日常3
朝
AM8:30
燦々と日光が照らす寝室。
起き上がったのは、新婚生活満喫中の上条当麻だ。
2週間前に式を挙げたばかりの嫁は上条美琴。
今はキッチンにいるのだろう。
「ん~、ふぁ~~」
ぐぐっと背伸び。
ベッドはシングルベッドだ。
原因は予定より多いクローゼット、
もとい中のゲコ太グッズである。
ベッドの大きさに最初は反対した美琴だが、2人一緒にシングルベッドで寝ると狭くて窮屈だ、と聞いた瞬間賛成しおった。
わかりやすい子である。
「さてと」
立ちあがり、リビングに向かう上条。
パジャマは美琴とおそろいのモフモフゲコ太である。当初は大反対した上条だが、「着てくれなきゃ一緒に寝てあげない!!」という言葉に折れた。
今なら絶対にないな、と思うのだが、若干悔しいことに着心地のよさは折り紙つきなのだった。
「おはよう、美琴」
リビングに入ると、トテトテと新妻が台所から出てきた。
さらに、赤面してもじもじしているのだった。
彼女は「あ、あのね」を数回口にして、ようやく本題に入る。
「あの……その…………ご、ご飯にする? それとも、わ、わたしにしゅる? それとも、わ・た・し?」
瞬き数回、美琴の虜となっている上条は、すぐに答えを出すのだった。
「えーと、新聞新聞…………どれどれ? ふむ、あの自動車メーカーの株上がってるじゃん、今度の取り引きも有利に「無視すんなやゴラァァァアアアアアア!!」ぬおっ!!」
ソファに押し倒される上条。
セクシーな感じでない。
どちらかというと、はっけよーい、のこった!!である。
「ア!ン!タ!は、結婚しても相変わらずスルーすんのか!! やんのかコラ!!」
「うっせぇ!! 朝一からアホなこと言われりゃスルーもしたくなるわ!!」
ドタバタとソファの上でじゃれる2人。
5分後、勝者は美琴に決まった。
拳を掲げ立つ美琴の背を見ながら、
ソファに寝そべる上条さんである。
「……もう、お嫁に、いけない」
「もう嫁になってるでしょ」
「なったのは旦那だっつの」
「……誰の?」
「美琴さんの」
「……えへ~」
ニマニマ~と幸せを噛み締める嫁。
ふわふわしている。地に足がついていない。
実際、ちょっと浮いてる。
あまりの可愛さに、旦那はついついギュムーっと抱き締めた。
「ふぁ?」
「いやー、その、先ほどの質問にまだ答えていないなと思いまして」
「あ、あの……」
両者真っ赤である。
「…………本番は夜だけど」
「ふにゃー」
ふにゃー、まで1秒もなかった。
しかし、手慣れた動作でゲンコロする当麻。
気絶した嫁を抱き締めて、ソファでゆっくりするのだった。
AM9:00
気絶から復帰した美琴は台所にいる。
冷めた朝食を温めなおしているのだ。
食器を早々に準備した上条は新聞を読む。
仕事のために。
(あの自動車メーカーには浜面が入り込んでる、さすがだな。西の紛争に関わってるのはあの武器商社か? 魔術業界の臭いがすんな、インデックスに聞いとこう。あの国の和平は……一方通行が関わってたな。今後の流れは打ち合わせとこう)
とはいえ、規模が変わっただけで、
やっていることは高校の頃から変わっていなかったりする。
ちょうど読み終わった時に、美琴の呼ぶ声が聞こえた。
テーブルの上に並ぶのは、
ごはん、味噌汁、おひたし、焼き魚、煮込み料理、漬物。
完璧な朝食だった。
同棲初期はこうはいかない。
イベリコ豚と若鶏とチョリソーのパエリア、佛跳牆、ウォルドルフサラダ、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナが食卓に並んだ。
朝食に。
夕食は推して知るべし、である。
当初は喜んでいた上条だったが、
数週間後に胃が悲鳴を挙げた。
頑張ったと思う。
「「いただきます」」
美琴は上条の向かいではなく、右隣に座っている。
遠いのはイヤなのだった。
しばらく黙々と食べる上条に、少ししておずおずと尋ねた。
「どう、かな……?」
「メチャクチャウメェ!!」
即答。
小さく息を吐く美琴を見て、上条は考え込む。
そして、幸せそうに微笑んだ。
再びふにゃーしそうになるのを我慢し、
美琴はとりあえず話を続ける。
「な、なによ、ニヤニヤして、どうせ、昔は世間ずれしてたわよ」
パチクリと瞬きする上条。
そして、笑いながら否定した。
「違う違う、この味、母さんから習ったんだろ?」
「うん、そうだけど?」
「オレには子供の頃の記憶がないはずだ」
「え? うん」
「でもさ、最近美琴の料理を懐かしく感じるんだ。きっと、頭じゃなくて心が覚えてるんだよ」
「…………きっと……ううん、絶対そうよ」
「そこまで考えて、いずれはこの味がさ、オレ達の子供の母の味になるんだなぁって「ふにゃー」はいはいゲンコロ」
美琴は気絶し、当麻の肩に倒れてきた。
能力を右手で打ち消す。
夫は妻の背中を撫でながら、自分の頭を彼女の頭に重ねた。
(なんかさ、そう考えると幸せだなって、思ったんだ)
AM10:00
「デートしましょう」
美琴は不思議な言葉を聞き、コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置く。
「え? なに当麻死ぬの?」
「生きたい!! すぐ殺すな!!」
「だって、当麻がデートなんて、なにかあるとしか…………」
「え? 不幸がってこと? じゃあ見せてやろう、幸せなデートってやつを!!」
「……………………まぁ、いっか。で、最初の予定は?」
上条が、固まる。
「…………へ?」
「だから、予定」
唸り始める旦那。
コイツ、予定もなく誘ったのかよ。
「じゃ…………映画」
「……アンタにしては及第点ね」
「映画レベルで!!?」
落ち込む旦那を無視して準備開始。
心のなかでは嬉しすぎてゲコ太たちがパレードしてることは秘密である。
昼
AM:11:00
外は快晴。
風が冷たい。
しかし、心はポカポカなのである。
「で、旦那様、なに見るんでせう?」
「ちゃかすなよ。そうですねぇ……」
ついでに腕もぬっくぬくだ。
腕組みしながら歩く2人に、
周囲にいる隣が涼しい方々は極寒の視線を送る。
しかし、人生の春を満喫中の上条夫妻には、効果はないようだ。
「アクション映画は、さんざん見たしな」
「恋愛ものは、我慢できなくなるので却下」
「ん? なんか我慢してんの?」
「なに聞いてるのよスケベ!!!!」
「……どう考えても我慢できない嫁さんの方がスケベだろ」
「…………ホームドラマ?」
「それは間違いなく寝る」
「アンタねぇ…………ま、ムリか」
「ってことで、コメディ」
「昨日テレビで見たじゃん」
「ほかに何があるよ」
「ん? ……アニメ!!」
「!!!! や、やだーー!! ゲコ太地獄はもうやだーー!!」
「さあ、いっこう♪ すっぐいっこう♪」
腕組むんじゃなかったと、ちょっと後悔した当麻さんである。
PM03:25
今日の戦績。
・近年新しく登場した魔神(♀)の撃破
・同上に当麻がフラグを立てる
・木原唯一の影響を受けた新level5(♂)の撃破
・同上に美琴がフラグを立てる
・助けた男女10名前後にフラグを立てる
・昼食を戦闘の途中でいただく
「あぁ、もう、やってらんねー」
「疲れたー、さすがハプニング遭遇率100%ね」
「やめて、落ち込む」
事件現場からなにくわぬ顔で出てきた夫婦。
世界崩壊レベルの戦闘だったのだが、
当麻も美琴もピンピンしていた。
服がちょっと汚れた程度である。
いや、戦闘中では夫は血も吐いたし、いくつか骨から変な音が聞こえていた。
しかし、病院に行くほどではないそうだ。
高校の、正確には新約12巻からである。
あまりの回復ぶりなので、後になにかの伏線になるかもしれない。
「とはいえ、すまんな美琴。オレの不幸のせいで…………」
「…………映画に興味があまりわかない理由がわかったわ」
「???」
「私たち、日常生活がアクションじゃない、新鮮味ないわよ」
「いや、まぁ、そうかもしれないけど」
「ファンタジーものも、SFものも取り揃えております」
「まぁ、そうだけどさぁ」
「それに…………」
「それに、なんだむぐっ!!!?」
「…………ぷふぅ、ラブロマンスも扱いがあ、あり、ましゅぅ…………」
「…………なに無理してんだよ」
「無理してにゃい」
嫁は旦那の胸に顔を埋めた。
こんなの抱き締めるしかない。
「無理なんて、してない」
「わかったわかった」
「…………私は、こんな、ドタバタも含めて、アンタとの生活が、好き……」
「…………」
「アンタは、わたしといて、不幸…………?」
「そんな訳ないだろ? 幸せですよ、最高にさ」
「…………よかった」
抱き締めるふりして、美琴の頭を押さえつける当麻。
いま、上を向いてもらうわけにはいかない。
「…………いいかもしれないな」
「なにが?」
「美琴とみるなら、ホームドラマもいいかもと思ったんだよ」
「…………見るのはゲコ太だからね」
「くそぅ、うまくいかないもんだ」
口ではそういうものの、旦那の顔はいろいろとぐしゃぐしゃだったりする。
PM3:40
『どうしたの? ぴょんぴょん?』
『ぴょんぴょんじゃなくて、ぴょん子!! 名前は覚えてよー』
スクリーンに映る、かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょみょみょ…………。
しかし、
「すこー、すかー、みこ……むにゃー」
「すぴー、とぅ、ま、すー、すー」
彼らの意識は、夢の中である。
健やかな寝息をたてる2人だが、
「……と、うま……すやゃ」
「……みこ、と……ぐこー」
寝言で互いの名を呼び、安堵の笑みを浮かべている。
さらに、恋人繋ぎをしているそれは、いっさい解かれることはないようだった。
晩
PM:5:00
「不覚!! ……寝てしまうなんて」
映画館からの帰り道、
心底悔しそうにする美琴さんである。
しかし腕は組んだままだ。
「確かに、金払って寝たようなもんだもんな」
現在、映画の料金くらいなんてことはないはずなのだが、
高校時代【生まれたとき】からの考え方は容易には変えられないのだった。
「……もう1回見るしかないか」
「ふざけんな、もう3回目だろうが、内容も覚えただろうが」
「むぅ……しょーがない、美琴センセーが折れてあげませう」
「こっちが折れてゲコ太見たのに、なんでまた折れてもらってるのオレ?」
「じゃ、代わりに夕飯お願いね」
「ん~、ミコッちゃんの料理がいいなー」
「たまにはいいじゃない」
「ま、いっか、任せなさい」
PM6:27
「とはいったものの、ご飯に野菜炒めに、味噌汁とか、料理っていう料理じゃねーよなぁ」
テーブルの上に並んでいるのは、
チンジャオロース、酢豚、中華スープ、チャーハン、杏仁豆腐(市販)。
それなりに作り込んでいるが、
美琴の料理を毎日食べる上条には三流以下にみえる。
箸を動かす手も重い。
やっぱり、美琴の料理の方がよかったよ、と声をかけようとした上条は固まる。
「お、おいびぃ~、ぐすっ、おいじぃ~」
号泣されてやがった。
「ど、どないしたん?」
ティッシュを彼女の鼻に持っていく。
チーン、という音が鳴ったあと、ゴミ箱に投げた。
「ご、ごりぇからも、じゅっと、とうまの゛ ごばんをだゃべられるにゃんで……」
「同じようなことを、オレが朝言った気がしますが?」
というか、同棲中もたまには担当していたと思う。
「じあわ゛ぜでずー」
当麻はため息を吐きながら抱き寄せた。
「これくらいで喜ぶなよ、もっといろんな幸せが待ってるんだからさ」
「ほんど……? うれじぃよ~!! びゃ~」
抱き締めながら、当麻はテーブルの上を見る。
視線の先には、半分ほど消えているボトル。
苦笑しつつも、胸の中で泣く嫁とともに、彼は幸せを噛み締めた。
PM7:46
「酔いはある程度覚めましたか?」
「……はい」
ソファの上、旦那に抱っこされている美琴。
抱きついてはいるが、当麻の顔を見ることはできない。
(にゃにしてんのよ……わたし……)
旦那に
「ア~ンしなさい!!」
と命令し、
「口移しじゃないとやだー」
と、駄々をこね、
「ねぇ、キス、して……」
と、ねだった。
さらに旦那は全部こなしてくれた。
もうすぐ、ふにゃる。
それが理由なのか、当麻は頭から手を放さない。
「……なぁ、美琴」
「な、なんでしょう? 当麻さん」
「なぜ敬語? まぁ、それはともかく、お風呂沸いてますよ」
「あ、そそう? じゃあ、先に入ってよ」
「やだ」
なぜかの拒否。
断固の拒否だ。
「……? じゃあ、わたしから入ればいいの?」
「いやです、一緒に入りましょう」
かぽーん
「な、なに言ってんのよ!!! スケベ!!」
「いや、オレ達夫婦だし、もっとすごいことをもうやっ「わーわーわー!!!」
美琴の頭から湯気が出ている。
きっと食パンを口にいれたらこんがり焼けるだろう。
「だって、それは、その……でも、お風呂は、明かりが……」
上条夫妻は電気を消して行うことが多いご様子だ。
ナニをかは知らんけど。
とにかく、見られるのはいろいろといっぱいおっぱ……いっぱいいっぱいなのだった。
しかし、
「ダメ。あんなにいうこと聞いてあげたのに、こっちのお願いは聞いてくれないのか?」
旦那は鬼畜で元気だった。
もう、トラブルと遊ぶヤンチャボーイの時間は昼に済ませている。
これからは大人のお時間なのだった。
「ぁう、その、あの……」
「行くぞ」
「ぁぅ……ちーん」
トーストが焼けたらしい。
「美琴」
「あぅ、あ、あ…………むぅ」
口づけ。
へにょへにょと旦那に倒れ込む嫁。
もう、抵抗力0である。
騎士隊長もびっくりの効力なのだった。
「おっと、そうそう」
旦那は、なにかを思い出し、
「悪いな、こっからは見せらんねぇんだ」
おもむろにその右手を掲げた。
パキーーーーーン