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**9話
《偽典・八戸のぶなが物語9》
成田氏長ことととのえ老臣は、八戸のぶながより一つ年上の二年生だった。
まだ三年生ではないためキャプテンでこそなかったが、
その人望と実力ですでにチームの中心人物となっていた。
ととのえ老臣は県下でも有数のスラッガーであり、ポジションはキャッチャーだった。
(ちなみに彼の奇妙なニックネームはその年齢に似合わぬ老成した人格と、
どんな不調のピッチャーでも彼にかかればそれなりにゲームを作れることに由来する)
入部初日、八戸のぶながはさっそくととのえ老臣のミットめがけてストレートを放り込んだ。
改心の速球だった。見守るチームメイトからはどよめきと歓声があがる。
八戸のぶながはさらに二球、三球とととのえ老臣のミットへ投げ込んだ。
…突然、ととのえ老臣がおもむろに立ち上がった。そしてキャッチャーマスクを投げ捨て、
ずかずかと八戸に近付くと、思いきり彼を殴り付けたのだ。
わけがわからなかった。別に反抗的な態度を取ったわけでもない。
言われるがままにミットにボールを投げ込んだだけなのに、なぜいきなり殴られるのか?
混乱する八戸のぶながを見下ろしてととのえ老臣と呼ばれる男は言った。
「なんだこの球は。貴様は何のために野球をやっているのだ」
そう言われても八戸にはまだ何のことだかわからなかった。ととのえ老臣はさらに続けた。
「貴様の球には憎しみが込められてる。怒りがある。何に対しての怒りから知らぬが。
だが野球はそんなものをぶつけるためにやるものではない」
八戸のぶながは反論しようとして、しかしすぐに言葉が出てこなかった。
それはまさに図星だったからだ。なぜそんなことがわかるのか?八戸は驚愕していた。
「キャッチャーの仕事はその日の球からピッチャーの調子や気持ちを読み取るところから始まるのだ」
八戸の内心の疑問を読み取ったようにととのえ老臣は言った。
「たしかに貴様の投げるストレートは良い球だ。…だが、野球は楽しんでプレーするものだ。
野球を愛さぬ者の球を受けるなど、私は御免被る。私まで野球を憎むようになってしまっては困るからな」
ととのえ老臣はそう言い放つと、キャッチャーミットをグラウンドに叩き付け、マウンドから歩き去ってしまった。