とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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メイドとベッド



 病院で働く看護婦さんが着る服はナース服であって、メイド服などでは断じてない。ご奉仕、という若干アレな視点から見れば五十歩百歩かもしれないが、ナース服が行き交う病院の廊下で自分1人だけメイド服というのは、相当シュールな光景だと美琴は思う。

 大覇星祭も残りあと2日。御坂美琴の常盤台中学はすでにこの時点でベスト3が確定しているほど、今年も相変わらずトップをぶっちぎっていた。そんなわけで自分の今までの貢献度をかんがみれば、今日くらいはこっそり競技をサボっても大目に見てもらえるかも、と優等生にあるまじき思考回路で知人の見舞いに来ているわけだ。
「黒子にこの格好を見られるのは……まずいわね」
 現在この病院には彼女のルームメイト、白井黒子も絶対安静の状態で入院していたりするのだが、今回の見舞いの目的は彼女ではない。最近一部で変態淑女の異名がささやかれつつある彼女に、絶賛メイド服着用中の自分の姿を見られたらややこしい展開になるのは火を見るよりも明らかだ。


 なぜ美琴がメイド服で病院に立っているのかというと、きっかけはほんの1時間前。御坂美鈴……美琴の母が上条当麻の入院を、上条の両親経由で聞きつけていたことが発端である。実際には3日前には知っていたらしいのだが、なぜか今日になるまで沈黙していた。ひょっとするとこの母親、娘に内緒であの馬鹿の見舞いに顔を出していたのかもしれない。
「だ・か・らぁ、ほらー美琴ちゃーんっ! 1人ぼっちで入院して退屈な患者さんにサービスサービス! ここで一発ドカンと気合入れてご奉仕してあげたら、気になるあの子も美琴ちゃんにメロメロのデロンデロンよ!? んー、ついでにナース服かメイド服があるとポイント高いんだけどなーん?」
「んなっ!? あんたのセンスってつくづくぶっ飛んでるわよね!? 娘に体をくねらせておねだりするのはやめい! だ、大体、そんな服なんてあるわけないじゃないの」
 先ほどから美鈴と美琴はぎゃあぎゃあと騒がしいスキンシップを繰り広げていた。母というより姉のような奔放な肉親の扱いを、美琴は十分に心得ていたはずだったが、途中からこれまた負けず劣らず面白いこと大好きな佐天涙子が参戦したことで、事態は非常にややこしいことになっていた。
「あー、メイド服ならちょうどあたし持ってますよ。サイズもフリーなので大丈夫だと思います」
「ぶっ!? ちょっと佐天さん!?」
「キター! それだグッジョブ! ちょっと美琴ちゃんに貸してあげてくれないかしら? このとーり! いますぐ早速!」
「わわっ、顔を上げてくださいって! 改まってお願いされるまでもないです。 そりゃもう御坂さんのためならこの佐天涙子、一肌ぬいじゃいますよーっ!?」
「ちょっ!? あ、あんたら何ハイタッチまでして盛り上がっちゃってるのよ!? わたしは普通に見舞いに行くだけなんだから!」
「大丈夫問題ないですって!ファスナーとかちゃんと修理しましたしバッチリです! 白井さんも絶対喜びますって!」
 佐天はグイッと親指を立ててバッチーン!とウインクをきめる。美琴の見舞いの相手を勘違いしているようだが、わざわざ訂正する必要など微塵もない。
「あらあら、違うのよ涙子ちゃん! んっふっふー、聞いて驚けーっ! 美琴ちゃんったら、じ・つ・は……」
「うるさい黙れこの馬鹿母! あんたはこれ以上余計なことを言うなーっ!」
 バチバチィッ!と加減をした電撃で威嚇して黙らせようとするものの、ハレの祭りでハイテンションMAX、なぜか似たもの同士の2人はスッポンのごとくしつこく食いついて離れない。次から次へと押し寄せる熱心かつ怒涛の口説き文句の洪水に、やだちょっとだけならいいかも……と徐々に、普段の冷静な判断能力は奪われていった。美琴は両脇を2人にがっちりホールドされ、ずりずりずりと佐天の寮に引きずられて行く。
 これがもし口説いているのが上条であったなら、美琴はネオンきらめく繁華街に連れ込まれていたに違いない。
 そんなこんなで現在、御坂美琴は上条当麻が入院しているはずの病室の前に、メイド姿で立っていた。手元にはお見舞いのためのリンゴを入れたバスケットを携えている。5日前に一度見舞いに行って以来、あのツンツン頭の少年の顔を見にいく口実は消失してしまっていた。ほぼ美琴の勝利が確定した罰ゲームの約束どおりの履行の念押しもしたいところである。普段なら街中で『偶然』出会うことが多かったのだが、あの少年は現在絶賛入院中……のはずである。
 ちなみに美鈴と佐天であったが、ついて来たら舌を噛み切ってやる、と散々脅し、佐天の自宅の電磁ロックを能力で細工して閉じ込めてきた。これですぐには追ってこれまい。
「べっ、別にあいつが私にメロメロなんてされてもいい迷惑よ! まったく嬉しくなんて無いんだから! それにあの馬鹿は超のつくほど鈍感だし、でもちょっとは気にして欲しいかも……うあぁぁ……」
 先ほどから美琴はぐるんぐるんと目を回しながら、一人言がダダ漏れ状態なのだが一切自覚がない。精神科医が見たら要らない興味を惹かれそうだ。ここまでして退院でもされていると、せっかくの決意とかがいろいろ無駄になってしまうところだが、5日ぶりに訪れた病室の入り口にはあの少年の名札が残ったままだった。
「良かった、まだ入院していたんだ……ってちょっと待てわたし?! 入院していて欲しいだなんて不謹慎にもほどがあるじゃない!?」
 病院の廊下で1人頭を抱えてもだえている美琴に、他の看護士や見舞い客は見てみぬふりを決め込んでいるが当の本人は気づかない。
 すーはーすーはーと深呼吸を繰り返すこと7度。病室の扉を一応ノックはするものの、返事を待たずにガラリと扉を開けてズカズカと入室する。ふとそこで、ここまで来て今更ながら足が止まった。
(さて、なんて声をかけよう?)
 あの2人の説得に、それも案外悪くないかもなどと思ってしまったが、いざ個室に足を踏み入れてよくよく考えると入院患者の見舞いにメイド服。冷静かつ客観的に見てみれば、ひょっとして自分は頭のネジが2,3本外れたヘンな人ではなかろうか? 急速に美琴の思考が冷めていく。
(うわぁ、やっぱりこれはまずい!)
 美琴のプチパニックなどお構いなしに、ベッドでもぞもぞと人が動く気配がする。続けてずいぶんと久しぶりに、懐かしい声がベッドの中から聞こえてきた。
(わーっわーっ! 待って待って! まだ心の準備が――っ!!?)

「むにゃ……このミサカによく似た感覚は、ひょっとするとお姉さまですか?とミサカは突然の来訪者に眠気まなこで確認を求めます」
 ズゴン!と美琴は壁に頭をぶちあてる。この声は『妹達<シスターズ>』か。こいつらなにやってんだ。
「む……ひょっとしてあんたもこの馬鹿の見舞いに来てたわけ? あー、そういえば同じ病院にいるんだったわね。ん……? ベッドの『中』から……?」
 と思わず一歩を踏み出したところで、ようやく視界にベッドが入る。
「ってええええぇ――っ!? っちょっと待った! あ、アンタなにその馬鹿と一緒のベッドで寝ちゃってるのよ――っ!?」
 目の前に広がる衝撃的な光景に美琴はたまらず絶叫する。ツンツン頭の少年のベッドには、なぜかシスターズの1人が添い寝していた。こいつらいったいどこまでやらかしているのか。年頃の男女が寝床をともにするなど不健全極まりない。
 一方、これまた枕もとで横たわる黒い子猫は、うにゃーんとかわいらしい伸びをした。美琴と同じ顔をした少女はツンツン頭の少年のベッドから出ようともせず、実に堂々と極めてクールに対応する。
「静かにしてくださいお姉さまここは病院です、とミサカは冷静に指摘します。ついでに電撃もここではご法度です、とミサカは先手を打ちます」
 うぐっ、と美琴は青白い火花を放電しそうになるのをすんでのところでおさえつける。
 ベッドの本来の住人である全ての元凶はどうやら本格的に熟睡していたようで、むにゃむにゃと目をこすりながらようやく目を覚ました。寝起きのぼんやりとした目で美琴を見る。さらに自分の目と鼻の先に、同じ顔の少女が隣で寝ていることに目を見開き、ワンテンポ遅れて驚愕する。
「え、えぇーっ!?なになに、なんですかこのイベントは!? なんで御坂妹が隣で一緒に寝てるわけ!?」
「その件につきましては、この子猫がミサカの病室を抜け出したので追いかけたところ、あなたの病室で丸くなっているのを発見したのです、とミサカは状況の説明を開始します。1人と1匹をわざわざ起こすのは忍びないと、ミサカはあなたの寝顔を観察していたのですが、この部屋はぽかぽかと日当たりが良好で、せまり来る睡魔にミサカは勝てませんでした。ミサカは培養ポッドから出たばかりで体調も万全ではなく、可及的速やかに休息を取る必要があったのです……とミサカはもっともらしい理由をつらつらと並べてみます」
 御坂妹の説明に、2人は仲良く絶叫する。
「ちょっと! 『もっともらしい』って何なのよ?! いったいどこからどこまで本当なの?!」
「おいおいおい御坂妹! ナニか間違いがあったらどうするつもりなんですか?!」
「? 間違いとはいったいなんなのでしょうか?とミサカは詳細かつ具体的な説明を求めます」
 どうやら妹の方が勝手に布団に入り込んだだけのようだが、そんなことは何の慰めにもなりゃしない。肝心なのは結果であって過程ではない。
「ひ、人がモンモンと悩みながらも勇気を振り絞って見舞いに来てやったっていうのに、いったい何やってんだこんのクソ馬鹿は! あんたもさっさとベッドから出なさいよ!」
 一気に沸点に達してヒートアップする美琴に仲むつまじい(ように見える)2人は怯え、隣の少女は逆に少年の腕にぎゅっとしがみつく。
 美琴の中でついに何かがキレた。病院の中で電撃はご法度だが、天誅という名の折檻の方法ならいくらでもある。
 ブルブルと怯える少年に、熱気と冷気が交じり合った視線を叩きつけ、見舞いのバスケットを入院患者の顔面に叩き込もうと振り上げる。
「まったまったストップやめてーっ! というかさっきから気になってんだけどその格好はいったいどうしたんだ?!」
「!?」
 せまりくる恐怖に顔面が真っ青な少年の必至の懇願と冷静なツッコミに、真っ赤になっていた美琴ははたと自分の格好に気がついた。フリルとリボンがいっぱいついたメイド服だ。ご奉仕だ。凶器を振り上げたままの姿勢で硬直する。
 ボンッ!と自分の頭からヘンな音が聞こえる。怒りと羞恥心で美琴の感情がハレーションを起こし、照れ隠しという名の威嚇を爆発させる。
「うだあーっ! もう、笑うなら笑いなさいよ!」
「ええーなんでまたキレてんの!?いいじゃねーか、よく似合ってるんだからよ!」

「………………え?」
 まったく予想もしていなかった不意打ちの言葉に、バスケットがポスンと床に落ちる。リンゴと一緒に入れていた果物ナイフのカバーが外れ、床にビィィンッ!と突き刺さるが、相変わらず真っ赤な美琴は気付かない。さっきまでの怒髪天を突く勢いはどこへやら。もじもじとフリルがいっぱいのスカートをこねくり回す姿は、入院続きでフラストレーションが溜まっている青少年にとってなかなかそそるものがある。とっさのことに二の句がつげない美琴は、ふにゃふにゃとすっかり茹で上がってしまっていた。

 いきなり病室に殴りこんできたかと思えば、急にしおらしく、なんだか借りてきた猫におとなしくなった少女に上条まで調子を崩される。
「おいおい何かキャラが変わってないか? 実はひょっとしてこれも御坂妹のお仲間なのか??」
「お姉さまがメイド服、お姉さまがメイド服……これは残念ながら太刀打ち出来そうにありませんとミサカは焦燥に駆られます。いっそのこと脱いでしまおうかとミサカは強攻策の検討を開始します……」
 相変わらずベッドの中で、ぼそぼそとつぶやきあう2人の声も、やはり美琴の耳には届いていなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ぽかぽかと日当たり良好な病室に、しゃりしょりと少女が果物を剥く音だけが響く。心安らぐ静かな空間は、本来の病室らしさを取り戻していた。
 御坂妹と呼ばれる少女もベッドから美琴によって引きずり出され、今ではメイドと並んで来客用の椅子に腰掛けている。相変わらずその瞳は無表情ながらも、若干ムスーッとしているように見えるが美琴は気にしないことにした。

「あーつまりお前も別の誰かと勝負してて、罰ゲームで今日1日メイド服でいることになったわけか」
「ぐ……そういうことよ。そういうことにしときなさいよ!」
「それにしても負けず嫌いのお前が負けるなんて珍しいなー。いったいどうしたんだ?」
「う、うるさいわね。一切ノーコメントよ。怪我人は怪我人らしく黙って寝てなさいっての」
「ようするにお姉さまは見舞いを口実にこの人に会いに来ただけなのでは、とミサカは核心をズバリと突いてみます。それにしてもメイド服とはあざとすぎではないでしょうかとミサカはやれやれとため息をつきます。罰ゲームとやらも本当に……」
「やかましいわよ! あんたも黙りなさいっての!!」

 美琴はしゃりしゃりしょりー!とリンゴを猛スピードでむきながら、ウサギさんリンゴをつぎつぎと量産していく。と、2人が自分を見つめていることに気がついた。
「? ど、どうしたのよあんたら」
「なるほどこのようにウサギさんは産み出されるわけなのですね、とミサカは納得していたところです」
「いや、御坂がメイドでリンゴでご奉仕というシチュエーションがなんともアレでして。これはいったい夢なのでせうか?」
(そ、そういえばこの前黒子が言ってたわよね。男子は家庭的な女の子を好むって。こいつもそうなのかしら……って別にそんなの関係ないじゃない!)
 と、隣の少女はすっと立ち上がるや、ベッドにもたれこむようにして上条に問いかけた。
「ところであなたとしては、やはり家庭的な……家事能力が優秀な女性はポイントが高かったりするのですか?とミサカはたずねてみます」
まるで自分の思考を読み取ったかのような内容に、思わず美琴はブッ!!?とふきだした。そんな彼女などお構いなしに少年は、
「いやまぁ昨今は自分で料理もつくろうとせずに食べるの専門の娘さんもいるけどな。比較するのもなんだけど、御坂はいい嫁さんになれるんじゃねーの?」
などとのたまいやがった。
「~~~~っ!!?///」
(嫁ってなによ!? 何言っちゃってるのよ!? こ、コイツとけっ、結婚なんて嫌よ! 絶対イヤ! あぁーっでもこいつそんな意味で言ったわけじゃないのはわかってるわよ! ほんとにもう相変わらず紛らわしいのよこの馬鹿は!)
すぱすぱすぱしゃりしゃりしょりーーっ!!と高速で2個目3個目のリンゴを次々と剥いていく。
「といっても怪我人の見舞いにメイド服のままで来るか普通? 制服か私服にでも着替えて来ればいいのによ。……まぁいい退屈しのぎというか、眼福だけどさ」
「ですよねーとミサカもそれについてはある程度同意しつつも、ちょっとは気づけよこの鈍感野郎とミサカは小声で毒づきます」
 とかなんとかオチが続くものの、幸か不幸か美琴は自分の世界にすっかり没頭していてまったく聞いていない。
 と、うっかり手元が狂って果物ナイフでスパーッ!と指を切ってしまった。
「きゃ!?」
「げっ、大丈夫か美琴!?」
「む、表面の皮を切っただけで傷そのものは浅いようです、とミサカは冷静に状況を観察します。この際の応急処置としては傷口を圧迫して止血する手法が有効かとミサカは経験を踏まえたアドバイスをします。とりあえずツバでもつけて簡単に殺菌しておけば後は自然に治癒します……と、ミサカは若干乱暴ながらも……お姉さま?」
「っておいおい、何ぼーっとしてるんだ御坂?血がこぼれるぞ!」
「へ?」
 ベッドの中の少年は、固まって動かない美琴の華奢な手を慌てて掴むと、一切の躊躇なく美琴の細い指を自分の口に導いた。上条は美琴の指を咥えると、傷口から溢れた血を吸い取った。
「ひ、ひゃぁぁっ!?」
 エマージェンシー、エマージェンシー。あまりの事態に絶句する。自分の身に何が起きているのか理解が追いつかない。 そうこうしている最中にも上条の熱をもった舌は踊り、唾液が指の表面をぬめる。まるでそれ自体が生き物のように絡みつく舌の感触に、美琴の脳髄から背中にかけて電撃が走った。ゾクゾクとする未知の感覚に思わず恐怖する。
「んなっ、なっ、なな、なにゃにゃ」
 ちゅぱちゅぱと湿った音が病室に響き、頭の中は真っ白にショートする。思考はあさっての方向にかっとび、何も考えられない。
 リンゴと包丁が乗った皿が膝から落ちそうになるのと、口から嬌声が飛び出しそうになるのを必死で押さえつける。

「ハッとミサカは自分を取り戻しました。あまりに衝撃的な光景に、これはまずいとミサカネットワーク全体に警鐘をならします」
 実は隣で御坂妹も絶句していた。彼女は世界中の1万人のシスターズと瞬時に対策を議論し、即座に行動に移す。
「ふぅ、あまり大量の血液が胃に入ると血圧が上昇してしまいます、とミサカは懸念します。まぁ少量なので大丈夫とは思いますが、念のためにバイタルの確認を……」
「うおっ! 大丈夫だって! さりげなく手をとってムネに誘導しないで下さい! 女の子がそんなはしたないことしてはいけません!」
 上条は慌てて美琴の指を口から開放し、自分の胸に上条の手を引っ張る御坂妹からすり抜けた。

 数瞬のタイムラグの後に、美琴も我に返る。長い夢から覚めたような不思議な感覚だった。どれだけの時間自分が固まっていたのか分からない。
 恐る恐る唾液でテカテカと光る指を見ると、すでに出血は止まっていた。思考はおろか、心臓も止まっていたのではないか。もはや目を合わせられない。 というかお嫁にいけない。
 実は深層意識では名残惜しく感じていたりするのだが、美琴の表層意識はそれを断じて認めたくはなかった。
 美琴は無言でうつむいたままおもむろに、ザスッとうさぎさんリンゴに果物ナイフを突き立てた。
「「!!?」」
 驚愕が2つシンクロする。
「せ、背中をざっくり刺されても叫び声1つあげないとは、なかなかおとなしいウサギさんです、とミサカは愕然とします……」
「えっとこれはひょっとして、『お前もこのようにしてやるから夜道では背後に注意しろ』との宣言でしょうか御坂さん? いくら電撃が効かないからって流石にこれはシャレにならないのですが……」
「ちっ、違うわよ! ほら、いいからさっさと口をあけなさいよ!」
 再び真っ赤になって絶叫する少女に、たまらず少年も叫び返す。
「明後日の方向を向いたまま包丁を突き刺してリンゴを口に運ぶんじゃねえ! フォークがそこにあるだろうが!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 検査がありますので、と言葉を残して御坂妹は退室し、美琴は少年と2人きりになった。が、ベッドの主はすーすーとのん気な寝息をたてている。隣には心なしか1人分寝られるスペースが空いたままだ。
「それにしてもよく寝るやつよね。 明日のフォークダンスに出られるのか訊きそびれちゃったじゃないの。……しっかし5日も連続で競技が続くと、さすがの私も電池が切れそうな……」
 部屋に差し込む午後の日差しは穏やかで、美琴に心地よい睡魔が忍び寄る。自分と同じ顔をした少女が横になっていたスペースを目にして心が揺らぐ。
「どうせなら私も添い寝してやろうかしら……ってなに言っちゃってるのよ私!? よりによってなんでコイツの隣で、あーでもちょっとだけなら、いやいやうわぁぁぁぁ!」
 美琴はドキドキドキドキと鼓動が高まる胸にプチパニックにおちいりつつ、ぐるぐるぐると目を回しながら、なんだかんだでほとんどやけっぱちの勢いで上条の隣に滑り込んだ。
(えぇい、ままよ!)
 まるで主人の布団にもぐりこむ子猫のようである。病院のどこか薬っぽい空気とは違うにおいが美琴の鼻腔をくすぐった。視界いっぱいに少年の横顔が飛び込み、続いて先ほど美琴の指を吸った少年の口が目に留まった。心臓がドッキーンッ!と最高潮に跳ね上がる。
 美琴の心情など知る由もなく、すやすやと昼寝をむさぼる少年の寝顔は本当に穏やかで。
 その横顔をじっと見つめているうちに、一人で舞い上がっていた自分がばかばかしく感じられた美琴は、いつのまにか自分の鼓動が落ち着いていることに気がついた。
 (まったく、こっちの気など知りもしないで、なんつー幸せそうな顔で寝てやがんのよ……)
 そのあまりに無防備な少年に、思わずほっぺたに口づけの1つでもお見舞いしてやりたくなる。
(――って! んなっ、何考えてるのよ私は!? いかん、マズい! このままではどんどんおかしくなっちゃう気がするんだけど!?)
 年頃の男女が1つ布団の下という何ともなシチュエーションにようやく我に返り、美琴は慌ててベッドから抜け出そうとした。が、布団が急に引っ張られたためか上条は引きずられるように寝返りをうったのだが、その先が問題だった。
 お互いのおでこと鼻がこつんとぶつかった。ついでに唇も接触する。
「なんっ~~!!!???」
 美琴の脳髄を高圧電流が駆け抜け、思考と呼吸と心臓が一瞬、確かに停止した。衝撃の度合いは指を舐められたときなどとは比べ物にならない。
 いわゆるキス、口づけ、接吻ともいうが、ロマンチックな雰囲気など微塵もない。美琴は叫びだしたい衝動を必至にのどの奥で押しとどめる。ここでこの馬鹿に目を覚まされると、自分は間違いなく、死ぬ。
(ぐ、ぐあぁぁ……よ、よりにもよってなんでコイツとキス?! 雰囲気もへったくれもあったもんじゃない……いやこれは事故よノーカウントよ!! 野良犬にかまれたと思って忘れ……うわぁでもそれはちょっともったいない気が……!?)
 というか美琴にとって初めてのキスがコレなのは、客観的に見て同情の余地が多分にあるのだが、神様は一人パニックに陥ることさえ少女にお許しにならなかった。
「ぅお、お姉ざま……?」
と、なんとも最悪のタイミングで声がかかり、美琴の思考が急激に現実の世界へと引き戻される。
「んがッ?! くっ黒子!? なんでここに!!?」
 なんとも形容しがたい表情を浮かべたルームメイトがそこにいた。顔にモザイクをかけないと小さな子供が泣きそうだ。
「廊下でお姉さまを偶然お見かけして探していたのですの。……お姉さまの香りをたどって、もしやと思って覗いてみれば、このありさまですの」
 はぁぁあぁぁ――っ、と重苦しいため息をつく後輩のただならぬオーラに、美琴は思わず戦慄する。
「く、黒子、いやこれはその……」
「黒子をほったらかして どこの馬の骨ともしれぬ原始人のベッドで添い寝だなんて……いえ、無理やりですのね? そうですよねお姉さま? そこの人の皮をかぶった狼さんに無理やり……貴様、無理やりお姉さまを連れ込んでさらにベッドに押し倒しやがって――っ!! くそったれがぁぁぁっ!! 黒子は断じて許しませんの――っ!!」
 自らの傷口が開いて血が噴き出すのもお構いなしに、ジャッジメントの後輩はそれはもう獰猛に吠える。泣く子も叫ぶ鬼神の迫力に、百戦錬磨のレベル5も思わずたじろいだ。キスシーンだけは見られなかったようだが、美琴は度重なる事態に思考が追いつかない。ベッドにもぐりこんだ体勢で硬直したまま動けない。
「……むにゃ?」
 あまりの騒がしさにようやくツンツン頭のベッドの主がのんきに目を覚ます。
「おわっ!? 御坂サンってば、なんでお隣で寝てるんせうか!? メイド服も着たままでーっ!?」
ガバッ!と勢いよく布団をはいで少年が叫ぶ。子猫のように布団にもぐりこんでいた美琴のあられもない姿があらわになり、その惨状にトドメをさされた白井黒子も負けじと咆哮する。
「しかもメイド服だとおぉぉっ!? く、黒子はっ! 黒子わぁぁぁ! あああぁぁぁぁっ!! いったいどこからこの激情を噴霧させればよろしいのですのぉぉぉっ!!!」
 髪を振り乱し、血涙まで流しながら少女がスポーツ車椅子ごとテレポートで飛びかかってきた。たまらず美琴は悲鳴をあげる。
「ちょっ、待ちなさいっての黒子! それは流石に洒落にならないから――っ!?」
 少年も目前にせまる絶望から逃れようと無駄な足掻きをしながら、さらに負けじと絶叫する。
「ふ、不幸だぁぁ――っ!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 隣の病室から聞こえてくる暴力的な破壊音に、善良な患者と医師と見舞い客の3人は眉をひそめていた。
「なンだいったいどこのテロリストですかァ?  こいつはずいぶン穏やかじゃねェなァ」
「何かと思えばまたあの病室か。……それにしても相変わらず元気があっていいね?」
「うわーなんだか他人事だよ! ほっといていいの?ってミサカはミサカはきいてみる」
「怪我人が出たら治すのが僕の仕事さ。彼らのスキンシップに水をさすような無粋な真似はしたくないね?」
 これは果たしてスキンシップといえるレベルなのかと、白い少年とアホ毛の幼女は思わず顔を見合わせた。


 上条当麻の病室からは、今日も元気に怒号と悲鳴が交差する。
 続いて響く、ベッドがひっくり返る鈍い音、包丁が壁に突き刺さる音に、甲高いスパーク音。
 それからちょっぴり嬉しそうな嬌声まで混じった大合奏は、騒ぎに気づいた看護師たちが慌てて駆けつけるまで続くのだった。


                                    END


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