人形の名を名乗った娘 ◆9igSMi5T1Q



【キュルケ編】

 赤い物体─それが何なのか分からないが─の中から人が出てきた。
 朦朧とするキュルケの頭では、その人物が自分より背の高い女性であることぐらいしか分からなかった。
 ケンシロウが一歩自分より前に出る。盲目なのに頼りになる男だ。

「何の用だ?」

 目の前の女性を、ケンシロウは若干警戒している。
 スタイルのいい女性だ。
 体は痩せているが、ダイエットに憧れる小娘の体と違って全身に薄い筋肉を感じさせる。
 光沢を持った銀髪は弱い星明りさえも反射させ、上品な宝石のように輝いている。
 美しさにはそれなりの自信を持っているキュルケでさえ、一瞬見とれてしまうほどの女性。
 同じ女ながら、将来はこんな人間になりたいと思ってしまうほどだ。

「こんなところで男女2人腕を組んでいたら、気にもなるだろう」

 腕を組んで歩いているのは、単にケンシロウの気遣いなのだが、妙な勘違いをされてしまったらしい。
 致死と言うほどでないにしろ頭部に傷を負って、フライの魔法で低空高速移動を行った後だ。
 殺し合い開始から、ほとんど眠っていたとは言えキュルケはいつも以上に疲弊している。
 だから、ケンシロウに支えられつつ歩いているだけ。それだけの事だ。
 微熱のキュルケとしては不本意かもしれないが……

「用がないのなら、俺たちは先に行く」
「いや、用ならある。先ほどの放送で、私は同行者を失ってしまってね……
誰か一緒に行動できる人を探していたのだ」

 放送で失った。つまり、同行したい人間の死を放送で知ったと言うことか。
 キュルケにとっては自分と同じ境遇にあるはずの女性なのだな。
 しかし、それにしては妙に落ち着いている。
 ケンシロウのように鋼の精神を持った人間だと言うのだろうか。
 仲間が死んだのなら、少しぐらい落ち込んでもいいだろうに。
 伸びた背筋や、雪のように輝く瞳からは意志の強さのみが感じられる。

「すまないが、今は先を急いでいる。仲間探しなら他を当たってくれ」
「そうか……」
「いや待て、もし良かったら、お前の車に俺たちを乗せてくれないか?」

 クルマ? キュルケには初めて聴く言葉だが、恐らくあの赤い物体の事を指すのだろう。
 それにしても、この会場には大きな乗り物が多い。
 いや、それよりも驚くべきは音だけであれが乗り物だと当てたケンシロウか。

「……あぁ、構わない。助手席に2人座ってもらうがな」

 仲間が欲しい、か。
 ある意味、この場ではまっとうな行動目的を持っているわけだ。
 だけど、ジョシュセキとはキュルケにとって初めて聴く言葉。
 セキという語感と前後の文脈から、乗り場所らしい事は分かるのだが、セキに2人で座ると言うのはどういうことだ。
 それはつまり、教室の椅子のような物にケンシロウと2人で座ると言うことか。

(まぁ……その……ケンは悪い男じゃないし、ってか、いい男なんだけど……)

 妙な想像をして、キュルケは柄も無く赤くなってしまう。

(でもま、そうと決まったわけじゃないし……)

 ケンシロウの膝の上は並みの木材より硬そうだ。
 でも、硬いけど弾力もありそうだ。何となく矛盾しているが、きっとそうに違いない。
 キュルケはほんの少し、ほほに微熱を感じた。

「まずは、貴方から乗ってもらおう」

 長身の女性が、ケンシロウの手をとってクルマの中へとケンシロウを誘導する。
 後部座席には、大きな人形が乗っており人が乗れる場所は、どう見ても2箇所だけ。

(……え? ケン……その……)

 急いでいるのは分かるが、もう少し広い乗り物でもいいんじゃないか。
 と言うか、外見はでかいのに、乗り場所はあれだけしかないのか。
 さっき乗った奴のほうがよっぽどマシではないか。

(っていうか……私はケンの上に座るわけ??)

 微妙に混乱してきた。疲れた頭でも、友の死を知った直後でも、やはりこういったことには反応してしまうと言うことか。
 いや、しかし情けない。初心な子供じゃあるまいに。
 これがヴァリエールなら顔面をマグマみたいに真っ赤にさせて発狂してもおかしくないが。
 自分は恋の微熱、ツェルプストーのキュルケではないか。

「次は貴女だ」

 銀髪の女性が、自分に向かって手を差し出す。
 こうしてみると、この女性も格好いい。いや、女性に対し格好いいと言うのは失礼なのだが。
 それでも、やはり格好いい。

(……久しぶりね。同性を見て嫉妬するなんてさ……)

 キュルケにとって、ここは初めて尽くしの場所だ。
 普段と違う嫉妬や恥ずかしさを感じても、不思議はあるまい。
 それに今は、あり得ないほど疲れている。
 いつものキュルケでなくて当然。むしろ、いつも通りの方がおかしい。
 キュルケは、銀髪女性に手を取られながら赤いクルマの入り口へと足を進める。
 そして、段の高いドアを開けてケンシロウが手を差し伸べる。
 その手をとり、キュルケが足を高く上げた瞬間、ほんの少し頭が揺れる。
 ただ、それだけの事で周囲が暗転した。

(!……)

 突然のブラックアウト。
 意識が遠くなる。文字通り、頭から血の気が引くことを感じ取りキュルケは誰かの腕に抱きとめられた。


 枯れた草のにおいがする。
 木目模様の薄汚れた天井が見える。
 自分の体に毛布が掛かっている。
 キュルケは、自分が突然倒れてしまったことを悟った。
 朦朧とする意識の中、ケンシロウと女の声が聞こえてくる。

「そ…………受…………拳……つ……」
「…………し……か…………」

 ぼやけた頭では、2人の会話が掴めない。
 ゆっくりと、キュルケは頭を持ち上げて何とか、疲れ果てた脳を活性化させようとする。
 思えば、ここに来て無理をしすぎた。出来ればケンシロウや神楽と共に、まとまった休憩を取りたいのだが、現状ではそれもままならない。
 やはり、今なすべきことは神楽に直ぐにでも会うことか。

(そんなこと、私のわがままなんだけどね……)

 ちょうどそんな時、ハッキリとしてきた意識に女性の声が飛び込んでくる。

「目を覚ましたのか、ちょうど良かった。晩御飯が出来たところだ」

 そんな声と共に、暖かそうなご飯が運ばれてくる。
 毛布の中で周囲を見回し、キュルケは自分のいる場所が平民の家であることを悟る。
 温かいご飯の、ほんの少し塩辛い匂いが届く。
 そう言えば、香りにする食事なんて、もう随分と食べてないような気がした。
 銀髪の女性がご飯を運びながら、自分の名前を名乗る。
 そして、これまでの事情をケンシロウと共に説明してくれた。
「……つまり、ケンとエレオノールが貧血で倒れた私をここまで運んでくれたのね……」

 急いで神楽の下に行きたい、そう思っていたのに。
 自分が原因で遅れてしまった。またも、ケンに迷惑をかけてしまった。
 それどころか今度は名前も知らなかったエレオノールにまで……

「ありがとう…………」

 こんな殺し合いの中にも、いや、だからこそと言うべきか、情は存在するのだ。
 何一つ美徳の見つからない世界でも、こうして温もりのあるご飯を食べることが出来る。
 彼らには何と言っていいか分からない。

「本当に、ありがとう……」
「礼には及ばない、当然のことをしたまでだ」


 こういう成り行きで、キュルケとケンシロウはエレオノールが作った食事をとる事となった。
 話によれば、彼女はサーカス団─それが何なのかキュルケには分からないが─の一員として世界中を巡っていたらしい。
 そのときに、一通りの料理は覚えてしまったそうだ。

 晩御飯を食べる前、エレオノールだけは1人でほんの1分ほど、どこかに移動していた。
 そして、戻ってくると円状の背の低い机の前に座り、3人で食事を開始した。
 晩御飯中に3人がする雑談は、首輪制限について。
 どうやらキュルケが眠っている間、ケンシロウとエレオノールで、その事を話していたらしい。
「でだ、先ほどのケンの話では秘孔の効きが弱くなったこと、身体能力が低下したこと、キュルケの魔法が弱くなったこと等から、
制限の存在が明らかになり、秘孔を自分の体に突くことで制限が首輪によるものだと分かったわけだな?」
「あぁ、そうだ。加えて言えば、キュルケの魔法にも制限の強弱があり、それも決め手となった」
「錬金よ、ある物体を別の物体に変化させることが出来るわ。魔法としては初歩の部類なんだけどね」
「なるほど……だとすると不自然だな」

 エレオノールは2人の考察に若干の違和感を持ったらしい。
 特に問題のない話だと思ったが……

「2人とも覚えているか、私たちが最初に集められた場所で赤毛の男が暴れだした時のことだ。
あの時、光成と呼ばれた老人は確かに言った、『首じゃ、首を見ろ』とな」
「それこそ、首輪が制限の根源だと言う動かぬ証拠だろう」
「いや、私はあれを罠だと思っている。そもそも、制限と言うものは我々を押さえつけるために必要不可欠なもののはずだ。
この事は、あの場で赤毛の男、確か勇次郎だったか、彼が暴れたことを思い出してみても分かるだろう。
そこで考えてもらいたい。あの老人にとって、保身の要とも言うべき制限の内容を、そう簡単に明かすだろうか?」

 言われてみると、確かに不自然だ。
 制限が無ければケンシロウもユージローもDIOやラオウだって、誰だってあの老人を殺そうとするだろう。
 彼は制限という檻の中に、参加者を閉じ込めておかないと安心して殺し合いを鑑賞することさえ許されないのだ。
 だが、この不自然さはあくまで、ケンシロウの秘孔による考察を無視した場合の話だ。

「そりゃ、確かに不自然だとは思うけど、でもケンが秘孔でちゃんと確かめたんだから、間違いないわよ」
「いや、実は私にとってはその話こそ、これが罠だと断定した根拠なんだよ」
「どういうことだ?」

 エレオノールは、どうもキュルケとケンシロウの2人が考察したことに否定的らしい。
 確かに何の証拠も無く出した結論だから、その正しさに保障があるわけじゃない。
 しかし、だからと言って大きな穴は無かったはずだ。
「いいか、ケンの秘孔は『何か』によって制限されている。そして、ケンは秘孔によってその『何か』を分析した。
この話はおかしいだろう、仮に私があの老人の立場で制限をかけたのなら、秘孔では分からないように制限をかけると思うがな」
「言われてみれば……」
「そんなはず無いわ。そうだとしたら錬金はなぜ制限されてるの。これも罠なのかしら」
「いや、違う。貴女の錬金は物質変換の魔法だと言ったな。つまり、首輪に限らず、どんなものに対しても錬金は脅威となりうるわけだ。
戦闘時には相手の武器を無力化させることが出来るし、そんなことをしなくても、脳みそをかぼちゃにでも変えてしまえば、必殺の魔法になる」

 そう言いながら、エレオノールはオレンジ色の野菜を口にする。
 それがかぼちゃと言う野菜であることをキュルケが知らなかったことは幸運だろう。

「人体に錬金は効かない」
「だが機械になら効くのだろう? つまり、首輪以外のものが制限をかけている場合も、やはり貴方たちの考察と同じことが言えるわけだ」
「……そ、それは……」

 キュルケはエレオノールの言葉に何の返しも出来なくなってしまった。
 言われてみれば、確かにその通りなのだ。
 首輪が能力制限の根幹と判断したのは、早計だったという事なのか。
 これでは、バトルロワイアルの謎解決に全く近づけていないではないか。

「あれだけ、あれだけ考えたのに……」
「まだ、俺たちの考察が間違ったと決まったわけじゃない」

 ケンシロウがキュルケの肩に手を置きながら、声をかける。
 その姿を、エレオノールが見つめている。鋭い眼光のせいもあってか、若干睨んでいるように見える。
 ほんの少し、嫉妬していると言うのだろうか。
 そう言えばエレオノールもいい女だが、キュルケだって負けてない。
 成長期のせいもあってキュルケとエレオノールは大きく年が離れているように見えるが、実際は2,3歳だろうし……
 ケンシロウの目から見れば、キュルケの方がいい女に映っているかもしれない。
「フフッ……、そんな顔をするな。貴方たちの考察は素晴らしいものだと思うぞ。
そこまで考えてくれたからこそ、私も刺激されて意見が出てきたわけだしな」
「……そうね……」
「それに頭を使ったら、意識もしっかりしてきただろう?」

 ほんの少し、エレオノールが笑った。
 どこと無く冷たい印象を受ける笑顔ではあったが、それでもキュルケは救われた気分になれる。

(初めて会った私のために、やってくれたことかしら……)

 本当に、人のいい女である。
 もちろん、首輪の考察に対する彼女の厳しい突っ込みは、本音であろう。
 最後の一言も、フォローにしては強引過ぎる。
 けれど、それは彼女が自分を傷つけまいとして言った言葉だ。
 キュルケは、エレオノールという女性の温もりに触れた気がした。

 食事を進めながら、エレオノールの方を見やる。
 まるで仮面のような表情は、先ほど一回笑顔を見せたきり、全く表情を変えていない。
 そんな所は親友のタバサにそっくりだ。
 身長も、年齢も、似ても似つかない2人だけれど、一個だけ共通点がある。そのことでキュルケは安心できる気がした。

「ねぇ、話は変わるけど、私の親友にさ……」

 キュルケは思い切って、懐かしいタバサの話をすることにした。


「では、神楽の下へ行くとするか……」

 夕飯が終わった頃、周囲は完全に闇で支配されていた。
 窓から空を見て、星があまり見えないことから、キュルケは雨が降りそうだと感じる。

「そうね急ぎましょう。あの子も心配だし……」

 神楽が再会を求めていた2人は既に亡くなっている。
 これは病院が危険地帯であると言う証明であり、同時に病院にいる必要の無くなった神楽がそれ以外の場所に移動した可能性を示唆するものでもある。
 つまり、今神楽はどこにいるのか分からない状態なのだ。安全な場所で、仲間と一緒にいてくれると言いのだが……

「少し待って欲しい」

 出発を急ごうとするケンシロウとキュルケの2人を、エレオノールは止めた。

「休憩してもキュルケの顔色は優れないだろ? 神楽も心配するぞ」
「……そりゃ、そうだけど」
「幸い私はメイク道具を持っている、と言っても道化師用の特殊メイクだがな」

 なるほど、それは面白い。神楽を心配させずにすむし、ケンシロウの気も惹けるかもしれない。
 道化師用というのが、若干気にはなるが、普通のメイク用品とさして変わらないだろう。
 エレオノールの意思を汲み取ったキュルケがその方を見ると、彼女はまた微笑んだ。

 キュルケはエレオノールと共に、洗面所へと移動する。
 この民家の鏡が洗面所にしかないための移動だ。ちなみに、エレオノールは、
「これはサーカスで使う特殊メイクだから。普段女性が見るものとは使い勝手がだいぶ違うのだ」

 などと言って一緒に入ってきた。ケンシロウは男だからと言う理由で外だ。
 狭い脱衣所に、女が2人で並んでいる。
 脱衣所には、入り口から見て左手に大きな鏡が一枚。鏡の向かい側に、タオルなどを入れておく引き出しが一つ。
 キュルケは鏡の方を向いて立ち、エレオノールは鏡とキュルケの間に立って、少しだけ膝を曲げてかがみ加減になる。
 エレオノールの肩越しに、鏡が見える。
 なるほど、自分の顔は確かに血色が悪い。キュルケはそれを再認識する。これでは、神楽も心配するだろうな……
 そんなことを思った時、エレオノールの両手が引き出しから、何かを取り出したように見えた。
 自分の背中に隠れて、はっきりとは見えないが確かに何かを……

「さっ、メイクするぞ……人にしてもらわないと行けないのが、特殊メイクの困ったところだな……」

 エレオノールはぼやきつつも、クスりと笑っている。
 よく見ると、タバサよりは表情が豊かかもしれない。
 突然。
 エレオノールが左手に持っている、メイク道具が落下する。

「すまない、拾ってくれ」

 落下したメイク道具を拾い出そうと、キュルケは身をかがめる。

「もう、しょうがない…………  ヒュゥ………」

 刹那。キュルケは首に熱いものを感じた。

(一体、一体何が起こったの?)

 自分の身に何が起こったのか、さっぱり分からない。
 熱さに続いて、痛みが襲い掛かってくる。
 首に感じた熱いものは、気管を通って肺まで流れ込んでくる。
 これは一体、何だ。理解できない。
 声を出そうとしても、潰れた気管からは、ヒュウ、ヒュウという風音だけが流れるだけだ。
 まさか……
 キュルケの脳が一つの結論を出そうとしたとき、エレオノールは脱衣所の奥にある風呂の窓を蹴破って、外へと脱走していた。
 それを見送った後、首から痺れるように全身に広がった痛みは、キュルケの体を完全に停止させた。
 彼女は停止するその瞬間まで、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。