――の記憶  ◆wivGPSoRoE



「え? 僕も行きますよ。一人より二人の方が速いじゃないですか」
「お前は休んでいろ。またさっきのように、戦闘中に動けなくなられたら、たまらない」
 言い捨てて、村雨が足早に、汚水処理場の中に消えていく。

 確かに疲れてはいた。

 ため息をついてハヤテは、クルーザーによしかかる。
(村雨さん、辛そうだな……)
 先ほどの村雨の横顔からは、必死さが痛いほど伝わってきた。
 零の探知能力は制限されているため、有効距離範囲でも建物の深部になると、一部乱れがあるらしい。
 とはいっても、死体があるかどうかを間違えることなど、ほぼ、ありえないらしいのだが、
 それでも村雨は、外からの調査だけでは納得できないらしく、ああやって中に入っていく。
 そんな村雨の気持ちが、ハヤテには分かる気がした。
 だって。 

 ――似たもの同士だから。

 あの時――千切れとんだマリアの体を見つけたとき、絶望した。
 三千院ナギやマリアと始めてあった雪のクリスマスの日に、戻ってしまった気がした。
 この世にはもう、自分の居場所はなくなったように感じて、圧倒的な孤独に打ちのめされた。
 否。今も――そう、今も同じ感覚を感じている。
 たとえ拒絶されたとしても、ナギのために、ヒナギクのために、
 自分と同じく理不尽な運命に巻き込まれた人たちのために、BADANの奴らを何とかしたいとは思う。
 奴らからみなを、心底守りたいと思う
 でも、それでも。
(参ったなぁ……。やっぱり……。辛いや)
 ハヤテは再確認する。
 三千院家の日々が、どれほど自分の心に安らぎを与えてくれていたか、
 どれほどあの日々を、それを取り巻く人々を愛していたか……。
 それを、自分は自らの手で捨ててしまったのだ。
 どれほど悔やんでも、自分が激情に駆られ、あの男を殴り殺してしまったという事実は消えない。

 独りぼっち。孤独。

 人間とは、どうやらそれらの冷たさに、耐えられないようにできているらしい。
 それなのに村雨は、過去にすら、温もりを求めることができないのだ。
(あの人は、ずっと雪の中にいたんだろうな)
 だからこそ、初めて、真の意味で仲間になってくれた散が、大切なのだろう。
 自分にとって三千院ナギが、この上もなく大事な人であるように……。
 それでも村雨は、ズタボロで、あのまま放置されていれば死んでいはずの自分を助けてくれた。
 村雨とは、命を預けあってあの吸血鬼と戦った。
 孤独で、必死で無くしたものを探し続けているあの人に、伝えたいと思う。

 記憶だけだが全てじゃなくて、出会いでも、今は変わる。
 変わった今を大事にしていれば、今いる場所をそれほど悪くないものに変えることはできるってことを。
 このゲームを潰して、三千院ナギやヒナギクを守り、他の参加者もできるだけ助け、
 その上で村雨も――と考えるのは、少し欲張りすぎかもしれないが――

『どうした? ハヤテよ』

 ハヤテの顔に憂いを見て取り、零が尋ねてくる。
「いえ……その……。ちょっと、分不相応な考えを……」
 するとヴヴヴという振動と共に零は笑い、
『何を言うか! 分不相応な望みを持ってこそ男子! お前はまだ、分別を知るには若すぎる!』
「は、はぁ……」
 当惑したようにハヤテは銀髪を撫でた。
(当たり前だけど……。零さんって少し、時代がかってるなぁ。ガンコ親父系っていうか……)
 そんなハヤテの思いに気付いているのかどうか、
『話してみよ! 何か助言できるやもしれぬ』
 ハヤテは困ったように笑い、
「……なんていうか、僕ごときが考えるのはおこがましいかもしれないんですけど……。
村雨さんの今を、ピカピカにすることはできないにしても、
何とか、くすんだ輝きぐらいにはしてあげられないかなぁって、思いまして……」
 口に出すと、猛烈に恥ずかしさが込み上げてきて、ハヤテは顔を赤らめた。

 零は沈黙している。

 ハヤテの頬の朱の面積が大きさを増した。
「や、やっぱり……。おこがましいでしょうか……」
『そんなことはない』
 零の声は穏やかだった。
『ハヤテ……。お前は優しい男よな。
この修羅の庭においても失われることの無きその優しさは、時に超鋼よりも強きものとなろう』
 零の声には喜びがあった。
 ハヤテは知らぬことだが、村雨に「未来」を与えたいと思っている零は、
 ハヤテの中に、自分と相通じるものを感じたのである。
(ハヤテとならば、良を正しき道に導くことができるやもしれん)
 零は期待を込めてハヤテを見つめた。
 だが、零の予想に反し、ハヤテの顔は暗い。
「僕は、優しい人間なんかじゃありません。僕は……。怒りに任せて、人を……」
 口に出した瞬間、抑えていた激情が、言葉となって溢れ出た。
 勝手に言葉が、ハヤテの口から飛び出していく。
「……許せなかったんです。アイツは、笑っていました」

 ――そういえばピンク色の髪の毛をしてたなぁ! もしかしてお前達の知り合いか?

「人の死を、あんな風に嘲笑って……」

 ――ソイツは残念だったなァ……ハハハハハハハハハ!!

 悪魔のような笑みと狂声が聞こえくる気がした。
「それだけじゃないんです! アイツは、お嬢様を、僕のこの世で一番大事な人を殴った!
傷つけたっ!! それだけでも許せないのに、アイツは、ジョジョさんをっ!
ジョジョさんは、厳しくて、ぶっきらぼうな人だったけど、本当は情に厚くて、
それなのに情を殺して正しい判断ができる、すごい人でした。それなのに……。
アイツは、そんなジョジョさんを……殺したんだっ!!」
 ハヤテは絶叫した。
 胸に大穴を開けられて倒れ伏す承太郎の姿、涙を流すナギの顔、
 封じ込めていた光景が蘇ってきて、目の前でチカチカと瞬く。
「だから、だから僕は……。アイツを、殺したんですっ!!」

 ――殺した。

 何度も何度も何度も殴りつけて殺した。
 心臓の鼓動が早鐘のように打っている。
 胸を抑えながら、
「でも……でも……。アイツは……」
 あんなにボロボロになって、頭から血を流していて、それでも必死で生きようとしていた。
「……生きようと、してたんです。それなのに、僕は……」

『よくやった!』

 零の大喝が響いた。
 思いがけない賞賛の言葉に呆気に取られるハヤテに向かって、零はさらに言葉を叩きつける。
『ハヤテよ! お前の行動は一切、間違っておらん!!』
 ハヤテの目の中から疑念が消えないのを見て取り、
『では、問う! お前がとどめをささずば、一体誰ができた? 
その悪鬼が立ち上がり再び牙を向いた場合、誰がそれに対処できた?』
「そ、それは……」
 あの場で動けたのは、ナギと自分。
 総毛立つ思いがハヤテを襲った。
(冗談じゃない! お嬢さんにそんなことをさせるくらいなら……)
『その通りだ! お前の愛しき者かお前、どちらかが手を下すしか道は無かった。
さもなくばお前達は、その場で悪鬼に殺されていただろうからなっ!!』
 畳み掛けるように零は続けた。
『人を喰らって生きる悪鬼に対してまでも、情けをかけるその慈悲の心、見事なり!!
だがな……。己を! そして、愛しきものを守りたいのならば、慈悲を心に沈め、
敵を撃たねばならぬ時もあるっ!!』
「分かってますよ! そんな理屈は分かってるんです!! でも、僕は……」
『ハヤテよ……』
 それまでとは打って変わった暖かな声だった。

『お前は悪くない! 間違ってなどいない!』

「だから、そういう問題、じゃ……」
 ハヤテの視界が急にぼやけた。
 自分が泣いていることにハヤテは気付く。
『お前は悪くない!! 間違ってなどいない!!』
 零の声が繰り返し鼓膜を震わせる。

 ――許して欲しかった。

 浅ましい考えだとは知っている。自覚もしている。
 それでも誰かに――許して欲しかったのだ。
 ハヤテは、溢れてくる感情に一時、身を任せた。



「す、すいません……。えらそうなことを言ったのに、子供みたいに……」
 恥じ入ったように、ハヤテが俯く。
『何を言う。男子たるもの、みだりに涙を見せてはいかんが、たまにはよい!』
「はあ……。たまには、ですか」
『うむ。あくまで、たまには、だがな』
 おどけたような零の調子に、ハヤテが笑みのようなものを浮かべた。
 ハヤテが落ち着いたのを見て取った零は、
『――さて、ハヤテよ』
 改まった声で告げた。
 零の声にハヤテの背がピンと伸びる。
(まったく……。良に、ハヤテの万分の一の素直さがあれば、苦労は少なくてすむというに!)
 ハヤテの態度に目を細めつつ、この場にはいない村雨に向かって、零は軽く毒づいた。
 気持ちを改め、
『お前に伝えておかなくてはならんことがある、この地を跋扈する悪鬼達のことだ』
「アーカードのような奴のことですね?」
『奴もその一人だ。あの鬼の怪力、再生の力、脅威という言葉すら生ぬるい……。
だがな、ハヤテ。あるいは、奴よりも恐ろしいかもしれぬ、敵がいるのだ』
 ハヤテがゴクリと喉を鳴らした。
『その名はDIOという』
「DIO、ですか!?」
 ハヤテが激しくその名前に反応すると、
『む? 知っているのか、ハヤテ?』
「はい! 僕を襲ってきた赤毛の男がDIO様のためにどうとかこうとか……」

 ――やっぱりDIO様を知ってるのか! ならなおさらだッッッ!!

 赤毛の少年の言葉を思い出しながら、勢い込んでハヤテが言う。
 零は――沈黙した。
 黙りこみつつ、零は思考を展開する
(赤毛の男……。刃牙に相違ない! 我々と分かれた後、刃牙はハヤテ達を襲っていたというわけか。何たる奇縁よ!)
 自分をこの世界で始めて手にした少年が、目の前の心優しい少年に殺されていたという事実に、
 流石の零も動揺する。
(ぬぅ……。若輩者の範たるべき我々が、心を乱されて何とするか!)
 類稀なる自制心を発揮して、零は何とか動揺を封じ込めた。
 そしらぬ風を装い、
『ふぅむ……。この殺し合いの場ですら、他人を心服せしめるとは恐ろしい奴!』
「ええ……。本当にそう思います」
『悪鬼の中には稀に出現するのだ。他の悪鬼を取りまとめる強大な悪鬼がな。
だが、善の心を持つ我々には、関係のなきことよ!』
 零は心の中の刃牙に向かって深々と頭を下げた。
 敵を殺したと認識していてさえあれほど苦しんだハヤテが、実は殺した相手が、DIOに洗脳されていたとだけと知ったならば……。
(刃牙よ、すまぬ! 死したお前の尊厳を踏みにじる我々を、許してくれ!!)
 ハヤテに教えるわけにはいかない、知らせるわけにはいかない。
 ここでハヤテに崩れてもらっては困るのだ。
 村雨良を正しい道に導くためにも、この会場に存在する牙なき者達を守るためにも!

 ――大目標のために情を殺せずして、何が軍人!

 血涙を流しつつ、零はハヤテに真実を教えたい誘惑断ち切り、話題を転換する。
『そちらの方も恐ろしいが……。DIOの恐ろしさは、やはり、あの得体の知れぬ能力にあろう!
よいか、ハヤテ……。面妖に思うであろうが、しかと聞け!
我らを始めて手にした者が、DIOと闘ったときのことだ――』
 ハヤテが一言も聞き伸ばすまいと集中しているのを見て取り、零は言葉を発した。
『その者の拳がDIOに叩きこまれたと我々が思った時、突如DIOの体は消え、
気がついた時にはDIOの腕に嵌った時計から発射されたとおぼしき針が、
我々を手にしていた者の首筋に刺さっていた』
 ハヤテの瞳に疑問の光彩が浮かび上がった。
『何を言っているか理解できぬかもしれぬが、事実だ。
我々が確認した時、確かにDIOの体は我々を手にしていた者の拳を受けていた。
だが次に確認できたのは、DIOの体がそれより遠間に現れてから。
しかもその時には、DIOは針を発射し終えていた。
超速の力のみではありえぬこと。あれはもっと何か別の――』

「時間を操作したとか、そんな感じでしょうかね?」

 アッサリと帰ってきた驚天動地の答えに、零は二の句を発することができない。
「空間移動と超スピードを組み合わせても、最後の針だけは説明できません。
針をDIOが自分で刺したのならともかく、道具で発射された針が飛んでいく過程を
零さんがまったく感知できないってことは……」
『ま、待て! ハヤテよ。確かにお前の言うとおり、それならば辻褄はあう。
しかし、時をどうこうするなど……』
「僕だって、普通だったらこんなこと絶対に言いません!」
 ハヤテが、肩をすくめた。
「でも、状況がこれだけ現実離れしてるんです。何が起こったって、おかしくないと思いませんか?
もっとも、その針の速度がとんでもなく速い可能性も考えられますけど、
そうだとしたら、DIOが超スピードで動ける能力を持ち合わせていることになるでしょうね。
零さんに見えない速さで、移動して、照準して、針を発射し終えてるんですから」
 零は瞠目する。
(やる! こやつは思った以上にやる!)
 全てをなぎ倒す村雨良を『剛』とすれば、綾崎ハヤテには『柔』の資質がある。
(良とハヤテ、この二人の力を合わせることができれば――)
 零は期待の眼差しでハヤテを見つめた。
 と、その時。

「あ、お帰りなさい」

 村雨良が、入り口から姿を現した。
 そのどことなく不機嫌そうな様子から、散を見つけられなかったことが見て取れた。
『だから、言ったであろうが』
 当然といえば当然の結果に、零は叱責交じりに言う。
 零の方を見ようともせず、村雨は立ち上がるハヤテを一瞥し、
「次は、変電所の周辺だ」
 ボソっと言葉を吐き出すと、さっさとクルーザーにまたがった。
(とりつく島もない、か)
 先ほど感じた歓喜が失望に変わっていくのを感じつつも、零はその感情を抑え込んだ。
(まあ、良い……。時間はある。きっと良にも分かる時が来よう) 
 苦々しい思いと共に、零は探査のために意識を集中させた。



「村雨さん……」
「良……」

 零とハヤテの声が、どこか遠くに聞こえた。
 二人――零を一人と換算すればだが――が見つめる先、村雨良は立ち尽くしていた。
 この先に散がいる。

 ――この先にいるというのに。

(俺には、何もできないのかっ!!)
 握り締められた拳が、みしみしと軋みをあげる

 ――私は常に美しくなければならない。なぜなら、王であるからだ。

 美しさと気高さの化身だった散。
 少しでも、元の姿のようにしてから、葬りたかった。
 名も無き戦闘員のように、遺体を野ざらしにしておきたくなど、なかった。
 だが、無情にも零が見つけ出した散の遺体のありかは、禁止エリアの中。
 禁止エリアの中に入っていけば、いくらZXだろうと爆死は必定。

 ――必ず記憶を取り戻させる。私に二言は無い!!

 自信と覇気に満ちていた散の言葉が、村雨の耳の奥で鼓膜を震わせ、
 美しさと凛々しさに満ちていた横顔が瞼の裏に浮かぶ。
(あの時、別れたりしなければ……)
 散は死んでいなかっただろう。そして自分は、記憶を取り戻していたかもしれない。
 散なら、不可能という文字の存在を知らぬ、知っていても抹殺してしまったであろうあの男なら、
 自分の記憶を取り戻してくれたはずだ。
 だが、いないのだ。

 ――散は、失われた。

 体の中の何かが、刺すように痛んだ。
(なるほど……。痛みには、こういう痛みもあるのか)
 心を締め上げる「痛み」。
 痛みを感じながら村雨は、自分の心に湧きあがる、もう一つのモノを感じていた。
 そう、これは。

 ――真の怒り。

 アーカードに対して感じた怒りが、再び村雨の胸の壁を焼き焦がしていた。
 そして、真の怒りの矛先が、アーカードだけではなく、自分自身へも向けられていることに、
 村雨は気付く。

 その怒りの名は、「無力感」

 何故か、心に馴染むその怒りは、村雨の心の中で膨張していく。
(俺はまだ、散のために何もしていない!! 散が生きていた時も、死んでからも!!)

 ――何故あの時、仇を取ることができなかった!?

 決まっている。

 ――力が、足りなかったから。

 あの化物を、アーカードを完殺するだけの力がさえあれば、仇を討つことができたのに。
 あの時逃亡したのは、ハヤテを助けるためという理由も、勿論ある。
 だがあの時、アーカードを倒せるどうか、疑問に感じたからというのも理由の一つ。

 ――ヤツにはまだ、先がある。

 でなければ、散がまけるはずがない。
(足りない! 俺には、力が足りない)
 自分にたりない力とは何か? 村雨は思考する。

 ――己のルーツを知らないとすれば、お前に私は討てない。

 アーカードの嗤い声が聞こえた。
(記憶が欠けたままでは……。不完全なままでは、奴を完全に殺せない)
 怒りを押し殺しながら、村雨は思考する。

 ――まだ、ないか?

 この世界に来てから闘った強者達の記憶を、村雨は、何度も頭の中で再生する。
 一際大きく、頭の中に映し出される記憶があった。
 それは――敗北の記憶。

 ――お前、戦闘した事あるのか?

 蝶の仮面の男が発した蔑みの言葉を思い出した瞬間、胸を焼き焦がす怒りの炎が膨張。
(俺はあの男に、スペックでは勝っていた)
 スピードとパワーなら、自分は勝っていた。
 それなのに負けた。

 ――大技は、きっちり相手を崩してからだろう。

 呆れるような声

 ――二手、三手先ぐらい読め、間抜けが。

 嘲るような声。
 声、声、声――
「くそっ!!」
 村雨は、地に拳を叩きつけた。
 ずどぉぉんと凄まじい音と共に、地面が陥没した。
 もう一発、続けてもう一発。
 荒い息を吐きながら、
(俺に足りないもの……。記憶。そして闘いのの記憶)
 アーカードと戦った時、元の世界で戦った「仮面ライダー」とかいう、
 偽善者――仲間である三影の言葉を借りて表現すれば――の技、
 あれを使った時、新たな可能性が見えた気がした。
 弱い奴を何人殺しても意味がない。
 強者との闘いの先にこそ、求めるものはある。

 散と闘うことで、「痛み」を取り戻せた。
 アーカードと闘うことで「真の怒り」を取り戻せた。
 闘いは自分に記憶を与えてくれる、力を与えてくれる。
 闘いこそが――

「村雨さんっ!!」

 耳を打った真っ直ぐな声に、村雨は思考の深海から引き上げられた。
 無造作にハヤテを一瞥しつつ、
「……何だ?」
「何だ? はないでしょう!」
 ハヤテが、怒ったようにその端整な顔をしかめた。
「そんな……自分の体を痛めつけるような真似をして、誰が喜ぶんですか!?
散さんという人だって、きっと悲しみますよ! そうですよね!? 零さん」
『……その通りだ、ハヤテよ』
 零の言葉に複雑なものが含有されていることに気付きつつも、
 ハヤテは、とりあえずその疑問は心の井戸中に沈め、
「村雨さんが拳を叩きこまなくちゃならないのは、アーカード、DIO……
それに、村雨さんの記憶を奪って利用しようとしてる、BADANの奴らですよ!!」 

 ――何故だ?

 村雨の心に沸き起こるのは疑問だった。
 先ほども感じた強烈な疑問が、再び心を満たしていく。

 ――何故、こいつも零も、他人のために怒る?

 ハヤテの声に込められた怒りは、自分の心を焼き焦がしている「怒り」とは違う気がする。
 自分の心を焼く黒炎とは違い、目の前の少年の怒りには輝きがある。眩いばかりの純白の輝きが。

 ――理解したい。

 自然とそう思えてくる。
 理解すれば、あの幻影の女は、笑ってくれる気がするのだ。
 そんなことは、どうでもいいはずなのに。
 記憶を取り戻すことに比べれば、どうでもいいことのはずなのに。
 何故か。何故かそれが大切なことのように思えて、心が乱れる。
(どうすれば理解できる?)
 チラっと村雨は、零に視線を走らせた。
 零も、ハヤテと同じ精神の持ち主だ。
 しかし、それなりの時間共に行動しているのに、まったく理解できない。
(共に行動しているだけでは、駄目だということか)

 ――ではどうすれば?

 スッと村雨の手が伸び、ハヤテの頬に触れた。
 怪訝な顔をするハヤテに、村雨顔を近づけ――

「な、何をするだァ――――っ!?」

 瞬間移動並の速度で後ろにカッ飛びながら、ハヤテが絶叫する。
「りょ、良ぉぉっ!? 血迷ってはいかんぞっ!! 相手の合意も得ぬうちにっ!
ましてや年端もゆかぬ、こ、子供に、そのような……。恥を知れぃっ!!」

 ――何なんだ?

 疑問の風が村雨の心の水面を揺らした。
 ただ単に、散が自分にしてくれたことをしてみようと思っただけなのに。
 散のアレは、未知の感覚だった。
 ハヤテとしてみれば、また違ったかもしれないと思ったのだが。
(……この反応では、やらない方が無難か)

 ――そうすべきだ。

 心の何処かでそんな声がした。
 そういえば、先ほど顔を近づけたときに、脳がすさまじい不快信号を発した気もする。
 歯軋りを一つ。
(結局、何も手に入らない。記憶も、力も、理解も……)
 不可解なことが増えたようで苛立ちが込み上げ、焦燥感が募る。
 嘆息しつつ、村雨はクルーザーにまたがった。
 エンジンをかける。

「……どうした?」

 ややあって、焦れたように村雨は首をひねった。
(何をモタモタしている?)
 するとハヤテが、見たこともないような微妙な表情をしながら、
「……あの、ですね……。お気持ちはこう、なんというか……その……。
村雨さんは、命の恩人ですし、それにはすごく感謝してます……。でも僕には、そういう趣味は……」
「お前は、何を言ってるんだ?」

「それは僕の台詞です!!」

 鼓膜をぶち割らんばかりの大声に、村雨は顔をしかめた。

「……俺と来ないというなら、それもいい。好きにしろ」
「ま、待ってくださいよ……」
 おっかなビックリという感じで、ハヤテがクルーザーに乗り込む。
「聞けぇぇぃ!! 良よっ!!」
 零が待っていたように怒鳴り始める。

「後にしろ」

 吐き捨てて、村雨はクルーザーを発進させた。




「誰もいねーなぁ……」
「そうね……」
 かがみとジョセフは同時にため息をついた。
 徒労感が二人を襲っていた。
 S10駅、 S9駅の周辺をかなり捜索したが、収穫はゼロ。
 人っ子一人見当たらない。
「音すら聞こえてこないってことは、そうなんじゃないの」
「ったくよぉ~」
「……アンタはこれから、『俺の嫌いな言葉は1に努力、2に頑張るなのによォォ』と言う」
「俺の好きな言葉は、1に努力、2に頑張るなのによォォ」
 かがみは眉をひそめ、ジョセフはフフンと鼻をうごめかせた。
「いい線言ってたぜぇ~? けど、まだまだ、だな。
相手の裏をかく時は、『裏をかいてやる』って顔を出しちゃいけねーのよん。
顔に出す時は、さらに裏の手を持ってるときだけだぜ、か・がーみん」
「その呼び方、やめてってば!」
 顔をしかめるかがみに向かって、
「おいおい……。そうやって、顔しかめてっとカワEー顔が台無しだぜー? か・が・み~ん」
「呼び方くらい、統一しなさいよ!」
「お? お? か・がーみんとか・が・み~ん、のどっちが好みぃ?」
「知るか!!」
 おお怖~と、大げさに身をひねりながらジョセフは、かがみの顔を盗み見た。
 ぶつくさ言ってはいるが、その瞳には力が戻っている。
 少し前の、空ろで、生を放棄した表情は見つけられない。
 ジョジョは心の中で、安堵の息を吐いた。
 ずっと注意して見てきたが、かがみは今のところ、順調に立ち直りつつあるように見える。
 だが、油断は禁物だ。
(ンな簡単に気持ちの切り替えができりゃ、苦労しねーからなぁ)
 戦闘経験においても、人生経験においても百戦錬磨のリサリサですら、
 シーザーを失った時、感情の手綱を手放したのだ。
 喪失の悲しみは、それほど甘いものではない。
 いつまたなんどき、自己嫌悪と喪失の悲しみが、彼女を襲うかもしれない。
(まあそんときゃ、支えてやるのがオトコの役目ってやつだよなァ? シーザーよォォ?
にゃにぃ? 俺に男を語るのは100年はぇぇ!? へへ~ん、俺はもう所帯持ちだもんネー。
参ったかコラ)
 女ったらしだった友の面影を思い浮かべながら、ジョジョは友に語りかけた。
「……何、変な顔してんのよ?」
「Oh My God!! なんつーヒデーこと言うんだ、か・がーみん。
俺のピュアなハートに傷がついちまったらどうすんだ!?」
「心配しなくても、アンタの鋼鉄の心臓には、傷一つ付かないわよ」
 鼻で笑いつつ、かがみが足を速める。
 既にかなり速い速度で歩いているという自覚が、あるのかどうか。
(かがみんたらもぅ、頑張っちゃてまぁ~)
 微笑ましさと痛ましさを同時に感じて、ジョセフはわずかに苦笑する。
 この捜索を行っている間、彼女がどれほど目を皿のようにして辺りを見ていたか、
 歩幅の違うジョセフに負けまいと、どれほど必死で歩いていたかを、彼は知っていた。
(な~んて、女の子観察して、余裕ぶっこいてる場合でもねーんだろうけどなァ……。
どうやって首輪をはずしゃいいのかぜんぜんわかんねーし、
あの爺さん達が、何で俺達をここに呼んだのかもわかんねーしィィ……。
けどなぁ~。くよくよ考えても仕方ないってのが、俺の生き方の原点だしなァ~。
シンジの野郎は、ど~してんのかねェ。ハッキングとやらは、進んでっかなァ?)

 他力本願は本意ではないが、何でもかんでも自分でやれると考えるほど、
 ジョセフという男は傲慢ではない。
 任せるところは任せるしかない、そう割り切っているのである。

(肩の力ぬきゃいいのによォ~。かがみとかシーザーとか、責任感のつぇぇのは、
その辺ノーブレーキだから、厄介なんだよなぁ……)
 などと考えながら歩くうちに、S9駅が、再びジョセフの視界に飛び込んできた
(またアレに乗るのかよ……。
けっこう面倒くせぇなぁ~、来るのを待ったり、乗ったり降りたりよォ)
 ゲンナリしつつ、ジョジョがため息をつきかけたその時。

 ドドドドド……。

 遠雷のような音が、ジョジョの鼓膜を揺るがした。
 この音には、聞き覚えがある。
 氷塊がジョジョの背を滑り落ちた。
(ま、マジィ――ッ!?)
 冷や汗をかきつつ、
「かがみ!」
 ただならぬジョジョの叫び声に、かがみの眉が上がる。

 ドドドドドドドドドドドド……

「ど、どうしたの?」
「説明してる暇はねェ――ッ! とにかく――」
「とにかく!?」
「逃げるんだよォォォ――――ッ!!」
 スプリンター並のフォームで走りながら、ジョジョは叫んだ。
「わ、分かったわ」
 すぐさま、かがみも走り始める。
 だが、しかし――

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……………

 黒い旋風が二人の前に回りこみ、一人の男が地面に降り立った。
「待たせたか?」
「……こりゃまた、お早いお着きですこと」
 冷や汗が頬をつたうのを感じつつ、ジョセフは何とかそれだけを搾り出した。


188:夜空ノムコウ 投下順
186:オラトリオ メサイア 第二部終章 時系列順
174:Double-Action ZX-Hayate form 綾崎ハヤテ
174:Double-Action ZX-Hayate form 村雨良
176:波紋の記憶 ジョセフ・ジョースター
176:波紋の記憶 柊かがみ