求めたものは ◆wivGPSoRoE



「ギャラン・ドゥ……」

 ジグマールは、自身の発した声で我に帰った。
 茫然自失としていたらしい。

 ――どうしよう?

 疑問符が今更ながらに浮かんでくる。
 どこかで頼っていた。
 窮地になっても、彼が出てきて助けてくれると思っていた。
 散々ブーたれつつも、彼はいつも自分を助けてくれたから。
 だが、彼はもういない。いないのだ。
 震えがジグマールの全身を駆け抜けた。

 ――アルター……は、死な、ない、一ヶ月……も、すれば、また……出て、こられる……

 彼は死んではいない。
 だが、彼が出てくるのは彼の言葉を信るなら、一月後。
 すなわち、自分ひとりで生き残らなくてはならなくなったのだ。

 ――たった一人で。

 そうと実感した時、ジグマールの心の水面は――揺らぎを止めた。
 開き直った、というのはこういう心境なのかもしれない、と心の中で呟きながら、
 ゆらり、とジグマールは立ち上がる。
「すまなかったな……ギャランドゥ。辛いことばかり押し付けて」
 言葉が唇から漏れ出していく。
 どうにもならなくなった時、いつも自分は彼に頼った。
 心の何処かで、『便利な道具』としか見ていなかった。
 それなのに彼は、いつも自分を助けてくれた。
 その彼の命は、今、自分と共にある。

 ――死ぬわけにはいかない。

 絶対に死ぬわけにはいかない。
 最早、自分の命は自分ひとりのものではなくなったのだから。
 ゆえに、彼に頼る弱い19歳のジグマールではいられない。いてはいけないのだ。

 ――お前、は……もう……アルター、に……頼るな。お前……は、1人、で生きて……いける

「……その通りだ、ギャラン・ドゥ」
 彼には聞えていないだろう。
 けれど、言いたい。伝えたい。言わねばならない。
「僕……俺……。いや、私は……。最強のアルター使いだ」
 言い聞かせる。
 己自身に。そして、己自身の中にいる、彼に。
「大丈夫だ……。今からは、私、一人でやっていく」
 低い声で、ジグマールは宣言する。もう、彼には頼れないのだから。
 震えがジグマールを襲った。

 しかし、彼は唐突に気付く。

 自分が寂寥感や恐怖と共に、開放感もまた、感じていることに。
 これからは、何でも自分で決めなくてはならない。
 ただしそれは逆に言えば、自分で自分の道を決められるということだ。
 考えてみれば、今までの自分の行動には、必ずギャラン・ドゥの意思が介在してきた。

 ――さあ、何をしよう?

 そう思った瞬間、
「奴のように、生きてみたい……」
 自然と口から漏れ出た言葉が鼓膜を震わせた瞬間、ジグマールは悟った。
 憧れていることを。
 この世界で出会った、心を射抜く目を持ったアカギという男に、何の能力も持たないあの男に、自分は憧れている。
 ジグマールはその事実を、素直に認めた。
 アカギはどんな状況でも、何一つ己を持たない自分とは違い、信念を貫いているように見えた。
 自分とはまったく逆の生き方を貫いている男、赤木しげる。

「私は奴に……勝ちたい」

 アカギという男を越えたい、凌駕したい。
 それは、飢餓感といっていいほどの、強い欲求だった
 男という生き物は、誰もが一度は世界最強を目指す。
 世界最強を目指すということは、全ての他者を越えたいという欲求だ。
 憧れている人間を、自分よりも高いところにいる人間を打ち倒したいという、思い。
 これは最早、男の本能といってもいいだろう。
 ジグマールは、自身が全宇宙の支配者になりたいと思っていると、思い込んでいたが、
 それは所詮、ギャラン・ドゥの欲求であり、ジグマールの欲求ではなかった。
 彼、マーティン・ジグマールという全アルターの使いの中でもトップクラスの能力を持つ男は、
 このバトルロワイアルという舞台において初めて、彼自身の敵、すなわち越えたいと願う存在を、見つけたのである。
 ジグマールは考える。

 ――どうすれば、アカギを越えられるのか?

 答えは簡単だ。
 彼とは逆の道を歩き、彼を正面から粉砕すればいい。
(アカギ……。奴は、殺し合いに乗っているようには、見えなかった)
 方向も決めずに足を進めながら、ジグマールはアカギの言葉を思い浮かべる。

 ――不条理こそギャンブルの本質…… そんな不条理に打ち勝ってこそ高みに登れる。

(不条理か……。確かにこれほど不条理な状況はないだろう……)
 いきなりわけの分からない世界に引っ張ってこられ、殺し合いを強制され、
 その上、連れてこられた人間達は、超人的な力を持つ者ばかり。
 不条理という言葉が、これほど似合う状況も珍しかろう。
 アカギという何の異能力も持たない人間が、並み居る強者を打ち倒して生き残る、
 これでも十分、「不条理に打ち勝った」ことにはなる。
「ククク……」
 ジグマールは、喉の奥で笑い声を漏らした
(するものか……。あの男がそんなもので……満足、するものか……)
 ジグマールの唇が弧を描いた。

 ――そう思うと…おもしろくありませんか?

 アカギは、この状況を評して「おもしろい」と評してみせた。

 まさに狂気の沙汰。

 この世界につれてこられた人間の中で幾人が、この状況をおもしろいと評することができよう?
 しかしあの男は、間違いなく状況を楽しんでいた。
 不条理に打ち勝ち、高みに上るチャンスだと本気で考えていた。
 あの男にとって、打ち勝つ対称は大きければ大きいほどよく、不条理であれば不条理であるほどよいのだろう。
(アカギが狙うのは……ゲームそのものの破壊……主催者に反逆し、打ち勝つことだろう)
 その方が、奴にとって「おもしろい」だろうから。

「ならば、私の行くべき道は……決まっているな」

 ――優勝を目指す。

 仮に、アカギが道半ばで死んだとしても、それはアカギの負けではない。
 あの男は勝負に勝つためなら、ためらいなく命を捨てられる男。
 奴自身が死んだとしても、奴が撒いた布石によって、このゲームが、ひっくり返されたならば、それは奴の勝ちを意味する。
 布石も打たずに奴が死ぬ? それこそありえない。

 ――そうはさせない。

「勝つのは貴様ではないぞ、アカギ。勝つのはこの私……。マーティン・ジグマールだっ!」
 ジグマールの瞳には、炯炯と決意の炎が燃えていた。


 その男をエレオノールが男よりも先んじて発見したのは、当然であった。
 「しろがね」の身体能力は、人間のそれより格段に高い。
 当然、視力、聴力も、人間のそれとは比べ物にならない。
(さて、どうする?)
 エレオノールは、自身に問いかける。
 男はありていに言えば、ボロボロで、丸腰だった。
 本来なら、カモが葱をしょってやってきたと小躍りする場面なのかもしれないが――
(油断は、できない)
 五体が武器、という人間を今日1日で嫌というほどみてきた。
 核鉄は、キーワードを発すれば武器に変わる。
 見かけで判断するには、危険すぎる。
 だが――何もしない、という選択肢は愚か過ぎる。
 成功の果実を手に入れるためには、冒険も必要であることは、さきほど学んだばかりだ。

 ――拙速よりも狡知。チャンスを生かし、一撃で殺す。

 問題はそのチャンスをどう作るか、だ。
 何もしなくては、チャンスなど生まれようはずもない。
 男が歩いてくる。
 月光に照らし出されたその男は――美形だった。
(あの顔なら、技量さえ伴えば、メインがやれるな)
 頭の中の芸人としての部分が、そんなことを囁く。

 ――馬鹿なことは考えるな。

 エレオノールは首を振って、雑念を追い払った。
 こちらにあるのは、人間よりも遥かに高い身体能力のみ。
(距離さえ維持すれば……。男から逃げることは可能だろう)
 彼がケンシロウのようなお人よしなら、行動を共にし、拙速より狡知を持って殺す。
 女と知って襲ってくる手合いなら、距離をつめられるまえに「しろがね」の体力で逃げる。
 意を決し、しろがねは建物の影から躍り出た。
 男が身構える。

 ――距離は15メートル程度。

 両手を挙げながら、
「私はキュルケ。殺し合いをするつもりはない!」
 殺したばかりの少女の名前を借りておく。
 隙を伺うのは、次の放送までで十分だ。
 それだけの時間をかけて隙を見つけられなければ、自分は男に勝てないということ。
 それならさっさと次へ行った方が、効率がいい。
 男が破顔した
「私もだ! いや、よかった、実は放送を――」
 満面の笑顔で走り寄ってくる。

「近寄るな!」

 エレオノールの鋭い声が大気を割った。
 男の足が止まる。
「あ、ああ……すまない」
 謝罪しつつ、男があたまをかく。
「私は、マーティン・ジグマール!
実は、気絶していてさっきの放送を聞き逃してしまってね……。
禁止エリアに入ってしまわないかと気が気ではなかったんだ。
すまないが、教えてくれないだろうか?」
 懇願するように男が尋ねてくる。

 ――男との距離はすでに11メートルほどになっている。

「教えよう。だが、それ以上近づかないで欲しい。
疑っているようですまないが、さきほど不意打ちで仲間を失ったばかりなんだ。
過ちを繰り返すつもりは、無い」
 エレオノールは男に視線を叩きつけた。
 男の表情が曇った。
「そうか……」
 曇っていた表情が、怒りへと変わる。
「くそっ! 何でここはこんなに殺し合いをしたがる奴らが多いんだっ!?」
 怒りを露にしながら、
「ひょっとしてそいつは、サラリーマン風の男じゃなかったか?」
 男が尋ねてくる。
「……そうだ」
 警戒しつつ、エレオノールは答える。
 情報が引き出せる時に引き出しておくべきだ。
 だがそれより――
(どっちだ?)
 エレオノールの心の水面は大きく揺れていた。
 人生の長きをサーカス芸人として過ごしてきたエレオノールは、観客の感情を、感じ取る術を知っている。
 今、相手がどんな感情でいるのかを、感じ取ることができるのだ。
(本当に怒っている……か?)
 しかし、何かがひっかかる。心の水面が泡立つ。
 逃げるべきか、留まるべきか、エレオノールは能面のような表情の向こうで葛藤する。
「やっぱりそうか!!」
 男の怒号が聞えてくる。
「私もそいつに襲われたんだ! 聞いてくれ、そいつの名前は吉良といって――」
「近づくなと言ったろう!」
 興奮して口泡を飛ばしながら近づいてくる男に、エレオノールは警告を発した。
 男の体がびくりと震え――ため息が聞えた。
「……これで信用してもらえるだろうか?」
 声にほんのわずか苛立ちをにじませ、男がディパックを肩から外す。
 両手を開いて何も持っていないことを示し、
「ついでに、私の支給品も確認しておくといい」
 ためいき混じりに、男がディパックをエレオノールに向かって放る。
 ディパックがゆっくりと、弧を描いてエレオノールに向かって飛んでくる。

 それは本能的な反応。

 エレオノールの目がディパックの軌道を追い、体がディパックを受け取る体勢になった瞬間――

 男が駆けた。

 総毛立つ思いが全身を貫く。ディパックを叩き落して視界を確保。
 男の体がエレオノールの視界の中でみるみる拡大していく。

 ――すでに間合いは詰まっている。

(チィ……)
 エレオノールの中で、逃げるという選択肢と迎撃するという選択肢がぶつかり合う。

 男の姿が消失。

 エレオノールの心が驚愕で埋まり、体が硬直する。
 心と体が自由を取り戻すのに一瞬先んじて、衝撃が後頭部を襲った。


(てごたえ十分!)
 人間ワープで後ろを取り、右拳を女の頭に叩きこんだ瞬間、ジグマールは勝利を確信してほくそ笑む。
 長年、中年のフリをしてホーリー舞台の隊長をやっていのだ、体裁をとりつくろうのには、
 演技をするのには、慣れている。

 ――全て計画通り!

 女がたたらを踏みながら、こちらに視線を向けてくる。
(しぶといな……)
 心中で酷薄な言葉を呟きながら、その秀麗な顔面に左のハイキック。
 半円を描き、ジグマールの足の爪先は女の顔に吸い込まれた。
 爪先から衝撃。
 女の鼻から血が派手に噴出し、地面に斑の花を咲かせる。
(とどめ!)
 右の拳を握り締めた瞬間――
 女の目がこちらを向いた。

 ――敵対をやめぬ瞳っ!

 拳を振りぬくことを強制中断し、顔の前でガードを固める。

 衝撃は下から来た。 

 顎から衝撃が脳天に着きぬけ、意識が彼方へと吹き飛びかけた。
 視界が回り、脚がもつれる。歪む視界の中で、女の跳ね上がった爪先が見えた。

 ――サマーソルトとは!

 舌を噛む。痛覚で意識と体を強制接続。
 一回転した女が爪先から地面に着地
(味な……)
「真似を!!」
 怒号と共に、ジグマールは前蹴りを放つ。
 足裏から衝撃。
 女の体がくの字にまがる。
 完全に入ったという歓喜が、足首を掴まれる感触によって、瞬時に恐怖へと変貌。。
「はぁぁっ!!」
 女の気合がジグマールの耳を打ちぬき、いきなり体が宙へと浮かぶ。

 ――振り回されている

 と脳が認識するのに、半瞬かかった
 そのまま振り回され、投げ捨てられる。
 一瞬の浮遊感の後、背中から衝撃が突きぬけた。
「がっ! ぐっ!」
 呼吸が止まる。前進の傷と、背骨と肺が絶叫を上げた。
(ぐっ……お……)
 奥歯を噛み締め、ジグマールは立ち上がらんとする。
 その耳に届いたのは、女が迫ってくる足音。

 ――人間ワープ。

 座標もクソも何もない。
 ワープを用いての緊急回避。
 全てがホワイトアウトし、一瞬の後、全ての感覚が戻ってくる。
 女と目があった。

 ――対応が早い。

 こちらが消えると同時にその場を飛び、視線を巡らせている。
 単純だが、防ぐには有効な手だ。

 ――この女、戦い慣れしている!

 出し惜しみなどできる相手ではない。
「ぜえっ!!」
 咆哮と共に衝撃波を放つ。
 さすがにこれには対応できなかったとみえ、女の体が吹き飛ぶ。
(まだだ……。あの女は、まだ終わらん!)
 一直線にディパックの所へ走り、鎖鎌を取り出す。
 体のあちこちに傷を抱えた女が身を起こす。

 ――ワープ。

 感覚が戻る

 ――さらにワープ。

 感覚が戻ると同時に――
「かぁっ!!」
 鎖鎌を投擲。
 ジグマールの瞳孔が拡大した。

 ――止められた!?

 ジグマールの体を驚愕が貫く。
 女の手が、鎖鎌の刃を捕えていた。
(なんという動体視力だ……)
 女が鎖を――
「くそっ!」
 力比べでは分が悪すぎる。
 鎖鎌から手を放すと、鎖鎌はすさまじい勢いで宙を飛び、女の手に収まった――

 と思う間もない。

 ジグマールの視界を、女の手から放たれた分銅が埋めていた。
 仰け反るようにして回避。
 所詮は、手に入れたばかり。女の攻撃が雑だったことが命を救った。
「しばっ!!」
 衝撃波を放つ。
 女が跳躍行動――回避しきれず、女が吹き飛ぶ。
 瓦礫に叩きつけられた女が、荒い息を吐きながら、立ち上がる。
 ジグマールは歯噛みした。
(この女……。パワー、スピード、反射神経で私を上回っている。その上――)

 ――なんたるタフさ。

 女、いや人間の範疇を越えている。
 とその時。

 ――今更、『ありえない』は無しだ。

 頭の中に響いたアカギの声に、ジグマールは舌打ちする。
 少なくとも、この空間で「ありえない」などということは通用しない。
(まだまだ、ということか……)
 知識として理解していても、心で理解していなかった。
 アカギに及ばない自分に苛立ちつつ、ジグマールは後退を開始する。
 こんな、タフな女と削り合いをするのは、得策ではない。
 女はまばたき一つしようとせず、こちらを見ている。

――なんという殺気に満ちた視線。

 というより、満ちすぎている。銀色の瞳に宿る色は、殺意一色。
(この女……。人を殺したことがあるな?)
 銀髪の女の目に宿るのは、攻撃を受けた怒りではなく、漆黒の冷徹さだ。
(この目……。養豚場の豚を見る目……。
カワイソウだが明日、肉屋のガラスケースに並ぶ運命なのね、と切り捨てる目……)
 人を殺しなれていない人間は、殺す時必ず感情が出る。
 それなりに場数を踏んだものだけが、感情を殺せるようになるのだ。
 この女の目は、場数を踏んだもののそれだ。
(だがこの女、軍人の類ではない……)
 半警察、半軍人のようなホーリー部隊を束ねていた身だ。
 職業柄、同業者には鼻が利く。
 別にこれはジグマールに限ったことではない。
 大体の人間は、自分と同じ職業の人間を嗅ぎわけることができる・
 それが、軍人などという特殊な商売ならなおさらというだけの話だ。
 さらにいうなら、女の目はいくらなんでも酷薄すぎる気もする。
 少なくとも義憤に燃える正義の味方の目では、断じてない。
 となれば、この女はひょっとして……。
(殺し合いに乗っている?)

 ――試してみるか。

 言うだけならタダだと割りきりつつ、ジグマールは口を開く。
「君の実力はよく分かった……。見事なものだ」
 女の表情にまったく揺らぎは無い。
 ジグマールは、かまわず続けた。
「そこで提案だ……。私の仲間になりたまえ!」
 凍りついたような女の眉が、髪の毛一筋分ほど角度を変えた。
「仲間という表現が嫌なら、表現を変えよう……。私と、組まないか?」
 アカギと交わした言葉を思い出しながら、ジグマールは言葉を紡ぐ。
「この場には、強者がひしめている。私や君では、及びもつかない強者達が。
例えば、我々が集められた場でみた、拳王と名乗った男、赤髪の勇次郎という男に、
君は、一人で勝つつもりかね? それは少しばかり――甘い認識だといわざるをえない。
私や君程度の力で最後の独りになるのは難しい……。否、敢えて不可能に近いと言わせてもらおう」
 これはまごうことなき、ジグマールの本音であった。
 目の前の女が、勝ち残りを狙っているのなら、同じことを感じているはず。
 仮にジグマールと女が戦い続けた場合、相打ちか、勝っても重症を負うだろう。
 その程度の力では、あの化物達に勝つことはできない。
「今だけ……。もしくは、一時的な同盟ということだ。
私と君が手を組んで、他の参加者を殺していけば……極めて有用な武器が手に入るかもしれない。
一人で奪うことの半分の能力でね。そして、集めた武器を使って化物どもを倒せばいい。
まあ、この場には君が知っているかどうかは知らないが、正義の味方もたくさんいる。
彼らと化物が共倒れになるのを待つ、もしくは闘って疲弊している方を、我々で倒すのもいい……。
どうだろう? 私の言っていることは間違いだと思うかな?」
 ジグマールの提案は、言ってしまえばアカギが持ち出した提案の模倣、悪く言えばパクリである。
 しかし、ジグマールは一切恥じていない。
 なぜならば、自分が最強のアルター使いではあるが、最強にして最高の生物ではないと、認識したからだ。
 能力面でDIO、精神面でアカギ。
 自分よりも上の存在がいると認識したことは、ジグマールに謙虚さをもたらしたのである。
(オリジナルを越えるためには、まず、模倣からだ。自分より優秀な人間の模倣することから全ては始まる……)
 ジグマールは、銀髪の女に目をやった。

 ――貴様、考えているな?

 女の闇色に染まった銀の瞳の中に、わずかに違う光が混じっていることにジグマールは気付く。
 突如、女の視線が鋭くなった。

 ――どうする? どうする? 貴様、どうする?

 ジグマールの見つめる先、女が素早く身を翻し、闇の中へと消えていく。
 完全にその姿が見えなくなってしばらくして、ジグマールは緊張を解いた。
 軽い失望は――ある。
 だが、ジグマールは笑みを浮かべてみせた。
 あの男、アカギが浮かべていたような笑みを。
(やつなら……。何があっても揺らがぬあの男なら、この程度でオタつくことはあるまい)
 奴を越えるためにはまず、あの何が起きても揺るがぬ精神を模倣する必要がある。
 一つ、深呼吸をして、ジグマールは歩き出した。


(危うかった……)
 男から離れながら、エレオノールは胸中で嘆息をもらした。
 空間を渡り、衝撃波を放つ。
 男がつかったのは、まさに人外の技以外の何ものでもない。
 奴の能力に対応できたのは、常に想定外を意識した戦いをしてきたからだ。
 自動人形の体に常識という物は通用しない。体のどこから何が飛び出すか分かったものではない。
 腹から、口から、足から、目から。銃弾が、酸が、矢が飛び出す。
 そんな異常な相手との戦いを長年続けてきていた経験が、己を救ってくれた。
「同盟……だと?」

 ――馬鹿げている。

 いつ寝首をかかれるか分からない相手と組むのは、愚の骨頂だ。
 そう切り捨てようとするが――
 自分の心の水面が揺らぎを止めないことに、エレオノールは苛立つ。
 揺らぎが止まらない理由は分かっていた。
 あの男の指摘したことが全て真実であり、エレオノール自身が、ずっと痛感してきたことだからだ。
 人形を持っても、オリンピアを持っても、しろがねの身体能力があっても殺せず、
 ようやくさっき隙を突いて、少女を一人殺しただけ。
 一人殺せたことで自信を取り戻しかけた所に、あの男との戦闘。
 奴もまた強者。良くて重症、悪くて相打ちか敗北。
 エレオノールは唇をかんだ。
(強い武器があれば……。あの男を殺すのは不可能ではなかった……)
 しかしそれは、あの男も同じことだ。
 奴が決め手となる武器を持っていたなら、今頃自分は死んでいた。
 男から奪った鎖鎌に、エレオノールは目を落す。
(ないよりは、マシだが……)
 この鎖鎌で、ケンシロウに勝てるか? 刃牙と死闘を繰り広げていた勇次郎に勝てるか?
 隻眼の男に勝てるか?

 否――断じて否。

 しろがねの身体能力をもって、抜き手や爪先で急所を狙えば勝てると考えた時期もあったが、
 それは今しがた否定された。
 格闘術を磨いたことのない自分では、訓練を受けた者達に素手で致命傷を与えるのは至難の技だ。
 無力感が込み上げてくるのを、エレオノールは感じた。
(なんということだ……。このままでは鳴海にスペクタクルをみせることができない……)
 すなわちそれは、人間になることができないということを意味する。
 絶望がエレオールの心の壁を這い登った。
 と、その時、しろがねの鋭敏な鼻が異臭をかぎつけた。

(何だ、この匂いは?)

 異臭の出所は――
(あそこは、さっきの民家ではないか?)
 自分がキュルケを殺してきた方向から、匂いは漂ってくる。
 一跳ね、二跳ねして、エレオノールは屋根に登り、そして――見た。

 頭が真っ白になった。

(そ、そんな……)
 炎が上がっていた。
 赤々とした炎は、大分離れたこの場所からもはっきりと見えた。
(火はちゃんと始末したはずだ……。では、やはり……)
 ケンシロウ、あの男が火をつけたのだ。
 その大胆極まる行動にエレオノールは戦慄する。
 あの男は、まったく恐れていないのだ。
 始めの会場で暴れ出した赤髪の男も、拳王という男も、何も――恐れていない。

 ――来るなら来い。

 あの火は、その意思表示に他ならない。
 そのことを認識した瞬間、エレオノールの心に嫉妬の炎が燃え上がった。

 ――何たる不条理か。

 自分が全てを振り絞っても、あの男にはまったく及ばない。
 何故あの男はあんなにも強いのか。力を持っているのか。
 自分とて、人形繰りに何十年という歳月を費やしてきた。
 死線ならば、自分とて何度も何度も越えてきた。
「くそっ……。ふざけた真似を……」
 ケンシロウに嘲笑われているように、エレオノールは感じた。
 俺にはお前の姑息な手など通用しない、そういわれた気がした。

 ――だが、事実。

 事実がそのまま事実であることが、エレオノールを打ちのめす。
 俯いて拳を震わせたまま、エレオノールは思考する。
 今のままではどうやってもあの男には勝てない。
 武器が必要なのだ。力が必要なのだ。
 人間になるためにはどうしても必要なのだ。
 そのためには――

 エレオノールはゆっくりと顔を上げた。

「攻め手を……変える……か」
 次の瞬間、エレオノールは飛ぶように走り出す。
 猛禽のごとき目で、眼下を見下ろしながら、屋根を蹴り、塀を蹴り、まるで獣のように。
 ひとしきり走ったころ――その足が、止まった。

「……よく戻ってきてくれた。私は君を歓迎するよ、大いにね」

 足元から聞こえた声に、エレオノールは表情を変えることなく頷いてみせたのだった。


 夜風が吹き、闇に沈む町を照らし出す蛍光灯の下で、一筋の金色が舞った。
 続いて銀色が舞う。
 闇の中、二種類の音程が響いていた。

「なるほど……。あくまで、彼らが拠点を変えていないとすればだが、
綾崎ハヤテ、三千院ナギ、隻眼の男、加藤鳴海、パピヨン、泉こなた、赤木しげる、
この7人が揃っているかもしれない、ということかな?」
 名簿で名前を確認しながら、ジグマールは尋ねる。
 そして、歓喜する。アカギの名前が入っていたことに。
 仮に残りのメンバーがまだそこにいれば、アカギが戻ってくる可能性は、高いといえた。
(思ったより早く決着付けられるかもしれんな、アカギ……)
 一人ほくそ笑むジグマールの表情に気付いているのかいないのか、
「この中で注意するべきは3人。隻眼の男、加藤鳴海、パピヨン、だ。
隻眼の男と加藤鳴海は、腕が立つ。私一人で勝つのは、無理だろう。
そしてこのパピヨンと名乗った蝶の仮面を被っていた男、この男も油断がならない」
「理由は?」
「ホムンクルスと名乗った。私の世界にはもう残っていない錬金術の技術だが、
他の世界に残っている可能性がある。したがって奴の言葉は虚偽ではないと考えておくべきだ」
 ジグマールは黙って頷いた。
 なんといってもこの状況で、「ありえないということはない」のだから。
「人間ではないということは、何らかの異能を持っていると考えた方がいいだろう。
そして、肉体的能力や異能という面では劣るが、赤木という男の洞察力は悪魔的だ。
それと、こいつらよりも脅威は少ないが、彩崎ハヤテという少年も、それなりの身こなしだった。
一応警戒した方がいいだろう」
 エレオノールが淡々と述べていく。
(他人を冷徹なまでに客観的に見る目……。GOOD!)
 彼女と組んだのを間違いなかった。
 とはいえ――問題は多い。
「ふぅむ……」
 ジグマールは唸り声を上げた。
(随分とまた、戦力が揃っているな)

 ――これを果たしてどうやって切り崩したものだろう?

「私の考えだが……。綾崎ハヤテがお嬢様と呼んでいた、三千院ナギという少女、
そして、泉こなた、この二人の足手まといを攻めることに突破口があるように思う」
「同感だな」
 ジグマールは頷いてみせた。
 集まっている人間は、正義感の強い人間が多いと聞く。
 しかし、人質を取られれば、その正義感が足を引っ張るだろう。
「とはいえ……。やすやすと、人質を取らせてくれるメンツではない、か」
「お前が、奴らの仲間になったフリをするというのはどうだ?」
 エレオノールの提案に、
「そうしたいのは山々だがね……。吉良良影、神楽、江戸川コナン、キュルケ、ケンシロウ……。
君の情報からして、ケンシロウとキュルケがいる可能性がないと分かったのは朗報だが、
吉良、そしてコナンという少年が、喫茶店にいた場合、もしくは喫茶店にいる人間がコナンや吉良から話を聞いていた場合、
私には破滅が待っている。
君が、どうしてもリスクを取ってくれというのなら取るが……」
 そこでジグマールは一度言葉を切り、
「それよりも、君が仲間に復帰したいといって懐に入るほうが成功の可能性は高いと思うがね?
君の話を聞いた限りでは、鳴海という男の過失は明らかだ」
「私はその後、隻眼の老人と勝という子供を襲撃している」
「喫茶店の人間がみんなグルだと吹き込まれた、ということにするのは……。少し、苦しいか」
 苦さをわずかにブレンドさせてジグマールは言った。
(さて、どうする?)
 ジグマールは自問する。
 もっとも、答えはすでに出ていたのだが。

 ――馬鹿だなぁ…もともとリスクゼロで得られる情報なんて価値が無いに等しい

(その通りだな……。アカギよ)
 リスクをとらずに手に入れられるものなど、知れている。
「……分かった。私が、彼らに接触してみることにしよう」
「私はかまわない。だが、本当にいいんだな? ことと次第によっては……」
 ジグマールは肩をすくめた。
「別に私を見捨ててもかまわんよ。好きにしたまえ。
というより、ぜひとも露見した場合は、一目散に逃げて欲しい所だな。
私の能力は、君が見たとおり、空間をわたる能力なのでね……。逃げるのには最適というわけだ……。
さて、道中で万が一、ラオウ、ケンシロウ、勇次郎にあったらとにかく逃げる。
他の者については、相手の装備と人数を見て対応する……というところで、いいかな?」
 エレオノールが頷くのを待って、
「では、侵攻を開始しよう」
重々しく宣言して、ジグマールは歩き出す。
 ところが、ジグマールはふと思い出したというように、その足を止め
「ああそうそう。今回の襲撃で、何らかの戦利品が獲られた場合、選択の優先権は君にあるとしておこう。
そして仮に1つしか戦利品がなかった場合だが……。その場合は君が使いたまえ」
 エレオノール目が鋭く細められた。
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもりだ、とは?」
「気前が良すぎる、ということだ」
 エレオノールの指摘に、ジグマールは、軽く微笑んでみせた。
「友愛、友情、愛情……全ては信頼から始まる、と私は思っている。
仮初の同盟ではあるがね……。いくばくかの信頼は必要、ではないかな?」
 言い捨てて、ジグマールは駆け出す。
 その背後から、無音で女が追走してくるのを感じ、ジグマールは口元をゆがめた。
(リスク……。不条理……。敵……。気の抜けぬ仲間……。
これらを楽しんでこそ、だろう? アカギ)
ジグマールは、ここにはいない一人の男に向かって語りかけた。


(この男……。先ほどと、変わった?)
 というより、変化し続けているようにも感じられる。
 顔は10代といったところなのに、たまに40ぐらいの男を前にしている気がして、はっとするのだ。

 エレオノールの直感は当たっていた。
 ジグマールは、エレオノールと同盟を組むにあたり、ホーリー部隊をまとめていたころの「体裁」 
 を取り繕うとしていたのだ。

 ――果たしてジグマール本人も気付いているのだろうか?

 蒼乃大気を筆頭とするスーパーホーリーの3人、それにストレイト・クーガー、劉鳳……
 といったホーリー部隊の面々は、誰もが「キワモノ」と呼べる性格の持ち主であり、
 同時に超絶の力の持ち主であった。
 彼らは、決して「体裁」とやらで統制できるような人間ではなく
 それなりの実力と貫目を持ち合わせた人間でなくては統制など、できるはずもなかったのである。
 つまり、彼らを束ねていたのは、間違いなくマーティン・ジグマールの実力なのだ。
 役職や肩書きは人を作る。なぜなら、役職や肩書きに相応しい人間であることを要求されるからだ。
 そして、役職に相応しい人間たれるかどうかは、本人の努力と資質にかかっている。
 ジグマールにはその資質があったとみてよい。
 しかし、年齢のせいか、はたまたギャラン・ドゥに対する依存症が異世界に来て表に出たのか、
 ジグマールは、この世界に来た瞬間、どこか重荷に感じていた「ホーリー隊長たる」ことを放棄し、
 それゆえ、一気に年齢相応か、それ以下の精神年齢に堕してしまったのである。

 ところが、ここに来てそれが裏返った。

 パートナーを持ち、半強制的に独り立ちを余儀なくされたジグマールは、
 一人前の大人でなければならなかったころ、つまり、かつての「隊長」であった己を、
 取り戻さざるを得なくなっていたのである。それに加えて、アカギの模倣による効果。
 ジグマールの精神は、「隊長」であったころをさらに越えつつあるといえよう。

 もちろん、そんなことをエレオノールが知るはずも、知ることができるはずも無い。

(……まあ、どうでもいいことだ)
 エレオノールは、役に立たない思考をアッサリと打ち切った。
 どうやら、ジグマールという男はすぐに裏切る気もなさそうであり、役に立ちそうでもある。
 エレオノールにとってはそれで十分。
(待っていてくれ、鳴海……。今から、素敵なスペクタクルを見せてあげるから)
 唇に薄い微笑を浮かべながら、
「おい……」
「何かね?」

「言い忘れていたが……。私のことは、フランシーヌと呼べ」

 エレオノールは、人形の名を宣言した。

【D-3 南部 1日目 夜中】
【マーティン・ジグマール@スクライド】
[状態]:全身に負傷中(傷がいくつか開きました)、顎に打撲、美形 、
大程度の疲労(しかし意気軒昂)
[装備]:
 アラミド繊維内蔵ライター@グラップラー刃牙
 法儀礼済みボールベアリングのクレイモア地雷(リモコン付き)@HELLSING(未開封)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:アカギを越える
1:喫茶店に(もしくはその周辺)にいる人間のグループにもぐりこみ、エレオノールと共に攻撃する。
[備考]
※エレオノールと情報交換しました
※アカギと情報交換しました
※人間ワープにけっこうな制限(半径1~2mほどしか動けない)が掛かっています
連続ワープは可能ですが、疲労はどんどんと累乗されていきます
(例、二連続ワープをすれば四回分の疲労、参連続は九回分の疲労)
※ルイズと吉良吉影、覚悟、DIO、ラオウ、ケンシロウ、キュルケはアルター使いと認識しました
※吉良吉影の能力は追尾爆弾を作る能力者(他にも能力があると考えています)だと認識しました。
※DIOの能力は時を止める能力者だと認識しました。
※ギャラン=ドゥはエネルギー不足で外には出てこられなくなりました。
 ですがジグマールは、人間ワープの能力を問題なく使えます。

【才賀エレオノール@からくりサーカス】
[状態]:精神不安定、全身に打撲と裂傷(しろがねの再生力で再生中)、
[装備]:本部の鎖鎌@グラップラー刃牙
[道具]:青汁DX@武装錬金、ピエロの衣装@からくりサーカス、支給品一式
[思考・状況]
基本:加藤鳴海以外を皆殺し
1:ジグマールと共に、喫茶店にいるはずの集団を攻撃する
2:人形以上に強力な武器が欲しい。
3:殺戮を繰り返せば、ナルミは笑ってくれるはずだ……。
4:強い者とは無理に戦わない。
[備考]
※ジグマールと情報交換をしました
※参戦時期は1巻。才賀勝と出会う前です。
※夢の内容はハッキリと覚えていますが、あまり意識していません。
※エレオノールが着ている服は原作42巻の表紙のものと同じです
※ギイと鳴海の関係に疑問を感じています。
※メイクは落としました
※フランシーヌの記憶を断片的に取得しています。
※「願いを叶える権利」は嘘だと思っています。
※制限についての知識を得ましたが、細かいことはどうでもいいと思っています。
※ケンシロウとキュルケを恋人同士だと思っています。


192:炎の記憶 投下順 194:Cool or Fool?
192:炎の記憶 時系列順 194:Cool or Fool?
166:スカイハイ 才賀エレオノール 202:何をしても勝利を
166:スカイハイ マーティン・ジグマール 202:何をしても勝利を