「フェンシングしようぜ!」


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「フェンシングしようぜ!」

休憩時間に座り込んでだべる僕らを尻目にして、彼が突然、飛び抜けるような調子で言った。
普段とは違うやる気に満ちた声と共に機敏な動きで立ちあがり、マスクを片手にレッスンへと向かう。

一瞬呆気にとられていた僕らもそれに急かされて、まるで春の陽気に温くまどろんでいた川が上流の冷たい清水に冷まされたかのように引き締まり、慌ただしく準備を始めた。
その間、それ以上彼は何も言わず淡々とファントを踏んでいた。

だが、僕らは気づいていた。
吹けば飛ぶような体格の彼がこう言って張り切る事がどういう事であるか。
――無茶しやがって。
その華奢な背中は一切語らないが、分かる。

彼がフェンシングに対する誠意に目覚めたのでも、部活をおざなりにするという怠惰を嫌ったのでもない。
それは休憩中の雑談で一人、頓狂な事を口走った照れ隠しなのだ。

「おばちゃんの方がタメ語で気楽に話せるっちゃん。熟女とは違うぞ」
「……」
「フェンシングしようぜ!」

こうして今日も彼はチームを陰ながら練習へと焚きつけるのだった。