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説得 ◆tWGn.Pz8oA氏


キュッ、と蛇口のコックを絞る音が建物の中に響いた。
天と治は、出会った場所からいくらも離れていない軽食レストランにいた。
ヨーロッパ風に飾られた建物の中は、他の施設と変わらず薄暗い。
テーブルや椅子は、もはや人に座られるのを諦めたかのように整然と並んでいる。
それらが漏れ入る陽の光に所々照らされている光景は、どことなくもの悲しく感じられた。
天は水道水で濡れそぼったタオルを軽く絞ると、調理場から出て治が腰掛けているベンチへ向かった。

「氷はないみたいだから、ちっと温いけどこれで勘弁な」
「はい……でも大丈夫ですよ、オレ」

天はそう言う治に構わず、冷やしたタオルを治の後頭部にあてがう。
あれから治の意識はすぐに回復し、現在は打たれた場所の痛み以外に異常は現れていない。

「ま、一応だ一応!頭は俺も打ったことあるけどな……酷くなきゃ冷やして安静が一番なんだと」

「安静」という言葉を口にした天であったが、
こんなゲームの中で「安静」にしていられる時間がいくらもないことは承知していた。
治に吐き気や痙攣などの症状が見られなかったことには安心したが、以前かかった医者から聞いた話―――
頭部の打撲は後になって急に深刻なダメージが明らかになることがあるという話が、かすかな不安を煽る。
そんな天の心中を知らない治は、タオルを受け取り自分で打撲痕をおさえ直した。
出会ったばかりの自分のことすら本気で案じてくれる天の人の良さを感じたのか、
少し口元の緊張が緩んでいる。

「これからどうするんですか?……天さんは、ゲームに乗ったってわけじゃなさそうですけど」
「…ああ、極力人を殺すつもりはない。当分は人集めだろうな……治はどうなんだ?」
「オレは…ある人に会わないといけないんです。
 天さんはここに来る途中、アカギっていう人に会いませんでしたか?」

アカギという名前に、天の目が見開かれる。
やはり天もひろゆきや原田と同様に、あの赤木しげると同じ名前を持つ青年を気にかけていた。
ホテルでは後ろ姿をちらりとしか確認できなかったが、その特徴的な髪の色は、
40代半ばですでに真っ白に染まっていた赤木の頭髪とそっくりだった。
それが自然のものなのか、あの赤木を模しているものなのかはわからない。
どちらにせよ無関係というわけではなさそうに思える。

「………俺は会ってないが、知り合いなのか?」
「はい、職場の先輩だった人なんですけど」
「職場………で、その赤木ってのはどんな奴だ?」
「えっ……と、簡単に言えば麻雀がすごく強くて、独特な信念を持ってる人です。
 なんか普通の人間じゃないっていうか、次元が違うっていうか…とにかくすごい人ですよ」
「それっ………!見たのか?打ってるところを直接……!」
「もちろんです。ヤクザの代打ちをしてるところと、雀荘での勝負…たった2回ですけど、確かにこの目で」

偶然か、運命か、悪い冗談か―――?
天は体中の血が沸き立つのを感じていた。
勝負したい。その一念が頭の中を満たしていく。
他人の言う「強い」が実際どの程度のものなのかという問題は差し置き、
とにかくあの青年も勝負の世界に身を置く者だということが分かっただけで満足だった。
居ても立ってもいられなくなり、思わず拳を作ってベンチから立ち上がる。

「治……俺もそいつに会いたいんだ。一緒に探そう、そのアカギって奴を」
「は、はい………!天さんが一緒なら心強いですけど……
 でも、こんなところで人捜しって難しいですよね…脱出資金を集めてる間に偶然会うくらいしか……」
「脱出資金?お前、棄権するつもりなのか?」
「えっ?天さんは違うんですか?」

「………ホテルでの説明で、奴らがなんて言ってたか覚えてるか?」
「……一億円で棄権の権利を購入できる……でしたよね」
「そう……あくまで権利を売るってだけで、実際にこのゲームから離脱させてくれるとは言ってない」
「ええっ……!そんなのひどい話じゃないですか……!!」

きょとんとしていた治の顔が一転、驚愕の表情に変わる。
確かにひどい話。だが考えてみれば、そもそもこのゲーム自体が恐ろしく非道なものである。
今さらどんな非情な罠が隠されていようが、当然と言ってしまえないこともない。
治はそれでも、天の言うことが単なる言葉遊びにすぎない可能性を捨てきれないでいた。
だが、これまでにも散々狡猾な人物たちと相対してきた天は確信している。
彼らの言葉には決して甘いところはない。
話の至る所に、受け手の思いこみとも気付かないような思いこみにつけ込む罠を張っている。
主催側がわざわざあのような言い回しをするということは、確実に何らかの意図があるはずだ。
一億を集めてもまず簡単にはリタイアさせてくれないのは間違いないだろう。
天がその考えを伝えると、治は肩を落として言った。

「そっか……オレ、考えが甘かったみたいです。ダメだなこれじゃ……」
「………治、でも…」
「でも、生きて帰る手段がなくなったわけじゃない……!
 ここでやらなきゃいけないこともあるし、ガッカリしてる場合じゃないんだ。そうですよね!」

天は落ち込んでいたように見えた治の発した力強い声に、一瞬呆気にとられた。
治の瞳は決して後ろを向いてはいない。それを見た天は、ふっと笑みをもらす。

「ああ、その意気だ」
「オレ、絶対生還して見せますよ。…天さんはこのゲームを潰すつもりなんですよね?」
「………ん、ああ…俺はとりあえず、死ぬ奴をできるだけ減らしたいんだ……」

天は少し言い淀んでそう答えた。
元々人情家の天は、一人でも多くの人間を死なせたくないがために、このゲームへの反逆を決めた。
少しでも多くの参加者を生きて帰らせるためには、やはりこのゲーム自体を潰すしかないと考えたのである。
だが一方で、アカギのような相手との勝負を強く望む気持ちもあった。
一人でも多く救うためには、一刻も早くこのゲームを破綻させる必要があるにも関わらず、である。
天はほとんど勝負のためだけに生きているような男であるから、
それも仕方のないことと言ってしまえばそれまでだが、彼の心中は複雑だった。

「そうしたら…やっぱりとりあえずは人を集めて………ん?」

その時、上下に空間のあるウエスタンドアの外から、人の声らしき音が聞こえてきた。
天は反射的に振り返り後方の窓を見て、そのまま視線の方向へ進んでいく。
遅れて治も天に追い付き、窓の外を見つめたまま声をかける。

「天さん、今………!」
「ああ……あっちだ」

治は天の指差す方に視線を向ける。
少し乗り出して覗きこむと、それまでは死角で見えなかった場所に二人の人物がいた。
一人はごく普通の中年の男、もう一人は白髪の老人。
そして奇妙なことに、老人の方が中年の男に手を引かれて歩いていた。

「あれは……代打ちの市川……?」
「知ってるんですか?」
「ああ、代打ち界でも指折りの打ち手ってので有名だ………いや、正確には有名『だった』か。
 数年前から消息不明とは聞いてたが、まさかこんなところに…」
「へえ……あの人、目が見えないんですかね……?」
「ああ、盲目らしい……手を引いてる男も脅されてるようには見えないし、比較的安全かもな……
 よし、声かけるぞ」



「………で?確かに儂は数年前まで代打ちをしてたが………何か用か?」
「やっぱりそうか。個人的には純粋に対局でもしたいんだが、まあそういう場合でもないよな。
 とりあえず、アンタらが今何を目的に動いているか聞いていいか?」

市川は代打ち時代について触れられたためか、少し苛立った表情で天たちに向かっている。
その横に立つ石田は、はじめ強面の天に腰が引けていたが、
はっきりと敵意がないことを告げられてからは少し緊張が解けたようだった。
天の質問に市川が口を開こうとしたが、先に石田が拡声器を掲げて答える。

「私たちは、今からこれで殺し合いに乗ってない人たちに呼びかけようと思ってたんだよ……!
 ちょうどよかった……!君たちも殺し合いに乗ってないんだろう?」
「………呼びかける……?」
「そう、つまり仲間を募るんだ……!
 そうすれば同志の人たちが集まるし、参加者の中にいる頭の切れる知り合いとも合流できるかもしれない。
 その人ならきっと、君たちにとっても力になってくれるはずだよ……!」
「ちょ、ちょっと待ってください……天さん、それってヤバいんじゃ……!」

治は天に困惑の表情で視線を送る。
石田は二人の態度に不思議そうな顔で説明を求めているが、天はそれを無視して市川に言い放った。

「どういうことだ……?アンタなら気付かないはずがないだろう……」
「クク………さて何のことやら……」
「とぼけるなっ………!こんなところで呼びかけなんかしたら、安全な人物なんて来やしない……!
 集まってくるのは、ハイエナみたいな危険人物ばかりに決まってる……!
 そんなことくらい、あんたほどの人が気付かないわけがない……
 なのになぜ止めないんだ?死にたいのかっ……!?」

「……えっ………?」

石田はこの時、初めて今までしようとしていた行為の危険性に気付かされた。
そんな馬鹿な。だってこれは、窮地に追いやられた自分たちにとっての唯一の希望の灯なのに。
そんな、そんなとうわごとのように繰り返しながら、石田はへなへなと地面に膝をついた。

「死にたいのか、だって………?そうさ、儂は死にたいのさ……」

そう言ってわずかに肩を揺らして笑い出す市川。
その声には、こんなところで邪魔が入るなんてとことん運がない、と自嘲の音が混じる。

「ククク……だがつまらない死に方をするつもりはさらさらない……
 儂は死に場所を求めてここに来た……どうせなら華々しく散りたいじゃないか……なあ……?」

そう言って市川は、おもむろにコートの前身頃を開いて見せた。
びっしりと張り付いたダイナマイトの筒。それを目にした天はますます驚愕と憤りを露わにする。

「馬鹿野郎っ……!何人も巻き込むつもりかっ……!?」
「そうだ……いいだろう?所詮か弱い餌を貪りに来る乞食共さ………ククク……」
「クソッ………!!」

天は弾かれたように市川に髪の毛が触れるほどの距離まで詰め寄ると、市川の見えない眼をまっすぐ見つめた。
市川は眼前で燃えさかる怒りの鼓動を感じながら、それを逆撫でるような笑いを続ける。

「クク……お前も儂に死ぬなと言うのか……?」
「……そうは言わない。死ぬなら勝手に死ねばいいさ……
 だが、考えてみろ…!あんたがくくりつけてんのはダイナマイトだろうが……
 それだけの量があれば、このふざけたゲームをひっくり返せるんだぞ……!」
「何を言うかと思えば……クク………興味ねえなあ」
「本当にそうか……?アンタ、死に場所を求めてきたと言ったよな……
 たかが参加者数人道連れにしたところで、満足か?
 雀ゴロやただの中年、そんな奴らばかり殺して満足するのかよ」
「…………何が言いたい」
「アンタにふさわしい舞台は別にあるってことさ……
 どうせ死ぬなら、主催者の根城のひとつ潰して死んだらどうだ……!
 この場で一番殺しがいがあるって言ったら、奴らだろ……!」
「………………」

「ちっぽけな参加者には何もできやしないと高をくくって見物してる主催者たちを
 吹っ飛ばしたときこそ、ホントに華々しい死に方ができるんじゃないのか……!?
 それがアンタの求めてる最期ってやつじゃないのか……!!」

下手に逆上させたら今ここで爆発を起こされかねない状況の中、天は必死に説得を続けた。
天の必死の啖呵を、治はただ息をのんで見守っていた。
市川は気圧されたようにしばらく押し黙っていたが、やがて口を開く。

「………わかった」
「…………ほ、本当か………?」

ああ、と市川は静かに頷き、ゆっくりと呆気にとられたままの石田の方に向き直る。
天は張り詰めた表情を崩して、市川の前から一歩退く。
そのまま市川に触れられて我に返った石田も、
とりあえず市川が死ぬのを止めたのだということを認識して胸をなで下ろした。
誰もが天の説得の成功を信じ、その場に弛緩した空気が流れる。
だがその刹那、空間をも切り裂くような音が緩んだ空気を掻き回した。

『聞けっ……!ここに一千万ある……!!得たくば、奪いに来いっ……!!』


3人は動くことができなかった。
拡声器から最大出力で吐き出された轟音―――それは紛れもなく市川の発したもの。
気がつけば石田の手からは拡声器が消え、それは今市川の右手に収まっている。
口を金魚のように開閉させる天たちに振り向き、市川は不気味に笑う。

「小僧、お前の言いたいことはわかった……だが、受け入れることはできねえな……」



【B-3/アトラクションゾーン/午後】
【治】
 [状態]:後頭部に打撲による軽傷
 [道具]:なし
 [所持金]:0円
 [思考]:逃げるべきか迷っているが、基本は天に同行 アカギ・殺し合いに乗っていない者を探す

【天貴史】
 [状態]:健康
 [道具]:鎖鎌 不明支給品0~2 通常支給品
 [所持金]:1000万円
 [思考]:市川の行動を止める アカギ・殺し合いに乗っていない者を探す

【石田光司】
 [状態]:健康
 [道具]:支給品一式
 [所持金]:1000万円
 [思考]:ここから逃げ出したい カイジと合流したい
     ※有賀がマーダーだと認識

【市川】
 [状態]:健康
 [道具]:産業用ダイナマイト(多数) コート(ダイナマイトホルダー) ライター 拡声器
 [所持金]:1000万円
 [思考]:人が集まるのを待つ
     ※有賀がマーダーだと認識


031:束の間の勝者 投下順 033:二択
044:彼我 時系列順 042:虎穴
016:保険 050:混乱
016:保険 天貴史 050:混乱
022: 石田光司 050:混乱
022: 市川 050:混乱






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