贈り物 ◆04DcwbhVLk



 夕日が、あたりを赤く染めている中、一人の男が消防署から出てきた。
 彼が周りを見回すだけで、赤い日光を受けて余計に赤くなったポストは全身が青ざめて恐怖に震える。
 地上3階建ての消防署は、彼が体から抜け出たことにホッとした表情を見せている。
 地上最強の生物、それは建物が相手であったとしても、脅威の対象となりうるものだ。
 けれども、数メートル上から彼を見下ろす街路樹だけは、その表情に僅かな陰りがあることを見逃さなかった。
「……死んだか」
 数分前に流れた放送は、範馬刃牙の死を伝えてきた。それが彼に与える影響は少なくないということなのか。
 地上最強の生物は軽く溜息を漏らすように呟く。すでに薄暗くなった空気が一瞬白く変わる。
「……痴れ者が」
 息子と共に、父として過ごした日々を思い出しているのか。
 息子に外道と言われながらも、やはり勇次郎は人の親だったと言うことか。
 彼の周囲は、そのオーラに包まれ1度だけ温度が上がっている。
 けれど、彼の吐息は悲しみに包まれ、逆に温度を下げているようにも思えた。
「ックックック……」
 彼が嗤った。
「弱いッ、あまりにも脆弱。何たる腑抜けぶりッッ!!」
 彼は決して悲しんでなどいなかった。誰にでもなく、虚空に向かって鬼は叫ぶ。
「俺に挑むと言っておきながら、どこの馬の骨とも知れぬ輩に敗れるなど恥を知れ!!」
 自らに挑むと誓った息子が死んだ。久方ぶりに見た餌に足る人間。それが死んだ。
 範馬勇次郎にとって、息子の死はそれ以上でも以下でもない。だから別に悲しんだりはしないのだ。
 それに今の勇次郎は落胆もしない。勇次郎は知っている。この場には息子以上に強い者がいることを。
 1800年の歴史と共に、磨き上げた奇跡の技術。
 その精度は中国拳法すらも超え、その肉体は近代兵器すらも凌駕する。
 科学では作りえぬ純度。ただひたすらに強くあれと願い続けて作られた存在。
 そう、男の名はラオウ。
 この場には、息子を遥かに上回るあの男がいるのだ。だからもう、刃牙の挑戦を待つ必要はない。
 あの男を喰らえば、それで全てが足りる。
「クックックッ……」
 再び、鬼が嗤う。今度は明らかに楽しそうに嗤う。
 そして、デイパックから打ち上げ花火を取り出す。
 辺りは既に薄暗い、太陽の明かりは僅かに地上を赤く染めるだけ。
 今花火を打ち上げれば、周囲に目立つこと間違いなし。きっと、あの男にも見えるだろう。
 そう考え、勇次郎が花火に手をかけた瞬間……周囲に、異質な気配を感じた。

 気配は勇次郎の背後から近づいてくる。
 足音ひとつさせず、だが確かに一歩ずつ勇次郎に近づいてくる。
 そして、その背中まで1メートルという所で止まった。
「親父は生き残ったんだな……」
 勇次郎の背後にいたのは少年。彼の息子、範馬刃牙。刃牙は勇次郎の返事を待たず、言葉を紡ぎ続ける。
「俺はアンタに憧れていた。アンタより少しだけ強くなりたかった」
 幽鬼となり、死しても勇次郎の側に現れた刃牙。
 彼は執念でこの場に現れたのか、それとも、別の者に誘われたのか。はたまた、これは単なる勇次郎の幻影なのか。
 勇次郎は応えない。振り返り、ただ刃牙を見つめるのみ。
「受け取ってほしい親父……いや、父さん。アナタに捧げる俺の拳だ」
 言うが早いか、刃牙は両掌を広げ、両手を天高く掲げる。
 父、範馬勇次郎と同じ構え。対峙する勇次郎はズボンのポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない。
 刃牙が動く。
 ノーモーションからの右アッパー。半歩後ろに下がり、かわす勇次郎。
 続けざまに左フック。右へ一歩ずれてかわす勇次郎。
 刃牙が徐々にスピードを上げていく。
 左右の拳を使ったコンビネーション。左ジャブから右ストレートへと繋げる単純な攻撃。
 だがしかし、嵐。
 二人の闘いを見下ろす街灯が、ほんの少し明かりをビクつかせて身震いする。
 地面に縛り付けられたままのガードレールは、ちょっとだけ体を捩じらせて逃げようとする。
 無生物でさえ、恐怖させる二人の闘い。
「……光成のヤロウ……面白ぇものを仕掛けてきやがった……」
 愉悦。明らかな喜びが勇次郎の顔からこぼれ出る。
 苛烈さを増していく刃牙の攻撃は、地上最強の生物から両手を引き出した。
 ついに勇次郎は、刃牙を避けるのではなく、手で防ぐようになってくる。
 ジャブ、フック、アッパー。さらには、回し蹴りや踵落しまで。連撃。
 技という技が、勇次郎に送り込まれる。
 刹那、勇次郎は防御を止め、再びポケットの中へと手を戻す。
「生れ落ちて僅か18年。取るに足らぬ若造の歴史……」
 吹き荒れる拳の暴風。その中で、勇次郎は一人呟く。
「だがしかし、色を知り、欲を知り、果ては死まで知りて辿り着いたその場所は……」
 刃牙の攻撃は止まらない。
 勇次郎は、反撃も防御もせず、ただ独り言を呟くばかり。
「中国拳法すらも凌駕する!!」
 そして、勇次郎はその両腕を天高く掲げた。
「ようやく、本気になってくれたのか……」
 刃牙が止まる。
 勇次郎は、掲げた両掌を、さらにさらに高く上げて刃牙を見下ろす。
 嵐が止んだ。
 刃牙は腰を落とし、両足を肩幅より広げて、右拳を脇に抱える。
 刹那、拍手のような甲高い連続音が、辺りに鳴り響いた。
 音速拳。刃牙が持つ、最速の拳。
 それが、勇次郎に襲い掛かる。だが、勇次郎は掲げた拳を下げない。
「だがしかし、中国拳法を越えてなお。貴様の拳は完成を見ない」
「おしゃべりが多いんだよ!!」
 勇次郎に襲い掛かる刃牙の拳は、さらに苛烈さを増し、常人の目にはもはや人の形とさえ、
認識できぬほどの速度にまで達する。
 だが、それでもなお、勇次郎は拳を下げない。
「あるはずだ、見せてみろ。音速拳を超えた貴様のオリジナル!!」
 勇次郎の咆哮を聞き、刃牙が動きを止める。
「気づいてたんだ……流石だね……」
 刃牙は、音速拳の構えを若干前傾させた形で構える。
 勇次郎が笑う。刃牙が嗤う。
 刃牙の拳が、音速拳と同じ形で放たれる。
 先ほどと同質、同速。けれど、二人の表情は違う。愉悦、快楽。それが見て取れる。
 そして、コンマ1秒にも満たない僅かな時間で、刃牙の拳が勇次郎にぶつかった。
 その瞬間、刃牙の体は停止した。
 剛体術。インパクトの瞬間、間接を固定することで得られる最大の破壊力。
 音速を超えるスピードで、70kgの鉄球が勇次郎の体に激突した。
 次の瞬間。
 拳が、刃牙を頭から叩き落とした。
「やれば出来るじゃねぇか……」
 音速拳と剛体術の融合。
 それが、範馬刃牙の切り札。
 そして、その切り札をもって闘いは終結した。
 範馬刃牙の幽霊は、叩き潰されたまま姿を消した。
「っへ。強くなりやがって……」

 範馬勇次郎は気分屋である。
 先ほど、打ち上げ花火を手にした時、不意に息子に会ってみたくなった。
 その彼がやったことはリアルシャドー。
 自らの知らぬ、死を知った刃牙を、勇次郎なりに再現して闘ってみた。
 その刃牙は、ほんの少しだけ強くなった刃牙。
 それが真実とは限らない。否、死んで強くなる者などいるはずがない。
 だから、これは勇次郎の想像の中の出来事。単なる誤り。
 けれどリアルシャドーの中では真実。
「先に冥土に行ってな。100年経ったら、俺も付き合ってやる」
 勇次郎は取り出した打ち上げ花火を再び仕舞う。
「クックック……それなりに楽しめたな……」
 鬼は嗤う。息子の死でさえも。
 強者との戦い、それこそが、鬼の望み。
「暫く歩くか……」
 満足した勇次郎は、そのままかつての好敵手がいた場所へと歩き始める。

 沈み行く太陽が、彼の背中を見たとき。
 なぜか、少しだけ啼いているように見えたという。
 リアルシャドーは勇次郎なりの刃牙への弔いだったのかも知れない。


【D-4 消防署前/一日目 夜】
【範馬勇次郎@グラップラー刃牙】
[状態]闘争に餓えている。左腕切断(アクア・ウィタエの効果により自己治癒中)。息子が死んで少し切ない気分。
[装備]ライター
[道具]支給品一式、打ち上げ花火2発
[思考] 基本:闘争を楽しみつつ優勝し主催者を殺す
1:戦うに値する参加者を捜す
2:首輪を外したい
3:S7駅へ向かいラオウ、DIO、ケンシロウを探す。
4:未だ見ぬ参加者との闘争に、強い欲求
[備考]
※自分の体力とスピードに若干の制限が加えられたことを感じ取りました。
※ラオウ・DIO・ケンシロウの全開バトルをその目で見ました。
※生命の水(アクア・ウィタエ)を摂取しました。身体にどれ程の影響を与えるかは後の書き手さんに任せます。


180:真夜中のサーカス 投下順 182:今にも落ちてきそうな星空の下で
180:真夜中のサーカス 時系列順 182:今にも落ちてきそうな星空の下で
168:燃える決意――Resolution―― 範馬勇次郎 187:『巨星落つ』