稲荷山蕎麦店繁盛記 六杯目(3)


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「夜見」
眩しい。影縫夜見は目をつむる。
外には誰もいなかったのに。
自分が戸を開けた瞬間、いつのまに入り込んだのか分からないその老人はおまけに体からまばゆい光を放っていた。
でも、なんだろうこれ。
夜見は光が苦手だった。眩しいものならなんでも苦手だった。
しかし、今、自分の目の前にある眩しさは、光は、なんともない。
むしろ温かささえ感じる。温かさ!この自分が温かさを感じている?
夜見はゆっくりと目を開けてみる
老人がにこやかに笑っていた。
「入れてくれてありがとう」
あぁ、あたしが招いたんだ。夜見は可笑しくなる。
生まれてからずっと自分が招くのは不幸だけだと思っていた。
そして実際に、不幸ばかり、暗いものばかり招いていた。
でも、今、目の前には眩しいもの。
ほんとに、ここに来てからは調子が狂っちゃって狂っちゃってしかたない。
夜見は、頭を下げた。
「いらっしゃいませ」


「大黒屋」
天麩羅達とお祭りをしていた。
えび天やナスやさつまいもやらが担ぐ神輿に乗っけられて
カボチャが叩く太鼓の音頭に合わせながらわっしょいわっしょいわっしょいしょい!
そうかそうか、一年間、ここでこうして天麩羅を揚げてきたことはこんなに素晴らしことだったんだな、さぁみんなもっと声を上げよう!君たちは美しく!そして美味しい!
そうやって楽しくやっていたのに、突然、遠くの山から大入道が現れて、こういった
「おきろ」
大黒屋が目を開けると、そこは厨房だった。どうやら疲れて眠っていたらしい。
「初夢を見るにはまだ早い」
夢の中に現れた大入道が、じっと自分を見下ろしているところだった。

「お菊」
「年越し蕎麦はずっと、この店でと決めておりましたんじゃ」
目の前の老人がにこやかにいう。
「はぁ、それはどうも」
とお菊は答えながら、厨房に戻っていった親方の言葉を思い出していた。
「ありゃ、神さんだな、間違いない」
神様ねぇ。ふーむとお菊は老人の姿を見る。
顔には無数のしわとまっ白い豊かな髭、紋付き袴に足元はなぜかブーツ、頭には山高帽。
いやいや、このさい格好はどうでもいいのではないかとお菊は思う。
それよりも、問題はそういった衣服の上からまとっているこの光だ。
見間違いではなく、老人の体は確かに、この瞬間も光っている。
その光はキンキンキラキラというようなどぎついものではなく
もっと素朴でもっとしとやかな光である。
いったい、なんの神様なのかねとお菊は細い目をさらに細めて考える。
この稲荷山に神様が来るのは珍しいことではない、珍しいことではないが押しも迫った年の瀬だ、神様だっていろいろ支度があるから、そうそうやってこないはずである。
(こんだけ、輝いてんだ、まさか貧乏神ってこたないだろうね)
お菊の一番の心配事はそこであった。今年はいつもよりも売上がよく、儲けがでた。
客も引けた店内でさぁ高笑いでもと構えていたところだったのだ。
(かといって、福の神ってわけでもなさそうだし)
(死神の野郎に似てるっちゃ似てるけど、こんな眩しくないしねぇ)
考えれば考えるほどわからなくなってきた。
何者なんだいあんたはと老人に目をやると、老人は楽しそうになにを食べようかお品書きを見ながら考えているところで、その姿がお菊の頭からごちゃごちゃしたものをとっぱらっていった。
(蕎麦屋が客前にして悩むことなんてのはあっちゃならないねぇ、悩むのはメニュー抱えるお客さんの仕事だ)
「なっんにいたしましょ?どれも美味いよぅ」
お菊はにっこり笑って老人に声をかけた。

「向日葵」
ぽかぽかあったかい。ぽかぽか幸せだ。
ものすごくでっかい毛布に包まれている、そんな感じがする。
今日はいっぱい働いたもんな。ご褒美にちがいない。ご褒美ご褒美。
ご褒美?
あれ、と毛布の中で向日葵頭をひねる。ご褒美?あれ、あれあれ?
「あー!!」
思い出した。毛布で寝ている場合じゃない!ご褒美ご褒美!
「揚げ玉天の年越しおそばー!!」
毛布から出なくちゃ!と立ち上がるとそこは店内で
だけどなんだか眩しくて、その眩しさのほうに目をむけると知らないおじいちゃんがいて
そのおじいちゃんがこっちをみて笑うと「私もそれを一つ」といって
それを聞いた女将さんが「あいよぅ!!」と厨房に声をかけて
あれ、いったい、どうなってんだろ?
向日葵はちょっとだけ困ったけれど、まだ年があけてないことがわかったから、まぁいいやと思うことにした。

揚げ玉天の年越しお蕎麦は、稲荷山蕎麦店が12月31日だけに作るとっておきの蕎麦である。
といってもそんなに手は込んでいない。その名の通り、普通の蕎麦にあぶらげと卵と天麩羅数種を乗っけただけの蕎麦である。しかし、それらが互いを退けることなく、それぞれを生かしきるように調和したその蕎麦は、ただ、単純に贅沢で美味い。

その美味い蕎麦を囲んで稲荷山蕎麦店の従業員プラス一名が手を合わせていた。
「それじゃ、いただきます!」
女将がにっこり笑っていう。
「いただきます!!」店内中に全員の声が響いた。
あとは蕎麦をすする音、つゆを飲む音、天麩羅を食う音、卵が割れる音、あぶらげがだすジュッという音、そして湯気だけがあたりに満ちた。幸せな空間であった。
「御馳走様でした」
尋常ならざる速さで蕎麦を平らげたのは、光輝く老人であった。
周りが目を丸くする。
「時間もないので、早々と平らげてしまったが、とてもとても美味しい蕎麦でした」
老人の光が、温かみをもって、みなに伝わる。
「ほんに幸せ。ほんに幸せ。よいお年を!」
老人は全員にむかってそういうと、消えた。ふっと明かりを消したかのように、その場から消えてしまった。残されたのはからっぽのお椀と箸である。
「お代、もらい損ねたねぇ」
やれやれとお菊が笑う。
「がめつすぎですよ」
歩がクスクス笑う。
「この町の神様から金をもらうわけにもいかんだろう」
親方がほほをあげて、いった。
「町の神様?」卵の黄身で口を黄色くしたまま向日葵がいう。
「この町全体の土地神様ってことじゃない」淡々といってから、夜見はツユを飲む
「とんでもない人に、いや神様に蕎麦食わせちゃったってことですか」
ハハ、天麩羅だいじょぶだったかなと大黒屋が苦笑いを浮かべた。
「なんでまたウチに?」
お菊が首を傾げる。
「神様だって、誰かと年越し蕎麦が食いたくなったりするさ」
ボーンボーンと柱時計が時を告げる。

「あけましておめでとうございます」
お椀にむかって頭を下げるという、変わった年越しを稲荷山蕎麦店はむかえた。

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