とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

04章

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第四章 思い Passing_down_by_an_old_man

1 11:20

 はっきりいって、上条は美琴の私服姿を見たことがない。いや、実は二度ある。だが一度目のは私服と言ってしまうのはいかがなものかと思うし、そもそもそのとき上条は記憶喪失で美琴のことを知らなかった。二回目は寒いロシアでの防寒着だったので私服と言うにはちょっと物足りない感じである。
 常盤台からはなんとか誰にも見つからずにうまく出ることができた。そして今現在、服を変えるためヌーサレーゼというおしゃれな洋服専門店にいる。なぜなら美琴の着ている常盤台の制服はとにかく目立ってしまうからだ。先ほどは回りに気が回るほど余裕がなかったが、やはり、周りの目が気になってきた。で、服屋。
 本当は今日開店する、セブンズミストに匹敵するほどと言われる大型のデパート、P.P.Loversで事を済ませるはずだったのだが、美琴が言うには『あんな人がいるところに行ってどうすんのよドバカ』とのことで、上条はポケットの奥に仕舞い込んだ『オープン記念!激安食材の数々!』とありきたりなロゴで書かれたチラシをくしゃくしゃにする羽目になってしまった。
 しかし、結局問題がひとつ浮上した。美琴は選び始めてからすでに30分近く経ったにもかかわらず『う~ん、これじゃない……あれもだめだったし……うーん……』とまだ一着も買っていないのだ。
 もういっそ『お前ならどれを着ても可愛いよ』と言えばさっさと終わりにしてくれるだろうか、と上条は思い始めている。
「ね、ねぇ、アンタはこの服どう思う?少し子供っぽいかしら」
 だから服屋に入ってから美琴が上条に話しかけるのはこれが初めてだったりする。
「あん?ああ、いいんじゃね?いいと思うぞ」
「………、」
「パ~パ~!」
「ん?どうした?」
「もっといっぱいいって!」
「うん?いっぱい?つってもここお嬢様が服買うところだろ?上条さんにそんなお高い服を評価するほどの美的センスはないと思うのですが?」
「いっぱい!!」
「………うっ……そ、そうですね……上条さん的にはそれもいいと思いますけど、御坂さんにならあれとか似合うんじゃないでせうか?」
 上条はガラスの中に飾られた、照明で強調されている服を指差した。



「………ぇー…」
 季節考えろよと正直美琴は思った。
 確かに上条が指差した服は美琴から見てもかなりかわいい。
 その服は純白のワンピースの一番上と一番下の部分にピンク色のひらひらが施されており、あとは胸の手前の部分で紐が蝶々結びされているだけの一見シンプルなデザインだ。しかし脇より上の部分がなく、紐で吊るしているだけなので肩の部分が大きく露出し、『シンプル』というよりかは『大胆』という文字が先に思い浮かぶ。美琴史上でも3本指には入るくらい可愛らしい服だ。店の中でも屈指の一品だろう。
 実際、美琴が一番最初にターゲットにしたのがそれなわけだが、しかし時期を考えるとどうしても無理な格好になってしまうので泣く泣く断念したのである。どれだけ着飾ろうとワンピースはワンピース。センスとかそれ以前の問題だ。真冬にあんなもんを来た日には寒すぎて全身の血管が血を通さないくらい細くなってしまうだろう。
(……まぁ……でもコイツが選んでくれたものなわけだし……)
「……、あれ?」
「いや、だから俺のセンスを当てにすんなって。だいたい、よく考えたらあれ季節外れすぎんだろ。確かに可愛いけど着れねーんじゃ意」
「買う」
「味ねー……あ?」
「か、可愛いんでしょ?…………あれ買ってよ」
「……、お前な……言いだしっぺが言うのもあれだが、あんなん着たら風」
「か、買えっつってんのよ!今日着るのは別に買うから、早くレジに行くわよクソヤロー!!」
 美琴は雷撃をバチンとハリセンみたいに上条に叩きつけた。服には可愛いといって、自分には着るなといわれると、まるで『服は可愛いが、お前は可愛いくないから着るな』と言われているような気がしたのでなんだか無性に腹が立ったからだ。
「きょわっ!」
「ぐわあ!い、いってーー!!お、お前!いきなりビリビリすんな!美栄がビビッちまってるじゃねーか!!つーか俺が払うのかよ!?」
 普通の店なら今の騒ぎだけで警察沙汰になったかもしれないが、今回はその限りではなかったようだ。ただわずかな客が何事だとこちらを見ている。
「わわわごめん美栄!大丈夫……?で、でも!ア、アンタ、お、女に自腹で服買わせる気なわけ!?」
「くっ!た、確かにその辺は申し訳なく思うけどな!あんな高そうな服、俺のお財布ちゃんじゃ手も足も出ねーぞ!!」
「なら代わりに今月の食費は全部私が出すわよ!ど、どうせ3週間は一緒にいるわけだし!!」
「あぁ?あー、そういうことなら買えねー事もねーが……」
「だ、だったら!早くいくわよ!」
「どわっ!ひ、引っ張るな御坂!服が千切れる!」
 とにかく買う方向で意見が一致した。まぁ、もしここであの服を買ってもらえなかったら、いつかもっと高い服を要求する補完計画を発動させるつもりだったので、生涯的には上条にプラスの意味をもたらすはずだ。
「いらっしゃい」
 そういった店員は50代後半くらいの少し痩せこけた背の高い男性で、銀色の髪をオールバックにしている。美琴的にはダンディーで優しいそうなおじさんだ。そして、さすがは服屋の店員といったところか、最新式だろうブランドものに全身を包み、貴族のごとく背筋をピンと伸ばしている。どちらかっていうと服屋と言うよりは、どこかのバーでシャカシャカしてそうな人だ。バーなんて行ったことないが。
「ほ、ほら、アンタの出番よ、さっさとしなさいよね……」
「いてて、ったく……、ちゃんと食費払ってくれよ?あのーすみません。あそこに飾ってある服がほしんですけど」
 と上条は指差す。店員は嫌なものを見るような目で服を一瞥し、すぐに自分たちのほうへ向きなおした。
「ああ……あの服ね。どうしてこんな時期に?」
「こいつがどうしても欲しいと……」
 んっと今度は美琴を指す。
「な、なんか文句あんの?アンタが最初に言い出したことでしょーが」
「……お前な……目上の人がいるときくらい自重しとこうぜ…」
 しかしダンディーな店員は全く気にした素振りはなく、むしろ興味深そうに三人を見ている。
「んー、君、名前は?」
「え?お、俺?か、上条です。上条当麻」
「君は?」
「御坂美琴です。この子は美栄です。」
「うーす!」
「「こら!美栄!」」
 将来のためにも、こういう悪いところは早めに打っておく必要がある。この辺は上条も自分の教育方針に同意しているようだ。


「「こら!美栄!」」
 一応叱っておく。だって美栄が美琴みたいに攻撃的な子になってほしくないから。もしこれがそのまま美琴のような性格に育ってしまったら『なんか文句あんのか!?アンタ祖先ごと消すぞグォルァー!』とか言い始めるに違いない。そうしたら地球規模で大迷惑だし、なんだか涙が出てくるよ母さん。
「当麻くんと美琴さんと美栄ちゃんか。私は空里健司(そらざと けんじ)、この店の店長だ、よろしく。私のことはマスターとでも呼んでくれ。よくこの店に来る客はみんなそう呼ぶんだ。おかしいだろう?」
「あ、よろしくです。」
「よろしくおねがいします。」
「ますたー!かみゅう!」
「!?こ、こらっ美栄!そ、そんな単語どこで!?」
「ん~?パパのともだち!!」
「…………………」
「…………………」
「ハッハッハ!君たちは仲がよさそうだね。失礼だがどういう関係かな?例えば兄妹とか従兄妹とか恋人とか」
 どうやら質問の矛先は自分に向けられたものらしい。しかしどう答えていいものなのか。まさか夫婦と娘ですーと言うわけにもいかない。恋人……というのも美琴に対して図々しいだろう。
「あー……、えぇと……どういう仲といわれますと……まぁ家族とでも言いますか……」
「そ、そうね。そんな感じです。」
「かぞくかぞくー!!」
「ふーん……家族……ねぇ……」
 空里の眼は寝てんだか起きてんだかよくわからない双眸から、まるで鷹が獲物を狙うようなそれになった。普通の人ならひえーとビビって何でも言うことを聞いてしまうだろう。実際、美栄はビクついて美琴を盾代わりに、同じくビビったらしい美琴は上条を盾代わりにしている。しかし一番前の上条は特に身構えるようなことはしていない。
 まぁ当然だ。
 上条はモノホンの殺意を何度も向けられている。たかが鷹ごときにビビる上条ではない。
「んー、無礼を重ねるが、もしかして君たち二人は夫婦みたいな愛柄で、美栄ちゃんは二人の子供だったりするかい?」
「「ぶうううううううう!!」」
 とはいってもやはり年の功、小童を動揺させる手段などいくらでもあるようだ。何度も死線を乗り越えてきた上条でもその手のことを何の準備もなしに言われたら焦るに決まっている。というか、このダンディー店員には計算能力がないのだろうか。どう考えたって美琴の年から美栄の年を引いたら、10かそこら辺だ。このダンディーには自分がそんな鬼畜な男に見えるだろうかと上条は思う。
「うん!そうだよ!パパもママもすっごいなかよしなんだよ!」
「み、美栄!」
「こ、こら……」
 上条と美琴は顔を赤らめ美栄の頭をポカポカ叩く。例え上条と美琴が首を立てに振らずとも、この様子からしてそれを肯定しているには火を見るより明らかだろう。
「仲良し……か。私はこの商売を始めてもう40年経つが君たちほど若い夫婦は初めてみたよ。いやしかし、その年で子供をこさえるほどだ。さぞかし二人は愛し合っているのだろ?」
「ち、違いますって!お、俺とコイツが愛し合ってる?んわけないじゃないですか!!」
「ちょちょっと!ア、アンタは私のことす、好きじゃないわけ?け、結婚するのに!?」
「…………………………、お前な……そんなこっ恥ずかしいことよく平然と言えんな……」
「うっ、うるさいわね!……そ、それで?」
「あん?」
「ど、どうなのよ?将来私のお、お、夫になるわけのア、アアンタは私のことす、す、好きじゃないわけかしらん?ん?」
「……………、」
 確かに将来結婚するのだから、自分と美琴は愛し合うことになるのだろうが、どうもその言い方には納得がいかない。
 例えば、時間管理局(もしくは時空管理局でも可)という文字通り時間を管理する機関があるとしよう。その使いが未来から来て『お前さん、5日後に人殺しちゃうから逮捕ね。いやなに、人生なんて生きてりゃいい事もあるさ』なんていわれて納得がいくだろうか。
 何も美琴が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。こんな状況になって初めて自覚した感情だが、なるほど。放っておけばくっつくだけのことはある。自分は美琴に対して少なからず好印象を抱いていたらしい。ただ行動より結果が先に現れてしまって戸惑っているのだ。
 加えて「愛してる?」と聞かれて、愛してるよというのは本物の恋人の専売特許だ。あくまで擬似的な、それも恋人という段階をぶっ飛ばし、いきなり夫婦という関係になった上条にはそれはハードルが高すぎる。仮にもし、今美琴と二人きりでそれっぽい空気だったら、「好きだ」と言わなくもなくなくないかもしれないが今は客も何人かいるし、目の前には空里もいる。こんな広いところで愛を囁くのは尋常じゃなく恥ずかしいだろう。「愛していない」と言いたいのが最終結論だ。要するにピュアなのである。
 しかし上条と美琴は各々独立した人間。心と心をつなぐ便利なケーブルでもない限り、思ったこと、伝えたいことは全部口にしなければ、伝わらないことだってある。
 例えそれが単なる照れ隠しでも、聞く人によっては必要以上に冷たい言葉に聞こえてしまうことだって、ある。
「愛してるわけねーだろうが」
 何気なしにそう一言。
「……………ぇ?」
 そのたった一言に頬を染めていた美琴の顔が氷のように色を失い、わずかな熱で氷が溶け水が滴るように、その柔らかそうな頬を涙が湿らせる。
「ぇ…ぅ……そ…」
 瞳は信じられないものを見るように。口は体内に何百匹もの害虫が走り回っているのを耐えているかのように震え、五体は魂を置き去りにして、ストンッと力なく床に座り込み、腕だけは上条にしがみついている。声なんてか細すぎて何を言っているのかわからないくらいだ。
「パ、パパ!!」
 上条としては冗談半分にとらえて欲しかったのだが、どうやら美琴は自分の言葉を真に受けてしまったらしい。周りの空気がピリピリしているのが肌から伝わる。しかし上条は美琴にどう言葉をかけていいかわからない。ただ無言でボーと美琴を見ている上条を、人は白状者というかもしれない。
 だが上条だってやたら無闇に美琴が怒っているところ、傷つくところ、泣いているところは見たくない。むしろいつも自分に見せてくれるような、笑っているところ、元気にはしゃぐところ、照れているところ、そんな表情の美琴を見ていたいと思う。そうじゃなければ助けなどしていない。
「あ、いやいや!別に嫌いなわけじゃありませんぞ!」
「……うぇ……ひっく……」
 しかし、泣き出した美琴の涙は洪水で止まらぬ川の流れのようにどんどんその量を増やしてゆき、やがて顎の下の部分にたまった雫がポロポロと雨のようにこぼれ始めた。
「みみみ御坂さん!?」
「……うぇ……えぐ……ぐすん……」
「ああ!!みみ、御坂!今のうそ!い、今言ったこと全部うそ!!」
 慌てて否定するが、美琴に自分の言っていることが伝わるかわからない。美琴は上条にしがみついていた手を自分の耳に当ててひどい雑音に耐えているような仕草でただただ泣き続けているだけだ。
「うぇ……ひっく……」
「御坂!うそだって!だから泣き止んでくれ!」
「ひっく……うぇ……うそ……なら……ひっく……ふぇ……ってよ」
「あ!?なんだって御坂!?」
「ひっく……じゃあ、………ふぇ…………す……き……って……ひぐ……すきって……ひぐ……いってみてよ……」
「でえ!?……………、……ああ好き好き大好き!!!」
「うぇええ……ひっく……ちゃんと……ぐす……いってよ……」
「ああ!?ちゃんと言ったじゃねーか!?つうかこんなとこでんなこと言えっか!!」
「……ふぇえ……や、やっぱり、ふぇ、す、すきじゃないんだ……ひぐ……け、けっこんするのに……」
 美琴の顔は目も当てられない状態になっている。その泣き方は、生まれてばかりの赤ん坊のように不規則で、下手糞で、放っておいたらそのまま死んでしまいそうなくらい弱々しい。今、美琴が生きるために必要なものは中途半端な慰めの言葉ではなく、よく分からないが『好きだ』の一言だ。しかしわずかな客と目の前に空里がこちらを見ているせいで上条にそれを躊躇させる。
「だああ!もう!御坂ぁ!!」
 上条は座り込んでいる美琴を抱きしめ、自分の口を美琴の耳元までもっていく。吐息が間近で感じられ、髪の甘い匂いが伝わってくる距離。そこで初めて上条は、美琴の体が意外と細いことに気づいた。いや、細いとは思っていたがここまで細いとは思っていなかった、というのが正確だ。でもその感触は骨などの硬い感触ではなく、適度についた筋肉や脂肪でとても柔らかい。自分の胸の中でそんな、今にも折れてしまいそうな女の子が震えて泣いていると、いつかの約束通りずっと守ってあげたくなる。
「いい、い、い、一度しか言わねーからな!き、聞き逃しても、もうぜってーいわねーからな!!」
上条は顔を真っ赤にし、

「            」

 美琴にしか聞こえないくらいの小さな声で、上条は優しくそうつぶやいた。口にした言葉は未来永劫、美琴しか知らない。


4 11:50


 美琴は最後に『本当に……?私、我が侭だし、可愛くないし……、いっぱい迷惑……掛けるよ?』とか何度も聞いてきたが、上条は『ん』の一言ですべて一掃した。美琴はそれだけ確認すると『そう……』と心を落ち着かせる作業に没頭し始め、何度も『……そっか……そっか……』と呟き、何かをかみ締めるような、そんな表情を上条に見せた。
 美琴が泣き止んだのは、それからしばらくしてのことだ。
「あー……ええと、それじゃあ、あの服ください……あはは」
 正直、一刻も早く帰ってベッドの中で大暴れしたいのが今の自分の素直な気持ちだ。立ち上がってからというものの上条は美琴の顔を一度も見ていない。『見ていない』と言うよりは、何か『上条に美琴を見せない』ような力が働いているような感じだ。上条は指でこめかみをポリポリ擦りつつ居心地悪そうに財布が入っているポケットに手を伸ばす。しかし早く帰りたい上条の気持ちを知ってか知らずか、空里はのんびりと右手だけでお断りのサインをする。上条が『あれ?もしかして売り物じゃないんですか?』と聞くと『…そうじゃない。…お金は要らないんだ…』とぼやかしたような声でつぶやいた。
「え?くれ……るんですか?あんな高そうな服……」
「ああ、お金は要らない。……、だが代わりと言ってはあれだが私の話を少しだけ聞いてくれないかな?…それが条件だ」
「……そういうことなら……全然構いませんけど……、み、御坂もそれでいいか?」
「……、えぇ……全部アンタに任せるわ」
「……」
「……」
 二人は色っぽく見つめ合う。放っておいたらそのままとんでもないことをしだしそうな風景気だ。しかし美琴の熱い視線に耐えられなくなった上条はさっと美琴から目を逸らす。
 頃合を見計らった空里は三人をカウンターみたいなところへ連れて行き、おしゃれな椅子に座らせ、「ちょっと失礼」といいフランス製だろう高級そうな葉巻を口にくわえ、一服だけした。
 そして絵空事の昔話でもする父親のように語り始めた。
「……40を過ぎたころ、私には15になる娘がいて、私は娘に手作りの服をプレゼントする計画を立てていた。服を作るのはそのときが初めてでね。当時の私は服の作り方に関して全くの無知だった。20年も服を見てきたのにおかしな話だろう?それでも娘にきれいな服をプレゼントしてあげたかったから、少しずつ丁寧に作っていたら半年近くもかかってしまってね。やっとの思いで出来上がったの服があの服と言うわけだ。出来上がったときの達成感といったら、言葉で表現できないほどだったよ」
「……」
「……」
「ますたーうそついてるー」
「?何をだい?」
「だってそれって20ねんくらいまえのはなしでしょー?そうしたらあのふくあんなにきれいなわけないじゃんー」
 一瞬、失礼だろ!と言いそうになったが、それは上条も思ったことだ。どう若く見積もったって空里の歳は60近くだ。そうするとあのワンピースは美栄の言うとおり、およそ20年ほど前に作られたことになってしまう。いくらなんでもそんな昔に作られたものがあんなに綺麗なはずがない。
「……いや、本当だよ。これから言うことも全部」
「……、」
「……、」
 空里は自分の言ったことを撤回しない。だが上条には空里は嘘をついていないことがぼんやりとわかった。
 上条はもう一度あの服をチラリと見る。空里の話が本当なら作られてから相当な年月が経っているはずなのだが、やはり服は真っ白な砂漠のようにきめ細かく、穢れなき白を貫いている。
「話を戻すよ。私は出来上がった服を誕生日用のピンクの箱に入れ、娘の誕生日を今か今かと指を折って待っていた。可愛いものに目がない娘のことだ。絶対に喜んでくれるとなんて思いながらね。思えばあのときが一番生きていると実感できた時だったような気がするよ」
「……」
「……」
「……だが娘の体は病弱でね。折悪く誕生日の前日に死んでしまった。妻も娘の後を追ってしまい、私は独りとり残された」
「……、」
「……、」
「私は自殺しようと思った。生きがいも希望も何もない世界。気づいたら自分の手元には流行りの薬物があり、あとはそれを口にするだけだった。けどね、そんなある日おかしな夢を見た」




「娘があの服を着て広い草原で無邪気に走り回っている夢。娘は病弱だったから走るなんてことは出来ない。でも走っていた。元気に両腕を広げ、笑いながら。その夢を見たら死ぬに死ねなくなってしまってね。だから私は今、ここにいる。あれは何度も他人の手に移りそうになったが、そのたびに断った。直前でどうしても気が引けてしまったのさ」
「…そんな大切な服をどうして私に?」
「君ならあれを大切に使ってくれそうだし、私もそろそろこの商売から足を洗う。それにどんなに大切に扱っていても、結局はただの服だ。年老いた老人が持っているよりは、君みたいな可愛い子が着てくれた方が娘も、服も喜んでくれると思ったからだよ」
 空里は葉巻を擦り、それから服のところにとぼとぼと歳相当の安定しない歩き方で歩いていった。服をマネキンからはずす時、わずかな間目を瞑りマネキンに服を掛け直そうとする。しかし何を躊躇したのか、結局服を持ってこちらに戻ってきて袋に丁寧に包み、名残惜しそうにそれを渡してきた。
「もらってくれ」
「…、いいんですか?」
「…、…………あぁ、大切にしてくれ。それじゃ私は仕事に戻るとするよ。また来てくれ」
 味気なくそういうと空里はもう上条たちに何の興味の示さず、さっさとレジの方へ向かった。 一見何事もなかったような風体を保っているが、視力のいい美琴には見えていた。しわしわのその手が小刻みに震えているのを。服を見たら「返してくれ」といってしまうから見れないように離れた、そんなところだろう。
「いい香り…」
「…、やっぱ綺麗な服だな…」
「…本当にいいのかな…こんないい服、もらっちゃって…」
 上条は美琴の横顔をチラッと見る。
 別に誰も悪くない。空里の娘が死んでしまったのは言ってしまえば運がなかったからだ。が、美琴はどこか責任のようなものを感じってしまったのか、申し訳なさそうな顔をしている。
 たまに思うのだが、この御坂美琴と言う少女は何かと周りの悪意や責任を自分ひとりで解決しようとする傾向がある。それがまだ美琴自身で解決できるうちはいいのだが、解決できないほどの大きな壁にぶつかった時、独りでうじうじ悩んでしまうのだ。上条としては、そういうのが一番頭にくる。今回は気付けたからいいが。上条は、ったくと小さくこぼし美琴に
「……多分、その服を見ててもつれーだけなんだろ。もらってやれって。そん代わり、一生心こめて使えよ?それがその服の値段だと思ってさ。そうすりゃ空里さんも娘さんも少しは報われるだろ。んじゃ帰れって言われたし遊園地行きましょーぜ」
 美琴はまだどこか不満なのか眉をひそめていたが、上条に顔を向けるとすぐに割り切ったような顔になった。
「……、そうね……大切にする。美栄、いくわよ」
「うん。そういえばママー?さっきパパになんて言われたのー?ねー教えてよー、ねー?気になるよー」
 三人は服屋を後にした。
 大事な服。忘れられない言葉。伝られた想い。一度に三つも手に入れた、美琴の記念するべき場所が誕生した。


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