稲荷山蕎麦店繁盛記 四杯目(4)


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しばらくしばらく、あいやしばらく
帰ってまいりました稲荷山蕎麦店繁盛記
語り部のわたしもお話を忘れちまうぐらいのご無沙汰でございます。
と、いうわけで今までのおさらいといきましょう。
ある月夜の晩のこと、稲荷山蕎麦店のまん前に女の子が振ってきた。
これがこのお話の幕開けでございました。
どうやらこの女の子、あのお空に浮かぶまん丸お月様から降ってきたというもんだから、さぁ大変。あたしらじゃどうにもならないってんで、女将のお菊が知恵を借りに人を行かせたのが、あの有名な変人、箪笥書店の主人、野比のところでございます。
その野比。仕事がめんどうなのか、自分とこの彼岸という少女に自分の本を持たせ、解決してこいと任せたところがここまでのお話。
さてさてどうなりますことやら。

「彼岸」
いったいあの男はなにを考えているんだろう?
わたしを試している?ひょっとしてこれって試験?
それともただ仕事するのが嫌なだけかも。面倒くさがりのアイツならありえる話。引き篭もりだし、太陽の光浴びると死ぬとかいうし。
あーもーわかんない。ていうかなんで?なんでアイツに命令されてんの?腹立つ。人の勝手に読むし。書きかけなのに。
「出来上がったらちゃんと見せようと思ってたのに」
「なにかいった?お姉ちゃん?」
「ん?いやいやいやなんでもないよ」
向日葵の言葉で悩みのループから顔を上げた彼岸は、抱えた本をぎゅっと握りしめる。今は目の前の問題に集中しようと言い聞かせる。
月明かりが三人の道を真っ直ぐに照らしている。

「親方」
月から娘が落ちてきたらしい。
今では珍しいことなのだろうが、よくあることだ。
若い時分によくそれを見かけた。
こっち側が月に憧れを抱くように、あっちも同じように憧れを抱くらしい。覗き込もうとして身を乗り出し、落っこちてきてしまうのだ。
「月から落ちるは涙にあらず、泣くのは落ちた月の民なり」とは昔に聞いた詩だったか。
いつしかそんな詩が読まれることもなくなったのだから、同じように月の民のことも忘れられていったのだろう。月は見上げるものであると、皆がそう思っている。時代とは流れるものである。
「すいません夜中に」
大黒屋の二代目が申し訳なさそうに傍らで天麩羅を揚げている。
「あまりにまわりが月だ月だっていうもんだから、つい」
「気にするな」つゆの香りがふわっと香る。胡椒を少しだけたす。
「夜中は腹が減るし、それに…」
茹で上がった蕎麦をあげ、お湯を切り、どんぶりに盛る。上からゆっくりと、つゆをかけると蕎麦の実がはじけたように、蕎麦の香りがどんぶりの中でひらいた。仕上げに卵をそっとのせて完成である。
「月見で月見とはなによりも粋だ」
蕎麦の香りに惹かれたのか、いつの間にやら月から落ちてきた娘が横に立っていた。そして娘はどんぶりの中をじっと眺めてからこういった。
「わらわの家じゃ」
最高の褒め言葉に思わず親方は微笑んだ。

「向日葵」
お店が近づくにつれていい匂いがしてきたのでまさかなーと思って戸を開けたらそのまさかなーだった。右端のテーブルに腰掛けて、みんながお蕎麦を食べていたのだ。あの月から落っこちてきた女の子も一緒だ。
「ずーるーいー」向日葵はむーと下唇を突き出して不満も突き出す。おつかいにいかせといてー。
「お嬢たちのぶんもありますよ」親方じいちゃんがにこりと笑って、厨房の暖簾をくぐった。そしてまたくぐって、どんぶりを三つ乗せたお盆をもってくる。
「おっそばー!おっそばー!」夜見ちゃんと彼岸お姉ちゃん、二人の手
を引っ張って、みんなとは反対側のテーブルのところに座った。
おぼんが置かれてホワホワと湯気が上がる。今日のお蕎麦はなんだか違う。
「お月様!」どんぶりの中にお月様だ!
「そなたもそう思うじゃろ?」そういったのは月から落ちてきた女の子だ。目がキラキラしてて髪の毛もキラキラしてて、すごく綺麗だ。
「わらわもそう思った。そしたらの、これは月見蕎麦というらしい」
「月見蕎麦?」確かにどんぶりの中にお月様が見えるみたいだ。「なるほど」
「しかも美味いときておる」じっとどんぶりを見つめて呟く。
「わらわのうちと似ておるのに、月にはこんなに美味しいものはない」
「うちってことは、やっぱり君はお月様からきたの?」彼岸お姉ちゃんががたっと立ち上がる。「てことは月星人!ウサミミは?ウサミミ」
ウサミミとはなんのことだろう?と考えていたら「うさぎの耳よ」と夜見ちゃんが教えてくれた。「仕事もしないで妄想爆発ね」夜だから夜見ちゃん絶好調だ。
「わらわはウサミミではない」箸をしゅびっと突きつけて女の子が怒る
「わらわは赤目城の姫君、赤目カグヤじゃ」
「王道!」お姉ちゃんが何故か抱きつく。
王道ってなんだろうって考えるまえに「天麩羅なら必ず海老みたいなもの」と夜見ちゃんが教えてくれた。「やっぱり先生のほうがよかったかしらね」絶好調!
「盛り上がってるとこ悪いんだけどねぇ」女将さんがため息をついていった。「その子を可愛がってもらうために呼んだんじゃぁないことは分かってるよね」
「は、はい!」お姉ちゃんが慌てて姿勢を正した。女将さん怖いもんね。
「ついさっきこんなもんが落ちてきたのさ」女将さんの掌で黄色く光るそれもお月様みたいに見えた。半月形で何か書いてある。
「母上の字じゃ!」カグヤちゃんが駆け寄ってそれに顔を寄せた。まぶしくないのかな。
あっという間にもともと赤いカグヤちゃんの目がますます赤くなった。
「探しておる、泣いておる、帰らねばならぬ」
「この子、送ってってくれる?」

「彼岸」
とはいったものの、どうしたらいいんだろう?
まったくその方法を知らない彼岸は、とりあえず野比に腹を立てながら、彼から渡された本をめくる。
すると、驚くべきことに答えはあっけなく目次にのっていた。
『月からの落下と帰還に関する方法』
おー我が家じゃ!」右の頁に載った写真を見ながらカグヤがぴょんぴょんはねる。「ほんとぢゃ!ほんとぢゃ!」真似して向日葵も跳ねている
『月からは民が落ちてくるが、これは我々が(中略)であるからして、月の民を打ち上げるか、または背負って月まで行くしかないのである』
「なにこれ」どっちも無理じゃん。あいつ…いじめですか、これはいじめなのですか?
「ずいぶんと昔の月ですね」聞きなれない声に振り向くと親方さんが立っていた。こんなに近くで見るのは初めてだ。いくつもの細かいしわがとてもいいバランスで顔に走っていて、かっこいい。
「このころはまだ月に飛脚が走ってたんだなぁ」
「え?」月に飛脚?
「ここにも書いてあるじゃぁありませんか」岩みたいにごつごつした指がとんとんと本を叩いた。
『壱の方法は木星あたりに到着してしまうので危険である。弐の方法は確実であるが、飛脚が必要である。天を駆けることのできる飛脚を見つけるには文字の力が必要である。』
…そういうことか。だったらますます自分でやればいいじゃん!
こみ上げてくる怒りを抑えながら、彼岸は女将に筆と紙を用意してくれるように頼んだ。そうして真っ白な紙に筆で『バイト募集!天まで駆けれるような配達夫求む』と大きく力と気持ちをこめて書いた。
「なんだいこれ?」女将が苦笑してそれを見る。
「バイトの募集です」正直に答え、彼岸はその紙をもって外に出た。
文字の力を侮ってはいけない。紙の前で十字をきって、空にほおった。
その瞬間、自分の前に1人の青年が立っていた。彼岸のと似たような狐の面をつけている。
「バイト募集ってのはここかい?」びゅうびゅうと彼の足元にだけ風が吹いていた。

「夜見」
夜空をタタタと駆けていく姿は流れ星みたいに光って見える。逆だけど。
「ありゃすごいねぇ」女将さんが首をこれでもかと傾けていう。
「昔はたくさんいたもんさ、月から落ちてくるのも多かったが、送っていく飛脚の数も多かった」親方が笑ってる。
「てことはなにかい、あの子1人いりゃ月まで出前もできるってわけかい?」目がお金になっている。正直。頭の中のそろばんの音が聞こえる。
「帰っちゃった」と向日葵は残念そうだ。「もっとお話したかったな」
「また会えるわ」とりあえずそういっておく「たぶん」
「そうかなー?」
「だって、あの子、ここの蕎麦のファンになったもの」

さぁさぁ夜空を駆ける流れ星、行き先どこかと訪ねれば、あすこに浮かぶお月様。夜の闇を踏んでは進む、飛脚、出前の途中だよっと。
これでこのお話、ひとまず終わりにございます。
バイト募集に引き寄せられて現れた、狐面の青年との縁はまた次回。
おっといい忘れておりましたが、このお話には少し続きがこざいました。
この晩から、月から音がするようになりました、とんかんとんかんとんからとん、なにごとかとお空を見上げればなるほどなるほどと皆様なっとくいたします。。
月に見える兎の影は、金槌手に持ち、ねじり鉢巻。
これこそ皆様の眼前にお目見えします、月の梯子のいわれでございます。


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