炎の記憶  ◆wivGPSoRoE



 目の前の少女の体から、温もりが消えていく。力なく己の手に回された手が、力を失っていく。
 抜けていく力を補うように、生へと少女をとどめようとするように、ケンシロウは腕に力を込めた。
 ふっと少女が笑った気配が伝わってくる。
 ケンシロウの見えぬ目に浮かぶのは、少女の美しい笑顔。
 生命の輝きと躍動感に満ちたあの笑顔に、男なら誰もが魅了されたであろう。
 だが、その笑顔もまた失われようとしている。

 少女の死と共に。

 ほとんど力を失っていた少女の指先に、わずかに、ほんのわずかに、力がこもった。
 それが最後の命の輝きであると、数知れぬ命を見送ってきたケンシロウには、わかった。
 指先から少女の想いが伝わってくる。
 ケンシロウは微笑みを浮かべた。

「……俺もだ」

 その言葉を聞いて少女はまた、笑ったようだった。
 唇がほんの少し動いたことが、空気の流れで分かる。けれど、首の傷が少女から言葉を奪っていた。
 それでもケンシロウは安心しろというように何度も頷く。
 届いていると、伝わっていると、伝えるために。

 唐突に、少女の体から力が抜けた。

 激情の炎が一瞬にして心を埋め尽くし、心の壁を焼き焦がした。
 怒りと悲しみの炎を鉄の自制心で堰き止め、ケンシロウは口を開く。
「キュルケ……」
 穏やで優しい声だと生前少女が感じていた声で、ケンシロウは語りかける。
 答えは――

 しばらく沈黙の海に沈んでいた男は、永遠に沈み続けるさだめとなった女を残し、
 一人、浮上した。
 少女の瞼を閉じさせてやり、その体を抱き上げ、リビングへと運ぶ。
 硬直を始め、冷たくなった体は、それでもまだ柔らかく――そして、軽かった。
 こんな体で、彼女はあのラオウに立ち向かい、自分の命を救ってくれた。
 ラオウから逃げるために、心の限りをつくして自分を遠くへと、運んでくれた。
 自分の生があるのは、この少女がいたからだ。
 だというのに。

 ――自分は一体何をしてやれたというのか?

 心の中に悔恨という名の嵐が吹き荒れるのを、ケンシロウは感じた。
 彼女の友を救うことができなかったばかりか、彼女の命すら守れなかった。
 湧き上がる悔恨と自分への怒りは闘気となって吹き荒れ、部屋の調度が不快な金属音を立てた。

 ――いかん。

 ケンシロウは闘気を封じ込めた。
(すまない……。キュルケ)
 胸中で謝罪の言葉を呟きながら、ケンシロウはキュルケの遺体の前にひざまずき、その乱れた髪を、整え始める。
 手探りであるから限界はあったが、それでも顔にかかった髪を整えてやることは、できた。
 息を吐く。
 吐息と共に怒りと悔恨を吐き出そうとするが、心を燃やす炎と烈風は、容易に収まる気配を見せなかった。

 ――気付いてはいたのだ。

 女の殺気に。自分とキュルケを伺う女の気配に。
 気付いていながら――見逃した。
 この、誰も信用できない状況のせいで、神経過敏になっているのだろうと思っていた。
 半数近くのの人間が死んでいるという現実がある。
 生き残りが立った一人しか許されないという非常極まる現実がある。

 ――そんな中で、女が一人でいるのはどれほど辛かろう。

 女を安心させてやろうと思った。
 こちらが手を出さぬという意思表示を優先し、ジグマールの時のように秘孔で確かめることも、
 何らかの言葉によって、牽制をかけておくこともしなかった。
 それは優しさ、慈しみと呼ばれる感情。本来は美徳とされるもの。
 だが、それは「甘さ」とも言えよう、
 そして、そのの甘さゆえに、キュルケは死んだ。
 何一つ報いることができぬまま、死なせてしまったのだ。

 ――守れていたのに。

 キュルケの側にいれば、あの女の凶行を防ぐことは容易かったというのに。
 家の中に入っていれば、そうせずとも、キュルケに一言伝えて警戒を促しておけば――
 いくもの「もしも」の文字が、ケンシロウの頭の中で踊り狂う。

 ――あの時、キュルケが襲われていた時、自分は何をしていた?

 ケンシロウは自身に問いかける。

 ――外で待っていた。

 ただ、待っていたのだ。
 あって間もない女とキュルケが二人きりという状態に対して何の危機感も、警戒心も、抱くことなく! 
 メイクがどうのとお気楽極まることを考えながら!
 悔恨の炎は胸の壁を突き破り、ケンシロウの頭に駆け上がった。
 怒りのあまり、思考に空白が生まれる。

 手に軽い痛み。

 あまりにも強く握り締めたせいで、掌から出血していた。
 だがこの程度の痛みなど、キュルケが味わった痛みに比べれば、彼女の死の恐怖に比べれば、何だというだろう?
 胸中に嵐を抱えながら、ケンシロウは思考する。
 女を警戒すべき材料なら、それこそいくらでも転がっていた。

 ――あの老人にとって、保身の要とも言うべき制限の内容を、そう簡単に明かすだろうか?

 首輪について話し合った時に聞いた女の意見を一つ取ってみても、女が、感情を殺して行動するに長けた人間であることが分かる。
 ラオウと赤髪の男が対峙した時、老人は心底狼狽しているように見えた。
 100人がみたら99人は同じ感想を持つだろう。
 そして、あの老人は、あの場でラオウと勇次郎が闘争を開始することを予測していたろうか?
 あの老人は赤髪の男と顔見知りであったようであるから、ひょっとしたらと思っていたかもしれぬ。
 それでもなお、あれはやはり突発的な事態といえよう。その中で、能力の「制限」に関する情報をあの場にいた者達に、
 誤認させようという思考を伴いつつ、あそこまで狼狽した風を装おえるものだろうか?

 ――不可能に近い。

 できるとすれば、恐ろしいまでの演技力と人間離れした冷静さを持ち合わせた人間だけだ。
 ところが、あの女はいとも簡単にそれを口にした。
 あの口ぶりには、自分ならできる、という確信があった。
 合理的で、どんな時にも冷静さを失わない人間が、信用できないというわけではない。
 しかし、あの女がある種の冷徹さを兼ね備えた人間であるということには、気付くべきだった。
 否――気付いていたのだ。
 それでも、実際にあの女がキュルケに牙を向くその瞬間まで、女がキュルケを害するという発想は、
 ついにケンシロウの中で、現実感を持たなかった。

 ――何故? 自分はあの女の自由にさせてしまったのか?

 ケンシロウは何度も自問する。
 いくつもの答えが浮かんでくる。その中でもっともしっくり来る理由は、

 ――女だったから。

 何度自問を繰り返しても、その答えが正解だとケンシロウの心は言っていた。 
 幾百、幾千の悪党をケンシロウは叩きのめし、時には無残に殺してきた。
 ところが、稀有というべきか、運命のめぐり合わせの奇跡というべきか、
 ケンシロウという男は、「女の悪党」という者に出会ったことがなかったのだ。
 男が超絶の力を持つケンシロウの世界では、女というのは例外なく保護すべき「弱者」でしかなかった。
 女が悪事を働かない、というのは、フェミニストを通り越して、ただの無想家の発想である。
 ケンシロウとて、女の悪人が存在することぐらいは知っていた。
 だが、人間は経験を伴わない限り、概念として知っていても、それを実感できない生き物でもある。
 マミヤ、リン、アイリ、そしてユリア……。ケンシロウが深く関わった女達は全て善良であり、優しさに満ちていた。
 特にケンシロウにとっての最愛の妻、ユリアが慈愛の権化のような人間であったことが、
 ケンシロウの女性観をどこか、理想がかったものにしていたのである。
 けれど、ここにおいて、ケンシロウは悟る。
 女にも、「悪」はいるのだということを。
(今まで女を手にかけたことは、なかったが……)
 あのラオウですら、その生涯において女を手にかけたことはなかったはずだ。
 なかったからこそ、ユリアは生きていたのだから。
 だがしかし。

 ――この非情さ、このすごみ……昔のケンシロウではないな。

 ジャギが自分を評して言った言葉がケンシロウの心に蘇ってくる。
 無数の敵の血を流し、甘さは捨てたはずだった。

 ――だが、捨て切れてはいなかった。

 捨て切れていなかった証が、キュルケの死だ。
 ケンシロウは立ち上がった。
(女といえど……。容赦はせぬ)
 女の声は、はっきりと記憶している。風の流れが教えてくれた、その体格。
 何よりキュルケの言っていた特長的な銀髪。
(見つけ出す……。そして、必ず)
 ケンシロウの拳が、ごきり、と音を立てた。

 ――仇は取る。

 決意を定め、ケンシロウは立ち上がった。
 台所へ向かい、手探りで火種を探す。
 ライターを一つ発見し、ケンシロウはリビングへとってかえした。
 彼女の遺品となってしまった杖を、自分のディパックに移す。
 キュルケの友が、全て死んだことは知っている。
 だが、できるかどうかは分からないが、キュルケの杖は、彼女の家族の元へ返したいと思った。

 ――それくらいのことしかしてやれぬ。

 その時ふと、ケンシロウは自分に支給されたものの中に『般若心経』と書かれた紙が入っていたのを思い出す。
 拳法と仏教の関係は深い。それゆえ、何らかの経文であることがケンシロウには分かり、
 同時に、主催者に対する怒りも湧いた。

 死者が出るから、これで経を唱えろというつもりか、と。

 ゆえに開こうともせず、ディパックの中へ放り込んだ。
 けれど、こうなってみると、目が空いているうちに開いておかなかったことが、少し悔やまれる。
 目が見えなくなってしまっては、読み上げることもできない。
 そこまで考えて――ケンシロウは、拳を胸の前で打ち合わせた。
 人の命を奪うことを、他人に悲しみを強いることを躊躇わない、あの銀髪の女に
 何よりも、彼女をこの地に連れてきて、彼女から全てを奪った主催者、愛を否定する者達に。

「ならば……」
 呟きながら、ケンシロウはライターで紙に火をつけると、それが大きくなるのを待って、
 リビングに放った。
 幸いにも、この家の周りに家はなく、燃え移る心配もない。
 ならば、キュルケと同じように、愛に生きた男、南斗水鳥拳のレイを弔った時と同じように、、送ってやりたかった。
 炎の熱を背中に感じながら、ケンシロウは廊下をわたり、戸口へと歩み出た。
 夜風がケンシロウの頬を撫でていく。

「キュルケ……。忘れはせぬ。お前もまた、よき強敵達と同じく、俺の中に生き続ける」

 まずは、炎を見て人が来るのを待つ。
 正義の心を持ち、力があるものならば、何かあったかと、義憤を抑えられずに駆けつけてこよう。
 戦闘を好むものなら、勇んで寄ってこよう。
 味方となるべきものなら列に加えてもらい、敵ならば撃つ。
 もし仮に誰もこなくとも構わない。その時はひたらすら、歩くだけだ。
 彼女の遺志は自分が継ぐ。

 愛を否定し、踏みにじる者達がいる。
 その者達が死を望み、殺し合いを望むなら――

「俺は、愛のために闘おう」

 燃え盛る火を、見えぬ目で感じ取りながら、ケンシロウは誓う。
 キュルケの残した熱は、ケンシロウの中で炎となって、燃えていた。

【D-4 北東の民家(炎上中)。一日目 夜中】
【ケンシロウ@北斗の拳】
[状態]:カズマのシェルブリット一発分のダメージ有り(痩せ我慢は必要だが、行動制限は無い)全身各所に打撲傷
    キング・クリムゾンにより肩に裂傷 両目損失。吐き気はほぼ、おさまりました(気合で我慢できる程度)
[装備]:
[道具]:支給品一式、ランダムアイテム(般若心境と書かれた紙(エニグマ/開かれていません)、他2つ、本人確認済み)
[思考・状況]
基本:殺し合いには乗らない、乗った相手には容赦しない。
1:人を待つ。来なければどこへでもいいから、とにかく歩く
2:エレオノールを捜索してキュルケの仇を討つ。
3:アミバを捜索、事と次第によれば殺害。
4:ラオウ・勇次郎他殺し合いに乗った参加者を倒す。
5:助けられる人はできるだけ助ける。
6:乗ってない人間に独歩・アミバ・ラオウ・勇次郎・エレオノールの情報を伝える。
[備考]
※参戦時期はラオウとの最終戦後です。
※ラオウ・勇次郎・DIO・ケンシロウの全開バトルをその目で見ました 。
※秘孔の制限に気付きました。
※ラオウが無想転生を使えないことに気付きました。(ラオウは自分より過去の時代から連れて来られたと思っています)
※民家の前に消防車が止まっています。
※オリンピアが懸糸の切れた状態で消防車の助手席の後ろに座っています。


<首輪についての考察と知識>
※首輪から出ている力によって秘孔や錬金が制限されていることに気付きました。
首輪の内部に力を発生させる装置が搭載されていると思っています。


191:男とアルター 投下順 193:求めたものは
191:男とアルター 時系列順 193:求めたものは
190:人形の名を名乗った娘 ケンシロウ 202:何をしても勝利を