絶対負けるもんか   ◆wivGPSoRoE



 太陽の光に熱があることはどこの世界であろうと変わらない。

「あつ……」
 額に手をやりながらつかさは呟いた。
 アウトドア派とは程遠いつかさには、この照りつける真昼の太陽は多少辛い。
 つかさは前を行く覚悟と川田をチラッと見やった。
 予想通りというべきか、覚悟の鉄の如く引き締まった表情は微塵も揺らいでおらず、
 川田も平然としたものだ。
(うう……。やっぱりすごいなあ、二人とも)
 性別のレベルを超えた歴然とした体力差を改めて思い知らされ、
 意図せずして頭が下がりそうになる。
(……いけないいけない。こんなこと考えてたら、足手まといになっちゃう!)

 ――私だって川田くんやヒナちゃんの支えになってあげたい。

 さっき、自分は確かにそう言ったのだ。
 言った側からくじけそうになっていてどうするというのか!
 つかさは小さく頭を振り、顔を上げた。自然と足に力がこもり、歩くスピードが自然と速く――

「頑張るのはいいけど、力んだって仕方ないわよ。先は長いかもしれないんだし」

 ヒナギクの声が耳元で響き、つかさの頬にさっと朱が刺した。
 ぎこちなく隣に視線を向ける。
 そこには優しげな笑みを浮かべたヒナギクの顔があった。
「体力お化けの葉隠くん達と自分を比べたって、仕方ないじゃない。
川田君に迷惑かけたくないって気持ちはわかるけど、
使うべき時のために力を取っておくのも大事なことよ」
 ヒナギクの笑顔を見ているうちに、つかさは自分の体から力みが抜けていくのを感じた。
「うん……。分かったよ」
 つかさが頷くと、ヒナギクは安心したというように小さく息を吐いた。
「でも……。どうして分かったの?」
「ん?」
「だから……。私が、川田君達と自分を比べてるとか、そういうの」
「そりゃ、分かるわよ」
 噴出したくなる衝動と格闘しながら、
「だって、つかさって分かりやすいもの」
 そう言ってヒナギクは悪戯っぽく片目をつぶってみせる。
「そ、そんなに顔とかに出ちゃってるカナ……」
「ええ」
 つかさの頬の朱が面積を増した。
「で、でもね……。私は川田君の事だけ考えてるんじゃないんだよ。
ヒナちゃんのことも、葉隠くんのこともちゃんと……」
「ハイハイ」
「信じてよう……」
 あわあわと手を振るつかさを見て、ヒナギクは可笑しそうに笑った。


(……強い人達だ)
 覚悟は口の端に微笑を浮かべた。
 女同士の会話を盗み聞きをするような愚劣な思考とは無縁の覚悟であったが、
 今は、鍛え上げた聴力を全開にして四方八方に気を配っているゆえ、
 どうやったところで耳に入ってしまうのである。
 聞けば二人は、闘いとは無縁の平和な生活を送っていたらしい。
 それがいきなりこのような修羅の庭に引きずりこまれてしまったのだ。
 女性の身でこの状況はいかほどに辛く、恐ろしいことか。容易く想像できる。
 にもかかわらず、二人には他人を気遣う強さがある。
(地獄においてなお、気高く咲き誇る花。俺の命ある限り、守ってみせる)
 そう思ったとき、覚悟の脳裏に浮かぶ一つの顔があった。
 病院には、戦士の魂を持つ新八の他にも戦力は揃っている。
 彼女自身も魔法を使うことができる。
 だが、現人鬼散や、ラオウのような猛者が襲い掛かっていたなら――。
 覚悟は自分の心の水面がわずかに揺らぐのを感じた。

 ――揺らぐな、俺の心。迷いは歩みを鈍らせる。

「どうした? 葉隠」
 覚悟の気配にそれまでとは違ったものを感じ取ったのか、川田が尋ねてくる。
「何も無い」
 眉を寸毫も動かすことなく覚悟は答えた。

 ――想いは極力秘めるもの。

 わずかに揺らいだ心の水面を類稀なる自制心を発揮させて沈め、
 覚悟は川田に視線をおくった
「それより川田、村雨という我らの探し人のことだが、
『パーマのかかった髪をしている男』という特徴だけでは少し曖昧だ。
もう少し情報を希望する」
「教えたいのはやまやまなんだが……」
 川田の眉間にわずかに皺が刻まれた。
「俺も本郷さんからはそれしか聞いちゃいねえんだ。ただ――」
「ただ?」
「『変身ベルト』、つってたからな。村雨って人も変身できるんだろうぜ」
「『変身』か……」
 変身という言葉を聞いて覚悟が思い出すのは、転校初日の下校時に襲ってきた、
 正体不明の巨大な女の化物。
 体を変形させて襲い掛かってきたあの悪鬼の異形を思い出し、覚悟はわずかに眉を潜めた。
「まあ、変身とか言われても実際に見てみねえと信じられないってのは、分かるがな」
「そうではない。川田の言葉を疑う気は毛頭無い。
ただ、元の世界にいた時に戦った悪鬼のことを思い出していたにすぎない」
「……悪鬼か。どんな奴だったんだ?」
「姿形はふくよかな女の姿。身長は推定3メートル50強、体重は7t。口から熱線を吐く」
 淡々とした声で語られるとてつもない内容に、思わず川田は天を仰いだ。
(怪獣だろ、そりゃ)
 自分自身が生き返りを体験していなかったら、本郷の『変身』を目の当たりにしていなかったなら、
(絶対に信じなかったんだろうがな……)
 改造人間、魔法、怪物。
 どうやら並行世界とは多様性に満ちているらしい。

 ――ん?

 川田の脳裏に閃くものがあった。
「なあ、葉隠。あの爺が言ってた『英霊』って言葉に心当たりはねえか?」
 あの壇上の老人が口走った言葉。
 自分の持っている知識では検討もつかない。
 しかし、これだけ多様性に満ちた世界が存在するのだ。
 別の世界では、『英霊』という言葉が何か別の意味を持つ可能性がある。
 他ならぬこの糞ったれたゲームの主催者が口走った言葉だ、
 ひょっとすれば何かの突破口になるかも――
「『英霊』、か」
 しばし考える仕草をした後、覚悟が再度口を開きかけたその時。
「男同士でな~に、内緒話してんのよ?」
「川田くん、覚悟くん、どうしたの?」
 割って入った二つの声に、覚悟の返答は中断に追い込まれた。
「内緒話なんてつもりじゃなかったさ。ちょいと気になることがあったんでな」
「気になることって何? 川田くん」
 つかさの問いかけに、川田はやや真剣な表情になり、
「この際だから、つかささんやヒナギクさんにも聞いておくんだが、
『英霊』って言葉に何か心あたりはないか?」
「えーれー?」
「英霊、英霊ねえ……」
 つかさはきょとんとして首をかしげ、ヒナギクの顔には困惑の皺。
(駄目か……)
 失望の表情を顔に出さないように自制心を働かせながら、川田は覚悟に視線を向けた。
 それに応えるように覚悟が口を開こうとした、まさにその時――

 ――気分はどうかの諸君?

 ヒナギクとつかさの顔がこわばり、川田の眉がひそめられ、覚悟の視線が鋭くなる。

 放送が、始まった。


 ――高良みゆき

 脳がその言葉を認識したとき、つかさの世界が歪んだ。
 目の前が揺れる。
 きいんという耳鳴りがして、周りから音が消えている。
 分からない。何も考えられない。
 ぐらっと体がかしぐ。 誰かに支えられた

 ――つ……さ……

 遠くで声がする。ぐにゃぐにゃした世界の中に誰かがいる。
 頬に衝撃。
 頬を張られたのだ、とぼんやり思った。
「つかさ、しっかりして!」
 視界の中でようやくいくつかの人の像が形作られ、世界に音が戻る。
「つかささん、しっかりしろ!」
「柊さん、気をしっかり持つんだ!」
「……川田、君。ひな……ちゃ」
 しゃべろうとするのに口が上手く回らない。
 心臓がぎりぎりと締め付けられるように痛んで、息ができない。
 足に力が、入らない。
「つかささん、歩けるか?」
「川田君、葉隠くん、とにかくどっかの家に入るわよ! 休ませないと……」
「良き案だと判断する」

 焦燥、気遣い、心配の入り混じった声、声、声。
 自分は今みんなに心配をかけている。気遣われている
 状況を認識した瞬間、つかさは、ハッとした。

「だ、駄目!!」

 足を止める三人に向かって、荒い息を吐きながら
「大丈夫、私、大丈夫だから! 悲しいけど、大丈夫だから。もう逃げたり、しないから!」
 つかさは叫んだ。
 また本郷が死んだ時のように悲しみに負けて、現実から目を逸らしてはいけない。
 今度はヒナギクの言っていた『最低』になってはいけない。
 ともすれば全てを押し流そうとする激情の波を必死に押しとどめながら、
 つかさは何とか言葉を紡ごうとする
「ゆきちゃんが、死ん、じゃったのは――」
 死という単語を口にした瞬間、目の前がぼやけた。
「悲しい、けど、わたしだいじょ――」

 ぐいっと強く手を引かれた。

 握られた手の先には川田の顔があった。
「か、川田くん……。はなしてよ」
 しかし、川田はつかさの言葉を聞きいれようとせず、そのままぐいぐいと彼女をひきずっていく。
「――いいんだ」
 優しい声だった。
「悲しい時は泣いていい。そう言ったのはつかささん、君だろうが。
我慢しなくていい。君は今、泣いていいんだ」
 その声はあまりにも暖かくて。悲しみに満ちていて。

 ――泣いていい

 その声が耳の奥を震わせた瞬間、つかさの感情の堰が決壊した。
「ゆきちゃん……。ゆき、ちゃん。ゆき……ちゃ……」
 友への思いは言葉にならぬ言葉となって溢れ、悲しみが涙となって流れ出す。

 つかさは喉の底から嗚咽をもらした。


 光りが差し込む薄暗い民家一室に小さな声が響いていた。

「ゆきちゃんはね。
とっても頭が良くて、いっつも成績上位だったんだよ」
「そうか……」
「みんな、分からないことはゆきちゃんに聞くようにしてて……。
私が、珍しくちゃんと覚えてて、『こっちだよ』って言っても、
ゆきちゃんが『よく覚えていないのですが、おそらくこっちではなかったかと』って言ったら、
こなちゃんったら、『じゃ、みゆきさんの方』って言うんだもん。
ちょっとひどいと思ったけど、ゆきちゃんじゃ仕方ないなぁって思っちゃった……」
 遠い目をして川田の肩にもたれかかり、つかさは言葉を紡いでいく。
「ゆきちゃんは、とってもスタイルが良くてね……。お金持ちで……。
それなのに全然、威張ったりしなくて、とっても、とっても、いい子だったんだよ……」
 つかさの視界がまた滲んだ。
 涙が枯れるなんて嘘だ、と思う。
 どれだけ泣いても泣いても、涙は尽きることなく流れてしまう。溢れてしまう。
「でもね、歯医者さんが怖いって言ったり、ゲームにすごく熱中しちゃったりするとこも、あって――。
『そういうとこもみゆきさんの萌えポイントだ』とか、こなちゃん言ってて、
私も、ゆきちゃんのそういうとこ、好き、で……」
 嗚咽がつかさの口から漏れた。
「どう、して、ゆきちゃんが、死な、なきゃならなかったの、か、なぁ?
ゆきちゃん、こんなところで死んで、死、んじゃって、いい、子、じゃなかった、のに……」
 後はもう言葉にならなかった。
 川田はつかさの肩に、小刻みに震えるその小さな肩に添えた手に、力を込めた。
 しばしの間があって
「……ごめんね、川田くん」
 耳元で響いたか細い謝罪の声に、川田は嘆息を漏らした。
「謝る必要なんかねえさ」
「でも、私またみんなの邪魔に――」
「俺の胸の中にあるもう一つのつたない脳が、これが最善だって判断したから、
こうしてるだけだ。だから、謝ることなんかねえ」
 穏やかな声で遮られ、つかさの眉が小さく上がった。
「もう一つの……脳?」
「心臓には、内臓性心臓神経細胞ってのがあってな……」
「……よく、わかんないよ」
「悪い」
 微苦笑の皺が川田の頬に広がった。
「要するに、心で物事を見つめたらこうしたくなった。
俺の、ハートってやつが俺の行動を決めちまったってことさ」
 その声はどこまでも暖かくて、柔らかだった。
心が溢れて言葉にならない。

「あり、がとう……」
 なんとかそれだけを搾り出すと、つかさは川田の肩に顔を埋めた。


「大丈夫かしら、つかさ」
 隣の部屋に気遣わしげに視線を送りながら、ヒナギクは嘆息交じりに言った。
「大丈夫だろう」
 正座の姿勢で瞑目しながら、覚悟が言葉を返す。
 覚悟の声は普段どおり静けさをたたえていて、その変化のなさがヒナギクには不愉快だった。
「……葉隠くんって、友達とかが死んでも泣いたりしなさそうね」
 ヒナギクの視線と口調には険が含有されていた。
 しかし、覚悟はヒナギクの視線と言葉を風と受け止め、
「零式防衛術は心を濁らす愛憎怨怒を滅殺し 己を殺す技なれば」
「あっそう!」
 ヒナギクは覚悟からぷいっと目を逸らした。
「……あんたは強いからわからないかもしれないけど、
世の中には、そうじゃない人間だっているのよ!」
「柊さんは、弱い人ではない」
 今度は、目を見開いての即答。
 清冽な意志に満ちた声。ゆらぐことなき澄んだ瞳。
 気圧されるものを感じて、ヒナギクは言葉を詰まらせる。
「それに、柊さんには友情という名の後方支援もある。心配はない」
 ヒナギクは思わず目を伏せた。
(何よそれ……。これじゃまるで私より……)
 さっき会ったばかりの覚悟の方がつかさを信頼しているではないか。
 別に自分とてつかさを、川田を、信頼していなかったわけではない。
 それでも何かこう……。負けた気がした。
 はあっとヒナギクの口からため息が漏れた。
「ごめんなさい……。八つ当たりしちゃって」
「何故謝る。友を思うその心の熱さ、真に見事なり」
「そ、そりゃどうも……」
 それきり会話は途切れ、沈黙の枷が二人をとらえた。
(何やってんだろ、私)
 本郷が死んだ時、決して本郷の死を無駄になんかしないと誓ったのに、何もできてない。
 手をこまねているうちに、つかさの友人は死んだ。
 そう、死んだのだ。
 焦燥の炎が胸に吹き上がるのをヒナギクは感じた。
(何か、何かないのかしら? 私にできること。何か、何か……)
 胸の炎に追い立てられるようにヒナギクは猛烈な勢いで思考を展開していく。
 その頭に浮かんだのは、先ほど川田が発した言葉。
「葉隠くん!」
「……なんだろうか?」
「英霊って言葉の意味だけど、私の世界では、戦死した人の敬称、以外に意味はないわ」
 覚悟の顔に理解の色が浮かび上がるのを待って、ヒナギクは続けた。
「さっき川田くんに言われた時は、なんのこと? って思ったけど……。
思い出した。確かにのあの爺さん、葉隠くんを見て、
『英霊となるべく集められた人間の1人だけのことはある』って、そう言ってた。
ねえ! 葉隠くんは何かしらない!?」
 老人が自分達をここに集めた目的が分かれば、何かの突破口が見えるかもしれない。
 覚悟の返答は沈黙だった。

 ――何か知っている。

「お願い! 知っていることがあるなら教えて!」
 ヒナギクの口から声が飛んだ。
 出した本人すら驚くほどの大声だった。
「桂さん……」
 あまりの声に、さすがの覚悟もわずかにたじろぐ様子を見せる。
「葉隠くんにとって口にしたくないことなのかもしれないけど……。
お願いだから、教えて欲しいの! 私、何かしたいのよ! 何かしなきゃならないの!
そうでなかったら私……。毛利さんや、本郷さんに申し訳が立たないわ!」
 燻り続けていた焦燥の炎が、大火となって胸の壁を焼き焦がすのをヒナギクは感じた。
 ずっと何かしよう、何かできると思ってきた。
 命をかけて自分を助けてくれた人達に報いるにはそれしかない。
 今までのように、頑張ればできると思っていた。
 なのに、まだ何もできてない。
 手をこまねいているうちにつかさの親友は死んでしまった。

 ――このままずっと何もできないのではないか? 

 マリアが、三千院ナギが、そして綾崎ハヤテが死ぬまで何もできないのではないか?
 何もできないまま死んでいき、毛利小五郎の、本郷猛の死は無駄になってしまうのでは――
「桂さん!」
 覚悟の声にヒナギクの意識は、思考の深海から浮上した。
 覚悟の顔が目の前にある。両肩には覚悟の両手がある。

 ――ま、また?

 心のどこかで小さくそんな声が聞こえた。
 けれどヒナギクの視線は、覚悟の瞳の奥で燃える清冽な魂の炎に吸い寄せられていく。
 目が、逸らせない。
「男とは、己が男に殉じることを至上とするものなり!
彼らの死を背負おうという心意気やよし。だが、自分を責めてはいけない。
死んでいった男達にとっても、それは辛きことなれば!」
 コクリ、と小さくヒナギクが頷くと覚悟はわずかに手の力を緩めた。
「それに、できないことがあるからといって自分を追い詰めてはいけない。
人一人の力には限りがある。それを教えてくれたのは、桂さん、君だったじゃないか」
 深い湖面のごとき静けさそして柔らかな、心に染み入る声だった。
(……かなわないわね、本当に)
 自分の言葉で諭されていては、世話はない。
 どうやら自分は覚悟にかなわないらしい。そんな気持ちが自然と湧きあがってくる。
 でも、まったく不愉快ではなかった。
 いつの間にか、胸のうちで燃えていた焦燥がなくなっているのに、ヒナギクは気付く。
 けれど、それと同時に湧き上がってくるものもあった。
「葉隠くん、その……。また、近いんだけど」
 目を伏せながらヒナギクはぶっきらぼうに言った。
 やたらと頬が熱い。
「……それはすまなかった。確か、廊下に出て左に言ったところにあったはずだ。
我慢は体に良くない。速やかに向かうといい」
 頬の熱は一気に頭へと駆け上がった。

 ――またそれかい!!

「違うわよ! また顔が近いって言って――」
 傲然と顔を上げ、怒鳴ろうとして――。
 わずかに顔が前に出た結果、既に鼻と鼻が接触する寸前なのに気付き、
 ヒナギクは思わず覚悟から飛びすさった。
 察したのは覚悟も同じだったようで、瞬速で元の位置に戻って正座している。
 しばし鉛のような沈黙が二人を捕えた。
 ややあって、
「……すまない。どうも私は、桂さんに失礼ばかりしている」
 相変わらず覚悟の表情は引き締まったままだったが、
 聞こえてきた声にはどこかバツの悪そうなものが混じっているように思えた。
 物凄い勢いで正座したのと相まって、なんだか妙に可笑しい。
 ヒナギクは思わず微笑んでしまう。
(やはり女性には笑顔が適している)
 ヒナギクの咲き誇る花のような微笑を見て、覚悟はそんなことを思った。
 と、その時、隣の部屋へ通じる戸が開く音がした。

「……取り込み中か?」
 川田の問いかけには答えず、覚悟は黙って目線をずらすと
「柊さん、大丈夫か?」
 川田の横にいるつかさに尋ねた。
「つかさ……」
 ヒナギクも心配そうに声をかける。
「ヒナちゃん、葉隠くん……。心配かけて、ごめんね。もう、大丈夫だから」
 つかさの瞳には悲しみの鈍い光があったが、声には意志が感じられた。
「……無理はしなくていんだからね」
 気遣うヒナギクにつかさが頷くのを見て、覚悟は口の端に笑みを浮かべた後、
 すっとその笑みを消し、顔を引き締めた。

「柊さん、桂さん、川田……。話がある。『英霊』についてだ」

 部屋の空気がピンと張り詰めるのを4人は感じた。


「――なるほどな。そういうことかよ」
 川田の額には深い憤怒の皺が刻まれていた。
 覚悟の盟友というべき強化外骨格『零』に宿るのは三千の――

 ――英霊。

「この覚悟、不覚の極み。英霊という言葉を耳にしておきながら、
今の今まで洞察しようとしなかったは、まさに己が未熟のなせるわざ」
 みしり、と覚悟の握り締められた拳が音を立てた。
「……仕方ないわよ。
葉隠くんは、戦うことができない人を保護しようと駆け回ってたんだから」
「そうだよ、葉隠くん」
 つかさとヒナギクの言葉にわずかに覚悟の表情が和らぐ。
 だが、すぐに鉄の如き眉を引き締めると、
「思い返してみれば、我らが集められた場所の壇上にあった鎧。
零や霞とは多少形を異にしていたが、あれはまさしく強化外骨格。
おそらく、あの老人の目的は――」

 ――強化外骨格の完成

「じゃあ私達……生贄にされるために集められたの? そんな、そんなのって……。
そんな、ことのために……。ゆきちゃん……」
 怒りと恐怖でつかさの可愛らしい顔が歪む。
「そんなことはさせない。俺が必ず、悪鬼の計画を打ち砕いてみせる!」
 眦を吊り上げ瞳に烈火を宿し、声に極限まで圧縮した怒気を込め覚悟が呻いた。
 零の悲しみを知る覚悟にとって、老人のやろうとしていることは許しがたい暴挙だったのである。

「――ちょっと、待って」

 部屋に響いたその声音には、水の如き静けさがあった。
「何か、おかしいわね」
 合点がいかぬ、とばかりにヒナギクは首をひねった。
「葉隠くん、『零』に憑依している霊体は、
第二次大戦で日本軍の捕虜になり、生体実験で殺された人達……なのよね?」
 覚悟が首肯すると、ヒナギクの顔に刻まれた困惑の皺はその深さを増した。
「ヒナちゃん、どうしたの?」
「だって、つかさ――」
 ふいに肩を叩かれ、ヒナギクはまじまじと川田の顔を見つめた。
 すると川田は、喋るな、というようなジェスチャーを送ってくる。
「あ、あれ? そっか……。ご、ごめんね。私、ちょっと勘違いしてたみたい」
「う、うん……別にいいよ……」
 川田にチラチラと目線を送りながら、ヒナギクとつかさがぎこちない言葉をかわす。
 その間に川田は立ち上がると別室へ消え、戻ってきた時には手に紙と筆記用具を携えていた。
 その顔にはどこか張り詰めたものがあり、つかさもヒナギクも口を挟むことができない。
 川田のやらんとしていることを汲み取った覚悟は、無言で部屋の隅から丸テーブルを持ってきて4人の間に置いた。
 堅い表情のまま、川田は三人に紙と書くものを配ると腰を下ろし、さっと筆をはしらせた

『俺達の会話は盗聴されてる可能性が高い。ここからは筆談でいく』

 つかさとヒナギクが息を呑み、覚悟の眉がわずかに角度を変えた。
「か、川田くん、どしたの? 急に」
 つかさの疑問はもっともだった。
 そんな仮説は、今までまったく聞いたことも話したこともなかったのに何故急に?
 川田の顔に刻まれた苦悩の皺が陰影を増した。

『俺が元の世界で参加させられた『プログラム』では首輪に盗聴器が仕掛けられていた』

 つかさの瞳孔が一気に拡大した。