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試作機が届いた日~那限逢真の場合~

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ginnnaigou

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試作機が届いた日~那限逢真の場合~



 大気圏内での運用を想定した航空機型の試作戦闘機開発計画――通称、『Project Argent』。
 鍋の国の銀内 ユウ氏により発案された第四の試作戦闘機の開発計画は、数ある技術者の中から選ばれた唯一人に設計と開発が一任された。
 早い話、計画発案が個人なら設計開発も個人だったのである。
 銀内 ユウ氏から提示された「F15系戦闘機をベースとすること」「第五世界での稼働ができること」という二つの要求を前に、様々な試行錯誤と紆余曲折を経て開発された試作戦闘機は、今、鍋の国に降り立とうとしていた。

「鍋の国管制塔。こちらアージェント1。着陸許可を願います」
『こちら鍋の国管制塔。着陸を許可します。中央滑走路に着陸を願います』
「了解。中央滑走路に着陸します」

 後部座席の相棒が基地の管制室との通信を終えるのを待って大きく息をつく。
 ようやくここまで持ってこれた。そんな気分だった。

「……ようやく、って感じね」
「……だな」

 どうやら同じ気分だったらしい相棒に相槌を打ち、何となく外を眺める。
 銀内 ユウ氏に突如として試作戦闘機開発の話を持ちかけられた時は流石に「私、無名の技術者なんですけど! てか、今真逆の事やってるとこだったりするんですが!?」などとも思った。
 しかし、選んで声を掛けてくれたこと自体が光栄な訳だし、選んでくれた以上引き受けないのは失礼だと思って引き受けたのも懐かしい思い出だ。
 この間が約一秒であった事や危うく無報酬で引き受けるところだった事は秘密にするつもりもない秘密だ。
 まぁ、仮にタダ働きだったとしても断る気はなかったのだが。

「……ねぇ」

 考えてみれば、ニューワールドでは最も長い付き合いであろうこの相棒――猫妖精の少女だ――が、テストパイロットに応じてくれたのも正直ありがたかった。
 何せ、一時期は全く連絡をしていなかったのだから。

「……飛行場、通り過ぎたわよ?」
「え? マジで?」

 その相棒の言葉に慌てて計器を見ると、降りるべき飛行場の表示は遙か後ろ。
 しかもエンジンが三つもあるからかなりの速度で遠ざかっていた。
 思わぬところで推力の高さを再確認させられ、頬をぽりぽりと掻きながら「ありゃ」と呟く。
 案の定、キレる相棒。

「ちゃんと前見なさいよ、このバカ! 何のために光学レーダーつけたのよ!」
「まぁ、待て。この場合、見るのは前じゃなくて下だし、見なきゃいけないのもレーダーじゃなくてセンサーかモニターだ。第一、光学レーダー関係ないだろ」
「うっさい! どれでも同じよ!」

 そして響く鈍い打撃音と後頭部への鈍痛。
 試作戦闘機が鍋の国に到着するには、まだ若干の時間が必要のようだった。



/*/

「この基地の司令官です。機体の受領に参りました。任務ご苦労様です」
「ありがとうございます。試作戦闘機アージェント、確かにお届けしました」
「……アージェント? 銀内号ではなく……?」
「あ、え~と……」

 試作戦闘機の名称が記憶していた名称と異なることに首を傾げる基地司令とその辺りの事情を知らない故に助けを求めるような視線を送って来る相棒。
 基地司令が首を傾げているところから察すると、どうやら基地の方には『銀内号』の名称で通知が行っていたようだ。

「いえ、『銀内号』で間違いありません。『アージェント』は開発時のコードネームなので」
「コードネーム、ですか」
「ええ。一応は極秘裏に開発される機体だったので機密保持の意味も込めてコードネームを用意したようです」
「なるほど……」

 実の事を言えば、真実は微妙に異なる。
 真実を正確に述べれば、「正式名称を隠すコードネームがあった方がカッコイイだろ!」という意見にスタッフ一同が賛同したのが最大の理由であり、今の理由は後から付け足されたものだったりする。
 ちなみに『Project Argent』というプロジェクト名が付いたのはコードネームが決まった後の話で、スタッフの誰かがプロジェクト名が無い事に気が付いて慌ててつけたという経緯がある。
 どうでもいい話だが、ややこしい話だ。
 もっとも、極秘開発されるものに情報攪乱のために偽の名前を付けるというのはあり得ない話ではないので、それで納得してくれるのならばそれに越したことはない。

「ちなみに『アージェント』というのは紋章学で『銀色』という意味の単語で、ラテン語で『銀』を表す『Argentum』に由来する単語です。
 開発責任者が『銀内号』に掛けて付けたという話で――」
「ストップ。誰もそこまで聞いてないから」
「いや、語らせてくれ。この妖精が導いてくれたとしか思えない奇跡の閃きを!」

 そもそもコードネームを付ける切っ掛けとなったのが「機体のどこかに銀とか使えませんか。魔除け的な意味で」といった感じのリクエストを銀内 ユウ氏から受けた事から始まる。
 リクエストとは言え銀器を使用して本当に魔術的要素が付いたら対処に困るし、機体強度や性能などの面でも一抹の不安が残る。
 しかし、コードネームならば『銀内号』にも掛けられるしどうだろうと頭を悩ませていた時のことだ。



『ねーねー。見て見て』
『む? どうしたんだ、その銀貨?』
『拾ったの』
『なるほど。……そういや、銀貨と書いてシルバーとは別の読み方していたゲームがあったなぁ……。
 あれ、なんて読んだんだっけか』
『アージェント?』
『それだっ!』



 ――と、いい感じに煮詰まった開発者が、こんな感じで羽妖精とお話をした事からコードネームが決まったと言うのが開発スタッフ内で実しやかに語られる逸話であった。事実は推して知るべし。
 一方で魔術的要素が絡むのではと心配する声もあったが、そもそもが正式名称でないコードネームの話であり、ここで「正式名称を隠すコードネームがあった方がカッコイイだろ!」という一言にスタッフ一同が賛同したと言う話に繋がるわけである。
 まぁ、開発者がこの意見を推した最大の理由は愛情なのだが。

「いいから黙ってなさいよ!」

 そのことを熱く語ろうと思った瞬間、相棒が機先を制する。
 綺麗に決まった肘の一撃に続きを語ることも許されず沈黙を余儀なくされる。

「……ともあれ、試作機輸送、ご苦労様でした」

 そして、このままだと余計な話にもつれ込みそうだと判断したのであろう基地司令はそう言って会話を打ち切り、そそくさとその場を後にしたのだった。



/*/




「話の途中に悪りぃな。聞きたいことがあるんだがいいか?」

 試作戦闘機が納められた格納庫の入り口で、相棒と共に買ってきたコーヒーを啜っていると、恰幅のいいおっちゃんといった風体の整備長がマニュアル片手に近寄ってきた。
 格納庫の奥では試作戦闘機の周りを整備員が取り囲み、整備長と同じようにマニュアル片手に機体を色々と検分していた。
 整備時のために機体を知っておきたいというのが名目だが、実際は新しい機体に興味津々なのだろう。

「構わないですが……何を聞きたいんです?」
「そりゃ聞きたいのは全部だ」
「マニュアル読め」

 一刀両断。
 でも整備長は諦めない。

「そうは言ってもな。こっちは人の命預かってんだ。コイツの良いも悪いも全部把握しておきてぇんだよ。
 こいつのクセとか他の試作機との差とか、テストパイロットのあんたならわかるだろ?」
「他の試作機との差、ねぇ……」

 試作戦闘機というのは曲がりなりにも極秘裏に開発された戦闘機である。詳細なスペックなど開発者か受注された藩国にしかわからない。
 そもそも、目指す方向性が違うものばかりなのだ。性能比較なんてできるわけがなかった。
 ……が、言いたいことはわからないでもない。
 現場で使う物は現場使う者の意見を聞いてみなければ本当の善し悪しは分からないものだ。
 可能ならマニュアルを全部読んでからにしてほしいというのが本音ではあったが。

「オレの主観が混ざる上にオレが分かる範囲でだけがいいか?」
「ああ、構わねぇ。助かる」
「……いいの?」
「いいさ。人の命預かって開発してたのはこっちも同じだしな」

 相棒の言葉に苦笑しながら答えると、情報を整理するために一拍置いてから喋り出す。

「まず、アージェントは制空戦闘と対地攻撃に主眼をおいた機体だ。用途としてはF15Eにもっとも近く、試作機としては蒼天、特にその量産機である蒼天・晴型にもっとも近い。
 蒼天・晴型と比較してどっちが高性能かは分からないが、まぁ、あんな感じのマルチロールファイターだと思えばいい。
 武装は翼面下の兵装ステーションに搭載されるから、武装の最大積載量に関してはおそらく量産機も含めた他の試作機よりも多いんじゃないかと思う。
 まぁ、その代わりにステルス性とかは切り捨てられているみたいなもんだし、陸上機としてしか運用ができないのは見ての通りだけどな」
「そうか。何かに似てると思ってたが、F15Eか。機体色もちょっと違うからピンとこなかったぜ」
「……まぁ、機体色に関してはスタッフ内で一揉めしたからねぇ」
「……してたわね……」

 正確に言うなら試作戦闘機はカナードを備えた三翼機なのでシルエットはF15EよりF15S/MDに近く、加えて言えば、エンジンも双発ではなく三発なので厳密にはF15とは言えない。
 そして、その機体を彩るのがF15E同様のダークブルーとF15Cのものに近いライトブルーの二色だった。
 当初、機体色は銀内 ユウ氏のリクエストで青系もしくは水色を含む配色が考えられていたのだが、実践投入するのだからF15Eのダークブルーが要求と実益に叶だろうと言うことになった。
 しかし――

『駄目です! 機体が地味すぎて視認できません! これではテストに支障が出ます!』
『まぁ、待て。スタッフA(仮名)、これ実戦で使うんだぞ?
 どこぞの試作機じゃあるまいし、トリコロールカラーにでもしろっていうのか?』
『今はテスト中であって実戦ではないです、スタッフB(仮名)。
 それにどこぞの試作機だけど灰色一色の地味な兄弟機より遙かにマシです!』
『ロマンスグレーを馬鹿にするなぁ!(涙目&パンチ)』
『トリコロールカラーはロマンと正義なんだよぉ!(絶叫&カウンター)』

 ――というやりとりからスタッフ総出のリアルファイトに発展し、妥協案として今の配色になったのだ。
 ちなみに沈黙させるためにスタッフ全員叩きのめす羽目になったのは言うまでもない。

「宇宙での性能はどうなんだ? 今の説明と機体形状だけ見ると大気圏内用って感じなんだが」
「一般性能要求に含まれている都合上、一応対応してはいるけど……まぁ、本職である蒼穹号や栄光ほどの性能は見込めないと思う。
 大気圏内での運用を優先させた形状で武装は実弾兵器が主体。レーザー砲も第五世界の熱線銃を大型化したようなものだから蒼穹号や栄光に比べると……って感じだからね。
 まぁ、殆ど既存技術で作ったようなものだし、蒼天・晴型みたいに宇宙でもそこそこ使えるってなら最高だねって感じかな?」
「試作機の性能要求でF15Eを作ったようなもんか……」

 整備長の言葉に肩を竦めることで答えに代える。実際、その通りだった。
 一般性能要求に宇宙運用とレーザー使用が含まれていたためにそれに対する対応はしたが、その辺りを考えなければ『スクラムジェットを搭載した三十メートル級のF15E』として完成していたことは間違いない。
 むしろ、銀内 ユウ氏には「別に宇宙で使えなくてもいいです」と言われていたくらいだし、機体のTLO化の危険性を考えればその方がいいとさえ思う。
 まぁ、弾道弾の空中迎撃を考えるなら低軌道宇宙で運用ができた方がいいのは確かなので試行錯誤したわけだが。

「ま、TLO化するよりマシだろ。
 量産する時には宇宙装備を外す事をお勧めするよ」
「量産に適しているのかねぇ……。コイツは。
 ところで、他の装備品の方はどうなっているんだ?」

 格納庫に座するダークブルーの機体に視線を移せば、その側に置かれているのは対空用の小型のミサイルとドロップタンクのみ。
 アージェントにはこれ以外に二種類のミサイルと対地兵装、ガンポッド、いくつかの補助兵装が存在しており、その事を知っていれば当然の質問だった。

「今あるの以外は別途輸送部隊が輸送してくるはずだ。
 本当はECMポッドとかブースターユニットとか、積めるだけ積んで行こうと思ったんだが、思い切り反対されてな」
「……あたりまえでしょう? 他の戦闘機とかの装備が使えるステーションがあるんだから無理に全部持っていく必要ないじゃない……」
「いや、ブースターユニット付けてりゃ武装満載でも離陸できるだろうが」
「その追加ブースターで垂直尾翼壊したのは誰よ……」
「あれはやばかったな。流石に脱出しようかと思ったよ」
「……おいおい」

 アージェントには本体に搭載された三つのエンジンの他に二つの大型ブースターが追加装備できる。
 本来は宇宙での機動性能の向上が目的で開発されたのだが、簡単に推力と航続距離の向上ができることから大気圏内でも使われる。
 問題なのは二枚の垂直尾翼の間に設置する方式を取ったため、大気圏内でパージすると垂直尾翼を損壊させる可能性があったことだ。
 できることなら損壊させる前に気付いてほしかったのだが、最初にそれに気付いたのが壊した本人にして設計者本人だったのだから誰も責めれないのではあるが。

「まぁ、そういうわけだから、ブースターユニットのパージをする時は気を付けるようにしてね。
 それくらいで墜落するようには作ってないから大丈夫だけど、壊れたら困るのは本当だから」
「お、おぅ……」

 相棒の言葉に整備長が困ったように頷く。
 考えてみれば、こういう部分はマニュアルに載っていなかったような気がする。

/*/

「疲れた……」
「質問に機体解説まで入れて逐一答えるからよ。馬鹿」

 一通りの説明を終え、質問が尽きたところでようやく解放され、昼に比べて幾ばくか冷たくなった空気を胸一杯に吸う。
 夜の帳が降りても飛行場は明るく、格納庫内は未だ騒がしかった。

「でも凄いよね。恋人のために戦闘機発注しちゃうなんて」
「恋人のための機体作った人は結構いるけどな」
 愛の形なんて人それぞれだし、いいんじゃないの?」
「まぁ、そうだけどね。……実は試作戦闘機はまだ未完成なんですっていったら怒るかな?」
「いや、完成はしているぞ? 確かに専用機としては未完成だが」

 銀内 ユウ氏によって発注された試作戦闘機は、仕様はどうあれ事実上の銀内優斗氏の専用機であることに間違いはない。
 それ故、開発された試作戦闘機は一部の機能が優秀なパイロットである銀内優斗氏による使用を前提とした設計となっている。
 しかし、現段階の試作戦闘機は銀内優斗氏に合わせた調整が行われておらず、銀内優斗氏専用機としては未完成の状態にある。
 言うなれば、試作戦闘機は『アージェント』としては完成しているが、『銀内号』としては未完成であるという事になる。

「まぁ、あとはパイロットに合わせた細かい調整だけだから完成していると言えば完成しているんだけどね」
「一足先に機体だけ持ってきたのもこっちじゃないと調整できないからだもんね」
「そうだな。まぁ、ここからは正規パイロットである銀内優斗の仕事だけどな」
「そうなると、折角描いたエンブレムも消しちゃうんだよね。ちょっともったいないかな」
「だな」

 着込んだフライトジャケットに刺繍された銀貨のエンブレムを名残惜しそうに触る。
 今、試作戦闘機の垂直尾翼には『Project Argent』の機体であることを示す銀貨のエンブレムが描かれている。


銀貨のエンブレム


 無論、このエンブレムは『Project Argent』のためのエンブレムであり、銀内優斗氏の搭乗機であることを示すエンブレムではない。
 ちなみに試作戦闘機にはこれに加えて鍋の国の航空機部隊の部隊章もつけられる事になっている。

鍋の国航空機部隊の紋章


「白銀の大鷲のエンブレムだっけ? 今度描かれるのは」
「そうだな。マフラーを巻いて鍋蓋の盾を持った鷲のエンブレム」
「前々から聞きたかったんだけど、何でそんなエンブレムになったわけ?」

 そういえば語ってなかったかと思い返す。
 イメージのリクエストをしたのは銀内 ユウ氏だが、それを元に描いたのは開発者の方だった。

「一応意味はあるんだぞ? 銀色なのは『銀内』の意味だし」
「それ以外は?」
「大鷲はベース機となったF15系戦闘機に敬意を示したから。
 マフラーを巻いているのはパイロットの要点だから。
 盾を持っているのは『守るためのもの』という意味合いから」
「じゃぁ、盾が鍋蓋なのは?」
「一目で鍋の国所属ってわかるだろ」
「……まぁ、分かりやすいのは確かだけど……」

 微妙に釈然としない様子の相棒に苦笑しながら空を見上げる。
 空は曇っており、星は見えない。
 だが、舞うべき舞台はそこにあり、白銀の大鷲は正しき操者を得てその舞台に上ろうとしている。
 願わくば、その舞台が平和を守るための舞台であることを祈るばかりだった。


銀内号の紋章
(ちなみにマフラーには銀内家の想いの品だからという理由もある)






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