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10話


《偽典・八戸のぶなが物語10》

…その晩、八戸のぶながはベッドの中でてとのえ老臣に言われた言葉をかみ締めていた。
痛かった。ととのえ老臣に殴られた頬が、ではない。
彼に叩き付けられた言葉が胸に深く突き刺さっていた。
八戸は自分の人生を振り返った。自分の野球人生を。
なぜ自分は野球を続けてきたのか?なぜ自分は野球を始めたのか…?

翌日、八戸は部の練習にきちんと出たが、やはりととのえ老臣からはボールを受けることを拒否された。
監督がととのえ老臣の説得にあたった。
もちろんととのえ老臣はチームの中心人物で県下に名を知られたスラッガーである。
しかし、八戸のぶながは県下どころか高校レベルを飛び越え、
早くもマスコミ関係者が目をつけるスター候補だった。
もしもこのままととのえ老臣が八戸の球を受けるのを拒否し続けるのであれば、
チームとしてはととのえをキャッチャーからコンバートするしかない。
もしもととのえが八戸と同じグラウンドに立ってプレーすることさえ拒絶するなら、
チームとしてはととのえの方に出て行ってもらうしかない。
そう監督から説得を受けても、ととのえ老臣の頑な態度は変わらなかった。

八戸はそんなととのえ老臣の様子を横目で見ながら、
数日の間、控えキャッチャーのミットにボールを投げ込み続けた。
その間、彼は一球一球投げるたびに、色々なものを確認していった。
むろんそれは技術的なものではない。彼自身の、野球に対する様々な感情を。

数日が過ぎた頃。
相変わらず練習中自分を無視するととのえ老臣のもとに八戸のぶながは自ら足を運び、頭を下げた。
「ととのえ先輩、私の球を受けてくれ」
「前にも言ったはずだ。貴様の球など二度と受けたくない」
ととのえ老臣は厳しい目付きでそう答えた。八戸のぶながは頭を深く下げたまま、さらに言った。
「前とは違う。違うつもりです。どうか一球だけでも、受けてみてください」
それから何十秒か思い沈黙が続いた。
ととのえ老臣は自分のミットを手にとると、無言でホームベースの方へと歩きだし、
キャッチャーのポジションで腰を降ろしミットを構えた。