コドクノテイギ ◆YbPobpq0XY



「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」
もうどのくらい走ったのだろうか?
息を吸うたびに、肺の中へと冷たい空気が流れ込んでくる。
乾いた空気が喉をくっつけて、今にも器官を塞いでしまいそうだ。
それに先ほどから胸が、シャックリが出来損なったようにエクエクと痙攣している。
胃袋に逆流できる物が残ってさえいれば、まだ救われたかもしれない。
「マリアさん……」
脳が絶えず酸欠を訴える中、ハヤテは捜し求める人物の名前を呟く。
「マリアさん……マリアさん…………!」
それはまるで祈りのように、彼の唇、舌の上でつむがれる。
繰り返すたんびにマリアの呆れ顔、怒り顔、そして照れくさそうな顔が、まるでスライドのように現れては消えた。
「マリアさんマリアさんマリアさん……ゲホ…マリアさん…………ッ!」
そして思い浮かべる彼女との記憶は、アルバムを辿るように過去のものへとなっていく。
「マリアさんッ!!」
最後に現れた映像……それは初めて出会ったクリスマスの夜、犯罪者として手を染めていた自分に向けてくれた笑顔。
自分に人のやさしさを教えてくれたあの笑顔だった……。

もう一度、もう一度あの笑顔を見たい……ただその思いだけが彼を突き動かし、走らせる。
ナギに拒絶され、ヒナギクには死なれてしまった今、もはやハヤテにはマリアしかいないのだ。
独りぼっちになりたくない、だから走り続ける。


「うあ!!」
なぜかぬかるんでいた地面に、足を滑らせそのまま顔面からダイブしてしまう。
突然のことで受身もとれなかった。
そのまま重力に従い、コンクリートにプレスされた顔は一瞬平坦になってしまう。
「痛ぅ……コホッ……」
鼻の奥がムズ痒いような気がして手をあててみると、案の定指の隙間から並々と鼻血が溢れてきた。
夢中で気付かなかったが、自分の身体にかなり無理をさせてしまったようだ。
急に運動を止めた事で脳に過剰の酸素が行き届き頭が白くなる。
消耗した筋肉では咳き込む事も満足にはできない。
ただ酸素が供給された事がよかったのか、身体を動かす事だけに集中していた頭が、少しずつ冷えていく。
もっとも、彼には何かに夢中になっていた方がマシだったのかもしれない。
「ケホッ……どこに…………」
現状を把握してしまうと、どんどん彼の心をとある感情を埋め尽くしていく。
「どこにいるんです……マリアさん…………」
ハヤテの目から頬を伝い、涙が鼻血と一緒に顎から滴り落ちて行った。
「会いたい……会い…たい……会いたい……のに」
……行かなくては。
きっと彼女なら、誰よりも優しいあの人ならば自分を許してくれる……だから……。
会わなくちゃ、そうしないと……また一人ぼっちになっちゃう。
再び、地面に手を置いて立ち上がろうとするが……
「…………え?」
グニリとした、明らかにコンクリートとは違う感触が手のひらに走る。
────イヤな予感
「ヒッ……!」
見た瞬間、思わず投げ捨ててしまう。
手に持っていたのは人間の足首。

「あ……」

先を見れば、指、爪、と……まるでヘンゼルがまいたパンくずのように、細かい部品が路上に続いている。

「………………」
その惨状を目の当たりにしてもハヤテの脳内は先ほどと比べて自身が驚くほど冷めていた。
ああ良く分からないけどここで誰かが死んだんだな、と。
そんな考えが頭を過ぎっただけだ。
今投げた足首のように、ある程度人間の原型を保っているものだったら生理的拒絶があった。
だが、ソレらはあまりに細かすぎて、無機質すぎて、まるでスーパーのハムを見ているような感覚しか沸いてこない。
それは自分がおかしくなってしまったからだろうか?
────確かめなきゃ
休息を求める身体に鞭打ち、ハヤテはその『ミチシルベ』を辿る。
どんな状況になればこんな風になるのか、そもそも最初からこんな物があっただろうか?
今のハヤテにはそんな事を考える余裕すら無い。

空を見ると、もう太陽は半分以上その姿を隠していた。
落ちてくる……赤い空が、迫り来る……。

☆   ☆   ☆


終点は案外近くにあった。
(体育館……?)
頭の記憶回路からメモリーしてある地図を取り出し、現在位置や経路を換算して、目の前の建築物に目星をつける。
何十キロも走った気がしたのだが、実際は数キロも走っていなかったのだろうか?
遠目からでもその存在を確認できた施設は、入り口に立って見上げてみるといっそう何かの威圧感を感じ取れた。
このような状況でも無ければこの時間、中から竹刀をぶつけ合う音か、バスケットボールの弾む音でも聞こえてくるのだろう。
もっとも今は、その『こんな状況』なのだが。

すぐ足元にも、やはり人間の一部分──多分内臓のどこか──が落ちている。

すでにノブを掴んでいるが、そこからどうしても動く事ができない。
(コレは…………)
乾いていたはずの口に何時の間にか溜っていた唾を飲み込む。
(コレは一体……誰のなんだろう……?)
ようやく抱き始めた疑問に、恐ろしい答えが頭を過ぎった気がするが、それがハヤテの頭に意味として現れる事な無かった。
ここを開けちゃいけない……開けたら……きっと何かが終わってしまう。
そんな予感だけがハヤテを支配する。
だが、もはや後戻りなどできようも無い。

どこかで感じ取っていた可能性を否定するため、ハヤテは強くドアを開け放った。

太陽が沈みかけている今、電気のついていないバスケットコートは暗く、そして不気味に静まり返っていた。
掃除が行き届いているのだろうか、小奇麗なのがかえって不気味である。
つまり、そこには『ミチシルベ』は無かった、必要とされていなかったのだ。
「……?」
センターラインの上に丸い何かが転がっているのに気付く。
一瞬バスケットボールかと思いながらも駆け寄る。

まるでそれを待っていたかのように、電気が灯った。

──何……コレ?
まるで脳が沸騰しているかのように、色々な感情が頭をシェイクする。

ハヤテは先ほどまで体育館入り口が終点だと思っていた。
しかしそれは違った……目の前のセンターライン上に転がっている物体、それこそが終点だったのだ。
ハヤテの足元に転がっていたそれ……。
「う……ううう…うううウうう…………!」
血と涙でグシャグシャになった自分の顔を抑えて、理性が目の前に存在する物を否定しようとする。
だが生理的本能はそれすらをも許さなかった。
「ウッ……ぶ」
今度は堪え切れなかった。
「う……げぇ…え………」


体育館にピチャピチャと言う、あまりに弱弱しい音が反響する。
空っぽだったはずの胃袋からはひたすら胃液が漏れる。
身体が何でもいいからと腹から搾り出そうとするが、その胃液すらもすぐに空になる。

──ああ、そうだ。思い出した……コレは…………

マリアがそこに居た。

☆   ☆   ☆

「ハ…………ハ……」
両手に抱えたマリアを見つめるハヤテの口から激しく短い呼吸が続く。
(マリアさん死んじゃった死んじゃった死んじゃった…………)
「ハハ……ハハハハ…………アハハ」
呼吸はやがて、乾いた笑い声へと変わっていく。
「ウフ…アハハハハハアハハ、アハハハハ!」
止まらない、どんどん強くなって行く。
面白い事なんて何も無いのに、悲しいのに、こんなに辛いのに。

「!」
ああそうか、とハヤテは思う。
悲しむ事なんて何も無いんだと。
マリアさんはここに居る、なのに何で泣く必要があるんだ?
アハ……一緒にいられるんじゃないか……アハハハハ……マリアさんとずっと一緒じゃないか!
「アハハハハはハハハハハハハハハはハハ!」

もはや彼の脳は、現実を見る事すらも拒み始めていた。

ボサボサになった銀髪。
横に大きく裂けた口から流れる涎も、鼻水も、そして涙を拭おうともせずに笑い続けるハヤテ。
もはや、かつての中性的ながら整っていた顔立ちは見る影も無い。

やがてその笑い声も途絶える。

「誰……?」
ハヤテの視界の隅に、一人の軍服の男が映っていた。

☆   ☆   ☆

これはもうダメだなと、鼻にかかるアンモニア臭を感じた時、ガモンはそう思った。
コイツはもはや、ここが禁止エリアになるか、あるいは殺し合いに乗った者がここに到着するのをひたすら待つ運命なのだと。
どうせ残った支給品の始末をしたかっただけだ、別の誰かを当たればいいだろう。
だがいわゆる駄目元と言う奴で斗貴子の時と同じように第二回放送……優勝者に関する褒美を持ち出した時、ハヤテの反応は意外なものだった。

「マリアさんが……元に戻るんですか?」

空ろだった目に僅かな光を灯すハヤテを見た時ガモンは、つくづく人の心とは本当に弱く、単純なものなのだなと思った。
「でも……そのためには…………人を……人を……」
後半はどもっていたが、『こなたさんも……お嬢様まで……』と言っているのだろう。
なるほど、さすがに斗貴子と同じようにはいかないようだ。
一応は理性を保とうとしているらしい。
ならば、と……ガモンはハヤテの性格を利用するもう一つの手段を執行する。

「その女は……他人を庇って死んだ」

ハヤテがピクリと反応するのを、ガモンは見逃さない。
もう一息だ。

「そしてその助けた男は殺人鬼……彼女に関しては感謝など微塵みしておらん」
それは全て真実、むしろ殺人鬼の方はマリアが助けた事をきっかけとし殺し合いに乗ろうとしている。
彼女のやった事はプラスどころかむしろマイナス……。
それ以外の何でも無い。
「他人を助ける事がどれほどバカなのか……それはお前も理解しているだろう?
その女のやった事は美談でも何でも無い……ただの無駄死にだ」
ハヤテの不幸にまみれた前歴、それを知っているからこそ利用する。
真面目な人間は報われず、悪党ばかりがほくそえむ。
ここでもソレを突きつけられて、綺麗事をほざける人間などこの世にいまい。
「ならばキサマも……そんな事を考える必要はあるまい? 何ならナギと言ったか?
あの小娘を生き残らせて、願いを叶えさせる手もあるぞ?」
その言葉に、ハヤテは頭を抱えて俯いてしまう。
「承太郎に……カズキと言ったかな?」
「………………」
「後ろめたさと言うものもあるのだろうが……気にする事もあるまい。ヤツラが勝手にやった事なのだからな……。
それに、キサマにとっては得に承太郎という男は気に食わない男だったのだろう……?」
そのまま表情を見せず震えるハヤテ。
事実上の肯定の合図……仮にそうでなくても、もはや自分の言った事に従うのは時間の問題だろう。
「コレは……?」
目の前に放り投げられたそれ……一枚の紙にハヤテは疑問の声を漏らす。
「なに……ちょっとしたお情けのようなものだ……」
本来はシエスタにわたるはずだったもう一つの支給品……スタンドDISC。
それを手に取ってガモンに言われる通り頭に導入する。
その様子を見て、今度こそ殺しあう決意ができたのだと判断した。
「キサマがこの後どう動くか……楽しみにしているぞ」
そう言ってガモンは踵を返す。
これで余った支給品も無くなった……この舞台に関与する事もしばらくは無いだろう。

☆   ☆   ☆

「待ってください」
去り行く背中にかけられるハヤテの声。
何事かと振り向くガモンの目に映るハヤテ……それは明らかに先ほどの抜け殻とは違っていた。

──マリアさんの……死が、無駄……だって……?

いまだなお俯いてはいるが……その短い思考の中に含まれた意味。
それはマリアの死を受け入れたと言う事……そして…………。

──お前はカズキさんの……承太郎さんの事、何て言った?

二人には家族がいたし、恋人だっていた。
それなのに二人とも自分達を守るためにその命を散らしたのだ。
だが自分は何だ? 現実に眼を背け、あろう事かこの男の言う事に耳を貸しそうにまでなった。

「ふざけるなああああああ!!」

数メートル以上は離れた距離から高速で飛んでくる巨大な拳。
予想外の行動だったためかガモンはそれをまともに喰らい吹っ飛ばされ、奥に備え付けられていた金属ケースへと激突する。
まるでボーリングでピンを吹っ飛ばしたように、快音と共にバスケットボールが舞い散った。
『タイで繋がれている』自分の腕をしならせながら、その先を見つめる。

──お嬢様を、優勝させる?

それをしてしまったら、たとえヒナギクやマリア、みんなが帰ってきても……ナギは本当の意味で『独りぼっち』になってしまう。
何が正しいのかなんて分からないが、それだけは絶対に間違っている……!


【D-5 総合体育館 1日目 夕方】
【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]激怒、下腹部、左肩、右頬に中程度のダメージ、右手分解 中程度の疲労、核鉄 により自己治癒中
[装備]454カスール カスタムオート(7/7)@HELLSING オー・ロンサム・ミーのDISC
[道具]核鉄(ピーキーガリバー)、支給品一式-水少量 13mm爆裂鉄鋼弾(35発)、ニードルナイフ(15本)@北斗の拳 女装服
音響手榴弾・催涙手榴弾・黄燐手榴弾、ベレッタM92(弾丸数8/15)
[思考・状況]
基本:マリアの死を無駄にしないためにも、力の無い人を助ける。命を捨てる事も辞さない。
1:ガモンの撃破
2:力を得る
3:ナギにあわせる顔が無い
[備考]
※判断力が低下していたためヒナギクは死んだと思っています


155:万事屋銀ちゃんの店仕舞 投下順 157:男達、止まらず
155:万事屋銀ちゃんの店仕舞 時系列順 157:男達、止まらず
150:地獄の季節 綾崎ハヤテ 169:ホワイトスネイク-介入者