誰がために

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mangaroyale

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誰がために ◆wivGPSoRoE



「へぇ~、劣化ウランなんだ、すごいねぇ」
 しげしげと覚悟の持つハルコンネンを見ながらつかさが言い、
「うむ。他に爆裂鉄鋼焼夷弾もある」
 謹厳な調子で覚悟が答えた。
 他愛もない、という形容詞がこれほど似合う会話もないであろう。
(本当は、しゃべりながら移動すべきじゃねえんだがな)
 川田は、口の端に苦笑を浮かべた。
 無人の街で、人の声はよく響く。それが女の子の声ならなおさらだ。
 とはいえ――
(気持ちは分かるから、どうにもな)
 喪失の悲しみは、簡単に消えるものではない。
 それでも、紛らわすことはできる。我ながら甘いとは思うが、
 覚悟の心の痛みを少しでも和らげたいというつかさの心情が分かるだけに、止めにくい。
(それにしても役者には絶望的に向いてないな、つかささんは)
 あんなに心配そうに眉を寄せて、何度も表情をうかがっていたりしていては、バレバレ――
「……すまないな、つかささん。どうやら、君にも心配をかけてしまったようだ」

 ――やっぱりな。

 心の中で嘆息をもらす川田の視線の先、
「え!? べ、別に私は……。気をつかったりとかそういうんじゃ……」
 つかさが、焦ったように口の中でもごもご言っている。
「俺はもう大丈夫だ。零式は愛憎怨怒を滅殺する技。
そして、ヒナギクさん、川田、そしてつかささんの後方支援。
十分だ。俺には十分すぎる」
「そ、そんな……」
 つかさは、ほんのりと頬を染めた。
「あっ……」
 何かに気付いたというように、つかさが、顔を上げる。
「そういえばさっき、覚悟君。『つかささん』って言ったよね?」
「……すまなかった。謹んで訂正をさせてもらう」
 ヒナギクのことを名前で呼ばなければと心がけていたせいで、つかさも名前で呼んでしまった。
 覚悟は、迂闊な己を戒めた。
 ところが、
「ううん!」
 つかさが、ぶんぶんと首をふり、
「『つかささん』でいいよ。そっちの方が『友達』って気がするもん」
 つかさが嬉しそうに頷く。
 ヒナギクの時と同じく、覚悟には、呼び方にどういう違いがあるのか分からない。
 だがそんな疑問など、つかさの笑顔の前では些細なことだと、素直に思う。
(友達、か)
 級友。学友。友。当たり前だが、何度も聞いた事がある。覚悟とて使ったことがないわけではない。
 それなのに何故か、初めて聞いた言葉のような気がした。

 ――俺の人生に愛はいらない。

 幾千幾万の人を殺めた悪鬼の子孫。殺人の技を極め、零式鉄球を埋め込まれたこの身は兵器。
 忌まわしい、恐ろしいと、誰もが思うだろう。
 それでもよかった。かまわなかった。

 ――心を繋いだ鎧があるから。

 零さえいれば十分だった――否。十分と思っていた。
 葉隠一族の男として、牙なき人を守るために自分の全てを捧げるのみ。そう、思っていた。
 だが今の自分は、自分の胸に宿るこの温もりを、愛おしいと感じている。
 ふと、自分が微笑んでいることに、覚悟は気付く。
 そういえばこの場所に連れてこられてから、自分は何度も笑顔らしきものを浮かべているように思う。
 多くの人命が失われている中で不謹慎を通り越して軽薄の極みだとは思う。
 だが、新八やルイズといた時、そして今も自分は、心に柔らかなものを感じている。
 気付かれないように注意を払いながら、覚悟は、川田、つかさ、そして最後にヒナギクを
 順繰りに見た。
 心の痛みが、ルイズ達の死を知ったときの張り裂けんばかりのものに比べ、
 弱まっているのは仲間達の、そしてあの時、情けなくも涙を流してしまった自分を包んでくれた、彼女のおかげだ。
 自分の足は、間違いなく彼女達にも支えられている。
(父上、私は果報者です)
 覚悟は心の中でそう呟いた。


(――気付かれてないわよね?)
 目線だけで後ろを振り返りながら、ヒナギクは覚悟の様子をうかがった。

 目が合いそうになった。

 音速で視線を前に戻して、ホッと一息。
(何をやっているんだろう? 私は)
 さっきからずっと心がもやもやしている。
 そのもやもやの理由は分かっている。
 さっき……まあ、その、何だろう。
 彼を、葉隠覚悟を抱き――
 顔が熱くなるのをヒナギクは感じた。
 今が夜であることに感謝しながら、覚悟達に気取られないようにと、少し足を速める。
(なんであんなことをしたのかしら?)
 さっきから何度この問いを繰り返しただろう。
 いい加減、疲れるものを感じて、ヒナギクはそっとため息をついた。

 最初に覚悟に出会ったときは、嫉妬のようなものを感じた。
 自分には到底できないことをやってのけることができる彼の力と裏付けのある自信に、嫉妬した。
 自分がなんだかちっぽけな人間に思えて、悔しかった。
 たまらなくなって、思わずそれを出合ったばかりの彼にぶつけてしまった。
 彼には悪いことをしたと思う。
 それなのに彼は許してくれたどころか、よく言ってくれたと感謝までしてくれた。
 その感謝がただの世辞ではなかったことは、彼が焦燥に駆られた自分を止めてくれた時に分かった。

 ――かなわないな。

 不覚にも認めてしまった。今まで、誰かに負けることを許容したことは、ほとんどなかったのに。
 ホームセンターで、色々と力の違いを再確認させられ、その思いはさらに強くなった。
 彼は強くて、道行きが茨の道であろうと闇の中であろうと、確固たる信念の元歩き続けられる人で、
 与える事はあっても、誰かを、何かを必要とする人間ではないと思っていた。

 ――でも違った。

 彼は超人なんかじゃなかった。
 彼は誰よりも優しい男の子で、マジメだけど、少し、天然っぽいところもあって。
 民家で自分とつかさがやらせてしまった、珍妙極まる格好を大真面目にやる覚悟を思い出し、ヒナギクはクスっと笑った。
 そんな彼に自分は惹か――

(違う! 断じて違うわ!)

 ヒナギクは思い切りかぶりを振った。
(だって、まだ会ってそんなに経ってないじゃない!
え? この世には一目惚れというものがある? そんなものは嘘! 
私は信じないわよ。信じないったら信じないんだからっ!!)

 でも。

 でもあの時、涙を流す彼を見て、たまらなくなって抱きしめてしまった。
 彼を支えられると知ったとき、嬉しかった。
 自分にも彼のためにできることがあると分かって、本当に嬉しかったのだ。
 それに――
 さっき、覚悟とつかさが話している時、彼が浮かべた表情を見て気付いてしまった。
 彼の孤独に。そして弱さに。
 覚悟は、心の何処かで自分自身を否定している。自分は人に愛される人間ではない、と心の何処かで思っている。
 ヒナギクにはそれが分かった。
(何で……。分かっちゃったのかな?)
 間違っていないという確信はあった。相通じるものも感じた。
(こういうの、シンパシーっていうのかしら?)
 似たような感覚は、別の少年にも感じたことがある。
(ハヤテ君、どうしてるからしら? ナギも……)
 ヒナギクは一つため息をついた。
 友人達のことを考えると気が重くなる。
 どうやったところで、知りようも無い。どうにもならない。
 ハヤテ達に会ったことがあるという人間に出会えば様子も聞けようが、会場が広いせいか
 そもそもほとんど人と接触しない。
 ヒナギクは、もう一度ため息をついた。
 とりあえず、この問題は棚上げしておくしか他に、どうしようもない。
 できることといえば、せいぜい無事を祈ることだけだ。

 ――で、何の話だったっけ?

 そうそう、思い出した。

 ――何故、覚悟にシンパシーを感じるのか?

 そのわけは――想像がつかなくもない。
 こういう時、知識豊富で余計なことにまで頭が回ってしまう自分に、
 ヒナギクは多少ウンザリする。
 何故覚悟にシンパシーを感じるのか? 
 ヒナギクは自嘲の笑みを浮かべた。

 ――答えは簡単だ。

 ヒナギクもまた、心の何処かで自分を否定しているから。
 今の両親や友達のおかげで大分小さくなりはしたが、ヒナギクの心には傷がある。
 本当の両親に捨てられたという、癒えない傷が。
 その傷は、ふとした瞬間にあらわれてヒナギクを苛むのだ。
 毛利や本郷の命によって生き永らえたということに関して、
 ヒナギクが自分を責めたてるのもそのあらわれ。
 自分にそんな価値はないと、人の命をかけて守られるべき存在ではないと、
 そう思っているから……。

(私が覚悟君のことを支えたいとか思ったのは、私のエゴ……。
単に、私は自分を救済したかったとか、そういう理由なわけ?)

 ――違う。

 アッサリと心が否定を返した。それはもう、これ以上ないほどはっきりと。
 全く無いとは言わない。
 だが、部分的に合ってる可能性はあるが、満点ではないのだ。
 となるとやはり自分は――
(だから何でそこに行き着くのよ!? おかしいのよ、それはっ!!
どうして最後に間違った解答に行き着いちゃうわけ!?)
 両手で髪をかき回したい衝動と、ヒナギクは必死に格闘した。

「――ヒナギクさん」

 虚をつかれ、
「武装錬金!」
 飛びすさると同時にヒナギクは吼えた。
 ヒナギクの足に、4本のアーム付きの刃が装着される。
 振り向きざま構えを取る。ヒナギクの目の前には、覚悟の顔。

 泥のような沈黙が二人の足をとらえた。

「覚悟君……。急に後ろに立たないでくれる?」
 顔を赤らめながら、ヒナギクは核鉄を元に戻した。
「すまない……。また私は、ヒナギクさんに失礼なことを……」
「え!?」
 後悔の念が多量に含有された覚悟の声に、ヒナギクは顔を上げ、覚悟の顔を直視した。
「別に……。そんなに気にしないでいいわ。ちょっと、その……驚いただけだから」
「……そうか。だが、とにかくすまない」
「だ、だから……。まあ、いいわ。これからは気をつけてよね!」

 ――どうしてこういう風に、可愛げのない言い方しかできないのだろう?

 軽い自己嫌悪の波にさいなまれながら
「何の用? 声をかけてくるからには、何かあるんでしょ?」
「とりわけて用というわけではないが、ヒナギクさんと我々の距離は大分離れてしまっている。
だから危険と判断した。少しここにとどまって、つかささん達を待つべきだ」
「……え?」
 間の抜けた声で、ヒナギクは辺りを見渡した。
 覚悟の言うとおりであった。
 つかさ達と、かなり距離が離れてしまっている。
 考えに没入しているうちに、早足になっていたようだ。
 けっこうはなれた所から、つかさが手を振っている。
「ご、ごめんなさい……」
 返事は返ってこなかった。

 ――ひょっとして怒った?

 焦りを感じて、おそるおそるヒナギクは覚悟の顔をみやった。
 ヒナギクの予想に反して、覚悟の顔に怒りは無かった。
 ただ、何か迷っている風ではあった。
(どうしたのかしら?)
 その後少し考え込んだ後、覚悟は意を決したようにヒナギクに向き直った。
「ヒナギクさん。ひとつ、いいだろうか?」
 そう言って、清冽な眼差しでヒナギクの瞳を直視してくる。
「……何かしら?」
 何故か、自分の心臓が跳ね上がるのを、ヒナギクは感じた。
「歩く時もそうだが……。これからはなるべく、私の前には出ないようにして欲しい」
 ヒナギクの眉がその角度を変えた。
 しばしの沈黙があって、
「覚悟君……。まさかとは思うけど、女は三歩下がって男の後をついて来い、
なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「さにあらず」
 覚悟は断固とした調子で否定した。
「防壁は城の前に築くもの。備えは万全を期すべきだと思う」
「つまり、後ろにいた方が守りやすいから自分の後ろにいて欲しい……。そういうこと?」
 覚悟は深く首肯し、口を開いた。
「ヒナギクさん、俺は君を守りたい」

 顔から火が出たかと思った。

(やだ……。どうしよ……)
 今立っている場所には街灯が無いことを、ヒナギクは本気で神に感謝した。
 心の中で、得体の知れない激情の炎が燃え盛っている。
 やたらと頬が熱い。
「さっき俺は、君に支えてもらった」
「そんな……こと……」
「君だけじゃない。つかささんや、川田にも俺は助けられた。だから俺は――」
 ヒナギクの心の中で燃えていた炎が、急激に勢いを弱めた。

 ――何だ、そういうことか。

 失望の気持ちが同時に湧いてくる。そのことがヒナギクを苛立たせた。
 覚悟の言葉は、どう考えても失望すべき内容ではない。
 なのに何故、失望する必要があるのか!?
 それに――
(今は、そんなこと考えてる時じゃないのよ!)
 苛立ちと困惑を存分に息に込めて息を吐き出し、ヒナギクは思考を巡らした。
 彼の気持ちは分かる。
 新八やルイズを失ったことを、覚悟は深く後悔しているはずだ。
 だから、今度こそ彼が言う所の、牙無き人を守ろうとしているのだろう。
 その気持ちは、痛いほど分かる。嬉しくも思う。

 ――だが、断る。

「嫌よ」
「……何故だろうか?」
 覚悟の瞳を挑むように見返しながら、
「私は、後ろより隣がいいのよ!!」
 本郷が死んだとき、自分はただ、見ていることしかできなかった。
 情けなかった。何もできない自分が許せなかった。

 ――あんな思いは二度と御免だ。

 今の自分には、例え覚悟や本郷には遠く及ばないにしても、力がある。
 その力で彼を守りたい。支えたい。
 覚悟が闘っているのを後ろでみているだけなんて、そんなのは。

 ――絶対に嫌だ。

 突如、覚悟の眼光が鋭さを増した。
 覚悟の体から発せられる猛烈な気に、ヒナギクは身をこわばらせた。

 ――負けるものか。

 鉄の意志を眼光に込め、ヒナギクは覚悟を見据え返す。
 それは時間にすれば数秒だったかもしれない。
 だが、ヒナギクには永遠にも感じられた。
「……分かった」
 覚悟は笑みを浮かべた。
「君を、戦士と認める」
 ヒナギクは、ハッとする。
 覚悟の笑みが、今までとはまったく違っていたから。その笑みはどこか荒々しく、不敵だった。
 眠っていた獅子が身を起したような感覚に戦慄を感じつつも、
「足手まといには、ならないつもりよ!」
 ヒナギクもまた不敵に笑う。
「心強い。千の味方を得た気分だ」
 言いながら覚悟は視線を前に戻し、歩を進め始める、
 挑むようにヒナギクもその隣に立って歩き出す。

 なんだか、色々と心の中でごちゃごちゃと感情が渦巻いていて、もう分けが分からない。
 けれどとにかく、一つだけ分かる感情があった。
 自分は、彼の、葉隠覚悟の隣にいたいのだ。
 それだけはハッキリと分かる。

 ――今はそれだけでいいはずだ。多分、だけど。



「……大したもんだ」
 覚悟たちの会話は、途中から聞えていた。
(まったく……。とんでもない女の子もいたもんだぜ)
 驚きと頼もしさを同時に感じつつ、川田はウージーを肩に担ぎ上げた。
 だが、危ういものも感じる。
 何かに憑かれたように核金の使い方を練習していたヒナギクの姿が、川田の脳裏をかすめた。
「大丈夫かなぁ、ヒナちゃん……」
 ちらっと隣を歩くつかさをうかがうと、案の定というべきか、
 つかさも心配そうな表情を浮かべていた。
 昼間にも感じたことだが、柊つかさという少女は、他人の痛みに敏感だ。
 ヒナギクが、毛利という探偵や本郷の命と引き換えに自分の命を繋いだことで自分を責め続けていることに、
 つかさも気付いているのだろう。
 もっとも、覚悟のおかげでそればかりではなくなったように見えるが、
 戦いの最中に顔を出さないとも限らない。
 そうなれば――
「そんなに心配すんな、つかささん。
ヒナギクさんだって、そうそう命を捨てていいなんて、思ってないさ」
 努めて明るい調子をつくって、川田は言った。
「でも……」
 つかさの瞳の中の暗い光彩は、消えようとしない。
「なぁに、いざとなったら俺と葉隠で止めるさ。
これ以上仲間に死なれるのは――絶対に御免だからな」
 大きさこそ抑えられていたが、その声には明確な意思があった。
 つかさのしかめられていた眉が緩められ、その瞳に明るい色が戻る。
 それを見て川田は心中で安堵のため息をついた。
 無論口に出した言葉は紛れもない本心だ。
 だが同時に、ヒナギクを止めるかどうか分からないとも、頭の冷静な部分は言っている。
 それほどに、ヒナギクの決意は固い。
 だから「止めてみせる」というのはある意味では気休めだ。
「絶対に」と口にしながら一方で成功を疑う。いわゆる『整合性の欠如』。

 ――かまうものか。

 気休めだろうがなんだろうが、かまわない。
 この隣にいる少女が、悲しげな顔をしていることの方が、我慢できない。
(慶子の時はいつも、泣かせたり、怒らせたりしちまってたからな)
 だから、今度こそは守り抜いてみせ――

「聞いてる? 川田君?」

 耳元で響いた声によって、川田の意識は、思考の井戸から浮上させられた。
「聞いてるさ。それで、どうしたって?」
 何食わぬ顔で川田は尋ねた。
「だからね、米酢とバルサミコ酢のどっちを使ったらいいのかなって……」

 ――ば……バルサ見越すって……何だ……!?

 しばしの間、川田の頭の中では疑問符が踊り狂った。
 その踊りは、鼓膜を震わせたクスクスという笑い声で、中断に追い込まれた。
 嘆息しつつ、
「悪い……。聞いてなかった」
 まだ笑っているつかさに向かって肩をすくめつつ、
「で――なんだったんだ?」
「え?」
「だから、さっき、何を俺に言ったんだ?」
「え~とね……」
 するとつかさは、何故か照れたように俯くと、
「川田君にとって私達は、『仲間』なのかな、って」

 ――その通りだ。

 反射的にそう言おうとして――川田は、言葉を喉の奥に引き摺り戻した。
 なんとなくだが、そう言うとつかさが、悲しそうな顔をしそうだ。
 チラっと視線をつかさの方に送る。
 つかさの顔はこの上もなく真剣だった。

(『仲間』じゃダメ、ってことだよな。となると……)

 ――見当がつかないわけでもない。

 ただ、こういう場面で口にするのは、かなりの精神力を要しそうだった。
(七原ならそれこそアッサリと言っちまうんだろうが、なかなかキツイもんがあるぜ)
 込み上げる羞恥心を殴りつけて黙らせ、
「そう、だな……。仲間であり……まあ、その、何だ……。
ダチってやつでも……ある、んじゃねえか?」
 流石につかさの顔を直視しながらは、無理だった。
 横を向きながらなんとか言い終え、目線だけ動かして、つかさの顔を盗み見る。

 満開の笑顔がそこにあった。

 つかさは本当に嬉しそうに笑っていて。
 何か愛おしいものを噛み締めているようなそんな笑顔をしていて。
 照れくさい気持ちと同時に、胸に苦いものが込み上げてくるのを、川田は感じた。

 ――あいつにも、慶子にも、言ってやればよかった。

 もっと素直な気持ちで、今みたいな言葉を伝えておけばよかった。
 気持ちを伝えあって、互いに自分の気持ちを相手がどう思っているか知っていれば……。
 川田はかぶりをふった。
(未練だな)
 後悔しても無駄だ。起こってしまったことは変えられない。
「行こうぜ、つかささん。ちょいと遅れちまったみたいだ」
 足を止めてこちらを見ている覚悟とヒナギクに軽く手を挙げながら、川田はつかさを促した
「うん!」
 大きく頷いてつかさが走り出す。
 その隣を並走しながら、川田は小さくつかさに笑いかけた。
 つかさが微笑みを返してきた。

 ――だが、今を変えていくことはできるはずだ。


「そろそろ……か」
 視界の中で距離が詰まる。
 三村は唇を噛んだ。
 ハンドルを持つ手が震える。心臓の鼓動がやたらうるさい。
 E-6エリアの境界線が迫る、後、3メートル、2、1……

「――っ!」

 首輪は――作動しない。
 三村の口から、ため息がもれた。

 ――喉がひりつく。

 エンジンを止め、ペットボトルの水を飲む。
 どっと疲れが込み上げてきた。
(こいつは……。きついな)
 エリアからエリアへ移動するたびに、寿命が縮む。
 その度に精神力をゴッソリと、こそぎ取られる思いだ。
「クソっ……。何で誰もいないんだ!?」
 苛立たしげに吐き捨てる。

 答えは、どこからも返ってこない。

 孤独感が三村を打ちのめした。
(やっぱりF-8まで行って、北上するべきだったか?)
 FエリアよりもEエリアの方が繁華街に近く、そして地図上の施設の位置関係からして、
 人と会える可能性が高いと考えての進路変更だったが――結果は、収穫ゼロ。
「クソっ……」
 腹立ちまぎれに、サドルを蹴る。
 クールとはいえない行動をとっている自分への苛立ちで、余計に苛立ちが募る。
 ジョジョが生きていたら軽口を叩くだろうか? 不満タラタラで愚痴るだろうか?
 埒も無い考えばかりが心に浮かぶ。
「居なくなって初めて気付くとは、よくいったもんだ」
 あの男の陽気さに、何事にも動じない冷静な態度に、どれだけ救われていたか、よく分かる。

 ――了解、了解。弱っちいシンジちゃんも俺が守ってやるから大船に乗った気でいろよ

「弱っちぃ、か。その通りだな」
 自嘲気味に吐き捨てる。
 ジョジョと別れて以来、何一つできてない。
 仇は取れない。この腐れゲームを潰すための手がかりすら見つけられない。

 ――ジョジョがいたら。

 女々しいと分かっているのにもかかわらず、どうやってもこの考えを振り払えない。
 その度に、あの女――柊かがみに対する殺意が増す。
 あの女を捜す手がかりが皆無なことへの苛立ちが、さらに増す。

 まさに悪循環。

 焦燥の炎が胸を焼き焦がすのを、三村は感じた。
(クールになれ……クールに、なるんだ……)
 呪文のように繰り返す。
 だが、焦燥の炎は収まるどころかますますその火勢を増していく。
(畜生っ!! 畜生っ!! ジョジョ、教えてくれ、お前だったらどう――)
 その時、三村の耳の奥に蘇る声があった。

 ――今のお前は、自分が冷静になることに捕らわれ過ぎて冷静さを欠いているんだ。わかるかシンジ?

 自分の体から、スッと力みが抜けるのを三村は感じた。
「そうだったよな。ジョジョ……。『クールになれ』と心の中で思ったならッ!」
 呟きながら、エンジンキーをひねる。
「俺達は既にその時スデに冷静になっているんだ!」
 原付が走り出す。
(焦っても仕方ない……。一つ、一つ片付けていくしかない。
まずは、誰かと接触することだけを考えるとするか)
『弱っちぃ』自分にはそれが関の山だろう。悔しいがみとめるしかない。
 そう考えるとなんだか、気分が楽になる。
(助けられてばかりだな、お前には)
 だからこそ、ジョジョを殺した奴だけは、許すわけにいかない。

「柊……。てめえはこの三村信史が、じきじきにぶち殺す!!」


「くしゅん!」
 可愛らしい声が響いた。つづいてもう一つ。
「寒いのか? つかささん」
 心配そうに尋ねる覚悟に、
「そんなでもないよ。ちょっとね……。ゾクっとしただけ」
 心配しないで、といようにつかさ手を振ってみせた。
「でも……。つかさの気持ちは分かるわ」
 辺りを見渡しながらヒナギクが呟く。
 人っ子一人いない夜の町は、半端ではなく不気味だった。
 家々に灯りはなく、道路を照らすのは電柱についた蛍光灯のみ。
「確かに、幽霊の一つも出そうな雰囲気だな」
 油断なくあたりを見渡しながら、川田が軽口をたたく。
「……出てきて欲しいな」
「え?」
 言葉の意味をはかりかね、ヒナギクはつかさの顔をマジマジと見た。
 するとつかさは悲しげに笑い
「ゆきちゃん……。幽霊になって、出てきてくれないかなあって、思ったんだ……。
ごめんね、変なこと言っちゃって」
「……会えるかもしれないわよ?」
 目を丸くするつかさに、ヒナギクは真剣な調子で続けた。
「私達の推論が正しいと仮定してだけど……。
そのみゆきさんって人の魂も、私達が見たあの鎧の中に閉じ込められてるはずよ。
だから、魂を開放すれば、その時に話をすることだって不可能じゃないわ」
「そだね……。あの鎧を壊したら、会えるかもしれないよね」
「きっと会えるわよ。その時は、紹介してね? 私もつかさの友達に会ってみたいから」

「……ちょっと待ってくれ」

 川田の声には、ただならぬ響きがあった。
 その場にいた全員が足を止め、川田を注視する。
「聞いてて思ったんだが……。
ヒナギクさん、まさかとは思うんだが、幽霊に会ったことがあるなんてことは――」

「あるけど?」

「ヒ、ヒナちゃんって霊能力者だったの!?」
 つかさは驚愕で仰け反り、
「ヒナギクさんの世界では、霊ってのは、誰にでも見えるものなのか?」
 興味を引かれた川田が問いを発し、覚悟は無言でヒナギクを注視した。
「ちょっと待ってよ! 誤解しないで?
私の世界でも、霊は普通の人には見えないし、もちろん、私にも見えないわ」
「で、でもヒナちゃん、さっき会ったことがあるって――」
 落ち着けというようなジェスチャーをしつつ、
「話すと長くなるから省くけど……。とにかくちょっとした縁があって、
幽霊……あれは悪霊の類かしらね? と、会ったし、話もした、それは本当よ。
だけど、四六時中見えるわけじゃないわ。霊を呼んだりとか祓ったりとかそういうのも無理よ?
私は霊能力者じゃないもの」
「……ヒナギクさんが出合った霊は、どんな風だったんだ?」
「多分、生前の格好だと思うんだけど……。神父の格好をしてたわ。
学校にも来てたから、どこにでもいけるんでしょうし、普通に話せたし……。
『見えるのはダンジョンにいた人たちぐらい』って言ってたから、
誰にでもってわけじゃないんだろうけど」
「なるほどな……。とにかく、ヒナギクさんの世界では、そうってことか」

 ――本当に並行世界ってのは、なんでもありだな。

 しばらく考える仕草をした後、川田は周辺を見渡した。
(道端じゃ無用心すぎる。といって家に入って明かりをつけりゃ、
ここにいますと喧伝してるようなもんだ。さて……)
 探すうちに、川田の目が一点に吸い寄せられた。
 おあつらえ向きなことに、地下鉄の入り口――確かS7駅だ――が見える。
(あそこなら明かりもある、か。地下鉄は入ってくれば分かる。後は、入り口に気を配ってりゃいい)
 川田は全員に集まるように促した。
「病院に行く前に、あの駅で時刻表を写し取っておかないか?
地下鉄で移動すればどこへ行くにも時間を短縮できる」
 いいながら、取り出した紙をペンで叩く。
「私はいいと思うけど……。どう思う? 覚悟君、つかさ」
 川田の意図を汲み取ったヒナギクが、しらじらしく質問を発する。
「良き案だと思う」
「うん、いいと思う。後ね……ちょっと休んでいかない? ちょっと、疲れちゃった」

 ――ナイスアシストだ。

 つかさに向かって、川田は親指を立ててみせた。
「じゃあ、そうするか。葉隠、ヒナギクさん、それでいいか?」
 川田の提案に当然のごとくヒナギクと覚悟は同意し、4人はS7駅の中へと歩を進めた。

 突然、覚悟が足を止め、振り返った。

 つかさと川田に先に入るように促し、覚悟は背後の闇を注視し続ける。
「どうしたの? 覚悟君」
 ヒナギクの問いかけに、覚悟はわずかに首をかしげた。
 しばらく間があって、
「……気のせいだったようだ」
 完全に納得はしていないという表情ながら、覚悟は駅の入り口へと歩を進め、
 ヒナギクもその後に続いたのだった。


 ――あれは!?

 その後ろ姿を見たとき、三村の頭を電流が駆け抜けた。
 反射的にエンジンを止め、三村は建物の影に身を隠す。
 かなり距離が離れている上に、駅の中へと消えていく、まさにその一瞬しか見えなかったが、
(あの髪の色……。体格……。間違いねえ)
 紫色などという奇天烈極まる色の髪の持ち主が、何人もいるはずがない。
 その上体格も似ているとなれば、これはもう確定だ。
 少し小さくなった気もするが、髪の長さで見え方が違っているから小さくなったと錯覚しているだけだろう。

(見つけたぜっ!! 柊っ!!)

 憎悪と殺意が込み上げてくる。
 三村はゆっくりと息を吐いた。
 細心の注意を払って、地下鉄への入り口の方に目をやる。
 一瞬だけみて――

 残像が残りかねない速度で顔を引っ込める。

(気付かれたか?)
 駅構内から漏れ出る光に照らし出された男の顔には、見覚えがあった。
 一番初めに集められた場所で、見ず知らずの女の子を助けようとした正義感の強い奴。
 30秒ほど時間をおいて、もう一度駅をうかがう。

 ――いない。

 三村は胸を撫で下ろした。

 ちなみに、覚悟が足を止めたのは、三村の原付の音を聞いたからである。
 では何故、覚悟は正体を確かめようともせず、無視してしまったのか?
 それは、覚悟が乗り物全般に縁がなかったからに他ならない。
 荒廃した世界に住んでいる覚悟は、乗り物の排気音というものに馴染みがなく、
 その正体を推理することができなかったのである。

(さて、どうする?)
 心の中に根付いた殺意は速く殺せと喚き散らす。
 飛び出していきたい衝動に駆られるが、三村はその衝動を必死でねじ伏せた。
 会場でみせた動きからして、あの少年はただものではない。
 少年の隣にいるのは、燃えるような髪をした女。
 さらに、柊かがみの隣に、もう一人。
(川田……か?)
 ほとんど話したこともない奴だが、体格自体はなかなかのものだったと記憶している。
 とにかく、柊かがみのほかに3人もいる。
 ぎりっと三村の奥歯が軋み上げた。
(それがてめぇの手ってわけか、柊っ!!)

 弱者を装って、集団に入り込み、隙を見て皆殺しにする。

 女というだけで、大体の参加者はガードが緩くなる。
 自分達がやられたように、仲間思いのフリをして涙の一つも見せれば楽なものだ。
(ジョジョを殺した時のようにやるつもりだろうが、そうはさせねえ!)

 ――だがどうする?

(今すぐ中に入っていって、アイツの悪行をバラらすってのは――却下だな)
 ただでさえこの腐れゲームは、互いが互いを疑い合うようになっているのだ。
 どの程度人間関係を構築できているかは分からないが、柊かがみの狡猾さと演技力を過小評価するのは、危険だ。
(俺とジョジョが、完全に騙されたくらいだ……。
それにさっき、柊は男と先行して中へ入っていった。
つまり、『誰かと二人きりにしても何もしない』と思われる程度には信頼されてるってことだ)
 それに、仮に、自分の話を柊かがみ以外の人間が信じたとしても、まだ問題はある。
(槍をどっかに隠してるってことは、例の火を吐く鳥の不意打ちで片をつけるつもりだろう。
あれは攻撃範囲も攻撃力も並じゃない。俺は避けられても、誰かが死ぬかもしれない……。
それじゃダメなんだ)
 戦力にならないような女の子を保護するような人間は、貴重といえる。
 あの老人の計画をぶっ潰すためにも、戦力を減らすわけにはいかない。
(隙を見てあの3人に見つからないように柊を殺るのは――キツイな)
 まず、柊かがみ自身の戦力が侮れない。下手をすると返り討ちだ。
 不意打ちをかけようにも向こうは4人。そして自分には、尾行のスキルはない。
 見つかって危険人物だとみなされようものなら、目も当てられない。
 焦燥の炎が、心の中でチロチロと燃え上がり始めるのを、三村は感じた。
(まずい……。地下鉄が来たら、4人はどこかへ行っちまう。その前に、何とかしないと……)
 その地下鉄が来る時間が分からないのが辛い。
 後1分後かもしれないし、30分後かもしれない。
 焦燥の炎が心の壁を這い登るのを、三村は感じた。

 ――さあ、どうする?


 入り口と、電車、両方から来る来訪者に対処するために、
 駅の入り口と、地下鉄のプラットフォームの中間あたりの場所に4人は集まっていた
 3人に目線でうながされ、川田が、ペンを動かし始める。

『強化外骨格が、この会場の中に存在する可能性がある』

 川田をのぞく全員が息を呑んだ。
 3人の視線が集中する中、川田の手は動き続ける。

『俺達はどうか分からないが、ヒナギクさんのいた世界の霊は「意志」があって
「移動」が可能らしい。
となれば、少なくともヒナギクさんと同じ世界の人間の「霊」を、
強化外骨格に引っ張っていくには、何らかの「強制」が必要だってことだ。
そうでなけりゃ、ヒナギクさん達の世界の「霊」は何処かへ行っちまうかもしれないからな』
 その時、覚悟が無言でペンを取り、
『零には怨霊を零の中へ導き、英霊に列する力がある』
 簡潔に書いて、川田の推論が空論でないことを示した。
 川田はニヤリと笑うと、ペンを握りなおした。
『ありがとよ、葉隠』
 と、その時ヒナギクが苛立たしげにペンを取り、
『川田君……あなたの言いいたいことがよく分からないわ。
あの爺さん達の目的は、強化外骨格に「霊」集めることなんだから、
強化外骨格にそういう力があるのは当たり前でしょ?』
『まあ、待ってくれ。
俺も、漠然と強化外骨格にはそういう特質があるんだと思ってたさ。
葉隠の話を聞いた限りじゃ、零に宿る英霊は、あくまで強化外骨格を通して、
しかも葉隠限定で意志を伝えることができるんだと、解釈してたからな』
 覚悟が頷いて、肯定を示す。
『だから、霊には考える力があるんだろうが、それ以上のことはできないと思ってたわけだ。
ところがヒナギクさん達の世界じゃ、霊は自分の意志で動き回ったりできるそうじゃないか。
こりゃあ、大問題だぜ。あの爺さん達にとってはな』
 意地の悪い笑みを浮かべつつ、
『抵抗しないものを移動させるのと、抵抗するものを移動させるのじゃあ、労力が全然違う。
「誘導」じゃなく「強制」しなきゃならないんだからな。
ただでさえこのゲームの会場は広い。
どこで死んでも「強制」的に強化外骨格までひっぱっていく力を及ぼうそうと思ったら、
「強制」する装置を少しでも対象と近づけたいと思うのが、普通だろ?』
 ところが、そこで川田は一転してきまり悪げな顔になり、
『とはいえ、あの爺さん達が、
会場の外からでも十分な力を及ぼすことができるようにしてる可能性も、あるけどな』
『それはどうかしら?
私は、仮にこの会場全域にその強制力を及ぼせるだけの力が強化外骨格になかったとしても、
この会場の外に置いてある可能性の方が高いと思う。
だって、私達の手の届く所に置いていくのは危険すぎるもの。
私があの爺さんの立場だったら……。
一人分か二人分の魂を取り逃がさないために強化外骨格を会場に置くリスクは、犯さないわね」
『……確かにな』
 ヒナギクに指摘され、川田は唸り声を上げた。
(都合がいいように考えすぎまったか?)
 人は、物事を自分の都合のいいように考えてしまうのだ。
 ましてや、五里霧中で希望の光を探してさ迷っているような状況なら、なおさらだ。

「そうとも言い切れない」

 3人の視線が自分に集まるのを待って、覚悟はペンを走らせ始めた。
『俺の世界では、霊とは死すれば昇天し、元の場所へ還るもの。
現世に残る霊はすべからく怨霊。そしてその怨霊が現世に留まり続けるには、宿るモノが必要だ』
例えば、死した者の名を刻んだ「碑」などがそれにあたる』
『何でもいいってわけじゃないってことね?』
 そもそも件の神父の霊と出合ったのは、ダンジョンの中であったことを思い出しながら、
ヒナギクが尋ねる。
『然り。本来、縁もゆかりもなき強化外骨格に自然と霊が宿るはずもない。
先ほど零には、怨霊を強化外骨格に宿る英霊の列に加える力があるといったが、
怨霊が零を求めてやってくるわけでは決してない。それに――』
 覚悟の瞳が悲しみをたたえた鈍い光を帯びた。
『戦士の魂を持っていた新八や、気高い心の持ち主だったルイズさんが、
誰かを恨み「怨霊」になるとは、俺にはどうしても思えない』
 覚悟の言葉にヒナギクとつかさは、思わず頷いてしまう。
(確かにそうね……。マリアさんもそうだけど、本郷さん……。
あの人が、自分を殺した相手を恨んで怨霊になるのは、ちょっと想像できないわ)
(ゆきちゃんは、いつも笑ってた。
どれだけ怖い思いをさせられたって、ゆきちゃんが死んだ後まで人を恨むなんて、
思えないよ)
 ヒナギクとつかさが考えに沈む間も、覚悟の手は動き続ける。
『霊の昇天をとどめ、なおかつ強化外骨格まで引き摺っていき、封じ込めてしまう……。
先ほど川田が「強制」と表現したが、俺は「強制」という言葉を超えているように感じる。
幾ら何でも、そこまで人の魂を自由にできるものだろうか?』
『なんとも言えねえな。だが、少なくとも俺や杉村、そして桐山が
死んでからこの世界に連れてこられてるという事実があるからな……』
 感情を排した声で川田は言った。
 人の死が絡むと、人は容易く冷静さをなくす。
 だが、ここは冷静にならなくてはいけない場面だ。
「で、でもね……」
 黙っていたつかさがおずおずと口を開いた。
 川田からペンを借り、
『場所はやっぱり大事なんじゃないかな……。ちょっと違うかもしれないけど、
私のお父さん、神様が住みやすいように、毎日境内を掃除したり、社殿で朝拝とか、
祝詞をあげたりしてるもん』

 ――神様? 朝拝? 祝詞?

 覚悟、川田、ヒナギクの顔にそろって不可解の文字が浮かび、
「あそっか、みんなにはまだ話してなかったね。私の家って、神社なんだ」
 慌ててつかさは補足した。
 なんだかヒナギク達とは長いこと一緒にいるような気がしていたが、
 考えてみれば、会ってそれほど時間がたっているわけはない。
 互いに伝えていないことも、知らないことも、山ほどある。
『ええと……。だからね……。霊とか魂とかに来てもらおうと思ったら、
ちゃんとした場所とか、儀式とかが必要なんじゃないかなぁ』
 ヒナギク、川田、覚悟はそれぞれ、頭の中で地図を広げた。
 ここに来るまで何度も地図を広げている。すでに主だった施設は頭に入っていた。

 ――ちゃんとした場所。霊を呼ぶのにふさわしい『場』

 4人が同じ考えに辿り着くのにそう時間はかからなかった。

 ――寺。もしくは神社。

「限られるわね……。すごく」
 ヒナギクがディパックを背負いなおし、
「急ぐとするか。行かなくちゃいけない場所が、増えちまったからな」
 川田がペンをしまいこんで、ウージーを取り上げる。
「あっ……でもどうせなら、時刻表をメモしていこうよ」
 つかさが時刻表の方に歩み寄った、その時。

 ――どぉん。

 という破壊音が、駅の入り口の方から聞えてきたのだった。




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