今にも落ちてきそうな星空の下で(中篇) ◆MANGA/k/d.



 まとわりつく、粘ついた空気。
 暗闇の中で呼吸も出来ずに、もがいている。
 脚に、腕に、身体に…そしてのどに、無数の手がからみついて、引き戻そうとしてくる。
 誰だ?
 振り返りたい衝動。
 しかし、振り返ってはならない。
 何故か、そんな気がする。
 耳元に息がかかる。
 生暖かい。
 首筋に液体がかかる。
 ぬらりとした感触。
 うめき声が、悲鳴が、嗚咽が、怨嗟が。
 耳の奥へとぬるりぬらりと入り込んでは、ぐるりぐらりと渦巻いて脳を揺さぶる。
 痛い…苦しい…助けて…何故…。
 何故こんな非道いことを…。
 お願いします、子供だけは…。
 痛い、痛い、痛い…身体が…中から…。
 顔にかかる液体の暖かさ。
 爆ぜる肉体の、はらわたから立ち上る湯気。
 そのはらわたから溢れる糞の匂い。
 アンモニアの匂い。
 血の匂い
 悲鳴。
 声。
 匂い。
 溶ける。
 溶け出す。
 記憶。
 スデニ……出来テイタナ…。イイゾ…。
 記憶。
 空条承太郎の記憶。

 ばね仕掛けの人形のように跳ね起きる。
 息が…のどが詰まる。
 苦しい。
 呼吸が、もどかしく引きつる。
 「み…」
 荒い息の中から、あえぐように言葉を吐こうとする。
 (水…水は…)
 暗闇の中に手を伸ばす。
 ベッドの脇にあったサイドボードに、コップがある。
 手に取り、確かめもせずに一気に飲み干した。
 甘い。
 砂糖が入っているのか。
 ざらりとした感触がある。
 しかし、それよりもまずは、のどの粘つきが洗い流された事への安堵がある。
 息がつける。
 呼吸が次第に落ち着いてきた。
 それと同時に、暗闇に慣れた目が、辺りを確認する。
 小綺麗な一室だ。
 ベッドがあり、本棚やクローゼットがあり、机がある。
 広くはないが、狭苦しくもない。
 そして何より、文明の匂いがする。
 アミバの記憶の中では、核戦争によって失われたものの匂いがする。
 この街に着たときから思っていた。
 人気が無く、まるで死人の街のようではあるが…失われていると思っていた様々なモノが、ここにはある。
 いや、むしろ、彼が知っているかつての文明よりも、発展しているかのようにも思えた。
 闇の中にいてなお、アミバはそのことに安堵する。
 かつての自分とは、切り離されたモノがここにあり、切り離されて自分がここにいる。
 そんな錯覚を覚える。
 だめだよ。
 声がした。
 ビクリと、枕元の闇へと視線をやる。
 歪にねじくれ、奇怪な姿をした異形の者が、ベッドの下からはい出てきて睨め付ける。
 だめだよ。アンタは昔と変わっちゃ居ない。
 おれをこんな姿にして殺したアンタのままなんだ。
 お前の本性はただの殺人鬼だ。
 今更イイコになろうなんて、だめだよ。
 部屋の角から。
 机の下から。
 本棚の隙間から。
 クローゼットの中から。
 だめだよ。
                                       だめだよ。
                    だめだよ。
   だめだよ…。

                     モウオソイヨ。

 歪にねじくれた異形の者達 ――― かつて自分が秘孔の実験台としてきた者達 ――― がささやきかけ。

 目が覚めた。
 同じ部屋。
 同じ暗闇。
 同じ匂い。

 息を吐く。
 のどが焼けるように痛い。
 水が欲しかった。
 水を飲んで、この痛みと乾きと粘つきと ――― 過去を洗い流したかった。

 す、と。
 コップが目の前に差し出された。
 考えるまもなく、それを奪って口を付ける。
 甘い。
 砂糖が入っているのか。
 ざらりとした異物感があったが、そんな事を気にしてなどいられない。
 一気に飲み干して、大きく息を吐く。
 それでも、のどのひりついた痛みは消え去らない。

 「具合は」
 声がした。
 「…どうかな? えー…と、アミ…バ。アミバ君…?」
 落ち着いた…いや、この場この時にしては、些か調子っぱずれな感もする、浮ついた声にも思えた。 
 紫がかったライトグレイのスーツは、高級そうだったが既によれよれにくたびれている。
 身体の前が横一文字に切り裂かれ、そこかしこに血が染みつき、どす黒く変色していた。
 上品そうな物腰…だが、何か不安をかき立てる影がある。
 「あー、あー、無理に話さなくても良い。なんとなく分かるよ。
 今…音楽を聴いていてね。
 これさ」
 手のひらに収まる、小さな黒い箱を手にし、さらには何か操作をして開いたそれから中身を取り出す。
 銀色に光る円盤…ディスクだ。
 「意外かもしれないが…私は結構UKロックが好きでね。
 どちらかというと、クラシックとかオペラとか、そういうのが好きだろうと思われやすいんだが、そうでもない。
 特に80年代のUKロックはスバラシイ。
 一番のお気に入りは、勿論 QUEEN だ。
 フレディ・マーキュリーを失ってからの QUEEN の活動は地味で悲しいものがあるが、失われたものは帰ってこない。
 仕方がない事だ…。
 だが…曲は残る。そうだろ?
 『ボヘミアン・ラプソディー』 『We Will Rock You』 …皆、名曲だ。
 だがやはり…ん…? なんだか分からないって顔をしてるな?
 さては、QUEEN を知らない?
 ふむ…。君とは音楽の趣味は合いそうにない、か」
 机の前の椅子の、背もたれに顎を乗せるようにして座ったまま、男は一方的に話し続けた。
 「話題を変えよう。
 ケンシロウ君…。
 君の話にあった、彼。
 字は、何て書くのかなぁ。
 "建志郎" 健康の健、志、太郎の郎…とか…、拳法家だから、いっそ拳法の拳、なんてのも洒落ているかな。
 ラオウ君は、予想がつかないね。羅、螺、裸…、いや、裸は無いか。ラーメンのラに王様の王、なんて、こっちはふざけすぎかな?
 アミバ君は、魚を捕る網に、場所の場? そんな感じかなぁ」
 何を言っているんだ?
 アミバは、胃の腑にじわりと、不気味な感触を覚える。
 親しげな、あるいは躁的な声音。
 有り体に言えば、嬉しそうな声だ。
 しかし、何故ここで、こんな事を嬉しそうに話しているのか、理解不能だった。
 意味が無い。意味が無いし、意図が分からない。
 「私の知っているヤツでね。
 面白いあだ名のヤツが居るんだ。
 名字の最後と、名前の最初が同じ音で、それがあだ名になっている。
 クウジョウ・ジョウタロウ。ジョウ・ジョウ、で、略して、ジョジョ、だってさ。
 しかもその…ええと、甥? 叔父? ま、どっちでも良いか。
 そいつも、あだ名が同じだそうでね。
 ヒガシカタ・ジョウスケ。
 こっちは、ジョウ、に、助けるのスケ、を、ジョ、と読んで、ジョジョ…。
 無理があるよなぁ~、流石に。
 まるでそのあだ名を付けることが先にありき、みたいじゃないか!」
 笑った。
 その笑顔に。
 アミバは戦慄する。
 「…見ていたな」
 表情が、変わった。
 「その反応! 貴様、DISCの中の私を見ていたな…!
 あの…空条承太郎の記憶…私も知らぬDIOという男…どろどろに意識を溶かす奇妙なスタンド…そして、私の秘密をも全て知っている、あの膨大な空条承太郎の記憶を見て、知ったな……ッ!」
 跳ね起きて、構えを取ろうとする。
 が、立ち上がれない。
 社会の裏側で、ひっそり48人もの人間を殺してきた殺人鬼!
 爆弾の能力を持つスタンド、キラー・クィーン!
 自動追尾爆弾、シアー・ハート・アタック!
 顔を変え、川尻浩作となり身を隠すも、その正体を暴かれて死んだ男!
 吉良吉影!
 この男は…ッ!
 漆黒の中の闇、ドス黒い殺人の衝動に突き動かされ続けるこの男は…ッ!
 「ギィ…が…はぐ…ッ!?」
 声が出ない。
 焼け付く痛み。
 「この排水溝をはい回るドブネズミよりも汚らしいゲスが…!
 既に私のキラークィーンが貴様の喉を焼いている…ッ!
 しゃべらせるわけがないだろう。
 私の秘密を知った者に…!
 …いいか、私は常に 『平穏な暮らし』 を望んでいる。
 ささやかな希望だ…。そうは思わないかい?
 君のように、嫉妬に狂って人と争う様な野蛮人には理解できない、高尚な望みか?
 だがね…その平穏を乱す敵には、この吉良吉影は容赦はしない………。
 いつだって、だ……!!」
 立ち上がり、アミバを見下ろしてそう断言する。
 すぐさま飛びかかって、この男を止めなければ。
 そう思うが、身体が思うように動かない。
 「ふふ…結構、慎重でデリケートな作業なんだよ。
 君の身体の要所…筋、とか、間接、とか、そういうところを、小さな爆発で 『壊して』おいた。
 しかも、傍目には目立たない傷として、ね。
 まぁ勿論…検死解剖なんかをされれば一発だろうし、普段は死体を全部消してしまうから、こんな面倒で時間のかかることはしない。
 今回は、特別だ。
 君が…あのDISCで何を見たのかを確認しておきたかった…死体は残さなきゃならないしね。
 それにしても…本当に私は絶好調だ!! 
 全てが巧く回っている…! 何もかもが………!!」
 腹の底から嬉しそうに、吉良は満面の笑みを浮かべる。
 「それじゃあ、君にも最期のお別れをさせてあげようじゃないか!」
 そう言って、吉良は颯爽と、部屋のドアへと向かい、歩いてゆく。
 まるで、遠足に行く子供が、軽くスキップをしているかのような軽快な足取りで。

 ◆◆◆

 幸運だった。
 吉良吉影はそう考えている。
 治癒効果があると言われた、六角形の金属片、核鉄。
 劉鳳が持っていたソレは、武装連金のかけ声で発動し、黒い蝶の羽をもって空を飛べるのだという。
 そして、怪我をしたときに身体に当てることで、治癒力を増して、体力を回復する。
 空を飛ぶ、等という目立つ行為はなるべくしたくはないが、この失った左手首の傷口、右手首、そして腹についた裂傷を治せるというのは魅力的だ。
 そして、吉良はデイバッグの中に転がしてある、病院で銀時から得た金属片に目をやる。
 形は同じだ。
 書かれている番号が違う。
 もしかしたら、これにも同じような効果があるのではないか?
 吉良はそう考える。
 取り出して、それを自らの身体にあてがう。
 なんとなく、体力が回復している様な気がした。
 失われた左手が戻れば良いが、流石にそれは虫が良いだろう。カニやザリガニじゃあるまいし、自然治癒の範疇をを越えている。
 とはいえ、傷口がふさがり、痛みが引くならそれに超したことはない。
 そして。 
 空条承太郎の記憶DISC。
 まずは、こんな支給品が自分の目の前に現れたことが、実に幸運だ。
 これが他人の手で、私の知らぬところで既に使われて…自分の秘密が広まってしまっていたら…。
 考えるだけでもそら恐ろしい!
 そして次に、これを最初に使ったアミバが…おそらくは、度重なる疲労と緊張の上に、あの膨大な空条承太郎の記憶という情報の負荷に耐えきれず…昏倒してしまったこと。
 これが何よりも幸運だった。
 今、あの秘密を知っている可能性があるのはアミバだけだ。
 そしてそのアミバは、こうして目の前で無防備に気を失っている。
 吉良吉影は小さく嗤い、思い返す。


 あのときの私は、そんな事態など全く想定していなかった。
 まさに青天の霹靂だ。
 アミバが倒れ込み、くずおれるその前…かすかに…そのDISCの表面に映った像。
 まるで、角度によって色んな像が見えるホログラムシールの様に、偶然に映った像に。
 自分の姿が見えた。
 偶然か、とも思った。
 錯覚か、とも思った。
 しかし…。
 まだ、川尻浩作へとなる以前の自分。
 靴のムカデ屋で空条承太郎と鉢合わせし…シアー・ハート・アタックで大ダメージを与えるも、逆襲され対峙せざるを得なかったあのときの自分…。
 その姿がここで映っているというのは。
 決して捨て置けないことだ。
 意識を失ったアミバだが、とりあえずは命に別状はなさそうだった。
 手近な民家に場所を移し、アミバを寝かした後、自ら看護役を買って出たのは、二人きりで確かめるべき事があるからだ。


 まずは、アミバの頭からDISCを取り出す必要があった。
 意外にもこれは苦労しなかった。
 元々しっかりとはまっていなかったのだろうか。
 あるいは、意識を失っているからなのか。
 幾度か衝撃を与えたら、ゆるゆるとこぼれ落ちた。
 もしこれが…しっかりとはまっていたとしたら?
 ここも又、幸運だったのだと思う。
 慎重に、表面を眺めた。
 きらめく光の中に、いくつもの像が浮かんでは消えていく。
 自分の姿があった。
 先ほどちらりと見えたように思った、靴のムカデ屋での戦闘。
 エステ・シンデレラに残していった、本物の川尻浩作の死体。
 それから…今の、川尻浩作となった自分の血塗れの姿…。
 確かめねばならない。
 二つの事柄を。

 ぐにゃりとした、気味の悪い感触がする。
 生暖かいのか、ひんやりと冷たいのかも分からない。
 見た目はCDに似ているが、これは別のものだ。
 何らかのスタンド能力で創られたものなのだろうか?
 ゆっくりと…それを…自らの頭に近づけ………挿れた。
 途端に、奔流のように情報の渦が脳の中を駆けめぐる。
 老人と牢屋の中で対峙している。若い…が、これはジョセフ・ジョースターか?
 エジプトへの旅の様子。数多のスタンド使いとの戦い。
 エンヤと名乗る老婆。父が、矢を買った相手だろうか。
 DIO。吸血鬼…? そうか…確か、あの億泰の父親が仕えていたとか言う人物か…。
 そして、私だ。
 私と闘っている。
 覚束ない足取りだが、この私を殴り飛ばしている。

 糞…忌々しい!
 私の平穏は失われた。
 街をうろついて、様々なところへ行っている。
 虱潰しに私を探している。
 岸部露伴が、川尻早人に目を付けた。
 これは父から聞いて知っている。
 そしてだからこそ私は、時を吹き飛ばす第三の爆弾、バイツァ・ダストを手に入れたのだ。
 だが……。

 私は敗れた…!
 静止した時の中、承太郎は私を殴り飛ばしている。
 吹き飛ばされた私は…動き始めた時間の中で…。

 糞…っ!
 見ていられなかった。
 一旦、DISCを取り出す。
 自分で差し込んだDISCは、どうやら自分で取り出すことが出来るらしい。
 息を整える。
 忌々しく、ムカっ腹の立つ光景だが、見なければならない。
 コナンのヤツが持ってきたコーヒーを啜り、一息を入れる。
 甘ったるい味が気に障ったが、疲れには良い。

 再び、DISCを差し込んだ。
 私は死んでいる。
 バイツァ・ダストは無敵ではなかったのだ…。
 何故敗れたのかは分からない。
 分からないが、私は敗れているのだ。
 認めざるを得ない。

 その後も、様々な場面が続く。
 他愛のない場面…ヒトデを虫眼鏡でじろじろ見たり、頭の出来の悪そうな女との間に出来た、さらに出来の悪そうな娘となにやら話をしたりというくだらない場面が続き、湿地帯の島にある刑務所に向かう。
 そこで、おそらくは成長した出来の悪い (…しかし、なかなかに良さそうな手をしている様にも見える) 娘と口論をし…銃撃され…こで情報にノイズが入るが…最後に、壁に貼り付いている奇妙なスタンドに攻撃をされ…真っ暗になる。

 深呼吸をする。
 落ち着け。
 落ち着くんだ。
 私は、無意識に爪を噛んでいた。
 だめだ。やめろ。
 爪を噛むのはやめろ。
 分かったことを整理するんだ。

 1つ。
 このDISCには、空条承太郎の記憶が入っていて、頭に差し込むとそれがパノラマの様に再現される。
 アミバは、この情報の洪水に耐えられなかったのだ。
 だから、昏倒した。
 見るからに粗暴で野蛮な顔つきをしている。
 こんな大量の情報を処理しきれるだけの脳のキャパシティが無かったのだろう。
 鍛え上げたマッチョな肉体も、脳までは鍛えられなかったと言うことだ。
 2つ。
 バイツァ・ダストは無敵ではない。
 方法は分からないが、敗れている。
 あの記憶からすると、早人か…仗助か…まさかとは思うがバカの億泰のいずれか誰かによって、破られているのだ。
 3つ。
 そして、私は死んだ。
 いや…私は、死ぬハズだった。
 バイツァ・ダストの無敵を信じていた私は、あの後 (…"あの"…? どの時点の "あの"…? そうだ。ここに連れてこられる以前の、"あの" だ ) 死んでいる。
 4つ。
 そして、空条承太郎はそれから数年後に、壁を這う黒い仮面をかぶったようなスタンドに殺される。
 このDISCは、おそらくはその時に作られたものだ。

 重要なのは、まずこの4点だ。
 私が死んだ先の未来から持ってこられた、空条承太郎の記憶。
 真っ当な言葉じゃあないが、つまりはそういう事だろう。
 立てられる仮説は…いくつかある。
 その中でもかなり確率が高いのは、4つめの考察に出てきた、黒い仮面をかぶったかのようなスタンド…空条承太郎を殺し、記憶をDISCにしてしまったスタンド使いが、このゲームに関わっていること。
 これは、おそらく間違いないだろう。
 話によれば、アーカードという男も別のDISCを持っていて、スタンドを発現させたというのだ。
 黒い仮面のスタンドは、もしかしたらスタンド使いを殺して、記憶とスタンドの二つ…か、それ以上の何かをDISCにするという能力を持っているのかもしれない。
 そう言えば父から、人の魂を奪い取ってコインや人形にしてしまうスタンドがあると聞いた様な気がする。まったく、趣味の悪いスタンドだ。きっとそいつは、相当なゲス野郎なのだろうな。
 しかし、ここで一つ矛盾が出る。
 このゲームにはその空条承太郎も参加していたのだ。
 つい先ほどその死が放送されたが、それまでヤツは生きていた。
 そこで…あまり考えたくない仮説だが…。
 既に、私も空条承太郎も死んでいる。
 つまり、ここは所謂、"死後の世界"…というヤツではないか、という事だ。
 死んだ私と、死んだ空条承太郎が、魂…のような存在としてここにいる。
 私に死んだ当日の記憶がないように、空条承太郎も死んだ当日の記憶を無くしていて、死んだことを自覚していない…という事だ。
 もしかしたら、他の連中もそうなんじゃないか?
 嫌な考え方だが…しっくりこなくもない。
 そしてそうだとしたら…死ぬというのは、意外とたいしたことがない。
 何せ、生きていた時とさほど変わらないのだからな。
 違うのは、バトルロワイヤルだかなんだかいう、平穏とはほど遠いい殺戮の場に放り込まれてしまうと言うことくらいだ。
 そうか。だとしたら、これは地獄とか言うヤツなのか?
 確か、無間地獄だかなんだとかいう、永遠に殺し合いをさせられる地獄というのが、仏教の教えか何かにある、というのを聞いたことがある。
 不条理極まりない話だ! 私のような穏和な人間が、天国ではなく地獄に堕ちるとは…!
 まぁ、ここが死後の世界で、私や空条承太郎がが死後の存在としてここに居るかどうかは…どうでも良い。
 何れにせよ、私が望むのは平穏な日々。ただそれだけだ。
 人の記憶やスタンドを、DISCにしてしまうスタンド使いが居て、そいつがこの忌々しいゲームに関わっている。
 そしてそれとは…おそらく別の、死んだ人間か…あるいは別の形でか…色んな人間を一カ所に集めるスタンド使いが居て、協力関係にある…かもしれない。いや、アルター使いだとか言うヤツかもしれないな。
 あの光成とか言う老人か? 
 なんとなく、違う気がする。
 空条承太郎に背後から近寄っていった黒い仮面のスタンド使いは、おそらくかなり用心深く、慎重な人間だ。
 あんな風に無防備に姿をさらすことはないだろう。
 人を集めるスタンド使いにしても同様だ。
 仮に、あの場で誰か一人でも、首輪の威力を信じないか、あるいは自らが死んでもあいつをやっつけよう、という考えの人間が居たら、それで全て終わってしまうかもしれなかかったのだ。
 私ならそうしない。誰だってそうしない。
 よっぽどのバカでなければ、の話ではあるが。

 とにかく、このDISCは危険だ。
 決して誰かに見られてはならないし…これを見た者は全て始末せねばなるまい。
 幸運だ。
 このアミバという男にしか見られていないのは、幸運だ。
 もう一つ、確認をしておくことはある。
 つまりは、今意識のないこの男が、本当に私の正体を知ったかどうか…私とこの男が、このDISCで同じものを見たのかどうか…だ。
 もしかしたら…可能性は低いが…人によっては見えるものが違っているかもしれない。
 例えば、私の場合は、私を殺したのが空条承太郎だから、空条承太郎の記憶が見えた、という可能性だ。
 自分を殺した人間の記憶が見えるDISCだ、という事も、無くはない。
 ただ、この男を始末する事に関しては…既に決定事項だ。

 神楽の服に仕掛けた爆弾を解除する。
 それから、丁寧に、入念に、アミバの身体を調べる。
 忌々しいほどに健康だ。
 腕なんか、私の太ももより太いぞ!
 一体何を喰ったら、こんな身体になるんだ?
 少し厄介だが、なんとかしよう。
 足の筋…間接…重要な箇所を見つけ出し、チェックする。
 それから、角砂糖を手にして、爆弾に変えた。
 それを砕いて、アミバの開いた口の中に注ぎ込んで…スイッチを入れる。
 喉が焼けた…はずだ。
 アミバが起きる。
 私は暗がりに身を隠す。
 ヤツは、枕元にあるコップを手にして、水を飲んだ。
 これは、使えるな。
 そのまま、ヤツは崩れる様にして身を伏した。
 うなされている。
 そ、っと、アミバの足首の腱にキークイーンで触れて、爆弾に変えた。
 スイッチを入れる。
 脚の腱が小さく吹き飛び、消滅する。
 呻いた。
 キラークイーンの爆発は瞬間で、規模も自由に調節できる。
 際限なく大きくは出来ないが、小さくするのは可能だ。
 緊急時や、シアーハートアタックの遠隔操作爆破や、他のものの爆発に巻き込まれる場合はその限りでは無いが、人間や人間の一部を直接爆発させる場合、あまりに一瞬過ぎて、爆発した本人ですら気づかないことがあるし、血も出なければ火傷も負わない様にも出来る。
 このキラークイーンの能力の目的は、あくまで証拠、痕跡を残さないことだ。
 証拠や痕跡を効率よく確実に消すために、キラークィーンを使う。
 爆弾で殺すことが目的ではないのだ。
 そういう目的のスタンドだとしたら、そいつはきっと爆弾魔か何かに違いない。
 そんな最低のゲス野郎と一緒にされるのは、御免被る。
 だから、慎重に、丁寧に爆発させれば、死体を丸ごと消すことも、事故 … 小学生の息子が、風呂場で足を滑らせて頭を打ったように … 見せかけた死体をでっち上げることも、不可能ではない。
 おそらく…巧くいった。
 そして最後に…。

 ◆◆◆