※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

盲目 ◆tWGn.Pz8oA氏


風が吹く。
高く昇った太陽の白い光が木漏れ日として降り注ぎ、常緑樹の大判な葉は鮮やかに輝いている。
島の周りに広がる大洋から届く潮の香りは通常、島を訪れる者に清爽さと神秘的な懐かしさを与えるが、
南郷はへばり付くような不快さを感じていた。
ぬぐってもぬぐっても汗はにじみ出てくる一方で、心の芯は歩を進めるたびに冷えていくようだった。
彼の足の向いている先にはひとつの屍体が転がっていた。

南郷は元々ギャンブルへの参加に合意してこの会場へ来たわけではない。
ある金曜日の終業後、彼がいつものように行きつけの居酒屋でちびちびと杯を傾けていると、
突然場にそぐわない黒服の男に声をかけられた。
男曰く、現在彼らの組に一時的に身を寄せているアカギから
南郷を呼び出すように依頼されたということらしい。
『アカギが俺を……?なんでまた…』
『はい、何やら頼みたいことがあると聞きましたが、詳細は本人から…ということですので』
南郷は当然訝しく感じ断ったが、黒服はそれでは面子が立たないと食い下がって退かなかった。
二人は何度か問答を繰り返した後、それ以上堅気には見えない黒服に居座られて
飲み仲間や店員に怪しまれることを危ぶんだ南郷が渋々了承し、今に至る。

南郷は、ホテルの外に放たれてからひとしきり支給品や首輪を調べた後、
物陰に腰を据えて様々な考えを巡らせていた。
しかし、彼方で響く銃声を聞いてからはいてもたってもいられなくなり、
殺し合わなくていい人物を捜してあてどなく歩きまわった末に、ひとつの死体を見付ける。
(一時間も経っていないのに……)
南郷からあと数メートルほどの場所に倒れている屍の口角にはあぶくが溢れ、
手は苦しみもがいたときのままであろう格好で喉元に添えられている。
山口の死の瞬間を目の当たりにしたときは腰を抜かしてしまった南郷だが、
再び死んだ人間を前にした今、奇妙な現実感のなさに包まれたふわふわした心地のまま、
吸い寄せられるように川松良平の死体に近づいていった。

(クソッ…!死にたくないっ……!!どうすりゃいいんだ…!)

死ぬ。遊びではなく、本当に。
目前に横たわる「死」に絶望感を覚えて頭を抱える。
銃を持っている人間もいる中で、手元にあるのはせめてもの足しにと拾った太い木の棒、
麻縄、それから袋に入った一箱分ほどのパチンコ玉だけ。
ここで諦めてしまえたらどんなに楽だろう。
死ねば絶望も、恐怖も、苦しみも感じなくなるのだから。
頭に添えた腕の間からぼんやりと視線を死体に向ける。
川松の頬には、うっすらと涙の跡が這っていた。
「…死にたくなかったよな…あんたも……」
死んだこの男がどのような志を持っていたかはわからない。
だが、少なくとももう何かを願うことや叶えることは永久にできないのだ。

俺はまだ生きている。
だったら、せめて諦めずに願おう。生き延びることをーーー

南郷は立ち上がって傍らに転がる帽子を拾い上げると、
そっと川松の見開いた目を閉じ、帽子を顔に被せてやった。



「恐いよ…死にたくないよう……」
その少し前、ホテルの北側出口から出た三好は、ひたすら周囲を見回しながら彷徨っていた。
手には、彼に支給された小型のサブマシンガンーーイングラムM11が抱えられている。
普段ならば底抜けの明るさをもつ三好であるが、首輪を爆破された山口の近くにいた彼は
顔面に鮮血を浴び、現在はすっかり恐怖の虜となっていた。
少しの物音にも耐えられず、擦り切れそうな悲鳴をあげてしまう。
「ううう………カイジさん……」
三好はギャンブルの説明や山口の死に動転していた中で、伊藤開司の名前を聞いた。
山口を挟んで隣にいたのに、それまで気づかなかったことが悔やまれる。
「そうだよ…カイジさんに会えれば……!きっとなんとかなるはず…!」
あの地下でのチンチロ勝負。逆境をものともせずに這い上がり希望を掴む圧倒的な力。
彼の力があれば、ギャンブルで金を稼ぎ脱出権を獲得できるかも知れない。
三好はカイジの顔を思い浮かべると、わずかな光明を見出した気がした。
彼はどこにいるのだろう。早く会わなくては。万が一彼が死んでしまっては何にもならない。
逸る気持ちを抑えられず、思わず足が速くなる。

目の前の傾斜を上った三好が見たものは、もちろん求めていたカイジの姿などではなく、
横たわる血の気のない男と棍棒を持った男だった。
ホテルを出てから初めて遭遇する死体。
「ひっ、ひっ、ひとっ…!?」
人殺しかもしれない。死体のそばで武器を持っているのだから。
そう思ってほとんど無駄な問いかけをしようとするが、それすら言葉にならない。
いや、無駄とはいえここでその質問ができていたなら、相手に弁解の機会もあったかもしれないのだが。
「ひっ……!待っ……!」
顔に血飛沫を貼り付かせイングラムを構えた三好を目にして、南郷も思わず木の棒を構える。
南郷が手にしているのは、冷静になれば人を殴り殺せるような代物ではないことがわかるが、
恐怖心という魔物に取り憑かれている彼、三好にはそれが理解できない。
武器を向けられていよいよ固まりゆく猜疑心。


死体。死体。死体。人殺し。人殺し。殺される…!!

「うわああああああああああ!!!」
三好は撃った。とにかく、ほとんど狙いもなしに撃ち続けた。
元々イングラムM11は狙いを付けても命中率が低く扱いづらい武器であることに加えて、
二人の間にはある程度の距離があったため、三好の銃弾は南郷に当たることはないと思われた。
しかし、運のないことに、現実には南郷の左大腿部にやや外し気味に当たって南郷は倒れ込んでしまう。
貫通した弾本体は後ろに転がる川松良平の身体に当たり、物言わぬ彼の身体がわずかに跳ね上がった。
反動でよろめきつつも弾倉一つ分の弾を撃ち終えると、三好は嗚咽をあげながら元来た方向へ走り去っていった。
三好にも南郷にもとてつもなく長く感じられた時間であったが、
実際に銃弾が飛んでいたのははわずか3秒ほどの間の出来事である。

「どうしよう……殺した…!殺しちゃった……!オレは……人殺し……!
 人殺しを…カイジさんはきっと助けてくれない…!もうオレは…救われない……!!」
今まで下の瞼に溜まるだけだった涙が、いつの間にか流れ出していた。
言うまでもなく、三好やいるか分からぬ目撃者が告げなければ伊藤開司がこの出来事を知ることはないのだが、
限りなくネガティブな思考に陥った三好は、内なる自己糾弾の声にカイジの声を重ねて聞いてしまう。

『人殺し…!人殺し…!人殺し…!』

やっと念願の地上に出ることができたのに、積もっていくのは後悔と絶望だけ。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
出口のない自問自答だけが心中で渦巻く。
三好はいつの間にか走ることを止め、とぼとぼとただ足を交互に動かしているだけになった。

「カイジさん……許して…許して…あいつは人殺しだった…んだ……」
瞬間、自らの発した言葉に閃きを感じ、はっと顔をあげる。
「……そうだ。あいつは…人殺しで、結局オレやカイジさんの敵だったんだから…
 話せば……わかってくれるかも……?」
カイジと三好は、地下賭博を通して、一度はお互いに信頼し合った仲である。
そんな「仲間」を、彼が弁明も聞かずに切り捨てることはありえないはず。
やはり己を理解し救ってくれるのは伊藤開司、彼しかいない。三好はそう確信する。
「そう…ふふっ…カイジさんはきっと許してくれる…だって仲間だから……!
 カイジさん…。カイジさん…。カイジさん…。」
うわ言のように伊藤開司の名前を呼びながら、幾度も足をもつれさせながら、三好は歩き続けた。
しばらく流れ続けていた涙は頬にこびり付いた山口の血液を溶かし、
それをぬぐった三好の腕を朱く染めていた。



【D-5/森/真昼】
【三好智広】
 [状態]:精神消耗
 [道具]:イングラムM11 30発弾倉×5 支給品一式
 [所持金]:1000万円
 [思考]:カイジに会う 生還する

【南郷】
 [状態]:左大腿部を負傷、低度の精神疲労
 [道具]:麻縄 木の棒 一箱分相当のパチンコ玉(袋入り) 支給品一式
 [所持金]:1000万円
 [思考]:生還する 三好を敵と認識



010:邂逅 投下順 012:生きるために
010:邂逅 時系列順 012:生きるために
初登場 三好智広 026:人殺し
初登場 南郷 037:先延ばし






| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー