とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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嘘から出た美琴



 学園都市に夕闇が勢力を伸ばし始めた頃、とある高校に通う上条当麻は、ひとりとぼとぼとと家路に向かって歩いていた。
「小萌先生もひっでーよなー。こんな遅くなるまで居残りさせなくったて……くそっ、インデックスのヤツ、マジで干上がってんじゃねーだろーなぁ?」
 さっきから何度も携帯を鳴らしているのだが一向に電話に出る気配が無い。
 これはまっすぐ帰った方が良いかもしれない、と上条はそう考えた後、
「いや待てよ。手ぶらで帰ってインデックスが待ち構えていたりしたら……」
 頭の中でペコシスターの暴走モードの恐怖が鮮明にリピートされる。
「不幸だ……」
 上条は運命の選択に頭を抱えずには居られなかった。
 だから、背後に誰かが立ったとしても気がつかないのは仕方の無い事なのだ。
「ね、アンタ」
「どうしよう。まっすぐに帰るべきか、寄り道して何か買って帰るべきか……」
「もっしもーし?」
「行くも地獄戻るも地獄」
「ねえ! ちょっとぉ!」
「うっわああああああああああ! 俺には決めらん――」
「ねえっつてんでしょ、ごらああああああああああああああああああああああ!!」
 突如として降って湧いた様な轟音と電撃が上条を襲う――が、咄嗟に翳した右手がそれらを一瞬でかき消した。
「御坂ッ!! テメエは何度言えばあいさつ代わりに電撃喰らわすのを止められるんだッ!!」
「うっさいわね!! どーせ効果無いんだからいいでしょ! それより何で毎回毎回私の事無視する訳!? 苛め!? もしかして私の事ハブるつもりなの!?」
「いやむしろ俺がお前にハブってもらいたいわ」
 美琴はその答え代わりに電撃を浴びせてから、急に態度をガラっと変えた。
 頬を赤らめ、上目遣いで、両の指を絡み合わせてもじもじとしだした。
「と、ところでアア、アンタに話があるん……だぁ……」
「馬鹿野郎ッ!! 今電撃は止めろって……話って何だよ?」
「何でまだ何も言って無いのに嫌そうな顔すんのよアンタは?」
「お前が改まってした話にいい話が無いから」
「ぐっ。そ、そうかもね。そうかもしれないわね!」
「やっぱ悪い話なのかよ」
 先ほどと打って変わった開き直りとも言える不敵な笑みに、上条の顔が一層曇った。
「そ、それはアンタ次第よ!」
「お、俺次第なのかよぉ?」
 美琴に指差された上条の言葉の語尾が不自然に上がる。
 ここまでは美琴のペース、と思いきや、
「ま、まあ、お、おお、お、おち、ち……」
 落ち付きなさいよと美琴は言いたかったのだが、何故だか上手く言葉が出ない。
「大丈夫か御坂? 取り合えず落ち付けよ」
 逆にそう言われて更に顔面を朱に染めた美琴は、「ちょ、ちょっと待って」と後ろを向いて深呼吸を、2度、3度と繰り返した後、
「お、落ち着いて、きき、聞いて、ほほほ、欲しい、いい、い……」
「だからお前が落ち付けって……」
「い、いいからアンタは黙ってて!!」
 その噛みつかんばかりの剣幕に、上条は「お、おう」とそれきり黙りこむ。
 その間に美琴はもう数回深呼吸をしてから、
「わ、私ぃぃぃぃぃぃ……」
 と、ばねが力を溜めこむ様に体を折り曲げたかと思うと、


「か、彼氏が出来たのッ!!!」


 その時2人の間に衝撃ならぬ雷撃が走ったのだが、それは何時も通りに上条の右手が打ち消した。
 そんな衝撃の告白も醒めやらぬまま、美琴は俯いて目をギュッと瞑って体を小刻みに震わせる。その姿は、まるで審判を待つ被告の様だ。
 有罪か、無罪か――そして、そんな少女の耳に届いた判決は、
「そっかそっか。うん。良かったな、御坂」
「え?」
 上目遣いに上条を見上げるのと、頭の上に手が置かれたのは同時だった。
 そのままポンポンと美琴の頭を優しく叩きながら、
「うん。良かった良かった。そっかぁ、お前にも彼氏がねえ」
 感慨深げに頷く上条に美琴は「な、何も聞かないの?」と逆に問いただすと、
「お前が選んだんだから問題ねーだろ? そうだ、今度そいつを紹介しろよ! な!」
 急にテンションを上げる上条に、美琴は「あ、う、うん」と頷いた。
 すると上条は美琴に向かって満面の笑みを浮かべると、「約束だからな!」とそう言い残して去って行った。
 そして後に取り残された美琴は、何も言えないまま上条の背中を見送った。
 やがて完全に陽が落ちても、美琴は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 そして、辺りに陽の光に変わって人工の光が足元を照らし始めた頃、美琴はぽてっとその場に力無く座りこんだかと思うと、「私、失敗しちゃったぁ……」と落胆の露わに呟いたのだった。




 そのままとぼとぼと寮に帰って来た美琴を出迎えたのは、ルームメイトの白井黒子。しかし、この時の白井は何時にも増しておかしかった。
「だたい……」
「お姉様ッ!!!」
 まるで待ち構えていたかのような白井のショルダータックルが、抜けがら同然の美琴の腹部にヒットする。
「ごはッ!?」
「お姉様、ちょっとお聞きしたい事が御座いますの」
「く、ろこ……?」
 妙な気迫の上に先ほどの一撃で声も出なければ力も入らない美琴。
 そんな彼女をずるずると部屋に引き摺りこんだ白井は、扉に鍵を掛けるとそれを背にして美琴を見下ろした。
「お姉様、わたくし聞き捨てならない噂を耳にしましたの」
「な、何よ……?」
「お、お姉様に、か、かか、彼、ぐほッ!」
 先ほどの気迫も何処へやら、突然口元を押さえてへなへなっと倒れ込んだ白井に、驚いた美琴が駆け寄る。
「黒子ッ!?」
 そのまま白井を抱き起すと、燃えカスの様に生命力を失った白井が、震える手を美琴に伸ばす。
「わ、わたくしはもう駄目ですわ……」
「な、何を言ってるの黒子ッ!?」
「わたくしの、な、亡骸は……う、海の、見える、丘の上に……」
「黒子ッ、馬鹿な事言わないでッ!!」
「墓碑銘には……『御坂黒子、お姉様への愛を貫き通した女』と……」
「黒子?」
「あ、後……、最後に熱いベーゼを……んっ、んんんっ……」
 そう言って唇を蛸の様に突き出した白井の頭を、美琴は躊躇無く床に落とした。
「おふッ!」
 痛みを堪えて床の上をごろごろと転がる白井を見下ろした美琴は、深いため息をつくと自分のベッドにダイブした。
「アンタその話何処で聞いたのよ?」
「それは企業秘密ですわ」
 いつの間にか復活した白井が美琴のベッドに腰を下ろす。
「どぉーっせ、また初春さんにでもお願いしたんでしょ?」
「いえいえ。今回の情報源は……おとと、信用にかかわりますので黙秘させていただきますわ」
 その勿体ぶった言い回しに美琴はキョトンとした顔で白井を見上げた。
 すると白井はオホンと1つわざとらしい咳払いをすると、
「不躾で申し訳ありませんが単刀直入に申し上げさせていただきますわ。お姉様ぁ、いい加減本気でしたら回りくどい真似などせずにまっすぐに行ったら如何ですの?」
 その意味が伝わるまでたっぷり一分は経過した後、
「ア、アン……」
 信じられないモノを見る様な眼で上体を起こした美琴に、白井はベッドから降りて向かい合うと、
「お姉様」
「な、何よ?」
「すぐさま私服にお着替えくださいまし」
「な、何……」
 訳が判らず唖然としていると、白井は美琴の手を取って、
「え?」
 美琴が気が付いた時には空中に逆さまに浮いていた。
「うわッ!?」
 頭をカバーする暇も無く自分のベッドの上に頭から落ちた美琴。
「い、つつつつぅ……」
 柔らかいクッションの上とはいえ、受け身も取れない落とされ方をしてうめき声を上げる。
 すると白井はそんな美琴の手を取って引き起こすと、
「ぐずぐずしておりますと、次は裸で外に放り出しますわよ」
「いッ!?」


 かくして――。
「仕度したわよ」
「お姉様。もう少しこう、可愛らしい格好は無かったのでございますの? それでは『男』に間違えられても言い訳できませんですわ」
「う、うっさいわね! 普段必要無いから殆んど実家に置いてあんのよ。で、私を着換えさせてどーするつもりよ?」
 どう言う理由か撃沈していた所に、期待しないまでもちょっとは慰めてもらえるかと思った白井からの数々の仕打ち。
 それらが相まってご機嫌斜めどころの騒ぎじゃ無い美琴の今の服装は、何処にでもある様なプリントTシャツに、短パン、何時ものルーズソックスと言う出で立ち。
 しかも帽子を目深に被っているものだから、発展途上の身体と相まって、確かに男と間違えられてもおかしく無い。
「ま、いいですわ。あの殿方も見た目を気にする様な方ではございませんし」
 ため息交じりに白井が零した言葉に、美琴はギョッとした。
「ア、アンタ、い、今、な、何て……」
「殿方、と申し上げましたの。いえ、判り易く上条当麻さんと言い直した方がよろしいですわね」
 美琴はその名を聞いても白井が何を言いたいのか理解出来なかった。
 ただ、こうして着換えさせられた理由が上条に関わりがあると言うだけで、心臓の鼓動が倍も速くなる。
「顔が赤いですわよ?」
「う、うっさいわね。よ、余計なお世話よ」
 図星を指された様な気がして咄嗟にそういい返すと、白井は何故だか悲しそうに笑って、
「確かにお節介ですわよね。こうして今から敵に『塩』を届けようと言うんですから……」
「え?」
 『塩』とは何の話をしているのか――そう問い返そうとした時、それより一瞬早く白井の手が伸びて、気が付けば美琴は白井と共に寮の外に立っていた。
「はいお姉様、靴」
「あ、ありがとう」
 訳も判らず靴を手渡された美琴は、取り合えずその靴を履く。
 そして美琴の準備が整った所で、白井は全ての種明かしをした。
「はい。それじゃあお姉様。今度は変に回りくどい真似などぜずに、真っ直ぐ殿方にぶつかって下さいまし。殿方の事ですから、きっと悪い様にはなりませんですわ」
「え?」
「彼氏が出来たなどと嘘をついて殿方の心を揺さぶってみようなどと……はぁ、わたくしのお姉様には不釣り合いで滑稽な作戦ですわぁ」
 その言葉で全て事に合点がいった。
「アンタ、知ってたのね」
「ええ、まあ。夜な夜なあれほどリハーサルをされては気が付くなと言う方が無理と言うものですわ。ま、ちゃんと裏も捕りましたんですのよ」
(と言う事は佐天さんの入れ知恵だと言う事もひっくるめて全部コイツにバレバレな訳ね……)
 美琴は余りの恥ずかしさに両手で顔を覆うとその場にしゃがみこむ。
「死にたい……」
「全く……、死にたいのはこっちの方ですわ」
「え?」
「大事な大事なお姉様の為と思えばこそ、我が身を裂かれる思いも耐えられるかと思いましたのに……。ええい、くそッ、ですわ! 何であんな類人猿にお姉様がお姉様がお姉様がお姉様がッ!! お姉様ああああああああああああああああああああ!!」
「く、黒子?」
 美琴は、突然に感極まって抱きついて来た白井に捕まってしまう。
 だが、ここから何時もの様な頬ずりが始まるかと思いきや、白井はすすっと身体を放すと、
「いけませんわね。目的を忘れる所でしたわ」
 そしてある方向を指さす。
「さあお姉様、リベンジですわ」
「黒子……」
「常盤台一のエリート、いえ、わたくしのお姉様が負けどおしで居られる筈も有りませんですわ。さあ今一度わたくしの為、お姉様ご自身の為に立ち上がって下さいまし!!」
 その言葉に美琴はコクッと頷くと走り出す。
 その姿はあっという間に夜の帳の中に消えて行き、路上には白井1人が取り残された。
「何ですかしら、この高揚感。まるでわたくしが告白するかのようですわ。いえ、むしろこの後撃沈したお姉様を……、いえいえお姉様が失敗など……。となればヤルのは殿方、と言う事になりますわね……」
 そうひとりごちる白井の頬に不敵な笑みが浮かぶ。
「相手にとって不足無し。どう転んでも勝算は我にあり、ですわよ、と、の、が、た、さん♪ うふ、ふふふふははははははははははああ!!」




「ううっ。今寒気がしたけど……、夏の夜風も馬鹿にならねえなぁ」
 そう独り言を呟く上条は、1人でベランダに出て夕涼みをしていた。
 部屋の中ではベッドの上でインデックスが既に寝息を立てている。
 無事、インデックスに襲われる事も無く食事をさせ、風呂にも入れて、自分が風呂から出て来た頃には、少女はもう半ば夢の世界の住人だった。
 まだ眠く無かった上条は、そんなインデックスを先に寝かしつけた後、こうしてベランダで火照った体を冷ましていたのだ。
 ガラス越しに眠る少女のあどけない顔は、上条の心にちくちくとある感情を知らせて来る。
 柔らかそうな頬も、唇も、太ももも……。
「(い!? いかんいかんいかああああああああああああああああん!!)」
 自分の頭をぽかすかと殴りつけて雑念を必死で追い払う。
「はあ……。何時まで持つかな俺……。不幸だ……」
 そしてベランダに出る時に持って来た缶コーヒーを一口飲む。
 甘味より強い苦みが口に広がって、上条はほんの少し顔をしかめる。
 そして苦いと言えば、つい数時間前の事が頭を過ぎる。


 ――彼氏が出来たのッ!!!


 その時飲み込んだ感情は、きっとこのコーヒーよりもずっと苦い。
 とは言えそれを何と表現すればいいのか、上条のボキャブラリーにそれに当てはまる様な言葉は見つからない。
「娘が嫁ぐ時? いや、妹に恋人が? あ、父親に新しい母親……うう、そんな物騒な……ナンマンダブナンマンダブ……」
 そんな捕りとめも無い独り言のさ中にも、今日何度目かのため息が漏れる。
「はぁ。何だろうなこの気持ち。誰かカミジョーさんに説明して下さいよ。お星さまお星さま、どーかカミジョーさんの御悩みを聞いて下さいまし」
 天に向かって真剣に手を合わせる高校生がここに1人いた。
「なんてな。それでどーにかなるんなら、今頃俺は幸福の絶頂だっつーの」
 ところが、その時奇跡が起きたのだ。
「悩みって何よ?」
 唐突に声が聞えた。
「え?」
「だから悩みって何よ?」
 上条は我が耳を疑う。
 しかし、ちょっとした間に色々な体験をして来た上条にとって、不思議な事はもう日常茶飯事と言えた。
 むしろ普通が懐かしい位だ。
「え、悩み事聞いてくれるのか?」
 天に向かってそう言うと、
「聞いてやらなくもないわね」
「何か横柄だな。でも、この際いいか。いや、待てよ。待て待て待て」
 何やら余りに都合が良いので、上条の不幸センサーが何かをキャッチした様だ。
「1つ聞いていいか?」
「何よ」
「御坂のスリーサイズを教えてくれ」
「うっ、上から××、△△、○○……」
「すげ、当ってる」
「当ってるって何でアンタがそんな事しってるんじゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 本日3回目の突然の雷撃に驚いた上条は、その雷撃は打ち消す事には成功したが、バランスを崩してベランダから落ちた。
「嘘!?」
 逆さまになった世界にそう呟くのが精一杯で、後は重力に従って路面まで一直線――とは行かなかった。
 ガクンと身体が引っ張られたかと思うと、上条の体は階下のベランダに放り出されていた。
「た、助かった……」
 すると、逆さまになった上条の隣に誰かが降り立った。
「だ、大丈夫なのアンタ!?」
 先ほどのお星様と同じ声で話すシルエットに、
「助かりましたお星様」
「何馬鹿な事言ってんのよアンタ。私よ、わ、た、し」
「へ?」
 そう言われて改めて良く見た上条は、
「き、君の様な男の子に知り合いは居ま――」
 と最後までいい終えない内に一筋の雷撃がバチッと上条目掛けて飛んだ。
「うおッ!? つかお前、御坂か!?」
「正かーい」
 そう言って帽子を脱いだ美琴は、髪を整えて帽子をかぶり直すと、逆さになったままの上条に手を貸して起こした。
「わ、悪い。てかさっきのお星様もその後の雷撃も……」
「私よ。てかさっきの質問は何!? 何てアンタ私の……」
 とそこまで言って美琴は恥ずかしさのあまり押し黙ってしまう。
「えと……、この間お前の鞄の中身がぶちまけられた時……」
「あ、あん時か!? あんな一瞬でか!?」
「いやあ、興味深い程に憶えやすい数――」
 またも最後まで言わせず電撃がバシッと上条に向かって飛んで行く。
「うおッ!? す、すまん!! ごめん!! マジで悪かった!! すぐに忘れますからこれこの通りご勘弁下さい!! 御坂様!! 御坂大明神様!!」
 電撃を消してから、土下座に入るまでの何と素早い事か。
 思わず唖然としてしまった美琴に、上条は恥も外聞もかなぐり捨てて額をベランダに擦りつける。
「い、いいわよもう! 別に減るもんじゃないんだし!」
 と美琴が言った途端に立ち上がった上条は美琴の両手をがっちりと握りしめ、
「あ、ありがとう! ありがとうありがとう! 本ッ当にありがとうございます!!」
「んなっ!? い、いいわよもう……だから放して……」
「あ、悪ぃ……」
 その言葉に上条が慌てて手を放すと、何故か美琴は名残惜しそうに「あっ」と声を上げた。
 その声に上条も美琴も同時に赤面してしまい、恥ずかしくてお互いの顔が見られなくなる。
 とは言えこのままでも居られないので、
「なあ御坂」
「な、何?」
「どうして来た?」
 すると、美琴は暫く返事を躊躇った後、
「アンタにね……、話があるの……」
 その余りに勿体ぶった言い方が上条の心に妙に引っかかる。
「わ、悪い話じゃないだろうな?」
「それは、アンタ次第……」
「俺次第、か」
 とそこまで言った所で、2人は同時に吹き出した。
「何かあれだな」
「既視感(デジャブ)」
「そう。それだ!」
「てか今日のやり取りだから既視感とは呼ばないわよ」
「まあいいじゃねえか。お互い話は通じた訳だし」
 そうして暫く捕りとめも無い話に花を咲かせた2人だったが、
「そうだ! さっきの話」
「ああ、あれ? もうどーでもいいんだけど。でも、手ぶらじゃ黒子が許さないわよねぇ。ああ見えて感も鋭いし……」
「何だ? 白井がどうした?」
 美琴はチラリと上条を見た。
 相変わらずのツンツン頭も、今は少ししんなりしていて、シャンプーの香りと相まって、風呂に入ったばかりだと知れた。
 ぼんやりとした顔はどこにでもいる、百羽ひとからげの高校生でしか無いのだが、
「何でコイツだったのかしら……」
「何が?」
 と話を聞こうと少しだけ身を乗り出した上条。その寝巻の胸倉を美琴がグイッと握りしめた。
「へ?」
 続いて片方の脚の膝裏に器用に踵を引っ掛けると、グイッと脚を引いた。
「うおわッ!?」
 当然膝が折れてバランスを崩した上条は、襟首を支点に半回転しながら倒れ込む。
 そして気が付いた時には、美琴の膝の上に頭を乗せて天を見上げていた。
「あの時と一緒ね。違うのは……お互いの服装くらいか」
「御坂……」
「彼氏の話ね。あれ、嘘なの」
「そっか……」
「驚かないのね。それとも驚いて声も出ないとかかしら?」
「どっちも合ってるかな。で、何でそんな嘘を付いたんだ?」
 すると美琴ははにかんで、
「聞かないで。自分でも恥ずかしいから」
「そうか。じゃあ何も聞かない」
「うん」
 そして本当に自然に、当たり前の様に、美琴は上条の唇に自分の唇を重ねた。
 ほんの一瞬、本当に触れ合っただけのキス。
 そして美琴は唐突に上条を膝の上から床の上に落とした。
「うがッ!?」
 そして声も無く蹲る上条を尻目にベランダの柵に軽々と飛び乗ると、
「今夜の所はそれで勘弁してあげるわ。明日から楽しみにしてなさい」
「ちょ、おまッ!?」
「バイバイ♪」
 そして投げキッスを1つ残して美琴の姿はベランダの向こうに消えた。
 上条は慌てて立ち上がって階下を目を皿の様にして探したが、美琴の姿所か痕跡1つ見つけられない。
 その場にへなへなっと座り込んだ上条は、美琴の唇が触れた所を自分の指で触れてみた。
「何ホッとしてんだ俺? これから何が起きるか判んねえっつーのに」
 そしてよいしょっと立ち上がると、頭を掻きながらこう呟く。
「取り合えずここからどう帰りましょうかねぇ。はあ、御坂と関わると……、不幸だ」
 しかし、ニヤリと笑ったその顔に、その言葉ほど悲壮感は感じられなかった。




「その宣戦布告。受けて立つんだよ短髪……」


 上条を取り巻く日常は、今日も明日も明後日も、何一つ変わる事無く何時も通りの不幸(へいおん)で彩られているのであった。



END


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