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天国の時 運命の夜明け (後編)」(2008/11/21 (金) 22:45:25) の最新版変更点

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**天国の時 運命の夜明け(後編) ◆hqLsjDR84w ■  …………状況が理解出来へんかった。  どこかに隠れたエンリコ・プッチが出てくるまで、俺達は仕掛けない。  見つけ次第、見つけた方が別方向を警戒している方に、『あー』でも何でもいいから声をかける。  そうジョジョに告げられ、こちらも了承した。  それから結構な時間が経ったが、プッチは姿を現さない。  これは分かっていたことだった。  暫くが経過し、不意に背中を合わせていたジョジョのいた方で床を叩くような音が聞こえた。  何を意味するのか分からず、プッチを見つけた合図かと思い振り向いた。 「何や? ジョ……ジョ……?」  咄嗟に、今までいた場所から飛びのいてしまった。  俺の視線の先にいるジョジョは倒れていた。  ジョジョが倒れこんだ床はドロドロと溶け始め、ジョジョの額に埋め込まれた三枚のDISCがほんの少し顔を出してしまっている。  もう一度言う。  俺には、状況を理解することが出来へんかった。 「どういう、こと、や……?」  みっともないと思っとたが、考えていたことをそのまま口に出す自分を止められへんかった。  これまで様々な死体を見たことがある。  えげつなさなら、いまのジョジョを上回る惨状の死体はいくつもあった。  体内を焼かれてのた打ち回るアミバはんの死に様も、かなり悲惨な死体を晒していた工藤の姿も、この目ではっきりと見た。  それでもついさっきまで喋っていたジョジョのいきなりの気絶に、俺は動揺を隠すことが出来なかった。  とりあえず、頭を冷やす。  冷静にならなあかん。  『周囲の物体ごと人を溶かす』、『DISCを取り出す』。  どう考えても、ジョジョから伝えられたホワイトスネイクの能力。  しかし……なんでジョジョだけを狙ったんや?  どうせならば、二人とも戦闘不能にした方が得なはずなのに……  理由はあるんか……? 分からへん。  とりあえずジョジョならば、幻覚の矛盾点を見つけることくらい朝飯前やろう。  むしろ既に矛盾点を見つけていても、決しておかしくはない。  となれば、まだ幻覚から開放されないのは、ポケットに入れた石が小さすぎて衝撃が足らんからってことになる。  ジョジョの方へ行って、揺さぶったるか。 『無駄ダ。空条承太郎ニ幻覚ヲ見セタ時ハ此方ニモ事情ガアリ、アエテ幻覚ニ矛盾ヲ孕マセテイタ。シカシ、今回ハ違ウ……』 「――ッ!?」  いきなり声をかけられ、心臓が破裂しそうになりながらも振り向き、今度は心臓が止まるような感覚を覚えた。  瞳に映ったのは、白と黒の肉体を持つ巨体――ジョジョに聞いた情報通りの見た目やった。  これが、エンリコ・プッチのスタンド『ホワイトスネイク』か。  まさか喋ることが出来るとは、さすがに予想外やったわ。 『トコロデ、服部平次。人ト動物ノ違イトハ、一体何ダト思ウ?』  こいつは、いきなり何を言っとるんや……?  どう答えるのがベストか思案を巡らしている俺に、ホワイトスネイクの後ろから声。  よく目を凝らして、箱の陰に隠れて顔だけ出しているプッチをやっと視認できた。 「それは『天国へ行きたい』と思うことだ。人はそう思う…………犬やオウムにその概念はない。  人は『天国』へ行くために、その人生を過ごすべきなのだ。それが人間の素晴らしさだ……分かるかい?」  聞いてみて分かった。  こいつはヤバイ。イカレている。サイコと言ってもいい。  アーカードや勇次郎とはまた違うベクトルに、突き抜けとる。  はっきり分かった。こいつを相手にするのは無駄だ。何のクスリにもなりはしない。  俺の理解の範疇を超えとる……  返答に困っているのに気付いているのかいないのか、プッチは言葉を続けた。 「私は……私とDIOは、全ての人々を『天国』へと導く。それが真の幸福であるからだ。  人間の幸福において『克服』しなければならないのは『運命』だ……  強い『運命』……そこに倒れているジョースターの血統のような……!」  DIO……参加者の一人でもある、ジョジョの知る吸血鬼・DIOのことやろうか?  ジョジョの情報では、全ての人間への幸福なんてことを願っているとは思えへんけど……  もはやプッチは質問をする暇すら与えずに、演説でもしてるかのように語っている。 「はっきり言って信じられないことだが……ここに五体ほどの怪人が来ただろう?  アレは『啓示』だった。『味方』してくれたのだ。  『運命』はこれから二日後……正確には三十四時間後の新月に『天国へ行け』と、押し上げてくれているのだ……  じゃあなきゃ、私はジョセフ・ジョースターが空条承太郎の記憶を持つと気付かず、首輪を解除しなかっただろう。そう、敗れていたのだ。  『引力』を信じるか、服部平次? ジョセフ・ジョースターに白刃取りをさせるために、お前はここにいた……」  要するに、プッチも空条承太郎の記憶を見ていたんやろう。  空条承太郎の記憶の中には、『制限を解除せねば、プッチが敗北する』ほどの内容があったらしい。  承太郎の記憶DISCをジョジョが挿入したのに、プッチが気付いたのは白刃取りの所為ということだ。  そこまでは分かるが……何て? それが『啓示』? 『押し上げてくれている』?  んな、アホな。そんなワケあるか。 「もう誰も私には追いつけない……もう何もせず、ジョセフ・ジョースターを置いてここから出て行くといい。  あの扉から出れば、暗闇大使の玉座まではまっすぐだ。  首輪を外したため盗聴など気にせずにはっきり言うが、別に私にとってはBADANなどどうでもいいからな。好きにしろ。  私もこれからUFOの操縦者を探すが……私を追ってきても無駄だし、戦闘となれば私は勝つ…………  君等と怪人どもが『啓示』を見せてくれたからだ」  見逃す? 暗に、俺には相手する価値がないとでも言っているのか……?  確かに俺は弱い。ジョジョとは違い、プッチの言う『強い運命』を背負ってはいないだろう。  援護するんならともかく、真正面からサシで戦ってスタンド使いに勝てるとは思えない。  はっきり言って、逃げた方が頭のいい行動だというのは分かる。  ここはお言葉に甘えて逃げさせてもらった方が、大首領を一発ブン殴るという目的には近づく。  変な意地を張らずに尻尾を振って去ったなら、ジョジョだけが被害を受けて終いや。  それでも…… 「…………な」 「どうした?」 「ナメんなぁぁぁあああああ!!」  一気に光線銃を掲げて、引き金を引く。  射出された光線はホワイトスネイクをすり抜けるも、顔以外は箱の陰に隠れたプッチには掠りもしなかった。  たとえアホな考えでも! 俺はプッチを倒して、ジョジョを助け出してみせる!  お前が人を幸福へと導く? ふざけんなッ!!  上から目線で『天国』だ『啓示』だ、グダグダグダグダグダグダ。  あーあ、怖いさ。足ガックガクや。だいたい、スタンドって何やねん!  なーんーで不意打ちの光線が、アッサリ通り抜けてんねん。ジョジョから聞いてはいたが、ワケ分からん!  でも、俺はその恐怖に『反逆』するで。  このいけ好かないプッチとかいう神父をぶちのめし、一発鼻をあかしてジョジョを助け出す。  その上で、大首領を一発ブン殴る。  俺がこのままジョジョを見捨てた結果、大首領に拳を叩き込めたとしても、そんな拳にアイツ等の思いが篭っているとは思えへん!  自分の気持ちに嘘を吐かずに生きていたアイツ等の遺志は、『意地』を捨てた俺の拳には宿らん!  そうや……そうやっ! 「意地があんねん! 気持ちを受け継いだ俺にはッ!」  もう一回引き金を引くが、またしてもプッチには掠りもしない。  だいたい離れすぎやろ。当たるか、アホ。 「安っぽい感情の流れに、身を捧げるか。  まあ、いいだろう。私に……『天国』に行くことを邪魔するというのなら、始末するしかないな」  今まで止まってたホワイトスネイクが、左手で手刀を作って歩いてくる。  どうするか……? 右に逃げても、左に逃げても追いつかれるのは明らか。  裏をかいて真っ直ぐ? いやいやいやいや、何を血迷ってもそれはあかん。 『シャア!』 「うおおっ!」  あっぶな! 胸に迫ってきた手刀を、しゃがんでギッリギリ避けれたー!  ……なんや、結構スピード遅いんちゃう?  つっても攻撃してもすり抜けてまうし、顔だけ出してるプッチに光線が当てれる気がせえへん。  ニアデスハピネスは思い通りの場所に飛んでいくが、こんなにバイクがあるとこで危のーて使えるかい。  上を確認――ホワイトスネイクが左手を振りかざしている。  右、左、前、全ての方向がアウト。ニアデスハピネスで上に飛翔するか……いや、発動させる時間がない。  なら……後ろに倒れているジョジョに視線を流すと、やっぱりDISCが飛び出している。  スタンドDISCを使うか? いや、使えへんのは分かって――ッ!!  おそらくジョジョが目覚めないのは、幻覚の中で矛盾を見つけることが出来ていないから。  だが、アレを使えば……成功するかは微妙なライン。  試してみる、か……? ■  しゃがんでいた服部、一気に足をバネとして横っ飛び。  本体から離れた場所に来ていて、パワーと速度が弱まっているホワイトスネイクの拳は空を斬るに終わる。  その隙に服部は駆け出すが、いくら弱まっていようとホワイトスネイクはスタンド。服部に追いつけないはずがない。  服部を射程外に行くより先に殺害しようと、プッチはホワイトスネイクを操作させる――が、急にホワイトスネイクを静止させる。  服部が向かっていたのはホワイトスネイクの射程外ではなく、ジョセフの元であったのだ。  ジョセフの額より抜けかかった一枚のDISCを取り出し、走りながら額にDISCを押し込む服部。  まだ服部がホワイトスネイクの射程内にいるが、プッチはホワイトスネイクを解除させる。  ――プッチは、ジョセフがスタンドを使用していたのを見ていた。  ジョセフが首輪を解除した状態でスタンドDISCを使えるのに、服部が使えないと断定できる要素はない。  仮に服部が、マジシャンズ・レッドやクレイジー・ダイヤモンドを使用できたならば。  たとえ使用者が服部でも、遠くに向かわせた状態のホワイトスネイクで相手をするのは厳しい。  そのように認識したプッチは、一度解除したホワイトスネイクを眼前に発現。潜んでいたボックスの陰から出てきて、服部の元へと歩みを進める。  プッチに追われている服部は、少しずつ足の動きがゆっくりになっていく。額を押さえる手の力も同様に弱まる。  警戒心を露に距離を詰めるプッチの前で、ついに押し込まれていたDISCが服部の額から射出された。  同時に、DISC挿入による何とも言えぬ不快感から開放された服部は、ふらつきながら倒れこんだ。 「……どういう理屈かは知らんが、ジョセフ・ジョースターには使えるが、お前にはスタンドを使えないようだな」  肩で息をしながら何とか上半身を持ち上げた服部に、プッチが言葉を投げる。  既にプッチと服部の間には数メートルほどの距離しかなく、プッチの半歩先にはホワイトスネイクが待機している。 「スタンドが使えない以上、君はその銃を使うしかないわけだが……どうするんだね?  それをもしも回避されれば、私の背後にいるジョセフ・ジョースターに命中するかもしれないぞ?  優先するのはどっちだね……? 私の命か? それとも、ジョセフ・ジョースターの……命、か……」  服部は一瞬考え込み、光線銃を撃つのが遅れる。  その一瞬が命取りとなり、その隙にホワイトスネイクが服部を貫く。それがプッチの計画。  が、服部は揺らがなかった。  思いっきり力を込めて――――投げた、DISCを。  驚愕するも、ホワイトスネイクの右腕で自分の首を動かすことで、プッチは何とか回避する。 「……ッ」 「DISCに記憶をこびりつかせ、それを私に押し込むことで行動を一瞬停止、その間に私を撃つ気だったか。  たしかにそれならば、倒れた私にならば、お前でも命中させられただろう……  私は『引力』を信じる……君には私を殺せない」  プッチが言い終えると、ゆっくりとホワイトスネイクが服部の元へと近づく。  服部が立ち上がり、プッチに背を向けて全速力で走り出す。 (まーたグダグダグダグダと。そんな喋ってる間に、核金で走れるくらいは回復したで!)  全速力で走ればホワイトスネイクからでも逃げ切れるだろう。  服部は、そんな甘い考えを持っていた。  服部がそんな意識を抱くことになったもともとの原因は、ジョセフより聞いた情報。  ジョセフは、ホワイトスネイクのスタンドとしてのタイプを、遠隔操作型か自動追跡型だと思い込んでいた。  遠隔操作型――遠くまで向かうことが出来る代わりに、力は弱くスピードも遅い。精密な動作が可能。  自動追跡型――遠くまで向かわせることが出来て、かつ力が強くスピードも速い。ただし精密な動作は不可能。  上記の遠隔操作型スタンドと自動追跡型スタンドの特徴に加え、ホワイトスネイクがそのどちらかであろうともジョセフは仲間に伝えた。  さらに服部は、少し前のホワイトスネイクとのやり取りで、ホワイトスネイクのパワーが弱くないことを知った。  まさか本体の近くにいる時は、パワーが強くなるなど欠片も思わず。  ジョセフからの情報を元に、ホワイトスネイクを遠隔操作型と判断した。  ゆえに、全力で走って間を取りながらニアデスハピネスを発現させ、飛行すれば追いつけないなどと推量した。  確かに、服部の導き出した結論はほぼ正解である。結論に至るまでの経緯もまた、ほぼ百点満点。  そう、ホワイトスネイクが遠隔操作型なのは間違っていないが…… 「え……?」  呆けた声を漏らしながら、急に前に進めなくなったことを服部は疑問に思う。  どういうことだとの思いを胸に、足元を確認しようと真下に視線を向けた服部の視覚が、彼自身の足を捉えることはなかった。  服部の左脇腹から飛び出した、赤い液体に塗れた白い腕が視覚に入り込んでいる所為で。  状況を飲み込めぬ服部を意に介さず、白い腕は肉をブヂブヂと抉りながら無理矢理に服部から抜け出した。 「かは…………ぁ……っ」  体重を支えるべき足に力は入らず、服部は崩れ落ちる身体を引き止めることが出来なかった。  偶然にも仰向けに倒れた服部の視界に入ったのは、己を見下ろすホワイトスネイク。  ここまで来てやっと、服部は自分がホワイトスネイクの腕に貫かれたのだと自覚した。 (どういうこっちゃ……遠隔操作型やなかったんかい…………? めっちゃ速いやん……  せやけど、なんであんなパワーあるんやったら、さっき使、わへんかった、ん、や……)  明らかに致命傷を受けながら、服部の脳内には死への恐怖ではなく疑問が満ちていた。  思案できる時間など一分もないだろう。  分かっていながら、服部はひたすらに脳を回転させる。  疑問を抱いたまま終わってたまるか、などという意地があったのかもしれない (さっきは……結構離れてたな……対峙してた時と同じくらい…………  そういや、あんなにパワーあるんやったら、対峙した時……に攻撃を仕掛けてくればよかったやん……)  服部の閉じられかかっていた瞼が、一気に見開かれる。  出血が多く薄れてゆく意識の中、服部は確かに脳内でピースの組み合う感覚を覚えた。 (そういう事か……! さっきも、対峙してた時も、意図して仕掛けへんかったワケやない。仕掛けられへんかったんや……!  おそらくホワ、イトスネイク、は、本体から離れると離れる、ほど……パワーが弱くなる……そう考えれば、説明がつく…………)  服部は知らないが……  ホワイトスネイクが十字手裏剣を薙ぎ払う姿を、仮に服部が見ていたならば、もっと早く服部は気付いたことであろう。  しかし服部は襲撃してきたコマンドロイドの方に集中していたため、ホワイトスネイクに意識を向けていなかった。  別にそれは過ちではない。  ただ、服部がその時にホワイトスネイクの方を見ていなかったのは――『偶然』にすぎないのだから。 (大首領に一発ブチ込んだるつもりが、ここで終わりかい。あー……変な意地張ってしもたー……  アイツ等の思いを届ける気ィ……やっ、てんけど、な。  まあ、意地張った結果、やから、しゃあないわ。……後は任せ、た……で…………)  白濁色に染まっていく意識の中、服部は命を喪う何とも言えぬ感覚に耐えた。  当然あるべきものが喪われていくと感じる感情――喪失感。  喪失感に耐える際に、毎度思い浮かぶ女性のヴィジョンが、またしても服部の脳内で再生されていた。 (だか、ら…………何、で……お前、やねん………………)  その問いに答えが返ってくることはなかった。 ■  『聖なるものを犬にやるな。彼らはそれを足で踏みつけ、向き直ってあなた方に噛み付いてくるであろう』  ――マタイによる福音書、第七章第六節より。  服部平次は『天国』の素晴らしさを理解することはなく、この私に銃を向けてきたか。  別に構いはしない。  かつてDIOが目指し、現在私が目指すものは、全ての人々を幸運へと導く『天国』。  少しばかりの人間が犠牲になったからといって……気にすることではない。 「かは…………ぁ……っ」  ホワイトスネイクが腕を引き抜くと、服部平次は抵抗することなく倒れこんだ。  赤黒い血液が飛び散り、私の八百ドルもするズボンに数滴付着した。  腹に一突き。明らかに命を奪える一撃。適切な処置を施したところで、もはやどうにかなる限界を越えている。  ひとまずホワイトスネイクを解除する。  無論、ジョセフ・ジョースターの周辺に溶解能力は行使したままで。 「ぐああ……ッ」  不意に意識が飛びそうになるが、どうにか繋ぎとめる。  あの時以来、ずっと激しいめまいに襲われ続けていて、呼気を整えることすらままならない。  自分でもよく分からない、何なのだ? 何か……いったい何なのだ、このひどい体調は……?  私の体の中で、何かが暴走している…………  コントロールできない。私の意思を無視している……何かの『力』。 『信頼できる友が発する14の言葉に知性を示して……『友』はわたしを信頼し、わたしは『友』になる』  フラッシュバックしてくるのは、空条承太郎の記憶のにあった『DIOのメモ』。  つまり……こういうことなのか、DIO?  感じ取れる私以外の『力』というのは、つまるところ……そういうことなんだな?  この『力』に必要なのは、やはり君の記していた『時』と『場所』!  北緯二十八度二十四分、西経八十度三十六分。  天国は、やはりその場所にあるのか……!?  その場所は、『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』。  時は『新月』、あと『三十四時間後』ッ! 「ガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」  唐突に響く獣の咆哮。これはライオン……いや、虎のものか?  正確には、BADANに忠義を尽くさんとする虎の怪人であろう。  かなり離れた場所だというのは分かるが……まあ、もはや私には関係ない。  虎を模したと思われる怪人の物であろう咆哮が、こんな場所にまで響き渡っている現状。侵入者により秩序が乱されている今こそが好機。  UFOの操縦方法を知る研究者を連れて来る。  伊藤博士であるのが最良だが、別に操縦さえ出来れば誰でもかまわない。  首輪を解除したことが騒動になる前に、このサザンクロスとやらから脱出させてもらうとしよう。  そして、向かうべきは『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』。  BADANの技術力なら、三十四時間あれば十分に間に合うであろう。  ジョセフ・ジョースターは…………  いまジョセフ・ジョースターに見せている幻覚には、『矛盾』などない。  仮に私が幻覚を使わずに戦っていた場合の――『if』の幻覚である。  虚構の映像に踊らされているなどと、気付く要素は存在しない。  かつて始末したスタンド使いの女囚のように、骨になるまで極力触れないように放置しておけばいい。  さて、自室にいるはずの伊藤博士の元へ向かうとするか。  ……む? なんだ、この音は?  気のせいか――いや、確かに聞こえている。未だ音は継続している。  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ  侵入者と怪人の戦闘の衝撃によって、響き渡る地鳴り……否。  侵入者が突入してきた時よりも音は小さいが、この身にヒシヒシと伝わるような感覚。  まさか地鳴りによりもたらされたとは、思えない。  この耳をろうするのはいったい……心臓音か?  右手首を左人差し指で押さえる――どうやらそれもある。  かなり心拍数が上昇しているが、これは得体の知れぬ音に対する身体の反応だ。  始まりから響き続けている音とは別。  方向は……『背後』ッ!  ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド  奇妙な音がより大きくなる――すなわち音源が接近している。  いや、耳以外からも感じ取れる。低音に身体が揺らぐ感覚とは別物。これは音ではない。  全身から汗が噴き出すような感覚。そうだ、これは――――『凄み』ッ!  まさか……その思いを押さえ込みつつ、首を思いっきり背後に回す。  瞳に映るのは一人の男。既に男は、僅か一メートル程度の距離まで迫っていた。 「ジョセフ・ジョースター……ッ!」  驚愕から、勝手に口から言葉が漏れた。  そう、ありえないことに……その男は、幻覚にかけたはずのジョセフ・ジョースターであった。  どうにか状況を認識しようとしている私の眼前に、スタンド『クレイジー・ダイヤモンド』が出現。  まずい。クレイジー・ダイヤモンドは、先ほどジョセフ・ジョースターが操っていたスタンド。  対抗するために、ホワイトスネイクを発現させる――間に合わない。  後ろに跳躍して距離を取る――跳ぶこと自体は成功した。 「グァぁぁ……」  しかし、射程外に出るより早く、クレイジー・ダイヤモンドの拳が鳩尾に叩き込まれた。  咄嗟に距離を取ったことが吉となり、まともに食らうことはなかった。 「――が、がぁぁああぁああああああああああ!!」  それでも、衝撃は大。  アッパー気味に放たれたクレイジー・ダイヤモンドの拳は、私を軽々と上空まで投げ出した。  巨大なUFOを収納するためにかは知らないが、かなり高く設計されている天井に感謝する。  少しずつ上昇が収まっていき、状況を判断するだけの余裕が出来た。いや、何とかして余裕を作り上げた。  頭は働くし、四肢は動く、さらに視界もはっきりとしている。  ただ、胸骨の軋む音が聞こえる。幾らか折れているかもしれない。  この程度のダメージで済んでいるのは、まともに受けなかったからであり、何も行動せずに殴られていたならば――考えるまでもない。  それにしても、何故ジョセフ・ジョースターが自由に動いているのか。  幻覚に矛盾があったとは思えないが……  空中で強引に身体を捻って、ジョセフ・ジョースターの方へと首を動かす。  幻覚を見破ったため、ドロドロに溶かす能力も解除されたらしく、身体は幻覚を見せる前と変化していない。  それは別にかまわない。幻覚から抜け出した時点で分かっていたことだ。  気になるのは、どうやって幻覚から脱出したか。その方法だが………………  ――なるほど、そういうことか。  ジョセフ・ジョースターの額からは、埋め込まれたDISCが少し顔を出していた。『三枚』のDISCが。  少し飛び出している三枚のDISC、そのうち一つは他のものよりも前に出ている。  ジョセフ・ジョースターは右手で思いっきりDISCを押し込むと、怒りに燃えた瞳で私を見据えた。  理解したぞ。  服部平次の狙いは『私にDISCを挿入する』ことではなく、『ジョセフ・ジョースターにDISCを挿入すること』であったのだ。  私が回避するのを承知で、背後にいたジョセフ・ジョースター目掛けてDISCを投げつけたのだろう。  ジョセフ・ジョースターに見せていた幻覚には見破られるほどの矛盾はなかったが、唐突にDISCを押し込まれたならば……  流れ込むのは、服部平次が無理矢理に押し込んだために付着したと思われる記憶。そしてDISCを挿入する際の言葉に出来ないほどの不快感。  それ等はジョセフ・ジョースターに見せていた幻覚内では本来起こりえないことであり、幻覚から解放されるのに十分な要素となっただろう。  身体への衝撃など、空条承太郎の記憶を見たジョセフ・ジョースターのことだ。  戦闘前から用意しておいたのであろう。  幻覚が解除されたのも頷ける。  クレイジー・ダイヤモンドの一撃を受けたことによる上昇に、やっと終止符が打たれる。  身体にかかっていた上方への力がゼロとなり、身体が空中で静止。  重力が喪失してしまったかのような感覚。  まるで体重が消え失せたような心地だが、それはあくまで一瞬のこと。  上昇に伴って得た位置エネルギーが、少しずつ運動エネルギーに転じ――自由落下。  重力加速度にしたがって、少しずつ加速していく落下速度。  数刻前までゼロであった身に降りかかるエネルギーが、少しずつ上昇していく。  本当に少しずつ、皆無であった身に降りかかるエネルギーが少しずつ、体感する『重力』が少しずつ――  少しずつ増してゆく、『重力』が『ゼロ』から少しずつ、少しずつ増してゆく、『重力』が『ゼロ』から少しずつ――  少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ―― ■  クレイジー・ダイヤモンドの拳をプッチに叩き付けたジョセフ、倒れる服部に視線を向けて怪我の度合いを確認する。  水溜りの如く溢れた服部の血液が、手遅れだということを主張する。  波紋による修行や、柱の男達との戦闘を繰り広げてきたジョセフには分かる。  服部の傷は致命傷で、あの出血では既に死んでいると考えるのが妥当。生きているワケがない。  つまり――――もはやクレイジー・ダイヤモンドの拳を叩きこんでも、身体が治るだけ。死んでしまった精神は戻ってこない。  ジョセフは、服部が投げたDISCに付着した服部の記憶を閲覧していた。  ゆえに、ジョセフは現実から逃げることをせず、己の不手際を受け入れる。  自分がもしも幻覚なんかに嵌っていなければ――そんな思いが、ジョセフの中で増殖していく。 「う……おおおおおおおおおおおおおーーーッ!!」  喉が引き裂けないかと思うばかりの絶叫。  一しきり怒鳴り続けたジョセフは、服部の方ではなくプッチが落下するであろう場所に体を向ける。  悲しむのも、謝るのも、反省するのも、死を悼むのも、後で出来る。  優先するべきは――孫を狙い、服部を殺したプッチの殺害。  自らを責めるのを後にして先にプッチを仕留めるために、ジョセフは服部に背を向けた。  プッチの回避行動によって、クレイジー・ダイヤモンドの拳はやや入りが甘かった。  あの程度ではプッチは死んでいないと、ジョセフは判断。  落下したプッチが体勢を立て直すより早く近づき、体内に炎を流し込むべくクレイジー・ダイヤモンドを解除してマジシャンズ・レッドを発現させる。  一瞬空中で静止した後、ゆっくりと速度を増しながら落下してくるプッチ。  あのままならば、無造作に積まれたボックスに突っ込むだろう。  ジョセフが、プッチよりも早く落下点に辿り着こうと駆ける。  ――その時、奇妙なことが起こった。  プッチが、空中で移動したのである。  背中からボックスに叩きつけられるはずが、壁に向かって真横に平行移動したのだ。  ホワイトスネイクにはそんな能力もあったのか――と、ジョセフは対抗策を考える。  しかし、すぐにジョセフからはそんな余裕が消失することになる。 「……何?」  疑問の声は、真横に移動し始めたジョセフのもの。  プッチの空中移動に驚いていたジョセフの身体は、プッチが飛んでいった方とまったく反対の方向へと勝手に動き出した。  少しずつ加速していくジョセフの身体。  いま身に降りかかっているのと告示した状況を、ジョセフは知っていた。 「これは、ンなわけねえと思いてェが……『落ちて』いるッ!? 『下』が『床』じゃあなく、『壁』になっているッ!」  何を言っているのかは、言葉を漏らしたジョセフにもあまり理解できていない。  しかし、加速のスピードに、背筋の凍る浮遊感。  さらには、器具に固定されたUFOを除く周囲の全ての物体が、真横の壁の方へとスライドしている現状。  それは、まさしくジョセフが知る『落下』のそれと似通っていた。  ジョセフは混乱する頭を何とか落ち着かせ、マジシャンズ・レッドを解除してクレイジー・ダイヤモンドを発現。  クレイジー・ダイヤモンドの左手で床に掴まって、身体を固定させる。  呼気を整えつつ、このSF小説じみた事態をどうにかしようと、ジョセフは脳を回転させる。 「北緯28度24分西経80度36分……すなわち『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』……」  ジョセフが状況を理解するより早く、声がかけられた。  この声にジョセフは聞き覚えがあった――さっき殴り飛ばしたプッチのもの。 「地球の重力が一定でないというのは……空条承太郎の記憶を見たのだから、知っているな?  よく勘違いされるが、重力と引力は別物だ。引力と地球の自転で生じる遠心力、その二つの合力を重力という。  また重力の強弱は、緯度や標高によっても変化する。  ケープ・カナベラルは限りなく赤道に近く、海抜が高い。つまり重力が弱い。新月の時になれば、なおさらだ。  そんな地上で最も重力が弱い場所――ケープ・カナベラルにて、最も重力が弱くなる時――新月の時を待つ。  おそらくDIOが望んだのは、『地球上で最も弱い重力』であったのだ。『天国』には、それが必要だったのだッ!」  足音を響かせながら、少しずつプッチの声がジョセフに接近してくる。  この異常な状況下にもかかわらず、何でもないかのようにごく普通に二本の足で歩きながら。  もしもプッチがこの異常な状況を作り出した本人であるとしたら――この惨状を生み出したスタンド使いであるのならば、あっさりと説明はつく。  しかし今のジョセフにとっては、そんなことは二の次であった。 「『北緯28度24分西経80度36分』に『新月』……そして『天国』だと………………」  ジョセフの興味を惹いたのは、プッチから告げられた三つの言葉。 「空条承太郎の記憶を見たお前には分かるだろう。私が求めるものが、私の立場が」 「……納得したぜ。『彼は人の法よりも神の法を尊ぶ』ってのは、そういうことかよ。  エンリコ・プッチ……俺はテメェをただのDIOの部下かと思ったが、そうじゃあなかった! テメェは…………DIOの友人ッ!」  かつて、承太郎が封印した天国の行き方に関するDIOのメモ。  承太郎の記憶を何もかも見たジョセフは、もちろんその記憶も目撃している。  ゆえに、ジョセフは気付いた。  プッチがDIOの友人であり、かつてDIOが目指した天国への到達を志しているのだということに。 「いや……しかし、ジョセフ・ジョースター。お前が殴ってくれたからだった。  お前が殴ったから、私は限りなく『地球上で最も弱い重力』に近い重力を体験出来たのだ……  私を天国へと押し上げてくれるのは、他でもないお前――ジョースターの血統だった……!」  ここまでプッチが言い終えた途端、プッチがクレイジー・ダイヤモンドが掴んでいる床へと降り立った。  プッチが少しずつジョセフへと歩みを進め、ジョセフとの距離が数メートルとなる。  突如、ジョセフの周囲の引力が通常に戻った。 (プッチの近くまで来れば、重力が戻んのか!?)  今こそが好機と判断し、一気に体勢を立て直すジョセフ。  その視界に入るのは、プッチとホワイトスネイク――ではなかった。  プッチの傍らに立つのは、明らかにスタンド。  しかし、どこかホワイトスネイクの面影はあるものの、ホワイトスネイクではなかった。  体格はホワイトスネイクと変わらない。  しかし肌の色は白と黒ではなく、水藻のような濃い緑色。  また、顔面から後頭部、両の肩から背中の半ば、腰の周りを覆う産毛。これまたダークグリーン。  頭頂部、胸部、そして腰部には、横縞模様が描かれ、さらにACDGの四種のアルファベットが浮かんでいる。  そして全身に矢印の形をした装飾が施され、とくに両腕からは矢印じみた突起が伸びる。  その突起は一定の方向でなく、あらゆる方向を指していた。 「『言は初めに神とともに在り、全ての者はこれによってできた』――ヨハネによる福音書、第一章二-三節。  だから、私も得た力に名を付ける。  新月――『new moon』、あるいは『crescent moon』。そうだな……『C-MOON』と名付けよう」  プッチの言葉に呼応するように、緑色のスタンド――C-MOONがジョセフに拳を繰り出す。  しかし、既に体勢を立て直したジョセフ。  クレイジー・ダイヤモンドの裏拳でにC-MOONの前腕を叩き、軌道を逸らす。  その隙に、ジョセフ自身がプッチに飛び掛る。  頭部目掛けて放たれたジョセフの拳を、しゃがむことで回避するプッチ。  しかし、空中で体勢を立て直してもう一度攻撃を放つくらいは、ジョセフには朝飯前。  本体同士のぶつかり合いならば、波紋使いであるジョセフに敗北の要素はない――が。 「何ィィイイイイイーーーーッ!?」  飛び掛ったジョセフはプッチの頭上を越え、さらに上まで浮かび上がってしまう。  当然、ジョセフの二撃目は、見当違いの空気を殴るに終わる。  本体が離れていくため、射程距離の短いクレイジー・ダイヤモンドも宙に浮かんでジョセフを追う。  平静を失うジョセフに、プッチは冷静に告げる。 「私の肉体が『基本』だ。重力の向きは、『私から放射状に』変化する。  私の頭上に行けば重力は上向きとなり、そして私に近づけば近づくほど重力は増す」  言い終えると同時に、C-MOONが宙に浮かぶジョセフの方へと歩みだす。  ジョセフ自身は身動きが取れないが、クレイジー・ダイヤモンドは空中でも攻撃可能。  クレイジー・ダイヤモンドが数度拳を振りぬくが、浮遊している状態では攻撃が出来るのは一方向。  絶対にクレイジー・ダイヤモンドの腕が届かない方向へと、C-MOONはジョセフへと腕を伸ばす。  退避のしようもないジョセフに、C-MOONの拳が放たれる。  かなりの速度で急迫するC-MOONの拳を、ジョセフは咄嗟に左の前腕で受ける。 「う……ああああああああああ、う、腕が! 『裏返る』ッ!!」  C-MOONと接触するやいなや、ジョセフの左腕がめぎゃりという音を立てて変形する。  まず皮が裂けて血が噴き出し、次に肉が裂けた皮の上に出現したのである。  焼けるような痛みが、ジョセフに襲い掛かる。  継続する痛みにジョセフの表情が崩れ、顔面からはおびただしいほどの脂汗が噴き出す。  このままでは戦闘不能は必至。  どうにかしようと考えるジョセフ、しかし考える暇は与えられなかった。 『ウシャアアアアアア!』  奇声を上げながら、C-MOONがジョセフに拳の乱打(ラッシュ)を叩き込む。 「ガあああああああああああああ」  数秒に渡ってC-MOONの拳を、ひたすら腹部一点に浴び続けたジョセフ。  苦悶に満ちた悲鳴を吐きながら、全身から血を噴き出して彼方へと吹っ飛んでいく。  プッチより放たれる重力に抵抗することもなく、格納庫の隅に追いやられたボックスやバイクのまとまりの頂上に辿り着き、そして微動だにしないジョセフ。  それを確認したプッチは、ジョセフに背を向ける。 「拳が痺れる感覚、これが『波紋』か。……最期の抵抗にしては、実になまっちょろいな」  ジョセフはC-MOONの攻撃が迫る直前に、波紋のエネルギーを全身に漲らせた。  それがC-MOONの両拳を介して、プッチへと伝わったのである。  ……しかしプッチに及んだ波紋は、あまりに微量であった。  直接波紋を叩き込むなり、数秒間波紋を流し続けるなりすれば、プッチに深刻なダメージを与えたであろうが……  スタンドからフィードバックした波紋。それもC-MOONはジョセフを何度も殴ったとはいえ、一打につき一瞬しか触れていない。  その程度の波紋では、少し痺れる感覚をプッチに与えるだけであった。  身体に異変など生じるわけもなく、プッチは歩みだした。その足取りに波紋の影響は、微塵もない。 「あとは能力の完成のときを待つだけだ。こんな微弱な程度の能力ではない……『完成の能力』を」  プッチは理解していた。  C-MOONは未完のスタンドに過ぎないと。  『完成の能力』……全ての人間を『幸福』へと到達させる能力には、『北緯28度24分西経80度36分』にて『新月』の時の『重力』が必要だと。  クレイジー・ダイヤモンドに殴られた時は、それに酷似した重力下にあったので、C-MOONに覚醒したが……  真の能力には、やはりDIOの記した地点と時が必要だと。  だからこそプッチが目指すのは、依然変わることなく『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』であり、『新月』の時。  ゆえに、UFOを操縦できる技術者を求めて、プッチは格納庫から出て行った。  乱暴に閉められた扉の中――格納庫内には、プッチの移動に伴う重力変化に逆らって動くものはもういなかった。  邪魔者は全て始末した。『天国』への障害など、今となっては存在しない。  そう思うと、プッチには自身の口角が吊り上っていくのを止めることが出来るはずがなかった。 [[第二部>ファントムブラッドライン]] ----
**天国の時 運命の夜明け(後編) ◆hqLsjDR84w ■  …………状況が理解出来へんかった。  どこかに隠れたエンリコ・プッチが出てくるまで、俺達は仕掛けない。  見つけ次第、見つけた方が別方向を警戒している方に、『あー』でも何でもいいから声をかける。  そうジョジョに告げられ、こちらも了承した。  それから結構な時間が経ったが、プッチは姿を現さない。  これは分かっていたことだった。  暫くが経過し、不意に背中を合わせていたジョジョのいた方で床を叩くような音が聞こえた。  何を意味するのか分からず、プッチを見つけた合図かと思い振り向いた。 「何や? ジョ……ジョ……?」  咄嗟に、今までいた場所から飛びのいてしまった。  俺の視線の先にいるジョジョは倒れていた。  ジョジョが倒れこんだ床はドロドロと溶け始め、ジョジョの額に埋め込まれた三枚のDISCがほんの少し顔を出してしまっている。  もう一度言う。  俺には、状況を理解することが出来へんかった。 「どういう、こと、や……?」  みっともないと思っとたが、考えていたことをそのまま口に出す自分を止められへんかった。  これまで様々な死体を見たことがある。  えげつなさなら、いまのジョジョを上回る惨状の死体はいくつもあった。  体内を焼かれてのた打ち回るアミバはんの死に様も、かなり悲惨な死体を晒していた工藤の姿も、この目ではっきりと見た。  それでもついさっきまで喋っていたジョジョのいきなりの気絶に、俺は動揺を隠すことが出来なかった。  とりあえず、頭を冷やす。  冷静にならなあかん。  『周囲の物体ごと人を溶かす』、『DISCを取り出す』。  どう考えても、ジョジョから伝えられたホワイトスネイクの能力。  しかし……なんでジョジョだけを狙ったんや?  どうせならば、二人とも戦闘不能にした方が得なはずなのに……  理由はあるんか……? 分からへん。  とりあえずジョジョならば、幻覚の矛盾点を見つけることくらい朝飯前やろう。  むしろ既に矛盾点を見つけていても、決しておかしくはない。  となれば、まだ幻覚から開放されないのは、ポケットに入れた石が小さすぎて衝撃が足らんからってことになる。  ジョジョの方へ行って、揺さぶったるか。 『無駄ダ。空条承太郎ニ幻覚ヲ見セタ時ハ此方ニモ事情ガアリ、アエテ幻覚ニ矛盾ヲ孕マセテイタ。シカシ、今回ハ違ウ……』 「――ッ!?」  いきなり声をかけられ、心臓が破裂しそうになりながらも振り向き、今度は心臓が止まるような感覚を覚えた。  瞳に映ったのは、白と黒の肉体を持つ巨体――ジョジョに聞いた情報通りの見た目やった。  これが、エンリコ・プッチのスタンド『ホワイトスネイク』か。  まさか喋ることが出来るとは、さすがに予想外やったわ。 『トコロデ、服部平次。人ト動物ノ違イトハ、一体何ダト思ウ?』  こいつは、いきなり何を言っとるんや……?  どう答えるのがベストか思案を巡らしている俺に、ホワイトスネイクの後ろから声。  よく目を凝らして、箱の陰に隠れて顔だけ出しているプッチをやっと視認できた。 「それは『天国へ行きたい』と思うことだ。人はそう思う…………犬やオウムにその概念はない。  人は『天国』へ行くために、その人生を過ごすべきなのだ。それが人間の素晴らしさだ……分かるかい?」  聞いてみて分かった。  こいつはヤバイ。イカレている。サイコと言ってもいい。  アーカードや勇次郎とはまた違うベクトルに、突き抜けとる。  はっきり分かった。こいつを相手にするのは無駄だ。何のクスリにもなりはしない。  俺の理解の範疇を超えとる……  返答に困っているのに気付いているのかいないのか、プッチは言葉を続けた。 「私は……私とDIOは、全ての人々を『天国』へと導く。それが真の幸福であるからだ。  人間の幸福において『克服』しなければならないのは『運命』だ……  強い『運命』……そこに倒れているジョースターの血統のような……!」  DIO……参加者の一人でもある、ジョジョの知る吸血鬼・DIOのことやろうか?  ジョジョの情報では、全ての人間への幸福なんてことを願っているとは思えへんけど……  もはやプッチは質問をする暇すら与えずに、演説でもしてるかのように語っている。 「はっきり言って信じられないことだが……ここに五体ほどの怪人が来ただろう?  アレは『啓示』だった。『味方』してくれたのだ。  『運命』はこれから二日後……正確には三十四時間後の新月に『天国へ行け』と、押し上げてくれているのだ……  じゃあなきゃ、私はジョセフ・ジョースターが空条承太郎の記憶を持つと気付かず、首輪を解除しなかっただろう。そう、敗れていたのだ。  『引力』を信じるか、服部平次? ジョセフ・ジョースターに白刃取りをさせるために、お前はここにいた……」  要するに、プッチも空条承太郎の記憶を見ていたんやろう。  空条承太郎の記憶の中には、『制限を解除せねば、プッチが敗北する』ほどの内容があったらしい。  承太郎の記憶DISCをジョジョが挿入したのに、プッチが気付いたのは白刃取りの所為ということだ。  そこまでは分かるが……何て? それが『啓示』? 『押し上げてくれている』?  んな、アホな。そんなワケあるか。 「もう誰も私には追いつけない……もう何もせず、ジョセフ・ジョースターを置いてここから出て行くといい。  あの扉から出れば、暗闇大使の玉座まではまっすぐだ。  首輪を外したため盗聴など気にせずにはっきり言うが、別に私にとってはBADANなどどうでもいいからな。好きにしろ。  私もこれからUFOの操縦者を探すが……私を追ってきても無駄だし、戦闘となれば私は勝つ…………  君等と怪人どもが『啓示』を見せてくれたからだ」  見逃す? 暗に、俺には相手する価値がないとでも言っているのか……?  確かに俺は弱い。ジョジョとは違い、プッチの言う『強い運命』を背負ってはいないだろう。  援護するんならともかく、真正面からサシで戦ってスタンド使いに勝てるとは思えない。  はっきり言って、逃げた方が頭のいい行動だというのは分かる。  ここはお言葉に甘えて逃げさせてもらった方が、大首領を一発ブン殴るという目的には近づく。  変な意地を張らずに尻尾を振って去ったなら、ジョジョだけが被害を受けて終いや。  それでも…… 「…………な」 「どうした?」 「ナメんなぁぁぁあああああ!!」  一気に光線銃を掲げて、引き金を引く。  射出された光線はホワイトスネイクをすり抜けるも、顔以外は箱の陰に隠れたプッチには掠りもしなかった。  たとえアホな考えでも! 俺はプッチを倒して、ジョジョを助け出してみせる!  お前が人を幸福へと導く? ふざけんなッ!!  上から目線で『天国』だ『啓示』だ、グダグダグダグダグダグダ。  あーあ、怖いさ。足ガックガクや。だいたい、スタンドって何やねん!  なーんーで不意打ちの光線が、アッサリ通り抜けてんねん。ジョジョから聞いてはいたが、ワケ分からん!  でも、俺はその恐怖に『反逆』するで。  このいけ好かないプッチとかいう神父をぶちのめし、一発鼻をあかしてジョジョを助け出す。  その上で、大首領を一発ブン殴る。  俺がこのままジョジョを見捨てた結果、大首領に拳を叩き込めたとしても、そんな拳にアイツ等の思いが篭っているとは思えへん!  自分の気持ちに嘘を吐かずに生きていたアイツ等の遺志は、『意地』を捨てた俺の拳には宿らん!  そうや……そうやっ! 「意地があんねん! 気持ちを受け継いだ俺にはッ!」  もう一回引き金を引くが、またしてもプッチには掠りもしない。  だいたい離れすぎやろ。当たるか、アホ。 「安っぽい感情の流れに、身を捧げるか。  まあ、いいだろう。私に……『天国』に行くことを邪魔するというのなら、始末するしかないな」  今まで止まってたホワイトスネイクが、左手で手刀を作って歩いてくる。  どうするか……? 右に逃げても、左に逃げても追いつかれるのは明らか。  裏をかいて真っ直ぐ? いやいやいやいや、何を血迷ってもそれはあかん。 『シャア!』 「うおおっ!」  あっぶな! 胸に迫ってきた手刀を、しゃがんでギッリギリ避けれたー!  ……なんや、結構スピード遅いんちゃう?  つっても攻撃してもすり抜けてまうし、顔だけ出してるプッチに光線が当てれる気がせえへん。  ニアデスハピネスは思い通りの場所に飛んでいくが、こんなにバイクがあるとこで危のーて使えるかい。  上を確認――ホワイトスネイクが左手を振りかざしている。  右、左、前、全ての方向がアウト。ニアデスハピネスで上に飛翔するか……いや、発動させる時間がない。  なら……後ろに倒れているジョジョに視線を流すと、やっぱりDISCが飛び出している。  スタンドDISCを使うか? いや、使えへんのは分かって――ッ!!  おそらくジョジョが目覚めないのは、幻覚の中で矛盾を見つけることが出来ていないから。  だが、アレを使えば……成功するかは微妙なライン。  試してみる、か……? ■  しゃがんでいた服部、一気に足をバネとして横っ飛び。  本体から離れた場所に来ていて、パワーと速度が弱まっているホワイトスネイクの拳は空を斬るに終わる。  その隙に服部は駆け出すが、いくら弱まっていようとホワイトスネイクはスタンド。服部に追いつけないはずがない。  服部を射程外に行くより先に殺害しようと、プッチはホワイトスネイクを操作させる――が、急にホワイトスネイクを静止させる。  服部が向かっていたのはホワイトスネイクの射程外ではなく、ジョセフの元であったのだ。  ジョセフの額より抜けかかった一枚のDISCを取り出し、走りながら額にDISCを押し込む服部。  まだ服部がホワイトスネイクの射程内にいるが、プッチはホワイトスネイクを解除させる。  ――プッチは、ジョセフがスタンドを使用していたのを見ていた。  ジョセフが首輪を解除した状態でスタンドDISCを使えるのに、服部が使えないと断定できる要素はない。  仮に服部が、マジシャンズ・レッドやクレイジー・ダイヤモンドを使用できたならば。  たとえ使用者が服部でも、遠くに向かわせた状態のホワイトスネイクで相手をするのは厳しい。  そのように認識したプッチは、一度解除したホワイトスネイクを眼前に発現。潜んでいたボックスの陰から出てきて、服部の元へと歩みを進める。  プッチに追われている服部は、少しずつ足の動きがゆっくりになっていく。額を押さえる手の力も同様に弱まる。  警戒心を露に距離を詰めるプッチの前で、ついに押し込まれていたDISCが服部の額から射出された。  同時に、DISC挿入による何とも言えぬ不快感から開放された服部は、ふらつきながら倒れこんだ。 「……どういう理屈かは知らんが、ジョセフ・ジョースターには使えるが、お前にはスタンドを使えないようだな」  肩で息をしながら何とか上半身を持ち上げた服部に、プッチが言葉を投げる。  既にプッチと服部の間には数メートルほどの距離しかなく、プッチの半歩先にはホワイトスネイクが待機している。 「スタンドが使えない以上、君はその銃を使うしかないわけだが……どうするんだね?  それをもしも回避されれば、私の背後にいるジョセフ・ジョースターに命中するかもしれないぞ?  優先するのはどっちだね……? 私の命か? それとも、ジョセフ・ジョースターの……命、か……」  服部は一瞬考え込み、光線銃を撃つのが遅れる。  その一瞬が命取りとなり、その隙にホワイトスネイクが服部を貫く。それがプッチの計画。  が、服部は揺らがなかった。  思いっきり力を込めて――――投げた、DISCを。  驚愕するも、ホワイトスネイクの右腕で自分の首を動かすことで、プッチは何とか回避する。 「……ッ」 「DISCに記憶をこびりつかせ、それを私に押し込むことで行動を一瞬停止、その間に私を撃つ気だったか。  たしかにそれならば、倒れた私にならば、お前でも命中させられただろう……  私は『引力』を信じる……君には私を殺せない」  プッチが言い終えると、ゆっくりとホワイトスネイクが服部の元へと近づく。  服部が立ち上がり、プッチに背を向けて全速力で走り出す。 (まーたグダグダグダグダと。そんな喋ってる間に、核金で走れるくらいは回復したで!)  全速力で走ればホワイトスネイクからでも逃げ切れるだろう。  服部は、そんな甘い考えを持っていた。  服部がそんな意識を抱くことになったもともとの原因は、ジョセフより聞いた情報。  ジョセフは、ホワイトスネイクのスタンドとしてのタイプを、遠隔操作型か自動追跡型だと思い込んでいた。  遠隔操作型――遠くまで向かうことが出来る代わりに、力は弱くスピードも遅い。精密な動作が可能。  自動追跡型――遠くまで向かわせることが出来て、かつ力が強くスピードも速い。ただし精密な動作は不可能。  上記の遠隔操作型スタンドと自動追跡型スタンドの特徴に加え、ホワイトスネイクがそのどちらかであろうともジョセフは仲間に伝えた。  さらに服部は、少し前のホワイトスネイクとのやり取りで、ホワイトスネイクのパワーが弱くないことを知った。  まさか本体の近くにいる時は、パワーが強くなるなど欠片も思わず。  ジョセフからの情報を元に、ホワイトスネイクを遠隔操作型と判断した。  ゆえに、全力で走って間を取りながらニアデスハピネスを発現させ、飛行すれば追いつけないなどと推量した。  確かに、服部の導き出した結論はほぼ正解である。結論に至るまでの経緯もまた、ほぼ百点満点。  そう、ホワイトスネイクが遠隔操作型なのは間違っていないが…… 「え……?」  呆けた声を漏らしながら、急に前に進めなくなったことを服部は疑問に思う。  どういうことだとの思いを胸に、足元を確認しようと真下に視線を向けた服部の視覚が、彼自身の足を捉えることはなかった。  服部の左脇腹から飛び出した、赤い液体に塗れた白い腕が視覚に入り込んでいる所為で。  状況を飲み込めぬ服部を意に介さず、白い腕は肉をブヂブヂと抉りながら無理矢理に服部から抜け出した。 「かは…………ぁ……っ」  体重を支えるべき足に力は入らず、服部は崩れ落ちる身体を引き止めることが出来なかった。  偶然にも仰向けに倒れた服部の視界に入ったのは、己を見下ろすホワイトスネイク。  ここまで来てやっと、服部は自分がホワイトスネイクの腕に貫かれたのだと自覚した。 (どういうこっちゃ……遠隔操作型やなかったんかい…………? めっちゃ速いやん……  せやけど、なんであんなパワーあるんやったら、さっき使、わへんかった、ん、や……)  明らかに致命傷を受けながら、服部の脳内には死への恐怖ではなく疑問が満ちていた。  思案できる時間など一分もないだろう。  分かっていながら、服部はひたすらに脳を回転させる。  疑問を抱いたまま終わってたまるか、などという意地があったのかもしれない (さっきは……結構離れてたな……対峙してた時と同じくらい…………  そういや、あんなにパワーあるんやったら、対峙した時……に攻撃を仕掛けてくればよかったやん……)  服部の閉じられかかっていた瞼が、一気に見開かれる。  出血が多く薄れてゆく意識の中、服部は確かに脳内でピースの組み合う感覚を覚えた。 (そういう事か……! さっきも、対峙してた時も、意図して仕掛けへんかったワケやない。仕掛けられへんかったんや……!  おそらくホワ、イトスネイク、は、本体から離れると離れる、ほど……パワーが弱くなる……そう考えれば、説明がつく…………)  服部は知らないが……  ホワイトスネイクが十字手裏剣を薙ぎ払う姿を、仮に服部が見ていたならば、もっと早く服部は気付いたことであろう。  しかし服部は襲撃してきたコマンドロイドの方に集中していたため、ホワイトスネイクに意識を向けていなかった。  別にそれは過ちではない。  ただ、服部がその時にホワイトスネイクの方を見ていなかったのは――『偶然』にすぎないのだから。 (大首領に一発ブチ込んだるつもりが、ここで終わりかい。あー……変な意地張ってしもたー……  アイツ等の思いを届ける気ィ……やっ、てんけど、な。  まあ、意地張った結果、やから、しゃあないわ。……後は任せ、た……で…………)  白濁色に染まっていく意識の中、服部は命を喪う何とも言えぬ感覚に耐えた。  当然あるべきものが喪われていくと感じる感情――喪失感。  喪失感に耐える際に、毎度思い浮かぶ女性のヴィジョンが、またしても服部の脳内で再生されていた。 (だか、ら…………何、で……お前、やねん………………)  その問いに答えが返ってくることはなかった。 ■  『聖なるものを犬にやるな。彼らはそれを足で踏みつけ、向き直ってあなた方に噛み付いてくるであろう』  ――マタイによる福音書、第七章第六節より。  服部平次は『天国』の素晴らしさを理解することはなく、この私に銃を向けてきたか。  別に構いはしない。  かつてDIOが目指し、現在私が目指すものは、全ての人々を幸運へと導く『天国』。  少しばかりの人間が犠牲になったからといって……気にすることではない。 「かは…………ぁ……っ」  ホワイトスネイクが腕を引き抜くと、服部平次は抵抗することなく倒れこんだ。  赤黒い血液が飛び散り、私の八百ドルもするズボンに数滴付着した。  腹に一突き。明らかに命を奪える一撃。適切な処置を施したところで、もはやどうにかなる限界を越えている。  ひとまずホワイトスネイクを解除する。  無論、ジョセフ・ジョースターの周辺に溶解能力は行使したままで。 「ぐああ……ッ」  不意に意識が飛びそうになるが、どうにか繋ぎとめる。  あの時以来、ずっと激しいめまいに襲われ続けていて、呼気を整えることすらままならない。  自分でもよく分からない、何なのだ? 何か……いったい何なのだ、このひどい体調は……?  私の体の中で、何かが暴走している…………  コントロールできない。私の意思を無視している……何かの『力』。 『信頼できる友が発する14の言葉に知性を示して……『友』はわたしを信頼し、わたしは『友』になる』  フラッシュバックしてくるのは、空条承太郎の記憶のにあった『DIOのメモ』。  つまり……こういうことなのか、DIO?  感じ取れる私以外の『力』というのは、つまるところ……そういうことなんだな?  この『力』に必要なのは、やはり君の記していた『時』と『場所』!  北緯二十八度二十四分、西経八十度三十六分。  天国は、やはりその場所にあるのか……!?  その場所は、『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』。  時は『新月』、あと『三十四時間後』ッ! 「ガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」  唐突に響く獣の咆哮。これはライオン……いや、虎のものか?  正確には、BADANに忠義を尽くさんとする虎の怪人であろう。  かなり離れた場所だというのは分かるが……まあ、もはや私には関係ない。  虎を模したと思われる怪人の物であろう咆哮が、こんな場所にまで響き渡っている現状。侵入者により秩序が乱されている今こそが好機。  UFOの操縦方法を知る研究者を連れて来る。  伊藤博士であるのが最良だが、別に操縦さえ出来れば誰でもかまわない。  首輪を解除したことが騒動になる前に、このサザンクロスとやらから脱出させてもらうとしよう。  そして、向かうべきは『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』。  BADANの技術力なら、三十四時間あれば十分に間に合うであろう。  ジョセフ・ジョースターは…………  いまジョセフ・ジョースターに見せている幻覚には、『矛盾』などない。  仮に私が幻覚を使わずに戦っていた場合の――『if』の幻覚である。  虚構の映像に踊らされているなどと、気付く要素は存在しない。  かつて始末したスタンド使いの女囚のように、骨になるまで極力触れないように放置しておけばいい。  さて、自室にいるはずの伊藤博士の元へ向かうとするか。  ……む? なんだ、この音は?  気のせいか――いや、確かに聞こえている。未だ音は継続している。  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ  侵入者と怪人の戦闘の衝撃によって、響き渡る地鳴り……否。  侵入者が突入してきた時よりも音は小さいが、この身にヒシヒシと伝わるような感覚。  まさか地鳴りによりもたらされたとは、思えない。  この耳をろうするのはいったい……心臓音か?  右手首を左人差し指で押さえる――どうやらそれもある。  かなり心拍数が上昇しているが、これは得体の知れぬ音に対する身体の反応だ。  始まりから響き続けている音とは別。  方向は……『背後』ッ!  ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド  奇妙な音がより大きくなる――すなわち音源が接近している。  いや、耳以外からも感じ取れる。低音に身体が揺らぐ感覚とは別物。これは音ではない。  全身から汗が噴き出すような感覚。そうだ、これは――――『凄み』ッ!  まさか……その思いを押さえ込みつつ、首を思いっきり背後に回す。  瞳に映るのは一人の男。既に男は、僅か一メートル程度の距離まで迫っていた。 「ジョセフ・ジョースター……ッ!」  驚愕から、勝手に口から言葉が漏れた。  そう、ありえないことに……その男は、幻覚にかけたはずのジョセフ・ジョースターであった。  どうにか状況を認識しようとしている私の眼前に、スタンド『クレイジー・ダイヤモンド』が出現。  まずい。クレイジー・ダイヤモンドは、先ほどジョセフ・ジョースターが操っていたスタンド。  対抗するために、ホワイトスネイクを発現させる――間に合わない。  後ろに跳躍して距離を取る――跳ぶこと自体は成功した。 「グァぁぁ……」  しかし、射程外に出るより早く、クレイジー・ダイヤモンドの拳が鳩尾に叩き込まれた。  咄嗟に距離を取ったことが吉となり、まともに食らうことはなかった。 「――が、がぁぁああぁああああああああああ!!」  それでも、衝撃は大。  アッパー気味に放たれたクレイジー・ダイヤモンドの拳は、私を軽々と上空まで投げ出した。  巨大なUFOを収納するためにかは知らないが、かなり高く設計されている天井に感謝する。  少しずつ上昇が収まっていき、状況を判断するだけの余裕が出来た。いや、何とかして余裕を作り上げた。  頭は働くし、四肢は動く、さらに視界もはっきりとしている。  ただ、胸骨の軋む音が聞こえる。幾らか折れているかもしれない。  この程度のダメージで済んでいるのは、まともに受けなかったからであり、何も行動せずに殴られていたならば――考えるまでもない。  それにしても、何故ジョセフ・ジョースターが自由に動いているのか。  幻覚に矛盾があったとは思えないが……  空中で強引に身体を捻って、ジョセフ・ジョースターの方へと首を動かす。  幻覚を見破ったため、ドロドロに溶かす能力も解除されたらしく、身体は幻覚を見せる前と変化していない。  それは別にかまわない。幻覚から抜け出した時点で分かっていたことだ。  気になるのは、どうやって幻覚から脱出したか。その方法だが………………  ――なるほど、そういうことか。  ジョセフ・ジョースターの額からは、埋め込まれたDISCが少し顔を出していた。『三枚』のDISCが。  少し飛び出している三枚のDISC、そのうち一つは他のものよりも前に出ている。  ジョセフ・ジョースターは右手で思いっきりDISCを押し込むと、怒りに燃えた瞳で私を見据えた。  理解したぞ。  服部平次の狙いは『私にDISCを挿入する』ことではなく、『ジョセフ・ジョースターにDISCを挿入すること』であったのだ。  私が回避するのを承知で、背後にいたジョセフ・ジョースター目掛けてDISCを投げつけたのだろう。  ジョセフ・ジョースターに見せていた幻覚には見破られるほどの矛盾はなかったが、唐突にDISCを押し込まれたならば……  流れ込むのは、服部平次が無理矢理に押し込んだために付着したと思われる記憶。そしてDISCを挿入する際の言葉に出来ないほどの不快感。  それ等はジョセフ・ジョースターに見せていた幻覚内では本来起こりえないことであり、幻覚から解放されるのに十分な要素となっただろう。  身体への衝撃など、空条承太郎の記憶を見たジョセフ・ジョースターのことだ。  戦闘前から用意しておいたのであろう。  幻覚が解除されたのも頷ける。  クレイジー・ダイヤモンドの一撃を受けたことによる上昇に、やっと終止符が打たれる。  身体にかかっていた上方への力がゼロとなり、身体が空中で静止。  重力が喪失してしまったかのような感覚。  まるで体重が消え失せたような心地だが、それはあくまで一瞬のこと。  上昇に伴って得た位置エネルギーが、少しずつ運動エネルギーに転じ――自由落下。  重力加速度にしたがって、少しずつ加速していく落下速度。  数刻前までゼロであった身に降りかかるエネルギーが、少しずつ上昇していく。  本当に少しずつ、皆無であった身に降りかかるエネルギーが少しずつ、体感する『重力』が少しずつ――  少しずつ増してゆく、『重力』が『ゼロ』から少しずつ、少しずつ増してゆく、『重力』が『ゼロ』から少しずつ――  少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ――、少しずつ―― ■  クレイジー・ダイヤモンドの拳をプッチに叩き付けたジョセフ、倒れる服部に視線を向けて怪我の度合いを確認する。  水溜りの如く溢れた服部の血液が、手遅れだということを主張する。  波紋による修行や、柱の男達との戦闘を繰り広げてきたジョセフには分かる。  服部の傷は致命傷で、あの出血では既に死んでいると考えるのが妥当。生きているワケがない。  つまり――――もはやクレイジー・ダイヤモンドの拳を叩きこんでも、身体が治るだけ。死んでしまった精神は戻ってこない。  ジョセフは、服部が投げたDISCに付着した服部の記憶を閲覧していた。  ゆえに、ジョセフは現実から逃げることをせず、己の不手際を受け入れる。  自分がもしも幻覚なんかに嵌っていなければ――そんな思いが、ジョセフの中で増殖していく。 「う……おおおおおおおおおおおおおーーーッ!!」  喉が引き裂けないかと思うばかりの絶叫。  一しきり怒鳴り続けたジョセフは、服部の方ではなくプッチが落下するであろう場所に体を向ける。  悲しむのも、謝るのも、反省するのも、死を悼むのも、後で出来る。  優先するべきは――孫を狙い、服部を殺したプッチの殺害。  自らを責めるのを後にして先にプッチを仕留めるために、ジョセフは服部に背を向けた。  プッチの回避行動によって、クレイジー・ダイヤモンドの拳はやや入りが甘かった。  あの程度ではプッチは死んでいないと、ジョセフは判断。  落下したプッチが体勢を立て直すより早く近づき、体内に炎を流し込むべくクレイジー・ダイヤモンドを解除してマジシャンズ・レッドを発現させる。  一瞬空中で静止した後、ゆっくりと速度を増しながら落下してくるプッチ。  あのままならば、無造作に積まれたボックスに突っ込むだろう。  ジョセフが、プッチよりも早く落下点に辿り着こうと駆ける。  ――その時、奇妙なことが起こった。  プッチが、空中で移動したのである。  背中からボックスに叩きつけられるはずが、壁に向かって真横に平行移動したのだ。  ホワイトスネイクにはそんな能力もあったのか――と、ジョセフは対抗策を考える。  しかし、すぐにジョセフからはそんな余裕が消失することになる。 「……何?」  疑問の声は、真横に移動し始めたジョセフのもの。  プッチの空中移動に驚いていたジョセフの身体は、プッチが飛んでいった方とまったく反対の方向へと勝手に動き出した。  少しずつ加速していくジョセフの身体。  いま身に降りかかっているのと告示した状況を、ジョセフは知っていた。 「これは、ンなわけねえと思いてェが……『落ちて』いるッ!? 『下』が『床』じゃあなく、『壁』になっているッ!」  何を言っているのかは、言葉を漏らしたジョセフにもあまり理解できていない。  しかし、加速のスピードに、背筋の凍る浮遊感。  さらには、器具に固定されたUFOを除く周囲の全ての物体が、真横の壁の方へとスライドしている現状。  それは、まさしくジョセフが知る『落下』のそれと似通っていた。  ジョセフは混乱する頭を何とか落ち着かせ、マジシャンズ・レッドを解除してクレイジー・ダイヤモンドを発現。  クレイジー・ダイヤモンドの左手で床に掴まって、身体を固定させる。  呼気を整えつつ、このSF小説じみた事態をどうにかしようと、ジョセフは脳を回転させる。 「北緯28度24分西経80度36分……すなわち『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』……」  ジョセフが状況を理解するより早く、声がかけられた。  この声にジョセフは聞き覚えがあった――さっき殴り飛ばしたプッチのもの。 「地球の重力が一定でないというのは……空条承太郎の記憶を見たのだから、知っているな?  よく勘違いされるが、重力と引力は別物だ。引力と地球の自転で生じる遠心力、その二つの合力を重力という。  また重力の強弱は、緯度や標高によっても変化する。  ケープ・カナベラルは限りなく赤道に近く、海抜が高い。つまり重力が弱い。新月の時になれば、なおさらだ。  そんな地上で最も重力が弱い場所――ケープ・カナベラルにて、最も重力が弱くなる時――新月の時を待つ。  おそらくDIOが望んだのは、『地球上で最も弱い重力』であったのだ。『天国』には、それが必要だったのだッ!」  足音を響かせながら、少しずつプッチの声がジョセフに接近してくる。  この異常な状況下にもかかわらず、何でもないかのようにごく普通に二本の足で歩きながら。  もしもプッチがこの異常な状況を作り出した本人であるとしたら――この惨状を生み出したスタンド使いであるのならば、あっさりと説明はつく。  しかし今のジョセフにとっては、そんなことは二の次であった。 「『北緯28度24分西経80度36分』に『新月』……そして『天国』だと………………」  ジョセフの興味を惹いたのは、プッチから告げられた三つの言葉。 「空条承太郎の記憶を見たお前には分かるだろう。私が求めるものが、私の立場が」 「……納得したぜ。『彼は人の法よりも神の法を尊ぶ』ってのは、そういうことかよ。  エンリコ・プッチ……俺はテメェをただのDIOの部下かと思ったが、そうじゃあなかった! テメェは…………DIOの友人ッ!」  かつて、承太郎が封印した天国の行き方に関するDIOのメモ。  承太郎の記憶を何もかも見たジョセフは、もちろんその記憶も目撃している。  ゆえに、ジョセフは気付いた。  プッチがDIOの友人であり、かつてDIOが目指した天国への到達を志しているのだということに。 「いや……しかし、ジョセフ・ジョースター。お前が殴ってくれたからだった。  お前が殴ったから、私は限りなく『地球上で最も弱い重力』に近い重力を体験出来たのだ……  私を天国へと押し上げてくれるのは、他でもないお前――ジョースターの血統だった……!」  ここまでプッチが言い終えた途端、プッチがクレイジー・ダイヤモンドが掴んでいる床へと降り立った。  プッチが少しずつジョセフへと歩みを進め、ジョセフとの距離が数メートルとなる。  突如、ジョセフの周囲の引力が通常に戻った。 (プッチの近くまで来れば、重力が戻んのか!?)  今こそが好機と判断し、一気に体勢を立て直すジョセフ。  その視界に入るのは、プッチとホワイトスネイク――ではなかった。  プッチの傍らに立つのは、明らかにスタンド。  しかし、どこかホワイトスネイクの面影はあるものの、ホワイトスネイクではなかった。  体格はホワイトスネイクと変わらない。  しかし肌の色は白と黒ではなく、水藻のような濃い緑色。  また、顔面から後頭部、両の肩から背中の半ば、腰の周りを覆う産毛。これまたダークグリーン。  頭頂部、胸部、そして腰部には、横縞模様が描かれ、さらにACTGの四種のアルファベットが浮かんでいる。  そして全身に矢印の形をした装飾が施され、とくに両腕からは矢印じみた突起が伸びる。  その突起は一定の方向でなく、あらゆる方向を指していた。 「『言は初めに神とともに在り、全ての者はこれによってできた』――ヨハネによる福音書、第一章二-三節。  だから、私も得た力に名を付ける。  新月――『new moon』、あるいは『crescent moon』。そうだな……『C-MOON』と名付けよう」  プッチの言葉に呼応するように、緑色のスタンド――C-MOONがジョセフに拳を繰り出す。  しかし、既に体勢を立て直したジョセフ。  クレイジー・ダイヤモンドの裏拳でにC-MOONの前腕を叩き、軌道を逸らす。  その隙に、ジョセフ自身がプッチに飛び掛る。  頭部目掛けて放たれたジョセフの拳を、しゃがむことで回避するプッチ。  しかし、空中で体勢を立て直してもう一度攻撃を放つくらいは、ジョセフには朝飯前。  本体同士のぶつかり合いならば、波紋使いであるジョセフに敗北の要素はない――が。 「何ィィイイイイイーーーーッ!?」  飛び掛ったジョセフはプッチの頭上を越え、さらに上まで浮かび上がってしまう。  当然、ジョセフの二撃目は、見当違いの空気を殴るに終わる。  本体が離れていくため、射程距離の短いクレイジー・ダイヤモンドも宙に浮かんでジョセフを追う。  平静を失うジョセフに、プッチは冷静に告げる。 「私の肉体が『基本』だ。重力の向きは、『私から放射状に』変化する。  私の頭上に行けば重力は上向きとなり、そして私に近づけば近づくほど重力は増す」  言い終えると同時に、C-MOONが宙に浮かぶジョセフの方へと歩みだす。  ジョセフ自身は身動きが取れないが、クレイジー・ダイヤモンドは空中でも攻撃可能。  クレイジー・ダイヤモンドが数度拳を振りぬくが、浮遊している状態では攻撃が出来るのは一方向。  絶対にクレイジー・ダイヤモンドの腕が届かない方向へと、C-MOONはジョセフへと腕を伸ばす。  退避のしようもないジョセフに、C-MOONの拳が放たれる。  かなりの速度で急迫するC-MOONの拳を、ジョセフは咄嗟に左の前腕で受ける。 「う……ああああああああああ、う、腕が! 『裏返る』ッ!!」  C-MOONと接触するやいなや、ジョセフの左腕がめぎゃりという音を立てて変形する。  まず皮が裂けて血が噴き出し、次に肉が裂けた皮の上に出現したのである。  焼けるような痛みが、ジョセフに襲い掛かる。  継続する痛みにジョセフの表情が崩れ、顔面からはおびただしいほどの脂汗が噴き出す。  このままでは戦闘不能は必至。  どうにかしようと考えるジョセフ、しかし考える暇は与えられなかった。 『ウシャアアアアアア!』  奇声を上げながら、C-MOONがジョセフに拳の乱打(ラッシュ)を叩き込む。 「ガあああああああああああああ」  数秒に渡ってC-MOONの拳を、ひたすら腹部一点に浴び続けたジョセフ。  苦悶に満ちた悲鳴を吐きながら、全身から血を噴き出して彼方へと吹っ飛んでいく。  プッチより放たれる重力に抵抗することもなく、格納庫の隅に追いやられたボックスやバイクのまとまりの頂上に辿り着き、そして微動だにしないジョセフ。  それを確認したプッチは、ジョセフに背を向ける。 「拳が痺れる感覚、これが『波紋』か。……最期の抵抗にしては、実になまっちょろいな」  ジョセフはC-MOONの攻撃が迫る直前に、波紋のエネルギーを全身に漲らせた。  それがC-MOONの両拳を介して、プッチへと伝わったのである。  ……しかしプッチに及んだ波紋は、あまりに微量であった。  直接波紋を叩き込むなり、数秒間波紋を流し続けるなりすれば、プッチに深刻なダメージを与えたであろうが……  スタンドからフィードバックした波紋。それもC-MOONはジョセフを何度も殴ったとはいえ、一打につき一瞬しか触れていない。  その程度の波紋では、少し痺れる感覚をプッチに与えるだけであった。  身体に異変など生じるわけもなく、プッチは歩みだした。その足取りに波紋の影響は、微塵もない。 「あとは能力の完成のときを待つだけだ。こんな微弱な程度の能力ではない……『完成の能力』を」  プッチは理解していた。  C-MOONは未完のスタンドに過ぎないと。  『完成の能力』……全ての人間を『幸福』へと到達させる能力には、『北緯28度24分西経80度36分』にて『新月』の時の『重力』が必要だと。  クレイジー・ダイヤモンドに殴られた時は、それに酷似した重力下にあったので、C-MOONに覚醒したが……  真の能力には、やはりDIOの記した地点と時が必要だと。  だからこそプッチが目指すのは、依然変わることなく『ケープ・カナベラル・ケネディ・宇宙センター』であり、『新月』の時。  ゆえに、UFOを操縦できる技術者を求めて、プッチは格納庫から出て行った。  乱暴に閉められた扉の中――格納庫内には、プッチの移動に伴う重力変化に逆らって動くものはもういなかった。  邪魔者は全て始末した。『天国』への障害など、今となっては存在しない。  そう思うと、プッチには自身の口角が吊り上っていくのを止めることが出来るはずがなかった。 [[第二部>ファントムブラッドライン]] ----

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