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スカイハイ」(2008/08/15 (金) 17:18:49) の最新版変更点

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**スカイハイ ◆d4asqdtPw2 「ハァァァッ!」 桂ヒナギクの叫び声と共に、4本の刃が空を駆ける。 蜘蛛の足にも似たそれらはバラバラに孤を描きながらも、統率の取れた動きで空気をかき回す。 その滑らかな動作は蜘蛛というよりも、イカの足と言った方が近いのかもしれない。 それらの刃根元に存在する少女、桂ヒナギクが地面を疾走する。倒すべき目標に向かって。 しかしその対象物の放つ威圧感がそうさせるのか、一直線に進むことはしない。 彼女は対象の周りを回りながら渦巻を描くように徐々に近づいていく。 例えるならば蚊取り線香の炎が彼女で、その終端が目標物である。 そのままクルクルと3回転、そして4回転目にさしかかろうというところで彼女は動いた。 正確に言うと、動きを止めた。一瞬だけ。 踏み出した足で地面を抉り、自らの回転運動を止める。 同じ足にさらに負担をかけながらも彼女は、回転の中央に向かって跳躍した。 「ヴ……ヴァアアアアルキリィイイッッ……」 顔を赤らめながらも必死に叫ぶ。何故か喉を太くしてアンデルセンの声に似せようと頑張っている。 彼女がこの武器の本来の扱い方を知らない以上、あの忌々しい神父を手本にするしかない。声を真似する必要があったかは疑問が残るが。 あの男の顔を思い出すたびに恐怖が蘇ってくる。毛利小五郎を切り裂いた刃の軌跡と共に。 その恐怖に彼女が躊躇したのはたったの一瞬。 すぐに迷いはかき消され、2本の刃を走らせる。 あの怪人がやったように。 あの探偵を切り裂いたように。 「……スゥカアア゛ア゛トォッッッ!」 全ては自分の思い描いたままの軌跡で動いた。 彼女は宙を駆け、刃は左右に孤を描いて振り下ろされる。 目標は、葉隠覚悟。 迎え撃つ少年は後ろからの奇襲にも動じることはない。 彼は振り返ることはしなかった。襲い来る双撃を目で確認することをしなかった。 それどころか動くことすらしなかった。まさか、奇襲に驚くあまりに動けなかったのだろうか。 いや、ただ一瞬、2つの斬撃が彼の頭部で交差するその一瞬だけ僅かに前に傾いた。 ヒナギクの目から見ればバルキリースカートが覚悟の頭部をすり抜けたように見えただろう。 それほど速く、最小の動作で彼は避けたのだから。 しかしヒナギクは、突然の事態にも呆けることなく対処する。 相手があの覚悟ならば初撃が当たらない可能性など予測している。 外した2本の鎌の片方をそのまま振り下ろして地面に突き刺した。 そのまま重力に逆らって彼女の体が棒高跳びの要領で空を舞う。 「……ッく!」 全力での跳躍の着地を両の足でなく腿から伸びる細い金属で行うのだから、彼女の腿にはかなりの負担がかかったはずだ。 高さに対する恐怖も未だ克服できてはいないが、そんなことを言っている場合ではない。 その痛みと恐怖に必死に耐えながらも体を反って、正に棒高跳びのバーを越える瞬間の体勢になった彼女だが、まだ飛翔は止まらない。 地面と彼女を繋ぐ1本の『く』の字型の棒。彼女を大地へと括りつける鎖のようなそれが一瞬にしてピンと伸びる。 高飛びの棒、鎖と変化し、終にはバネと化したその鎌の動きに従ってさらに高く彼女は飛翔する。 それに加えてバレリーナのように、横向きではあるが、高速で回転を始めた。 あとは重力に支配されるまま回転しながら落下するのみ。 地面から抜けた鎌を加えた4本と共に、少女は回転ノコギリとなった。 横薙ぎが通用しないのならば縦の動き。 真上から落ちてくる4つの回転攻撃。 本来ならばこの武器ではあり得ないはずの純粋な縦方向の攻撃。 「ハァァァラワタをォォォォォォッッッッ!」 彼女はこの台詞をアンデルセンから聞いたことはないはずなのだが、自然と口からこぼれ出てきた。 このとき初めて覚悟が上を向き、その目で敵を見据えた。 しかし余りにも遅い。ヒナギクは確信していた。この刃が覚悟を完全に捉えた事を。 「ブチ撒けろォォォォォォォッッッッッッッッ!」 ドォン、と彼女の体重からは想像もつかないような爆音と土煙が落下点に撒き散らされた。 正確には地面に落下したのは刃の部分で、彼女は未だ宙に浮いていた。 敵を両断したのだろう4本の鎌を地面から引き抜いて、自らも着地しようとするが……。 「なんで…………動か……ない」 バルキリースカートが動かない。ほんの1ミリも。 「重力を利用した一撃必殺技……見事であった」 土煙が晴れた後に姿を現したのは、4つの鎌を片手で鷲掴みにした覚悟であった。 この男はバルキリースカート単独で出せる最高レベルの威力を、片手で封じていた。 そこからは早かった。 そのまま、ぐい、と引き寄せるとヒナギクを地面に仰向けに押さえつけ 「…………あ……」 覚悟の拳が振り下ろされた。ヒナギクの頭を粉々に砕くべく。 「うむ、間合いの取り方、斬撃の太刀筋、実に見事であった」 ヒナギクの眼前で拳を停止させた状態で覚悟が告げた。 拳をどけて一礼すると、彼女の手をとって起こしてやる。 「ありがと。でも全然ダメね。覚悟くん、あの場所から一歩も動いてなかったし」 服についた砂を手でパンパンと払いながらヒナギクが起き上がる。 言動とは逆に、その顔つきは晴れやかなものであった。 「そんなことないよ。ヒナちゃんカッコよかったもん」 トコトコと柊つかさが駆け寄ってきた。 彼女が抱えているのは布に包まれた4枚の刃。バルキリースカートの本来の刃である。 先ほどまでは安全のために、そこらへんで調達した手ごろな木片を刃の代わりに取り付けていた。 それらはさっきの一撃で全て破壊されてしまったが。 「お疲れさん。さっすがは剣道部部長ってところか」 川田章吾が笑いながら2人にペットボトルを投げ渡す。 もちろんこれもホームセンターで調達したものだ。 川田の言うとおり、彼女の剣道の経験はバルキリースカートの扱いに大いに役立っていた。 覚悟も褒めた間合いを見極める目、有効な太刀筋の判断などはその賜物であろう。 尤も、ラオウのような化物に通用するレベルだとは誰も思ってはいないが。 それでもある程度の敵ならば渡り合える域には達しているはずだ。 「そうかしら、ありがとう。そろそろ休憩しようか」 4枚の刃を取り付け直し、武装解除するとヒナギクたちは民家内へと戻って行った。 今から2時間前のことである。ホームセンターを出てしばらく歩いた覚悟たち4人は、民家で休憩をしていた。 そこで今後の方針について確認しあっていた。 一刻も早く、総合スーパーへ向かうべきだと川田は考えていた。 しかし動き出すのは放送で死者を確認してからの方が賢明だ、という覚悟の意見を聞いてここに留まることにした。 そこで支給品を見せ合うのを忘れていたことに川田が気づく。 その中にあったのがバルキリースカートの核鉄。 川田、ヒナギク、つかさの3人は誰も使い方が分からなかったこの支給品。 しかし覚悟は病院で坂田銀時から核鉄の使い方を聞いていた。 言われるがままにヒナギクが武装錬金と呟くと、アンデルセンや本郷が装着していた武器へとその姿を変えた。 そこからはヒナギクが一番詳しかった。その特性や威力、間合いに至るまで彼女は知っていた。 実際にこの武器を持った人物に襲われ、目の前で切られた人物がいるのだから。 あとは剣道の経験や、川田には銃があることからヒナギクがこの武器の新たな持ち主に決定した。 その後しばらくは1人で練習をしていたが、彼女は覚悟に実戦形式で特訓して欲しいと懇願してきた。 覚悟はあまり乗り気ではなかったのだが、少しでも役に立ちたいという彼女の願いに押され、特訓を了承することになる。 それから今まで長時間に渡って戦っていたことになる。 「最後のは凄かったよ、ヒナちゃん! くるって回ってドッカンだもん!」 2人の戦いをずっと見ていたつかさが興奮気味にまくし立てる。 ペットボトルのお茶を片手に、足をバタバタさせながら話すつかさ。興奮からだろうか、かなり擬音が多い。 「そうね、あの武器で威力を出そうと思ったらああするくらいしかないのよ」 バルキリースカートは4本の鎌で相手を撹乱し、切り刻む武装錬金。 破壊力はそれほど高いわけでなく、本来の使い手である津村斗貴子も手数での戦いを主としていた。 この殺し合いの中でも毛利小五郎を殺すことはできたが、ラオウには全く通用しなかった。 本郷はその威力の低さを早急に理解し、単なる高速移動のための手段に切り替えていた。 効かない敵には全く効果がない。それがこの武器の最大の弱点であった。 加えて、ヒナギクは津村斗貴子のようにバルキリースカートを自在に操る技術は持たない。 4本の鎌を己の一部のように扱うには明らかに鍛錬が足りない。 よって本来この武器のあるべき姿、手数での戦いもヒナギクは出来なかった。 それを補うための苦肉の策が先ほどの回転攻撃。 全力の斬撃に、自らにかかる回転のトルクと重力を上乗せして相手に振り落とす。 他の技に比べれば出は遅いものの、それを補って余りある威力が出せる。 「確かにあれは命中すれば強力な相手でも両断することが可能かもしれない」 目を閉じたままの覚悟が口を開いた。 それを聞いてヒナギク以上につかさが嬉しそうに目を輝かせる。 「だが、ラオウのようなものにはまず当たらないであろう。拘束でもしない限りは。  しかも、先ほどのように命中しなければ致命的な隙が出来る。  それともう一つ……」 あの一撃で技の特性から弱点まで全て見抜いたのは流石である。 覚悟が目を開いてヒナギクの足を一瞥する。 彼が事実を告げる前にヒナギクが口を開いた。 「分かってる。足に負担がかかり過ぎるってことね」 「え……」とつかさの溜め息にも似た声声が響いた。その表情は笑顔のまま固まっている。 なんとなく気づいていたのだろう、川田は何も言わずにじっと見守る。 「鎌を軸にして立ち上がるとき、鎌をバネにして飛翔するときに足へとかかる負担は大きい。  そしてそれ以上に鎌を全力で大地に叩きつけたときの衝撃はあまりに大きい」 ヒナギクは一切反論しない。事実、彼女の太もものは骨から肉まで未だに悲鳴を上げていた。 先ほど覚悟が避けなかったのは、避けることが出来なかったわけではない。 バルキリースカートを掴んで衝撃を吸収してやるために、わざと避けなかったのだ。 それでもこの反動。敵や地面に直撃したならばその衝撃は計り知れないものとなる。 この武装錬金は津村斗貴子の闘争本能で発現した武器であり、その形状も彼女の本能を元に構成されている。 彼女の頭にはホムンクルスをバラバラに切り刻むイメージしかなかった。 つまりヒナギクの行った『叩きつける』戦い方は本来想定されていないのものだ。 「それでも……この武器を使わなければならないときがくるわ。必ずね」 いままで何をしたわけでもない。誰かに守られ、そのたびに誰かが死ぬ。 自分は不幸を振りまいていただけだ。 自分の目の前で死んだ2人の痛みに比べたらこんなものはなんてことない。 そう言いたかったのに……覚悟に反論できない自分がいた。 「次にああいった無茶な戦い方をすれば、桂さんの足は……二度と動かなくなるであろう。  そのうえ、骨に対する衝撃も大きい。ああいった内部に響く衝撃は容易に全身に伝わる。  運が悪ければ、全身が二度と動かなくなることも。骨が砕ける場所によっては、最悪死ぬことだってあり得る」 死、という言葉に全員が動きを止める。中でもつかさは俯いて小刻みに震えていた。 それでもヒナギクは恐怖をかき消して覚悟を睨む。 「……足がなくなるくらいなによ。敵にやられたらみんな死んじゃうのよ!」 自ら死に立ち向かうのがこんなにも勇気の要ることなんて始めて知った。 自分を救って死んでいった人たちはこんな恐怖を味わっていたのか。 それなのに、救われた自分が足の1本で怯えてなんていたら、あまりにも惨めすぎる。 死んでいった人たちに申し訳が立たない。 「だめだよ……」 響いたのは、すでにヒナギクには聞きなれてしまった声。 つかさは小さな両手でペットボトルを握り締めながら……。 「死んだらダメだけど、ヒナちゃんが動けなくなるのもダメだよ!  それで誰かが助かることになっても、喜ぶことなんてできないよ……」 震えてはいるが、つかさは全く涙を流さない。 必死でヒナギクを見つめて、本気で心配していて。 彼女は本当に強くなったな、とヒナギクは感じていた。 「えぇ……そうね」 だからこんなにもつらいのだろう。彼女を騙すのが。 ヒナギクは納得した振りをした。つかさの説得に陥落するのが怖かったから。 覚悟したはずの心が折れるのが何より怖かったから。 「え……ヒナちゃん」 「絶対に無茶はしないわ。約束する」 つかさの目をちゃんと見ようとして、すぐ止めた。 彼女の瞳には勝てない。嘘が剥がされてしまう。 この瞳の輝きに耐えるのが強さなんだ、とヒナギクは必死に思い込んでいた。 笑顔の少女たちを黙って見ていた川田が、小さく舌打ちをした。 誰にも聞こえることはなかったのだが。 「そういえばヒナちゃん」 先ほどまでとは一転して軽やかな声。 川田も覚悟も肩の力が抜けたように見える。 「なに? つかさ」 「さっき叫んでたあれ、何?」 さっき叫んでいた……あぁ、あれのことか。 ハラワタをブチ撒けろ。 「あれは……なんかこの武器使ったら自然と浮かんできたのよ」 武器の形状がそうさせるのか、元来の使い手の怨念でも込められているのか。 彼女にブチ撒ける気はなくても、興奮するとついつい口から漏れ出てしまった。 「桂さんの優しさの表れだろう」 背筋を伸ばし、至極真面目な顔でとてつもない事を覚悟が言い出した。 口には出さないが、『何を言ってるんだこいつは』と言わんばかりに全員目を丸くしている。 「倒すべき敵を前にしても臓物をぶちまけろ、つまり切腹してよいと言う。  どんな悪鬼にも名誉ある死を。その慈悲の心、賞賛に値する」 覚悟の顔はとても真剣だ。 ヒナギクと川田が苦笑いをする中、つかさだけがほぉー、とえらく感心している。 余談だが、それは津村斗貴子が武藤カズキと1つになったのと、ちょうど同じ時刻であった。 「あ、の、ね! 覚悟くん、この現代でだぁれが切腹なんてするのよ!」 ヒナギクのいた世界で切腹なんてする人間がいようものなら、世間でのいい笑いものだ。 覚悟のいた世界でも一般人で切腹などする人間は殆どいないのだけど。 「私は一度……」 (あるんかい!) 覚悟のまさかの独白に心の中でツッコミを入れながらもヒナギクは、この少年の異様さを改めて思い知った。 それでも彼に対するその絶大な信頼には微塵も影響はなかったのだが。 「……強化外骨格、『零』の痛みを知るために」 彼が切腹を行ったのは実際は精神世界での話。 しかしその痛みと苦しみは、現実で行うのと全く変わらない。 それに加えて首まで切り落としているのだから痛いどころの騒ぎではない。 以前覚悟から聞いた話では、生体実験で殺された3千人もの魂が込められているとか。 その痛みとはどれほどの苦しみを伴って理解できるものなのだろうか。 覚悟は零と出会ったときのことを語り始めた。 薄暗い地下室での出来事。 そして彼らの苦しみ。痛み。 それらは言葉に変えると遥かに陳腐なものとなってしまう。 自分が腹を割き、臓物をブチ撒けてもまだ足りない。彼らの苦しみの足元にも及ばない。 なんと形容しようか、と考えたがやはりその痛みに代わる言葉は存在してはいなかった。 それでもヒナギクとつかさは覚悟の体験を真っ青な顔をして聞いていた。 「……強化外骨格ってのには意思があるのか?」 一通り伝えると、長いこと黙っていた川田の低い声が響いた。 そういえば言っていなかったと、覚悟が静かに頷く。 「鎧に込められた怨念は強い力となり、その苦しみを理解することで私に力を貸してくれる」 「怨念が力になるってことは前に聞いたな。……ってちょっと待て。苦しみを理解ってのは」 覚悟の目が大きく開かれる。 川田はそれ以上言わなかったが、覚悟は彼の言いたいことを悟ったようだ。 同じような痛みを味わい、苦しみを理解しなければならないならば……。 主催者がこの『プログラム』の死亡者を強化外骨格にしたところで……。 その強化外骨格を使うことは出来ないのではないか? 主催者にその苦しみを理解できるとはとても思えない。 すぐに覚悟は紙とペンを取り出した。 会話の内容を主催者に気づかれないように筆談をする。 それはつまり覚悟が重要なことに気づいた証であった。 『私が零の心を理解したのはただのひとつの手段に過ぎない。  強化外骨格を扱うことが出来るようになる方法はそれだけではない』 覚悟はそうすることが正解だ、と聞かされて彼らの苦しみを理解したのではない。 強化外骨格自体が珍しいものなのでなんとも言えないが、他に方法があってもおかしくはない。 それを聞いても川田は覚悟の指先から目を離さない。 覚悟がこんなことを言うために筆談に切り替えたとは思えない。 覚悟が本当に言いたいことはこの後だ。 『問題はそれ以前の話であった』 紙の中心に力強い文字で、ゆっくりと書き示した。 浮かんできた答えを頭の中で整理しながら。 『一つ一つの怨念の種類が異なりすぎる』 こんなことになぜもっと速く気づくことが出来なかったのか。 覚悟は自分の迷い、未熟さを噛み締めながら続ける。 『怨念の種類だと?』 川田も筆談で応答する。 『生体実験では殺されたのは全て異国の兵士であり、殺害方法も同じ。  だから彼らは同じ無念を抱え、3千もの怨念が零の中でひとつの力となった。  だが今回は違う。殺害方法はおろか、殺されたものたちの感情、職業、果ては住んでいる世界まで異なる。  それらの怨念を強化外骨格の抜け殻に込めたところで、怨念が力と変じるとは私には思えない』 いくら生贄とされた人物が強力でも、 いくらその怨念が強くても、 その恨みのベクトルが異なるなら互いの力を邪魔するだけではないか? その上ここに集められた人間はあまりにも常識が違いすぎる。 先ほどの切腹に対する意識の違いを始め、文明の進み方も大きく違う。 死と隣り合わせで生きる者たちもいれば、何気ない日常をただなんとなく過ごしてきた者もいる。 果ては祈る神すらも違う。そのせいで殺人に走る者すらいるほどに。 それらの魂が重なり合ったところで、なんの力が発揮できるだろうか。 そんな強化外骨格などなんの役にも立たないのではないか、と覚悟は考える。 『この殺し合いで我々がとる行動など誰にも予測することはできない。  このプログラムという方法は、強化外骨格を造るのに最も適さない方法だろう』 そこまで書いて覚悟はペンを置いた。 ではなぜプログラムが開催されたか、ということに覚悟が答える術を持っていないからだ。 しかし、あの老人の『英霊』発言。そして老人の横に鎮座していた鎧の輝き。 これらが単なるブラフとは思えない。 先ほど覚悟も言っていた。見せ掛けにしては手間がかかり過ぎだと。 『最も強い人を決めるってのだけが理由ってことはあり得ない?』 ヒナギクの問いを覚悟は首を横に振って否定した。 数時間前での考察では「強化外骨格への生贄」と「最も強い者を決める」の両方が目的だと考えていた。 生贄にできないとされた今、主催者の目的として考えられるのは「最強を決めるための手段」のみ。 だがそれはそのときの議論で否定されている。 つかさやヒナギクのような一般人が集められた理由が説明できない。 それに強いものを決めるだけならば、リングの上ででも戦わせればよい。 この方法でなければならない理由。それだけが分からない。 単なる気まぐれか? こんな回りくどい真似をしておいて? どうしても納得いく理由が見当たらない。 それはここにいる全員が感じていることだ。 数分の間、紙の上に放置されたペンを握るものはいなかった。 『なんであのおじいさんは、そんなに強化外骨格に拘るのかな?』 行き詰まりかけていた議論に、つかさが意外な疑問を投げかけた。 あの徳川という老人の横に強化外骨格があったのだから、あの老人は強化外骨格を必要としている。 あれが明らかにニセモノの強化外骨格でない以上、それは大前提のはず。 なぜ老人が強化外骨格に拘るのかなど、覚悟を始め、この中の誰も考えたことすら無かった。 しかし考えてみると、その理由が見当たらない。 『確かに、あのラオウみたいなのですら拉致してこれるなら、強化外骨格なんか必要ないんじゃねぇか?』 『それは分からん。拉致するだけなら奇襲で事足りる。  ラオウを拉致してきたからと言ってラオウ以上の戦闘力があるとは言えん。  だがそれよりも気になるのはなぜ強化外骨格なのかという事。  装着に想像を絶する痛みを伴う強化外骨格を、なぜ選択したのか』 覚悟の知っているだけでも魔法や核鉄など、奇跡を起こせる能力は存在している。 あの老人は、それらを差し置いて強化外骨格を選択した。 こんな大掛かりな殺し合いを開催してまで得る価値のある力なのか? 「ねぇ……待って」 口元に手を当てながら考えていたヒナギク。 彼女の弾き出した答えは今までの考察を根底から覆すものだった。 『もしかして、あの強化外骨格は戦うのとは別の使われ方をされるんじゃないかしら?』 ペンを握ったヒナギクがスラスラと書き下した一文。 乱雑に文字が散布している紙面上で、その一文だけが、別の高みにいるように淡い輝きを呈しているように見えた。 『そうは言うが、強化外骨格に戦うこと以外の性能は無いに等しい。  先ほども述べたが、込められた魂はその怨念を……』 『その魂に用があるとしたら?』 覚悟の筆談を遮ってヒナギクが文字を紡ぐ。 今までの議論が正しいならば、あの強化外骨格は戦いには使えない。 それ以外の使われ方をされるのならば、それは……。 『あの老人、強化外骨格を魂の保存場所なぞに使う気か』 覚悟の目が鋭く尖る。 強化外骨格は覚悟が長年共に戦ってきた相棒であり、悪鬼に蝕まれる世界を救う牙であった。 それをそんな下らないことに使うなど、覚悟には許せなかった。 しかし今までの議論を纏めてみると、その答えが最も自然なもの。 『魂って、何に使うんだそんなの?』 『恐らく老人が求めているのは、魂そのものよりも経験。  我々がこの殺し合いで得た何らかの経験だろう』 川田の疑問に即座に反応したのは、怒りに打ち震えていたはずの覚悟。 老人の行いが彼にとって許せないことだったとしても、一時の感情に流されるままになっている覚悟ではない。 自らの感情を殺す術なら誰よりも秀でている。 今は怒りのままに暴れまわるときではない。 真実へと足を進めるときだ。緩やかでもいい。ただ確実に進むときだ。 『だとすると、私達が集められたのは?』 漠然としてはいるが、答えに近づいている感触がある。 やっと掴んだ真実の切れ端を離さぬように、ヒナギクが慎重に問いかけた。 『それも何かを経験させるためってことか。  それが弱者を嬲る強者の経験か、強者に怯える弱者の経験かは分からねえが』 川田が答えを手繰り寄せた。 まだその先にある真相は、その姿を隠したまま。 だが何かが伝わってくる。まるで「この先には何かがある」と誰かが囁くかのように。 「……ん?」 川田がふと横を見ると、つかさが小刻みに震えているのが見えた。 「つかささん、大丈夫か?」 よく見ると今までの震えとは違う。 拳を握り締め、歯を食いしばって、まるで込み上げる怒りに震えているような。 「そんなことで、そんなことの為にゆきちゃんは……」 いや、彼女は実際に怒っていた。 高良みゆきが「高良みゆき」としてではなく「単なる弱者」として殺された。 彼女にしかない夢も思考も表情も全て無視して、ただの弱者として殺された。 あの老人は、高良みゆきを高良みゆき足らしめる全てを奪った。 許せない。 「そんなの絶対に許せない……!」 (彼女もこんなに怒ることがあるのか……) 川田がかけるべき言葉に迷っていると、覚悟が紙面をコンコンをペンで叩いた。 『先ほど川田が一般人が集められた理由は強者の経験のためか、弱者の経験のためかと言ったな。  私は後者、つまり弱者の恐怖、絶望の経験のためだと思っている。  なぜなら先ほども述べたように、人々がここで感じる恐怖はバラバラだ。  つまりこの殺し合いはありとあらゆる絶望に満ちている』 「ちょっと覚悟くん! つかさの気持ちも……」 つかさを無視して一人で考察を進める覚悟にヒナギクが怒りを露わにした。 しかし覚悟は全く動じる素振りも見せないで川田を見やる。 それと同時に、覚悟の持つペンが文章の後ろの空白を動いた。 まるでアンダーラインを引くように、まだ書かれていない文字の下を行ったり来たりしている。 川田がその意味を悟るのに数秒の時間を要した。 彼は『ここから先はお前の口で言え』と示しているのだ。 『つまり、あのジイさんが望んでいるのは俺たちの恐怖だ。  俺たちが弱い感情に支配されるのを待ち望んでいるんだ』 覚悟からペンと受け取る。文章は自然と浮かんできた。 踊るように文字を生み出していたペンの動きが、いつしか力強いものに変わっていた。 「だから……!」 ついに彼は文字を捨てた。自分の声で彼女に伝えるべく。 「だから希望が、強い心がやつらを打ち破る鍵になる。  そして、俺に『こころ』を教えてくれたのは君なんだ、つかささん」 え?、と呟いてつかさが顔を上げると、川田が真剣にこちらを見つめている。 この人は自分のことを希望と呼んでいるのか。 本当に誰かの希望になれたのだろうか。 だとしたら。本当に彼の言うことが真実ならば……。 「じゃあ川田くんは私の希望だね」 つかさの笑顔は本当に希望に満ちていて、 絡み合った視線は心と心を繋ぐ糸のようだった。 ふぅ、とヒナギクが腕組をして溜め息を吐き出した。 額に手を当てつつも、その顔はかなりニヤけていたのだが。 「恐らく……」 覚悟がペンを取り、文字を書きながら同時に呟いた。 『死者の魂はあの強化外骨格に幽閉されている。  ならば私達の目的はその強化外骨格を破壊し、魂を解放すること』 高良みゆきを生き返らせる術など存在しないだろう。 だが、ただの弱者として、全てを奪われ死んだ彼女を取り返すことは不可能じゃない。 「行こう。死した人々を取り戻すために」 4つの視線が紙面の上で交差し、 4人の思いが、覚悟の声と同じ波長で重なった。 「さて、現状で考えられるのはここまでってところか」 川田の間の抜けた声で全員の肩の力が抜ける。 魂を具体的に何に使うか、その答えを導き出すにはヒントが少なすぎる。 「そうね。あとは各自、放送まで待ちましょうか」 放送で主催者が尻尾を出してくれればよいのだが。 「みんな無事かなぁ……」 つかさが足をプラプラさせながら天井を見上げた。 かがみとこなたなら大丈夫だろうと自分に思い聞かせながら。 「ふむ、大丈夫だ。ルイズさんも無事であると信じている」 「帰りを待つ人がいるなんて、覚悟くんは幸せものねぇ」 真っ直ぐ前を見据えて真剣に言い放ったはずの覚悟。 そんな彼をニヤニヤ笑いながらヒナギクがからかう。 「な……別にそんな関係では断じてないぞ」 「はいはい……私は放送まで練習してるから」 必死に弁解する覚悟をよそに、核鉄をヒラヒラ掲げながらヒナギクが外へと向かう。 川田はそれを見送るなりどこかへ行ってしまった。 後に残ったのはつかさと覚悟としばしの沈黙。 その中でつかさは友人のことを考えていたのだが、ヒナギクが言った言葉が頭のどこかに引っかかっていた。 「覚悟は幸せ」という言葉が。 ◆     ◆     ◆ [[後編>スカイハイ(後編)]] ----

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