気付かないのはお約束 ◆wivGPSoRoE



 静寂が支配する町を風が吹き抜け、街路樹の葉がさわさわと揺れる。
 動くもののない町の夕暮れは、どこか異様なものを感じさせていた。
 と、その時、コンクリートの大地に二つの人影が伸びた。
 伸びた影の一つがゆらゆらと左へ右へと揺れ――

「ケン!」

 倒れかかるケンシロウの体をキュルケは慌てて支えた。
 一瞬遅れて、その細い肩にかなりの重量がのしかかる。
「……大、丈、夫?」
 奥歯を噛み、足を踏ん張りながら、キュルケはなんとかその言葉を喉の奥から搾り出した。
「……無論だ」
 肯定の内容とは裏腹に、その声音から、ケンシロウの疲労と肉体的損耗を類推するのは容易だった。
 鋼の体を持つ北斗神拳伝承者とて脳だけは鍛えることができない。
 DIOの放った一撃は、ケンシロウの両目から光りを奪うだけでなく、頭部に深刻なダメージを与えていたのである。
「ぐっ……」
 呻き声と共にケンシロウが掌で口を覆ってしゃがみこむ。
 堅く閉じた口元から嫌な色の液体がこぼれ、ケンシロウの掌をすべり落ちていく。
(マズイわね……)
 チラリとキュルケは後方に視線を送った。
 アカギという男に時間を稼いでもらったおかげで逃げ出すことはできたが、あの大男――確かラオウといった――は、
 尋常ではないスピードの持ち主だ。
 一刻も早く遠ざかる必要があるのだが――
(ケンがこの調子じゃ、このまま歩いて移動していたら、追いつかれちゃうかもしれないわね)
 方法が無いことも無いのだ。
 しかしながら、ケンのダメージは重く、キュルケ自身も本調子とはいえない上、既に魔法を少なからず放っている。
 だがしかし。
(やるしかないわ!)
 どこへ行ったか知る手段が無い以上、ラオウが自分達を見失う可能性は低くない。
 けれど、あまりにも見つかった時のリスクが大きすぎる。
 今、ラオウに見つかれば間違いなく自分達を待っているのは――

 死だ。

 決断すると後は早かった。
 ケンシロウの腕の下に自分の体を差し込みながら
「ケン、私につかまって」
「しかし――」
「いいから!」
 ケンシロウの反論を一言の下に封殺し、
「ケン、まさかあなた、まだ私を無力な女だと思ってるんじゃないでしょうね?」
 一瞬の沈黙の後、
「そんなことはない。さっき、俺はお前に命を救われた。
お前の炎がなければ俺はラオウの拳を受け、命を落していた」
「だったら今あなたのすべきことは、黙って私に身を委ねることじゃなくて?」
 不敵さを感じさせるキュルケの声音に、ケンシロウの唇がわずかに綻んだ。
「……分かった。すまないが、頼む」
「任せて!」
 言い終えると同時にキュルケは『フライ』を発動させた。
 二人の体が宙に浮き上がり、それなりの速度で宙を滑空していく。
(……こ、れは……思ったより……きつい、わね……)
 当然ではあるが、一人を飛ばすより二人を飛ばせる方が精神力を使う。
 高く飛び上がれば、ラオウや勝ち残りを狙う者に見つかってしまうから、
 高度を家屋よりも低い高さに調整しなくてはならない。
 高い集中力を要する飛行高度の調整に、精神力が思った以上に削られていく。
 加えて、先ほどからたまに襲ってくる頭部の鈍痛。
 気を抜くと精神の糸が切れしまいそうだ。
 キュルケの食いしばった歯から苦しげな息が漏れ、額に脂汗が浮かぶ。

(負けるもんですか!)
 気力という気力を総動員してキュルケは前方を見据えた。

 ――どれくらい飛んだろうか?

 それほど時間はすぎていないはずだと、わずかに残った頭の冷静な部分は申告するが、
 キュルケには何十時間にも感じられていた。
(こ、これくらい、きょ……り……かせげれ、ば……十分……か、しら?)

 ガクンと落下する感覚。

 総毛立つ感覚に襲われ、キュルケは慌てて体勢を立て直し、高度を上げた。
 だが、一瞬引き寄せた意識がまたも遠ざかっていく。
 滑りやすい意識の髪の毛をふんづかまえながら、キュルケは狂おしい目で辺りを見渡した。

 ――あそこに!

 キュルケの目は巨大な施設に吸い寄せられた。
 あれだけ大きければ、身を隠すこともできるし、どこからでも逃げられる。
 体を休ませるにはうってつけの場所だ。
 最後の力を振り絞って、入り口とおぼしき場所まで辿り着き――。

 地を踏む感覚が脳に伝わった瞬間、キュルケの意識は途切れた。



「……ん」

 ぼやけた視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。
 柔らかい感触と清潔なシーツの臭い。身じろぎすると、体の下でスプリングが軋んだ。
(ここは……。ええと……)
 思考が上手く働かない。

「まだ、動かない方がいい」

 聞えてきた低い穏やかな声に、キュルケは小さく笑みを浮かべた。
 自然と体から力が抜けていく。
 ほうっと、キュルケは丸い息を吐いた。

 ――やり遂げた。

 ケンシロウをあの男から、逃がすことができた。
 そのことがたまらなく嬉しい。
 首だけを動かして、声のした方を見る
 キュルケの眉が上がった。
「もう一つベットがあるんだから使えば? そんな格好で休めるの?」
 ケンシロウは回復と精神統一のために部屋の隅で座禅を組んでいたのだが、
 座禅など見たことの無いキュルケには、ケンシロウの座り方は奇異に映ったのである。
「ああ、大分楽になった……。キュルケ、お前のおかげだ」
 確かにケンシロウの声には張りがあり、覇気が戻りつつあるように感じられる。
 吐き気もおさまっているらしく、その背筋はピンと伸びていた。
「どういたしまして」
 心地よい満足感が込み上げてくるのを感じ、キュルケは小さく微笑んだ。
 だが、すぐにその笑顔は淡雪のごとく消えてしまう。
「ケン……。その眼……」
 出血こそ収まっていたが、ケンシロウの両目は堅く閉ざされており、
 目の周りには生々しい傷がある。
「大丈夫だ」
 ケンシロウは穏やかに答えた。
「眼は見えずとも戦い続けた男がいた。その男が俺の中で生きている」
 どこまでも優しく、死すときも微笑んで死んでいった男、仁星のシュウの笑みが、ケンシロウの脳裏に浮かぶ。
 シュウ、そしてシュウの息子シバによって永らえた命。
 ここでシュウのように光を失うのは天命だろうと、ケンシロウは思っていた。
 それに、光を失うのは初めてではない。
 ラオウを倒さんとした南斗五車星の一星、海のリハクの仕掛けによって一時的に光を失っていた時期もある。
 行動に支障は無い。
「目は見えずとも心で気配を感じることができる。心配するな」
 キュルケを安心させるように微笑みながら、
「なんにしても……。お前には借りができてしまったようだな」

 返事はなかった。

「……どうした?」
 困惑の成分が微量含有されたケンシロウの問いかけに、
「ごめんなさい……。ちょっと、思い出しちゃって」

 ――1個借り。

 はにかんだ調子の呟きが耳の奥で蘇ってくる。
「タバサ……。無事だといいけど……」
 秀麗な顔に苦渋の皺が刻みながら、キュルケは呻いた。

 ――甘く見ていた。状況を。敵を。

 油断があった。
 魔法を使う自分達がよもや、魔法の使えぬ「平民」に負けるはずがあるまいと、心の何処かで思っていた。
 本当はもっと前に気付かなければならなかったのに。
 神楽にアッサリと昏倒させられた時に、気付かなければならなかったのに。
(タバサ……)
 タバサの強さは知っている。
 彼女は卓越した魔法の使い手であるだけでなく、何度も修羅場をくぐりぬけている歴戦の戦士でもある。
 それでもおそらく、あのDIOという怪人、自分の炎を弾き返したラオウという男、
 そしてユウジロウという赤髪の鬼。
 彼らには――

 勝てない。

 キュルケの苦悩の皺が深さを増した。
「タバサというのは――」
「……友達よ。雪風のタバサ。私の大事な……親友なの」
「そうか」
 ケンシロウの深みのある声音が鼓膜を震わせた瞬間、キュルケの感情が迸った。
「あの子は……。ずっと、ずっと一人で戦って――いいえ。戦わされてきたわ。
誰も側にいなくて。一番側にいて欲しい人はもう奪われていて……。
そのせいで雪風なんて二つ名をつけられるくらい、心を凍り、つかせて……」
 無表情。無関心。無感動。
 それがトリスティン魔法学院の学友達の、タバサに対するイメージだろう。

 ――でも違う。

 違うことを自分は知っている。
 タバサの凍てついた心の中に熱いものが渦巻いていることを。
 あの日、初めてタバサの領地で真相を聞かされた日。
 寝室でうわ言を繰り返す彼女の声を聞いたあの時。

 この小さな友人の助けになりたいと思った。
 彼女の心に吹く雪風を吹き払ってあげたいと思った。

「――行きましょう、ケン。もう十分すぎるほど休んだんですもの。
ぐずぐずしている時間が惜しいわ。まずは、病院に行って神楽と合流しましょう。
それから――」
 胸を焼き焦がす焦燥の炎に追い立てられるまま、キュルケは枕元においてあった杖に手を伸ばし、立ち上がった。
 一刻も早くタバサと合流しなければならない。
 ラオウのような、DIOのような、ユウジロウのような悪魔達と彼女が出合ってしまう前に、
 会わなければならない。
 タバサには、あの小さな友達には、やらなくてはならないことがあるのだから。
「よせ! まだ早い。お前には休息が必要だ」
「平気よ!」
 言い返しながらケンシロウの側を通り抜けようとして――
 ぐらりと自分の体がかしぐのを、キュルケは感じた。
 床が見る見るうちに視界の中で拡大していく。
 誰かに抱きとめられた。
「……お前に何かあれば、そのタバサというお前の友が、きっと悲しむ」
 耳元で声がする。
「分かってるわ。でも、私は――」
 ケンシロウの言葉に抗うように、キュルケは身を捩った。
「信じることだ。
お前の友がお前を信じているように、お前も友を信じてやれ」
 深く慈しみに満ちた声だった。
 掌からケンシロウの熱が伝わってくる。
(どうしてこんなに、安心できるのかしら)
 ケンシロウといると、柔らかくて暖かいものに包まれている気がする。
 本当は、このままこの暖かさに身を委ねてしまいたい。
 だがしかし、今はケンシロウに甘えるわけにはいかないのだ。
「でも、神楽と合流しないと!」
 自分を包む温もりに負けまいと、キュルケは叫んだ。
「……神楽は無事だ。おそらくな」
 ケンシロウの口から漏れた驚くべき言葉に、キュルケはマジマジとケンシロウの顔を見つめた。
「まずは休め」
 キュルケをベッドに横たえ、ケンシロウは口を開いた。
「お前が眠っている間に、色々と考えた。
まず、ジグマールの言っていたことについてだが……」
「ルイズや神楽の知り合いのギントキって人を含めた5人組と会って情報交換した後、
その5人組に襲われたっていう、あれね?」

「あれは虚言だろう」

 ――え!?

「……ちょ、ちょっと待って! ケン!」
 考えるような仕草をしながら、
「ヒコウをついて偽証を不可能にした、ジグマールの言葉に嘘はない。
そう言ったのは、あなたよ?」
「確かに言った。
だが……ジグマールは、DIOやカズマという男のように、
秘孔が効きにくい、もしくは、効かぬ人間であるかもしれない」
「なっ……」
 絶句するキュルケに向かい、ケンシロウは淡々と続けた。
「お前たちと出会う前、俺は、カズマという男と戦い、その男に北斗繰筋自在脚を叩きこんだ。
この技を受けた者は全身の筋肉が30分は弛緩した状態になり、その間は立つこともできなくなる。
だが、カズマという男は立ち上がってきた。
そして、あのDIOという男に秘孔は通じなかった……」
 DIOだけならば、カズマだけならば、例外もしくは桁外れの精神力による奇跡ということもできようが、
 秘孔が効かない人間が二人も存在するとなれば、話は変わってくる。
 もっとも、本来ならばカズマが秘孔を受けて立ち上がってきた時点で考える必要があったのだ。

 秘孔の効かない人間の存在を。

 だが、『秘孔の効かない人間』というものを考えた時、ケンシロウの脳裏に浮かぶのは、
 聖帝サウザーの姿だったのである。

 ここに思考の落とし穴があった。

 サウザーは単に秘孔の位置が常人とは異なっていただけであって、
 秘孔を突いた時の効力は、同じだった。
 ゆえに、通常と同じ場所にある秘孔をついた場合でも同じ効力が発揮されるとは限らない、
 という発想ができなかったのである

 ――違うな。

 ケンシロウの鉄の如き表情がわずかに歪んだ。

 ――認めたくなかっただけだ。

 秘孔が効きにくい、そして通じない人間がいるということを。
 ケンシロウの握り締められた拳がみしみしと音を立てた。

 言うまでもなく、ケンシロウは傲慢さや慢心とは縁遠い男である。
 だが、北斗神拳を一子相伝の最強の拳法と信じていたのもまた、事実なのである。
 北斗神拳は尊敬する兄達が全てをかけて求めた拳法なのだ。
 北斗神拳が、唯一無二の最強の拳法でないことなど、あってはならない。
 ケンシロウの心にこのような感情があったことを、誰が責められようか?

 だが、ケンシロウは憤る。
 ある意味慢心ともいえる思いを、増長ともいえる思いを、抱いていた己の未熟さが、許せずに……。

「――ケン?」

 キュルケの問いかけに、ケンシロウはようやく怒りの井戸の底から浮上した。
 類稀なる精神力と自制心を発揮して井戸に蓋をし、
「とにかく、違う世界の人間には秘孔が通じぬ場合がある、ということだ」
「じゃあ……」
「ジグマールが5人を襲って返り討ちにあったのか、
それとも彼らと何らかの諍いを起こして追い出されたのかは分からない。
だが、ジグマールが腹いせとして俺達に5人の悪口を吹き込んだけであると考えたほうが、辻褄が合う」
 キュルケは大きく首肯した。
「そうよね……。大体にして、まず5人っていうのがおかしいのよ。
他の人間を皆殺しにして勝ち残りを狙う人間が、誰かと組めるわけないじゃない。
信用できない人間と組んでたって、いつ寝首をかかれるか分からないんじゃねえ……」
「そういうことだ。
それに俺は、神楽の仲間が、友を殺して生き残ろうという人間であるとは、どうしても思えん」
「ケンの心がそう感じた……のよね?」
 ケンシロウが頷くと、

「私もよ」
 キュルケは花が開くように笑った。

 ――まるでダメなオッパイお化け――――略してマダオ!!!!

 確かに神楽は、気が強くて口が悪く、おまけに短気だ。

 けれど。

 ――ごめんなさい。

 素直で子供らしいところもあり、

 ――こんな殺し合いに乗った馬鹿は私がぶん殴ってでも止めてやるネ。

 正義漢も強い。
 そんな神楽と一緒に暮らしていた人間が、他者を殺して生き残るという選択をするとは、
 キュルケにも思えなかった。
「じゃあきっと神楽は今頃、仲間と合流してるわね……」
 ほおっと深い息を吐いて、キュルケは安堵の笑みを浮かべた。
「よかった……。本当に」
 本当に良かった。
 友人同士で相争うことにならくて、本当に――よかった。
 ラオウやユウジロウとて手負いだ。神楽も含めて 6人もいる集団に手は出すまい……。
 安堵の息を吐いて、キュルケはベッドに倒れこむ。
 その時、ふっとケンシロウが笑った気配が伝わってきて、キュルケは顔を上げた。
「どうしたの? ケン」
「……シュウが、俺の友が言っていたことを思い出した。目が見えぬ代わりに心が開いた、と」
「開くとどうなるのかしら?」
「前には、見えなかったものが見える」
 きょとんとした表情を浮かべるキュルケを尻目に、ケンシロウはどこか楽しげな笑みを浮かべた。
(俺にははっきりと見える。お前の優しさと、友を思う熱き心がな)
 ケンシロウの笑みにつられるかのように、キュルケも照れたような表情を浮かべて応じる。
 暖かな空気が流れるのを二人は感じた。
 ややあって、ケンシロウは笑みを消し、キュルケの方に向き直った。
「キュルケ……。聞きたいことがある?」
「何かしら? 私に答えられることなら何でも答えちゃうわよ?」

「俺があのDIOという男に、剣のようなもので刺された時、そして目を抉られた時、
お前から見て、あの男はどう動いたように見えた?」

 空気が張り詰めるのを二人は感じた。



「まず俺から、ありのままにさっき起こった事を話そう。
DIOは『俺の目の前から消えて側面に移動し、どこからか剣を取り出し、
それを突き刺すという動作を全て同時に行った』
DIOは、『離れた場所から俺の目の前に移動し、目突きを俺の両目に叩きこむという動作を、
同時に行った』
何を言ってるのか分からないかもしれない……。
正直なところ、俺にもいまだに何をされたのか、わからない。
しかしあれは、毒や催眠術で俺の知覚を誤魔化したとかそういうことでは断じて無い。
あれは何か、もっと別のモノだ」
 ケンシロウが口を噤むのをまって、今度はキュルケが口を開いた。

「そうね……。ケン、今あなたが言ってくれたことと全く同じよ。
DIOが消えたと思ったら、あなたの体に剣が刺さっていたわ。
そして、また消えたと思ったら、DIOはあなたの両眼に指を突き立てていた……。
そりゃあなた達の攻防に全然ついてはいけなかったけど、動作の影ぐらいは追えていたのに、
あの時だけは、本当に何も見えなかったわ」
「……やはりな」
 キュルケの言葉にケンシロウは小さく首肯した。
「DIOはおそらく、『一瞬のみ普段の数百倍もの速さで動くことができる』能力の持ち主だ。
俺はそう考える」
『どこからか剣を取り出す』『移動する』『刺す』という動作を同時に行うことは不可能だが、
 動作と動作の間隔を極限まで縮めれば、限りなく『同時に』行ったことに近づけることができる。
 DIOが『同時にやったと相手に誤認させて』いるのではなく、『実際に同時に行った』とすれば
 それしか考えられない。
 キュルケの言葉を聞いてケンシロウは自分の推論が正しいだろうと考える。
 離れた場所にいたキュルケにまで気を配り、DIOが自分と同時にキュルケにも何らかの術をかけたとは、考えにくい。
 目の前にいる敵を相手にしながら、他の人間にも気を配る余裕があるなら、まわりくどい手段を使う必要は無い。
 その余裕を目の前の敵に向けて、全力で倒してしまえばよいのだ。

「でもそんな技……。どうやって防げば……」
 ごくり、とキュルケは喉を鳴らした。
「心配するな。俺も何らかの手段で、DIOの知覚を妨げるぐらいしか方法は思いつかんが、
 俺にはまだ、奥義が残っている」

 北斗神拳究極奥義無想転生。

 己の体を無として敵の攻撃をかわし、そこから転じて敵に攻撃を叩きこんで粉砕し、生を拾う。
 究極奥義と呼ぶにふさわしい、攻防一体の絶技である。

 先ほどの闘いでは、南斗紅鶴拳、伝衝裂波を使っていたため攻撃を受けからの発動になってしまったが、
 初めから使っていればDIOの技量では夢想転生を見切ることはできない――

 はずだ。

 キュルケの顔が喜色に輝いた。
「すごい! 本当にすごいわ! ケン」
「だが、この奥義は俺一人の物、誰かを守ることはできん……。
キュルケ、次に俺とDIOが戦う時は、俺から離れていてくれ。
そして俺が倒れなら迷わず逃げろ。お前ではあの男の相手は、はっきりいって荷が重い」
「そんなこと、できないわ!」
 間髪いれずに響いた拒絶の言葉に、ケンシロウの眉がピクリと動いた。
「ケン、あなたも気付いているはずよ。
DIOはあの技を無制限に使えるわけじゃない。
まあ当然よね。使えるなら、何度も連続で使えばいいんですもの。
そうすれば、あそこにいる人間を皆殺しにすることだってできたはず。
それをしなかったってことは、私達メイジの魔法と同じように、使える回数に限度があるってこと……。
もしも仮に……。勿論私は、あなたが勝つって信じてるけど、
あなたが負けた時は、私があなたの仇を討つ」
「キュルケ……」
「ケン、私の世界ではね……。魔法を使えるものを貴族というんじゃないわ。
決して敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」
 キュルケの声には確固たる意志の響きがあった。
「まあ、今のは友達の受け売りなんだけど……ね。
でも仲間がやられたのに、そこで尻尾を巻いて逃げることなんて、私にはできないわ。
ましてやそれが……。ましてそれがあなたなら、なおさらよ!」
 数瞬の沈黙の後、
「……分かった」
 ケンシロウは居住まいをただすとキュルケに向き直った。

「友情に熱き女、キュルケよ。お前の炎にも似た熱き思い、確かに受け取った。
ならば俺も誓おう。お前が倒れることがあれば、お前の代わりに戦うことを」
 重々しい口調で誓いの言葉を発した後、ケンシロウは表情をわずかに緩め、
「キュルケ、俺はお前と「友」になれたことを、心から嬉しく思う」

 返事は返ってこなかった。

「……キュルケ?」
 微量の困惑の粒子を含有させて、ケンシロウは疑問を発した。
 自分なりの最大の賛辞を送ったつもりなのだが、何故かキュルケが頭を抱えている気配が伝わってくる。
「ご、ごめんなさい……。ちょっと、胸が一杯になっちゃって……。
ええ! 私も嬉しいわ、あなたと出会えて!」
「そうか……」
 どこか満足そうな表情を浮かべるケンシロウを見て、キュルケの頭がガクンと下がった、

 ――分かってない。

 おそらくマミヤやバットが入れば、苦笑を浮かべて頭を振った後、
 フォローの言葉の一つも発したかもしれないが、残念なことにそんな人間は、この場にいなかったのであった。