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13話


《偽典・八戸のぶなが物語13》

入団が発表されたその日、八戸家にはととのえ老臣が駆け付けてきてくれた。
「おめでとう」
と祝福の握手をした後で、ととのえは不敵に笑った。
「まさかお前と敵になるなんて夢にも思わなかった。だが、悪いが試合では容赦しないぞ。何しろ私はお前の球を受けていたのだ。球筋も癖もお見通しだ」
「だまれ老害ととのえめ!」と八戸はととのえ老臣を罵ったが、むろんこれは親愛の情のこもった冗談である。
「お前など俺のジャイロボールに触れることもできぬ!!」
ちなみにこの年のシーズン、ととのえ老臣は開幕当初こそ二軍スタートだったが、実力で五月には一軍に合流し、六月には六番打者としてレギュラーに定着。
シーズントータルで打率2割8分2厘、ホームラン21本、78打点を残し、見事にパリーグの新人王に輝いていた。
その晩、八戸とととのえは朝まで熱く語り合い、互いのプロでの健闘を祈った。

そして冬が終り春が近付き、八戸のぶながのプロ野球選手としての新たな人生が始まった。
八戸は当然のように1軍でキャンプをスタートした。
テレビでは毎日のように八戸のぶながの特集が組まれ、「はにわ王子」などというニックネームも付けられた。
多くの解説者やOBがキャンプを訪れ、八戸を絶賛しつつ彼のフォームなどにアドバイスを送ったが、八戸は耳を傾けなかった。
彼らの助言の内容はそれぞれバラバラでまったく矛盾していたのだ。父の※本足打法の教訓から、八戸は自分のやり方を信じることの大切さを学んでいた。
そして事実、八戸はオープン戦で結果を出し続けた。
八戸は実力で口うるさい解説者を黙らせ、開幕1軍の切符を手に入れた。

シーズンが始まっても、八戸のぶながの快進撃は続いた。
プロ野球の世界でもシュートもどきのような球ならともかく、本物のジャイロボールを放るピッチャーは稀である。
初めて見る球にプロの名だたる大打者たちが次々ときりきり舞いさせられていった。
唯一、そんな八戸を苦しめたのが、あの晩冗談混じりに攻略を宣言したととのえ老臣である。
だが八戸は彼にも決してホームランを許さず、後続をシャットアウトし、得点を与えなかった。
この活躍がプロのバッターたちのプライドを刺激した。5月に入る頃になると、いつのまにか八戸のぶなが包囲網が築かれていた…