日本語源流散歩36


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「日本語の『どうも』は慶尚道の方言から」~イ・ナムギョの日本語源流散歩36


日本語が分からない人が、日本旅行の時に知っていれば便利な話を一つするなら、「ドオモ」
という事にはならないだろうか?

この「ドオモ(どうも)」という日本語は、【どうも、とても、本当に】という意味で、後に続く【ありがとう
ございます、失礼します、すみません】などの省略語として、状況によって適切に使う上級の
縮小型の言葉だ。

日本人と何かの会話をする時、後の言葉を省いてただ「ドオモ」と言えば相手が充分に理解する。
このように便利な「ドオモ」も、やっぱり韓国語 の「ド モ」から来た言葉だ。

「ド モ」は慶尚道方言で、現在の「ドモウル(他に何か)」に該当して、「こんなに良くしてくれたけど、
これ以上に更に何か」という言葉の含み語だが、日本語の 「ドオモ」は、この言葉の意味を全て
圧縮させた言葉である。

韓国語から出たが、これを縮小発展させた功労はまさに金メダル級で青出於藍(藍より青し)
である。我々のことわざに「升文を習って言葉で使う」と言うのは、正しくこのような話を置いての
事ではないだろうか。

「いくらたくさん習っても、上手く使わなければ何の意味があるんだろう? 」。そのように見ると、
「ドオゾ(どうぞ)」も韓国語 の「ド オソ」から出た同じ脈絡の話しで【さあ、どうか、是非】という
意味で、相手に何かを勧めたり依頼する時に使う言葉だ。この言葉の原型は「どうぞよろしく
お願いします」であり、「なにとぞよろしくお願いします」だが、後の部分は省略して「よろしく」は
「ドオゾ」だけでも充分に通じる。そのため「どうぞ召し上がってください」と言う時も「ドオゾ」、
「よろしくお願いします」も「ドオゾ」、「どうか合格を」も「ドオゾ」で、とにかく時をわきまえずに
よく使う。

習う人が人を真似る時、我々は「マッネ」と言うが、この言葉が日本語で「ヒュンネ(真似)」という
意味の「まね」になり、「ヒュンネネダ(真似る)」という「マネル」、「ペウンダ(学ぶ)」という「マナブ」
になった。

「真似が学問の始まり」という言葉を吟味して、本当に勉強するという事は真似る事から出発する
という事を新たに実感する所だ。ところが「真似」をすれば、我々はよく猿を連想するのだが、我々
が大した事ないと思っている韓国語をこの様にとても活用する知恵を見て、韓国には猿はいない
が日本にはニホンサルと言う猿がたくさんいる事も不思議に感じられる。

日本猿はボス中心の厳格な組職社会を作っていて、別府温泉の猿山に行ってこれらの生態に
関する説明を聞いていると、まるで日本社会の縮小版を見ているような感じがするのは何故だろう?

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