美徳の不幸 ◆TJ9qoWuqvA



 ガタンゴトンと揺れる電車の中、彼女たちは不快なアナウンスを聞く。
 入ってくる情報は死者と禁止エリア。初めて聞く『禁止エリア』の話にみゆきが身体を強張らせている。
 無理もない。自分の命を、この首にかかる冷たい感触が握っているのだ。主催者の気まぐれだけでなく、侵入するエリアも慎重に選ばなければならない。
 ため息を吐いて、灰原は未だに眠りこける桂を見る。
 成人男性を明らかに非力なみゆきと、腕力も見た目も子供並みに落ちている自分ではここまで運ぶのに苦労した。
 途中で見つけた台車に乗せ、二人で押してここまで運んだのである。
 疲労に満ちた身体で、放送の事を考える。
 みゆきの知り合いは呼ばれなかったらしい。かがみも無事だ。それは喜ばしい。
 だが、灰原の知る人物が一人告げられていた。毛利小五郎。
(工藤くん、だいぶショックを受けるでしょうね)
 味方が一人減ってしまった。もっともそれ以外の感情も混ざっているが、敢えて灰原はそれらを押し殺した。
 彼女とて冷血ではない。だが、かがみを置き去りにしたことによってみゆきは明らかに気落ちしている。
 自分がしっかりしなければならない。だから、毛利小五郎の死は一旦置いておく。
「灰原さん、毛利さんって人……」
「その事を話すのは後。気をしっかり持ちなさい」
「……あの、かがみさんとはボーリング場で合流する手はずなんですが、できれば次の駅で降りて、迎えに行きませんか?」
「……放送で、アーカードは呼ばれなかった。あの付近にうろついている可能性があるわ。それに、この殺し合いに乗った人間が近くにいるかもしれない。
大人しく、ボーリング場に向かうのが安全だわ」
 沈黙が場を支配する。灰原とて冷血漢ではない。置き去りにした彼女に対して、みゆきは罪悪感を抱いているのだ。
 だからといって、黙って行かせるわけにはいかない。ここは、落ち着かせる時だ。
 数分の沈黙を過ぎて、みゆきが重い口を開く。
「はい」
「それにしてもいい加減起きないかしら」
「……あなたには……夫というものが……ムニャ、俺といると……」
「どんな夢を見ているのよ。不倫?」
 いびきをかいて眠り続ける桂の寝言に、みゆきが僅かに笑顔を取り戻す。重い空気が吹き飛んでいくのを自覚していく。
 そのことに感謝して、椅子に座る。灰原の頬にも、笑みが浮かんでいたことには彼女自身気づいてなかった。
「灰原さん、どこか落ち着ける場所に着いたら、少し休憩を取りませんか?」
「いきなりどうしたの?」
「いえ、恥ずかしい話ですけど、ここに来て食事を取る暇が無かったので……」
「ああ、そうね。どこか休むところ見つけて、食事を取りましょう」
「できれば料理したいですね。こちらのデイバックに入っている食事じゃ力もでないでしょうし」
「料理できる……って感じよね。見た目的に」
「いえ、料理はつかささんが美味しくできます。私は母がよく家事を忘れてしまうので、代わりに行っていることが多いです」
「……家事を忘れるってどういう状況よ」
 談笑を続け、駅に着くのを待つ。会話は僅かばかりとはいえ、二人に活力を取り戻させていった。
 やがてもう一台の電車がすれ違う。その中に人がいた気がするが、疲労に満ちている彼女たちは気づかなかった。
 そして、その疲労は、灰原にみゆきの異変に気づかせる余裕を失わせる。
 窓を見つめる彼女の瞳には、決意が宿っていた。

 駅に着き、電車のドアが開く。灰原は、ドアが閉まるのを待った。
 だが、隣のみゆきが駆け出し、外に出る。
「あなたッ!」
「ごめんなさい、灰原さん。やはり、友達を置いて逃げるわけには行きません。
安心してください。迎えに行くのは、私だけですから。桂さんと一緒にボーリング場で待っていてください」
「そういうわけにもいかないでしょう!」
 灰原はいきなりのみゆきの行動に驚き、つい台車を押して駅に降り立ち、みゆきの腕を掴む。そして、すぐ異変に気づいた。
 駅は地下鉄であるという事を差し引いても、暗すぎる。
 ランタンをつけ、確認すると照明が全て砕かれている。
 不安がよぎる。アーカードとは別の、吸血鬼。有名な伝承だが、かの化け物たちは太陽の光に弱い。
 悪寒が背筋を走り、振り返るが電車は通り過ぎていく。
「灰原さん?」
「……迂闊だったわ。みゆき、早くここから逃げるわよ。敵が潜伏している可能性が高いわ」
 驚きと自分たちを巻き込んだ罪悪感に包まれたような表情で強張る彼女と共に、台車を押していく。自然、足取りは速くなる。
 一刻も早くここを出なくては。二人はその思いで支配されていた。
 地上へと繋がる階段が見つかった。灰原はみゆきと顔をあわせ、頷く。
 再び階段へ視線を向けなおしたとき、そこにはいつの間にか現れたのか、一人の白人がいた。
 階段の中ごろに男は怪しく佇んでいる。
 灰原の心の中心に忍び込む、凍りつくような視線。
 黄金色の頭髪。透き通るような白い肌は、男なのに人を惹きつける怪しい色気があった。
 額につけたハート型のアクセサリーでランタンの光を反射して、灰原が警戒する吸血鬼の一人、DIOがそこにいた。


 DIOはこの駅に降り立つ少女を見つめる。才人の時ような無様な姿をさらすわけにはいかない。
 しかし、降り立ったのは少女と、十を越えない幼子と、寝ている男。問題はないだろう。
 右腕を振り、具合を確かめる。見知らぬ男の血はDIOの力となり、左足と右腕には引きつるような感覚があるが、問題ない程度まで回復している。
 『ザ・ワールド』の本来の力、『時を支配する』能力も一、二回程度なら使えるだろう。
 帝王に負ける要素はない。階段を下りながら、ふと思う。
 動けぬ昼の間、三人のうち誰かを僕として取り入れればいいのではないかと。
 もちろん、残り二人は自分の食料だ。できれば、戦闘能力を持つものがいい。
 男が戦闘能力を持つなら、誘う。そうでなければ、三人を食料にすればいい。
 そう考え、帝王は姿を見せたのだった。


「君たちの中に、普通の人間には無い能力や、強力な支給品を持っているのなら……」
 艶かしい唇に、舌を這わせて質問が静かに響く。
 灰原にはDIOの口元がアップになった錯覚に陥った。
「ひとつ……それを私に見せてくれると嬉しいのだが」
 DIOが言い終わった瞬間、灰原は台車を蹴って、みゆきを突き飛ばす。
 みゆきより預かったイングラムM10を両手で構え、銃弾をばら撒いた。
 火薬の爆ぜる音が連続で響き、台車が壁にぶつかってあげる轟音と重なる。
 身体がバラバラになりそうな衝撃を感じ、関節に痛みを感じる。
 引き金を引くのを一旦止め、粉塵がDIOの姿を隠しているのを確認して、逆方向の階段へ向けて駆ける。
 予想通り、DIOはこちらを追いかけてきた。階段とは遠い場所に桂とみゆきを突き飛ばした甲斐がある。
 早めに地上に辿り着く方を始末する為に動く。灰原はそう予測していた。腕時計を見つめ、針を一本補充しているのを確認する。
 跳んでいたDIOが目の前で背を向けながら着地する。身体に傷をつけるどころか、服に穴を開けることも叶わなかったようだ。
「フフ……十にも満たない幼子が、このDIOにしっかりとした手つきで銃を向けるとは。
しかも、仲間を私と引き離す為にか。いいだろう。その『決意』、乗ってやろう」
 DIOはクルリと踵を返して、こちらを見下す。身長差の為に仕方ないが、おそらく精神的な意味でもこちらを見下しているだろう。
 歯噛みして、銃を痛いほど握り締める。マガジンは空だ。装填しなおす暇は無いだろう。
 時計の麻酔針を使うには、少し距離が開いている。せめて後二、三メートル近くに着地してくれていれば。
 そう考えていると、身体が浮き上がり、壁に叩きつけられた。何が起こったか、速すぎて見当もつかない。
 骨の折れる鈍い音が脚から響く。確認するまでもない。折れているのは痛みで分かる。
「だが、君の年上の友人は、『決意』を無視したらしい。もっとも、このDIOを目の前にとった行動としては、賢いと褒められるがね。
なにせ、君たちが逃げ切るという『結果』は訪れることはないのだから。
ここで仲良く全滅した方が楽でいいだろう。最も、この帝王が楽でいいという意味だがね」
 その発言に驚いて、灰原が振り返ると、駆け寄ってくるみゆきの姿が眼に入った。
 恐怖を貼り付けた表情。顔色は蒼白だが、眼鏡の奥の瞳だけはしっかり自分を見つめていた。
「何の為に突き飛ばしたと思っているのよ!」
「私たちを逃がす為ですよね? 分かります。台車を蹴飛ばして、桂さんを強引に起こして、私と一緒に逃がす為に囮になった」
「そこまで分かっているなら……」
「イヤです! それでは、かがみさんを置き去りにしたときと一緒じゃありませんか!?
私は逃げません! 友達を一人にして!!」
「みゆき……」
 彼女の身体は震えている。無理もない。黒の組織に身をおき、多くの殺人事件に遭遇した自分でもこの状況に恐怖している。
 実力の十分の一、威圧感すらもおそらくは十分の一も出していないだろう、DIOに。
 今まで一女子高校生として過ごしていた彼女が死を間近に感じて、パニックに陥らないだけも驚きだ。
 もちろん、勇敢な言葉とは裏腹に、恐怖に脅えて、今にも逃げ出したいに違いない。
 その証拠に、先ほどの言葉は裏返っていた。そして、DIOが身体を僅かに動かすだけで、悲鳴を短く漏らし、自分を掴んで後ろに下がっている。
 自分の肩に触れるみゆきの手に、右手を重ねようとして、初めて灰原は自分も震えていることに気がついた。
「君たち、人間は何の為に生きるか考えたことがあるかね?」
 ベンチに腰をかけながら、DIOが奇妙な質問をしてくる。返さずに睨んでいると、微笑みながら言葉を続けた。
「『人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる』
名声を手に入れたり、人を支配したり、金儲けをするのも安心する為だ。
結婚したり、友人を作ったりするのも安心する為だ。
人の為に役立つだとか、愛と平和の為にだとか、全て自分を安心させる為だ。
安心を求めることこそ、人間の目的だ」
「それじゃ、あなたが私たちに安心を与えてくれるっていうのかしら?」
「フフ……話が早い。そういうことだ。
このDIOが君たちに安心を与えてやろう。『食料』として、その美しく勇敢な血を、この私の糧としよう!
快楽と共に、永遠の安心を与えてやろう!!」
「話にもならんな」
 低い男の声が駅に響き、灰原の横を駆け抜け、銀の刃を走らせた。
 ベンチを切り裂いて、細切れにしたが、DIOはいつの間にか数メートルの間合いをとっていた。
「ヅラさん!!」
 みゆきの安堵を含んだ声が、白い着物を羽織った、肩に届く黒い長髪を流した男の背中にかかる。
 同時に、自分も安心していくのを自覚した。
(皆、人の決意を無視するんだから)
 ようやく目を覚ました男はこちらに振り返り、告げた。
「ヅラじゃない、桂だ。それに『ヅラさん』だと『グラサン』と発音が被る。やめてくれ」


 目を覚ました桂は、ズキズキと痛む頭を無視して周りの状況を把握する。
 かがみの姿が見えないのは後で聞くとして、目の前の男は確か危険人物だったと聞く。
 灰原たちの姿を見るに、この『殺し合い』に乗ったのだろう。
 そのことに怒りを覚える。灰原はその冷静な思考力を置いておけば、十にも満たない幼子に過ぎない。
 そして、みゆきは見た目にしろ、性格にしろこんな血生臭い荒事とは無縁な少女。
 無力な二人をいたぶる者。目の前の男は『敵』だ。しかも、ただの敵ではない。
(この男、俺が剣を振るったと思ったら既にあの位置に移動していた。
大体五メートルといったところか。その距離を一瞬で移動した。
何をされたか分からん。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃないだろうが……)
 おそらくは、自分を圧倒したジャギよりも格が一つも二つも上だろう。
 いや、それ以上だと考えるのが妥当か。頼りになるのは手に握る三つの顔を持つライドルと、攘夷戦争を潜り抜けた己の身体のみ。
 それらを駆使して、三人で逃げ出さねばならない。桂の額から、汗がツツッと流れる。
 対して、敵は余裕を持って、こちらがどう動くのか、興味深く観察している。
「どうした? こないのか?」
「なに、どの程度の奴か見ていただけさッ!」
 言い終えると同時に、ライドルの柄のボタンを押して、刃を鋼鉄のロープに変えてDIOを拘束する。
 引き千切られる前に、歯を食いしばりながら、腰を捻って腕を振る。
「ふんぬぅぅぅぅ!!」
 DIOを先端に、ロープの先が売店に突っ込む。粉塵に包まれた崩れた店に、ライドルスティックを長く伸ばして、棒高跳びの要領で地面に先端をぶつける。
 棒がしなる反動で桂は跳び上がって、ボタンを押してライドルホイップに変形させる。
 晴れてきた粉塵の先に見えた影を上段から斜めに斬りつける。DIOの血が飛び散り、僅かに頬にかかる。
 手ごたえから傷が浅いことに気づき、飛び退いて間合いを開けるが、反撃が無い。
 その事を訝しげに思っていると、ゆっくりとDIOが粉塵からその姿を見せた。切り裂いた箇所は左頬らしく、斜めに傷が走っている。
 だが、その傷も薄くなっていき、やがて完全に消える。人外の再生能力を前に、桂は厄介だと思いながらライドルを構える。
「シルバーチャリオッツほどとは言わんが、なかなかの剣技だ。波紋もスタンドなしでこの私に傷をつけるとは」
「スタンドだかスタントマンだか知らんが、俺はこの剣術で一人の天パーと多くの仲間と一緒に戦場を駆け抜けてきた。
そして、今俺の後ろには戦場にいてはいけない少女達がいる。なら、俺がとる道は一つ」
「その変幻自在の剣を持って、私を倒すということか。愚かだな。なら特別に君に見せてやろう。
私のスタンド、『ザ・ワールド』をッ!」
 DIOの身体から分離するように、一人のたくましい戦士が現れた。
 三角柱の兜を鼻までかぶり、厚い唇の下、顎にはDIOのアクセサリーと同じくハート型の飾りがついている。
 両肩に大蛇を這わせたようなパイプがあり、屈強な印象を強めていた。

 威圧感が強まり、ヘビに睨まれたカエルのような気分になる。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!」

 DIOに一瞬で距離を詰められ、桂はライドルスティックで受け止める。だが拳の数は無数。
 防ぎきれない。やがて、一発が腹に突き刺さり、桂は壁まで吹き飛んだ。
 身体中に軋むような痛みに呻き、それでも敵を睨んで立ち上がる。
「なかなか頑丈だな。その点も気に入った」
「お前に気に入られても嬉しくは無い」
「そうつれない事を言うなよ。桂、キサマは私に負けてしまうのはコーラを飲んでゲップが出るくらい確実なことだ。
そこで一つチャンスを与えたい。その少女を捧げ、部下になる事を誓うなら、キサマだけは助けてやろう。どうだ?」
 答えは決まっている。DIOもその事を予測していただろう。
 だが、やけに自信満々だ。何かがおかしいが、攻めなければ勝機もつかめない。
 今度はこちらが無数の突きを放つ。一手一手が正確に急所を狙った突きだが、『ザ・ワールド』と呼ばれたスタンドという戦士がこちらの突きを防ぐ。
 『ザ・ワールド』の防ぎ方に桂は戦慄する。剣先を摘んで止めているのだ。スピードもパワーも並ではない。
 決して、『ザ・ワールド』より先に剣先が通らない。絶望が桂の心に沁み込んでくる。
「なかなかの正確さと力と速さを持つだろう? これが私の『ザ・ワールド』の能力の一部。更にッ!」
 桂の胸元が掴まれ、先ほど崩した売店に投げ飛ばされた。
「『ザ・ワールド』の本来の力は、これと比べ物にもならん。キサマは本気を出していない、私にすら敵わないのだよ」
「桂さんッ!」
 みゆきがヅラと呼ぶ事を忘れて叫んでいる。再び上がる粉塵に咳き込みながら、震える足に活を入れて立ち上がる。
 目の前のDIOはほぼ無傷。勝てない。そう思ったとき、ケツの穴にツララを突っ込まれた気分になった。
「先ほどとは違って不安になっているな? 桂。
私に仕えれば、その不安は消えて、他の全ての安心を手に入れることができる。
今のお前のように死を覚悟してまで、私に挑戦することの方が不安ではないかね?
お前はスタンド使いではないが、殺すには惜しい人間だ。矢があればたちまち優れたスタンド使いともなろう。
私に立ち向かうのをやめて、永遠に仕えないか?」
 桂の耳に、ゴゴゴと地響きが響くような低い音が聞こえた気がした。それほど、DIOは恐ろしい。
 天人など比べ物にならない。こいつは、正真正銘『化け物』だ。
 桂の心に、こいつに勝てなくてもしょうがないという考えが芽生える。
「……本当に、彼女たちを捧げれば命だけは助けてくれるのか?」
「ああ、約束しよう。ただし、しばらくは私の命令を聞いてもらうがね」
「桂さん……」
 みゆきの諦めたような声が聞こえる。灰原は、静かだ。
 桂は、粘りつくような口を無理矢理開いた。

「だが、断る」

 DIOがピクリと眉を動かす。表情は不快感を示していた。
「この桂小太郎が最も好きなことの一つは、キサマのような外道の頼みを断ることだ。
それにな、ここで彼女たちを売り渡して、自分だけ助かるようでは銀時に軽蔑されてしまう。
それだけは、避けねばならない」
「フン! ならばしょうがない。死ぬしかないようだな。桂」
「DIO、知っているか? 彼女たちの住む国は平和だそうだ」
「フム?」
「天人と地球人の隔たりも無い。侍や商人などの違いも無く、生まれで蔑まれることも無い。
多少の事件はあるそうだが、戦争も無い。俺のようなテロリストはいないそうだ。
そして、誰もが学校へ通い、家へ帰り、何事も無く一日が過ぎる。そんな日常が当たり前になっている。それは俺が目指している『理想の国』だ」
 桂は目をつぶって、彼女たちの話した国を想う。『日本』と呼ばれるその国は、桂が目指している国の姿。
 その世界から来た彼女たちを帰してやりたい。いや、帰さねばならない。
 なぜなら、自分は腐っても『侍』だからだ。
 腰を据えて、DIOを睨みつける。腹が冷えるような威圧を無視して、桂は心の熱さに突き動かされる。
 『理想』を胸に持つ桂は、退くことなど、恐怖することなど、もうありえなかった。
「私にとっても『理想の国』だな。もっとも、このDIOが支配することが条件だが」
 その言葉に対し、抵抗の意を示してライドルホイップを構える。目はひたすら敵を見据える。
 ガラッと瓦礫が音をたてて崩れた。それを合図に、桂は地面を蹴る。
「馬鹿の一つ覚えだよ! 桂ッ! まだモンキーの方が賢いぞッ!!」
「そうだな」
 ニヤリと微笑むこちらに、不可解な表情を浮かべている。
 こちらに歩もうとするDIOの背中を、銃弾が火薬が爆ぜる音と共に、貫く。
 灰原がみゆきの手を借りて、マシンガンを撃ったのだ。わざと誘いに乗るフリをして時間を稼いだ甲斐がある。
 DIOが戸惑っている。チャンスは一瞬。
「おぉぉぉぉッ!!」
 ライドルホイップがDIOの額を貫いた。だが、まだ終わりではない。
 桂が腕に力を込め、ライドルホイップを跳ね上げようとする。

「『ザ・ワールド』!!」


 停止した時の中で、DIOは後ろ向きに歩きながら、剣を抜いた。
 後ろを見ると、二人の少女が『希望』を持って銃を撃っている。気に入らない。
「マヌケが。知るがいい……この『ザ・ワールド』の真の能力こそ、『世界を支配する能力』だということを!
惜しかったなあ、桂。ほんの一瞬……後ほんのチョッピリ力を込めるだけでこの脳組織をかき回して破壊できたのにな。キサマはもういらんッ!」
 拳を三発、桂に叩き込み、踵を返して少女たちの前に歩む。
 銃を抜き取り、静かに告げた。
「一秒前……ゼロ」
 グッと拳を握り、世界が元に戻っていく感覚を感じる。
「ガッ!」
 桂が吹き飛んでいき、盛大な音をたてて瓦礫と共に崩れ落ちる。
 目の前の二人はこちらの持つ銃を絶望に満ちた瞳で見つめた。
「二度とあんな悪戯ができないように、こんな玩具はこうだ」
 グシャッという音をたて、銃がバラバラになって落ちる。
 見下すのは気持ちがいい。みゆきと呼ばれた少女は今にも卒倒しかねないほど顔が青い。
 灰原と呼ばれた幼子は睨みつけているが、恐怖を感じているのは明白だ。
 一歩近付くと、みゆきが俯く。
「ウ、ゲェェェェェッ!!」
 吐き出されたのは今日口に入れたものだろうか。興味は無い。
「ゲロを吐くくらい怖がらなくたっていいじゃないか。安心しろ……安心しろよ。みゆき」
「あなたにみゆきの名前を気安く呼んで欲しくは無いわ」
「これは気が強い。しかし、食料となる以外、今の君たちには道はあるかね?」
 尋ねると、灰原は黙った。満足気に笑みを浮かべると、動けぬ彼女に手をゆっくりと突き出す。
 じわじわと恐怖心を与えるためだ。事実、彼女は恐怖に顔を歪ませてこちらから逃げようとしている。
「あっ……」
 とうとう、耐え切れずみゆきは気を失った。灰原も辛うじて意識を繋ぎ止めているらしい。
 灰原の細い腕に、自らの爪が突き刺そうとする。
 だが、ロープが身体に巻きつき、宙に踊る。そのまま鉄柱に叩きつけられた。
「桂ッ!」
 身体を起こすと、左腕を折り、身体中に血を吹き出しながらも、こちらを睨みつける桂の姿が眼に入った。
 タフな奴だ。『ザ・ワールド』の拳を何発もくらっても立ち上がるとは。
 不快すぎて歯がギリッと鳴る。
 身体にロープが巻きつけられたまま迫る。桂にはもう反撃する力は残されていない。
 しかし、近付く間にも、桂はロープをDIOの身体に巻きつけ続ける。引き千切ろうとするが、仮面ライダーの持っていた鋼鉄のロープはビクともしない。
「まさかキサマッ!」
「このまま……ここにいて……もらうぞ。灰原、逃げ……ろ」
「桂ァッ!!」
 怒声をあげるこちらに、死を覚悟した目を向ける。DIOはあの目に見覚えがある。
 ジョナサンが最期に見せた瞳。死を覚悟した男の目。

「桂じゃない。侍だ」

 唯一自由な左手で殴りかかる。桂の身体を貫通せんと、音の壁を破り、迫らせた。
 だが、DIOはその拳を止める。
「こいつ……」
 桂は、右手のライドルロープを強く握り締めている。ちょっとやそっとじゃ放さないだろう。
 両脚はしっかり地面を踏みしめ、小揺るぎもしない。だが、瞳孔は開いていた。
「……死んでいる……!」
 攘夷志士の生き残り、銀時の盟友、桂小太郎は異世界の少女を守る為、自分の『理想の国』に住む彼女たちを帰す為、戦って散った。


 桂の死を目の前に、灰原は俯いて歯を食いしばった。
 何度も死体を見てきた彼女の心が痛む。姉を喪ったとき並の痛さだ。
 桂は馬鹿だが、ほとんど他人の自分たちを守るために死んだ。その行為に涙して、灰原は少しずつみゆきを引きずって、這いながら移動する。
 桂の遺志を無駄にするわけにはいかない。
 まだDIOは追ってこない。桂が最後に足止めしてくれたのだ。
 どれほど這いずっただろうか。階段の中ごろに辿り着き上を見上げた。
「惜しかったな。桂がもう一巻きしてれば、逃げることもできただろうに」
 後ろを向くと、DIOはこちらを見下ろしていた。間に合わなかった。せめて、脚が折れてさえいなければ。
(お姉ちゃん、桂、今逝くね。工藤くん、悔しいけど、後はあなたに任せたわ)
 灰原の咽に、DIOの腕がずぶりと音を立てて、侵入する。
 彼女の視界が黒に包まれ、二度と光に満ちることは無かった。


「ねえ、みゆきさん。ここ教えて」
「あんたまた楽する為に写そうと考えているでしょ」
「うっ、そんなことは……」
「そういえば調理実習でクッキーを作ったんだけど、今食べる?」
 いつのやり取りを、夕焼けを背にみゆきは微笑ましげに見つめていた。
 友達と帰り道を歩く、いつもの風景。やがて、曲がり角から赤いランドセルを背負った少女が現れる。
「あ、灰原さん。あの事件以来ですね。お久しぶりです」
「あら、みゆき。元気そうで何よりだわ」
「凄い偉そうな小学生。クールロリ、これは新たな萌えポイントかね」
 下手したら自身も小学生に見えかねない、こなたが呟く。
 やがて、パトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎる。
「カーツラぁぁ――!!」
 大声を出し、パトカーを箱乗りにして警官が通り過ぎる。最近の警察官は過激だなぁと考えていると、その警官が一人駆け寄ってきた。
「ちょいとお嬢さんたち、一つ聞きたいのですが、この写真の男に見覚えはありませんかぃ」
「いえ、知らないです」
 かがみがしれっと答える。やがて、男は部下と思わしき男に沖田警部と呼びかけられ、その場を離れていった。
 気配が完全に遠のいたのを確認して、みゆきとかがみ、灰原は一点に視線を集中する。
「いったわよ。ヅラさん」
 カサカサと木の葉を揺らし、男が頭を逆さに出した。
「かたじけない。だが、ヅラではなく桂だ。それに『ヅラさん』は『グラサン』と発音が被るからやめてくれといったはずだが」
「いったい何やったのよ?」
「お姉ちゃん達の知り合い?」
「あの時つかさも巻き込まれたでしょう? その時に私を助けてくれた人」
「へえ、恩人さんなんだ」
「つまり、かがみのデレの恩恵を受け取る人ということですな」
「あ、あんた何を言ってんのよ!」
「? 何の事だかさっぱり分からん」
「私もです」
「鈍いわね」
 桂の発言に、みゆきは同意する。灰原はからかうような視線を桂に向けていた。
 穏やかな、日常の一風景。夕焼けを見上げて、みゆきは呟いた。
「こんな日が、いつまでも続くといいですね」
 みゆきの声に応えるように、かがみが振り向く。
(ッ……!?)
 何かが、おかしい。
「そうだね、いつまでも続いていたらよかったのにね」
 かがみが燃えている。身体中に火がついているのに、恐ろしいほど無反応だ。
 理解不能な状況に、みゆきは後退する。
「いたっ」
「ごめんな……」
 ごめんなさいという言葉は、最後まで出てこなかった。灰原は、落ちた左腕を拾おうとしている。
 だが、それは叶わない。なぜなら、彼女の右手は手首から先が無かったのだ。
 何度も何度も左腕を拾おうとする灰原に異常を感じて、踵を返す。
 ドンという音をたて、桂の胸板にぶつかった。
「危なっかしい。大丈夫か?」
 今は脚しか見えていない。本能的に、顔を見たくなかった。
 だから俯き続ける。その彼女と、桂の視線が合わさった。
 おかしい。自分は下を向いているのに、桂の顔がある。
 恐る恐る上を向く。首だけで、血を吹き出しながら両腕を組む、『桂の身体』がそこにあった。


「イヤァァァァッ!!」
 絹を裂くような悲鳴をあげ、みゆきは目を覚ます。
 荒い息を整え、周りを見渡す。真っ暗だ。
 今まで自分と行動していた桂と灰原がいない。不安になり、周囲を警戒する。
「お目覚めかね? お嬢さん」
 心臓が跳ね上がり、油の切れたブリキ人形のように首を回す。
 DIO、この男は自分たちを襲った男だ。灰原や桂はどうしたのだろう?
 不安に満ちた視線を周囲に向ける。
「仲間を探しているのか? すぐ傍にいるではないか」
 クエスチョンマークを頭に浮かべ、逃げる為に少しずつ後ろに下がる。
 ベチョッとした、粘りつく液体の感触を右手に感じる。恐る恐る右手を見つめると、血が纏わりついていた。
 歯がガチガチと鳴る。後ろを向くなと脳の奥で警告しているが、振り向かずにはいられない。
 彼女の視線の先に、血の気を失い、青くなった生首が、瞳を濁らせて二つ存在していた。
 桂の首は黒髪をぼさぼさにし、舌を出して目は左右それぞれ上下逆に向いている。
 灰原の首は、張りの合った肌は水分を失い、カサカサになり、瞳孔を開いた瞳は在らぬ方向を向いている。
「イヤァァァァァッ!!」
 再び、暗闇に絹を裂くような悲鳴があがった。

「酷いじゃないか。君を助けるために必死に戦った『友人』を見て悲鳴をあげるなんて」
 内容とは裏腹に、口調は軽い。本当に清清しい気分で言っている証拠だ。
 しかし、今のみゆきには、そのDIOの言葉が自分を責める二人の友人の声に聞こえた。
「あ……ああ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 ひたすら謝り続けるみゆき。腕を擦っているのに血が落ちない。
 何故だろうか。こんなにも、血が出るほど強く擦っているのに。
「そんなに謝ることは無い。みゆき、君は不運だっただけだ」
 先ほどとは違い、甘く染み渡る優しい声色に、怯えを僅かに緩和して顔を上げる。
 安心を与える笑顔を持って、DIOが微笑んでいた。
「不運にも、私の安眠を邪魔し、不幸にも戦闘が起こってしまった。これは仕方の無いことだ」
 もちろん、そんなはずは無い。だが、理不尽な物言いには、みゆきを納得させる『何か』があった。
 承太郎たちなら、それを『悪のカリスマ』と判断しただろう。だが、一女子高生のみゆきには、地獄で現れた救いの蜘蛛の糸に聞こえる。
「君が『友人』達と再会できる方法が一つある」
「え……?」
「この私が首輪を外すことだ。見たまえ、私の肉体は私自身のものではない。
ジョナサンという男から得たものだ。それも、私が吸血鬼だからこそできたことだ。
だが、その能力も『首輪』とやらが邪魔をしている。
この力が制限されていないなら、君と君の友人に永遠の命を与えることができる」
 DIOは首の付け根の接ぎ跡を見せながら、告げた。その瞳に次第に惹かれていく。
「永遠の命……」
「そうだ。おそらく、この首輪を外すのは優勝が一番の近道!
悔しいことに、このDIOは太陽の元を歩くことができない。そこでだ、君に協力をしてもらいたい」
「…………協力ですか?」
「そうだ。一刻も早く友人達を生き返らしたいだろう? なら、昼間の間動き回って、私に情報を与えて欲しい。
一人二人殺してくれると、友人達との再会も早まるぞ。なかなかいいアイディアだろう?
なあに、君みたいないたいけな少女が殺し合いに乗っているなど、誰も思わないさ。
油断しているところを、桂の形見のこの剣で……『ズブリ』。たったそれだけで再会が早まる」
 言いながら、DIOは桂が使っていたライドルを差し出してきた。ロープに変形したそれを、凶器だと思う者もいない。
 みゆきは震える腕を差し出した。
「本当に……あなたが優勝すれば私達は再会できるんですね?」
「何なら、君の知り合いも吸血鬼にしてもいい。何、太陽の光を二度と浴びれないが、慣れればいいものさ。
永遠に傍にいられるのだからな」
「永遠に……あんな日が……いつまでも……」
 思い出すのは、泡沫の夢。いつもの皆と、灰原と桂と過ごす平和な日々。
 想いを馳せて、DIOの右手に手を伸ばす。

 ―― 桂じゃない。侍だ ――

 ピクリと、腕が一瞬止まる。みゆきはいつの間にか耳に入ったその言葉を思い出す。
 そのまま桂の血で染まったライドルを見つめた。
「ン? どうした?」
「私は…………」
 桂は、自分を守るために戦い、目の前の男に殺された。灰原は、折れた足で自分を引きずり、目の前の男に貫かれて殺された。
 二人とも、自分だけなら助かることができたのに。なのに、二人の為に他の誰かを犠牲にしたら、なんと言うだろうか。
 何よりみゆきは、誰かを犠牲にしてまで自分の欲望を叶えるような少女ではなかった。
 悲しいまでに、この殺し合いには向かない。
「私は、誰かを犠牲にしてまで、自分の望みを叶えたくはありません」
 咽にライドルの柄を当て、スイッチを押す。硬化した刃が、みゆきの咽を貫いた。
(かがみさん、つかささん、こなたさん、あなた達は生きて…………)
 瞳に涙を浮かばせ、彼女は眠る。
 そして、永遠に起きることは無かった。


「僕を得ることはできなかったが、まあいい。夜を待っていいし、こちらにまた別の獲物が来るのを待つのもいい」
 DIOは呟きながら、駅員室から見つけた布団に寝転がる。
 切り取ったみゆきの頭をリンゴのように潰して、グラスに血を注ぎ、口元に運ぶ。
 絞りかすはゴミ箱へ投げ捨てた。桂と灰原の絞りかすもまとめて捨ててある。
「さてと、次の獲物はどいつかな? フハハハハハハハ!」
 灰原の支給品のプロフィール付き名簿を読みながら、高笑いをする。
 承太郎以外にも、DIOに立ち向かいそうな連中がいる。同時に、僕に相応しいものも選り好みができる。
「やはり『世界』はこのDIOが勝利する事を望んでいるようだ。フハハハハハハハッ!」
 薄暗い地下に、帝王の笑い声が響いた。
 まるで、みゆきたちの行為を嘲笑うかのように。


【桂小太郎@銀魂:死亡確認】
【高良みゆき@らき☆すた:死亡確認】
【灰原哀@名探偵コナン:死亡確認】
【残り49人】

【C-2 S2駅 1日目 朝】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:額に突き刺された傷(治癒中)。疲労(小)
[装備]:スタンド『世界』
[道具]:デルフリンガー(紙状態)、ダーツ(残弾数1)
     参加者顔写真&詳細プロフィール付き名簿。ルイズの杖。
     イングラムM10サブマシンガンの予備マガジン9。ライドル。
     スタングレネード×2。時計型麻酔銃(1/1)。麻酔銃の予備針9本。
     デイバック×4(DIO、桂、灰原、みゆき)
[思考]
基本:帝王に負けはない。参加者を殺し、ゲームに優勝する 。アーカードのボディを乗っ取り、太陽を克服する
1:夜になるまで地下で英気を養う。及び、地下鉄に乗りにやって来た参加者を各個撃破し体力を回復
2:アーカードの打倒
3:平賀才人に時止めを使って『勝利』する
4:ジョースターの血統を根絶やしにする
5:ゲームを仕組んだ輩を断罪する
[備考]
ジャギの右腕を移植しました。完全に馴染むまでしばらく時間がかかりますが、普通に自分の右腕として動かすくらいは可能です
アーカードとの戦闘で更に鬱憤が溜まりました。アーカードにはどんな手を使っても勝つつもりです
時を止められる時間は約3秒間です
首輪の他に、脳内に同様の爆弾が埋め込まれています
S5駅方面の列車は途中で地上に出ることを確認しました

備考
1:B-3、C-3の境界付近に列車が地上と地下に出入りするトンネルがあります
2:S5駅のホームに肉片と鮮血が結構広い範囲に飛び散っています
3:C-3の地下線路にジャギの胴体(血が抜かれている)、ジャギの両足(血が抜かれている)、ジャギの左腕、DIOの右肩が転がっています
4:S5駅のどこかに空っぽになったジャギのデイパックが放置されています
5:S2駅のゴミ箱に桂、灰原、みゆきの潰された生首が捨てられています。


075:双剣のサーヴァント―I have created over a thousand blades.― 投下順 077:ハッピーバースデー
075:双剣のサーヴァント―I have created over a thousand blades.― 時系列順 077:ハッピーバースデー
064:闇と嘯く DIO 083:逢鬼ヶ刻
059:ダイ・ハード――大胆に命の術を磨け!―― 桂小太郎 死亡
059:ダイ・ハード――大胆に命の術を磨け!―― 灰原哀 死亡
059:ダイ・ハード――大胆に命の術を磨け!―― 高良みゆき 死亡