真夜中のサーカス ◆d4asqdtPw2



殺し合いの大地を赤く照らしていた太陽が沈んでいく。
しかし地平へと消え去る直前まで、巨星はその光で暗闇を封印し続ける。
消防車で北上しているエレオノールにとって、その西日は邪魔で仕方が無かった。
真横からこれでもかという程に彼女の顔を照らしつけ、視界を遮り、運転を阻害する。
いくら振り払っても、赤い波長を帯びた粒子は、止めどなく彼女を攻撃しその手先を狂わせる。
身体的ダメージは皆無だが、彼女の精神力はガリガリと削られていく。
そのおかげで、消防車は牛の歩くような速度で、のそのそと前進せざるを得なかった。
本来ならばこの赤い車は、緊急時に風のような速さで駆けつけるはずなのだが。

「……少し、休むか」
ブレーキペダルを踏み込むと、元々殆ど速度を有していなかった車が、ついに停止した。
急ブレーキだからだろうか、運転席に座る彼女にはフロントガラスの方向に多少の慣性力が働いた。
前のめりになってしまった体に、今度は自分で後ろ向きの力を加え、背もたれに勢いよくもたれかかる。
そのまま背もたれにその身をあずけ、体を休めることにした。

(命をかける……私の、舞台)
夢の中でギィが発した言葉。
歌うように、軽やかに脳に伝わる彼の声。
それは彼女に『答え』を示しているかのような……。
(私の『役割』を演じれば、人間になれるのですか……?)
自分に与えられた役割、それは才賀勝を守ること。
彼を守り続ければ、このかわいそうな人形は人間になれる。

なぜ? なぜそんなことで人間に生まれ変われるのだ?
私と『人間』は何が違う?
私が『人間』になるために欠落しているものとは何だ?

それをカトウナルミが教えてくれるのか?
「そうなのですか……先生?」
虚ろな目をして問いかけたが、答えは返って来なかった。

『さて諸君、午後18時の定時放送を始める……』
(……! 放送、か)
突如響いた老人の声が、迷宮入りした思考を強制中断させる。
答えの出ない苦しみの最中にいた彼女にとっては、不快な放送もありがたいものであった。
ふと外を見る。
あれだけ鬱陶しかった太陽は、夜に敗北して、地平の底で眠りについていた。


トクン、トクンと響くのは、私の心臓の音。
鳴り止まない。ずっと……さっきの放送の後からずっとこの調子だ。
原因は、才賀勝。
もちろん空条承太郎 や範馬刃牙が死んだことも驚いた。
とくに範馬刃牙は自分の歯車を散々狂わせた男だ。
その食わせ物の男が死んだ。この数時間の間で。
だが、彼らの後に徳川とか言う老人が呼んだ名前……才賀勝。
その名前が呼ばれたことは、空条や範馬の時とは比較にならない程の衝撃だ。
才賀勝が死んで悲しいって訳じゃない。
あの少年は、偽名を使って私を偽っていた者だ。
それに、元々深い信頼関係で繋がれていたのではない。
だから才賀勝も、この名簿に載っている他の参加者と同じく、ただの殺害対象でしかなかったはずだ。

だが私はまだあの言葉にすがっていたのだろう。
『人間になりたければ、命をかけて勝を守れ』
人形である私を人間へと導いてくれる唯一の方法だった。
今回の殺し合いに優勝する褒美として与えられる「願いを叶える権利」によって、私が才賀勝を守る必要はなくなった。
ならば彼の死に動揺することなどないはずだ。
それでもこの心臓が鳴り止まないのは、私が才賀勝にすがっているからだろう。

それにしても、才賀勝はさっきまで生きていたはずだ……。
事実、1時間前に私は才賀勝と言葉を交わした。
そして、彼に刃を突きたてた。
その結果として彼を殺すことは出来なかったし、その上オリンピアの懸糸を切られてしまった。
その後間もなくして、何故か勝は死んだ。
私が才賀勝に決別してすぐに、勝は死んだ。
勝を守るのを放棄した直後に訪れてた勝の死。
それはまるでゲームオーバーを宣告されたような……。
「勝を守る」チャンスは二度と訪れない。私が放棄したその瞬間に彼は失われた。

……余りにもタイミングが良すぎる。

勝と共に行動していたあの空手家もかなり強かったはずだ。
あの空手家、独歩なら勝を守るために戦うはずだ。命をかけて。
それなのに、才賀勝だけが死亡した。
これは偶然なのか?
まさか、私が勝を諦めたから……私が過ちを犯したから……彼は死んだのか?

だとしたら……「願いを叶える権利」は私の心を惑わすための嘘? まやかしだったのか? 
私は……誘惑に負けたのか?
まさか……私は二度と人間にはなれないのではないか?

「そんなはずは……ない」
ただの偶然だ、いくら人形繰りが出来るようになっているといっても、勝は弱い子供だ。
この短い時間であっさり死ぬ事だってあり得る……。
だが、もし本当に……『優勝の褒美』が私を惑わす試練だとしたら……。

『才賀勝』という言葉が私の頭から離れない。
なぜだ……彼の死を私の脳が許していない。

だんだんと早く、大きくなる胸の鼓動を聞きながら、消防車のアクセルを全開にする。
向かう先は、最後に勝と出会った場所。
私が勝に決別したあの場所。
あれから大した時間も経っていない。ならば、その近くで彼は死んでいるはず。
彼の死体に会ったからって、その死体が私を人間にしてくれるわけじゃない。
だが、確認したかった。

彼が本当に死んだのか。
才賀勝がどんな死に方をしたのか。
私は……これからどうすればいいのか……。


◆     ◆     ◆


「なんだ……これは」
決別の地からそう遠くない場所に、彼はいた。
うつ伏せに倒れる彼の周囲には彼のものと思しき血液、脳髄。
それらが発する不愉快な臭いが鼻を刺激する。
彼の頭は強い衝撃によってグチャグチャに潰されていた。

「あ……うぁ……」
私は……震えているのか?
何に? 私は何に怯えている?
うつ伏せの死体を抱きかかえ、上を向ける。
死体の肩に手を添えた瞬間、ヌチャリと音がした。
何か、と思って自分の手を見ると、勝の肩に付いていた彼の血液で真っ赤に染まっていた。
「……っ!」
死体などで怯える訳はない。
死体など、この90年の人生の中で、山ほど見てきた。
今更こんなもので怯えるはずなどないのだが……。

もう一度、才賀勝の肩を持って抱きかかえる。
顔面があったであろう場所は、何が何だか分からないほどメチャクチャにされていた。
その小さい体も傷だらけで、両手足は力なくだらりと垂れている。
「なんだ……これは……」

その死体と対峙して初めて、『エラー』を認識した。
『私は人形で、才賀勝を守れば人間になれる』
その言葉は、私の脳の深い、深い部分に巣食っている。
今も、私の頭の中で響き続けている。


これは才賀エレオノールは知らないことだが、彼女は今まで永きに渡り、強い洗脳状態にさらされていた。
それでなくとも、生まれてすぐに複数の人物の記憶を植えつけられた彼女の精神は、非常に不安定な状態にあった。
その不安定な状態から、彼女の人格は幼い頃に一度破壊され、ある人間の言葉を元に形成され直していた。
彼女の脳は、その『人形から人間になるために、才賀勝を守れ』という命令を中枢として存在している。
しかし、その守るべき人間が死亡した。
才賀勝の死亡という決定的な視覚情報は、その暗示に致命的な矛盾を生んだ。
彼女の恐怖の根源は、この『エラー』にある。
才賀勝の存在の消滅に、歪な脳は耐えられない。


「あぁ……ぁ……」
そうだ、私はこの恐怖に震えているのだ。
自らが信じていたものが崩壊していく恐怖。
自らの思考回路が破壊される恐怖。
才賀勝しか私を導いてくれない。
それなのに私は彼を裏切った。
彼はもう……消えてしまった……。

もう、人形は……人間にはなれない……。
私は……このまま……ずっと…………人形……。

「あ、あ……がぁ……」
一気に襲い掛かった絶望に、脳が追いつかない。
視界がマーブル色に揺らいでいく。
死体が放つ不愉快な臭いも、この会場に吹く風の音も認識できない。
脳がその機能を停止しようとしているのだ。
震えが止まらない。
寒い。寒い。
「さ……む、い」

「かっ……は……」
ついに耐え切れなくなった脳がショートする。
私の目玉はぐるりと回転し、そのまま意識を闇に落とす。
ブラックアウトの直前に見えたのは、私が古い井戸に落ちていく光景。
極限まで不安定になった精神が、ある記憶を呼び起こした。

「ここは……?」
目覚めた私は、暗闇にいた。
見上げると、円形状に穴が開いていて、そこから月明かりが僅かに差し込んでいる。
そうだ、私は井戸に落ちたのだ。
腰の辺りまで水に浸かっているのが分かる。
(何とか脱出しなければ)
そう思って、抱えていた才賀勝の死体を捨てようとしたのだが……。
「才賀……勝じゃ、ない……?」
私の抱えていたソレは才賀勝よりも遥かに小さい、子供。
恐らく、生後間もない乳児だ。

……まだこの子は生きている。
だが、様子がおかしい。
「おい、どうした? なにがあった?!」
その子の呼吸は荒く、汗をびっしょりかいている。
冷たい井戸の水に浸かったせいで、体温が低下しているのだ。
「大丈夫か? おい、大丈夫か?!」
こんなもの、放って置けばいいのに。
そうだ、私は殺し合いに生き残って人間にならなければ……。
でも、なぜだ?
なぜ……この子を見殺しにすることが出来ない?

すると……。
「これは……」
子供が浸かっている部分の水がバラ色に変わっていく。
やがてそれは井戸の水全体に広がり、井戸の底はぼんやりとした光で包まれた。
「この液体を私は知っている……」
この液体は全てを溶かしてしまう。
このままでは私もこの子供と一緒に溶かされてしまう。
早く、私だけでも脱出しなければ……。

私だけでも……。

「大丈夫……私が抱っこしててあげる」
何を言ってるんだ……私は。
違う……私はこの子を置いて脱出しなくてはならない。
なんでこの子を抱えあげなくてはならないんだ。
ダメだ。こんなことをしては私の体が、私の機械の体が溶けてしまう。
そんな私の意図とは別に、私の体は子供を抱え上げたまま動かない。
そんなことをしているうちに、私の体はジュウ……と音を立てて溶かされていくというのに。

ダメだ、こんなことをしていては……このままでは。
(このままでは……彼女を支えていられない)
違う……! 子供を支えてやる必要なんてない!
私はここを出て、人間に……人間に!

「神様……私は人間になどなれなくていい!」
さっきから私は何を言っているんだ……!
私は人間になるために、ずっと今まで……。
それをこんなことの為に台無しにするつもりか!

「でも……この子だけは……!」
やめろ……それ以上言うな!
人間になれないんだぞ? 私が……お前がずっと望んでいた人間になれなくなるんだぞ?!
お前はそれでも構わないのか……?

「かわいそうに。ごめんね……。ね……泣かないで」
お前は本当に……その子供の為に全てを諦める気か?
その子供になんの価値がある?
お前は、生み出されてからずっと今まで苦しんできたじゃないか!
ずっと人間になりたいと、望んできたじゃないか……。
それと引き換えにするほど、その子供に価値があるのか!

――風に葉っぱが舞うように

……! これは……歌?
歌っているのか……? 子供の為に。
自分の体が溶け始めているというのに。
お前は……なんでそこまで……。

――天にまします神さまよ

ここが、お前の舞台なのか。
これが、お前が命をかけて演じた役割なのか……。
この終焉で、お前は満足なのか?

――いつかは恵みをくださいますよう

なぜこんな終わり方で胸を張れる?
答えろ! 答えろ……。
おい、答えろ……返事をしてくれ……。
おい、子供が……泣き止んだぞ……。

「落ち着いた? もう泣かないでね、ほら……」
お前は……それでいいんだな?
それで、よかったんだな?
見ろ、子供が笑っているぞ。

こんな……恐ろしい人形に笑ってくれているぞ……。

「星が見えるわ……」

あぁ、星がよく見える。
とても、いい夜だ。

「なんて、いい気持ち」

……あぁ。とても心地よい。
私も分かるよ。お前は、満足なのだな。

人形よ……お前は、人間になれたのだな。

とても満足そうな顔で、彼女は溶けていった。
同時に私も、消えていった。
『もう一つの記憶』を抱えたまま。

「……ここは……?」
目覚めると、私は殺し合いの会場に戻っていた。
今のは……夢だったのか?
(違う、私ははっきりと覚えている。この記憶を)
人形が、人間に変わる瞬間の記憶。
彼女の記憶は私の中に眠っている。

何故その記憶が私の中に在るのかは分からない。
でも、確かに彼女は私に教えてくれた。
人間になる方法を……。
自分の脳が正常に作動していたことに気づいた。
脳が『エラー』を認識しなくなったのだ。

さっき先生は私に「自分の役を演じろ」とおっしゃった。
やっとその意味が分かった気がする。
記憶の中の『彼女』は自分の舞台を演じきった。
そして観客はあの子供。
そして彼女は観客を、あの子供を笑わせることができた。
だから人間になれたのだろう。

先生は私に「カトウナルミに会え」とおっしゃった。
それは、彼を観客に選べということ。
彼のために、自分の舞台を演じろということか。
彼を笑わせるために。
彼の笑顔が、私を人間に導いてくれる。

でも……どうやって?

大丈夫。それも、彼女が教えてくれた。
彼女の記憶が教えてくれた。
『誰かを笑わせる方法』を……。
これは、才賀勝を裏切ってしまった私に与えられた最後のチャンス。
ギィ先生と私の頭に眠る『彼女』が与えてくれた……。

立ち上がった私は、消防車へと歩き出す。
その途中で、手が血まみれになっているのを思い出した。
才賀勝の血だ。
いくら汚れても構わないのだが、この血だけは拭いたい。
才賀勝の血だけはオリンピアには付けたくない。
どうしようかと考えていると、消防車の中に古いタオルがあるのが見えた。
それを手に取り、ごしごしと血を拭う。
爪の先に付着したものはタオルでは取れないから、仕方がないので舐め取った。

運転席に座り、アクセルを踏み込む。
「先生……行きましょう」
隣に座るオリンピアへと話しかけた。
自分の意思を確認するために。
「この殺し合いの会場を……」
車を発進させる。
何か、ゴシャ! と鈍い音が聞こえた気がした。
何か轢いてしまったのだろうか?
だがそんな事はどうでもいい。
私の目的は決まっている。

「この殺し合いの会場を……血で染め上げるために」

消防車が去ったあとには、才賀勝の死体だけが残されていた。
彼の体は、消防車に轢かれて、ひしゃげていた。


古井戸での人形の記憶を知った後、エレオノールは別の記憶も取得していた。
それは血に染められた村の光景。
人間はただの肉の塊として扱われていた。
地獄という言葉ですら生ぬるい。
人形を笑わせるために、その僕たちが人間を嬲り殺している記憶。
クローグ村の惨劇と呼ばれた夜の話。
そんな光景の中でも『彼女』は嫌がる素振りをみせなかった。
あの井戸の中で人間になった人形は、その殺戮を望んでいた。
なるほど……誰かを笑わせるには、殺戮という演目が最高に適しているらしい。
だからカトウナルミを笑わせるために、この会場を血で染め上げようと彼女は決めた。
最後に残った彼と対峙するために。

そんなことをしても、加藤鳴海は笑うはずはないのに。

記憶を見る順番を間違えたために、彼女は変わってしまった。
エレオノールは完全に人形と化してしまった。
記憶が彼女を壊してしまった。
そして彼女を救えるのもまた、記憶だけ。
彼女の中に眠る人形の記憶。
そして加藤鳴海が持っている、彼女との記憶。

最大の希望である才賀勝の記憶は、もう失われてしまった。


【D-3とE-3の境界 1日目 夜】

【才賀エレオノール@からくりサーカス】
[状態]:精神不安定、消防車で移動中
[装備]:なし
[道具]:青汁DX@武装錬金、ピエロの衣装@からくりサーカス、支給品一式
[思考・状況]
基本:加藤鳴海以外を皆殺し
1:人形以上に強力な武器が欲しい。
2:殺戮を繰り返せば、ナルミは笑ってくれるはずだ……。
[備考]
※参戦時期は1巻。才賀勝と出会う前です。
※オリンピアは懸糸の切れた状態で消防車の助手席に座っています。
※夢の内容はハッキリと覚えていますが、あまり意識していません。
※エレオノールが着ている服は原作42巻の表紙のものと同じです
※ギイと鳴海の関係に疑問を感じています。
※メイクは落としました
※フランシーヌの記憶を断片的に取得しています。
※「願いを叶える権利」は嘘だと思っています。


179:状況は……? 勘違い真っ最中!! 投下順 181:贈り物
179:状況は……? 勘違い真っ最中!! 時系列順 181:贈り物
168:燃える決意――Resolution―― 才賀エレオノール 190:人形の名を名乗った娘