日本語源流散歩11


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'ほんね' 'たてまえ'~イ・ナムギョの日本語源流散歩11(機械翻訳)


日本に勤める時私はいつからか韓国と日本の国民性を比較するクセができたし,'なぜそうか?'とする疑問もいつも頭どの隅にあった。例えば,汽車に乗ってソウルから釜山(プサン)まで旅行をするといおう。韓国人らならばソウルで汽車に乗って,水原(スウォン)もまだ行く前に焼酎にイカ橋(脚)を薦めて,そばに座った人と話を始める。

"どこまで行って下さい"で始まる話は20分も過ぎる前にこの人はどこに住む誰で,職業は何であり,家族はどうであれ,するなどの身上明細を広々と知って,別れる時ぐらいなれば10年もつきあったように親しくなる。

ところで,反対に日本の汽車旅行はそれこそ孤独と思索と読書の'私一人で旅行'ということができる。本を見て疲れれば寝て,腹がへれば'エキベン'(逆弁当)に'ワン鼻ふうっと'(ウォンカップ・清酒一杯)と,そのように言葉なしに数時間の旅行を一人で静かに送るのが一般だ。 どうしてこのように違っているか?

日本語には'ほんね'(本音)と'たてまえ'(建前)という話がある。ところで,'ほんね'(本音)は'本心,みた心'を指す言葉だが,'たてまえ'は何か? 韓国語と解釈すれば必ずこれだとつねって備える言葉はないが,無理に翻訳するならば'表面心'というか? ’型食積の例の'と言うか?

とにかく韓国ではこうした話を考えさえしてみたことがなくてこれを適切に駆使する日本語にはただ慌てるだけだ。しかし,私は時々この'たてまえ'がとても良いことだということを感じる。たとえ,気持ちがちょっと悪くても相手方に気分が悪い表情をしなくて,親切に愛嬌を帯びて応対するデパートの店員等を見るときは,どれくらい気持ち良いことなのか!

共に生きる世の中,自分の気持ちだけでは生きることはできないのではないか? もしかしたら人を配慮するこの'たてまえ'こそ現代人が整えなければならない最も重要な'神社(紳士)の徳性'かも知れない。他人に弱点を捕えられるのを嫌いな日本人の気質が作り出した賢くてすばらしい話,それが'たてまえ'(建前)だ。

そして'楽しい'という話は日本語で'みな遊ばれ'(楽しい)というのに,この話(言葉)は韓国の'端午'が語源だ。端午は陰暦5月5日で,田舎女性らにあっては1年中最も大きい楽しい日であったのに,この日は菖蒲物で髪を洗ってリボン編んで全村の人々が一緒に集まって近い山に行って川漁をしながら食べて飲んで楽しい一日を送ったが,今は農村でもこういう風習をなかなか探してみるのが難しくなった。
[2009/03/18]

ソース:韓国毎日新聞(韓国語) [イ・ナムギョの日本語源流散歩-11]'ほんね' 'たてまえ'
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=12182&yy=2009

※この記事はexciteの機械翻訳で生成した記事です。内容が不正確な場合がありますので、ご了承ください。
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