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善峯寺


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善峯寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、井上光貞著『日本浄土教成立史の研究』(山川出版社・1956)、京都府教育庁文化財保護課編『京都府の近世社寺建築』(京都府教育委員会・1983)、『王朝の仏画と儀礼』(京都国立博物館・1998)ほか


概略
善峯寺 (よしみねでら)は、京都市西京区大原野小塩町にある天台宗?系単立の善峯観音宗の寺院。山号は西山、本尊は千手観音、開基(創立者)・開山は恵心僧都の高弟、源算。西国三十三箇所観音霊場の第20番札所で、桜や紫陽花、紅葉の名所としても有名。

歴史
草創は寺伝によると天台宗?の僧、源算が長元3年(1030)に伽藍を建立した(長元2年(1029)とも)のが始まりという。源算は因幡国(現鳥取県)の人で、出家して比叡山で授戒した。源算が比叡山を降り、西山に道場を建立しようとしたところ、霊夢に助成の申し出があり、その夜、数千匹の猪が境内地にあった邪魔な岩を砕いたという。本尊の千手観音は長久3年(1042)に洛東の鷲尾寺に安置されていたものを、後朱雀天皇の命によって移したもの。平安後期、後三条天皇の皇后が懐妊のときこの像に祈祷して後の白河天皇を出産したといい、白河院政期には幾つかの荘園が寄進され、平安末期には50余の僧坊が棟をつらねたという。この頃、関白藤原忠通?の子で、天台?座主を四度つとめた名僧、慈円が入寺する。慈円は僧として当代の人から崇敬を集めていただけではなく、後鳥羽上皇の信任も厚く、また歌人としても有名で『新古今和歌集』には西行?に次ぐ91首の歌が採択されている。建久3年(1192)には官寺に列せられ、嘉禄元年(1225)の慈円没後は証空上人善慧が興隆に尽力し、やがて後嵯峨天皇から勅願所に定められた。善慧は法然?の弟子で、慈円から善峯寺往生院(現三鈷寺?)を譲られ、『観無量寿経疏』などの講説を行い、西山浄土宗?光明寺?)、浄土宗?西山禅林寺派(永観堂)、浄土宗?西山深草派(誓願寺?)の祖となった。なお承久の乱の際は、道覚法親王(後鳥羽上皇の皇子)が本寺に難をのがれ、慈道法親王・尊円法親王(青蓮院門跡で書道青蓮院流の開祖)ら名高い法親王が住持を歴任したため、西山宮もしくは西山門跡?と呼ばれるようになった。南北朝時代の文和2年(1353)には山陰道より上洛した山名時氏の大軍と幕府方の高師詮が付近で合戦、建物の多くは焼失した。宝徳5年(1453)に改築された伽藍も応仁の乱の際に全焼し、近世まで残ったのはわずかに7つの坊のみであるという。この衰退した善峯寺を復興させたのは江戸幕府5代将軍徳川綱吉の生母、桂昌院である。桂昌院は大原野出身という縁故から深く善峯寺に帰依し、貞享2年(1685)に鐘を寄進したのを手始めに、元禄年間(1688~1704)に伽藍をすべて改築させ、寺観を一新させた。今日残る堂舎はほとんどこの桂昌院寄進によるもの。

伽藍
境内は京都府と大阪府との境、釈迦岳の東側山腹、海抜約310mにあり、京都盆地が一望できる。3万坪に及ぶ広大な寺域は全体が回遊式になっており、植治・七代目小川治兵衛?が大正から昭和にかけて整備したもの。

本堂(観音堂)

元禄5年(1692)に再建。入母屋造、桟瓦葺。幾度も修復・改装されており、現在桟瓦葺であるが昭和初期まではこけら葺だった。内部には本尊の十一面千手観音立像と脇仏本尊として源算の自作であるという十一面千手観音立像が安置されている。

多宝塔

境内最古の建築で、元和7年(1621)に第28代住職の賢弘によって再建された檜皮葺の宝塔。内部には愛染明王が安置されている。

遊龍の松

多宝塔前に繁茂する五葉松で、桂昌院の栽植になるという伝承がある。実際には樹齢約600年におよぶ。全長30mにわたり地上にはいつくばるように主幹が伸びたその姿から「遊龍の松」と称され、天然記念物に指定されている。以前は全長が54mほどだったが、松食い虫の被害により平成6年(1994)に15mあまり切断された。

経堂(絵馬堂)・しだれ桜

一重裳階付の八角堂で本瓦葺。宝永2年(1705)の再建。絵馬堂を兼ねた建物で、鉄眼禅師筆写の『一切経』が納められている。経堂の前には桂昌院のお手植えと伝わる樹齢約300年のしだれ桜がある。

山門(仁王門)

入母屋造、本瓦葺の門で、元禄5年(1692)の再建。楼上に安置されていた文殊菩薩像と金剛力士像は、現在文殊堂(寺宝館)に移されている。

文殊堂(寺宝館)

平成12年(2000)に完成した宝物館で、年に2回、春と秋に公開される。徳川綱吉と桂昌院のゆかりの寺宝を中心に、彫刻・絵画・工芸・染織・古文書など1,200点余を展示する。

釣鐘堂(鐘楼)

貞享2年(1685)に桂昌院が綱吉の厄除けのために寄進した鐘が吊られている。建物は切妻造、本瓦葺で貞享3年(1686)の再建。

阿弥陀堂(常行堂)・書院

本堂脇の石段を登りきったところにある。寛文13年(1673)の建立で宝形造、本瓦葺。本尊阿弥陀如来坐像の周りを経文を唱えながら歩く「常行」の道場でもあるため、常行堂とも呼ばれる。阿弥陀堂の隣にある書院では、写仏や写経教室などが開催されている。

あじさい苑

境内北側の斜面を近年整地し、約1万株の紫陽花が植えられた。

釈迦堂・薬湯場

源算の作とされる釈迦如来の石仏を安置する。もとはこの石仏は釈迦岳の山頂にあり、釈迦堂に移される際に汗を流したという。この汗を拭った布で風呂に入ったところ、神経痛や腰痛が治ったという故事にちなみ、釈迦堂の隣に薬湯場が作られ、5月と10月の第二日曜日に入湯することができる

奥の院薬師堂

境内の一番高所にある建物で、入母屋造、本瓦葺。元禄14年(1701)の建立。桂昌院の両親が本尊の薬師如来像に子宝を祈念したことから、出世薬師とも呼ばれる。

蓮華寿院庭園

奥の院薬師堂から釈迦堂への石段を降りる途中にある。もと法親王が代々住んだ坊、蓮華寿院があったが、現在は庭園のみが残る。

文化財

国宝

なし

重要文化財(建造物)

多宝塔

重要文化財(美術工芸品)

絹本著色大元帥明王

拝観情報
住所 京都市西京区大原野小塩町1372
電話番号 075-331-0020
拝観時間 8:00~17:00(受付16:30)
拝観料 400円(春秋の寺宝館公開期間は500円)
アクセス 阪急バス「善峯寺」下車徒歩10分
駐車場 無料・有料(500円)駐車場あり

主な行事
1月1日 元日早朝特別拝観
1月1日~3日 本尊御開帳
1月2日 新年祈願大般若経転読法要
5月第二日曜日 薬湯風呂
6月第三日曜日 桂昌院忌
8月15日 施餓鬼会
10月第二日曜日 薬湯風呂
12月31日 除夜の鐘

毎月第二日曜日 本尊御開帳

その他

京都検定出題

平成16年(2004)第1回京都検定2級出題
「次のうち西国三十三箇所霊場でないのはどれか。 (ア)長楽寺 (イ)今熊野観音寺 (ウ)清水寺 (エ)善峯寺」

平成17年(2005)第2回京都検定1級出題
「国の天然記念物に指定されている樹齢約600年の遊龍の松で有名な、西山宮門跡とも呼ばれていた寺院はどこか。」

リンク
善峯寺オフィシャル  http://www.yoshiminedera.com/


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