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mangaroyale

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姉 ◆wivGPSoRoE



(気のせい……だったのかな?)
 社務所の廊下を歩きながら、かがみは思考を巡らせていた。
 あの一瞬、確かに首輪が色を変えたと思ったのだ。
 指先で、首輪の表面をなぞってみる。不自然なほどに凹凸がない。

 首輪。

 品性というものを一時捨てるなら、「クソ忌々しい」と形容したくなるような、拘束具。
 これがあるから逃げられない。闘わなくてはならない。四六時中、命を握られている恐怖に怯えなくてはならない。
 けれど、ジョセフの言っていた、ジョースター家に伝わる伝統的な発想法とやらで考えるなら、

 ――これさえ外せれば、全ては裏返る。

 逃げられる。無駄な戦いをやらなくてすむようになる。
 みんなで。つかさと、こなたと、ジョセフと、三村と、こなたの無事を教えてくれようとしたあの優しそうな子と、

 ――帰れる。

 そう思った瞬間、かがみの足は勝手に走り出していた。
 脱兎の如くかがみは洗面所に走りこみ、イライラとコップに水を注ぐと、備え付けの鏡を睨み付けた。
 ごくり、とかがみの喉が鳴った。
 手が……震えた。

 ――お願い

 その願いは、思わずハっとしてしまうほど、切実だった。
 ダメ元だ、気のせいに決まってる。そう、自分に言い聞かせるのに、

 ――全然、そう思えない。

 願望で胸が破裂しそうだ。
 首輪に水を……かける。鏡を食い入るように見る。

 ――変わらない。

 変わったのは鏡の中の自分の顔。
 絶望で歪んだ自分の顔。
 もう一回。

 ――変わらない。

 頭に血が上って、何も考えられなくなった。
 気がつくと、コップの水は空っぽになっていて、上着の首元がぐっしょりと濡れていた。

 胸から吹き上がった激情の炎が思考を塗りつぶした。

 気がつくとコップを壁に叩きつけていた。聞えてきた音は、どこか遠くに聞えた。
(……何やってんだろ、私)
 さっき外に出た時にわかったが、晴れていた空を雲が覆いつつある。
 雨が降れば首輪は濡れる。
 時間をいじり、肉体をいじって、殺し合いをさせるようなやつらが、天候のことを考えていないわけはない。
 そもそも天候を云々しなくても、首輪が水に濡れることぐらいあるだろう。
 余裕さえあれば、かがみだってシャワーぐらい使ったかもしれない。
 だからこの結果は、当然。自分の考えが足りなくて、勘違いしていたにすぎない。
 ただそれだけのこと。それだけのことなのに。
 なのに、 何故こんなにも目の前が真っ暗なのか、足から力が抜けていくのか。

 ――希望を持ってしまったから。

 つかさやこなたと合流したいとずっと思っていたけど、その先は考えないようにしていた。
 だって、首輪が外せなければおんなじなのだ。
 仮に、積極的に願いをかなえようとしている奴や、自分を連れてきた男みたいな戦闘狂が全員死んだとしても、
 この殺し合いを計画した奴らが、それですませてくれるはずはない。

 ――殺しあわなければ、首輪を爆破する。

 そういって脅しをかけてくるに違いない。
 そしたらどうなる? また殺し合いが始まってしまうかもしれない。
 結局行き着く先は――

 死。

「何でよ……」
 勝手に言葉が口から飛び出す。
「何で私達がこんなことに巻き込まれなきゃなんないのよ!?」

 ――つかさや、ジョジョや、自分が、一体どんな悪い事をしたというのか? 

 昨日まで普通に学校に通い、普通に生きてきたのに。
 どうしてこんな、超能力者や超人や怪人が跋扈する世界でサバイバルを強いられなくてはならないのか?
 理不尽すぎるではないか! 不条理すぎるではないか!!
 その不条理の中で、みゆきが、桂が、灰原が――死んだ。
 そして次はひょっとしたら……。
 そんなことを考えていると、死んでいったみなの顔が次々と浮かんでくる。
 そして彼の顔も……。

 大きく揺らいでいたかがみの心の水面は――揺らぎを止めた。

 吐息を一つ漏らし、
「まったく……。一人だとどうしても暗くなるな……」
 泉こなたと話している時のような、どこかぞんざいともいえる口調でかがみは呟く。
 無論、意図してのことだ。口調一つで心のありようは変わる。
(やっぱり、この状況をなんとかしなきゃ……。
こんな状態がずっと続いたら、絶対どっかおかしくなっちゃう)
 桂やジョジョのように鋼の精神を持ち合わせている人間ならいざしらず、
 自分やつかさのような人間に、この環境は過酷過ぎる。
(つかさ、大丈夫かな……。無事ってことは、誰か強い人と一緒にいるんだろうけど……。
あの子、男慣れしてないからなぁ……。
できたら女の子も一緒にいてくれたら精神的にも大丈夫なんだけど……。って、それはちょっと欲張りすぎか)
 妹のことを考え始めると、心配で心配でたまらなくなる。
 あの、のほほんとして、競争ごとに不向きなつかさが、どうしているかと思うと……。
 かがみは腕組みをした。

 ――へこんでいる暇はない。

 無論、そんなことは百も承知だ。
 死んでいった仲間のためにも、妹のためにも、落ち込んで、自棄になっている場合ではない。
 桂小太郎は、どんな状況でも侍だった。みゆきは、みゆきだった。灰原は、あんなに小さいのに冷静――
 かがみの顔が歪んだ。
 彼らの生き様は、誇りと次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
 けれど同時に、悲しみと喪失感、絶望も……。
 二つの相反する感情が、かがみの心をぎりぎりと締め上げ、引き裂こうとする。
(ジョジョ……)
 思わず、かがみは彼の名を口にする。

"でも成長まで慎ましやかになる事ぁ無ぇとも思うがね、HAHAHA"

 思わず噴出しそうになった。
 いくらなんでも、あんまりだろうと思う。
 一体何をどうやったら、これだけ絶望的な状況で、ああいう台詞を口にできるのか。

"Oh~ブラの方だったか。意外と小さいのを気にしてんのね!"

「……っの……スカタン」
 小声で悪態を呟く。
 少し心が温もりを取り戻した気がした。やっぱり、彼のことを考えると、楽になれる。
(助けてもらったから……。だけじゃないな、きっと)
 助けてもらったことには感謝している。彼があの態度なので、どうにもちゃんと気持ちを伝えられないが、
本当に感謝しているのだ。
 ジョセフが止めてくれなかったら、いまごろ自分は絶望の中で死んでいた。
 それに、ジョセフといると、安心できた。悲しみを少し、忘れられた。心が何かに守られているような気が、した。
(何でアイツは、あんな風にしてられるんだろ?)
 死ぬことが怖くないのだろうか? 落ち込んだりしないのだろうか? 

 ――恐れてはいると思う。

 死ぬことがまったく怖くない人間などいない。
 いるかもしれないが、ジョセフは死ぬより生きてた方がイイに決まってると、言い切るタイプ。

 ――落ち込んだりもするそうだ。

 シーザーという友達が死んだ時、敵地のど真ん中で泣いてしまったと、彼は言っていた。
 では何が違うのだろう?
 状況に追い詰められ、絶望ですぐに足を止めてしまいそうになる自分と彼とでは、何が違うのだろう?

"だが俺達はいつまでもその事でクヨクヨしているわけにはいかねぇ"

 彼はいつまでも引き摺らない。
 引き摺らないけど、忘れない。だって、友達のことを語る彼の目は、本当に優しかったから。
 それでも、クヨクヨはしないのだ。
 多分それが、彼、ジョセフ・ジョースターの根幹なのだと思う。
 クヨクヨせずに、前を向いて歩く。歩き続ける。

"生きる事って良い事だぜ、かがみ!"

 あの時の彼の顔は、彼から伝わってきた『波紋』という力は、生に満ちていた。
 生きていることは楽しいか? といえば彼は、きっとなんの躊躇もなくYESというだろう。

 ――ああ、そうか。

 彼は命というものに「敬意」を払っているのだろう。
 命に敬意を払っているから、彼は生を謳歌しようとする。他者の死を受け入れて進もうとする。
 どんな時、どんな場所であろうとも、例え、こんな地獄のような所でも、彼はきっと……。
 だから、彼の側にいた時は、絶望や悲しみを忘れられていたんだろう。
 彼の精神は、絶望の闇夜においてすら、暖かく輝く光だ。
(……なんて、少し褒めすぎたか?)
 こんなこと、口が裂けてもジョセフの目の前では言ってやるつもりは無い
 アイツが悪いのだ。散々、人のことを子ども扱いするから。
 とにかく――
(よし……。とにかく、元気出た! っということにしておこう)
 カラ元気であると、もっとも自覚できるのは自分であるところが悲しい所だが、
 元気が出たと言い聞かせておく。
(もう一回繰り返してみれば、はっきするはずよ)
 かがみは、ゆっくりと廊下を歩き出す。
 俯かずに顔を上げて。俯いたら負けだと、そんな気がした。
 これからどんなことがあっても、顔を上げて闘ってやるのだ。

 ――アイツみたいに。

「うっし!」
 気合を一ついれ、かがみは社務所のドアをひき開けた。




 ――またか!?

 疲れと困惑を感じつつZXは、屋根の上から跳躍した。
 女を拘束しておいた方が良いというのは、分かっている。
 だが、女に力を振るえば、幻影女が涙を流す気がするのだ。
 いや――気がするというレベルではない。ほとんど確信に近いレベルだ。

 ――何故だ!?

 疑問という名の烈風がZXの中で吹き荒れる。
(分からない……。クソっ……。これも記憶がないからか……)
 自分を拘束する、無くなった記憶を要因として心に起こる「結果」にZXは苛立つ。
 その苛立ちを、苦労してねじ伏せつつ、ZXは思考する。
 自由にしろと言いはしたが、それはあくまで建物の中でということだ。
 このまま動き回らせていては、男やこの神社に近づくものを、十分に見張ることができない。
 それでは対応が遅れかねない。ここまで手間をかけたことが、無駄になりかねない。
 こちらに視線を送ってくる女に、ZXは強烈な視線を叩きつけた。
「……建物の中に入っていろ。自由にしていいとはいったが、外を歩き回ることは許可しない」
「前言撤回ってわけ? さっきは『好きにしろ』っていったくせに」
 女の辛辣な物言いに、ZXは言葉に詰まる。
(こういう時は……。どうすればいいんだ?)
 三影の言っていた言葉を思い出す。
 次の瞬間、ZXは拳を、石畳に向かって叩きつけていた。
 ゴガンという異様な音と共に、石畳が拳大に陥没。
「お前は、自分の立場というものが、分かっているのか?」
 心に走るノイズに耐えつつ、ZXは平静を装って言った。
 威圧的に聞えるように、恐怖を与えるように。
 女の眉が動き、唇がわずかに震えた。

 ただ――それだけだった。

 ZXの心に焦燥が込み上げる。
(この女……。死が怖くないのか?)

 ――ひよわな生き物は死を恐れるのではなかったのか? 

 戸惑いつつも、ZXは女に向かって拳を放つ。
 大気を裂いて拳が突き出され、女の顔の寸前で停止。
 風圧で女の髪が、派手に宙を舞った。
 心に走る多大なノイズに悩まされつつ、
「戻れ。最後の警告だ」
 心を隠す装甲の向こうでZXが固唾を呑んで見守る先、

「じゃあ、やれば? 殺しなさいよ、速く」

 無機質な声が響いた。
 女の瞳にはまったく感情の色が無かった。
 まるで実験データーに目を通す、BADANの研究者のような透徹した目で、ZXを見返してくる。
「……ィ」
 微量の舌打ちがZXの発声機構から漏れ出た。

 ――どうする?

 ZXの心は、困惑と混乱に支配されていた。
 恐怖では女を動かすことはできない。それがZXを打ちのめす。
(この女……。弱者では、ないのか?)
 もう一度、女を観察してみる。
 隙だらけ。非武装。身体的スペックも、まったく自分に及ばない。
 不可解さが増し、混乱が余計に増した。
(この女の行動パターンは不明……。拘束、するしかない)
 ついにZXはその結論に達した。
 心に縦横に走るノイズの群れをなんとか制御しつつ、ZXは――

 いきなり、女が顔を覆った。

「そんなの……。そんなの……」
 呆気にとられてZXが見つめる先で、
「う……うぅ……酷い……。そんなのって……あんまりよ……」
 女がうずくまって泣き始める。
 ZXの心に吹き荒れる混乱の嵐は、ついに最大風速を記録した。
(一体何なんだこの女は!? 何故、泣く!?)
 そして。

 ――どうして心がこんなに乱れる!?

 耐え難い精神の嵐に揺さぶられ、ZXの脳は混乱を極めた。
 ややあって、
「……お前の好きにすればいい」
 どこか疲れたようにZXは告げた。
 譲歩が過ぎるという気がしないでもないが、これ以上女に精神をかき乱されては、闘いどころではなくなってしまう。
「ほんと……に?」
「本当だ!」
 ZXは吐き捨てた。
 女が目をこすりながら顔を上げる。

 ――ん?

 目から涙が流れた形跡がないような気がする。
 ZXは首をひねるが、すぐに思考を打ち切った。
 些細な疑問より、これ以上女にかかずらいたくないという気持ちの方が、圧倒的に大きい。
(まあいい……。要は女と周辺に近づく人間の両方に気を配ればいいだけだ)
 空間を多方面から捉え、探索できるフォログラフィアイの能力を、フルに使えば何とかなる。
 踵を返そうとしたZXの肩を、誰かが叩いた。
「……なんだ?」
 疲労と困惑を多量にブレンドさせてZXは尋ねた。
 女が袂から紙を取り出し、素早く字を書き、手渡してくる
『二つやってみたいことがある。それを手伝ってくれるなら、もう外にはでないと約束する』
 ZXは、しばし黙り込んだ。
 女の提案は、なかなか魅力的なものに思える。
「言っておくが……」
『逃がしてくれ、ジョセフと連絡を取らせてくれ、という要求はしない』
 ZXが言葉を発するのに先んじて、女が紙をつきつけてくる。
『時間もそんなにかけないと約束する。それと、ここからは筆談で会話したい。
答えがYESなら頷いて欲しい』
 さらにしばらく黙考した後、ZXは――頷いた。



 ――やった!

 ガッツポーズをしたくなる衝動を、必死でかがみは抑えつけた。
 顔が緩むのを悟られないように、後ろを向く。
 湧き上がる安堵の気持ちと共に、精神的疲労と恐怖が今頃押し寄せてきて、足が震えそうになった。
 正直、人物眼に自信があるか問われれば、「それほどない」と答えるだろう。
 それほど社交的ともえいない自分に、普通の人間以上の人物眼があるとも思えないから。
 まったく見えない速度で繰り出される、桁外れの破壊力を秘めた男の拳が、怖くなかったといえば、嘘になる。
 だが、不幸なことに――どうしても幸運とはいいたくない――
 今日は、二度も女だろうが容赦なく殺しにかかる化物に遭遇している。そのうちの一人とは、殺し合いまでした。
 だから分かる。

 ――目の前のコイツは本気で殺そうとしていない。

 それは、連れ去られる時、連れ去られた後の騒動もふまえて、かなりの確信をもって推測できた。
 だからこそ、背筋が凍る恐怖を感じつつも、なんとか耐えられたのだ。
 けれど、拘束される可能性はあった。何せ一度されていのだからこっちは警戒すべき。
 くわえて、いまからやることには、協力者が必要。

 だから、「約束」を持ち出した。

 どういうわけか、目の前の男は異様ともいえるほど「約束」にこだわる。
 どう考えてもハッタリの、自分とジョセフの「約束」を無下にできなかったように。
 ゆえに、約束を交えて取引を持ち出せば、乗ってくる可能性は高いと考えたのだ。

 ――ここまでは計画通り。

 にしても、ここまで上手く行くとは思わなかった。
 実の所、失敗する可能性も高いと思っていたのだが、予想以上に上手くいった、
 自画自賛するなら、男の呼吸を読んで、それなりに絶妙のタイミングで動けたと思う。
(……なんか、似てんのよね)

 ――つかさに。

 無論、つかさとこの男は、似ても似つかない。
 しかし、なんというか根本の所が似通っているというのか……。
 少なくとも、どういう風に振舞えば言うことを聞きそうか、というのが何となく分かるのだ。
 チラッと後ろに目線を向けながら、
(なんていうか……。こなた流に言うと、コイツっていわゆる――)

 ――弟属性。

 とにかく、今の所、ツキの流れはあるようだ。
 が、こんな所で幸運を使い果たしていて欲しくもない。
 手水の前に行き、足を止め、かがみは男に手早く実験の内容を説明する。
 やることがやることなので、断られるのではないかと一瞬ヒヤリとしたが、男は黙って頷いた。
(本当に約束は守るんだな……。こいつは)
 少しばかり感心しながら、柄杓に水を満たし――男の首元にむかってぶっかけてみる。
 かがみの極限まで凝縮された視線が、男の首輪に集中した。

 変化は――なし。

 かがみの奥歯が軋んだ。
 もう一回。
 またも変化なし。
 男がなんの感情も移さない目で見つめてくる。
 かがみの視界が揺れる。

 ――馬鹿か、私は。

 虚脱感と諦観の大波を必死でせきとめながら、
『あなたの番よ』
 筆談で指示する。
 男が、黙って頷いた。
 今度は男が、かがみに向かって水をかけてくる。
 目線だけで、「どうだ?」と期待を込めて尋ねてみる。
 男が首を振った。
 もう一度やっても――結果は同じだった。
 夜風が吹き、かがみは身を震わせた。

(着替えなきゃ……)
 濡れてしまった上着を着替えなければと思うのだが、手と足が動かない。
 視線が足元を向きそうになる。

 かがみは顔を上げた。

(落ち込むなっ! クヨクヨするのはいつでもできる!)
 必死に自分で自分を叱咤する。

 ――落ち着け。COOLになれ。

 別れてしまった三村の口癖を思い浮かべながら、
 かがみは、心の中の弱い考えと格闘する。
(同じことをやったはず……。さっきと何が違うんだろ?)

 ――ただの目の錯覚だったのでは?

(黙れっ!)
 かがみは唇を噛んだ。
「おい――」
「まだ終わってない!」
 我ながら八つ当たりに近いと思ったが、男の反論を怒気を込めた一言で封殺。
 そのとき、唐突に、かがみの頭に上った血が下がった。

 ――ちょっと待て。

(そうだ……。さっきは、作法どおりやっていたら、こいつにチョッカイかけられて……)
 かがみの頭の中で、閃くものがあった。
 何も変わらないだろう、という声も頭の中でしたが、そっちは黙殺しておく。
 大きく深呼吸。
 ゆっくりと、右手で柄杓を持って水を汲み、左手にかけて左手を清める。
 次に左手に持ち替えて、同じように右手を清める。 再び柄杓を右手に持ち――
 男に合図する。
 男が黙って、受け入れる体勢を作る。

 ――変わって!!

 かがみの思いを込めた水が、男の首輪にかかり、

 色が変わった。

 生涯で一、二を争う速度で、かがみは男に走りより、目を皿のようにして首輪を観察した。
 普通といっていいのかどうか知らないが、今、首に巻きついているよりもはるかに普通だ。

 ――継ぎ目だって、ある!!

 かがみの視線の先、首輪が徐々に色をかえ、元に戻っていく。

 ――やっったっ!!

 ほとんど無意識に、かがみは男の手を取って何度も振り回す。
 男が呆気に取られたような顔をしている。
 そんなことも気に入らないほど、感情が暴れ狂っている。制御なんかできない。
 かがみは、駆け出し、社務所に飛び込んだ。

 ――盗聴されているかもしれない。聞かれては駄目だ。

 わずかに残った理性が警告を発した。
 暗闇の中で何度もかがみはガッツポーズを繰り返す。
 みんなの顔が次々と浮かんでくる。
(みゆき、灰原、桂さん、つかさ、ジョセフ、こなた、三村、みんな……。やったよ!)

 涙が、かがみの頬をつたった。




 二つ目の約束を果たすためにもう一つの社殿へと向かう途中、女から事情を聞かされ、ZXは目を丸くした。
(ステルス機能ということか?)
 何故、手順を踏んで水をかけるだけでステルス機能が麻痺するのか見当もつかないが……。
(零やハヤテが聞いたら喜ぶかもな)
 ぼんやりとそんなことを思う。
 女の顔を見ると、歓喜の表情が浮かんでいる。

 女と目が合った。

 そらされるかと思ったが、嬉しそうに微笑んでくる。
「ねえ……。ジョセフと闘うの、やめなさいよ」
 女の声はどこか弾んでいた。
 どうやら、さっきのことが尾を引いて、自分の立場を忘れているらしい。
(ちゃんと建物の中に戻るんだろうな?)
 そちらの方が何倍も大事だ、と思いつつ
「できない」
 淡々とZXは答えた。
すると女は怒ったようにペンを取り出し、
『言ったでしょ? この首輪、外せるかもしれないのよ!?』
「俺には関係のないことだ」

 "この…………大馬鹿者ッッッ!!!"

 "記憶を取り戻す方法は、連中を捕まえて吐かせましょう!!"

 耳の奥でほとんど同時に響いた音程の異なる声に、心をかき乱されつつも、ZXは横を向いた。
(ステルス機能を破ったくらいではまだ分からん。それに……BADANの戦力とこちらの戦力では……)

 ――勝負以前の問題だ。

「関係ないってどういうことよ!? アンタ、そんなに人殺しがしたいの!?」
 その声には怒りと叱責の響きがあった。
 何故か、心がざわめき始めるのを感じつつ、
「闘いだけが、俺に記憶をくれるんだ!
それにしても……。お前も、ハヤテも、零も、どうしてそんなに他人のために必死になる?」
 ZXは吐き捨てた。
 この女もまた、他人のために怒る類の人間だ。
 黙っていればいいのに、この女は得た知識を自分にも教えた。
 そして、今の言葉――明らかに、ZXのことをも、心配している。
(こいつも、ハヤテと同じ目をするんだな……)
 妙なことに、女の口調からも、女が自分のことを心配していることがZXには分かった。

 ――こういう声は、聞いた事がある気がする。

(いつ? どこで? まただ……また、何も分からん。思いだせん)
 ずっと感じてきた苛立ちの炎が、またも自分の心を焼き焦がすのをZXは感じた。
 ZXの言葉に、女が意表を突かれたという表情をした。
「他人って……。そっか……確かにそうかもね。出会ってからの時間だけ考えたら、他人、か……」
 だが、そこで女は顔を引き締め、
「でもね……。ジョセフは、アンタが闘おうとしてるあいつは、私を助けてくれた。
『仲間だから』ってそう言って、出会ったばかりの私を命をかけて、助けてくれたわ。
だから、私も!」
 結ばれた口元と、女の瞳には、眩いばかりの決意があった。
「それに、ここには妹が、つかさがいる……。友達もね。あなたは、誰かいないの?」
 ZXの足が止まった。
(妹だと……。すると、こいつは……)
 ZXの心の水面が大きくその流れを変えた。
 流れは徐々に、激流へと変わっていく。
「……妹? じゃあ、お前は……」
 口が勝手に動いた。
 女が小さく眉を上げ、
「ええ……。私は、お姉ちゃん、ってわけ。
やっぱり妹は、私が守らないといけないから」

 ――……が……ま……ってあげ……わ。

 声が響いた。
 何故か呼吸ができない。
 痛みが、痛みが、痛みが、心を締め上げていく。

 ――俺……を……守……から。

 誰かの声が聞こえた。
(……れなかった。約……束を……れ……った……)
 頭が勝手に思考を作った。
「おっ……」
 心が壊れる。痛い、いたい、イタイ、痛い、痛――

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 絶叫が聞えた。自分の声だ。
 勝手に喉が絶叫を迸らせる。目から勝手に何かが溢れ出る。
 心を破壊せんと何かが暴れ狂っている。

 ――分からない。何も。




 コツ、コツ、と暗い部屋にかすかな音が響いている。
 机を爪で叩く暗闇大使、ガモンの表情には、険があった。
(奴らの能力、どの武器を最大限に使用しても、あの社は破壊できぬ)
 例え、ハルコンネンを叩きこんでも、傷一つきはしない。
 例え、ZXが元の力を発揮したとしても、破壊は不可能だ。
 したがって、その中にある、強化外骨格が破壊される可能性は皆無。
(とはいえ……。衛星でしか監視できぬというのは、もどかしいものよ)
 神社に隠しカメラを持ち込みたいのはやまやまだったが、これ以上人工物を持ち込んでは、
 神社の「霊場」としての格が落ちるので、諦めなければならなかったのだ。
 まあ、首輪が嵌っている以上、生贄どもは社殿に対し、一定以上の距離を近づくことができない。
 近づけば――「制限」が最大限に発動し、行動を不能にする。
(神おろしの儀、誰にも邪魔をさせるわけにはいかぬ)
 ついに、大首領の降臨まであと一歩のところまできたのだ。

 ――失敗は許されない。

 多少神経過敏になっているのかもしれない。
 だが、どうにも、あの場にいるのが、「柊かがみ」であることが、気になる。
 ZXもいるが、そちらはどうでもいい。
 勝ち残ったならば、強化外骨格を纏わせ、大首領の肉体となってもらうが、それは他の参加者でもかまわない。
 誰が勝ち残ろうと、強化外骨格に宿った大首領の魂を拒むことなど、不可能だ。
 葉隠散がたかだか一人の女にその意志をのっとられたように、人間ごときに大首領の魂を拒むことなど不可能の極み。
 強化外骨格に宿る、既に大首領の一部となった有象無象の霊と共に、優勝者の魂は、大首領の魂の一部となる運命。
 やはり問題は、柊かがみの方である。
 本来なら、柊かがみのような何の力も持たない娘は生贄要員でしかなく、とるにたらぬ存在である。
 神主の娘であるが、それだけならば、どうということはない。
 しかし、彼女達の神社が祭っていた「神」が問題なのだ。
 柊家が代々神主を勤めてきた「鷹宮神社」が祭る神は、天照皇大神――アマテラス。

 そして、素戔嗚尊――スサノオ。

 おそらくそれが、柊の名をもつ二人が大首領に召還されてしまった理由。
 大首領の力にわずかといえど共鳴してしまったがゆえに、次元を超えて召還されたのだろう。
(もっとも……あの御方の御心は、我らには計り知れぬ。何か他に、理由があるやもしれぬがな)
 時空と次元を越えた参加者の人選および召還は、大首領が全てをつかさどっている。
 その人選の無作為さは、BADANの科学者力でも、法則性は見出すことはできない。
 怪人達ですら屠る強者達はともかく、力を持たぬ一般人が何を基準に選出されているかは、まったく不明であった。

 ――考えても無益なこと。

 下僕は主の命に従うもの
 BADANが行うべきは、集められた参加者の管理――例えば肉体を修復する、記憶を覗いて能力等を把握する。
 そして神おろしの進行。
(……あの神社は霊場としての格は高く、当然、そこにあるモノ全てが清められている。
そしてそこにいるのは、大首領の力にわずかとはいえ、共鳴したかもしれぬ娘、か)
 暗闇大使の眉間に刻まれた皺が、陰影を増した。
(首輪の中に在る、大首領の一部となった魂の「祓い」に対する抵抗力は高いとはいえぬ………)

 ――まさか、な。

 小娘二人に何ができる、と思いつつも暗闇大使の額に刻まれた皺は、消えることはなかったのだった。




「ど、どうしたのよ?」
 驚愕で後ずさりながら、かがみは問いを発した。
 男が空に向かって慟哭している。
 涙がとめどなく流れだし、石畳の上に小さな水溜りを作っていく。
 男は全く気付いていない。頭を抱え、泣き声を上げ続けている。

 ――逃げられるんじゃないか?

 心に響いたその誘惑は、抗いがたい響きを持っていた。
 このまま逃げれば、ジョセフと合流できるかもしれない。男とした約束なんか破ってしまえばいい。
 前に感じた、男の目の向こうにある悲しみの色なんか、忘れてしまえ。
 気を許してどうする。一緒に共同作業をやったとはいえ、こいつは敵なのだ。自分をここへ無理矢理さらってきた奴なのだ。
 なのに。

 ――なのにどうして、体が前に行くのか。

 何故か、ほうっておけない。

 ――妹のことを口にしてしまったからだろうか? 

 泣いている男が、つかさの姿と重なる。

 ――つかさは、私が守らなきゃ。

 つかさは、優しすぎて、おっとりしすぎているから、お姉ちゃんである自分が守る
 子供のときからずっと抱いてきたその気持ちか今、何故か大波のように湧きあがってくる。
「ちょっと……ねえ……。どうしたって、いうのよ?」
 気がつくと手を差し出していた。
 その手が男に触れる寸前、かがみは手を止めたる。

 ――どうすればいいんだろう?

 虚空に手を漂わせたまま、かがみは泣き続ける男をただ、見つめ続けたのだった。



【村雨良@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]:全身に無数の打撲。疲労(中)
[装備]:クルーザー(全体に焦げ有り)、十字手裏剣(0/2)、衝撃集中爆弾 (0/2) 、マイクロチェーン(2/2)
[道具]:地図、時計、コンパス 、強化外骨格「零」(カバン状態)@覚悟のススメ
[思考]
基本:殺し合いに乗って最後の独りになるかどうかは保留。だが、強い奴との戦いはやめない。
1:何だ……。この心の痛みは?
2:力を得るために、ジョセフと闘う。(ハヤテでも可/ハヤテは殺さない)
3:アーカードを倒し散の仇を討つ。
4:アーカードを倒した後、零との約束(DIOを倒す)を果たす。
5:劉鳳と次に会ったら決着を着ける。
6:散の愚弟覚悟、波紋に興味あり。
7:パピヨンに恨み?
[備考]
※傷は全て現在進行形で再生中です
※参戦時期は原作4巻からです。
※村雨静(幽体)はいません。
※連続でシンクロができない状態です。
※再生時間はいつも(原作4巻)の倍程度時間がかかります。
※D-1、D-2の境界付近に列車が地上と地下に出入りするトンネルがあるのを確認しました。
※また、零の探知範囲は制限により数百メートルです。
※零はパピヨンを危険人物と認識しました。

【零の考察】
 ホログラムでカモフラージュされた雷雲をエリア外に発見。放電しているのを目撃。
 1.以上のことから、零は雷雲の向こうにバダンの本拠地があると考えています。
 2.雷雲から放たれている稲妻は迎撃装置の一種だと判断。くぐり抜けるにはかなりのスピードを要すると判断しています。
※雷雲については、仮面ライダーSPIRITS10巻参照。

【柊かがみ@らき☆すた】
[状態]:左肩、左脇腹に打撲、精神消耗(小)
[装備]:核鉄「激戦」@武装錬金、
    巫女服
[道具]:
[思考・状況]
基本:生きる
1:どうしたんだろ、急に?
2:男(村雨)の隙を突いて脱出してジョセフと合流。
3:さっき見た首輪の異変について、考えてみる。
4:神社の中にある、もう一つの社殿が気になる。
5:ジョセフが心配。
6:こなた、つかさと合流する
7:三村に謝りたい
[備考]
※ZXが、自分に危害を加えられないことに気付きました。
※少しZXに心を許しました。
※アーカードを不死身の化け物と思っています。
※「激戦」は槍を手から離した状態で死んだ場合は修復せずに死にます。
 持っている状態では粉々に吹き飛んでも死にませんが体の修復に体力を激しく消耗します。
 常人では短時間で三回以上連続で致命傷を回復すると意識が飛ぶ危険があります。
 負傷して五分以上経過した患部、及び再生途中で激戦を奪われ五分以上経過した場合の該当患部は修復出来ません。
 全身を再生した場合首輪も再生されます。
 自己修復を利用しての首輪解除は出来ません
 禁止エリア等に接触し首輪が爆破した場合自動修復は発動しません。
※精神消耗のためしばらくスタンドは出せません
※三村の留守電を聞き逃しました。
※ボウリング場にかがみのメモを張っています。
※主催者は目的は強者を決めることであり、その中にはイレギュラーもいると考えています。
※波紋、ジョセフが知る吸血鬼の能力について知りました

※かがみの主催者に対する見解。
①主催者は腕を完璧に再生する程度の医療技術を持っている
②主催者は時を越える"何か"を持っている
③主催者は①・②の技術を用いてある人物にとって"都合がイイ"状態に仕立てあげている可能性がある
④だが、人物によっては"どーでもイイ"状態で参戦させられている可能性がある。

※首輪の「ステルス機能」および「制限機能」の麻痺について
かがみがやった手順でやれば、誰でも同じことができます。
ただし、かがみよりも「自己を清める」ことに時間を費やす必要があります。
清め方の程度で、機能の麻痺する時間は増減します。
神社の手水ではなく、他の手段や道具でも同じことが、それ以上のことも可能かもしれません。

※ステルス機能について
漫画版BRで川田が外したような首輪の表面を、承太郎のスタープラチナですら、
解除へのとっかかりが見つからないような表面に 偽装してしまう機能のことです。
ステルス機能によって、首輪の凹凸、ゲームの最中にできた傷などが隠蔽されています。


199:蜘蛛の糸~キラキラと輝くもの 投下順 201:笑顔
199:蜘蛛の糸~キラキラと輝くもの 時系列順 201:笑顔
188:――の記憶 村雨良 207:
188:――の記憶 柊かがみ 207:



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