンタの使える弾はもうそれだけだ。
 出来れば人を殺す以外の道を探って欲しいが…アンタの生きたいって希望を、俺に否定することは出来ないっ…。
 未来があるもんな…若いアンタには…!」
佐原がデイパックに荷物を戻す間、黒沢は俯いて独りごちた。

「……アンタ、名前何て言うんだ?」
「佐原…だ」
「佐原か…クク…アンタ、少し似てるんだよな…俺の同僚に…!」
佐原が複雑な表情で黙り込むと、黒沢は勤めて明るい声を出した。

「俺は黒沢だ。アンタ、もし気が変わったら…もし…“他の道”を模索するなら…」
佐原がライフルを拾い上げるのを見ながら、黒沢は語りかける。
「“カイジ”ってやつを探すといい。なんかこの島で評判いいんだよな、あの男」
「カイジっ…!?」
佐原は驚いて黒沢のほうを振り返る。
「何だ、知り合いか?」
「……あ、ああ…前にちょっとな…」
「…そうか」
依然として硬いままの表情の佐原に、黒沢はそれ以上追及することをやめた。

佐原は、軽く会釈してから森の中に消えた。
黒沢は佐原の後姿を見送って……。


地面に突っ伏し、頭を抱えた。
「何、情けなんてかけてるんだっ、俺はっ………!!」


 ◆

佐原はしばらく歩いてから、後ろを振り返った。
木立に紛れ、もう黒沢の姿は見えない。

佐原は棄権以外の選択肢を選ぶつもりなど無い。
すでに人を殺してしまったし、黒沢が最後に言った名前の男のような情けも甘さも、自分は持ち合わせちゃいない。

『なあ…俺を見逃してくれないか…?その女はもう絶対に襲わないって誓うっ…!』
『ああ…絶対だ、この首輪に賭けてもいい』

“首輪に賭けた約束”と明言した以上、約束を破れば首輪が爆発する恐れがある。
ギャンブルルームでの約束でないとはいえ、油断は出来ない。

しかし『黒沢』を襲わない、とは一言も言っていない。
佐原は、あの場を上手くしのげたら黒沢を殺すつもりでいた。予備の弾薬を取り戻し、口封じをするために。
自分のチップを寄越したり、ライフルを返したり、お人よしにも程がある。自分には何の益も無いのに。
そういう人間はいの一番に餌食…!食い物にされる…!それが自然…この世の理…!

(だが………)

佐原は踵を返すと、再び歩き出した。どうしても黒沢を狙撃する気にはなれなかった。

 ◆

黒沢は、地面に突っ伏したまま、ブツ…ブツ…と独り言を呟いていた。
「2000万円…2000万円だぞ…!俺の通帳にそんな金額入ってたことがあったかよっ…!?
 否っ…無いっ…!
 しかも借金…この島に来る動機っ…!莫大な入院費っ…!茫然自失の金額…!
 人に恵んだりしてる余裕なんて皆無っ…!
『若者には未来があるもんな…』なんて言っちゃって…あるよっ…!俺にだって未来っ…!!」

だが、しかし…涙目になりつつも、黒沢は考える。
自分も優勝なんてハナから考えちゃいない。かといって棄権するために人を殺して金を奪うのも嫌だ。
そうなると…。

「佐原には偉そうに言ったけど…俺、何がしたいんだろうな…。
 今まで、この島で知り合った身近な人を守りたいってことばかりに頭がいって…」
黒沢は、そこで思い至った。

そうだっ…。今回は守ることが出来たんだった…!

田中沙織っ…!
危機的状況から女性を守った…!
俺は間に合った…!ついにっ…!快挙っ…!
うおおっ…!俺の行動をきっと石田さんや治、美心も草葉の陰で喜んでくれるっ…!

黒沢は、沙織のほうを振り返った。沙織は変わらずそこに立ち尽くしていた。


ように見えた。


朝もやの中、沙織は口を手で塞がれ、胸にナイフを突き立てられていた。



彼女の虚ろだった瞳が一瞬、朝日を浴びて光を取り戻したかのように見えた。
片方の目から流れた涙は何を物語っているのだろうか。
裏切った者たちへの懺悔か、それともただただ己の死を悲しんでいるのか。

目が慣れてきて、沙織を抱えるようにしている後ろの人物の顔がぼんやりと見えてきた。
金髪の男。だが、ずいぶん背が高い男だ。少なくとも…先程の佐原ではない。

男は、沙織から手を離した。沙織はまるでコマ送りのようにゆっくりと崩れ落ちた。


「兄さん…田中沙織は一億持ってるっ…!」
その男…仲根は目を見開いたまま、ありふれた会話をするように語りかけてきた。

「これで助かるっ…兄さんは一億で棄権できる…!」

 ◆

数分前。
森の中で黒沢の叫び声を聞いた仲根は、いてもたってもいられず声のする方へ走った。
いくら黒沢に会いたくないからといって、助ける前に黒沢が死んでしまっては元も子もない。
身を挺して助けるつもりだった。
だが、優勢なのは黒沢のほうだった。仲根よりは年上の若い男に馬乗りになり、叫びを上げていた。

「こんなことして何になる!?多くの死人の上に立って、弱者を…女、子どもを踏みつけて生き残って何になるってんだっ!」


仲根はまるで自分が怒られているような気がして、辛かった。耳を塞ぎたくなった。
だが、その後若い男と話し合い…黒沢は、自分が生きるために殺しをするという男を否定しなかった。
仲根はそこに一筋の希望を見出した。自分の考えも、きっと話せば分かってくれる。

しかも黒沢は、その出会ったばかりの男に2000万円も渡してしまった。
黒沢のお人良しぶりに歯噛みしながらも、仲根は嬉しくてたまらなかった。

(…やっぱり兄さんは違う…!どこまでも俺の想像の上を行く男…!)

しかし、やはり2000万円を渡してしまったのはやりすぎだ。
『一億で棄権出来る』のが確実であるという情報を掴んだばかりで2000万円を譲渡するなど、
自分の命の2割を気前良く渡すような行為…!仕方が無い、そこは自分がなんとか稼いで…。

そこまで考えて、ある重大な事実に思いが至った。

田中沙織。

先ほど、しづかの肩越しに確認したパソコンのモニター、何気なくチェックした沙織の項目。
黒沢が必死に庇った女はどんな女なんだろうと気になっていた。
沙織は、一億持っている。
それを知ったとき驚きはしたが、森田から聞いていた棄権が不可能という情報により、
『棄権が出来ないんじゃ今となっては関係ない』と思っていたのだが…。
さっきのあの男の話…『地下で棄権の権利』が本当なら、話は別だ。


(兄さんは、きっと悲しむだろう。けど、俺は兄さんに死んで欲しくない。
 兄さんに嫌われ、今以上に遠ざけられてしまうかもしれない。
 だが…人を殺しまくった後、兄さんに優勝を譲ろうと覚悟していたことを思えば些細なこと…!
 いや、たとえ嫌われようとも構わない…!いつか…きっといつかは分かってくれる…!)

(それに兄さんは生きてなきゃいけないんだ。一本筋の通った、すごい人間だから…!)

……仲根とて、人殺しをしたくてしている訳ではない。
身体に、心にまとわりついてくる気持ち悪さ。不快さ。
深く考えないようにしているが、恐らく罪悪感から来るもの。
仲根は強い人間である。だが、こんな狂ったゲームに乗るなら相応の大義名分がないとやっていけない。
一度は黒沢にそれを否定されたと思った。ショックだった。
だが今はそれでもいいと思う。黒沢が生き残れば、自分の大義名分……願いは果たされるのだ。


黒沢と佐原の間で話が付き、佐原が去った後も、沙織はぼんやりと突っ立っていた―――

仲根にとってそれは絶好の好機であった。
だから、やった。背後からそっと近づき、口を塞ぐと同時に刃を突き立てるのはほんの数秒の仕事だった。

仲根は己の献身的な行いに酔っていた。酔いでもしなきゃ、やってられなかった。
上ずった声で黒沢に語りかける。
「兄さんはこの女性を守りたかったんだよな…。悪いと思ってるよ…!
 でも、これが一番いいやり方なんだ。この女がなんで一億も持ってたと思う…?
 きっと何人も殺してたからだ…!
 本当は守ってもらう権利なんか無いのに、優しい兄さんに甘えてたんだ…!
 …でも、そんなことはもう、どうでもいいっ…!
 大事なのは、この女さえ殺せば一億手に入るってところ…!現時点で考えられる最小限の犠牲…!」

仲根はなおも語りかける。黒沢がどんな表情をしているか、仲根は気づかない。
「これで兄さんは抜けられる、ゲームから…!
 病み上がりなんだから、一刻も早く元の生活に戻って欲しい…。
 兄さんを救いたい…!それが俺の願いなんだっ……!
 さあ、早く……」
「俺は疫病神か……?」
「は…?」
黒沢の呟きに、仲根は驚いて言葉を失った。

「俺…俺のせいか……。
 赤松がこんなゲームに参加して死んだのも……。
 仲根が田中さんを殺さなくちゃならなかったのも……。
 全部…俺なんかのっ…………………………………」
黒沢は唇を震わせた。ボロ…ボロ…と目から大粒の涙が溢れ落ちる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!!!」


黒沢の慟哭が森中に響いた。


「うおお……おお……お…おおおおお………おおっ…………!!!」


黒沢は守りたかった。
身近にいる人間を。隣人を、友人を、知り合いを。
弱者を、女性を、子どもを。自分なんかを頼ってくれる『誰か』を。

ここは殺し合いの場だ。それが何を意味するか、深く考えた行動をしたことがあっただろうか?
守るだけでは何も守れなかった。

ここに来る前、言いようの無い寂しさに打ちひしがれていた時期があった。
だが、今は違う。
少しずつ変わっていって、今は自分のことを慕う人間、自分のことを助けようとする人間がいる。

だが、自分なんかのことを真剣に考えてくれる人間は、いつの間にか死んでしまい、いつの間にか罪を重ねていた。
そんな人間がこのゲームに参加しているのに、自分はその人達について、深く考えた行動をしたことがあっただろうか?

否…無かった。
その結果がこれだ。目の前にあるのは、紛れも無く残酷で静かな『現実』だ。
守ろうとした沙織の心臓は破壊され、救うと言ってくれた仲根は精神を侵され始めている。

……苦しみはいつも、少しだけ自室の押入れを開ければ、そこにあった。
老後とか、貯蓄とか、人生とか、言い知れぬ不安が渦を巻き、その影に怯えてきた。
だが…あれがぬるい苦しみだったとは虚勢でも言えないが……。
今思えば、なんと幸せな悩みであったことだろうか。

……取り返しがつかない。

黒沢は強い人間である。どんなに辛い目に遭っても、飲んで、泣いて、喚いて、やり過ごしてなんとか乗り越えてきた。
だからこそ、今直面している絶望も、頭の片隅でどこか冷静に受け止めていた。

「兄さん…」
仲根は不安そうに見つめてくる。
声も涙も枯れ果て、虚脱していた黒沢だが、今ここで仲根を否定するのは仲根を追い詰め、精神状態を悪化させることになると気づいていた。

「兄さん、早く行こう。他の参加者が来る前に…!
 地下…下水道の入り口…探さなきゃ…!」
仲根が沙織の荷物を漁ろうとするのを、黒沢はゆっくりと止めた。

「…待て。田中さんをここに置いていくのは忍びない…。
 せめて埋めてやりたい…いい場所を探して…。地下への入り口を探すのはそれからにしよう…」
「おおっ、さすが兄さん…!心優しい…!」
「そんなんじゃねえよ…」

黒沢は沙織の身体を抱きかかえ、歩き始めた。
木陰に隠しておいた荷物や改造木刀を拾い上げ、仲根もすぐ後をついて行く。




【D-6/森/朝】

【しづか】
 [状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
 [道具]:鎖鎌 ハサミ1本 ミネラルウォーター2本 カラーボール 通常支給品(食料のみ) アカギからのメモ コルトパイソン357マグナム(残り3発) ノートパソコン(データインストール済) CD-R(森田のフロッピーのデータ)
 [所持金]:0円
 [思考]:誰も信用しない ゲームの主催者に対して激怒 一条を殺す
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています。
※利根川から渡されたカラーボールは、まだディバックの脇の小ポケットに入っています。
※ひろゆきが剣術の使い手と勘違いしております。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3~5分ほどかかります。
※第3放送の内容を聞いていませんでした。これからパソコンで確認するつもりです。



【D-5/森/朝】

【佐原】 
 [状態]:首に注射針の痕
 [道具]:レミントンM24(スコープ付き) 弾薬×4(装填済み) ダイナマイト×4 懐中電灯 タオル 浴衣の帯 板倉の首輪 遠藤の首輪 支給品一式
 [所持金]:4800万円
 [思考]:自力で生還する ほかの参加者(特に仲根、しづか)(黒沢、沙織以外)を狩る
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※佐原の持つ板倉の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は失っていません
※黒崎から嘘の情報を得ました。他人に話しても問題はありません。
※遠藤の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、夜中3時頃に機能停止しました。しかし、佐原は気付いてはおりません。

【黒沢】
[状態]:健康 疲労
[道具]:不明支給品0~3 支給品一式×2 金属のシャベル 特殊カラースプレー(赤) レミントンM24の弾薬×15
[所持金]:0円
[思考]:沙織を埋葬する 情報を集める 赤松や仲根に対する自責の念

【仲根秀平】
 [状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
 [道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット グレネードランチャー ゴム弾×8 改造木刀 ダイナマイト3本 ライター 支給品一式
 [所持金]:5000万円
 [思考]:黒沢を生還させる、その為なら何でもする
※バタフライナイフは沙織の胸に刺さったままになっています。

【田中沙織】※死亡、黒沢が持ち物を沙織の身体ごと運んでいるので、状態表の一部を残しておきます。荷物をどう分けるかは次の書き手氏にお任せします。
 [道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 石田の首輪
 [所持金]:1億200万円
※沙織の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、2日目夜18時30分頃に機能停止する予定。(沙織は気がついていません)
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。




【田中沙織 死亡】
【残り17人】


156:集約 投下順 158:悪夢(前編)(後編)
156:集約 時系列順 158:悪夢(前編)(後編)
149:伝声(前編)(後編) 黒沢 163:空回り
154:暗涙 仲根秀平 163:空回り
152:出猟 佐原
151:繰返 しづか 159:墓前




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