日本語源流散歩37


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「手柄を建てる」は「大伽揶(テガヤ)を再建しよう」というスローガン~イ・ナムギョの日本語源流散歩37


人が誰でも切実に望むものがあるとすれば、それは愛されて尊敬を受けることではないだろうか?
誰かに愛されてまた認められることがどれくらい幸せなことかはあえて説明する必要がない。

産業社会の時には愛する心を伝達する重要な手段が手紙であった。最近はすぐ電話してさらに早
ければ直接会って言葉と行動で表現する。 考えて悩んで月を眺めてしのぶ、そのような感動とロ
マンの時代は科学の発達速度と同じくらい早く消えていった。

とにかく上の人に認められ愛されることは昔も今も同じように大きな幸福に違いない。上の人に認め
られること。それは上の人が最も好むのをすることであり、これを一言で言えば「殊勲をたてる」ことだ。

「殊勲をたてる」を日本語でいえば「テガラヲ タテル(手柄を建てる)」であるが、ここで「テガラ」は
「殊勲」を意味する。これをもう少し詳しく説明すれば「テガラ」という言葉は昔、韓国南部にあった
古代伽揶王国「テガヤ(大伽揶)」を示す言葉で、「テガラを建てよ」とは言うまでもなく「失われた祖
国、大伽揶を再建せよ」という言葉で、これは古代の日本だった大和時代を生きた彼らの至上命題
だったのだ。 「手柄を建てろ」という言葉が「殊勲」という言葉に変わるほど、当時の大和政権が「大
伽揶」再建をどれほど気にかけたかを確認させる言葉だ。

古代日本に渡った大伽揶の人々にとって、奪われた祖国「大伽揶を再建せよ」という言葉が彼らの
スローガンであったことを見て、そこに潜む「言魂」に背筋が寒くなるよう感じる。

そのように見れば1970年代、我が国のスローガンは「良い暮らしをしよう」であった。 村ごとに新し
い村(セマウル)運動を起こして国民の顔には汗を流す喜びがあった。都市も農村もみな引き受け
た場所で熱心に仕事をし、その結果が今日の繁栄韓国を作ったのだ。「良い暮らしをしよう。良い
暮らしをしよう、私たちも一度良い暮らしをしよう」というのが民族の念願であったし、私たちみんな
の夢だった。「私たちも一生懸命がんばれば、マイカーにも乗れるのだ」という夢でみんなの胸の中
には新しい希望があふれたし、汗を流す喜びがあった。

第二次大戦の当事、米国を一つに団結させたスローガンは「リメンバー・パール・ハーバー」すなわ
ち「真珠湾を忘れるな」であり、日本を近代国家に脱皮させた明治維新のスローガンは「ソンノー・ト
バク(尊皇土幕)」すなわち「幕府を倒して天皇国家を作ろう」であった。このようにどの時代のどの
民族、どの国家でもこのようなスローガンが歴史を変えてきた。それならこれから我が国のスローガ
ンは何といえば良いだろうか?


ソース:韓国毎日新聞(韓国語) [イ・ナムギョの日本語源流散歩37]
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=40597&yy=2009
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