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**遥かなる正義にかけて ◆3OcZUGDYUo 白銀のコートを纏った一人の男が力なく大地に膝を屈し、彼の前で転がる惨めな少年の亡骸を凝視している。 その男は錬金戦団戦士長と言う肩書きを持つ者……防人衛、またはキャプテン・ブラボーと名乗る男。 そして彼の目の前で口元から赤く、生々しい臓物をだらしなく垂らし、 つい先程20にすら満たない僅かな人生に終幕のカーテンを下ろした男。 防人衛の同行者、桐山和雄が横たわっていた。 今このエリアA-8にはこの二人、いや、酷な言い方になるが人間が一人と有機物の塊が存在していると言う方が正しいのが現状だった。 またいつもはその両の眼は揺ぎ無い信念、正義の色で染まっているブラボーのそれが今ではその面影を微塵も感じさせない。 「桐山……」 全ての人類を守るため全てのホムンクルスをその鍛え抜かれた拳、正義、信念で打ち砕く決意をブラボーは以前ある場所で誓った。 そしてその決意はこの殺し合いでさえも一時も曲げる事はなく行動してきたとブラボーは自負していた。 だが現実はどうだ? ブラボーが戦士として、年上の者としてどんな命の危険から守り通すと誓っていた少年。 そんな少年、桐山を自分の身代わりで死なせてしまったのも同然といえるこの現実。 「俺の力が散に届いていればこんな事には…………くっ!」 今更後悔を感じても全く意味のない事であり、そんな事をする暇があるなら他にやるべき事は山ほどある。 勿論、そんなわかりきったような事はブラボーにも理解出来ていた。 だが、あまりにも無様で最悪な結果を引き起こしてしまった自分に対しての一種の自己嫌悪がブラボーの脳に疼く。 そして拳を力強く、自分の不甲斐無さを砕くかのように握り締め、ブラボーは変電所の外壁に向かって歩き出す。 そんな時、今のブラボーにとって酷く耳障りが悪い声が響いてくるのを彼は両の鼓膜で感じた。 『気分はどうかの諸君? 午後12時を迎えたので2回目の定時放送を行うぞ』 そう。第二回定時放送の時間が始まったからだ。 禁止エリアを読み上げる光成の声を無言で聞き、ブラボーは記憶していく。 生憎今この場にデイパックは持って来ていなく、当然筆記用具や地図も持って来ていなかったからだ。 やがて光成の声が脱落者の名前を読み上げる事を始めたのを聞き、ブラボーは思わず神経を今以上に集中する。 (戦士カズキ、戦士斗貴子……いや、彼らは強い。きっと錬金の戦士として今も生きているハズ。何も心配する事はない……) 自分の大切な部下、そして錬金の戦士でもある武藤カズキと津村斗貴子の二名。 彼らの安否について一瞬最悪のケースを思い浮かべるが、直ぐにそれをブラボーの脳は却下する。 しかし、先程自分を打ち負かした葉隠散のような存在が、他にも存在する可能性が充分有り得るこの殺し合い。 そんな事を断定できる事は決して出来はしない。 だがブラボーは只ひとえに信じていた。 自分のブラボーな部下達が志半ばで死ぬような事は決してないという事を。 そして光成の言葉は続く。 そんなブラボーの希望をかき消すかのように。 『桐山和雄』 ギリギリと歯軋りを唸らせ、ブラボーは感情を爆発させるのを抑える。 今は怒りを吐き出す時ではなく散に、そしてこの光成と名乗る老人に正義というありったけの拳を叩きつける。 全てはその時まで取っておくために。 そんな決意を噛み締めた所でふいにブラボーの聴神経が彼の脳に向けて、ある情報を送った。 ブラボーにとってとても馴染み深い名前を。 『武藤カズキ』 「何だと!?」 思わず誰に言うわけではないがブラボーは驚愕の声を上げる。 一瞬、この放送の内容自体がまやかしであるとブラボーは思考を張り巡らす。 だが、直ぐにそんな事をしてもあの老人にはメリットはないという考えに至った。 どんな理由があるかは知らないが、殺し合いを促している光成という人物が偽の情報を掴ませるのは考えにくい。。 これらの事を踏まえて、武藤カズキが死んだという事は真実であるとブラボーの脳は結論付ける。 自分が錬金の戦士にスカウトし、類まれな戦士の才能を見せつけた少年。 人を守るために自分が施した過酷な訓練を潜り抜けたあの少年が、武藤カズキが。 ――死んだ とても口にはしたくない忌々しく、衝撃的な事実。 言葉ではとても表す事は出来ない、ブラボーが今感じている感情。 確かにいえる事はその感情がとても居心地が悪く、虫唾が走るようなものであるという事。 だからブラボーは彼らしい方法でこの吐き気を引き起こす程、気に障る感情をかき消す事に決めた。 ガァン! そう、変電所の壁を己の拳で思いっきり、手加減は掛けずに殴りつける事で。 ガァン!ガァン!ガァン! 奇しくも今ブラボーが行っている行動は自分の無力により平賀才人を死なせてしまった劉鳳が行った行動と同じであった。 やはりブラボーと劉鳳、この二人には完全とは言えないまでも確かに通じるところがあるのだろう。 ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!ガァン! 何度も何度も拳をで殴りつけ、だが全く充実感というものが涌いてこない無意味な行動。 それでもブラボーは殴るのを決して止めようとはしない。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁ!!」 咆哮を上げながらブラボーはその拳で殴り続ける。 最早時間の経過など忘れたかのように。 第二回定時放送が終わり、数十分が経過した後ブラボーが変電所の出口から重い足取りで出てくる。 肩には彼のものと今は亡き桐山の分のデイパックを掛けながら。 ブラボーはひとしきり壁を殴りつけた後、その重い身体を引きずりながら簡素ではあるが桐山を土に埋め、埋葬を行った。 そして劉鳳と合流するためにデイパックを持ち、変電所の前で彼を待っていようと考えていた。 そんな時、ブラボーは一人の男と目が合う事になる。 「貴様、キャプテン・ブラボーという男だな?」 赤い、まるで人体から噴出した鮮血を染み渡らせた事により作る事が出来たような真紅。 その真紅の色彩で彩られたコートを纏う大男がブラボーに問う。 「…………」 「ククク、どうしたヒューマン? 何故私の問いに答えようとしない?」 ブラボーは何故一言も発さないのか? 生憎特徴的なテンガロンハット風の帽子やコートによりブラボーの表情は解らない。 だが、自分の問いを無視されているにも関わらず大男は依然嬉しそうに歩を進めながら、目の前に居るブラボーに話しかける。 対して一向に口を開かないが、ブラボーは大の方へ歩き出す。 次第に二人の男の距離は近づく。 「平賀才人が既に死んでいたとはな……全く、私のご馳走が台無しになってしまったか」 才人の名が出た事により、ブラボーの動きはネジが切れたように止まってしまう。 この大男は平賀才人の関係者、それもあまりいい関係ではないものであるとブラボーは思っている事だろう。 しかしブラボーは沈黙を保ったまま遂にほぼ目の前の位置に立った大男を鋭い視線で射抜くだけだ。 だがそんな視線は大男には、王立国教騎士団“ヘルシング”に所属する不死の王“ノーライフキング”。 そう。吸血鬼、アーカードにとってそよ風のようなものだった。 「あぁそうだ、確か散が殺した桐山という餓鬼が居た筈だな」 目線を左右に振り、アーカードは桐山の死体を探し出そうとする。 確かにアーカードは先程殺した散の肉体を捕食した事により、それなりに腹は満たしていたが満腹ではない。 そのため彼が桐山を探しているのは決して間違ってはいない。 だがアーカードが何よりも求めるものは飽きる事のない強者との闘争。 アーカードはその望みを叶えるためにはどんな手段をも行使する。 そう、たとえば闘う意思のない者をその気にさせるように扇動する事などを。 「……何者だ……貴様は!?」 「アーカード、吸血鬼だ」 「!? 貴様が桐山が言っていたアーカードか……だが」 思わず口を開いたブラボーにアーカードが答える。 桐山から情報を貰っていたブラボーは即座にアーカードに対して構えるが何故桐山や散の事を知っているかという事が気になった。 その疑問を問いかけようとした所でアーカードが割り込む。 依然、嬉しそうな表情を浮かべながら。 「何故私がその事を知っているか知りたいか? 簡単な事だ、散の身体を喰らい、奴の身体に流れていた血が私に教えてくれたのだ」 ――何だと?―― 「散は手強かった、あの強さなら私は心臓をくれてやっても良いと思った程だ。 だが、所詮奴は人間ではない。化け物を倒すのはいつだって人間ではなくてならない」 ――あの散を倒しただと?―― 「今私を殺さなければ貴様も含めて大勢の血が私の血となるだろうなぁ。 まずは手始めに散の記憶にあった葉隠覚悟、マリア、劉鳳、村雨良から頂くとするか」 ――何を……この男は何を言っている!―― 「さぁどうするヒューマン? 貴様が狗のように私の前から逃げ失せる事が出来れば貴様の命は助かるだろう! だがそうなれば貴様の代わりにもっと大勢の人間が死ぬだろう!」 ――この男……この男は!―― 「さぁ選べヒューマン! 貴様はどうする!? どう足掻く!? どう闘う!? どうした!? 早く決定して見せろ! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY!」 アーカードがそう言い放った瞬間、ブラボーの身体は遂に沈黙を破り動きを見せる。 右足を天高く振り上げ、腰の回転をそのまま余すことなくその右足に伝達。 アーカードの即頭部にブラボーは鮮やかな右回し蹴りを完全に喰らわせた。 「答えなど決まっている! 貴様はこのキャプテン・ブラボーが倒……いや! 貴様の命はこの俺が今この場で砕いてみせる! それが俺の正義だ!」 数十分前には桐山とカズキの死に対して、悲しみに身を沈めていたブラボー。 最早、その時のブラボーとは違い、今の彼の両眼に『絶望』という文字は存在しない。 只、紛れもなく最低な悪であると断定したアーカードに対する怒りがあるだけだ。 そのブラボーの咆哮をアーカードは一文字も聞き落とす事なく聞き取る。 ブラボーの右足が直撃している事により歪められた表情を更に歪めせた。 勿論、歓喜という無邪気ともいえる感情を含ませて。 「HAHAHAHAHAHAHAHA! ならばやってみせろヒューマン!」 「ほざくなぁ!!」 今、一人の吸血鬼と一人の錬金の戦士の闘いの幕が上がる。 誰にも止める事は出来ないアーカードの闘争への“欲求”。 歪める事は許されないブラボーの戦士としての“正義”。 決して重なる事はなかった二つの音色が今、この場で重なり始めた。 ◇  ◆  ◇ エリアB-8上空で奇妙な物体が常人の走力を遥かに超えた速度で飛行している。 その物体はアルター能力という物質変換能力により精製された銀色のアルター、絶影の真の姿、真・絶影である。 そして真・絶影に乗っている者が二人。 一人の青年の方は劉鳳、絶影を操るA級アルター使いであり、揺ぎ無い正義を秘めた男。 もう一人の少女の方はタバサ、『雪風』の二つ名を持ち、風の魔法を主に操る少女。 彼らは劉鳳の仲間であるブラボーとの合流を遂げるために、一直線に落ち合う場所である変電所を目指していた。 「………ちっ!」 苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ劉鳳は舌打ちをする。 その事はあまりにも小さな体躯、軽い体重を誇るタバサが一緒に真・絶影に乗っているためだ。 何故なら、今この状況で出せる最大の速度が出せていなかった事に関係していた。 離陸するときは何も問題はなかったが、その後一刻も速く変電所に着くため真・絶影の速度を上昇させた際。 危うくタバサが風圧により吹き飛ばされそうになったからだ。 だがその事でタバサに対して降りろと言うのは、あまりにも酷な話であると流石の劉鳳にも理解出来る。 責める事も出来ずに只、苛つきが溜まる一方だった。 「質問がある」 そんな時珍しく普段無口で必要な時しか口を開かないタバサがその口を開く。 それも出会って未だ数時間しか経っていなく、お世辞にも社交的とは言えない劉鳳に対して。 タバサの予想外な言葉に劉鳳は思わず驚き、一瞬硬直してしまう。 思えば劉鳳がタバサと二人っきりで行動を共にしてから、碌に会話と言っていいものをしていなかったからだ。 「何故劉鳳はそこまで頑張れる? 正義を成し遂げるために?」 そんな劉鳳を無視して、タバサはあまり表情を変えずに訊ねる。 劉鳳がアミバとの最初の激突で気絶した時からずっとタバサは劉鳳、アミバに対して疑問を持っていた。 しきりに『正義』を掲げる劉鳳、そして『反逆』を掲げるアミバ。 どちらもあまり自分には理解出来ない言葉を掲げる二人。 特に自分の身が既にボロボロなのに休む事を良しとせず、活動を続ける劉鳳に対しては疑問が深まるばかりだったからだ。 「そうだ……散達のような悪を断罪する事が俺の正義! 俺の命はそのために存在する!」 「でも正義とは決して一種類でない。その散という人達にも譲れない正義があるのかもしれない。 それに劉鳳の正義が必ずしも正しいとは限らないハズ」 声を荒げる劉鳳に対して、タバサは極めて冷静に言葉を返す。 どこか思わず劉鳳の強い意思に引き込まれていきそうなのを抑えようとしているかのように。 「確かに奴は人類を抹殺するという正義があると言っていた……だが! そんなものが本当に正義と呼べるのか!? 絶対にイエスではない! たとえ俺の前に立つ者がどんな正義を掲げても俺の正義で断罪する! もし俺が負ければ俺の正義が間違っているのだろう!その時が来るまで俺は絶影で闘い続けるだけだ!」 最早演説のような調子で、劉鳳はタバサの問いに対して自分の正義について豪語する。 劉鳳の怒声とも取れる大きな声をタバサは黙って聞いている。 いつものタバサならその声の大きさに、思わず両耳に手を当て、両耳を塞いでしまうかもしれないというのに。 そして相変わらず表情は変えずに『そう』と短い返事をするだけでタバサは視線を劉鳳から逸らしてしまう。 まるで何かから逃げるように。 ◇  ◆  ◇ 真・絶影が飛行する位置から、大分東側に位置する地点で二人の男を乗せたバイクが疾走する。 真・絶影に乗る劉鳳達と同様に新たなる合流者、ブラボーと合流するために変電所を目指すという目的を持って。 だが乗っている二人の男の様子は全く正反対のものだった。 「もっと速度は出せないのか服部!? このままでは劉鳳のヤツが先に着いてしまうぞ!」 少し慌てている男の名はアミバ。 元の世界でケンシロウに殺された後に、この殺し合いに呼ばれたアミバであったがもう以前の彼ではない。 一人の反逆者(トリーズナー)、シェルブリットのカズマとの交流で以前のアミバの人生に全く無縁だった 『信念』、『反逆』の精神を受け継いだ事で彼は変わっていたのだ。 そしてそのカズマと同じように劉鳳に対して一種の対抗心を燃やしているのもまた何か運命を感じさせている。 「だぁぁぁーっ! これが限界ギリギリや! 大体競争とかしてるわけでもあらへんしそんな事気にすんなや!」 一方しきりにバイクの速度を上げろと促すアミバに対して、明らかな苛つきを覚えている色黒の青年の名は服部平次。 服部が元居た世界では、『西の名探偵高校生』と称される程にちょっとした有名人である服部。 そしてたった今遂に蓄積された鬱憤が溜まり大声を上げた青年である。 「……すまん」 「解ればいいんや! しかしホンマに仲が悪いやっちゃな……」 素直に自分の非を認めてアミバが口にする謝罪の言葉に服部は応える。だが服部はある不安を抱えていた。 言うまでも無くアミバと劉鳳の不仲であり、先程自分が身体を張って介入しなければ、不要な血が流れる事態になったかもしれない。 アミバと劉鳳が正面から本気で衝突すれば、自分やタバサなどひとたまりもない事は明確。 彼らの力量を考えれば、その辺に落ちている小石と同等の扱いとなる事は、決してあり得ない事ではない。 「俺は悪くない。そもそもあの劉鳳のヤツがだな……」 「はいはいさよかー」 心の中で『どっちもどっちやろがー!』と渾身のツッコミを行って、服部はアミバの返答を軽く流す。 服部自身は口に出しても別に良いと思っていたが、そんな事を言えばアミバがまた何か言い訳まがいな事を言うだろうと思い、 止めておくことにしたのだ。 それにそんなくだらない事より服部は気になる事がある。 勿論、キャプテン・ブラボーという彼にとっては、劉鳳の話でしか知らない新たな合流者の事についてだ。 (なんでキャプテン・ブラボーって偽名を名乗ってるんやろなぁ……もしかして何か自分の本名を隠したい理由でもあるんか? まぁこれは本人に直に聞くのが一番やろな) 探偵という立場上どうしても偽名を使っているブラボーに、あまりいい印象は持てない服部だったが、 直ぐにその事について推理する事を一旦保留する。 不器用ではあるが、明らかに悪人とは言えない劉鳳が信頼している人物であるブラボー。 その事実だけで今の服部には充分だったからだ。 そしてバイクは未だ疾走を続ける……エリアA-8を目指して。 ◇  ◆  ◇ 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 エリアA-8で始まった吸血鬼、アーカードと錬金の戦士、キャプテン・ブラボーの闘争は未だ熾烈さを伴って続いていた。 闘争の幕が上がり未だ数分しか経っていないという時間的要因も当然あるが、 アーカードもブラボーは今まで過酷な激闘を潜り抜けてこの殺し合いに呼ばれた者達。 そんな彼らが僅か数分で終わる闘争を行うわけがない。 そしてブラボーがまるで獣ような叫び声を上げながらアーカードに向かって、 右の拳を普段の彼からは想像が付かない程暴力的に拳を揮う。 「グッ……いい攻撃だヒューマン!」 顔面にブラボーの右の拳がブチ込まれたにも関わらずアーカードが仰け反ったのはほんの一瞬の事、 瞬く間に幾多の鮮血に漬かってきた吸血鬼の腕を横方向に恐るべき速度で振り抜く。 当然ブラボーの上半身を切り裂くために拳ではなく、手刀の形を作りながらだ。 吸血鬼には吸血をする事で同属を増やす事や己の身体の事故修復能力など恐るべき力を備えている。 だが何と言っても吸血鬼の真の恐ろしさは……そう極めてシンプルに力が人間に較べてケタ違いに強いことだ。 そんな力で繰り出される手刀は容易にブラボーの身体を切り裂く事は出来るだろう……但し、当たればの話だが。 「甘い!貴様は必ず俺が――」 身体を一気に屈める事により、ブラボーの頭上でアーカードの腕が不気味な轟音をたてて振り抜かれる。 驚異的なスピードだがブラボーも只の人間でなくホムンクルスを掃討するために結成された錬金戦団の戦士長であり、 一流の徒手空拳の技術を誇る男。 かなり危ない所だったがブラボーはアーカードの腕を回避、 そのまま身体を元の高さに起き上がらせるため大地との反発力を利用して右足を上方に向かって蹴り上げる。 狙いはアーカードの喉、人体で主要な部位の一つである延髄に衝撃を喰らわせるために。 「俺が? 俺がこの私にどうするというのだ? 狗のように吼える貴様は私に何を見せてくれる!?」 アーカードも只ブラボーの攻撃を受けているだけでない。 咄嗟に空いていた左腕で自分に向かって蹴りこまれてくるブラボーの右足を掴む。 やはり先程ブラボーに叩き込まれた打撃や自分の攻撃が空振りに終わった事に対して悔しさはなく、 寧ろ嬉しそうな表情を浮かべながらアーカードもブラボーと同様に叫ぶ。 そして左腕に力を込め、アーカードはブラボーの右足をその吸血鬼の力で締め上げようとする。 「言うまでもない! 俺が貴様の――」 だがブラボーは全く慌てる様子もなく、右腕でアーカードの左腕を殴りつけ圧倒的な力による右足の拘束を解く。 いくらブラボーが戦闘に慣れていると言っても、あまりにも早すぎる反撃行動。 実はブラボーは自分の右足による攻撃はアーカードと今まで闘った実体験、 そして散を倒したという事実から防御される事は予想していた事が関係していた。 そのためアーカードに締め上げられる前に反応する事が出来たというわけだ。 「死を見せてやる! 貴様はこのキャプテン・ブラボーが必ず殺してみせる!」 キャプテン・ブラボーは怒りに身体を震わせていた。 普段のブラボーがとても言わないような「殺す」という単語を何の抵抗もなく口に出せる程に。 何故カズキや桐山のような子供達が死んでしまい、こんな屑みたいな異常者アーカードが今ものうのうと、 憎たらしい笑いを浮かべてこうして生きているのか? ブラボーの心は疑問のピースで埋まっていき……ついには怒りと言う文字のパズルが出来上がってしまった。 当然ブラボーの怒りは未だ収まろうとはしない。 「うおおおぉぉぉぉぉ!!」 ブラボーの右拳による打撃で一時的にアーカードの左腕に痺れが走る。 更にブラボーは腰を落とし、同様に両腕も自分の腰の高さまで落とし構えを取る。 ブラボーが持つブラボー技(アーツ)13の内の1つを繰り出そうとする。 「粉砕! ブラボラッシュ!!」 散が纏っていた強化外骨格霞には、さしたる効果を与えられなかった両拳による怒涛のラッシュ。 だが今のブラボーは散と闘った時よりも更に大きな怒りを、桐山に託され、更に重さを増したこの殺し合いを潰すという使命がある。 散との闘いで繰り出した時以上の速さで、ブラボーは両の拳を縦横無尽にアーカードの身体に叩き込む。 肉と肉がぶつかり合う派手な音と共に、アーカードの身体に生まれる不自然な凹凸。 アーカードの身体から噴出される鮮血がブラボーのシルバースキン形コートを朱色に染めていく。 まさに獲物の返り血を浴びた悪魔の存在を象徴するかのように。 だがアーカードは吸血鬼だ、こんな事で倒れはしない。 「捕まえた」 遂にアーカードは、今まで縦横無尽に暴れまわっていたブラボーの左腕を、しっかりとその腕で掴む。 吸血鬼の恐るべき力を片腕で振りほどく事は、いうまでもなく容易でない。 その事をブラボーも当然理解しており、未だ拘束を受けていない右腕を叩き込む事によりアーカードの拘束から逃れようとする。 だがブラボーがその行動を行おうとする前に、突然彼の視界は真っ白の世界で閉ざされてしまう。 瞬く間にして生まれ、白に染まりきった世界。 一瞬何が起こったか理解出来ずにいたブラボーだったが、自分の顔に違和感を感じ、何が起こったかを遂に理解する。 「豚のような悲鳴を上げろ」 ブラボーが感じた違和感の正体はアーカードの掌の感触だった。 そう、アーカードの手がブラボーの顔を掴み、彼の手を覆う白い手袋がブラボーの視界を覆っていたから。 更にアーカードはそのまま、彼の身体をその圧倒的な力で大地に叩きつける。 唐突に襲ってきた衝撃に、一瞬痙攣を起こし、嗚咽を漏らしながら碌に身動きが取れないブラボー。 だが、アーカードの身体は対照的に動く事を止めない。 ブラボーの顔面を掴み、彼の身体を無理やり仰向けの体勢にさせ、アーカードはそのまま疾走を開始する。 「があああぁぁぁぁぁ!!」 アーカードに引きずられる事でブラボーの頭部、背中、肩、足などが地面と擦れ彼のコートを、肉までも引き裂いていく。 そのアーカードの圧倒的な力、走力で生み出されるダメージは、ブラボーの身体を確実に蝕み鮮血を滴らせる事になる。 そしてそのままアーカードは片腕で軽々とブラボーの体を前方に投げつけ、勢い良くブラボーの体は大地に放り出された。 放り投げられたブラボーは咄嗟に体勢を整えようとするが―― 「さぁどうしたヒューマン? まだまだお楽しみはこれからだ」 一手早くアーカードの手には巨大な拳銃、フェイファーツェリザカが握られており、その照準は真っ直ぐブラボーの方に向けられていた。 銃器の扱いには嫌という程慣れているアーカード。 その狙いには一寸の狂いもない。 フェイファーツェリザカの引き金に掛けられた指が動き、一切の躊躇なく引かれようとした瞬間―― 「剛なる右拳、伏龍!」 異形の拳がアーカードの腹に撃ち込まれ、思わずアーカードの身体を数歩引かせる事となる。 今この場にもう一つの『正義』が降り立った。 ◇  ◆  ◇ 劉鳳には今彼の目の前に居る人物について知っていた事は何一つなかった。 真・絶影で攻撃を仕掛けた時点ではアーカードの名を知らなかったから当然だ。 だが一つだけたった今極めて単純な事だがわかった事がある。 それはアーカードがブラボーを放り投げた瞬間で完全に確定事項となった。 無論、アーカードは紛れもない敵だと言う事が。 何故そんな事が言えるか? 何故ならアーカードは自分の仲間であるブラボーと闘っている。 その事実だけだがあまりにも充分すぎる理由と言えるからだ。 「まだだ! 剛なる左拳、臥龍!」 タバサを抱え、真・絶影から劉鳳がブラボーの傍に降り立つ。 更に真・絶影の左腕を先程の右腕と同じように射出、完全な悪と断定できるアーカードに追撃の拳を喰らわせる。 真・絶影の右拳だけでは踏みとどまっていたが、更に左拳まで撃ち込まれてはアーカードも体勢を崩さずにはいられない。、 そのまま両拳に押し込まれる形で変電所の壁に勢い良く叩きつけられる。 更にアーカードが叩きつけられた箇所は、奇しくも先程ブラボーが激情に任せて拳を殴りつけたそれと同一の位置。 アーカードの巨体が飛び込まれた事により、脆くなっていた変電所の外壁がボロボロと音をたてて崩れる。 音を立ててアーカードの身体は瓦礫の雨に埋もれていく事になる。 「無事かブラボー!?」 「すまん! 助かったぞ劉鳳!」 ブラボーに腕を差し出し、彼の体勢を整える動作を補助しながら劉鳳が訊ね、それにブラボーが帽子を拾い上げながら答える。 だが彼らの表情は決して再開を祝うようなおめでたいものではなかった。 「すまんブラボー……俺の力が足りなかったばかりに良という男に平賀を……」 「俺も同罪だ劉鳳……俺の身代わりになって桐山は散の手で……」 第二回定時放送により、互いの失態については知っていたが劉鳳とブラボーの二人はそれぞれの不甲斐無さを自分の仲間に打ち明ける。 共に『正義』を打ち立てると誓い合った仲間に対して。 そんな二人のやりとりをタバサは不思議そうにだが、一時も目を逸らさずに凝視していた。 まるで彼ら二人から何かを見出すように。 「ところでこの少女はどうしたんだ?」 「ああ、その子の名はタバサ。俺の新しい仲間であり、後二人こっちに向かってきている。そして……平賀の知り合いだ」 「よろしく」 「そうか……」 そんなタバサの視線を感じ、ブラボーは劉鳳に訊ねるがその答えを聞き、思わず顔を下げる。 それは劉鳳本人も同じ事であり彼もまた項垂れてしまう。 自分達が守るべき者を守れなかった事に対して贖罪を行うかのように。 「それよりもあの男は一体何者だ?」 「奴は正真正銘の悪、吸血鬼アーカードだ。それにあの散を倒し、奴の記憶を持っているとも言っていた」 「何ッ!? あれが桐山の言っていたアーカードという奴か! それに散を倒しただと!?」 アーカードについてブラボーの返答を聞き、劉鳳は思わず驚愕する。 一度散に負けた身として散の力は充分に知っているから当然な事だ。 自分が散と闘った、ブラボーが散と闘った時間を計算するとアーカードはつい先程まであの散と闘っていた可能性がある。 そんな状況でもあるに関わらずアーカードが真・絶影の剛なる右拳、伏龍を受けても立っていた事に劉鳳は驚きを隠せない。 「ならば一応奴が死んだかどうか確認するべきだ!」 「確かにそうだな……まぁ恐らく死んでいるとは思うが」 劉鳳の提案にブラボーが相槌を打ち、賛成の意を示す。 だが実際のところ二人とも恐らく確認など意味のない事だと思っていた。 既に散と闘っていたという事実、ブラボーの打撃、真・絶影の拳、そして変電所の外壁の破壊による瓦礫の落下。 これ程までのダメージをアーカードは負っていたのだから、二人が安心する事も無理はない。 そう思い劉鳳は絶影を解除し、あまり警戒せずに二人はタバサを残して、 アーカードが埋まっている地点に歩を進めるが――それは間違いだった。 ――BANG! 突然聞きなれない轟音が――銃声が辺り一帯に響き渡り、瓦礫の隙間から一発の銃弾が劉鳳とブラボーの方へ向かってくる事になった。 絶影を発動する事は間に合わず、二人は咄嗟に横方向に飛びのき難を逃れる。 しかしそれは完全に逃れたとは言えなかった。 「「逃げろ! タバサァァァァァ!!」」 そう、その銃弾は偶然にもタバサの方へ――いや、アーカードはこれを狙っていたのかもしれない。 この危機的状況を劉鳳とブラボーがどう回避するかを見るために。 だがたった今体勢を崩した劉鳳とブラボーにはタバサを守る事は出来ず、只大声を上げてタバサに逃げろと言う事しか出来なかった。 撃鉄を起こされる事で撃ち出された銃弾が真っ直ぐタバサの方へ進んでいく。 その銃弾を目の当たりにしてタバサは只、凝視するだけで動く事は出来なかった。 やがてタバサの視界が黒一色に――否、銀一色に染まる。 何故タバサの視界は銀色に染まったのか?それは―― 「武装錬金!!」 そう、たった今シルバースキンを纏ったアミバがタバサの頭上を飛び越え、彼女の前に立ち、迫り来る銃弾をシルバースキンで防いだからだ。 今二つの『正義』と『吸血鬼』が奏でる『闘争』という演舞に『反逆』という役者が介入した。 ◇  ◆  ◇ 今まで服部とアミバを乗せ、疾走していたバイクだが突然調子が悪くなりエリアA-8東部に停車してしまっていた。 そのためアミバが一足先に変電所に向かう事になっていた。 大地を蹴り、疾走を続けるアミバの視界には劉鳳とシルバースキンと全く同じ服を纏った男がタバサの元を離れ、 瓦礫の山に向かっていた二人が入ってくる。 (大の男が二人雁首を揃えて何を探しているというのだ?) 何をやっているかわからない二人に対して疑問を抱いたアミバはその疑問を解くために取り合えず跳躍する事にした。 この事が偶然にもタバサを救った事はアミバにとっても知る由もなかった。 「大丈夫かタバサ!?」 「うん、大丈夫」 さすがに驚いた表情をしたタバサにアミバは声を掛ける。 只、ひとえに自分の仲間であるタバサの身を案じて。 「アミバ! お前……服部はどうした!?」 「服部ならバイクとやらの故障で未だ後ろに居る! それよりその男が――」 「キャプテン・ブラボーだ! 宜しく頼ぞアミバ!」 どことなく何かを認めたような表情をした劉鳳と、ブラボーも直ぐにアミバとタバサの元に駆けつける。 そして簡潔に互いの状況、身の上の情報について劉鳳、ブラボー、アミバは交換を完了する。 その短い情報交換の中でブラボーは、自分のシルバースキンをアミバが纏っている事に驚きは隠せない。 本来核鉄は使用者の闘争本能を具現化する事で精製される唯一無二の武器である。 よってアミバがシルバースキンを発動する事など、有り得ない事であったがブラボーはその疑問について考える事を一時中断する。 その謎は後で考えれば良い事であり、それよりもブラボーの心には喜びがあった。 一つは勿論タバサに怪我一つ無かった事、そしてもう一つは自分のシルバースキンを扱う人物がこの殺し合いに乗った人物で無かった事だ。 未だブラボーはアミバについてあまり知っている事はない。 だが、彼はアミバの瞳を見て全てを悟った。 その『正義』に燃える瞳を見ることで。 「こちらこそ頼むぞ! キャプテン・ブラボー!」 力強い手でアミバとブラボーは握手を行い、互いを同じ意思で闘う同士として認める。 だが彼らが今行う事は互いの交流を深める事ではない。 直ぐに握手を解き、劉鳳、ブラボー、アミバの三人は一点をその鋭い両眼で見つめる。 「HAHAHAHAHAHAHAHA! アミバと言ったか? 貴様の名は散の記憶にはないようだ。 おもしろい! さぁ化物であるこの私を倒してみせろヒューマンども!!」 「「「ほざけぇ!!」」」 瓦礫の山からアーカードが全身から血液を滴らせ、姿を現し、叫び声を上げる。 やはり闘争の幕は未だ降ろされる事は許されないようだ [[中編>遥かなる正義にかけて(中編)]] ----

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