小さな死 ~ La Petite Mort ~

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mangaroyale

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小さな死 ~ La Petite Mort ~ ◆6YD2p5BHYs



「ふぅ…………」

窓から吹き込む穏やかな風が、厚いカーテンを静かに蠢かせる。
気だるい午後の日差しが、カーテンの動きに合わせて揺らめく光の波を形作る。
適当に選んで侵入した民家の寝室、夫婦のものらしきダブルベッドの上で、斗貴子は艶っぽい溜息をついた。
やわらか過ぎるスプリングマットの上、指1本持ち上げるのも億劫、といった風で、額に貼りついた前髪を払う。

あまりに多くのことが、ありすぎた。
激情だけで突っ走ってきた斗貴子にも、流石に限界が来ていた。負った傷も深過ぎた。
夢と現の狭間で、彼女はぼんやりとこれまでの出来事を反芻する。

カズキと共に、殺し合いの舞台に放り込まれた。
カズキとは、生きている間にはとうとう再会できなかった。
カズキの死が告げられた。
カズキの死体を見せつけられた。
カズキの死体を嬲られた。
カズキの死体から核鉄を取り出した。
カズキの死体が破壊された。
カズキの死体を投げつけられた。
カズキの死体を串刺しにしてしまった。
カズキの死体が爆散した。
カズキの死体に吹き飛ばされた。
カズキの死体が目の前で消滅した。
カズキの核鉄さえも奪われかけた。
そして、厳しい戦いの中でなんとかカズキの核鉄を取り返し、今、こうして一緒にいる。
カズキを蘇らせるための戦い、その中途で体力の回復を図っている。

「だけど……足りない。足りないんだ」

化粧っ化の無い薄桃色の唇から漏れたのは、どこか悔しそうな呟き。
最愛のカズキを蘇らせるには、自分が優勝するしかない。なのに、これまでの戦績と来たらどうだ。

開始直後の混乱の中、最初に出会ったピエロとは戦いにもならなかった。花山薫が庇ってくれねば死んでいた。
錬金の戦士としての厳しい訓練の日々も、範馬勇次郎の圧倒的な暴力の前には何の役にも立たなかった。
カズキから得た武装練金を手にしても、吉良吉影には敗北に近い痛み分けに持ち込むのが精一杯だった。
そしてしまいには、カズキを殺したとおぼしき赤木しげるにも、傷1つつけられずに逃げられてしまった。

こんな調子では、とてもではないが優勝など望めない。
強者同士が潰しあってくれれば漁夫の利も狙えるかもしれないが、果たしてそこまで上手く行くものかどうか。
いや、これまでのことを考えれば、あまりに虫の良すぎる願いと言ってもいいだろう。
斗貴子は、改めて現状を確認する。

「……足りない。
 想いを貫き通すには……力が、足りない」

左手で核鉄を頭上にかざすように持ち上げ、斗貴子は憂いに満ちた呻き声を漏らす。
彼女に残された力は、カズキの遺品であるこの核鉄1つきり。
あとは何一つ残っていない。彼女自身の肉体さえも五体満足ではない。
右手は吹き飛び、全身に火傷を負い、頭にはナイフまで刺さっていた。
この民家に侵入した際、手近にあったもので大雑把な応急処置はしたが、とても十分な治療とは言えない。
新たな戦闘力の獲得どころか、斗貴子が元々持っている力の発揮すら困難な状況である。

これでは、またさっきのように敗れてしまう。
これでは、またさっきのように核鉄をも奪われてしまう。
これでは、またさっきのように『カズキ』を喪ってしまう。
核鉄とカズキを同一視する自分の思考の歪みに気づくこともなく、斗貴子は顔を歪ませる。

「カズキ……カズキ……。私は、どうすれば……。どうすれば、君のように……!」

誰にも見せたことのない弱々しい表情、弱々しい声で、斗貴子は核鉄に語りかける。
想い人である武藤カズキは、最初はとても弱かった。戦闘技術も体力も、共に不足していた。
けれどもその魂だけは、最初からとても強かった。
絶望的な戦力差があっても、絶望的な状況に追い込まれても、決して諦めようとはしなかった。
斗貴子が諦めかけてしまった時も、彼だけは最後まで諦めなかったのだ。
この1日で散々に自信を打ち砕かれた斗貴子は、カズキの幻の向こうに自分の求める「強さ」を見る。

「私は、弱い……。私は、こんなにも、弱かったんだな……!
 カズキ、どうすれば。
 どうすれば私も、君のように強い『心』を…………………………あ?」

稲光のように、ある考えが脳裏に閃く。
とりとめもなく呟いていた唇が、唐突に動きを止める。
遥かな過去の思い出を彷徨い、甘美な自己憐憫に溺れていた思考が、一瞬にして凍りつく。

そう。
斗貴子は、思い至ってしまったのだった。
その、方法を。
歪みきった愛情の果てにある、ひとつの究極のカタチを。
一瞬呆けたような表情を浮かべた斗貴子は、そしてやがて、ゆっくりと満面の笑みを浮かべる。
もしも誰か見る者がいればゾッとしたに違いない、壊れきった笑みを。

「そうか……簡単なことじゃないか。なんで気付かなかったんだ。
 カズキ。君と、1つになってしまえばいいんだ」

        *     *     *

しゅるり――。

窓から吹き込む穏やかな風が、厚いカーテンを静かに蠢かせる。
気だるい午後の日差しが、カーテンの動きに合わせて揺らめく光の波を形作る。
侵入した民家の、夫婦の寝室とおぼしきダブルベッドの側で……斗貴子は、ゆっくりと上着を脱いでいく。
微かな衣擦れの音が、分厚いカーペットに吸い込まれ、消えていく。

「――ひょっとしたら、こんなことに意味は無いのかもしれない。
 多くのものを失うだけで、私の自己満足にしかならないのかもしれない。それでも……!」

誰が見ているわけでもない薄暗い部屋の中、それでも言い訳じみた呟きを吐きながら、頬を染める。
カズキが妙に執心していた、綺麗なヘソ。美しくくびれたウェスト。小振りながら形のいい乳房。
火傷を負い、無数の掠り傷を負っていても、そのシルエットまでは失われていない。
上半身裸となった斗貴子は、己の胸に手を当てて深く深呼吸する。
自ら望み、自ら決めたこととはいえ、これからやろうとすることを考えると、思わず動悸が激しくなる。
不安。恐怖。そして――間違いなくその先に待っているであろう、歓喜の予感。

「…………武装、錬金」

逸る気持ちを抑え、歌うような呟きに応じて出現したのは、処刑鎌の武装錬金、ではなく、1本の槍。
武藤カズキの命であり、象徴であり、彼そのものを体現した存在でもある、山吹色の光を放つ突撃槍(ランス)。
改めてこうして見れば、堅く、真っ直ぐで、力強い金属塊。武藤カズキの精神を具現化したような存在。
斗貴子は慈しむかのように抱き寄せる。剥き身の槍を裸の胸に埋め、頬を摺り寄せる。

「こんなことをするのは、その、いうまでもないだろうが、初めてなんだ。
 きっと、痛くて、苦しくて、ひょっとしたら泣いてしまうかもしれないが……最後までやり遂げさせてくれ。
 カズキ……臆病な私に、勇気をくれ……!」

まるで槍そのものが恋人自身であるかのように、斗貴子は潤んだ瞳で語りかける。
槍を抱きしめたまま、彼女はその身をベットに沈める。
横たわり、槍を持ち上げ、角度と位置を調整しながら、自分の身体に押し当てる。
そのまま、しばらく逡巡。
ゴクリ、と喉が鳴る。
今ならまだ無かったことにもできるぞ、と、頭の片隅で甘く囁く声を無理やり振り払う。
数秒の後、ようやく覚悟を決めた斗貴子は、両目をギュッと瞑ると、そろりそろりと槍を手繰り始める。


  (少女は自分の胸に槍を押し当てている。左胸に、自らその切っ先を当てている)


つぷっ――。

「――んぁッ!!」

尖端が、斗貴子の身体に侵入を開始する。
武藤カズキそのものを象徴する存在が、無理やりに斗貴子の身体を押し広げ、肉を掻き分け、突き立てられる。
覚悟していた痛みとはいえ、思わず小さな悲鳴が漏れる。
生まれて初めて味わう種類の痛み。文字通り身を裂くような痛み。
動きの止まったサンライトハートと斗貴子が繋がっている場所から、つぅぅっ、と血が溢れ出す。

「だ……大丈夫だから。むしろ、ゆっくりの方が、い、痛くて、こ、怖いかも……。
 はは、は……な、何言ってるんだろうな、私は……。私が、望んだ、ことなのに……!」

明らかに強がりにしか聞こえぬ独り言を呟く。声が震える。想像以上の激痛に、斗貴子の目から涙が零れる。
もう、ここまで来たら引き返せない。もう、今さら戻れない。
折れそうな心を、必死で奮い立たせる。浅く荒い息をつきながら、斗貴子は奥歯をギュッと噛み締める。
強い想いが、激痛を快感に変換する。強烈な愛が、苦痛の向こうにあるはずのモノを求めさせる。
槍が進むにつれ、自分の大事なものがブチブチと壊されていく感触。
圧倒的な喪失感と、破滅の予感と、それすらも上回る達成感、満足感、充足感。
斗貴子の頭の中はもうとっくにグチャグチャだ。息も絶え絶えになりながら、それでも彼女は彼を求める。

「構わないから、一気に、最後まで来てくれ、カズキッ……!!」


  (少女の胸に槍が刺さっていく。明らかに致命傷になるであろう傷を穿ちながら、刺さっていく)


ずぶっ。ずぶずぶっ。

「――――――ッ!!」

涙と涎と鼻水と汗と、ありとあらゆる体液を撒き散らしながら、斗貴子は声にならない絶叫を上げる。
ばたん、ばたんと跳ねる足がベッドを叩く。
取り返しのつかない一線を越えたサンライトハートが、それでも勢いを止めることなく突き進む。
視界がチカチカする。脳裏が真っ白に染まる。一気に登りつめていく。
自分が自分でなくなってしまうような恐怖、そして高揚感。新たな世界の扉が開かれていくという確信。
身体の奥底で、熱い体液がブチまけられる。命そのものである液体が迸る。
串刺しになった格好の斗貴子は、そして白目を剥き、大きく仰け反りながら、


  (少女の胸を槍が貫く。少女の胸板を槍が貫通する。
   胸の中央やや左より、生命にとって最も重要な臓器を、完膚なきまでに破壊する)


「カズ、キ――!」

愛する者の名を叫びながら、津村斗貴子は、逝った。 

逝って、果てて、逝き果てて――それまでの「津村斗貴子」は、ここで死んだ。
武藤カズキと文字通り一体となって、逝き、果てた。


        *     *     *





窓から吹き込む穏やかな風が、厚いカーテンを静かに蠢かせる。
赤く染まり始めた夕陽の日差しが、カーテンの動きに合わせて揺らめく赤い波を形作る。
先ほどと同じ、寝室の中――そんな光景を静かに眺める人物が、確かにいた。
幽霊でも、ゾンビでもなく、確かに呼吸する生きた人間が、そこにいた。

目を覚ました斗貴子は、血や汗やその他もろもろでグチャグチャのベッドの上、それでも小さく笑う。
どれほどの時間、気を失っていたのか。
新しい『命』を得て生まれ変わった彼女は、実に楽しそうに、実に嬉しそうに、笑う。

「…………ふふふっ。ああ、すごく痛かった。けど……少しだけ、気持ちよかったよ。
 もう、私には怖いものなんてない。いや、『私たちには』、と言うべきかな、カズキ。
 だって、君と私はこうして身体を重ねて、本当に『1つ』になったのだから……!」

熱っぽい目で語る斗貴子の視線の先には、もう突撃槍は無い。核鉄も無い。何も無い。
それでも、虚空に語りかける斗貴子に不安の色はなく、溢れんばかりの幸せに満ちている。
傷ひとつない裸の胸に毛布をかけただけの姿で、穏やかに微笑んでいる。

そう、要するに彼女がやったことは、かつて彼女が武藤カズキに施した施術の乱暴極まりない再現。
つまり、喪われた心臓の代わりとして核鉄を埋め込む、あの施術である。
ヴィクターを生み出し、カズキをヴィクターⅢにしてしまった、あの施術である。

  心臓の代わりにサンライトハートを取り込んだ、あの状態。
  あれを自分の身で再現できれば、自分も『カズキと同じ』になれる。『カズキと一体』になれる。
  『カズキの心(ハート)』を取り込み、『カズキのようになれる』――!!

狂乱と悲嘆、敗北と絶望の果てに斗貴子が導き出した狂気の答えが、そこにあった。
しかし、斗貴子には彼女自身の心臓がある。傷ひとつない、健康な心臓がちゃんとある。
これでは核鉄を埋め込めない。元ある心臓と重ねて埋め込んでも、『同じ』にはならない。
ではどうするか。
答えは単純明快、たった1つ。その心臓が、無くなってしまえばいい。
ゆえに津村斗貴子は迷うことなく。サンライトハートの切っ先を用い、自らの心臓を破壊したのだ。
まさに暴挙。まさに自殺行為。
決死の覚悟どころか、一度完全に『死ぬ』ことを前提とした行動。
上手くいく保障などどこにもない。正気の人間なら絶対に選ばないような、最悪の選択肢。
そして、完全に絶命する寸前、武装解除した核鉄を傷口に押し込んだところで、とうとう耐え切れなくなって失神。
目が覚めた時には……彼女の望んだ世界が、待っていた。

全力疾走をした後のような倦怠感が、全身を包んでいる。
あれだけ乱暴な施術を行ったのだ、いくらしろがねの身体になっていても消耗は激しい。
胸に開けた傷口こそ核鉄の力で塞がったが、本格的に動き出すにはもうしばらくの休息が必要だろう。
できればシャワーも浴び、服も洗っておきたい。今の斗貴子の状況は、色々と最低ではある。
手持ちの戦力はほとんど変化しておらず、むしろ心臓と核鉄を兼ねることで武装練金が弱点にもなってしまった。
ヴィクター化でパワーアップする望みもない。白い核鉄による処置を受け、もうその忌まわしき力は残っていない。
メリットといえば、せいぜいが待機状態の時に手ぶらになれることくらい。
なんらかの手段で戦力の強化を図らねばならない現状に、変わりはない。

それでも、斗貴子は幸せだった。
先刻までの不安は全て消し飛び、代わりに暖かなものが彼女の中を満たす。心の底から力が湧き出してくる。
もうこれで、核鉄(カズキ)を奪われる心配はない。
もうこれで、核鉄(カズキ)を傷つけられる心配もない。
核鉄(カズキ)は斗貴子の中にいて、これからもずっと共にある。
核鉄(カズキ)が居れば、もう何も怖くない。
核鉄(カズキ)が居れば、もう何が起こっても諦めることなく進むことができる。
核鉄(カズキ)さえ居れば、もうあとは何もいらない。

斗貴子は自らの胸に手を当てる。
1人きりのベッドの上、かつて彼に向かって誓ったあの言葉を再び口にする。
輝かんばかりの幸せを纏いながら。溢れんばかりの幸せを、噛み締めながら。
そして――ドブ川のようにどんよりと濁った瞳をしたままで。


  「 カズキ。君(サンライトハート)が 死ぬ(こわれる) 時が、私が死ぬ時だ。
    君と私は、今度こそ本当に、一心同体だ……!! 」


窓から吹き込む穏やかな風が、厚いカーテンを静かに蠢かせる。
赤く染まり始めた夕陽の日差しが、カーテンの動きに合わせて揺らめく赤い波を形作る。
銀髪のスカーフェイスは、これからの戦いのことを考え、小さく微笑んだ。

【F-3 民家の中/1日目 夕方】
【津村斗貴子@武装錬金】
[状態]:しろがね化、心臓代わりに核鉄、精神崩壊、判断力低下(本人は正常だと思っている)、あふれる多幸感
    右手消失、全身大火傷、頭部に刺し傷 (核鉄としろがねの力で回復中)
[装備]:核鉄(サンライトハート・待機状態・胸の中)@武装錬金
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:最後の一人になり、優勝者の褒美としてカズキを蘇らせる。
1:とりあえずもう少し休んで回復を図る。
2:可能ならば、なんらかの手段で戦力の増強を図る。
3:強者との戦闘は極力避け、弱者、自動人形を積極的に殺す
4:アカギ、吉良、勇次郎、軍服の男(暗闇大使)は最終的に必ず殺す。アカギは特に自分の手で必ず殺す。

※全身に酷い火傷を負っており、右手も消失と、かなりの重傷です。
※セーラー服はボロボロに焼け焦げており、所々に穴が空いています。
※軍服の男(暗闇大使)は参加者の一人だと勘違いしています
※斗貴子が飲んだ液体は生命の水(アクア・ウィタエ)です
 また斗貴子は生命の水の事は知らず、只の治療薬の一種と思っています
※しろがねとなったため、身体能力、治癒力が向上しています
 また斗貴子はまだその事に気付いていません
※核鉄の異変に気づきました
※アカギがカズキを殺した張本人だと、思っています。
※自ら自分の心臓を破壊し、核鉄(サンライトハート)を心臓の代わりとして埋め込みました。
 そのため核鉄やサンライトハートが壊れると確実に死亡します。
 既に「黒い核鉄」に「白い核鉄」を使用した後なので、ヴィクター化する可能性は皆無です。


150:地獄の季節 投下順 152:【裏】貴重な貴重なサービスシーン
150:地獄の季節 時系列順 153:一歩進んで
149:大乱戦 津村斗貴子 163:二人の女、二人の愛



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